とある魔道具店店員の手記 作:シュワシュワ
【正気かこの女】
前回、ウィズの冒険者時代の話をカズマに、その前にはアクアにも語った――そんな話をした。
それに関連して、最近浮上した悩みの種を思い出した。
今のウィズには、生への執着がない。
もっと踏み込めば、状況次第で自身の命を軽々と手放しかねない危うさを抱えている。
一例として、トチ狂ったアクアがウィズを浄化しに現れたとしよう。
ひと昔前なら抵抗しただろう。しかし今の彼女は、二つ返事で滅びを受け入れるはずだ。
逆にアクアのほうが正気に戻り、『命を大事にするように』とウィズを説得する側へ回るに違いない。
そんな有り様と化したのは、彼女の夢が成就してしまったからである。
そもそもウィズがアクセルに拘泥して店を構える理由は、苦楽を共にした冒険仲間と出会った、始まりの街だからだ。
戦いに疲れた仲間がいつでも帰ってこられるように、ふらりと訪ねてきた彼らを迎える。そんな止まり木としての役割があった。
そして先日、その本懐は果たされた。
昔話に耳を傾けていたアクアが、テーブルへ突っ伏して気持ち良さげにお昼寝を始め、愉快なインテリアと化していたときのことである。
出来事そのものは、実に微笑ましい。
けれど本望を遂げたと同時に、アンデッドとなってまで生き永らえていた理由が消失してしまった。
ダンジョン建設に協力するというバニルとの約束は、まだ残っている。
ただ、私の見立てでは弱い。いざという局面で彼女を繋ぎ止めるには、些か心許ない。
日常での支障はゼロだ。喫緊の課題というわけではない。
それでも先を見据えれば、到底看過できる話でもなかった。
その懸念を仮面悪魔へ相談したところ、『それなら良い案がある』と言い出した。
私は一旦バニルに任せ、成り行きを見守ることにした。
すると悪魔は、『女性の婚期を守る会』なる、アクセルの闇に蠢く秘密結社についてウィズに語り始めた。
この会は、結婚適齢期を過ぎてもなお独り身である現状に不満を募らせる女性たちの集まりである。
そしてここのメンバーは、ウィズに対して密かな畏敬の念を抱いているという。
経歴、能力、容姿――いずれも抜きん出た魔道具店の店主。
その彼女が、実は相当な行き遅れであるとの真相が巷に流布されたのが、遠因だとか。
彼女たちにとってウィズとは、集いに誘うことすら憚られる存在。言わば、偉大な大先輩である。
なお、どうして行き遅れの噂が広まったのか。
それは私が、ウィズの実年齢鯖読み疑惑を折に触れて吹聴していたせいだ。
これを知った年増女は、キッと鋭い視線で私を睨めつけてきた。
……それ、本人にバラした上で、私にヘイトを誘導する必要はありましたかね?
ともあれ。
初手から未婚女のコンプレックスを容赦なく抉り、散々煽り倒した悪魔は、今度は結婚を前提とした出会いを斡旋できると
縁結びによって、ウィズを生へ繋ぎ止める楔を増やそうとの魂胆らしい。
これにウィズは猛然と食いついた。バニルの肩を掴み、激しく揺さぶる。
『今回ばかりは絶対に嘘は許さない』と必死の形相だ。
私はてっきり、性別のない悪魔の知人でも紹介して盛大に張り倒されるものと思っていた。
だが意外にも、相手は人間だという。
ウィズが嫁ぐ相手には、幾つか必須条件がある。
リッチーの正体を受け入れられること。
頭のネジの外れた某悪魔と上手くコミュニケーションが取れること。
私が暗殺を検討せずに済む人物であること。
……こうして並べてみると、婚活のハードルが、やけに高い。
ところが見通す悪魔曰く、上記すべてを満たす逸材がいるという。
これには私も興味を引かれ、何者なのかと問うた。するとバニルは――私の名を挙げた。
一応、明言しておこう。私もウィズも女である。
ウィズはコケにされたと受け取ったらしく、静かに臨戦態勢へ移行した。
私もまた、いつから同性愛を推進する、アクアが元締めの迷惑団体の回し者になったのかと、痛烈な嫌味を発せざるを得なかった。
ただ、悪魔の談にはまだ続きがあった。
地上のいずこかに、性転換を叶える神器が眠っている。これを発掘し、私を男に変えてしまえば障害は消え去る――と。
何を戯言を。アホなのか。
だが、そんな私の呆れとは裏腹に、この一言でウィズは矛を収めた。
そして今度は、チラチラと私へ視線を向けながら何事か考え込み始める。しかも、やたら真剣な顔で。
……いやいやいや。
まさか。正気かこの女。
同僚として長年見知った相手の性別を変え、そのまま配偶者に据える。
イカれている。どう贔屓目に見ても、狂気の発想だ。
ウィズが結婚願望を拗らせているのは知っていた。
だがよもや、この案を妥協ラインとして本気で検討するほどとは思わなかった。
「……どう思いますか? 私としてはまあ、悪い話ではないと思うのですけど」
などと、寝言をほざくウィズが水を向けてきた。
これに私は、正直に答える。
嫌に決まってるだろう。
微妙にショックを受ける行き遅れを余所に、なおも言葉を重ねる。
何が悲しくて、同性からの求婚を断る理由など説明しなければならないのか。内心、そう思いながら。
百歩譲って、性転換はまだ良い。私個人としては、そこは割とどうでもいい。
だが、数十、下手をすれば百億エリス単位の資金を一瞬で溶かす借金製造機と添い遂げるのは、切実に御免被る。死ぬまで巨額の負債に振り回される未来しか見えない。
雇い主と従業員の関係なら、まだ退職という逃げ道がある。しかし入籍してしまえば、それすら失われる。
自ら退路を断ち、あえて背水の陣を敷く意味が分からない。私はそう力説した。
仮に私が最初から男だったなら。
極貧女との結婚フラグをへし折るため、適当な都合の良い相手を見繕ってとっくに身を固めていただろう。
まあ、延々と否定しているだけでは気の毒か。
そこで私は、咄嗟に思いついた代案を提示した。
身寄りのないめぼしい子供を孤児院から引き取り、十年ほどかけて自分好みの大人へ育ててはどうか。
老いとは無縁なのだから、そのくらいの歳月は待てるだろう。
ところがウィズは、これに尻込みした。
年端もいかない少年を囲い込み、自分好みに育成する。その絵面には、そこはかとなく犯罪臭がする。越えてはならない一線ではないか――と。
……私情で部下の性別を変えるのは有りなのに、そっちはダメだと?
【スキルポイントのお手軽増殖方法】
サトウカズマが来店した。
それだけなら、然程珍しくもない。だが今日はこれに加え、ミツルギキョウヤもやや遅れて姿を見せた。
冒険者界隈のごく一部で、ライバル認定されている両者の邂逅である。
片割れのカズマは案の定、思いっきり顔をしかめた。
この二人、性格的な反りが合わない。
なおかつ、アクアを巡る因縁まである。
それでいて、互いを心中では認めている節も見受けられる。気に食わないのは事実でも、心底いがみ合っているわけではなさそうだ。
なお、カズマの反発には、ミツルギが異性にモテるイケメンであることへの嫉妬も大きく絡んでいる模様。
なぜそこまで敵視するのかは知らない。別段、興味もない。
私としては顔の良い人間を見たところで、『子孫を残すのに適してそうな顔立ちをしている』という、人間味のない感想しか浮かばないのだけど。
二人の諍いが多少店内で生じたが、その顛末はまるっと省略する。
実のところ、この機にカズマへ共有しておきたい話があった。
予期せぬ来客に、日を改めようかとの考えも脳裏を掠めたが――まあ、気に留めるほどでもないかと、率直に切り出した。
私自身、実体験して初めて知ったのだが。
何らかの理由でレベルが低下しても、一度修得したスキルは失われない。保有していたスキルポイントもそのまま残る。
それどころか、再びレベルを上げれば、新たにスキルポイントを獲得できる。
そしてレベルとは、元の値が低いほど上昇速度が早い。
これが何を意味するか。
要するに、故意にレベルの増減を繰り返せば、理論上は小さな労力で無限にスキルポイントを増やせる。
この豆知識に、カズマは強い関心を示した。
そして何となく耳を傾けていたミツルギまでもが、好意的なリアクションを見せる。
……はて?
以前バニルから聞いた話では、弱体化とは本能が忌避するほど強烈な恐怖だという。
私が経験したレベルリセットは、ドMのダクネスですら恐れ慄くほどの代物だ。
カズマはまだ分かる。着眼点と感性が独特だし、何より彼の末裔が私である。
だからこそ筋道立てて説明すれば、メリットのほうに目を向ける可能性があると踏んでいた。
だが、魔剣の勇者まで前向きに受け取るとは。
それも、単なる知的好奇心ではない。より多くのスキルポイントを得る手段として、レベルダウンを活用できないか。本気で思案している様子だった。
想定とまるで違う。これには首を捻るしかなかった。
弱くなるのが怖くないのか。試しにそう探りを入れてみた。
するとミツルギは、グラムがあるから問題ない、例えステータスが下がろうと、レベルを上げ直すのは容易いのだと返してくる。
私の価値観に照らせば、妥当な回答ではある。
そして、だからこそズレている。私の考え方と噛み合うこと自体が、既におかしい。
常識で測れば、そんな理詰めだけで割り切れるはずがない。だからこそレベルダウンは、『最悪の状態異常』とまで呼ばれているのだから。
その違和感を、そのまま疑問としてぶつけてみた。
過酷なこの世界に生まれた者は、生き残るためにも弱くなることを本能的に拒む。生物として、そう刻み込まれている。
バニルからの受け売りを口にすると、勇者候補コンビは何かピンと来るものがあったらしい。揃って得心した顔になり、どちらからともなく視線を交わす。
……何だ、その意味深な反応は。仲良しか。
二人があっさり気づけて、私だけが見落としている要素がある。それだけは理解できた。
ミツルギだけでなく、カズマがレベルダウンを恐れていない理由も、そこにあるらしいことも。
話を進めよう。
レベルの上げ下げについて語る流れで、私自身の体験にも触れておいた。
アルカンレティアでの詳しい経緯まで明かす気はない。ウィズが仕入れたポーションの効能でレベルが吹き飛んだ、という表層のみを語った。
すると二人揃って、そのポーションの在庫を欲しがった。
だが残念ながら、ストックはない。ご禁制の品なので、生産もされていない。
そう告げると、二人はガックリと肩を落とした。
食いつきと落胆の落差が、えらく激しい。これがバニルなら、手を叩いて大はしゃぎしていたことだろう。
此度は情報のお裾分けがメインであって、生憎と商品の宣伝ではない。
フォローがてら、一部の超大物アンデッドならレベルドレイン攻撃が使える、とのトリビアを教えておいた。
例えば――ノーライフキングな、とある店主とか。
すぐ傍らに事情を知らないソードマスターがいたため、迂遠な言い回しをした。
だが、言外に匂わせた意図はカズマにも伝わったらしい。
彼は追求こそしなかったものの、代わりに別の問いを投げてきた。
どうしてわざわざ教えてくれたのか、と。
これがバニルなら、一文の得にもならない善行など有り得ない。一見善意に見えるからこそ、私の行動にも何か裏があるのではないか。
この男は、仮面のバイト店員の行動パターンに照らして、私の言動を疑ってかかってきた。
私を分析するのに、悪魔の習性を参照するのはやめてもらいたい。
とはいえ、もちろん裏はある。
セレスディナを巡る一連の暗躍。その黒幕について、どうやら魔王軍内部では『カズマ首謀説』が定着しつつあるのだ。
多分そのうち、まったく身に覚えのない理不尽な恨みで、大変なご迷惑をおかけすることになる。
そのお詫びとして、今のうちに恩を押し売りしている。
何しろ当の魔王が、おとぎ話の伝説的剣士だかに
こうなると、もうどうにもならない。
その真意は伏せたまま、いつもご愛顧頂いているお得意様へのサービスのようなものだと、私はお茶を濁した。
裏があると公言しているに等しい説明なので、カズマの目はますます胡乱なものになった。
ただまあ。
あらゆるスキルを習得でき、スキルポイントがいくらあっても腐らない最弱職『冒険者』とは、実際かなり相性の良い手法だと思う。
ついでに言えば、才能の無さ故すぐレベルが上がる体質とも抜群に噛み合う。
もっとも、後者には触れなかった。
口にしたら、カズマはきっと泣く。
【不死鳥のごとく蘇る、めぐみん盗賊団の巨大化フラグ】
どうしてめぐみん盗賊団が、またしても巨大化の兆しを見せているのですかね。
いや、原因の一端が私にあるのは理解している。因果応報と言われれば、その通りだ。
けれどこんなもの、どう予測しろと。
何が起きたのか、順を追って記す。
発端は、魔王軍が企てていた王都とアクセルへの同時襲撃計画を、セレスディナから聞き出して暴いたことにある。
発覚が襲撃間際であれば、話は違ったろう。
だが幸い、計画はまだ本格化していない。今なら腰を据えて、防備を整える余裕がある。
そもそも昨今の戦線は小康状態にあり、魔王軍の攻勢はピタリと止んでいた。
それまでは幹部を立て続けに失った焦りから、無茶な攻撃を繰り返していたというのに。
時期としては、セレスディナ案件の決着、国内の間諜網の一掃、エルロード宰相の排除――これらが運命の悪戯か、奇しくも重なった直後から。
恐らくは、これまでの不利も祟り、魔王軍内部は混乱の極みにある。外へ目を向ける余力を失っていると思われる。
話が逸れた。
王国は防衛体制の強化を進めており、その対象は王都だけではない。
名指しで襲撃対象とされているアクセルにも、当然ながら支援が送られている。
具体的には、王都から騎士が派遣された。
もっとも、目下のところは王都との連絡要員が少数来訪しているのみ。兵力としては、誤差に等しい。
問題はここからだ。
派遣された騎士たちは、めぐみん盗賊団のアジトを拠点として使用している。
アイリス王女が許可を出し、貸し与えたらしい。
あの街一番の豪邸は、書類上はしたっぱのイリス――すなわち王女個人の所有物件だ。
建物は規模も格も桁違いで、本来ならダスティネス家の威光をもってしても取得は一筋縄ではいかない。
今後さらに騎士や冒険者を増派しても、余裕で収容できるだけの広さを誇る。
差し迫った情勢下、この好立地を王女の一存で即座に活用できる。先を見据えるなら、見逃す手はない。
盗賊団自体、現在は活動を終了している事情もある。
ただ、ここでハプニングが起きた。
アジトを半ば自宅代わりにしていたアクシズ教団支部長セシリーが、到着した騎士によって強引に叩き出されたのである。
……この辺り、セシリーとアイリス王女の間で意思疎通に齟齬をきたしている気配がヒシヒシとする。些事なので、脇に置いておくが。
追放されたセシリーは、騎士の横暴な態度に激怒した。
そして住処を取り戻すため、対抗措置に打って出る。
アルカンレティアに巣食うアクシズ教の同朋たちへ、救援要請の手紙を送りつけたのだ。
長閑なアクセルに、突如としてピンチが訪れた。
アクシズ教団選りすぐりのトラブルメーカーが、遠からず大挙して押し寄せるやもしれない。
かつてめぐみん盗賊団に集った入団希望者は千名以上。
顔触れはアクシズ教徒、紅魔族、騎士、冒険者。
翻って、現在のアジトには騎士が常駐している。しかも、その数は今後も増える見込みだ。
その上、アクシズ教徒までもが、自分たちの縄張りにしようと動き始めている。
気が付けばアジトを中心に、かつての入団希望者と似た面々が集結しつつある。団員募集は、とっくに棚上げしたはずなのに。
さらに私の読みでは、いつか紅魔族もここに加わる。
今は魔王軍による里への襲撃に備えているが、一段落すれば戦力は各地の応援に回される。
大半は王都へ向かうとしても、一部がアクセルへ派遣されても不思議ではない。
……いや、確たる根拠は無い。盗賊団フラグからのメタ読みだ。
どれだけ人が集まろうと、現状それが直接めぐみん盗賊団へ繋がっているわけではない。
ただ何というか、雲行きが全体的に怪しい。
なお余談だが、紅魔の里への侵攻作戦は予定日時をとうに過ぎているにもかかわらず、魔王軍は動く素振りを見せていない。
延期、あるいは中止と思われる。
盗賊団の肥大化が現実のものとなれば、私まで巻き添えを食う。
以前、お頭のめぐみんは、大量の団員の統率を押し付けようと私を勧誘してきた。
あの件は、まだ完全には片付いていない。
宥めすかして翻意させ、山積みの入団希望者名簿を永遠に放置することで、ひとまず有耶無耶にしただけだ。
当時は、それで十分だと判断していた。
他はまだしも、紅魔族とアクシズ教徒の手綱を握る難易度が高すぎる。だからこそ、めぐみんは再び私を引きずり込もうとするだろう。
それと並行して、リーダーの権限を少しずつゆんゆんへと移譲し、自身は自然にフェードアウト。手に負えなくなった盗賊団を丸ごと押し付ける。
そのくらいの鬼畜仕草なら、めぐみんはやる。
本当にどうしたものだろう、これ。抜本的な解決策とか、存在するのか?
【納税最終日】
冒険者ギルドが水面下で画策していた企てが、本日遂に発動した。
ベルディア、デストロイヤー、バニル、クーロンズヒュドラ等々。
これまでアクセルの冒険者たちは数多の賞金首討伐に関わり、莫大な報酬を手中に収めてきた。
だが、成金となった彼らは贅沢を覚え、すっかり腑抜けた。殊に近頃の堕落ぶりは、正視に堪えない。
今や通常クエストすらロクに消化されず、塩漬け寸前の惨状を呈している。
特にカズマと親しい冒険者ほど、彼の思想に感化されてニート化が著しい。『働いたら負け』なるフレーズが流行っているとも耳にする。
必然、この風潮に対しギルドは、焦燥などという生易しい言葉では到底足りない、猛烈な危機感を抱いた。
山積したクエストを処理してもらうため。そして、自分たちの夏のボーナスを支給してもらうため。
職員一同は、ニート共から税金を搾り取る決断を下した。
納税と労働は、国民の義務である。
先立つ物が無くなれば、さしもの彼らも肥えた腰を上げ、働き始めるだろう。
さて。
納税額ツートップのカズマとアクアを取り逃がす失態はあったものの、作戦は概ね上首尾に終わったらしい。
カズマは、わざと警察に逮捕され、留置場に入ることで徴税官をやり過ごしたとか。
警察と徴税官の間で押し問答はあったようだが、身柄の引き渡しは結局実現しなかった。
融通が利かないというか。管轄が異なれば反目し合うのは、どこの役所でも変わらない。
そのまま税務署の営業時間は終了し、納税期限も過ぎ去った。よって法に則り、税は自動的に免除となった。
当初の予定では、この企みは今月初旬に決行されるはずだった。
ところがカズマたちは頻繁に遠出を繰り返し、最近は街にほとんど居着かなかった。
ようやく落ち着いたかと思えば、今度は城に残るとカズマが言い張り、一向にアクセルへ戻らない。
あのときは徴税の企みに勘付き、脱税目的で逃亡を図ったのかと邪推したものだが――やはり、ただの偶然だったらしい。
ともあれ、度重なるイレギュラーに翻弄された結果、決行は月末までずれ込んだ。ギルド側が彼らを追い詰めきれなかった所以である。
……カズマの手口、来年からは真似する貴族が現れそうだ。
実践するかはさておき、私も参考として記憶に留めておこう。
私はどちらかと言えば、事前に手を回し、徴税される盤面をそもそも作らせないタイプだ。
だから、こうした土壇場での対応策は、さして練っていなかった。
この騒動において、ウィズ魔道具店は終始、蚊帳の外だった。
店長の納税については、私がダクネスを脅――もとい、平和を希求する両名の、
私自身も所得が乏しかったため、普通に免除である。三ヶ月連続の給与未払いが生んだ波紋は、甚大だった。
なお、セレスディナの一件における貢献により、私はダスティネス家から多額の恩賞を保証されている。
もっとも、徴税への懸念から、未だ受け取ってはいない。
ダクネスとの契約により、私は今年の徴税を妨害しないと誓約している。この状況下で恩賞分の税を納めろとの要求を拒めば、それは契約違反に直結する。
とはいえ。
バニルには事前に話を通し、私を監禁して税を納めたくても納められない状況を作ってもらう手筈は整えてあった。
なので、どちらにせよ何とかなっていたとは思う。
ちなみに対価は、税金で分捕られなかった分の恩賞を、全額店へ寄付するとの確約である。
【コロリン病】
街の孤児院で、コロリン病のクラスターが発生した。
キャリアとなったのは、ダスティネス・フォード・シルフィーナという少女。アクセルに越してきて間もない、ダクネスのいとこである。
何分接点がないので、彼女について私はほとんど知らない。
小耳に挟んだ限りでは、容貌がダクネスと瓜二つなことから、『隠し子ではないか』と街の冒険者が面白半分に囃し立てているとか。
その噂を広めた諸悪の根源であるアクアは、うちの店でも同じ話題を振り撒いていた。
ちなみに父親容疑として名前が挙がっているのは、カズマ、アルダープ、ダストの三名らしい。
ダクネスの性癖と合致する、実に
話を戻そう。
孤児に限らず、家庭教師を雇えない家庭の子供たちも数多く通っていた。
ちびっ子の登下校を守るべく、バニルが毎日の見回りに精を出している。そのため、この辺りの事情は私もよく知っている。
無論、バニルは慈善事業に目覚めたわけではない。
悪感情を発する人間の増加は、悪魔にとって望むところ。つまりは打算の発露にすぎない。
さて。
同年代の子と遊ばせようと、ダクネスは年の離れた幼いいとこを孤児院へ通わせていたらしい。
ところがそのシルフィーナを感染源に、子供たちが一斉にコロリン病へ罹患してしまった。
この病は進行が早く、致死率も図抜けて高い。――かなり洒落にならない窮地だ。
看病のため、バニルは孤児院に泊まり込むことを決意した。
ウィズも『店なんてやってる場合じゃない!』と、同じく立候補。
私自身はそこまで興味はなかったが、とりあえず状況確認だけはしておくことにした。
どうせ私が本格的に介抱へ加わったところで、真っ先にバテて世話される側へ転落するのが関の山だ。何しろ、基礎体力が重病人並みである。
幸い、コロリン病は幼児特有の病。私が罹患するリスクはない。
何せ病気が天敵という身の上なので、その手の知識は昔から蓄えてある。
むしろ、寝泊まり組にアクアが名を連ねている点のほうがすこぶる不安だ。
緊急事態とはいえ、悪魔とリッチーと女神が同じ屋根の下で過ごす。何が起きるか、知れたものではない。
治療自体は難しくない。キャリア以外の患者なら、回復魔法と解毒魔法をかけ続けるだけでいい。
そこはアクアがいるし、私も微力ながらサポートした。
魔法を唱える私を目にしたウィズは、珍妙なものを見る眼差しを向けてきたけれど。
『そういえばこの人、プリーストだったな』と、今さら思い出したような表情である。
全身からにじみ出る、聖女もかくやの思いやりと奥ゆかしさが、この節穴女には見て取れないと?
他方、キャリアであるシルフィーナは魔法では治せない。特効薬が必要だ。
材料のひとつ、ゴーストの涙は呆気なく確保できた。家に取って返したアクアが、地縛霊の少女から調達してきたのである。
その際、めぐみんがいかに仲間想いかを伝えるべく、『アクアの作り話を鵜呑みにして、こっそりバストアップ体操に励んでいた』という、心温まる感動エピソードを披露した。
すると、なぜか泣くほど笑いが取れ、零れた涙を徴収できたそうな。
なお、出任せだったと知った上、公衆の面前で秘事を暴露された心優しい紅魔族は、たちまちアクアの胸ぐらを掴み上げていた。
材料のうち最も入手困難なのは、高位悪魔の爪だろう。
バニルは仮面が本体であり、肉体も土くれに過ぎない。街のサキュバスも最下級なので不適格。
そこでバニルが挙げたのが、隣街に住む知人の悪魔だ。譲渡交渉のため、現在カズマとダクネスが赴いている。
相手の名は、ゼーレシルト伯。人間のふりをして社会に紛れ込む、領地持ちの貴族だ。
その名前なら、私も知っている。……悪魔だとは初耳だったが。
悪徳貴族であれば目をつけていたろうが、実態は善政を敷く極めて真っ当な領主。
ぶっちゃけ、時間を割いて調査するほど興味を惹かれる人物ではなかった。
悪魔にとって、人口の増大は食糧的観点から歓迎すべき事柄。だからこそ領地を富ませるべく、まともに経営する。
民を搾取し、私腹を肥やすことばかりに熱心な為政者は、世の中決して少なくない。
それを思えば、悪魔のほうが余程人間に寄り添った政治を行えるというのは、なんとも皮肉な話だ。
【まだ完治はしていない】
メチャクチャ元気になってる。
日が昇り、再び孤児院を訪ねると、高熱で臥せっていたはずの子供たちが、方々を駆け回ってはしゃいでいた。
辛抱強く回復魔法を唱え続けたアクアの奮闘により、病に蝕まれる体力を、回復量が大幅に上回ったのだとか。
遊び盛りの少年少女が、体力を持て余して大人しくしているはずもない。
子供特有の、無尽蔵とも思えるスタミナに付き合わされ、律儀に遊び相手を務めためぐみんとウィズは、ヘトヘトになっていた。
まあ、ウィズに関しては、悪魔と女神の喧嘩のとばっちりで負ったダメージも響いているのだが。
今でこそ託児所さながらの活気に満ちているものの、状況は紙一重だった。
アクアの奮闘がなければ、そろそろ病死者が出ていた程度には。
高位悪魔の爪を除く薬の素材は、一通り揃った。
街で即日調達可能な品は、昨日のうちに出立前のカズマが金に物を言わせて買い集めている。
残る素材も、街の冒険者たちが手分けして探し出してくれた。
最後の一品が届くのを待たず、調合の準備に取りかかる。
――が、ここで揉めた。
薬のレシピを知る者は、バニル、ウィズ、めぐみんの三名。
ただし、加工手順については三者三様。細部で見解が割れていた。
しかも、自説こそ正しいと誰一人譲らない。瞬く間に益体もない口論へと発展した。
……まだ調合にも入っていないというのに、この調子で大丈夫なのか?
ところで。
コロリン病の片がつくまでの間、店はたまに手伝いに来てくれるロリサキュバスへ託すことにした。
元々接客業を生業としているだけあり、売り子としての腕に不足はない。損害を出さない分、ウィズより有用ですらある。
当人もまた、憧れのバニルを陰から支え、自らを売り込むチャンスと捉えているらしく、意気込みは並々ならぬものがある。
まして報酬は前払い済み。やる気は天を衝かんばかりで、これなら店も当面は安泰だろう。
与えたのは、園芸用のスコップ。主にウィズが裏庭の土いじりに使っているものだ。
スコップからバニルの濃厚な匂いがすると小悪魔が色めき立ち、何やら物欲しげな素振りを見せたので、プレゼントすることにした。
……どうやら、仮面悪魔の愛用品か何かと勘違いしているらしい。
バニルの肉体は、土が原料。彼女が嗅ぎ取ったのは、単なる庭土の香りだろう。
報奨品を紹介する際、私は『何の変哲もないスコップ』だと、きちんと事実を伝えた。
バニル云々は、向こうが勝手に思い込んでいるだけ。私は一言も口にしていない。
つまり、私は悪くない。
・性転換を可能とする神器
『続・爆焔』一巻にて、めぐみんと結婚するためにセシリーが探そうとした神器。
原作十一巻でも、同じ効果を持つ魔道具についてアクアが言及している。
・スキルポイント無限増殖法
弱体化を本能的に忌避するのは、現地人に限った特徴。
Web版のキョウヤにはレベルダウンの経験があり、その知見を活かして新しいスキル習得を狙い、再度レベルダウンを試みようとしたことがある。
・こめっこの疎開イベントは?
まだ。
前提条件となる紅魔の里への魔王軍侵攻が未発生のため。
それに伴い、ギルドの塩漬けクエスト消化イベントも起きていない。
そのため、ギルド職員の徴税への必死さが原作以上になっている。
これら原作十一巻のメインイベントは、もう少し後で扱う予定。