とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

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3-11 狂騒劇③

【レジーナ教の聖女拉致監禁事件の概略】

 まず、なぜセレスディナがアクシズ教団に拘束される事態となったか。

 答えはただの偶然、これに尽きる。

 

 歴史を紐解けば一目瞭然だが、時代を動かす大事件とは、往々にしてタチの悪いジョークじみた偶発から生まれたりする。

 今回の一件も、そうした数ある巡り合わせのひとつに過ぎない。

 それでも無理に理由をこじつけるなら。

 レジーナにそっぽを向かれたか、アクアの芸人魂が炸裂したか、私かセレスディナのアクシズ教徒との相性が運命レベルで最悪だった。そんなところだろう。

 

 事は、いつも通り聖職者としての務めを果たしていたセレスディナの元へ、アクシズ教団最高司祭ゼスタが訪ねてきたところから始まる。

 大事な話があるから大教会までついて来てほしい。彼はそう告げ、彼女もこれを承諾した。

 

 異教の一介のプリーストを、最高責任者が直に出向いて呼びつけるとは。尋常ではない。

 アクシズ教徒が好き勝手に吹聴している、『セレスディナは魔王軍の手先ではないか』という疑惑。その真偽を確かめるつもりではないか。

 彼女はそう推測しただろうし、後から事情を知った私も同じように推し量った。

 

 むしろ好都合ですらある。

 トップが直々に動きながら繋がりを立証できなければ、その失態は弱みへ転ずる。

 傍迷惑な風評も、以後は下火となるだろう――。

 

 と、大方そう皮算用したのだろうが。

 彼女の誤算は、ゼスタの用向きが魔王軍と何ら関係ないことだった。

 

 大教会に到着するなり、厳粛な面持ちの最高司祭が口を開いた。

 魔王軍について――ではなく、セクハラ質問を矢継ぎ早に。それも、警察に連行されるレベルのものを。

 

 業を煮やしたセレスディナが、『魔王軍の噂について問い詰めたかったのではないのか』と切り込むも。

 そんなことは言っていない、初めからこれが用件だ、とゼスタは涼しい顔で返した。

 その堂々たる佇まいに、問いただしたセレスディナのほうが絶句した。

 

 しかしながら、厚顔無恥の権化も体面を思い出したか。あるいは、何となく会話の流れに乗っただけか。

 これまでは本番前の軽口だと言わんばかりに、今さら聖職者らしい顔を作ると、取ってつけたようにこう尋ねた。

 あなたは魔王軍の手先なのか、と。

 

 ここまでアホな展開が続いたせいで、セレスディナはすっかり緊張を解いていた。

 だから深く考えもせず、真っ向から否定してしまう。

 

 ――チリーン、と。

 

 直後、嘘を感知するベルの音が、静かな一室に響き渡った。

 当事者すら予期していなかった、とんでもない大事故発生の瞬間である。

 

 何が起きたのか、整理しよう。

 

 まずゼスタは、嘘を感知するベルの魔道具をあらかじめ室内に持ち込んでいた。

 しかも別の魔道具で透明化して、視認できないよう細工するという念の入れよう。

 ベルの出処は、釈放の際に警察署から借り受けた備品。

 この男は毎日のように軽犯罪でしょっ引かれており、犯罪者目線から取り扱いには精通している。

 

 対するセレスディナは、セクハラ質問を適当にあしらい続けた。

 結果として、嘘判定を用いた性的な追及というゲスな企みは知らぬ間に躱したものの、ベルの存在を見落とすという裏目に出た。

 警戒を保っていた序盤ならば、魔王軍との関係を質されても巧みにいなしただろう。

 だが相手をただのエロ親父と断定し、気を抜いた――その間隙を、見事に突かれた。

 

 魔王軍の手の者と露見した彼女はその場で取り押さえられ、大教会に拘禁された。アクシズ教徒らは、これを教団の勝利と喧伝している。

 実態は、単なるラッキーパンチだ。

 ゼスタ本人は、すべて計算ずくだったと同朋たちへ得意満面に見栄を張ったものの、置きっ放しのベルが派手に鳴り響いて真相が露見するオチがついた。

 その醜態を周囲から散々弄られ、逃げるようにゼスタ自らベルを返却しに向かう一幕もあったとか。

 

 この事件がもたらす影響は、いくつか予測できる。

 

 まず、セレスディナを軸に団結しかけていたレジーナ教団への打撃は甚大だ。

 不祥事それ自体もさることながら、摘発の立役者がアクシズ教団だった点が致命的である。

 反アクシズ教カラーの強い新興組織が、そのアクシズ教に負い目を作った。この失点は、教団全体の気勢を大きく削ぐ。

 アクシズ教徒が図に乗るのは目に見えている。元より、レジーナ教団の台頭を妬んでいた連中だ。ここぞとばかりに強気に出るだろう。

 

 そもそもが胡乱さの拭えない宗派だ。

 『魔王軍の者が摘発された』という評判は、民衆のイメージを一変させる。瞬く間に白眼視の対象となるだろう。

 

 苦境に立たされた教団は萎縮する。逆境を跳ね返すだけの土壌が、まだ育っていない。宗徒の帰属意識も結束力も、たかが知れている。

 こうなると、精神的支柱の踏ん張りに期したいところだが――生憎、その最先鋒こそ捕縛されたセレスディナだ。

 統制を失った教団は組織としての体裁を保てなくなり、やがて自然消滅する。

 

 根回しはしてあった。本来なら、彼女の捕縛は問題とならないはずだった。

 捕らえたのが、アクシズ教徒でさえなければ。

 この一件が尾を引き、以降この国でレジーナ教が根付く芽も失われると見ていい。

 

 ダスティネス家、エリス教団とて対岸の火事ではない。魔王軍の手が入り込んでいた団体をなぜ支援していたのかと、追及の手が伸びる。

 セレスディナの弱体化を企図していたと開示したところで、増長したアクシズ教徒が納得するはずもない。

 

 レジーナ教団の躍進は、アクシズ教への反発心を火種としていた。

 そこを突き、『幹部の件にかこつけてアクシズ教の悪評を言い広め、不当に名誉を貶めた』と妄想を膨らませ、権高に喚き立ててくる。

 彼らが自分で蒔いた種だ。私は何もしていない。精々、そうと知りながら座視した程度で。

 それでも大功があるだけに、無下にもできない。

 

 ――もっとも、この難局も私個人に限れば、実はそこまで深刻でもない。

 

 魔王軍幹部の対処は全うした。レジーナ教の存在も世に知れ渡った。

 その対策の必要を人々は学んだ。差し当たり向こう数十年は、抑止力として機能するだろう。

 信徒も幾ばくかは残るだろうから、以前よりは加護も減衰しよう。

 レジーナ教団本体に関しては、この際損切りしても構わない。

 

 ダスティネス家との契約は果たした。目的は達成している。

 満点ではない。だが、及第点以上ではある。

 

 したがって、これからの行動は同盟者への義理を果たすためのものとなる。

 チェックメイト寸前だが、詰みではない。まだリカバリーできる。

 契約が満了した後も、ダスティネス家との縁は続く。今後のためにも、それくらいは骨を折ってもいい。

 悠長にイグニスと連絡を取り合う暇はない以上、私の独断となるが。

 幸い、紋章を借りている。今の私は、ダスティネス家の代行者として権限を行使できる。

 

 他にも気になる点を列挙しておこう。

 

 アクシズ教徒の証言によれば、セレスディナは拘束の際、一切抵抗しなかったという。

 彼女の体裁を、彼らが慮る理由はない。よって事実だろう。

 

 この街に魔王軍の協力者が潜伏しているとの情報はない。救援の当てがない以上、時間の経過は彼女にとって不利に働く。

 ならば、成功の見込みが薄くとも脱出を試みるべき――いや、動揺のあまり咄嗟に動いてもおかしくなかったはずだ。

 あのとき、彼女は何を考えていたのだろう。

 

 また、筋論から言えばセレスディナの身柄は警察へ引き渡すべきだが、アクシズ教団はこれを拒んでいる。

 転がり込んできた大手柄に、どうやらすっかり舞い上がっているらしい。

 圧倒的なイニシアチブを握ったことで、このまま尋問まで担い、さらなる功績を積もうと色気を出したようだ。

 ベルを警察へ返しておいて、どうする算段なのやら。その道のプロでもないのに。

 

 加えて、被疑者は黙秘を貫いているのか、続報もない。

 現時点で公表されているのは『魔王軍の手先』という一点のみ。余罪はおろか、幹部の肩書きすら明かされていない。

 そして結果論ではあるが、この街での彼女の振る舞いは終始、聖職者の範疇に収まっている。

 

 ……ひょっとして彼女、魔王軍とレジーナ教の板挟みで、身動きが取れなくなってないか?

 

 レジーナ教の行く末は、セレスディナの身の振り方ひとつで決まる。

 ここしばらくの観察を通じて、彼女は教団の内実を知悉(ちしつ)している。

 だからこそ窮地に立たされた瞬間、自らが重大な岐路に立ったことも悟った。

 魔王軍への忠誠を貫けば、教団は遠からず潰れる。他ならぬ敬虔な信者である彼女自身が、同志たちの未来を摘むことになる。

 

 それでもこの女なら、魔王軍を選びそうなものだが。

 ……心が弱ったところを温かく迎え入れられ、情が湧いたか。

 この煮え切らない対応も、つまるところそれが原因と。

 

 さては彼女自身も、今の自分の心情を整理できていない?

 

 


 

 

【アルカンレティア狂騒劇】

 アクシズ教の大教会へと踏み入った。その一部始終について記す。

 まさか、こんな伏魔殿に足を踏み入れる日が来ようとは。人生とは、つくづく分からない。

 

 なお、同行メンバーとして騎士が数名と、一般レジーナ教徒が若干名いる。

 ダスティネス家の紋章の効力で招集した面々だ。当然、リーダーは私である。

 

 さて。

 立ち入ってまず目に飛び込んできたのは、なぜか乱闘を繰り広げている男たちの集団だった。

 そして、その光景を冷ややかな目で静観する女性陣。

 言うまでもなく、どちらもアクシズ教徒である。

 

 加えて、広間の隅にはセレスディナ。

 恐怖に顔を引きつらせ、ガタガタと震えていた。頬は涙と鼻水で濡れ、見るも無惨な有り様だ。

 演技でないことは、ひと目で歴然だった。

 

 ……カオス過ぎる。一体、何が起きているのか。

 さすがの私も、首を傾げざるを得ない。

 私以外は傾げるどころか状況を呑み込めず、ただ唖然と立ち尽くしていたけど。

 

 アクシズ教徒はひとまず無視する。

 帯同するレジーナ教徒も放置だ。彼らは賑やかしというか、御守りのようなものなので。

 フリーズしていた騎士を揺すって再起動させ、護衛として引き連れたまま、まずはセレスディナの元へと向かう。

 

 彼女はミノムシのように縄で全身をグルグル巻きにされた上、腰まで抜かしているらしく、身動きひとつ取れない状態だった。

 つまり今なら、何をされても抵抗できない。手間が省けた。

 私はポーションの蓋を開き、有無を言わさず中身を口へ流し込む。

 飲ませたのは、レベルリセットポーションである。

 

 魔王の幹部を無力化し終えた頃には、取っ組み合いも終息していた。

 そこでようやく、部外者が入り込んでいることに気付いたらしい。

 死闘を制したゼスタより誰何(すいか)を受け、ダスティネス家代理として私が代表して名乗った。

 

 先ほどの殴り合いについて問う。

 すると返ってきた答えは――セレスディナの処女を賭けて、身内同士で決闘していた、というものだった。

 彼女の純潔を散らせば、危害を相手に返す復讐の加護の性質により、男でありながら破瓜の痛みを体験できる。

 それは処女受胎にも匹敵する神の奇跡に違いない、とか何とか。

 

 なるほど。

 ……なるほど?

 

 女衆が彼らをゴミを見る目で眺めていた理由って、そういう。

 先に尋ねたのはこちらとはいえ、よくもまあ女の私に臆面もなく口にできたものである。

 騎士やレジーナ教徒に至っては脳が理解を拒絶したらしく、ポカンとしていた。

 

 しかも。

 これがアクシズ教流の尋問かと詰(なじ)ると、彼らは要領を得ないと言わんばかりに、一様にきょとんとした顔を浮かべた。

 話によれば、途中で手段と目的が入れ替わっていただけ、とのこと。

 ノリとテンションで突き進み、ブレーキ役も不在だったため、尋問という当初の趣旨を綺麗サッパリ忘れていたらしい。

 冷静さを取り戻した後は、さしものアクシズ教徒も少(・)々(・)暴走が過ぎたと、反省の色を見せていた。

 

 対する私は、内心で呻く。

 特大の誤算だ。こんなイカれ集団を、レジーナ教拡大のため利用していたのか。ツケを払わされる羽目になるわけだ。

 それに今日は大人しく引き下がったが、もし本気で怒っていたなら、そのまま実行に移していたはずだ。

 

 次いでゼスタも、先程セレスディナに飲ませたものについて問いただしてくる。

 レベルを初期化するポーション――そう答えた途端、一帯が水を打ったように静まり返った。

 

 それでは、飲ませた私のレベルまでリセットされるのではないか。

 当然の疑問を重ねられたので、断りを入れてから冒険者カードを確認する。

 レベルは一。

 復讐の加護による仕返しは、キッチリ適用されていた。

 

 ――で、それが何か?

 私は戦いを生業としていない。ならばレベルが下がった程度で、いちいち目くじらを立てる道理もあるまい。

 事も無げにそう口にすると、周囲は揃ってドン引きした。所属を問わず、例外はなかった。

 

 かつてバニルが語ったように、レベルの低下は本能が忌避するものだ。だから誰も割り切れない。普通はこういうリアクションになる。

 なお、私のは純然たる本心である。

 場の空気を掌握し、主導権を握る掴みとしては、まずまずといったところ。

 

 私は、自分の身に何が降りかかったかを理解し、血の気を失っているセレスディナへと向き直る。

 もう大丈夫だと、柔らかな声音と物腰で語りかけた。

 励まされた当人を筆頭に、その場の全員が不可解な発言に首を捻ったが。

 

 事態を収めるべく、私は以下のような嘘八百のカバーストーリーをでっち上げた。

 

 魔王軍に属するセレスディナはあるとき人類側への転向を決意し、庇護を求めてダスティネス家の門を叩く。

 しかし彼女には、魔王軍に加担した重い前科がある。

 よって、禊と信用の試金石を兼ねて、ダスティネス家はいくつかの条件を課した。

 

 重要なのは二点。

 ひとつは、魔王軍のスパイ網に関する情報提供。

 もうひとつは、レベルリセットポーションの服用。

 

 彼女のリークを基に、王国は国内のスパイ根絶プランを策定。完遂された暁には、ポーションによる処置を経て、正式にセレスディナを受け入れる手筈となっていた。

 昨今、ダスティネス家がレジーナ教の広報に尽力していたのも、偏(ひとえ)に彼女への配慮が所以である。

 

 セレスディナ自身は、魔王軍に寝返りを気取られぬよう、従来通りのスパイ活動を装ってアルカンレティアへ潜入していた。

 ところが、ひょんな不運からアクシズ教団に囚われてしまう。

 裏取引など彼らが知る由もない。情報流出のリスクを考えれば、ダスティネス家との関係を匂わせて潔白を訴えるのも悪手。進退窮まった。

 

 ただ、不幸中の幸いか。彼女が捕まるのと前後してスパイ掃討作戦が開始され、滞りなく終結した。

 これによりネタバラシが可能となった。だから私はポーションを携え、誤解を解くために参上した……という筋書きである。

 

 無論、セレスディナ亡命の裏話など実在しない。

 ダスティネス家とエリス教団への批判、並びにレジーナ教団解散の危機。

 それらを回避するには、前提そのものを書き換え、アクシズ教団の事績を削る他なかった。

 魔王の手先ではあるが、実は寝返りを図っていた――とのシナリオがそれに当たる。

 

 正面から嘘を並べるのは、本来私のやり方ではない。真実だけで相手を騙すのが最上、嘘を混ぜるは下策。それが信念だ。

 しかしながら今回は、その下策に頼らざるを得ないほど形勢が悪かった。

 

 彼女へ助け舟を出したのは、もはや大した脅威ではないから。

 レベルと加護を奪われ、自衛もままならない。城へ帰るどころか、単身で街の外へ出るのすら無謀だろう。

 おまけにバニルとの約定により、私に関する諸々を魔王軍へ漏らすこともできない。

 身バレした上、手口も割れている。街中でコソコソと策動する余地は、もうない。

 

 とはいえ、この策の成否はセレスディナ次第だった。

 事前の打ち合わせはゼロ。彼女が即興でこちらの作り話に合わせられるか。いや、そもそも話に乗ってくるか。

 私としては、ダメなら見捨てるだけだ。イグニスへの義理は、この一手で十分に果たした。なので気楽なものである。

 なお、レジーナ教徒のギャラリーは、彼女の情に訴える材料になればとダメ元で用意した保険だった。

 

 そんな博打だったが、意外にも通った。

 目まぐるしく変化する状況に翻弄されながらも、セレスディナは必死に思考を巡らせ続けた。その奮闘の賜物だ。

 ……どうやら、『ここを逃したら中年のオッサンに陵辱されるのでは』という強烈なトラウマが、背中を押したらしい。

 

 この女、思ったより自分の身が可愛いらしい。

 魔王への忠誠、女神への崇拝、自身の命の三択を迫られると、命を選ぶタイプだ。

 魔王軍と信仰の二律背反に陥っているのではという推測は、この局面ではさして重要でなかったか。

 

 事態が収束の気配を見せ始めると、今度はゼスタがゴネ始めた。

 虚偽の匂いを嗅ぎ取ったのかもしれない。だがそれ以上に、自分の手柄が有耶無耶にされそうな点が不満らしい。

 もっとも、こちらからある提案を持ちかけると、彼は即座に態度を翻した。

 

 この動乱、一番得をしたのは、棚ぼたで実利を確保したアクシズ教団かもしれない。

 

 


 

 

【これもある種の玉突き事故?】

 何やら、遠方のエルロードでも愉快な騒ぎが起きていたらしい。イグニスから報せが届いた。

 

 私とは些かの縁もない異国のニュース。それをなぜ彼が寄越したかというと、無関係とも言い切れなくなったためだ。

 私の見解を伺いたい、とのことだった。

 何でも、かの国の宰相が魔王軍スパイのドッペルゲンガーだと判明し、カズマらに成敗されたそうだ。

 

 ……いやいやいや。

 エルロードの宰相といえば、破綻寸前の財政を立て直し、斜陽にあった王国を再興した辣腕家のはずだろう。

 魔王軍の侵攻を最前線で受け止めるベルゼルグを、資金面から支え続けた。その貢献は計り知れない。

 詳細が届いていないこともあって、心底解せない。

 なぜそんな人材を間者として潜り込ませた。血迷ったか、魔王軍。

 

 この件が私と結び付くのは、その日付に理由がある。

 宰相の討伐と、ベルゼルグで実施された魔王軍間諜の一掃。この二件のイベントは、奇遇にも同日に発生しているのだ。

 

 そういえば、間諜掃討の件はまだ記していなかった。まずはそこから説明しよう。

 

 セレスディナに限らず、私は自前の諜報網によって国内に巣食う魔王軍の間諜を多数突き止めていた。

 それを把握したイグニスより、対処への助力を要請されたのである。

 ダスティネス家との共同戦線は、セレスディナとの決着まで。その合間に、ついでとして片をつける。そう決まった。

 これに伴い、ダスティネス家の権力を駆使した間諜の再洗い出しも実施している。

 

 本音を言えば、わざと間引かず逆手に取る手立てもあった。

 偽報を流して情報戦を優位に運ぶ。あるいは間諜を通じて逆に魔王軍の内情を探る、など。私ならそうする。

 だが、搦め手を不得手とするベルゼルグに、高度な諜報戦は望むべくもない。過度な期待は持てない。

 私自身も、そこまで面倒を見る気はない。本業に差し障りが出る。

 

 よって、協力体制を敷いている間に間諜を駆逐する方針となった。

 これにも十分な利点はある。監視の目が途絶えた魔王軍が浮き足立つ間に、防諜面を始め国内の態勢を立て直す猶予が得られる。

 

 もっとも、私が主導するからこそ策略として成り立った。

 王国単独では先方に兆候を察知され、不完全な成果で終わっただろう。

 なお、この功績の一部はセレスディナへ押し付けておいた。暗躍を隠蔽するためのスケープゴートとして、打ってつけだったので。

 

 こうしてベルゼルグで間諜を叩き出したその日。エルロードでは、宰相が魔王軍の諜報部隊長だったと暴かれた。

 まったくの偶然だ。私とて初耳だった。

 だが、魔王軍はそう捉えまい。そんな偶々があって堪るかと、釈明しようが信じないだろう。

 彼らの視点では、この二件は連動したひとつの事象として映る。

 

 ベルゼルグの間諜を排除し、並行してエルロードでは宰相の正体を暴いて退治する。

 この一大作戦を描いた切れ者が、ベルゼルグ王国にいる――そう考察するだろう。

 

 それが私、とはならない。

 最後とはいえ表舞台に姿を現したから、疑われる余地はある。

 だが着目されるとしても、『ウィズの店の店員』という立場からだろう。

 

 逃亡したセレスディナが旧知の幹部を頼り、ウィズたちの元へ駆け込んで助けを求めた。――その線はあり得る。

 魔道具店を構えるアクセルには、ダスティネス家の邸宅もある。私がかの家の紋章を引っ提げて登場したのは、そうしたバックグラウンドを示唆していると解釈できる。

 表には魔王軍に在籍していない私を立て、ウィズとバニルは出て来ない。落とし所としては順当だろう。

 

 それよりも、傍目には遥かに露骨な黒幕候補がいる。

 そう、サトウカズマだ。

 

 ウォルバクを討ったパーティー。その頭目として、彼は勇名を馳せている。

 経歴を洗えば、他の幹部討伐にも中心人物として寄与しており、デストロイヤー討滅も彼の指揮による戦果だと行き着く。

 

 アクセルの街が魔王軍のターゲットとならないよう、一時は私が情報工作してまで彼の偉績を誤魔化していた。

 だが、最近は諦めた。あまり意味もなかったようだし。

 そもそもシルビア敗北の時点で、彼は既に魔王軍内部で要注意人物としてマークされていた。そう裏が取れてしまっている。

 

 では、これを踏まえて此度の情勢急変が魔王軍にはどう映るか。順を追ってみよう。

 

 まずはベルゼルグ。

 間諜の撃滅は、セレスディナが情報を流したせい。

 国内だけならまだしも、同時期に他国の宰相までもがベルゼルグの者の手で討たれた。それが離反の疑念を一層強める。

 そのセレスディナは、ダスティネスと繋がっていた。つまり、事の中核はここにある。

 

 ただ、レジーナ教の宣伝活動しかり、今回の掃討作戦しかり。近頃のダスティネス家は、従来のあの家らしくない動きが目立つ。

 背後に知恵を授けている人間がいるのは自明だ。

 

 そしてそこの一人娘は、近年目覚ましい活躍を見せるカズマの冒険仲間でもある。

 ダスティネス家の変化が始まったタイミングは、彼が頭角を現した時期と概ね一致する。

 知恵袋はカズマではないか――そう仮定すると、辻褄が合う。合ってしまう。

 

 故意に報告を上げなかっただけで、セレスディナがアクセルを調査していた可能性もある。その過程でカズマに調略され、敵方に内通したのやもしれない。

 そうなると、すべての起点はカズマにある。

 

 次にエルロード。

 宰相の件は、セレスディナから聞き出したと推理できる。

 だが、それをエルロードへ伝えるとなれば、漏洩の懸念が付きまとう。ベルゼルグが進める極秘作戦にまで支障が出かねない。

 

 とはいえ、他の間者ならともかく、一国を牛耳る宰相だけは捨て置けない。

 そこで、外交を口実に信頼できる手勢をエルロードへ送り込み、宰相を始末した。

 この派遣戦力には、カズマとダクネスも名を連ねている。

 任務の特殊性から、国外で臨機応変に判断できる人間を要する。ならば、上記の背景まで共有されていたと見るのが妥当だ。

 

 このように、一連の出来事を並べると、カズマは常に中心付近にいる。

 これはもう、猛烈に疑わしい。控えめに評価しても、何らかの関与は確実に思える。

 まあ、正真正銘、彼は何もしていないのだけど。

 

 あくまで仮説のひとつに過ぎない。

 ただ、魔王軍はそういった方向で結論をまとめるだろう――そんな予感がある。

 

 というより、アルカンレティアで私が直面した変事そのものが、カズマとアクアの飛び抜けた幸運値によって引き起こされた現象だったのではないか。その結末まで含めて。

 私はただ、それに巻き込まれただけではないか、とすら訝しんでいる。

 トータルではおよそ大団円なのに、魔王軍のヘイトを一身に集めたカズマだけ、とばっちりでやたらと割を食っている辺りが特に。

 

 


 

 

【聞いてないのですが?】

 アクシズ教団はチョロい。

 セレスディナを押さえられたときは、かつてのハンスと同じ轍を踏んだかと危ぶんだものだ。

 が、功労を放棄させるための意見調整は、殊の外すんなりとまとまった。

 突如横からしゃしゃり出て、トリックスターよろしく場を引っ掻き回したあの日の立ち回りは、一体何だったのか。

 

 なお、未だ私はアルカンレティアに逗留している。

 イグニスから改めて認可を受け、ダスティネス家の名代として騒動の後始末を一任されているためだ。

 予断を許さぬ状況だったとはいえ、独断で盤面を書き換えたのは私。筋としても、人材としても、事後処理を最も適切に行えるのは私をおいて他にいない。

 まあ、それもそろそろ終わりだ。程なくアクセルへの帰途に就ける。

 

 話を戻そう。

 私はアクシズ教団に対し、王城で催される歓待の宴に供する酒と食材の手配を委託することを持ちかけた。

 すなわち国からの依頼を成功させ、もうじきエルロードより帰国するカズマ一行――延いては、アクアを饗するための品だ。

 

 これに連中は、目の色を変えて食いついた。溜飲を下げ、セレスディナにまつわる諸々を快く手放した。

 そしてアクシズ教徒が手掛けたアルカンレティア特産品の調達に、総力を投入する。

 今度ばかりは、出し惜しみ無しの全力だ。

 

 アクアは、女神である素性を信者には隠している。

 実際には信者側にはバレバレなのだけど、彼女の意向を汲み、あえて接触を慎んでいる。

 故にこそ、堂々と女神に貢物を奉ずるチャンスに、狂信者らは飢えている。その名分を私が与えたわけだ。

 なお、宴が本当に開催されるかは未確認だったため、後ほどイグニスに手を回してもらった。多分、無用な心配だったとは思うけど。

 

 それから、あの騒動で最も得をしたのはアクシズ教団だ――と前に私は記した。

 だが、あれは撤回しよう。

 最も上手く立ち回ったのは、恐らくバニルだ。

 

 私は現在、警察署で保護されているセレスディナの取り調べを担当している。

 その折の雑談で耳にした話だが、彼女は先日、見通す悪魔と相対した際に『死相が出ている』と忠告されたらしい。

 曰く、死の定めは独力では覆せない。だが、契約を結べば回避できるかもしれない――と唆され、藁にも縋る思いで応じたとか。

 そこで提示された条件が、『ウィズ魔道具店の情報を魔王軍に漏らさない』ことだった。

 

 この取り決めがなければ、私は自身の情報が魔王軍へ流出する危険を重く見て、アクシズ教団の魔手から彼女を救出する選択をしなかった。

 行き着く先は、処刑コースまっしぐら。

 仮にバニルと会った直後にアルカンレティアを離れていたとしても同じだ。後日、王都かアクセルで私の罠に嵌まり、結局は同じ末路を辿る。

 あの時点で、とっくに詰んでいたのだ。その意味では、悪魔の予言は正しい。

 

 命を救った恩を売りつけ、私に召喚されないよう手を打ち、間接的なフォローで貸しも作る。

 忌々しい宗教団体を掣肘し、手柄を取り上げる嫌がらせも抜かりない。

 当のバニルは第三者の立場を維持したまま。言葉を多少弄した程度の労力しか払っていない。

 ……まだ何か、見落としている気はするが。

 

 さて。魔王軍に関する聴取は、存外順調に進んでいる。

 ある程度の種明かしをした上で、急(・)病(・)で死亡したり、魔王軍の報復で口封じされたことにされたくなくば洗いざらい吐け――とストレートに告げたのが効いたらしい。

 

 彼女が表向き罪人として扱われていないのは、専ら政治的な都合に過ぎない。

 私個人としては、適当な名目を仕立てて始末したほうが後腐れがない。むしろ魔王軍への義理立てが僅かでも見えたなら、喜んでそうする。

 ――そう本人の前でぶちまけた。

 嘘を感知する傍らのベルは、これに沈黙を返した。

 

 また、セレスディナを気遣うセリフを繰り返して、意図的にベルを鳴らしまくったりもした。

 これには彼女も、私の脅しがハッタリではないと理解せざるを得ない。目に見えて顔色が悪くなっていた。

 

 そうして引き出した情報には、『紅魔の里への大規模侵攻』、『アクセル及び王都への同時襲撃計画』、『魔王がサトウカズマに抱く評価』などが含まれる。

 相当に重大な内容だが、ここでは言及しない。

 

 こう書くと、脅迫紛いの手法で無理やり情報を吐かせる、ギスギスした絵面を想像されそうだ。

 間違ってはいない。ただ、これで案外、馬は合う。

 謀略家としての系統が近く、思考の組み立て方が似通っているからだろうか。

 適度に距離を置く分には、普通に仲良くできるかもしれない。

 

 これが職場の同僚なら、かえって衝突しそうだけれど。

 同族嫌悪とでもいうか。下手に共通項が多いからこそ、細かな差異が余計に目につく。

 

 とまあ、ともかく。

 そんな具合に話が弾むせいで、こんなハプニングが生じた。

 

 私が携帯していたある道具に、彼女が興味を示した。危険な代物でもないため、予備をひとつ渡してみた。

 大した狙いがあったわけではない。――が、この些細な決断が、慮外のミラクルを呼び寄せる。

 そのアイテム――私(・)の(・)直(・)系(・)血(・)族(・)に(・)し(・)か(・)使(・)え(・)な(・)い(・)制限付きの魔道具が、セレスディナの手であっさり起動した。交信魔法を使用できてしまった。

 

 とどのつまり、この女。めぐみんやカズマと同じく、私のご先祖ということになる。

 そして同時に、確信した。

 先頃、仮面悪魔が宣(のたま)った『遠くない将来に死亡するかもしれないご先祖』とやら。

 さては、指していたのはセレスディナか。




・宰相ラグクラフト
正体は魔王軍が送り込んだスパイ。
ただし内政官としての職務に打ち込むあまり本業を忘れ、思い出した頃には位人臣を極めて宰相にまで出世していた真面目風バカ。
断片的な情報しか得られなかったため、主人公もそこまでは見抜けなかった。

・主人公の主な遺伝要素
カズマ:機転、発想力、ツンデレ
めぐみん:知力、ツンデレ
セレスディナ:謀略の才、プリースト適性
総括すると、めぐみん譲りの頭脳をセレスディナ方面に特化させ、窮地に陥るとカズマのように本領を発揮して盤面をひっくり返してくるやべーやつ。
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