とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

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4-6 族長試練②

【素人の農作は法律で禁じられています】

 本日は雨。

 にもかかわらず、アクアが傘も差さずに店へ遊びに来た。

 

 こんな日にわざわざ出歩きたがる者など稀だが、アクシズ教において雨天は感謝の日。駄女神はむしろ上機嫌なくらいだった。

 なお、びしょ濡れの駄犬はタオルで身体を拭うこともせず、我が物顔で室内を徘徊。床はあっという間に酷い惨状と化した。

 本人曰く、テンションが上がって失念していたとのこと。

 

 ここ数日は、アクアが姿を見せなかったおかげで比較的平穏な日々を過ごせていた。

 今にして思えば珍しい話だが、聞けば単純に店の所在が分からなくなっていただけらしい。

 もっともアクアに言わせると、うちの店が勝手に移転したせいで辿り着けなくなっただけ。決して道をド忘れしたわけではないという。

 

 言い訳ではなく、本気でそう主張している。

 引っ越しなどしていないと説明しても、つまらない冗談と一笑に付された。

 頑として自分の非を認めない。根拠は特にないのに、自信だけは満ち溢れている。

 

 このやり取り、一年ほど前にも確かあった。

 彼女もアクセル暮らしはそれなりに長いはずだが、未だに道順が曖昧らしい。

 そういえば、街中で迷子になったアクアが警察や街の人に保護されたとの話は、今でも時折耳にする。

 実は、思ったよりも悲しい生き物なのかもしれない。

 

 あと些末事だが、ゼーレシルトの残機が消滅した。

 前触れは特になかった。出合い頭、挨拶代わりのノリで極悪な破魔魔法を撃ち込んだアクアに消し飛ばされたのだ。

 幸い、居合わせたバニルが残機を分け与えたことで、蘇生には辛うじて成功している。

 

 その後は、怯えるペンギンの着ぐるみと、盾に取られた私を挟んでガンを飛ばすアクアという構図に。

 ガラの悪いチンピラが因縁をつけている光景にしか見えない。ゼーレシルトとて、決して弱い悪魔ではないのに。

 ついでに、間接的ながら地獄の公爵の残機を削るという快挙を、何気に達成しているという。

 

 来て早々に災厄を撒き散らし、その疫病神っぷりを遺憾なく発揮するアクア。

 これには仮面悪魔も、『なぜ毎度余計なことばかりするのか』と苛立ち混じりに毒づいていた。

 暇を持て余しているからだろう。それに、躾もなってない。

 強いて他に理由を見出すなら、動物のマーキングとか? ……いや、これはさすがにアクア以外の動物に対して失礼が過ぎるか。

 

 ときに、アクアのところでは先週から庭を耕し、家庭菜園を始めたそうだ。

 うちでも、ガーデニングを趣味とするウィズが裏庭で花を育てている。共通の話題を得た二人は、庭いじり談義に花を咲かせていた。

 バニルの肉体を構成していた魔力満点な土を利用し、脱皮した抜け殻も粉末状に砕いて肥料にしている――そう説明した途端、アクアの顔は渋面へと変わったが。

 邪悪な禍々しい風の植物は生えていない。問題は多分ないはず。

 

 畑で野菜が獲れた暁には、新鮮なものをうちにも分けてくれるという。

 それは構わないのだけど……果たしてあの屋敷の面々に、農業の真似事が務まるのだろうか。

 農業は、害獣や野菜との格闘の毎日だと聞く。毎年多数の重傷者を出す、危険な仕事だ。

 現役を退いた冒険者にとっては、メジャーな再就職先でもある。

 

 過酷ながらも人々の生活を支える、重要な仕事だ。だからこそ、野菜を育てるには資格が必要となる。

 ただし、高レベル冒険者は特例として許可されている。アクアの家庭菜園も、法的にはセーフなのだが……。

 どうにも私には、収穫期に畑を脱走した野菜が、余所様に迷惑をかける未来しか見えない。

 

 植えた種の品名を耳にすると、不安はさらに膨れ上がった。

 めぐみんが選定に関わったおかげか、ラインナップは概ね無難だった。

 けれど一種のみ、アクアが関与したものがある。

 というより、仲間に黙ってこっそり蒔いた、というのが正しい。

 

 その名も、マンドラゴラ。紛うことなき植物モンスターである。

 種を安売りしていた行商人のおじさんから、思わず買ったのだとか。

 引き抜く際に悲鳴を上げ、それを聞いた者は死ぬ。そんな物騒な謂れを持つ魔物だ。

 

 しかも名前まで考案済み。アクア命名、デッドスクリーム・ブラッディマリー。

 ……そのネーミング、どう考えても来歴を承知の上で、わざとやっていますよね?

 

 


 

 

【屋敷の住人が出払っていたので詳細は聞き出せず】

 昨日とは打って変わって、抜けるような快晴。

 

 アクアの話にあった畑を見に行った。

 屋敷の玄関からほど近い場所にて発見。既に発芽している作物も見受けられた。

 とりわけ印象的だったのは、地中から覗くサンマの目。ちょっぴりグロテスクな眺め。

 

 そこまでは、まあいい。

 アクアがやらかしたというマンドラゴラが芽吹くのは、まだ当分先のはず。今日のところはこれで終わりだろう。

 そう高を括った私の認識の甘さを嘲笑うかのように、視界の端に人形サイズの女の子が映り込んだ。

 

 畑から生え、ニコニコと屈託なく微笑んでいる。何らかの植物系モンスターの幼体であることは明白だった。

 どうせアクアの仕出かした案件に違いないと、即座に当たりをつける。

 マンドラゴラが最大の失態だと思っていたのだが、どうやら他にも伏兵が潜んでいたらしい。

 つくづく、油断のならない女である。

 

 マンドラゴラも人めいた造形で不気味と称されがちなモンスターではあるが、こちらはその比ではない。

 手のひらほどの大きさの今はまだしも、このまま等身大まで成長すれば、一見して人間と見分けるのは困難になるのではないか。

 それほどまでに、人と酷似した外見をしていた。

 しかも表面上は愛嬌を振り撒いてフレンドリーさをアピールしているが、腹の底ではこちらを単なる養分と見下している。私にはお見通しである。

 

 その外見と性悪っぷりに既視感があり、正体にはすぐ見当がついた。

 どう見ても、安楽少女ですよね。これ。

 討伐推奨のモンスターを栽培しているのか、この屋敷は。

 

 


 

 

【人から煽てられるのは、そんなに嬉しいものなのだろうか】

 冒険者ギルドにて。

 知人二人が口論で揉めている場面に出くわした。バニルとサトウカズマである。

 

 何事かと声をかけると、状況説明もないまま、悪魔がいきなりこちらへ話の水を向けてきた。

 カズマもカズマで乗っかり、私に自身のファンなのかと尋ねてくる。

 いくら私でも、それだけですべてを察しろというのはキツい。

 

 推測できたのは、バニルがカズマのうざ絡みに辟易していたところへ、間が悪いことに私が現れたこと。

 そして好都合とばかりに、厄介事を丸ごと押し付けようとしていることくらいである。

 あと、私はカズマのファンではない。

 

 改めて聞き出すと、経緯はこうだ。

 

 これまでの活躍が新聞の特集記事に取り上げられ、有頂天になったカズマ。

 すると今度は、自分に憧れる女性ファンが何人いるのかが気になり始めた。

 そこで相談屋の副業を営むバニルの元へ出向き、見通してもらおうと悩みを打ち明けた。

 が、そんなアホなことに力を使いたくなかった悪魔はにべもなく一蹴。『そんな女がいるものか』とまともに取り合わなかった。

 言い争いとなったその場へ、私がノコノコと顔を出したわけだ。

 

 バニルとしては、私の調査能力でカズマのファンを探し当ててもらえ、という意図で話を振っていた。

 それが微妙に伝わっておらず、『自分のファンではないか』とトンチキな思い違いをしたのが、冒頭の発言へと繋がった。

 

 邪魔だからといって、面倒な客をこちらへ押し付けないでほしい。

 私だって、こんなバカバカしい事柄に貴重なリソースを割きたくない。

 カズマのファンをするような奇特な女は、どうせ実在しない。労力の無駄だ。

 だがこの男、そんなはずはないと実にしつこい。存在しないと証明できない限り、引き下がる気がない。

 

 仕方なく、対案を提示した。

 要するにこの男が望んでいるのは、綺麗どころに囲まれ、黄色い声援を浴びてチヤホヤされること。それだけだ。

 ならば話は簡単。一言、酒場で奢ると切り出せばいい。

 すると、あら不思議。カズマのファンを自称する女性がどこからともなく湧いて出て、大いに褒めそやし、甘やかし、気分よく過ごさせてくれるだろう。

 

 ……店から一歩外へ出た瞬間、そのファンは泡沫(うたかた)の夢のように跡形もなく消え失せるが。

 あるいは、莫大な資産に舌舐めずりする玉の輿狙いなら、そこそこいる。それも含めていいなら、彼は結構モテている。

 

 しかし、カズマは納得しなかった。

 本心から慕う美少女の一人や二人いるに違いない。今はまだ現れていないだけで、いずれ英雄カズマのサインをねだってくるはず――そんな妄言を撒き散らす。

 承認欲求を拗らせすぎている。見るに堪えない。

 僅かとはいえ、私もこの男と同じ血を引いていると思うと尚更辛い。

 

 そんなに異性に好かれたいなら、せめて自分磨きの努力くらいすべきだろう。

 特に性根を。日頃の生活態度を中心に。

 そう指摘すると、舐め腐った返答が返ってきた。

 ありのままの自分を受け入れてほしい。働かずダラダラして、色んな女にちょっかいをかけても文句を言わない、美人で巨乳のお姉さんがきっとどこかにいるはずだ――と。

 

 ……それで文句を言わないって、どんな女だ。

 このご先祖はもうダメだ。私の手に余る。

 

 ところで、話は変わる。

 先日、屋敷で目にした安楽少女について。

 

 カズマに事情を聞くと、あれはアクアがマンドラゴラのつもりで育てていた種が苗木に育ったものらしい。

 販売元に、まんまと騙されたのだ。

 発覚後、その処遇を巡って身内で一悶着あったとか。

 ……ひよことドラゴンの卵を取り違え、一億近い大金をドブに捨てた前科のある女は一味違う。その展開はさすがに読めなかった。

 

 しかもアクアは、育てる気でいる。

 今までの安楽少女は環境が悪かっただけで、自分のような清い心の持ち主が愛情を注げば、優しい子に育つはずだ、と。

 ……いや、もう手遅れだろう。あの邪(よこしま)な性格は、生まれついてのものだと思う。

 

 ペットにするくらいなら、報酬を払うからうちの店に譲ってほしい。当店で製造しているダイエット食の材料には、安楽少女の実が不可欠なのだ。

 待遇面は心配いらない。きちんと世話しよう。

 家畜として。

 

 


 

 

【どこかで覚えがあるような……】

 本日のウィズ魔道具店は、ふらりと立ち寄ったミツルギキョウヤが消耗品をまとめ買いしてくれたおかげで、久々に大きな黒字を計上した。

 まったく、金蔓様々である。

 

 彼は現在、失せモノ捜しを兼ねた武者修業の旅の途上にあるのだとか。アクセルに寄ったのも、その一環らしい。

 発端はこうだ。

 夢枕に現れた女神エリスより、大切な鎧の神器を預かっていた。だがつい先日、その神器が書き置き一枚を残して行方を晦(くら)ましたという。

 ……その言い方だと、鎧がひとりでに家出したように聞こえる。私とウィズは揃って困惑した。

 

 唯一の手がかりである書き置きには、大まかにこう記されていたという。

 ――魔剣に頼る今のお前では、俺を使いこなすには力不足。神器としてやるべきことを為すため、俺は旅に出る。その間、お前は俺を捜すための旅に出ろ。その過程で強くなれ。

 

 窺うように、ウィズが目配せしてくる。私は小さく頷いた。

 嘘は言っていない。気も確かだ。

 

 だが、結論を下すにはまだ早い。

 ミツルギの証言を信じるなら、意思疎通可能な防具が、自らの意志で失踪したことになる。

 しかし、この男には自己陶酔というか、思い込みの激しいナルシシズムの気質がある。

 自分こそが世界を救う宿命を帯びた勇者なのだと、ナチュラルに認識しているような男だ。

 

 そもそも自我を持つ神器の話など、噂ですら耳にした覚えがない。

 鎧の件も、本人の思い込みを現実と混同した妄想としては、なくもなさそうなラインだ。正直、判定に困る。

 

 なお、ウィズは微塵も信じていない。

 この人は余程お疲れなのだなと、気の毒なものを見る憐憫の眼差しを向けていた。

 さらに彼がアルカンレティアへ向かう予定と知るや、名物の温泉でリフレッシュしてはどうかと、あくまで善意のアドバイスを送っていた。

 それを受け、ミツルギは乾いた笑いを漏らした。欠片も信じられていないことへの諦観だった。

 

 ところで彼がうちへ立ち寄ったのは、仮面バイトの差し金でもある。

 見通す悪魔の相談屋に、ミツルギが客として足を運んだのだ。神器の行方を占ってもらうために。

 店での買い物は、その対価である。

 

 占いが示したのは、紅魔の里。探している鎧の神器は、そこにあるという。

 彼は元々、有名な占い師に会うべく紅魔の里を当面の目標に定めていた。故にこのお告げは、渡りに船だった。

 

 これを聞いたウィズが、里を転送先に登録しているので、テレポートで送ろうかと申し出た。

 ミツルギは暫し逡巡するも、結局は固辞。

 神器探しも重要だが、旅を通して腕を磨くことも大事な使命。安易な手段には頼れない、と。

 

 今後の彼は、アクセルからアルカンレティアを経由し、紅魔の里へ向かう。

 各地で困窮する人々へクエストを通じて手を差し伸べ、その身を鍛えながら。

 旅程を逆算すると、ゆんゆんが族長試練に挑んでいる最中に、現地で鉢合わせる……かもしれない。

 

 なお、余談だが。

 物のついでに、アルカンレティアのセレスディナに宛てた私信を、彼に託すことにした。

 

 そういえば。

 彼の神器の話を反芻していると、どうも記憶の端に引っかかるものがある。

 さて、何だったか。

 書き置きを残し、自力で旅立つ鎧。そんなツッコミどころの塊のような存在に、心当たりなどない……はずなのだけど。

 

 


 

 

【洞察力が高すぎるのも善し悪し】

 いよいよ、ゆんゆんの族長試練チャレンジが幕を開ける。

 

 割と悠長に構えているが、それもそのはず。先んじて試練に立候補した者が、まだ誰もいない。

 そもそも気ままな紅魔族にとって、束縛と責任を伴う長の務めはウケが悪い。試練を受けることすら億劫なのだ。

 第一、率先して族長になりたがる変わり者がいることは、里中の知るところ。それで静観を決め込んでいる側面もあるのだろう。

 

 ……というか、ゆんゆんの実力が合格水準に達したのを見計らって、身贔屓で試練を開催したのではと私は怪しんでいる。

 何せ現族長は、ゆんゆんの父親である。

 

 明日の本番に備え、ゆんゆんとアイリス王女のコンビは一足先に現地入りした。

 なお滞在中、身分を隠すため王女はイリスの偽名を名乗る。

 どこかの高位貴族の令嬢程度には疑われるだろうが、そこは致し方ない。

 族長には王女と即バレしたが、向こうが顔を知っていたのだからどうしようもない。

 

 それと、王女の側近二人も護衛名目で里まで同行している。

 魔王軍の侵攻が近頃あったからだが、これは口実に過ぎない。

 特に片割れのクレアは、理由をこじつけてでも無理やり付いてくる気だったようだ。

 

 この女、本来なら長期間城を離れられない要人のはずだが。

 聞けば、物凄く頑張ってどうにか時間を捻出したとのこと。

 忠義に篤いというか。むしろ忠誠心が邪魔をして、まだギリギリ主君に手を出していないだけというか。

 藪蛇なので深くは触れない。私の中では、既に確信があるが。

 ひとまずクレアについては、『王女の婚約を阻止できるなら、国も魔王もどうでもいい』と言い放ってしまえる女、とだけ記しておく。

 

 ちなみにゆんゆんが試練に励む間、私も紅魔の里で過ごすことになった。

 国の要人が三人も来ると知り、ぼっちがビビったのだ。

 これには、よく知らない人間ばかりで人見知りを発動した、という意味も含む。

 心細さに駆られ、そういえばこの事態を招いた元凶は私ではないかと思い至り、責任を取れと必死に詰め寄ってきたのだ。

 まあ、王女がパートナーというとんでもないイレギュラーが生じた以上、行く末を見届ける意味でも、どの道応援に来るつもりではあったけど。

 

 なお、相方が王族であることへのプレッシャーは特にない。

 いつの間にか王女との友情イベントをこなしたようで、とうに乗り越えた模様。

 

 イリスは、ゆんゆんの案内で里を観光した。

 別行動だった私は、詳細までは把握していない。ただ、好奇心の赴くまま、凄まじい勢いで紅魔族の風習を吸収していくイリスの姿は目撃した。

 紅魔族特有の自己紹介に対し、剣を高く掲げてポーズを決め、同じ口上でバッチリ返していた。

 すっかり地元民だ。本物の地元民ゆんゆんよりも順応している。

 馴染みすぎたせいで、城に帰ってからもしばらく引きずりそう。大丈夫だろうか、あれ。

 

 私はというと、不意に現れたこめっこに喫茶店で食事を奢り、その後はやたらと難解なパズルに取り組んだ。

 パズルは、こめっこが『これで遊んでもいい』と、どこからともなく持ち込んできた。食事のお礼だとか。

 

 所詮は子供向けのオモチャと舐めていた。

 が、いざ挑戦すると異様に難しい。予想外に手間取らされた。

 一応解いたが、私が片手間では手こずる時点で難易度の設定がおかしい。紅魔族の大半でも投げ出すレベルだ。

 めぐみんなら解けるだろうが。こめっこも過去に解いたという。

 

 例えるなら、賢者たちが知恵を結集し、ヤバい何かを封じるために作り上げた特製の封印アイテム。そのくらいの執念を感じた。

 ……いや、妙な表現をした。役目を終えたパズル型魔道具のようだったので、つい。

 魔道具職人のひょいざぶろーが、可愛い娘たちのために手ずから拵えた特別な品だったのかもしれない。

 というか今になって嫌な予感がするので、そうであってほしい。

 

 話を変えよう。

 酒場で、変な全身鎧と出会った。

 鎧を着た人間、ではない。自称、歌って踊れるハイブリッドな神器、聖鎧アイギス。自我を持つ、喋る鎧だ。

 

 品性は割りかし下劣。女好きで、息を吐くようにセクハラ発言を繰り出してくる。

 初対面の私に対し、開口一番、容姿とスタイルへの品評を堂々と口にしていた。普通に最低である。

 しかも、私と同じ宿屋に宿泊している。

 族長宅に泊まるゆんゆんや王女一行に遠慮して宿を選んだのだが、少々早まったかもしれない。

 

 それとなく身の上を聞き出したところ、この鎧、ミツルギが捜索している神器だ。よもや、こんな形で関わることになろうとは。

 てっきり、単なる物取りに遭ったのをミツルギが超解釈しているだけだと思っていた。

 違ったらしい。彼には悪いことをした。

 

 アイギス曰く、ご主人はいけ好かないイケメンで頭も固い。しかも、取り巻きの女の子二人にセクハラすると怒られる。

 そんな具合で折り合いが悪く、逃げ出してきたという。

 そうして、美女が多いと評判の紅魔族を拝みに、遥々里まで来たそうだ。

 酒場の看板娘ねりまきへ、流れるようにセクハラを仕掛けながら、そんな経緯を語っていた。

 ねりまきのほうも酔客で慣れっこなのか、手慣れた様子であしらっていたが。

 

 そこで、ひとつ思い出した。

 この鎧、エリス祭の折に見覚えがある。カズマと、降臨した女神エリスの三者で、わちゃわちゃと騒ぎ立てていたのを遠目に見かけた。

 また、その直前には銀髪盗賊団の二人組が、アクセルの貴族邸に出没している。その際宝物庫から持ち去られたのも、確か鎧系の神器だったはず。

 さらに言えば、二人組の片方の正体がエリスであることを、私は既に知っている。

 

 エリス、カズマ、謎の全身鎧。

 当時は、三者を結び付ける接点が見出せなかった。首を捻りつつも、どうせ厄ネタに違いないと、あえて棚上げしていた。

 だがそこに、銀髪盗賊団というピースが新たに浮上する。

 これを当て嵌めると、ある仮説が形を成してしまう。

 

 まさか銀髪の義賊の相棒、仮面の盗賊の正体とは……。

 もしかすると私は、とても余計なことに気づいてしまったのかもしれない。

 

 


 

 

【第一の関門と、その裏で】

 族長試練は三つの課題から成る。

 結論から述べると、本日実施された最初の試練をゆんゆんたちは無事突破した。

 

 課題は謎解き。

 魔法使い向けの内容だったため、優等生のゆんゆんなら楽勝かと思われた。

 が、蓋を開けてみればまさかの大苦戦。

 門外漢なイリスもこの方面では戦力にならず、波乱の幕開けとなった。

 

 だが、暗礁に乗り上げた状況を動かしたのは、意外にもそのイリスだった。

 手伝えることもなく手持ち無沙汰になった彼女は、ふと試練監督の紅魔族へと目をつけた。

 うるうるおめめの上目遣いで、解答のヒントをねだる。

 ……通った。容貌の良さも相まって、効果抜群だった。

 

 あざとい。こすい。

 もちろん狙ってやっている。この王女、ヒキニートのような小細工を臆面もなく使う。

 試練とは無関係な部分で、彼女の将来が心配になってきた。影響されやすすぎる。

 

 とはいえ、課題はメインの最終試練を除けば案外適当に決めているそうなので、まだ雑な展開が許される段階だっただけだろう。きっと。

 でなければ、試練監督がただのロリコンということになってしまうし。

 

 ところで、ゆんゆんが試練をクリアする間際にウィズがやって来た。

 店に私宛の手紙が届いたとのことで、わざわざテレポートして渡しに来てくれた。

 通常そこまでする必要はないのだが、今日のは即日お届けの速達便。火急の用ではと案じたらしい。

 

 手紙を検めると、差出人はセレスディナ。

 要件は救援要請。穏やかでない。

 

 が、内容が要領を得ない。

 アルカンレティアのアクシズ教徒たちが好き放題し、周りが大層迷惑している。さっぱり手に負えないから助けてほしい、とのことだった。

 そんなのいつものことだと思うのだけど、暴走の度合いが尋常でないらしい。

 

 異変は唐突だった。兆候の心当たりはなく、原因も掴めていない。

 ただ、住民の大多数を占める信者たちが揃って、まるで崇める女神の来訪だと言わんばかりのはしゃぎようを見せているという。

 

 なお、この騒動には中心的な人物がいる。

 余所の街から来たという彼女が騒ぎの発端に絡んでいると、セレスディナは睨んでいた。

 その者の名はアクア。奇しくもアクシズ教のご神体と同じ名を冠する、水色の髪のアークプリーストである。

 

 そこまで目を通し、私は手紙から顔を上げる。事態の背景が、何となく見えた気がしたのだ。

 目が合ったウィズに問う。昨日か今日か、アクアにテレポートを依頼されなかったか、と。

 

 予想は的中。今朝店を訪れた水の女神を、ウィズは快くアルカンレティアへ送り込んでいた。

 付け加えるなら、同行者にカズマたち他のパーティーメンバーの姿はなく、代わりにセシリーなるプリーストを伴っていたという。

 自分の膝下でのさばるマイナー神の信者共に、焼きを入れてやる――アクアはそう息巻いていたそうな。

 

 そこまで聞いて悟る。これ、諸悪の根源は私だ。

 

 アクシズ教の総本山に拠点を構えるレジーナ教団が、堂々と勢力を広げている。それをアクアは、縄張りを荒らされたと受け取って憤慨しているのだろう。

 情弱女神は、今になってようやくレジーナ教団の存在を認識したらしい。

 教団の誕生には、私が関与している。それがなければレジーナ教は今も無名のままで、アクアが動く流れにもならなかったはずだ。

 

 それにしても。

 手紙には、レジーナ教徒がアクシズ教徒に目の敵にされているとか、執拗な嫌がらせを受けているとか、そういった切迫した記述が見当たらない。

 まあ、アクアのことだ。宴会にのめり込むなりして、速攻で脇道に逸れたのだろう。本来の目的が頭からストンと抜け落ちていることは、想像に難くない。

 

 何せ今の彼女には、軌道修正してくれるストッパーがいない。

 傍にいるというセシリーは、典型的なアクシズ教徒。人の機微に聡いなど長所もあるが、フォロー役に回るタイプではない。

 むしろ助長、同調し、一緒に面白おかしく過ごす側へ傾いている。文面の様子から察するに。

 

 手紙を読み終えた感想としては、まだ十分余裕があるだろう、これ。

 ひと昔前の烏合の衆だったレジーナ教団なら危うかったが、あの頃とは情勢が違う。

 今の教団には、セレスディナという先導者がいる。

 彼女、経歴はともかく、聖職者としての信望は存外厚い。魔王の手先だった時期こそあれ、信仰する神に背いたことは一度もないからだ。

 

 最悪、アクシズ教団との対立に発展したとしても、セレスディナを酷使すればレジーナ教団存続の目処は立つ。

 なお、その際に本人へ降りかかるであろう負担については度外視する。

 だからこそ、私に助力を求めたのだろう。あの女、私が教団の崩壊を望んでいないと見透かしているようだし。

 

 ただ、時機が悪い。私は里で試練の結末を見届けなくてはならない。

 というかそれを差し引いても、災難に巻き込まれると確定しているアルカンレティアには近寄りたくない。

 私が手を貸さなければ為す術がない、という状況でもなさそうだし。

 

 まあ、私も鬼ではない。対処案として、『カズマを呼んでアクアをどうにかしてもらえ』と認(したた)めた手紙を、アルカンレティアへ送付しておいた。

 ……普通郵便で。

 

 それはそうと、ウィズが手紙と共に、見慣れない道具を携えていた。

 聞けば、私と会う直前、ひょいざぶろーの元で仕入れてきた魔道具だという。

 昨日まで夫妻揃って行商に出ていたが、帰ってきたところへ運良く鉢合わせたのだとか。どんな偶然だ。

 ウィズにはそういうところがある。少し目を離しただけで、相変わらず磁石のようにガラクタを吸い寄せてくる。

 

 この節穴店主は本当に。余計なことを。

 アンデッドだけあって、やはり目玉が腐っているのか? それとも、眼球らしき物体は精巧なビー玉で、それでロクな目利きができないのか。

 そう罵ると、ウィズはムッとした顔になり、『ガラス玉のような目をした人にだけは言われたくない』と言い返してきた。

 ……言葉の切れ味が、ウィズにしてはエグい。これには私もビックリした。




・デッドスクリーム・ブラッディマリー
アクアが発芽させた安楽少女。
生後二週間未満でも性格は成体と変わらない。
原作十四巻描き下ろし短編『少女の苗は無邪気に嗤う』より。

・こめっこのオモチャ
かつて邪神ウォルバクを封じていた封印のパズル。
賢者級の大人でも中々解けない難易度だが、幼少期のめぐみんと『爆焔』一巻のこめっこは、それぞれ一回ずつ解いている。
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