とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

34 / 44
第四章
4-1 養殖


【天にも昇る美味しさ(ダブルミーニング)】

 ウィズ魔道具店に帰還した。

 しばらく留守にしていた件については、さして追及されなかった。

 帰りが遅れる旨はダスティネス家経由で事前に伝えてあったし、バニルもウィズのフォローへ回ってくれたらしい。それらが奏功したのだろう。

 

 アルカンレティアで何をしていたのかも、後ほどウィズに説明した。

 セレスディナより『魔王軍から亡命したい』との打診があり、その対応としてダスティネス家の依頼を受けた。事情聴取その他が重なり、つい昨日まで現地に滞在していた――と。

 嘘はひとつも言っていない。

 要点のいくつかを故意に省略したから、真実とはだいぶかけ離れたストーリーに聞こえるだけで。

 

 ときに、話は変わる。

 本日、ふぐを食した。

 帰りしな、イグニスからお土産として持たされたのだ。

 それも、『ふぐ界の王様』と称されるほどの絶品、極楽ふぐを。

 

 私もウィズも、ふぐの調理経験はない。毒の除去など望むべくもない。

 だが身内には、反則級の異能持ちがいる。

 どんな猛毒であろうと、仮面悪魔に任せておけばパパッと処理してくれるだろう――そう高を括っていた。

 

 が、いざ蓋を開けてみると、ものの見事にしくじってくれた。

 必ずしも、見立てが的外れだったわけではない。バニルの釈明によれば、見通す力で処理方法自体は把握していたという。

 ただし、それを実践する技術が当人に備わっているかはまた別問題だった、というだけで。

 

 よく考えれば、道理だった。

 相手はふぐ毒など意にも介さない地獄の公爵。

 効きもしない毒をわざわざ人間向けに無毒化する技術など、身につけるはずがない。

 

 そして毒が通じないのは、リッチーも同様。

 つまり、この不手際で実害を被ったのは人間である私だけ、ということになる。

 というより、失敗すると承知の上で、私をイラつかせるためにあえて調理を買って出ていたようだ。

 

 次善の策として、プリーストの解毒魔法ならふぐ毒も打ち消せる。

 どちらかといえば、そっちがふぐ料理の一般的な食べ方でもある。

 

 キュアーポイズンなら、私も会得している。

 なので食事は、この魔法をこまめにかけ直すことで乗り切った。

 それはもう一口運ぶごとに詠唱し、折を見てヒールも挟む。それくらい念入りに。

 私の生命力ステータスは、他者から重病を心配されるほどには悲惨だ。うっかりエリスの下へ召されたくなければ、そのくらいの慎重さでようやく釣り合いが取れる。

 

 最近レベルが初期化されたにもかかわらず、生命力の値が然程低下していないのは幸いだった。

 ……いや、素直に喜べるかは微妙だけども。

 要するに、レベル一の時点で早くもカンストが間近で、成長の余地が初めからほぼ存在しないことの裏返しでもあるのだから。

 

 閑話休題。

 普通のプリーストがこんな乱暴な魔法の使い方をすれば、たちまち魔力切れを起こす。

 だが私に限れば、魔力量は平均的な紅魔族に匹敵する。つまり、人類全体で見てもトップクラスだ。

 この程度の消耗は、大した負担にもならなかった。

 

 なお、断続的に放たれる神聖魔法の気配に、悪魔のバニルは終始うんざりした様子だった。

 アンデッドのウィズもご馳走に集中し切れず、チラチラとこちらへ視線を向けてくる。

 言うなれば、ずっと耳元で蚊の羽音が鳴り響いているような不快感があったそうな。

 

 とはいえ、なるほど。味は確かに天下一品。

 世の美食家たちが『これを食べて死ねるなら構わない』と絶賛したらしいが、これならば納得だと、舌鼓を打つウィズも満足げだった。

 

 この評には、毒魚を平らげた後のことを暗示するブラックジョーク的な紛らわしさがある。

 しかしながら、動く死体であるウィズがその逸話を嬉々として引用する光景には、また別種の味わいがある。

 そんな取り留めのない所感を、私はふぐと共に静かに噛みしめるのだった。

 

 


 

 

【養殖開始】

 アクセルへ戻ったばかりで慌ただしいが、またもやお出掛けである。

 

 セレスディナの無力化に際したアレコレの余波で、私のレベルまで低下してしまった。それを回復させることが、此度の目的となる。

 なお約定に則り、発生する費用は全額ダスティネス家持ちである。

 

 そうして赴いたのは、紅魔の里。

 元来、ダスティネス家は里との独自のコネクションを有している。例えばダクネスが愛用する鎧も、ここで製造された品だという。

 今回のレベル上げに当たっても、その下地が功を奏した。族長からの協力をスムーズに取り付けられたと聞き及んでいる。

 加えて、この里では紅魔族特有の効率的なレベル上げ手法である『養殖』が確立されている。この地が選ばれた背景としては、それも大きい。

 

 理由はまだある。

 屈強なモンスターが生息する森へのアクセスが良好であること。

 高性能な各種アイテムの生産地であり、消耗品の補充面で有利なこと。

 そして私自身、里の住人とそれなりの知己(ちき)を得ていることも、この決定を後押ししたのだろう。

 

 実を言えば、当初の予定ではこれほど性急にレベル上げを行うはずではなかった。

 しかし、セレスディナの取り調べで得られた情報が、状況を一変させた。

 

 魔王軍は現在、大規模な軍勢を率いての紅魔の里侵攻を企てている。

 しかも総大将は、魔王の娘とのこと。

 彼女は幹部としての強大な戦闘力に加え、指揮官としても秀でている。そして何より、配下を強化する特殊能力を持つ。

 

 ……ただ、侵攻の動機については何とも言い難い。

 里には、観光名所として名高い展望台がある。遠見の魔道具が設置されており、そこから魔王城を覗き見できる施設なのだが、それが標的だとか。

 

 別段、情報戦における優位がどうだとか、そういう真面目な話ではない。

 魔王の娘の私室を常時監視し、暇を持て余した里のニートたちが日々の癒やしにしていた。さらには観光客から料金を徴収し、見世物にしていた。

 そのことが本人にバレたのが、そもそもの発端らしい。

 

 それはさておくとして。

 ともかく、そんな大軍勢があとひと月もしないうちに里へ押し寄せる恐れがある。

 もっとも、作戦が筒抜けになった可能性は魔王軍側も考慮していよう。ならばもはや、当初の計画通りには動くまい。

 万一攻め込んでくるとしても、スケジュールは後ろ倒しになるのではないかと、イグニスら王国首脳陣は見ている。

 

 いずれにせよ、紅魔の里へ向かう時期を遅らせるほど、魔王軍との戦闘に巻き込まれるリスクは増す。

 しかし今ならまだ、その懸念は無視できる。

 よって、安全なうちにさっさとレベル上げを済ませてしまおう――となったのだ。

 

 ウィズのテレポートで里に到着するや、早速養殖へと取り掛かった。

 

 ところで、先程から述べている養殖とは、実力者が瀕死へ追い込んだモンスターに別人がトドメだけ刺し、格上相手からお手軽に経験値を得る手法だ。

 基本的には、まだ魔法を習得していない里の子供にスキルポイントを稼がせる用途で使われる。

 モンスターといえども、無抵抗な相手を一方的に屠る行為は良心を痛める。だから余所では定着しなかったのだろう。

 私は全然気にしないけど。

 

 対魔王軍遊撃部隊のエスコートを受け、紅魔の森へと分け入った。

 なお名称こそご立派だが、実態は自警団でも何でもない。哨戒と称して里を彷徨(うろつ)く、暇なニートたちの集まりである。

 

 とはいえニートとて、上級魔法はしっかり習得済み。

 なおかつ暇潰しと小遣い稼ぎ、そして紅魔族では珍しくもない修行趣味を兼ね、散歩感覚でモンスターを駆逐する。

 そのせいか、やたらとレベルが高い。戦力としては申し分ない。

 

 先行したニートたちが片っ端からモンスターを弱らせ、その後方を別働隊に護衛された私が追行し、仕留めていく。

 本来であれば人手不足の都合もあり、危険なモンスターは先に間引くらしい。

 だが今回は、私一人に過剰なまでの護衛が割かれている。安全マージンは万全だった。

 

 おかげで高レベルモンスターも平然と回ってくる。

 一撃熊やらファイアードレイクといった、私の力量とはおよそ釣り合わない大物が、冒険者カードの討伐履歴に次々と刻まれていった。

 中には一撃ウサギのような、アクセル近郊にも生息する小物も混じっていたが――私からすれば、それすら逆立ちしても勝てない格上である。

 

 なお、私の体力では森を歩くことすらままならないという問題は、疲労回復ポーションのがぶ飲みで強引に対処した。

 これに限らず、立ち塞がる障害はすべてカネの力でなぎ払っている。

 まったく、ダスティネス家様々である。

 

 それと、森を移動する道中、安楽少女と出くわした。

 他のモンスターと異なり、妙に元気だった。移動力も戦闘力も皆無なため、無害と判断した紅魔族が捨て置いたのだろう。

 実際、付き添いの面々も一瞥しただけで、談笑のネタにしている始末。警戒の素振りは微塵も見受けられない。

 

 無論、私にとってもレベル上げの途中で現れた経験値の一匹に過ぎない。

 スッと近寄り、サクッと仕留めた。

 

 ざっと観察した限り、愛らしく純真無垢な少女を装っただけの邪悪な生物だった。冒険者ギルドにも同様の報告が上がっていたが、あれは正しかったらしい。

 まあ、通りすがりの経験値の本性など元より眼中にない私には、どちらにせよ些末な話だったが。

 

 で、そこでニート共が唐突に足を止めた。

 信じられないものでも目撃したかのように、静まり返る。

 その異様な空気に、私はやらかしたのだと察する。

 この頃にはルーチンにもすっかり慣れ、テンポ良く息の根を止めることばかりに意識が向いていた。せめて少しは逡巡する素振りでも見せるべきだったかと、今さらながら内省する。

 

 ――が、彼らの話を聞くにつれ、どうもそれ以前の問題だったと思い知る。

 ニートを代表して、ぶっころりー曰く。

 

「いやさ、今回俺たち、安楽少女は養殖のターゲットに入れてなかったんだよね。さすがに、いたいけな女の子を攻撃するのはキツイだろうって。

 ここを通ったのも、次の狩場への最短ルートがたまたま安楽少女の近くだっただけなんだ。いやまさか、こっちが止める間もなく、流れ作業みたいなノリで仕留めるとは思わなくって……」

 

 なお、この後『安楽少女スレイヤー』なる不名誉極まる異名をどこかの馬鹿が閃き、里に広まりかけたため、慌てて火消しに走ることになった。

 危うく、その呼び名を耳にしためぐみんやゆんゆんから詰問されるフラグが立つところだった。

 

 


 

 

【晩ご飯は仲良く鴨鍋を食べた】

 安楽少女退治に私が一切躊躇しないと露呈したので、今日からはこちらも討伐対象として組み込まれることになった。

 そうした割り切りは合理的で、好感が持てる。駆除を代わりに押し付けられただけな気もするが……。

 おまけに、倒したら倒したで、社会のゴミ共はあからさまに引いた態度を隠そうともしないし。

 

 また、養殖にも慣れてきたのか、ニートたちにも余裕が出てきたらしい。

 光の屈折魔法で姿を消し、わざと私を置き去りにする。そしてモンスターに囲まれ、窮地に陥った頃合いを見計らって颯爽と乱入し、救出する――そんな珍妙な遊びを始めた。

 なお、私への事前告知は特になかった。

 

 まあ、これも円満な関係を維持するための必要コストかと、多少面倒ではあるが私も露骨に怖がる演出で場を盛り上げておいた。

 現に、それで正解だったらしい。

 後から『助けに入るタイミングはどうだったか?』などの感想を求められたので、正直に答えておいた。

 

 モンスターの前に放置した側と、された側。その双方が直後には何事もなかったように反省会を始める様は、異常の一言に尽きる。

 だが生憎、そこにツッコむ常識人はいない。

 一応指摘しておくと、同じことを私以外の人間に仕掛けたなら、間違いなくぶん殴られる。

 

 あと、養殖エリア内でドラゴンゾンビが出没したらしい。

 日の差す日中に、随分と活きの良いアンデッドがいたものだ。もっとも詳細を聞けば、木々が密集した薄暗い箇所で休んでいただけらしいが。

 こればかりは弱らせても、私では安全に仕留めるのが難しい。だから倒してしまった――と、ニートから謝罪された。

 紅魔族垂涎(すいぜん)の称号、『ドラゴンスレイヤー』を得るチャンスを断りもなく潰してしまった。その配慮らしい。

 

 ……いらない。心底興味がない。

 それより、その気配りをもっと別の場面で発揮できなかったのか。

 具体的には、私をモンスターの前に置き去りにしたときとか。

 

 ちなみに。

 紅魔族的には、ドラゴンゾンビはあくまでただのアンデッドらしい。

 つまりは本当に、いらぬ気遣いの発露でしかなかったようだ。

 

 その日の養殖を終えた夕刻。

 里の泉のほとりを通りがかった際、一人の幼女が視界に入った。

 爆裂娘の妹、こめっこである。

 

 彼女は泉のほうをじっと見据えたまま、微動だにしない。

 はて。あそこに何があるのだろう?

 釣られるように、私も何とはなしに視線を向ける。ちょうどその瞬間、水面に小さな飛沫が立った。

 泳いでいたのだろう。愛らしいカモが泉から上がってくる。

 ネギを抱えたその姿から、正体はカモネギと推察できた。

 

 カモネギとは、討伐すれば大量の経験値を得られ、肉は高級食材、ネギは薬として有用という、一粒で三度美味しいレアモンスターだ。

 それでいて戦闘力はゼロ。『カモがネギを背負って来る』ということわざの語源でもある。

 

 こめっこの狙いはカモネギだろう。

 口元から滴るヨダレも意に介さず凝視するその様は、食欲一色だった。食料としか見做していない。

 エルロードではカモネギの養殖所が観光スポットになるくらいには、マスコット的な人気を誇る生き物なのだが……。

 

 しかもよく見ると、カモネギは二羽いた。夫婦か何かだろう。

 どうやら片方を捕まえようとした隙に、もう一羽に逃げられることを警戒しているらしい。まとめて確保できる好機を窺っているようだった。

 実家の極貧ぶりは伝え聞いていたが、食への執着が凄まじい。脱帽ものだ。

 

 私はひっそりとこめっこの背後に近付くと、肩をつついた。

 振り向いた彼女に、人差し指を唇の前に立てて沈黙を促す。続けて、簡単な身振り手振りで意思の疎通を図る。

 こめっこはこの間、毛ほども動じなかった。大人顔負けの胆力である。

 さらに私の意図を理解すると、即興のジェスチャーで応答まで返してきた。

 

 ……この六歳児、頭が良すぎやしないだろうか。

 知能の高い紅魔族とはいえ、ちょっと尋常ではない。

 

 無言のハンドサインの応酬が一頻(ひとしき)り続き、やがて区切りがつくと、どちらからともなく頷いた。

 私とこめっこは、二手に分かれる。

 カモネギに気取られぬよう注意を払いながら、手筈通り両側から挟み撃つように接近した。言葉を介さない即席のコンビネーションは、完璧に機能していた。

 そうして私たちはそれぞれ、獲物へ静かに忍び寄ると――

 

 結果だけ言うと。

 なぜかこの後、今日の養殖が終わっていたはずの私は、レベルがひとつ上昇した。

 

 


 

 

【ようやく通常業務に戻れる】

 気がつけば夏はとうに過ぎ去り、季節は秋も半ばへ差し掛かっている。

 アクセルへ戻ると、今年の秋キャベツの収穫は既に終わっていた。私が紅魔の里に滞在していた間に、来襲があったらしい。

 

 さて、レベル上げは無事に完了した。

 目標レベル自体は決して高くなかったのだが、体質の問題でどうにもレベルが上がり難い。

 予想の範囲内ではあったものの、あれだけ手間を掛けても数日を要してしまった。

 

 レベルの上がりやすさは、生まれ持った資質に左右される。

 アークウィザードに就けるほどの高いポテンシャルを持つ私は、必然的にそれだけ膨大な経験値を要求されたというわけだ。

 これがカズマなら、初日のうちに呆気なくノルマを達成していただろう。

 あの男、街の近辺でカエルを数匹倒しただけで、レベルがグングン伸びるそうだし。どれだけ才能に恵まれていないのやら。

 

 カズマといえば、あの一行は未だアクセルに戻っていない。

 私が前回帰宅した時点で、彼らもとっくに帰国しており、王都に逗留中だと耳に入っていたのに。

 

 いつまで居座るつもりだろう。

 彼らの代わりに、ペットのちょむすけとゼル帝の世話を引き受けている当店としては、いい加減に引き取りに来てほしいところだ。

 

 


 

 

【野菜嫌い】

 ここのところ食べ物ネタばかり書いている気がするが、またしてもそうした案件だ。

 

 昼食をどこかで済ませようと街をぶらついていると、相変わらずぼっちしているゆんゆんとばったり遭遇した。

 せっかくだからと誘い、私が時折利用する馴染みの飲食店へ連れ立って入る。

 オーダーした品が届くまでは、至って平穏だった。

 

 問題は、その後だ。

 頼んだ覚えのない生野菜のサラダが、注文品とは別に、さりげなくセットで付いてきた。

 いつもはそんなもの付属していない。一体どういう風の吹き回しなのか。

 

 店員へ尋ねると、事情は単純だった。

 新鮮なキャベツが格安で仕入れられたはいいが、勢い余って買い込み過ぎた。

 そこで少しでも消費しようと、期間限定のサービスとして提供しているとのこと。

 

 営業努力、大いに結構。

 だが、少々有り難迷惑だった。私は生野菜が苦手なのだ。

 サラダの器を、そっとゆんゆんの手前へスライドさせた。

 しかし、呆れた顔をした彼女にすぐさま送り返される。

 

 『いい歳して好き嫌いしないでほしい』とゆんゆんに叱られた。出来の悪い子の我儘を諭す声音だった。

 昔、ウィズとも似たようなやり取りをした覚えがある。当時の私は、ちょうど今のゆんゆんと同じくらいの年頃だった。

 『ちゃんと食べないと大きくなれない』とか、確かそんなセリフを言われたと思う。

 けれど私は、野菜を選り好みしているわけではない。誤解を正すためにも、そこは強く反論しておく。

 

 きちんと仕留めてある野菜なら、私も気にしない。

 だが生野菜はダメだ。サラダとかいう活け造りなど、以ての外。食われてなるものかと、飛んだり跳ねたり、奇襲を仕掛けたりしてくる。

 とりわけ厄介なのがアスパラガスだ。一発の火力が高い。

 私と野菜との間に横たわる戦力差は、そんなに大きくない。ちょっとした拍子に、野菜スティックを相手に激闘と呼べる攻防へ発展したことすらある。

 

 なお、私が誰かの監督なしに生野菜を調理することは、ウィズより禁止されている。

 戦績が芳しくない――若干野菜に負け越しているという現実と、決して無関係ではあるまい。

 

 さらに余談だが、多分私はこめっこにも勝てない。先日の一件で確信した。

 もし喧嘩になれば、支援魔法込みでも手も足も出ず、ボコボコにされると思う。

 

 そういった諸々を語り終えると、ゆんゆんは黙ってサラダを引き取り、引き換えに野菜炒めを分けてくれた。丁寧に火を通してあるから、反撃の恐れはない。

 明らかに同情されている。

 相手は、お店を『お金を払えば店員が会話してくれるコミュ障に優しいツール』と解釈し、心底有り難がっているような寂しんぼ娘なのに。

 

 まあ、それはそれとして。貰った品は普通に食べた。

 採れたてキャベツの野菜炒め、美味しい。

 

 


 

 

【この展開、前にも見たことがある】

 うちで預かっていたペットたちを引き取りに、めぐみんとアクアがやって来た。およそ一ヶ月ぶりの再会である。

 

 めぐみんはともかく、アクアは受け取って早々、手のひらをひよこに激しく突き回されていた。

 当のアクアはそれを『寂しい思いをさせた反動による、ちょっぴり過激な愛情表現』だと宣(のたま)い、謎の度量の広さで許容していたけれど。

 単に、知らない人に触られてビックリしただけじゃないですかね。鳥頭だし。

 

 ところで、一党の中でカズマだけ、アイリス王女の懇願もあって未だ王都の城に留まっているとか。

 めぐみんの話では、明日には戻る予定とのことだが……。

 この状況、既視感がある。

 詳しく言えば、かつて会食の席で王女に拉致同然で王城へお持ち帰りされた一件である。

 経緯こそ違えど、『王女の願いで城に一人残っている』というシチュエーションは酷似している。

 

 ちなみに、参考までに述べておくと。

 前回の彼は、快適なお城暮らしを全力でエンジョイしていた。

 贅沢三昧の日々を謳歌し、仲間が迎えに来ようと帰還を頑として拒否。あの手この手で抵抗までしたという。

 

 そういえば、少し話は変わるが。

 ペットの引き渡しに立ち会ったウィズが、何やらソワソワとしていた。

 最初はいつも通りだった。それがふと、ハッと何かを思い出したような顔つきになると、そこから急に落ち着きを失った。

 原因は判然としない。程なくして二人が店を立ち去ると、その挙動不審もすっと収まった。

 

 私はてっきり、共同墓地の件で含むところがあるのかと踏んでいた。

 アクアが街を不在にしていた折、ピンチヒッターとしてウィズが久しぶりに除霊へ出向いたのだが――そこで野良ゴーストと大量エンカウントする羽目になったのである。

 アクアがそれなりの期間にわたって役目をサボるか、あるいは忘れていたのは、状況から見て明白だった。

 

 ただ、あとから振り返ってみると。

 それにしては、ウィズはあまりアクアを注視していなかったような……。

 

 


 

 

【レベル四十オーバーのエース誕生】

 ゆんゆんのレベルが、四十の大台を超えていることが発覚した。

 

 ……四十。レベル四十ときたか。

 店に遊びに来ていたゆんゆんが、ウィズとの歓談中に、何でもないことのように明かしたのだ。

 当人に含む様子はない。その事実が余計に、ウィズの言葉を詰まらせた。

 二人を尻目に商品棚の整理へ勤しんでいた私へと、ウィズが目配せしてくる。私は首を力なく横に振ることで、返答に代えた。

 

 ――もはやゆんゆんが誰かと固定パーティーを組むのは、本格的に無理では?

 レベルの話を聞いて、私たちが同時に抱いた感想がそれだった。

 

 アクセルは駆け出しの街だ。

 在籍する冒険者はレベル二十未満が中心。このラインを超えると、他の街へホームを移すのが慣例となっている。

 レベル四十台の上級職ともなると、王都の第一線で活躍するエリートに相当する水準だ。

 しかもゆんゆんは、紅魔族の中でも際立って優秀な部類である。実質的にはレベル五十台のアークウィザードに匹敵、ないしは上回る可能性すらある。

 

 そんな実力者に対して、ビギナーが『パーティーに入りませんか』などと声を掛けられるかというと――まあ、無茶だろう。畏れ多すぎる。

 レベル一桁の新人など、彼女のレベルを知るや脱兎の勢いで逃げ出すに違いない。

 

 そもそもゆんゆん、街の冒険者たちから慕われてはいるものの、『人付き合いを嫌う孤高の紅魔族』だと広く認知されている。

 その評判もあって、周囲は気を遣い、誰も声をかけてこない。

 ……いつも独りなせいで、変な誤解が広まっている。

 

 ちなみにレベルだけなら、今のゆんゆんと張り合える冒険者もそこそこ存在する。

 主にサキュバスの店目当てで、ベテランになってもアクセルを卒業しようとしない輩が。

 ただし彼らには、既に長年苦楽を共にした仲間がいる。チームとして完成してしまっている以上、今さら外部の者が割り込む余地は薄い。

 

 ゆんゆんの引っ込み思案な性格まで勘案すれば、ソロ活動からの脱却が見込めないことは確定的か。

 拠点をアクセルから移す意志があるならまだしも、ゆんゆんにその気は無さそうだし。

 

 神妙な面持ちになったウィズが、徐(おもむろ)に提案を持ちかけた。

 ゆんゆんを鍛えてみたくなった。よければ今後、稽古を受けてみないか――と。

 とりあえず地力を高め、ソロ専門の冒険者としてやっていけるようにという、ウィズなりの心遣いだった。

 

 つまるところ、ゆんゆんが将来パーティーを組める可能性に、とうとうウィズが見切りを付けたのである。

 

 かつて『氷の魔女』と謳われた才媛からの申し出に、ゆんゆんは喜び勇んで飛びついた。

 なぜ急にそんな話になったのか――その疑問の色が僅かに浮かんだものの、それを塗り潰すほどの期待と向上心が彼女の目を輝かせていた。

 もしウィズが胸中に秘めた真意を知れば、きっとショックのあまり、膝から崩れ落ちていたことだろう。




・ドラゴンゾンビ
Web版の紅魔の里周辺では出現する。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。