とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

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4-2 税金騒動直前

【大根店主と怒れる女神】

 ウィズの様子がおかしかったのは、私の出生が原因だった模様だ。

 

 この日、アクアが遊びに訪ねてくると、先頃の一時のようにウィズが挙動不審になった。

 症例としては、視線をあちこち彷徨わせる。台本でも読み上げるような単調な語り口。ソワソワとして落ち着きがない。

 当の彼女は、何かしら包み隠そうと努力している気らしいが、信じ難いほどド下手だった。アクアですら様子が変と察知していた。

 果たしてアクアに問い詰められると、ウィズはすっとぼけつつ――無意識にチラチラと私を見つめてきた。

 ここでやっと、秘め事が私にまつわる事柄なのだと察する。

 

 次いで、心当たりがあるのを思い出す。

 どうやらウィズは、私がめぐみんとカズマの子孫だと発覚した件を強く意識している。

 その話については、以前口止めした。

 だが。彼女なりに悟られないようにと気を張った結果、かえってそれが態度に表れて、余計周りから怪しまれる本末転倒な不審者ムーブへと繋がっている。

 これなら、あえて口止めせず放ったらかしにしたほうが幾分マシだったやもしれない。

 

 このままウィズに場を任せて傍観しても、首尾良く進展するとは思えない。なので、私が割って入った。

 最近、私の血縁者が見つかった。ウィズがいつになく珍妙なのは、その件で動転しているからだろう。そうアクアに告げる。

 ここでアクアが話題に食いつき、注目がウィズから逸れる。

 出自不明の未来人という私の身の上は、駄女神も承知だ。好奇心を刺激されたらしく、相手は何者かと早速質してくる。

 無論、ここでカズマやめぐみんの名を出すつもりは毛頭無い。口の軽い青髪女の前でうっかり口を滑らせてしまえば、翌朝にはアクセル中で周知されてしまう。

 代わりにこう言及した。その人とはこの前、アルカンレティアで初めて対面したと。

 固唾を呑んでやり取りを見守っていた大根店長は、予期しない回答に、えっ? と困惑の声を溢した。あの二人を指すにしては、ストーリーに矛盾がある。

 私とセレスディナの関係性は、ウィズには一切伝えていない。当然のリアクションだった。

 

 そのうち気が向いたらちょっかいをかけに行きたい。だから、どこのアクシズ教徒なのか名前を教えてほしいと、アクアから追加で問いただされる。

 当たり前のように、アクシズ教徒なのを前提で話を進めないでもらいたい。

 相手はアクシズ教徒ではないし、アクアの知らない人だ。そうとだけ明かして、それ以上の開示は控えた。

 血縁に関してセレスディナは知らない。教えていないのだから。これで会いに来られても、あちらは当惑するしかない。

 誤魔化し方としては雑極まりない。とはいえ、相手は所詮アクア。こんなのであっさりと誤魔化せた。

 なお。ウィズには後ほど、アルカンレティアで判明したセレスディナとの血筋について、ざっくりと説くことになった。

 

 ときに、仲間とは一日遅れでアクセルに帰宅する手筈となっていたカズマだが。

 一日どころか数日が過ぎた今も、彼は王都に滞在している。

 アクアによると、カズマより手紙が届いたという。

 今後はお城で暮らすから、もうアクセルには帰らない。屋敷と荷物、財産については好きにしてくれて良い。三人がいつか魔王を倒す日が来ると陰ながら祈っている。といったメッセージが書されていたとか。

 最初は冗談だろうと真に受けていなかった。だが、日数が経過するにつれ、どうも本気のようだと段々と仲間の三人も勘付いた。

 

 そのことで、アクアは大層ご立腹だ。

 あのロリコンニートは王女に甘えられ流され、執事やメイドに身の回りを世話されるうちに居心地が良すぎて他はどうでもよくなり、城でのんびり暮らそうと気の向くままに残っているに違いない。と息巻いていた。

 ウィズは彼女を宥めて、きっと何か事情があるだけで遠からず帰ってくるはずと、頑張ってフォローしていた。また、助太刀して欲しいと、私にも水を向けてくる。

 けれど、ぐうたら女神に全面同意だった私は、アクアに同調した。

 この女は、自堕落さがカズマとそっくりだ。そのせいか、この手の読みはやけに鋭い。

 するとウィズは目を見開き、信じられないものを見る眼差しでこちらを凝視した。信頼して背を預けたら、秒で裏切って刃を突き立てられた、とでも言いたげな顔色だった。

 

 今はダクネス、めぐみんを交えて、屋敷をアクアの物として良いかを協議中とか。

 家主が好きにしていいと公言しているのだし、この機にカズマには出て行ってもらおうとの心算らしい。

 今回はえらくお怒りの様相だ。

 謀略的な嫌な予感はない。放っておけば、程なく帰還するだろう。ずっと王城に居座るとか、常識的に考えて無茶だし。

 

 

【ただの恋バナ】

 それは、私が冒険者ギルドで職員のバイトに励んでいたときのことだ。

 

 ギルド内で喧嘩騒ぎが勃発し、ちょうど手隙だった私が注意に入った。

 下手人の片割れは、案の定めぐみんだった。

 なぜ案の定かというと、冒険者が起こす暴力沙汰のうち、過半数は彼女が絡んでいるので。血の気が多すぎる。

 

 この短気娘は、イラッとするとすぐ手が出てしまう。

 この度は、カズマのことを『弱っちい』と陰口を叩いた冒険者の発言を聞き咎めて、いきなり殴りかかった。

 不意打ちからマウントポジションを取り、一方的にタコ殴りにした。相手が戦意喪失したのを見取ると『あなたのほうが弱っちいですね』と、言葉での追い撃ちまでかます。

 叩きのめされた側は、下級とはいえれっきとした前衛職だった。が、レベル差と先手を取られた不利が致命的だったらしい。

 それに、めぐみんも魔法使いの癖して、地味に腕力があるし。

 

 なお、私が介入したのは、建物内で暴れていたからだ。

 冒険者同士の決闘自体はギルドが認めている。つまり、屋外ならばお咎めはない。

 彼女が起こす諍いの中では、まだ大人しい。過去には、屋内なのも一顧だにせず爆裂魔法をブッ放そうとしたことさえある。

 その際は、その場の全冒険者へと、めぐみん撃退の緊急クエストが発令された。達成賞金は三千エリスだった。

 

 なお。この後、他の冒険者が『女の子に守られる雑魚マさん』と不用意な呟きを口走った。それを引き金に、説教を振り切っためぐみんが二戦目に移る頭の痛い展開へと発展した。

 そちらは、止めるべきか迷い無駄にオロオロと狼狽えるゆんゆんが付近にいたので、声がけして押し止めてもらった。

 

 こういうとき、いつもなら問題児の手綱を握る保護者カズマに引き取ってもらうのに。厄介なことに、彼は今留守だ。

 聞き取りがてら、カズマのこともめぐみんに尋ねてみた。

 彼が今なお城に留まっている点は、彼女もアクアと同様に苛立っていた。ただ。アクアをいじけていると表現するなら、こちらは独占欲的な拗らせもある。

 他の女にちょっぴり押されるだけで、ムードに流されてホイホイついて行く、彼の浮気性な一面にやきもきしているのだ。

 此度で言うなら、アイリス王女が泥棒猫に当たる。あくまでめぐみん視点では。

 二人はまだ、恋人でも何でもないのだが。今からこの有り様では、先が思いやられる。

 

 というか。フラフラと色んな女に目移りされるのがそんなに嫌なら、さっさと既成事実を作って逃げ道を塞げばいいのに。

 性欲に忠実なあの男でも、子供を拵えてしまえばさすがに観念するはずだ。

 ところで近頃、匂いを嗅ぐだけで何となく良い雰囲気になれる芳香剤や強力な精力剤を、バニルが発注した。直に入荷するのだけど、おひとついかが?

 商品は買ってもらえなかった。

 なおかつ、踏むべき手順を色々すっ飛ばし過ぎたので、一緒に話を聞いていたゆんゆん共々若干引かれた。

 とりわけめぐみんは複雑な表情。曰く、同じ着眼で娘とカズマの二人を部屋に閉じ込めた、母ゆいゆいの暴挙が頭を過ったという。

 私も、ローティーンの少女にかなりぶっ込んだ話をしたとは思うが。母親も、実娘に何をしているのだろう。

 十四歳は結婚できる年齢だが、世間的にはまだまだ子供扱いされがちなのに。

 若い男女を密室に放り込んでおけば、そのうち勝手に盛り始めるだろう。との思想には私も甚だ同感だけども。

 

 ちなみに。

 上記とは別件で、よしんばカズマが別の女性とくっついても寝取って奪い返せば良い。との主張においては、私とめぐみんは見解が一致。意気投合した。

 ゆんゆんだけは、難色を示したが。

 されど、この場に限ると彼女は少数派。味方のいないぼっち。

 彼女は孤軍奮闘の末、他二名から精神的にボコボコにされた。終いには、まともな恋愛経験のない自分が無知でズレているのだろうかと、仄かに疑心暗鬼に陥りかけていた。

 私が言うことでもないが。

 頭のおかしいのと、効率至上主義で道徳観をぶん投げている輩の意見なんて、真面目に耳を傾ける価値はない。

 

 

【特になんの脈絡もなく突発するパワーアップイベント】

『ぼっちのままだといつか魔王になってしまう』

 

 こんなニュアンスの台詞を、誰しも一度は耳にしたことがあるだろう。

 出典は、あの有名なおとぎ話。

 たった一人で奮戦した孤独な勇者が遂には魔王を打ち倒すも、その後自らが新たな魔王となってしまう。そんな少年の物語。

 つまるところ、ゆんゆんの最終進化形だ。

 冒頭の一文はこの故事を元とする、親が子に言い聞かせる教訓だ。

 ところで、ここまで書いておいて何だが。これから記すことに、今の話は然程関係ない。

 

 さて。

 ウィズは先日、ゆんゆんがパーティーを組める可能性をとうとう諦めた。そして、稽古をつけるとゆんゆんに約束した。

 ……ソロパーティーとして立派に立ち回れるように、との真意は秘したままに。

 本日、店は定休日。

 そんな次第で、稽古現場に私も見学としてお邪魔してみた。

 

 といっても、私は冒険者でもなければ、魔法使いでもない。眺めていても、意図が呑み込めない部分のほうが圧倒的に多い。読み解くための知識と見識が、根本的に足りていない。

 ただ。二人を見て取るに、ひとまず順調ではあるらしい。

 ソロプレイヤーとして、着々と総合的な対応力を高めるゆんゆん。それと引き替えに、ますます仲間の必要性が薄れてゆく。

 古のぼっちの魔王の説話がふと思い浮かび、彼女の姿と重なって映った。

 

 いやまあ。伝承のような末路をゆんゆんが辿ると、真剣に懸念しているわけではない。

 めぐみんやウィズといった、他者との繋がりがしっかりとあるのだから。大昔の勇者とは、境遇からして異なる。

 何なら私のほうが、一歩誤るとそれに近いルートへ突入しかねない危うさがある。

 ゆんゆんにとっての不安要素はむしろ、このまま腕を磨いて大成する先にこそある。婚期を逃しそう、との意味で。

 師である氷の魔女は、その優秀さ故に高嶺の花として周囲から畏れられ遠巻きにされ、そして見事に行き遅れた。

 ただでさえ友達を作れないコミュ障が、かつてのウィズと同じ道程まで歩み始めてしまった。私には、そう思えてならない。

 

 ところで。ウィズの指導の中でひとつ、興味深いものがあった。

 群狼のような高度な連携を取るモンスターの群れを、個々ではなく集団を丸ごとひとつの生き物と見立てて動きを予測する。

 大体、そういった風の内容だったか。これを耳にして、おや? と私は強い引っかかりを覚えたのだ。

 この発想、ひょっとすると謀略面でも応用できるのではないか、と。

 

 組織、社会、共同体。

 そうした人々の集まりを個人――一個の生物と仮に解釈して、一人の人間に対するように謀を仕掛ける。

 去年までの私では、そこまでできなかった。けれど、今ならできる。そんな気がする。

 そこまで思い至った途端、脳裏でパズルのピースがカチリと噛み合う音がした。

 

 恐らくは、元々朧げながら理解して、無意識のうちに実践し始めていたのだ。

 それをウィズの言説をトリガーに、ハッキリと自覚した。これまで積み上げたものが、私の中で集大成として明確に形になった。

 もう少し簡単に言い換えると。

 壁をひとつ越えて、私は謀略家として一段階上のステージへと到達した。

 鍛えられるゆんゆんではなく、全然関係ない私の日常シーンにおいて、個別の強化イベントが突如発生。並びに、誰も与り知らぬままそれが完了した瞬間である。

 

 もちろんお礼が言える礼儀正しい私は、特訓が終了して解散した後、ちゃんとウィズに感謝の気持ちを伝えた。

 委細を解説するや、彼女はぽかんと口を開き、そのまま暫し立ち尽くした。間もなくして、脳に染み込むようにして徐々に心得ると、衝撃のあまり膝からくずおれた。

 取り返しのつかないことをしてしまった、と。ウィズはそう独りごちた。

 せっかく従業員が成長したのに。素直に祝福もできないのか、この女は。

 まるで、いつの間にか巨悪に加担していた咎を直視し、後悔に駆られるような反応だった。随分と手厳しい雇用主もいたものだ。

 落ち込み様を見かねて適当にコロッケを買い与えたら、それでコロッと機嫌を直したけども。お腹を満たして気分が良くなり、おおらかになったらしい。単純な女で助かった。

 

 一応言い添えておくと、今日のきっかけがなくとも、いずれ私は自力で覚醒へ漕ぎ着けただろう。

 ウィズから得た着想は、その期間を半年から一年ほど縮めたに過ぎない。

 

 

【ゼロですね】

 今日のウィズは朝からやや難しい顔つきで、何事かを考え込んでいた。

 それを余所に、店長の仕入れたガラクタを返品するため私が箱詰めに精を出していると、ようやく考えがまとまったらしい。ウィズより、こんな質問を投げかけられた。

 思えば、貴族の家を乗っ取ったとの話を今年はまだ聞いていない。実際のところ、何件くらい乗っ取っているのかと。

 

 趣味というか、息抜きというか。私はそんな感じの割と緩いノリで悪徳貴族に手を出しては、傀儡として手駒にしている。

 ウィズ魔道具店に不自然な利益誘導をしようとした段でそれがウィズに露見し、叱られる。ここまでが毎度のお約束パターンだ。

 本年ももうすぐ四分の三が終わる。なのに、そのお約束が今年は起きていない。それについて指摘しているらしい。

 私はウィズをチラリと見遣ると、再び目線を戻して作業を再開する。手を止めずに、素っ気なく返答する。

 ゼロだと。

 貴族家の乗っ取りなど、日々を慎ましやかに過ごす純朴な一市民では思いつきすらしない。そんな道理にもとる恐ろしい所業に、私が手を染めているはずないだろう。

 直後、ウィズが真顔になった。瞬く間に距離を詰めると、私の両肩を掴んだ。

 

「ゼロ? 今、ゼロって言いました? ……あのですね、そういう笑えない冗談は聞いてないんですよ。正直に答えてください。今ならまだ怒らないですから」

 

 もうとっくに怒っておきながらそうほざき、それと平行して、ガラクタを詰めていた箱を私から奪い取った。

 まったく信用されていない。どころか、追及されるのが余程不都合だから、いけしゃあしゃあとホラを吹いたと思われている。

 いつどこに嘘を感知するベルがあっても大丈夫な言動を常日頃から心がけており、ご近所でも誠実と評判な私に対して、あんまりな言い草ではあるまいか。

 いやまあ。要するに普段は、ベルに引っかからない手口で人を騙しているというだけだが。

 

 ただし、乗っ取りゼロはガチだ。

 私がそういった案件に着手したのは、昨年末のドネリー家がラストとなる。

 それ以降はカズマたち――というよりも、その仲間であるダスティネス家ご令嬢との接点が増えてきたから、様子見も兼ねて絶った状態が継続している。

 箱の中身をさり気なく商品棚に戻し始めたウィズへと、私はそう説明した。

 

 なお。これがすべてではなく、ウィズには故意に吐露しなかった側面もある。

 今年の夏頃、ダスティネス家との同盟を結んだ折に、貴族家の乗っ取りをしないとの取り決めを私は交わしている。

 王国の懐刀に目をつけられている只中で、堂々と契約破りに及ぶ腹積りは端から無い。少なくともイグニスが壮健な間は、この状況が続くだろうと見込んでいる。

 ちなみに。この頃の私は貴族よりも、レジーナ教を含めた宗教方面へと触手を伸ばすほうに関心がある。

 契約事項には、教団を乗っ取ってはいけませんとの記載は無い。だから、契約には抵触しない。

 

 そんなことより、棚に戻したガラクタを返してほしい。

 私は、使えないゴミを穀潰し女より奪回するという大事な業務へと乗り出した。

 

 

【彼女、やっぱりアクシズ教との相性が悪くないか?】

 水と温泉の都アルカンレティアにて、ちょっとした事件が起きた。

 それも、珍事と呼べるものが。

 

 ただし。それにはまず、セレスディナの立場から説明しておくべきだろう。

 私がアルカンレティアを去って以後。監視付きながら、彼女は街中における自由行動を許可された。

 彼女は表向き、魔王軍に背いて人類側に鞍替えしたことになっている。当面は魔王軍からの報復の恐れがつきまとうだろう。監視は、それを防ぐ護衛目的だ。

 裏向きでは、魔王軍にまつわる情報提供と、その間の従順な姿勢が評価された。ここでの監視とは、要観察の元幹部バニルに元凄腕冒険者のウィズを充てたのと似た措置だ。

 今のセレスディナの実力は、レベル一のプリーストと同等。取るに足りない。

 取り巻く情勢のこともある。よって、一旦静観しようと捨て置かれたわけだ。

 

 ちなみにバニルの場合、強すぎてそもそも手に負えないので、放置一択だった。

 人間に嫌がらせするくらいしか害のない悪魔に貴重な戦力を割く余裕があるなら、もっと優先度の高い魔王軍との戦いに投入する。

 

 で、そんなこんなでまあまあ自由に出歩けるようになったセレスディナの元に、何と魔王軍からの刺客が現れた。

 名はペリエ。腕っ節だけで幹部候補の地位へと上り詰めた、人型の女魔族だ。

 なお、『腕っ節だけ』なのが肝だ。ついでに『魔王軍からの刺客』との言い回しにも、少々語弊があったりする。

 

 魔王軍では、セレスディナが本当に裏切ったかを調査する人員を送るか検討していたらしい。

 ところが。ペリエが上司に力尽くで訴えて、その任務を無理やりもぎ取った。

 が、頭を使うのが大の苦手な彼女は、すぐ面倒になる。そして調査するのも、独断でセレスディナを始末するのも大差あるまいと、開き直ることにした。

 ……調査の概念をご存知ない?

 なお、ペリエの理屈だと、仕事を割り振った上司の人選ミスであって、自分は悪くないとか。上司の人、可哀想。

 ちなみに。上述の内情は、相対したセレスディナが試しにペリエへ問いかけると、特段隠し立てするでもなく普通にペラペラと喋ってくれたそうな。機密漏洩。

 

 セレスディナはひっそりと探りを入れ、早々に説得を断念する。

 ペリエは、あれこれ思索を巡らすくらいなら、殴って解決するのが手っ取り早いと信奉する脳筋だ。無理に説き伏せようと試みても、激昂させるだけで逆効果と判じた。

 相手が思考することを放棄した度を越えたアホなせいで、逆に付け入る隙がない。

 セレスディナは、魔王軍への帰属意識は未だ捨て去っていない。もっとも、だからといって殺される所存も更々無かった。

 

 交渉では決定打にならない。よって、暴力でお帰り願うことを決める。

 だが。頭の弱さはともかく、ペリエの戦闘能力は本物だ。弱体化した今のセレスディナは言わずもがな、名うての冒険者でも、数人程度は優に蹴散らしてしまえる。

 そこで彼女は、まだ多少の話し合いが通じるのを存分に活用する。

 

 まず、アクシズ教の大教会へとペリエを連れ込んだ。自身が死亡すれば復讐の呪いで教団にも大打撃を与えられるかも、と虚言で唆すと、疑問も持たずに難なくついて来た。

 頭のおかしい狂信者をぶつけて、暗殺者を追い払ってもらおう。セレスディナはそう画策したのだ。

 ここで冒険者ギルドを選択しない辺りに、アクシズ教徒より植え付けられた彼女のトラウマの根深さが垣間見える。

 そして、教会にいた信徒に食事を頼むのにかこつけて、コッソリとこの場に多数の戦力を呼び寄せてもらう。

 戦力の集合まで間を持たせるために、ペリエを食事に付き合わせた。

 これには、腹ごしらえや最後の晩餐になるかもとの言い訳で言い包めようとしても難航するが、強引にペリエの口に酒瓶を突っ込むことで辛くも乗り越えた。

 

 ここで、セレスディナにとって重大な誤算が生じる。

 ペリエは、とんでもなく酒に弱かった。

 さらに、絶対に死にたくない彼女の積み重ねた必死の足掻きが、ここにきて当人の思惑すらも上回る形で結実する。

 結論を言うと、ペリエの討滅に成功してしまった。

 刺客が酔い潰れた時合に、招集していた戦力が集結。ただでさえ無防備な幹部候補は、パラライズの魔法までかけられて、本領を発揮する機会を得られぬまま、数の暴力で袋叩きにされた。

 古今稀な、無欠の完全勝利だった。

 魔王軍への未練があり、ペリエのことは追い返すだけの心積りでいたセレスディナは、この結末に大いに頭を抱えた。

 

 ということが、最近ペンフレンドになったセレスディナ本人より届いた手紙に、微妙に動揺が隠しきれてない様子で綴られていた。

 いや、表面上は当り障りない文面なのだが、違和感があったので解読すると、そんな暗号文になっていた。

 この一事からは日付が経っている。客観的な顛末なら、私もとうに把握している。

 しかしながら。渦中の人からぶちまけられた実像が、存外に酷い。主に、討たれた幹部候補のポンコツ具合が。

 

 もしや、実体験をベースにした架空小説の原稿でも送りつけられたのでは。そんな疑念から、ペリエなる人物のことをウィズに問うてみた。

 手紙の記述を打ち明けると、そのロクでもない一部始終にウィズは戸惑い、返事に詰まった。

 ただし、訝しむ色はない。

 とりあえず、手紙のようなポンコツを晒したとしても、不思議に思われない人となりなのは確からしい。

 

 ところで。

 魔王軍の手先だったとの経歴がバレて以来、セレスディナは街の住民より幾らか距離を置かれていた。

 だが。魔王軍の者から殺されかけたのと、返り討ちにするのに多大な貢献をしたことで、衆人からの心証が大きく改善したとか。

 また。レジーナ教、アクシズ教の両教団間で横たわっていた心理の溝も僅かに埋まった。

 レジーナ教徒のセレスディナがアクシズ教徒を頼った上、討伐を力強くアシストして花を持たせてくれたのだ。元来お調子者な気質のアクシズ教徒なら、一発でデレる。

 何処もかしこも、いいこと尽くめと言えよう。

 

 問題があるとすれば、ひとつだけ。

 幹部候補を完封して討ち取るぐうの音も出ない過剰な敵対行為を働いたために、まだ古巣に未練のある彼女が魔王軍へと帰参する目が、いよいよもって失われた。

 本人はそれに強いショックを受けており、途方に暮れている。

 もういい加減、レジーナ教団に骨を埋める覚悟を固めては?

 私は、やる気のなさを隠す気のない薄っぺらな応援を暗号文にして認めると、返信の便りとして送付しておいた。

 

 セレスディナのことは、念のため暗殺する気でいたのだけど。

 潮目が変わったらしい。当座は様子を見よう。

 

 

【そういえばスキルポイントの件を話し忘れた】

 サトウカズマが来店した。

 一ヶ月以上もアクセルを離れていたから、物凄く久しぶりに顔を見た。

 

 断っておくと、この男が帰って来ているのは聞き及んでいた。

 昨日、朝っぱらから警察隊が物々しくも出動して、平和な街中を騒然とさせた一幕は記憶に新しい。

 自宅を凶暴な犯罪者に乗っ取られたカズマが、物件の正式な所有者としてその被害を通報。受理した警察により、屋敷の奪還作戦が直ちに実施されたのだ。

 そうして不法占拠の犯人――アクアは、あわや投獄女神へとジョブチェンジしかけたのだった。

 

 それはさておくとして。

 彼の用件は、ウィズの昔話を聞くことだった。

 前に、ウィズとバニルがつるむようになった経緯についてを、当事者二人でアクアに語るという出来事があった。

 その話をアクアから聞かされ、彼自身も感興をそそられたという。

 アクアからは中途半端にしか話を聞き出せず、それで不完全燃焼だったとか。あの女は話を聞きはしたものの、その最中で爆睡したために、全容を知らないのだ。

 

 カズマの来訪が時刻的に遅かったのと、営業時間中だったのもあり、呑気に昔語りに勤しむ暇は大してなかった。

 まあ、ウィズ自身はお茶と菓子で彼をもてなすほどだから、迷惑がってはいない。

 結局、話は途中で切り上げた。カズマは時間を作ってまた続きを聞きに来ると述べ、今日のところは引き返して行った。

 あの男は、ほぼ年中暇している。予定の入っている日のほうが珍しい。あたかも先約があるかのような言い方をしていたが、多分よく分からない見栄を張っただけだろう。

 これは、早ければ明日も来るかもしれない。




・パワーアップイベント
ただのギャグイベント。
ここでの成長を活かせる場面は、以後の作中にはもう無い。

・ペリエ
『愚か者』六巻の登場人物。
未読の方には信じられないかもしれないが、原作でも大体こんな調子。大きな違いは、退場までにまともなバトルシーンがあったかの有無くらい。

・セレスディナ
ぶっちゃけこのままだと、主人公に暗殺されて死ぬ確率が高い。フラグ折りのため、彼女には近々別件でまた酷い目に遭ってもらう予定。

・氷の魔女の昔語り
原作十二巻描き下ろし短編『伝説の魔女』によると、カズマ自ら何度も足を運んで、ウィズの昔話について聞き出していた時期があるらしい。
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