とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

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4-5 塩漬けクエスト

【王女を勧誘しよう】

 在りし日の現役時代、王都を拠点とし最強の冒険者グループと冠されるパーティーのリーダーを担っていたウィズは、王城に出入りする機会がそれなりにあったという。

 とはいえ、昔の話だ。

 アクセルの貧乏魔道具店に、城へ立ち入る用事などない。つまるところ、私が王城を訪問したのもこの日が初となる。

 ついでに、ゆんゆんも初めてだったそうな。

 

 さて。

 テレポートを介して、ゆんゆんと連れ立って王都を伺った。

 彼女は始めこそ、何でもない風で私の後をトコトコとついてきていた。

 その有り様が変化したのは、平民の生活区画を通り過ぎた辺りからだろうか。ゆんゆんの瞳が不安の色で翳り始めた。

 それでも私は素知らぬ顔をして、さらに歩を進めた。

 ややあって、自分たちが段々城に迫っているのを見て取ると。ゆんゆんは何だか嫌な予感がすると呟いて、顔色が動揺で青褪める。

 そして遂には、城の入口へと到着する。俯いたまま小刻みに震えるゆんゆんを尻目に、私は門番の兵士へ、ゆんゆんの名で王女への面会を申し込む。

 この段で、とうとう我慢の限界を超えたゆんゆんが狂を発した。

 

 今日の事柄に関して、ゆんゆんには族長試練パートナー候補の件で一緒に王都まで来て欲しい、としか告げていない。

 真意を打ち明けて、尻込みした彼女を説き伏せる手間が嵩むのを嫌った。ぼっちの心労が軽減する以外、メリットもさして無かったし。

 ゆんゆんより問い詰められた際も、私を信じて欲しいと信頼を盾にして、疑問をすべてシャットアウトしている。

 面会希望を彼女の名で出したのは確実性を採っただけで、他意はない。

 まあゆんゆんは、このままだと自分は主犯扱いで死刑となり、里の皆にまで累が及ぶのではとガタガタ震えていたけど。

 王女に会いたいと願い出たくらいで、無礼討ちはいくらなんでもない。

 

 王女とは、案外すぐに会ってもらえることになった。

 通された応接間にて、紅茶と菓子を堪能する程度の待ち時間しかなかった。アポイントもなしに、このフットワークの軽さは異例だ。

 ゆんゆんとイリス、両名の友情による賜物なのは間違いあるまい。親交の薄い私では、こうはいかない。

 また、茶菓子はウィズへのお土産として包んでもらった。

 

 そしていよいよ王女とご対面する。

 チリメンドン屋の孫娘、めぐみん盗賊団のしたっぱとは仮の姿。真の正体は王女。

 と自己紹介を受けたゆんゆんは、衝撃の事実を前にフリーズした。

 会いに来た理由を話さずして脱落とは、ほとほと使えない小娘――とは思うまい。出来もしないことに期待を寄せるほど、私はロマンチストではない。つまり、想定内だ。

 

 ゆんゆんの復活を待つだけでは勿体ない。

 なので私のほうで紅魔の里で催される族長試練の概要と、パートナーとしてアイリス王女を誘いに来た旨を説明して話を進める。

 これを王女は食い気味に承諾した。とても、本当にとても力強い返事だった。

 絶対に行く。なんとしても参加する。

 花が咲くような華やかな笑顔には、そんな強い意志が溢れていた。

 

 ただ。王女が良くとも、周りが納得するはずもない。

 まして彼女が参戦しようとしている試練には、森のモンスターなど危険も相応にある。当然、側近が引き留める。

 これに対し王女は泣き落とししたり、つっけんどんな態度で突き放したり。どこぞの引きニートを彷彿とさせる姑息な手段で説得――本人曰く、説得しようとした。

 友から助力を請われているにもかかわらず、武を尊ぶ国の姫として立たずしてどうするか――みたいな演説も、やたら迸るカリスマを武器に威風堂々と語っていた。詐欺師ないし、扇動家の話術だった。

 そんな大げさな話はしていない。よしんばそうだとして、王女自ら出張ってモンスターをしばき倒す必要性は皆無だ。

 アイリス王女は、無駄に話を膨らませて勢いで押し切ろうとしていた。

 

 小細工ではダメだと悟った王女は、手口を変える。

 自身がモンスターに遅れを取らないと認めさせるため、側近を訓練場へと連行し、実戦形式にて分からせようとする。

 ベルゼルグ王家は、国随一の戦闘一族だ。代々英傑の血を取り込んでおり、アホみたいに基礎スペックが高い。

 アイリス王女にしても、ゆんゆんより年下ながら、歴代王族でもとりわけ色濃く勇者の血が表れていると伝聞する。

 レベルは六十間近。総合的には、勇者候補すら凌ぐ人類頂点格と称して差し支えない。

 彼女は、武装国家ベルゼルグにおける正真正銘の切り札なのだ。

 そんなジョーカーに手も足も出ず、一方的に叩きのめされる窮地に追い込まれた側近二人は、恐怖に震え上がった。そしてあっさり手のひらを返す。

 このように暴力をチラつかせることで、彼女は無事に外出許可をもぎ取ったのだった。そこまでするか。

 

 アイリス王女、族長試練への出陣決定。

 とはいえ。いきなり城を数日も留守にするのは土台無理なので、まずはスケジュール調整が済んでからとなる。

 なお。王女と相見えて以降のゆんゆんは硬直したまま、一言も喋っていない。

 彼女の視点だと、気がついたら本題がもう全部落着していた。

 

 いや、これどうしよう。まさか通るとは。

 私にとって、王女に相方になって欲しいとのお願いは無茶振りだった。というより、拒否される前提でいた。

 提案に食いついたのは、まだ理解できる。彼女はコッソリ城を抜け出すほどのおてんばで、冒険に強い憧れを持っているのは承知だ。

 ただ。立場があるから、嗜められて最終的には引き下がるだろうとの楽観があった。

 実際はその真逆で、自力で我儘を押し通したわけだが。

 

 この読み違いは、調査不足が原因だろう。

 王女周辺の人間関係等に対する解像度が、元々然程高くなかった。なおかつ、優先度も低くアップデートが遅れていた。

 カズマと出会う前、影響力の大きさを自覚するが故に聞き分けが良かった頃の王女なら、大体予想通りの展開に持ち込めていたと思う。

 そも私は、めぐみん盗賊団での彼女を基に構想を組んだのに。当時と比べて、おてんば振りがますます悪化しているような……。

 

 私の目算では、王女が泣く泣くパートナーの頼みを断って、その埋め合わせで王女の伝手を頼りに有力な騎士か冒険者を紹介してもらう。そう誘導する段取りだった。

 ゆんゆんとアイリスの仲なら、悪いようにはならなかっただろう。

 私が呑気に様子見している間に、大いに奮闘した王女が話をまとめて破綻したけど。

 

 諸事を終えての帰路にて。

 今日の私は立ち振る舞いがまるでめぐみんのようだったと、ジトッとした恨みがましい目つきをしたゆんゆんより非難された。

 心臓に悪い数々の所業をゆんゆんには秘密のまま強行して、思いっきり振り回したのがお気に召さないらしい。

 別段、めぐみんは意識していない。

 搦め手は悪手。むしろ正面から王女に会いに行き、真っ向から要求を突きつけるのが最適解。その判断に従ったまでだ。

 本来は、その後に待ち受ける交渉ターンこそが正念場の心積りでいたものの。図らずも要望がまるっと通って自然消滅した。

 

 いや、確かに。

 この日の私の言動を表面だけ捉えたら、無鉄砲で線香花火のような生き様をしている、ただのめぐみんだ。

 

 

【族長試練延期のお知らせ】

 相棒問題にようやっとケリがついたと思いきや、これだ。

 紅魔の里に、魔王軍が攻め込んできた。

 

 里への侵攻の目論み自体は前々から判明しているので、そこに意外性はない。

 情報を共有する紅魔族は、表向きは平素と変わりない生活を送っていた。企てを察知していると、魔王軍に確信させないために。

 無論、その背後ではいざという事態に備えていた。

 よって、里一同の準備は万端だった。そこに魔王軍との激突が発生した。では、その行方はどうなったのか?

 

 里は焼き払われ、紅魔族を叩き出した跡地を魔王軍が占領する。第一ラウンドは、魔王軍に軍配が上がった。

 これに関しては、魔王軍が一枚上手だった。

 魔王軍の揃えた軍勢の規模が、こちらの予測を大幅に上回っていたのだ。防備を多少施して、防衛戦という軍事的な有利を抱えても尚、焼け石に水だった。

 決行を後ろ倒しにした分、魔王軍は遥かに強力な布陣で作戦に臨んでいた。

 ただし。紅魔族も死傷者ゼロで軽々と退却しており、一概に魔王軍が優位とも言い難い。テレポートの存在が反則すぎる。

 

 今年の春にシルビアの勢力が襲撃した折は、紅魔族がほぼ一蹴している。それを加味すると、今度は相当に手強い。

 それもそのはず。この度の魔王軍は、大物を二名も擁している。

 一人は魔王の娘。ウィズを除けば残存する唯一の幹部で、此度の大将だ。

 もう一人は、幹部候補のルーゼリ。

 後者の名前は、王国側が得ている侵攻計画には無かった。作戦が漏れている可能性を念頭に、対策ごと叩き潰してやろうと、万全を期して派した追加戦力と思われる。

 

 魔王の血族には、魔族やモンスターを強化する特殊な力がある。

 これは、魔王の娘が率いる軍を強大たらしめている要因だ。その恩恵に、今回は幹部候補も与っている。

 ルーゼリはただでさえ幹部に次ぐほどの強者なのに、魔王の娘に帯同する間は、それが一段とパワーアップする。

 どれほど控えめに見積もっても、今の彼女の実力は幹部クラスに匹敵するだろう。

 すなわち紅魔族は、幹部二名を含む大軍に襲われたに等しい状態なのだ。

 たかが人口数百人の里を相手に本気出しすぎだろう、魔王軍。

 

 そうして後手へと回った紅魔族は――沸き立っている。

 落ち込んでなどいない。どころか、平然としているでも収まらない。かつてないほどに、テンションが爆上がりしている。

 焼け野原になった里のことは、誰も気に留めてない。どうせ数日あれば復興するのだ。

 

 一体全体、何がそこまで彼らのモチベーションを駆り立てているのか。その原動力は、先述した幹部候補にある。

 幹部候補のルーゼリ、種族はレッドドラゴン。それも上位種。

 そう、紅魔族の大好きなドラゴンだ。

 降って湧いたドラゴンスレイヤーを名乗るチャンスに、里の総員は目を爛々とさせて狂喜した。それはもう、色めき立っている。

 しかも、滅多にお目にかかれない高位の竜。討ち取れば称号に一層の箔が付く。そんな思惑もあって、とにかくやる気が凄まじい。

 

 この事変に伴いゆんゆんに招集がかかったが、メインはドラゴン退治だとか。魔王の娘と、魔王軍撃退はオマケだ。

 極上の餌をぶら下げられた紅魔族は、お祭り騒ぎになっている。今ここに、最高峰の魔法使い集団の闘志に火がついて、限界以上の力を発揮しようとしている。

 魔王は、万難を排して盤石の体制を整えたつもりなのだろう。けれど、その人選で盛大にポカをしてしまった感が。

 また、これはほんの余談だが。

 ゆんゆんとは対照的に、めぐみんは呼集されていない。本人の耳に入ったら荒れそう。

 

 族長試練の開催が見合わせになったことと、その所以たる里の現況について、ゆんゆんがわざわざ教えに来てくれた。

 そんな彼女は、慌てふためいていた。

 元同級生にして友人が、もうじきアクセルまでゆんゆんを迎えに来訪する。それが酷く困るそうな。

 事前に届いた便りには、立ち寄るこの機に、ゆんゆんの男友達を紹介してもらうとも綴られていたのだ。

 過去に手紙で、男友達ができたと見栄を張ってしまったとか。嘘だと半ば看破されており、真相を確かめるのが先方の目当てのようだ。

 なお。ここで指すゆんゆんの男友達とは、ダストだ。

 しょっちゅう警察のお世話になっている、刑務所在住のチンピラを友達と言い張って引き合わせるのは、色々な意味で憚られる。

 これにぼっちは窮した。身から出た錆、としか言い様がない。

 

 どうすれば誤魔化せるかと、ゆんゆんから相談を受けた。

 素直に諦めて、腹を括っては?

 めぐみんへ聞き込みをされた時点で、真実は明るみになる。これ以上の抵抗に意義はない。悪あがきだ。

 場当たり的でも構わないなら、ダストを差し当たり留置場に放り込んでおく手もあるが。

 叩けばいくらでも埃が出る男だ。突けば何かしらの罪が発覚し、逮捕できるだろう。

 

 ちなみに。

 当のゆんゆんは、友人に発見されないよう逃げ回る心算らしい。

 その友人に会わないと里の仲間と合流できないのに、逃げてどうするのか。現在の里には魔王軍が駐屯しているから、直接現地へテレポートするわけにはいかないのに。

 これはまた、見事に引っ込みがつかなくなっている。

 

 

【魔性の妹】

 中々に愉快なことになっている。

 

 その日、私が冒険者ギルドへと出向いたのはただの偶然だ。

 常ならくだを巻く冒険者らの喧騒で満ちている空間には空っぽのテーブルが並んでおり、珍しいことに人気がない。

 例外は、中央の席のみ。

 卓上に山と積まれた食べ物を、明らかに見覚えのある幼女が、もりもりと一心不乱に口の中へと詰め込んでいた。さながら、冬眠前に必死に食い溜めする熊みたいに。

 こめっこ。紅魔の里にいるはずの爆裂魔法使いの妹が、そこにいた。

 

 どうしてこの街にいるのかを問いただした。

 こめっこ曰く、家がボンッてなった。

 どうも実家が物理的に消し飛んで住むところが無くなったから、姉のいる屋敷に一旦避難してきた。との経緯らしい。

 魔王軍の動向は把握しているから、要領を得ない内容でも察しはついたけど。だいぶ難解だ。

 あと、私のことを『とりにくのお姉ちゃん』と呼ぶのは止めて欲しい。

 先頃里でカモネギを協力して捕まえて、共に鍋を囲んだ。恐らくは、その思い出にちなんだあだ名なのだと思う。

 

 また、冒険者が消え失せているワケについては、ルナが答えてくれた。嫌にニコニコとした笑みを浮かべながら。

 こめっこの前なので、持って回った言い方をしていたけども。

 要約すると、アクセルの冒険者を凄い人たちと信じるこめっこの無垢な憧憬を裏切らないため、全員クエストへ出かけたとか。

 早い話が、ちょっぴり腹黒い一面のある受付嬢に付け込まれて、体よく依頼を押し付けられたのだ。

 ギルド職員は、こめっこを餌付けして味方につけて、誰も受注したがらない塩漬けクエストを片せてハッピー。

 他方食にこだわりのあるこめっこは、ここに居るとご飯をたくさん食べられて嬉しい。

 両者は、おおよそそんな感じの間柄だ。

 

 あの税金騒動により、成金たちは蓄えをごっそり失くした。

 以後は渋々と働き出した彼らの精励で、山積したクエストは順調に消化されるものと見込まれた――が、すぐ宝島の一件が生じた。

 幸運にも高額の収入を獲得し、冒険者の財布は一息ついた。そして、クエスト消化に再びブレーキがかかってしまう。

 これはいただけない。そうはさせじと、ルナはこの好機を活用して、クエストを丸ごと片付ける腹積りのようだ。

 

 思うところがあり、私はギルドに居座ってこめっこの観察に努めた。そうしていると、徐々に冒険者らが出先から引き返してくる。

 クエストをやり遂げて、見るからに疲弊していた。が、こめっこから無邪気な褒め言葉をかけられるや、一気に吹き飛んでいた。たちまちデレデレ顔へと変じる。

 なるほど、参考になる。

 

 同じくクエストを割り振られたカズマの一党は、安楽王女の調査へ赴いたようだ。

 調査なのに、なぜか討伐してきたが。

 安楽少女は、外面を取り繕って性悪な本性を覆い隠す、狡猾なモンスターだった。

 なら、上位版の安楽王女はどうなのか。との真偽を見定めるのが趣旨だった。

 以前バニルが、安楽王女を私の下位互換呼ばわりしていたのをふと思い出した。発言の趣意は知らない。

 

 何となく顛末が気になり、質してみた。

 すると、除草剤を撒いて駆除しようとしたところ、やけになった安楽王女に暴言を浴びせまくられた、との話が聞けた。

 外傷はともかく、心にトラウマ級の傷を負ったそうな。

 また、地上部に露出する上半身は始末したが、滅ぼしきるには地下の根っこまで念入りに処分せねばならないとか。

 そういえば、売れ筋商品のダイエット食の供給を増やせないとバニルが嘆いていた。材料に不可欠な安楽少女の果実が足りないそうだ。

 安楽王女の栽培で対応できるか否か、根の回収と併せて提言してみよう。

 あと、私で慣れていた分、思ったより安楽王女の相手はやり易かったとカズマが口走った。それは、どういう意味ですかね?

 

 

【後継者のスカウト活動】

 本日もこめっこ見物でギルドへ寄った。

 バニルには話を通してあるため、断じてサボりではない。それどころか職務の一環ですらある。

 

 昨日も鱗片を示していたが、こめっこは図抜けたカリスマを有している。

 あるいは、天性の人たらしとも表現できる。

 この調子ですくすくと成長を続ければ、将来はきっと多くの人から愛されて、同時に手玉に取る立派な悪女となれるだろう。今も割りかしそうなのは、脇に置く。

 人心掌握は私も得意な分野ではあれど、その私から見ても、冒険者を誑かすこめっこの手腕は勉強になる部分が多い。

 だから連日に渡り、ギルドに留まってまで彼女を注視した。

 もっとも、あくまで参考程度だ。年齢差の壁もあって、私では真似できそうにない。

 

 あと、私の持つ技能を一通り仕込んで、彼女を自分の後継者として育て上げられないか、との魂胆も少々ある。

 私は身体が弱い。ある日突然病気に罹って、そのまま若くしてぽっくりお亡くなりになる――なんてこともあるやもしれない。

 そのために業務を引き継げる人材を今から育成し、店に据えようと長らく考えていた。ただ、肝心の候補が見つかっていなかった。

 とはいえ、これは相手に求める資質の理想が高すぎたせいではある。

 そこでやっと現れた候補がこめっこだ。

 彼女を鍛えてもまるっきり別物、私とは別ベクトルへと成長するだろう。そこはいい。私の代替となる謀略家を調達するのは不可能と、既に見切りをつけている。

 ただ。こめっこの年齢と、普段は里の親元で過ごしている点を勘考するに、本格的に声がけを検討するのは数年先だろうが。

 

 ギルドに行けばご飯が食べられる、とこめっこは学習したようだ。

 そんな幼子を、特に何をするでもなく私はひたすら観察した。

 それをルナが勘違いして、暇なら手伝えと私に仕事を強引に振ってきたのは誤算だったけど。

 

 それはさておいて。

 こめっこのキラキラとした尊敬を汚さないためにも、今日も冒険者はヤケクソな気分で労働に勤しんでいたが。

 この日は他にも、風変わりな出来事が三つ起きた。

 

 ひとつ目。サキュバスが大勢ギルドを訪ねてきて、こめっこを構い倒した。

 ギルドは、日夜モンスターとの戦いに明け暮れる冒険者が集う場所だ。サキュバスらとはスタンス的に相容れない。

 そんな場へと、日頃は身バレを恐れて避けている連中がこぞって出没した。その上、そうまでしてやっていることは幼女にお菓子をあげてチヤホヤするだけ。意味不明だ。

 パッと見は、ただ子供好きなだけの綺麗なお姉さんの集まりだった。

 悪魔の生態に、バニルの子供への接し方を鑑みても、小悪魔らが子供に優しくするのは特段おかしくはないが……。

 どこか引っかかるというか、思わず首を捻る変な光景だった。あれ、何だったのだろうか?

 

 二つ目。ダクネスのいとこ、シルフィーナがギルドへ遊びに来た。

 一人で歩いて訪れた。先日のコロリン病の事件で助けてくれた人々へとお礼を伝えて回ったときに、ギルドにも足を延ばしている。それで道順を覚えたようだ。

 か弱い病弱少女のはずだが、素の体力では私が若干負けている気がしてならない。

 

 私も当事者の一人として、病の治療には僅かばかり手を貸している。私の姿を目に留めたシルフィーナはとてとてと歩み寄ると、そのことへの感謝を述べた。

 つい最近、ウィズ魔道具店にも来店したらしい。

 しかし。あの日の私は、ギルドへのバイトで不在だった。それで店の従業員の中で私にだけ、お礼を伝えそびれていたとか。

 

 冒険者が一切見当たらない閑散とした酒場の様相に、シルフィーナは当初目を丸くした。

 周囲をキョロキョロと見渡して、我が物顔でテーブルに腰かけるこめっこを瞳に映すと、引き寄せられるように近づく。

 学校で見覚えのない、少し年上の少女に興味を惹かれたのだろう。

 片や野生児。片や深窓の令嬢。

 文化が違いすぎる上、こめっこは紅魔族の基準でも知能が高い。多分、普通の同年代の子とは気が合わない。

 そんな二人の遭遇にどうなるかと思いつつ成り行きを見守るも、存外打ち解けていた。めぐみんとダクネスを縮めたようなものと見做すのなら、殊更不思議ではなかったのかもしれない。

 こめっこの奔放さにシルフィーナが終始振り回されていただけな気はしたが、姉といとこも割とそんな感じではある。

 ギルド職員は、幼い少女らの微笑ましいやり取りにほっこりしていた。

 

 最後に、三つ目のオチ担当。

 ウィズが私の様子を窺いに来た。

 すると、ギルドの真ん中でポツンと佇むこめっこが自ずと視界に入るわけで。

 美味しそうに食するこめっこの食事風景を目にしたウィズの顔つきは、瞬く間に虚無となった。ここしばらく、砂糖水しか口にしていない欠食店主には目に毒だった。

 で、そこからとてもお腹が空いているとこめっこに悟られたようで、食べ物をお裾分けされていた。

 こめっこは食い意地が張っている。自分の取り分を、易々と赤の他人に分け与えるような性格はしていない。とはいえ、さすがにウィズへの同情心が勝ったらしい。

 始めこそ遠慮していたウィズも、どうしても引き下がらないこめっこに根負けして、結局一口だけ貰った。

 単に、空腹に負けただけかもしれない。

 六歳児に憐れまれてご飯を恵んでもらうのは、いい年した大人として非常に恥ずかしかったのだろう。羞恥で顔を真っ赤にしたウィズは、そそくさとギルドを立ち去った。

 

 ちなみに。

 彼女がギルドへ足を運んだのは、バニルにけしかけられたのが発端とか。

 これは、見通す悪魔の罠に違いない。

 仮にも店舗を構える持つ一国一城の主でありながら、幼女に情けをかけられて、物乞いの如き行いをしてしまった。

 帰ったあとで、そのことを散々からかわれるのだろう。

 私はそう信じて疑わなかったし、現に帰宅後に確認するとその通りになっていた。

 さもありなん。

 

 

【泣いて逃げ帰ったらしい】

 魔王軍、敗走。

 紅魔族の悪辣なゲリラ戦術を前に膝を屈する。

 

 里での一戦を経て帰還したゆんゆんによると、取り戻した里の復興が完了次第、すぐに族長試練を再開するという。

 なお、三日で完全復興する予定。

 いずれにしろ、アイリス王女の日程調整にはもう暫しかかる。侵攻の有無に関わらず、試練チャレンジはまだ先だった。

 総評すると、この一事による試練への差し響きは無し。試練の目前に、珍妙なイベントがひとつ挟まっただけだった。

 

 話題を魔王軍との攻防戦に移そう。

 やはり、というべきか。紅魔族は、これでもかと幹部候補の女ルーゼリを狙い撃ちにした。

 三桁に達する人数、それも絶好調の紅魔族からの徹底マーク。高度な連携より繰り出される殺意満点な集中砲火に晒され、彼女はすぐさま危機的状況へ陥った。

 いくら魔王の娘の能力で一時的にスペックを底上げしようと、限度はある。

 あまりにも露骨だったので、救援のため、指揮官でありながらあえて魔王の娘が囮役を買って出たほどだ。

 ただ。当人らは紅魔族の行動原理、背景を解しておらず、大層戸惑っていた模様。

 なお。紅魔族はこの囮をガン無視。ルーゼリへの攻撃を続行した。

 敵将の首などよりも、ドラゴンの激レア個体を狩るほうがよっぽど重要案件。そういうことだった。

 それを裏付けるように、魔王軍が陣払いする間際にも殿の魔王の娘をスルーし、ルーゼリへと追い撃ちを仕掛ける素振りを見せている。

 

 ルーゼリへの攻めは執拗を極めるも、ズタボロの重傷まで追い詰めながら、後一歩のところで取り逃がした。

 いや。この場合、ルーゼリが辛くも生還を果たしたと評するべきか。

 終いには人目に気兼ねする余裕を無くして泣き喚いていた、とは目撃したゆんゆんの談だ。怪我以上に、今後の心のケアが危惧される。

 狂った形相の、興奮から涎を垂らす多数の人間から獲物を狙う血走った目で追い回され、挙句死の淵まで追いやられた。そんな経験、今まで無かったのだろう。

 紅魔の里にはドラゴンゾンビが生息しているのに、大本のドラゴンがいないのって、もしかしてそういう……。

 

 里の奪還に難なく成功した紅魔族。

 しかし。その勝利に反して、故郷の大地を久々に踏み締める彼らの面持ちは、悲しみに曇っていた。

 郷里が更地と化したことへの悲嘆、ではもちろんない。その程度は、はっちゃけた里の住人がたまにやらかす。

 惜しくもドラゴンを仕留め損ねた失態に消沈しているのだ。

 繰り広げた熾烈な争いの果てに、ルーゼリは精神に異常を来して発狂した。心に癒えない深手を負ったのだ。もう二度と、紅魔の里に関わろうとはしまい。

 だからこそ、千載一遇のチャンスを逃したと彼らは悔やんでいる。

 『天を征く古の赤き災厄は未だ地に堕ちず、これが世界の選択か』とか。如何にも紅魔族らしい台詞回しで感傷に浸っていた。実は、言うほど気落ちしていないのかもしれない。

 ただ一人、里の同朋らに呆れの眼差しを注ぐ族長の娘だけが、いつも通りであったそうな。




・ルーゼリ
『愚か者』七巻の登場人物。
魔王軍幹部候補のレッドドラゴン。人化の術と、鋭いツッコミ芸の使い手。
最終巻を締め括るラスボスとして立ちはだかる強敵。ただし、今度ばかりは相手が悪すぎた。

・紅魔の里の人口
三百人程度。
ただしこれは、原作五巻におけるカズマ個人の見立て。必ずしも正しいとは限らない。

・塩漬けクエスト
税金騒動で素寒貧になった冒険者が、事前にクエストをある程度片してある。よって、割り振る依頼の数量が原作よりもやや少ない。
ルーシーズゴーストも、本作では早期に解決済みなので無し。
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