とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

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4-2 税金騒動直前

【大根店主と怒れる女神】

 ウィズの様子がおかしかった原因は、私の出生にあったらしい。

 

 この日、アクアが店へ遊びに来ると、先頃と同様にウィズが挙動不審に陥った。

 視線があちこちを彷徨(さまよ)う。台本を棒読みするような単調な語り口。ソワソワと落ち着きがない。

 本人なりに、何かを隠し通そうと努力はしているのだろう。だが、信じ難いほどド下手だった。アクアですら様子が変だと察知していた。

 

 アクアに問い詰められると、ウィズはすっとぼけながら――無意識に、チラチラと私へ視線を流してくる。

 ここでようやく、その秘め事が私にまつわるものらしいと察した。

 

 次いで、心当たりが浮かぶ。

 どうやらウィズは、私がめぐみんとカズマの子孫だと発覚した件を、過剰なまでに意識している。

 その話については、以前口止めした。

 だが、悟られまいと気を張った結果、かえってそれが態度に滲み出て、余計に周囲から怪しまれる本末転倒な不審者ムーブへと着地している。

 これなら口止めせず放置したほうが、幾分マシだったかもしれない。

 

 このままウィズに任せていても、事態が好転するとは思えない。やむなく私が割って入った。

 最近、私の血縁者が見つかった。ウィズがいつになく珍妙な様子なのは、その件で動転しているからだろう。

 ――そう告げると、アクアが食いついた。注目がウィズから逸れる。

 

 出自不明の未来人という私の素性は、この駄女神も承知している。好奇心を刺激されたのだろう。相手は何者なのかと、早速問いかけてきた。

 無論、ここでカズマやめぐみんの名を出す気は毛頭ない。口の軽い青髪女の前でうっかり滑らせたが最後、翌朝にはアクセル中に周知されてしまう。

 そこで私は、別の事実を提示した。

 その人物とは、先日アルカンレティアで初めて対面した――と。

 

 固唾を呑んで成り行きを見守っていた大根店長は、予期しない回答に『えっ?』と困惑の声を漏らした。あの二人を指すにしては、ストーリーに矛盾がある。

 私とセレスディナの関係性は、ウィズには一切伝えていない。当然のリアクションだった。

 

 アクアから追加で問いただされる。

 そのうち気が向いたらちょっかいをかけに行きたい。だから相手はどこのアクシズ教徒なのか、名前を教えてほしいと。

 ……当たり前のように、アクシズ教徒であることを前提に話を進めないでもらいたい。

 

 相手はアクシズ教徒ではない。アクアの知らない人物だ。――そうとだけ明かして、それ以上の開示は控えた。

 血縁についてセレスディナは知らない。そもそも教えていないのだから。

 そんな状態で突然押しかけられても、当惑されるだけだ。

 

 誤魔化し方としては雑極まりない。とはいえ、相手は所詮アクア。これであっさり丸め込めた。

 なお、ウィズには後ほど、アルカンレティアで判明したセレスディナとの血筋について、ざっくりと説くことになった。

 

 ときに、仲間とは一日遅れでアクセルに戻る予定だったカズマだが。

 一日どころか数日が経過した今なお、王都に留まっている。

 

 アクアによれば、カズマから手紙が届いたという。

 今後は城で暮らすのでアクセルには戻らないこと。屋敷や荷物、財産は好きにして構わないこと。三人がいつか魔王を討つ日が来ると、陰ながら祈っていること。

 ――そんなメッセージが綴ってあったとか。

 

 当初は冗談だろうと、誰も真に受けていなかった。

 だが日を追うごとに、どうやら本気らしいと三人も察し始めた。

 

 そのことで、アクアは大層ご立腹だ。

 あのロリコンニートは王女に甘えられて流され、執事やメイドに世話されるうちに居心地が良くなり、他はどうでもよくなって、城でのんびり暮らそうと気の向くまま居座っているに違いない――と息巻いている。

 ウィズは懸命に宥めながら、きっと何か事情があるだけで遠からず帰ってくるはずだと、健気にフォローしていた。

 そして援護射撃を求めて、私にも水を向けてくる。

 

 けれど、ぐうたら女神に全面同意していた私は、アクアに同調した。

 この女、自堕落な部分がカズマとそっくりだ。そのせいか、こういった読みはやけに鋭い。

 するとウィズが目を見開く。信じられないものを見る眼差しで、こちらを凝視した。

 信頼して背を預けたら秒で裏切られ、刃を突き立てられた――とでも言いたげな顔だった。

 

 現在はダクネスとめぐみんを交え、屋敷をアクアのものとして良いか協議中だという。

 家主本人が好きにしていいと公言している以上、この機にカズマには出て行ってもらおうという算段らしい。

 今回ばかりは、随分と腹に据えかねている様子だ。

 

 謀略めいた嫌な予感はない。放っておけば、そのうち帰ってくるだろう。

 王城にずっと居座るとか、常識的に考えて無理があるし。

 

 


 

 

【ただの恋バナ】

 それは、私が冒険者ギルドで職員のバイトに勤しんでいたときのことだ。

 

 ギルド内で喧嘩騒ぎが勃発し、ちょうど手隙だった私が制止に入った。

 下手人の片割れは――案の定、めぐみんだった。

 なぜ案の定かというと、冒険者が起こす暴力沙汰のうち、過半数に彼女が絡んでいるから。血の気が多すぎる。

 

 この短気娘は、イラッとするとすぐ手が出る。

 今回は、カズマのことを『弱っちい』と陰口を叩いた冒険者の発言を聞き咎め、いきなり殴りかかった。

 不意打ちからマウントポジションを奪い、一方的にタコ殴り。相手が戦意喪失したのを確認すると、『あなたのほうが弱っちいですね』と言葉での追撃まで差し込んだ。

 叩きのめされた側は、下級とはいえれっきとした前衛職だった。だが、レベル差に加え、先手を奪われた不利が致命的だったらしい。

 それに、めぐみんは魔法使いのくせして、地味に腕力があるし。

 

 なお、私が介入したのは、暴れていたのが建物の中だったからだ。

 冒険者同士の決闘そのものはギルドも公認している。つまり、屋外ならお咎めはない。

 

 彼女が起こす諍いの中では、今回はまだ大人しい部類だろう。

 何せ過去には、屋内であることなど一顧だにせず、爆裂魔法をぶっ放そうとした前科すらある。

 その際は、その場にいた全冒険者を対象に、めぐみん撃退の緊急クエストが発令された。

 ちなみに、達成報酬は三千エリスだった。

 

 なおこの後、さらなる頭の痛い問題が起きた。

 別の冒険者が『女の子に守られる雑魚マさん』などと、不用意な失言を口走ったのである。

 それを引き金に、説教を振り切っためぐみんが第二ラウンドへ突入した。

 そちらは、止めるべきか迷って無駄にオロオロしているゆんゆんが付近にいたので、声をかけて押し止めてもらった。

 

 こういうとき、いつもなら問題児の手綱を握る保護者カズマに引き取ってもらうのだが。生憎と、当人は王都で留守にしている。

 事情聴取がてら、めぐみんにカズマの近況も尋ねてみた。

 

 彼が未だ王城に留まっている件については、彼女もアクア同様に不満を抱いているらしい。

 ただし、その質は少々異なる。

 アクアの不満を拗ねていると評するなら、めぐみんのそれには独占欲が混じっている。

 他の女に少し押されただけでムードに流され、ホイホイついて行く。そんな彼の節操のなさに、やきもきしているのだ。

 

 此度で言うなら、アイリス王女が泥棒猫に当たる。あくまでめぐみん視点での話だが。

 二人はまだ、恋人でも何でもない。それなのにこの有り様では、先が思いやられる。

 

 というか、フラフラと目移りされるのがそんなに嫌なら、さっさと既成事実を作って逃げ道を塞げばいいものを。

 性欲に忠実なあの男でも、子供を拵えてしまえばさすがに観念するはずだ。

 

 ちなみに近頃、匂いを嗅ぐだけで何となく良い雰囲気になれる芳香剤や、強力な精力剤をバニルが発注した。近々入荷予定なのだけど、おひとついかが?

 商品は買ってもらえなかった。

 加えて、踏むべき手順をあれこれすっ飛ばし過ぎたため、同席していたゆんゆん共々、若干引かれた。

 

 とりわけめぐみんの表情は複雑だった。

 曰く、同じ発想で自分とカズマを部屋に閉じ込めた、母ゆいゆいの暴挙が脳裏をよぎったという。

 私も、ローティーンの少女にかなりぶっ込んだ話をした自覚はある。

 だが母親のほうも、実の娘に何をやっているのだろう。

 十四歳は結婚可能な年齢とはいえ、世間的にはまだまだ子供扱いされる年頃だというのに。

 

 ――若い男女を密室に放り込んでおけば、そのうち勝手に盛り始めるだろう。

 その思想には、私も甚だ同感だけれども。

 

 ちなみに。

 上記とは別件で、『よしんばカズマが別の女性と懇ろになっても、寝取って奪い返せばいい』という主張については、私とめぐみんの見解は一致。意気投合した。

 ゆんゆんだけは難色を示したが。

 

 けれどこの場に限れば、彼女は少数派。味方のいないぼっち。

 孤軍奮闘した末、ゆんゆんは他二名から精神的にボコボコにされた。

 終いには、まともな恋愛経験のない自分の感覚がズレているのだろうかと、仄かな疑心暗鬼に足を踏み入れかけていた。

 

 私が言うのも何だが。

 頭のおかしい人間と、効率至上主義で道徳観を投げ捨てた輩の意見など、真剣に耳を傾ける価値はない。

 

 


 

 

【特になんの脈絡もなく突発するパワーアップイベント】

『ぼっちのままだと、いつか魔王になってしまう』

 

 こんなニュアンスのセリフは、誰しも一度は耳にしたことがあるだろう。

 出典は、かの有名なおとぎ話。

 

 孤独な勇者がたった一人で戦い抜き、遂には魔王を討ち果たす。だが、その後に彼自身が新たな魔王へと変貌してしまう――そんな少年の物語。

 要するに、ゆんゆんの最終進化形だ。

 冒頭の一文はこの故事に由来する、親が子に言い聞かせる教訓である。

 

 ところで、ここまで書いておいて何だが。これから記す話に、この伝承は然程関係がない。

 

 さて。

 ウィズは先日、ゆんゆんがパーティーを組める可能性をとうとう諦めた。そして、稽古をつけると彼女に約束した。

 ……ソロパーティーとして立派に立ち回れるように、との真意は秘したままに。

 

 本日、店は定休日。

 そんなわけで、見学がてら稽古に顔を出してみた。

 

 といっても、私は冒険者でもなければ魔法使いでもない。

 眺めていても、意図を読み取れない場面のほうが圧倒的に多い。読み解くための知識と見識が、根本的に不足している。

 ただ、二人の様子を見る限り、ひとまず順調ではあるらしい。

 

 ソロプレイヤーとして、着々と総合的な対応力を高めるゆんゆん。それと引き換えに、仲間の必要性がますます薄れてゆく。

 古(いにしえ)のぼっちの魔王の説話がふと思い浮かび、彼女の姿と重なって見えた。

 

 ……いや、まさか本気で危惧しているわけではない。

 めぐみんやウィズという、人との確かな繋がりがゆんゆんにはある。大昔の勇者とは前提条件からして異なる。

 何なら危ういのは私のほうだ。一歩踏み外せば、そちらのルートへ突入しかねない。

 

 ゆんゆんにとっての真の不安要素はむしろ、このまま腕を磨いて大成する先にこそある。

 婚期を逃しそう、という意味で。

 師である氷の魔女は、その優秀さ故に高嶺の花として周囲から畏れられ、遠巻きにされ、そして見事に行き遅れた。

 ただでさえ友人を作れないコミュ障が、かつてのウィズと同じ道を歩み始めている。そう思えてならない。

 

 ところで。

 ウィズの指導の中に、ひとつ興味深いものがあった。

 群狼のような高度な連携を取るモンスターの群れを、個体ごとではなく集団全体でひとつの生き物と見立て、その動きを予測する。

 大体、そういった内容だったか。

 

 それを聞いた瞬間、『おや?』と思考に強い引っかかりを覚えた。

 この発想、ひょっとすると謀略にも応用できるのではないか。

 

 組織、社会、共同体。

 そうした人々の集まりを、仮に一個の生物と解釈する。

 そして、一人の人間を相手取るように謀(はかりごと)を仕掛ける。

 去年までの私には、そこまでできなかった。けれど、今ならできる。そんな確信がある。

 そう思い至った途端、脳裏でパズルのピースがカチリと噛み合った。

 

 恐らくは、元々朧げに理解していたのだろう。そして無意識のうちに、実践し始めていた。

 ウィズの言葉がトリガーとなり、それをハッキリと自覚する。

 これまで積み上げてきたものが、私の中でひとつの完成形として結晶した。

 

 もう少し平たく言えば。

 壁をひとつ越え、私は謀略家として一段階上のステージへ到達した。

 

 鍛えられるゆんゆんではなく、まったく無関係な私の日常シーンで、個別の強化イベントが突如として発生。

 誰も与(あずか)り知らぬまま、それが完了した瞬間である。

 

 もちろん礼儀正しい私は、特訓終了後の解散の際、ちゃんとウィズに感謝を伝えた。

 事の経緯を説明すると、彼女は口をぽかんと開けたまま、暫し立ち尽くす。

 やがて理解が脳に染み渡ると、衝撃のあまり膝からくずおれた。

 取り返しのつかないことをしてしまった――ウィズはそう独りごちた。

 

 せっかく従業員が成長したというのに、素直に祝福もできないのか、この女は。

 まるで、気づかぬうちに巨悪へ加担していた事実を突きつけられ、深い後悔に苛まれているかのような反応だった。随分と手厳しい雇用主もいたものだ。

 落ち込みぶりを見かねて、適当にコロッケを買い与えてみたら、コロッと機嫌を直したけど。

 空腹が満たされ、おおらかになったらしい。単純な女で助かった。

 

 一応付け加えておくと、今日のきっかけがなくとも、いずれ自力で覚醒へ漕ぎ着けていただろう。

 ウィズから得た着想は、その到達を半年から一年ほど早めたに過ぎない。

 

 


 

 

【ゼロですね】

 今日のウィズは朝から浮かない顔をしており、何やら思案に沈んでいた。

 それを余所に、店長の仕入れたガラクタを返品すべく私が箱詰め作業に精を出していると、ようやく考えがまとまったらしい。

 ウィズが不意に、こんな質問を投げかけてきた。

 

 そういえば今年は、私が貴族家を乗っ取ったという話をまだ聞いていない。実際のところ、何件ほど手を出しているのか――と。

 

 趣味というか、息抜きというか。

 私はそんな感じの軽いノリで悪徳貴族に手を出しては、傀儡として手駒に加えている。

 そしてウィズ魔道具店へ不自然な利益誘導を図った段階でウィズに発覚し、お説教を食らう。ここまでが毎度のお約束パターンだ。

 本年は間もなく四分の三が終わろうとしている。にもかかわらず、そのお約束が一度も発動していない。それを指摘しているらしかった。

 

 私はチラリとウィズへ視線を向けると、すぐ作業へ戻った。

 手を止めることなく、素っ気なく答える。

 

 ゼロだ、と。

 

 貴族家の乗っ取りなど、日々を慎ましやかに過ごす純朴な一市民が思いつくはずもない。

 道理に悖(もと)るそのような恐ろしい所業に、私が手を染めているわけがないだろう。

 

 ――直後、ウィズの表情が消えた。瞬く間に距離を詰め、私の両肩を掴む。

 

「ゼロ? 今、ゼロって言いました? ……あのですね、そういう笑えない冗談は聞いてないんですよ。正直に答えてください。今ならまだ怒らないですから」

 

 既に怒り心頭でそうほざきながら、ガラクタを詰めていた箱を私から奪い取った。

 

 ……まるで信用されていない。

 それどころか、追及されたくないからいけしゃあしゃあとホラを吹いた、と解釈されている。

 いつどこに嘘を感知するベルがあっても大丈夫な言動を常日頃から心がけ、ご近所でも誠実と評判の私に対して、あんまりな言い草ではあるまいか。

 ……いやまあ。要するに普段は、ベルに引っかからない手口で人を騙しているというだけだが。

 

 ただし、乗っ取りゼロはガチだ。

 この種の案件に最後に着手したのは、昨年末のドネリー家。あれがラストである。

 以降はカズマたち――というより、その仲間であるダスティネス家ご令嬢との接点が増えてきたため、様子見も兼ねて手を引いた状態が続いている。

 箱の中身をさりげなく商品棚へ戻し始めたウィズへ、私はそう説明した。

 

 なお、これがすべてではない。ウィズに故意に伏せた側面がある。

 今年の夏、ダスティネス家との同盟を締結した折に、『貴族家の乗っ取りを行わない』との取り決めを交わしている。

 王国の懐刀に目をつけられている最中で、堂々と契約を破る腹積もりは端(はな)からない。

 少なくともイグニスが壮健な間は、この均衡が続くと見込んでいる。

 

 ちなみに、近頃の私は貴族よりも、レジーナ教を含めた宗教方面に関心があった。

 契約には、『教団を乗っ取ってはいけません』とは一言も書かれていない。よって、契約への抵触もない。

 

 そんなことよりも、棚に戻したガラクタを返してほしい。

 私は、使えないゴミを穀潰し女から奪回するという、極めて大事な業務へ取り掛かった。

 

 


 

 

【彼女、やっぱりアクシズ教との相性が悪くないか?】

 水と温泉の都アルカンレティアにて、ちょっとした事件が起きた。

 それも、珍事と呼べるものが。

 

 ただし、その経緯を辿るにはまず、セレスディナの立場から説明しておく必要がある。

 

 私がアルカンレティアを去った後、彼女は監視付きながら街内での自由行動を許可された。

 表向き、彼女は魔王軍に背いて人類側へ鞍替えした裏切り者だ。当面は魔王軍からの報復の脅威がつきまとう。監視はその護衛という名目である。

 

 裏向きでは、魔王軍に関する情報提供と、その間に見せた従順な姿勢が評価されての措置。

 要観察対象である元幹部バニルに対し、元凄腕冒険者のウィズを監視役に据えたのと似た構図だ。

 

 今のセレスディナの実力は、レベル一のプリーストと同等。脅威としては取るに足りない。

 取り巻く情勢もあり、一旦静観しようという判断が下されたわけだ。

 

 ちなみにバニルの場合、強すぎてそもそも手に負えない。よって放置一択だった。

 人間への嫌がらせくらいしか害のない悪魔に貴重な戦力を割く余裕があるなら、もっと優先度の高い魔王軍との戦いへ投入する。

 

 ともあれ。

 そんなこんなで、まあまあ自由に出歩けるようになったセレスディナの元に、何と魔王軍からの刺客が現れた。

 名はペリエ。腕っ節だけで幹部候補の地位へ上り詰めた、人型の女魔族だ。

 なお、『腕っ節だけ』という点が肝である。ついでに言えば、『魔王軍からの刺客』という表現にも、多少の語弊がある。

 

 話によれば、魔王軍ではセレスディナが本当に裏切ったのかを調査する人員の派遣を検討していたらしい。

 ところがペリエが上司へ力(・)尽(・)く(・)で直訴し、その任務を強引に奪い取った。

 だが、彼女は頭を使うことが大の苦手。すぐに面倒になり、『調査も独断による始末も大差あるまい』と開き直ることにしたそうだ。

 ……調査の概念をご存知ない?

 

 なお本人曰く、任務を割り振った上司の人選ミスであり、自分に非はないとのこと。

 上司の人、可哀想。

 

 ちなみに上述の内情は、相対したセレスディナがペリエへ試しに問いかけたところ、特段隠す素振りもなくペラペラと喋ってくれたそうな。

 機密漏洩。

 

 セレスディナは密かに探りを入れ、早々に説得を断念した。

 ペリエは、思案を巡らせるくらいなら殴って解決したほうが早いと信じて疑わない、典型的な脳筋である。

 下手に言葉を尽くしても、怒りを買うだけ。むしろ逆効果と判じた。

 考えることを放棄した度を越えたアホなせいで、逆に付け入る隙がない。

 

 魔王軍への帰属意識を、セレスディナは捨て去ったわけではない。

 だが、だからといって、無抵抗にむざむざと殺されるつもりも更々なかった。

 

 交渉では決定打にならない。ならば、暴力でお帰り願うしかない。

 とはいえ、頭の出来はともかく、ペリエの戦闘能力は本物だ。弱体化した今のセレスディナはもちろん、名うての冒険者であっても、数人程度は容易く蹴散らせる。

 そこで彼女は、まだ多少の会話が通じる点を最大限活用することにした。

 

 まず、アクシズ教の大教会へとペリエを誘い込んだ。

 自分が死ねば、復讐の呪いで教団に甚大な被害を与えられるかもしれない――そんな虚言を吹き込むと、疑問も持たずにホイホイついて来た。

 頭のおかしい狂信者をぶつけて、暗殺者を追い払わせる。それがセレスディナの狙いだった。

 ここで冒険者ギルドを選択しない辺りに、彼女に刻み込まれたアクシズ教徒へのトラウマの深さが窺える。

 

 続いて、教会の信徒へ食事の手配を頼む体裁を借りて、ひっそりと戦力を呼び寄せた。

 増援が到着するまでの時間稼ぎとして、ペリエを食事に付き合わせる。

 言い包(くる)めるのには難航したものの、最終的には酒瓶を強引に口へ突っ込むことで、辛くも切り抜けた。

 

 そしてここで、セレスディナにとって重大な誤算が生じる。

 ペリエは、とんでもなく酒に弱かった。

 さらに、絶対に死にたくない一心で積み重ねてきた彼女の必死の足掻きが、この土壇場で想定を上回る成果を生む。

 結論から言うと、ペリエの討滅に成功してしまった。

 

 刺客が酔い潰れたタイミングで、招集していた戦力が続々と到着する。

 ただでさえ無防備な幹部候補は、パラライズの魔法までかけられ、本領を発揮する機会すら与えられない。

 そのまま、数の暴力で袋叩きにしてしまった。

 古今稀に見る、無欠の完全勝利である。

 

 魔王軍への未練があり、本来は追い返すだけのつもりだったセレスディナは、この結末に大いに頭を抱えた。

 

 ――という顛末が、最近ペンフレンドとなったセレスディナ本人から届いた手紙に綴られていた。微妙に動揺を隠しきれていない筆致で。

 いや、表面上は当たり障りのない文面だった。だが妙な違和感があったので解読してみると、そんな暗号文になっていた。

 

 この一件からは、既に日が経っている。客観的な経緯なら、私もとうに把握済みだ。

 しかしながら、当事者本人からぶちまけられた実像は、想像以上に酷かった。

 主に、討たれた幹部候補のポンコツ具合が。

 

 ……もしや、実体験をベースにした創作小説でも送りつけられたのでは。

 そんな疑念を抱き、私はウィズにペリエなる人物について尋ねてみた。

 

 手紙に記された一連の顛末を話すと、そのロクでもなさにウィズは戸惑い、返答に詰まった。

 ただし、内容そのものを疑う様子はない。

 とりあえず、手紙に書かれていたレベルのポンコツを晒したとしても、不思議に思われない人物であるのは確からしい。

 

 ところで。

 魔王軍の手先だった経歴がバレて以来、セレスディナは街の住民からやや距離を置かれていた。

 だが今回、魔王軍の刺客に命を狙われたこと。そして、その返り討ちに大きく貢献したことで、周囲からの心証が大幅に改善したらしい。

 

 加えて、レジーナ教とアクシズ教の間に横たわっていた心理的な溝も、僅かながら埋まった。

 レジーナ教徒であるセレスディナが、アクシズ教へ助けを求めた。その上で彼らをアシストし、討伐成功という花まで持たせてくれた。

 元来、お調子者気質のアクシズ教徒である。一発でデレる。

 

 何処もかしこも、いいこと尽くめと言えよう。

 

 問題があるとすれば、ひとつだけ。

 幹部候補を完封して討ち取るという、ぐうの音も出ない過剰な敵対行為を働いたために、古巣への未練を残す彼女が魔王軍へ帰参する目は、いよいよもって潰えた。

 本人は相当にショックを受けており、途方に暮れている。

 

 ……もう諦めて、レジーナ教団に骨を埋める覚悟を固めては?

 私はそんな、やる気のなさを隠す気もない薄っぺらな激励を暗号文に認(したた)め、返信として送り返しておいた。

 

 セレスディナのことは、念のため暗殺する腹積もりでいたのだけれど。

 どうやら潮目が変わったらしい。当座は様子を見よう。

 

 


 

 

【そういえばスキルポイントの件を話し忘れた】

 サトウカズマが来店した。

 一ヶ月以上もアクセルを離れていたから、顔を見るのは随分と久し振りだ。

 

 断っておくと、この男が帰還していること自体は把握していた。

 昨日、朝っぱらから警察隊が物々しく出動し、平和な街中を騒然とさせた一幕は記憶に新しい。

 自宅を凶暴な犯罪者に乗っ取られたカズマが、正式な物件所有者として被害を通報。受理した警察により、屋敷の奪還作戦が直ちに実施された。

 そうして不法占拠の犯人――アクアは、あわや投獄女神へとジョブチェンジしかけたのだった。

 

 それはさておき。

 彼の用件は、ウィズの昔話を聞くことだった。

 以前、ウィズとバニルがつるむようになった経緯について、当事者二人がアクアへ語って聞かせたことがある。その話を又聞きしたカズマが、興味を抱いたらしい。

 アクアからは中途半端にしか聞き出せず、不完全燃焼だったとか。

 

 無理もない。あの女は話の最中に、盛大に寝落ちしている。

 話を聞き出そうにも、そもそも全容を把握していないのだ。

 

 カズマが訪ねてきたのは、営業時間も終盤に差しかかった頃。昔語りに割く時間はほとんど残っていなかった。

 まあ、ウィズ自身はお茶と菓子を用意してもてなしていたくらいなので、迷惑がっていたわけではない。

 

 結局、話は途中で切り上げとなった。

 カズマは『時間を作ってまた続きを聞きに来る』と述べ、今日のところは引き返して行った。

 

 ……あの男は、ほぼ年中暇している。予定が入っている日のほうが珍しい。

 いかにも先約でもあるかのような口振りだったが、多分よく分からない見栄を張っただけだろう。

 

 これは、明日もまた来るかもしれない。




・パワーアップイベント
ただのギャグイベント。
ここでの成長を活かせる場面は、以後の作中にはもう無い。

・ペリエ
『愚か者』六巻の登場人物。
未読の方には信じられないかもしれないが、原作でも大体こんな調子。
大きな違いは、退場までにまともなバトルシーンがあったかどうかくらい。

・セレスディナ
ぶっちゃけこのままだと、主人公に暗殺される可能性が高い。
フラグを折るため、近いうちに別件でまた酷い目に遭ってもらう予定。

・氷の魔女の昔語り
原作十二巻描き下ろし短編『伝説の魔女』によると、カズマが自ら何度も足を運んでウィズの昔話を聞き出していた時期があるらしい。
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