とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

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1-2 紅魔の里

【紅魔の里について】

 甚だ遺憾ではあるが、結局、紅魔の里へ赴くこととなった。

 これ以上の引き止めは困難と判断し、私が折れるしかなかったのだ。

 

 私が断固反対したこともあり、当初ウィズは不承不承ながらも引き下がっていた。

 ところがここ数日、どうも様子がおかしい。

 ちらちらとこちらを窺う視線を送ってくるし、何かに気を取られているのか、しょっちゅう上の空になる。

 

 良くない兆候だ。どうやら我慢の限界が近い。

 想定される最悪のケースは、ウィズが私の制止を振り切って店を抜け出し、独力でその職人と契約を結んでしまうこと。

 そしてその未来は、どう見ても時間の問題だった。

 

 故に私は、主張を撤回した。

 里に着いたら一度テレポートで戻り、再度のテレポートで私も里へ連れて行く。

 この条件をもって、ウィズの旅立ちを許可した。

 もはや、彼女が暴走しないよう傍らで手綱を握っておくしかない。

 

 数日間このポンコツを野に放つのは、正直憂鬱で仕方がない。約束を破り、私を待たずに職人と接触する可能性は十分にある。

 だがそれをどうこうできる時期は、とうに過ぎていた。

 

 さて、移動手段についても触れておこう。

 紅魔の里へ向かう転送屋は存在せず、乗合馬車も最寄りの街にすら出ていない。つまり、里へは徒歩で向かう他ない。

 問題は、私のスタミナが壊滅的に不足している点だ。

 支援魔法を総動員しても焼け石に水。比喩抜きで、歩いて行くなど自殺行為でしかない。

 

 このために、ウィズにはテレポートの魔法を鍛えてもらい、四つ目の登録枠を確保してある。

 私が遠出をする際は、専らこの枠を使ったテレポート頼みだ。

 ……その真意が、私の目の届かないところでウィズがやらかさないよう監視するための布石なのは、言うまでもないだろう。

 

 先日登録した街はもう不要なので、そこを紅魔の里に上書きすればいい。

 ……考えてみれば、用件が済んでアクセルに戻った暁には、今度は紅魔の里を削除させる必要があるのか。

 一応腹案はあるが、留意しておこう。

 

 次に、紅魔の里とそこに住まう紅魔族について触れておく。

 彼らに関する噂は数あれど、確たる情報は案外少ない。

 明確なのは、種族全員がアークウィザードであり、上級魔法を扱えること。

 そして、揃いも揃って相当な変わり者であるということだ。

 

 彼らは基本的に里に引きこもっており、余所の街には滅多に居着かない。

 そのため、知名度の高さとは裏腹に、実際に面識のある者は少ない。

 よって、正確な話がほとんど入ってこないのだ。

 

 なにせ彼らは、テレポートで自由自在に行き来できる。わざわざ外に拠点を持つ必要がない。

 街へ用があるときはテレポートで来て、用事が済めば即座に帰還。

 商人もまた、そうした形でやり取りする職人から商品を仕入れているらしい。

 

 自ら里まで出向いて交易しようという気概のある者など、金にがめつい商人であってもそうそういない。

 なぜなら、紅魔の里へ至る道中は、強力なモンスターが跳梁跋扈する屈指の危険地帯。踏破できる者など、冒険者でもごく一部の高レベル帯に限られる。

 なお、ウィズはそのごく一部の猛者たちをゴミのように蹴散らしてしまえる、さらなる例外だ。

 

 明日、ウィズはアクセルを発つ。

 しばらく私は店番だが、まあ客など来ないだろう。店の切り盛りは私一人で十分だ。

 どちらかというと、当面の間家事を一人でこなさねばならないことのほうが問題だ。

 体力のやりくりには、いつも以上に気を配ろう。

 

 


 

 

【紅魔の里観光一日目(変なのしかいない)】

 昼下がりと呼ぶには遅く、しかし日暮れには若干早い。そんな微妙な時刻に、ウィズがひょっこり戻ってきた。

 紅魔の里への旅路を無事に終え、テレポートで舞い戻ったのだ。

 

 念のため確認したが、件(くだん)の職人とはまだ会っていないという。

 当座の懸念は回避された。約束は守られたのだ。

 ……なので、『いきなり訪ねるには微妙な時間帯だったから』という彼女の補足は、聞かなかったことにしておく。

 微妙な時間帯でなければ、果たしてどうするつもりだったのか。

 どうやら私は、些細な偶然で命拾いしたらしい。

 

 店仕舞いを済ませると、私たちはすぐさまテレポートで紅魔の里へと向かった。

 

 瞬く間に切り替わった風景は、一見するとどこにでもある田舎の集落だった。

 アクセルは本日快晴だったが、こちらではつい先ほどまで大雨だったらしい。地面は湿り、空は分厚い雲に覆われ、辺りはやけに薄暗い。

 周囲をキョロキョロと見回していると、通りすがりの黒ずくめがこちらに近寄ってきた。

 

「我が名はぶっころりー。アークウィザードにして、上級魔法を操る者……。紅魔族随一の靴屋のせがれ。やがては靴屋を継ぎし者……!」

 

 マントを魔法の風でなびかせながらの、第一声だった。

 ただの靴屋の息子にしては、やけに大仰な名乗りである。

 

 感想は胸の内に仕舞い、こちらも似たような調子で名乗り返す。

 アクセル随一の魔道具店店員にして、やがては店の経営権を奪うやもしれぬ者――と。

 

 すると彼は、目を物理的に輝かせながら、キャッキャと歓喜し始めた。

 紅魔族は、興奮すると瞳が発光するのだ。

 曰く、『紅魔族でもないのに、自分たちの名乗りに付き合ってくれたのが嬉しかった』とのこと。

 ……あ、これ、私はやらなくてもいいやつだったのか。

 

 なおその隣では、私の下剋上宣言にウィズが狼狽していた。

 肩を掴んで揺さぶり、何やら必死に訴えてきたが、私は一貫して聞こえない振りを貫く。

 

 責任を負う立場になるなど、まっぴら御免だ。

 そもそも、店の運営に対して熱意はない。よって、シンプルに煩わしい。

 とはいえ、この里で得られる成果次第では、そんな呑気なことも言っていられなくなる。

 私は本気である。

 

 紅魔族の靴屋のせがれ――哨戒任務中だと言っていた彼の案内で、宿屋への道を進む。

 この頃には日も傾き、夜の帳が下りかけており、観光している暇などなかった。

 ふと、いっそ宿泊せず、さっさとアクセルに帰ってしまえばいいのではという考えが頭をよぎる。

 

 が、実行すれば確実に顰蹙を買うだろう。

 この手の閉じた社会では、そういう情報の伝播は異様に早い。

 目的は職人との商談を阻止することだが、だからといって里中の不興を買うようではお粗末が過ぎる。

 無用な敵を増やすくらいなら、宿代は必要経費と割り切るべきだ。

 

 ……そういえば以前、ウィズが『宿に泊まるのは旅先の醍醐味』と熱弁していたのを思い出した。

 だが、そちらは損得に一切関与しないので、私としてはどうでもよろしい。

 

 着いた宿の一階フロアは酒場になっていた。

 というより普段はそちらがメインで、旅人向けに寝泊まりもできる――というのが実態に近いらしい。

 

 店名は『サキュバスランジェリー』。

 ……名前がいかがわし過ぎる。

 話を聞くに、どうやら男性客を釣るための命名とのこと。

 でもこれ、女性客はかえって敬遠するだろう。実際、ウィズも入口で右往左往していたし。

 遠路遥々ここを訪れるのは、やはり男が多いということか。冒険者界隈も、比率で言えば男のほうが多いし。

 

 現在、他の来訪者はいない。

 『紅魔族の酔っ払いを介抱する以外で宿泊客が入るのは久し振り』だと、店主が話していた。

 

 店内をぐるりと見回すと、なるほど黒髪に紅眼、そして黒を基調とした奇抜な衣装の紅魔族ばかりが目につく。

 ただし、連中はなぜか妙にこちらを意識して、ちらちらと視線を送ってくる。

 鬱陶しい。だが話しかけてはこない。

 暫し観察を続けたところ、どうも自慢の服装を見せびらかしたいだけらしいという解析結果に至る。

 ……意味が分からない。私はますます首を傾げた。

 

 部屋を押さえ、酒場で夕食を摂ることにした。

 ここしばらくの近況を語り合っているうちに窓の外では太陽が完全に沈み、酔客が増えた酒場は騒がしさを増していく。

 ウィズを酔い潰して行動不能にするという企てに私が勤しんでいると。一人の少女がとことこと歩み寄り、近くの椅子に腰を下ろした。

 ここの年若い看板娘で、名をねりまきと言う。

 

 ……ずっと気になっていたが、このネーミングセンス、どうやら紅魔族では標準らしい。

 個性的という意味では勇者候補たちも似たようなものだが、彼らとはまた方向性を異にしている気がする。

 

 ねりまきは、『里の外の話が聞きたい』と目を輝かせてきた。

 私としても紅魔族の実態を知る好機だったので、渡りに船である。

 聞けば彼女は店の手伝いで外部の人間と接する機会が多く、その手の話題にも慣れているらしい。

 おかげで、紅魔族への理解が一気に進んだ。

 ある程度予想はしていたが、この里では世間の常識など一度捨てたほうがいい。勝手が違いすぎる。

 

 中でも興味深かったのは、里に学校が存在するという話だった。

 見習い魔法使いを育てる養成所で、上級魔法を習得すれば晴れて卒業となる。

 制度上は、上級魔法でなくとも卒業は可能らしい。

 だが優遇措置がなくなり成長効率が落ちることを考えると、他の魔法での卒業は現実的ではないという。

 

 ざっくりとした概要を聞いた限りでは、随分と合理的なシステムだ。

 ただ、紅魔の里という特殊な土壌があるからこそ成り立つ構造であり、外でそのまま模倣するのは難しいだろう。

 ちなみに、ねりまき自身もその学校の学生とのこと。

 

 なるほど。学校か。

 ひとつ、閃いた。

 せっかくここまで来たのだ。ウィズの野望を阻止するだけ、という勿体ない真似をする気は元よりない。

 明日は、その点も視野に入れて動くとしよう。

 

 


 

 

【紅魔の里観光二日目(サプライズもご用意)】

 ウィズが二日酔いでダウンした。

 珍しい。旅で気を張り詰めていた反動だろう、きっと。そうに違いない。

 私は白々しくも、そううそぶいた。

 

 朝方は一人で里を回った。

 ツッコミどころには事欠かないものの、学ぶべき点も少なくない。

 奇人揃いとはいえ、紅魔族は名うてのアークウィザード。その知能は折り紙つきで、彼らの日常には常識に囚われない先進性がある。

 

 例えば、洗濯に上級魔法を投入する様には、思わず目を丸くした。

 あれは、魔法使いの里だからこその光景だろう。

 そもそも街中では、上級魔法の使用は禁止されているし。

 

 戦いの道を歩む気のない私は、アークウィザードの路線を捨ててプリーストに就いた。

 だが、あの場面を見ていたら、もう少し慎重に進路を検討したかもしれない。

 ……上級はともかく、中級魔法なら、私にも似たような真似ができそうだし。

 

 一区切りついて宿へ戻ると、ウィズが復活していた。

 自分も外出する、と意気軒昂な様子である。

 それを見た私は、まぶたを閉じ、そっと落胆のため息を吐いた。

 

 ――復帰が早い。

 あれだけ酒を飲ませてノックアウトさせたのに。

 リッチー特有の体質なのか、原因は定かでないが、もっとゆっくりしていけばよかったものを。

 

 などという心中はおくびにも出さず。私は彼女の回復を喜びつつ、昼食に誘って喫茶店へと足を運んだ。

 

 入店早々、マスターから名乗りの洗礼を受けるも、私もいい加減慣れたもの。すらすらと口上を返し、席に着く。

 私はメニュー表から『暗黒神の加護を受けしシチュー』を注文した。

 なお、中身は何の変哲もないビーフシチューである。

 料理名にまで格好よさを追求する凝り性には、もはや呆れを通り越して感服するしかない。

 

 対面のウィズが、苦笑を漏らした。

 紅魔族の風習に早くも馴染んでいる私を見て、感心しているらしい。

 ……まったく。これだから穀潰し女は。

 わざとらしく嘆息しつつ、私は流行に乗れない化石アンデッドへと説く。

 

 見知らぬ土地で人々と良好な関係を築くには、まずは文化への敬意を態度で示すことが肝要だ。

 それだけで万事上手くいくわけではないが、そこは主題ではないので割愛する。

 

 そこで、挨拶である。

 紅魔族は、こちらが紅魔流の名乗りに応じると、大層ご機嫌になる。

 アクセルでは世間体へのダメージが致命的なのでやらないが、ここは紅魔の里。

 名乗るだけでコミュニケーションが格段に円滑になるのだ。なら、やるに決まっている。

 それなのに、なぜウィズはやらないのか。上司として、率先して模範を示してもいいだろうに。

 

 は? 恥ずかしい?

 なぜそんな、建設的ではないことを。

 

 さて。昼食を済ませて喫茶店を後にすると、そのまま観光地をぶらぶらと歩いた。

 案の定、ウィズは真っ先に魔道具職人の元へ向かおうとする。

 それを制し、そこはラストに回そうと提言して説き伏せた。

 『先を越されるかも』と彼女は不平を漏らしていたが。……誰に、何の先を越されるというのか。

 そんな奇特な変人が他にもいて堪るか。その突っ込みは、胸中に留めておいた。

 

 今朝、彼女がご執心の魔道具職人ひょいざぶろーについて、里の者からいくらか話を仕入れた。

 曰く。紅魔族の感性をもってしても、欠陥品ばかり好んで作るガラクタ職人。

 平たく言えば、ウィズの同類である。

 人となりを知らなかった昨日までは、ほんの僅かに期待を寄せていたものの……儚い夢だった。

 この二人を、絶対に結託させてはならない。私は確信した。

 

 私の構想はこうだ。

 帰る間際に一度だけ、職人の自宅を訪れる。

 その後はアクセルに戻り、二度とこの里へは行かせない。

 

 ウィズの性格からして、一度や二度の失敗では挫けない。

 推測の積み重ねに基づいた、私の未来予知染みた先読みも使えない。職人に直に会った経験がなく、判断材料が足りていないからだ。

 そんな状態で何度も挑まれては、必ずどこかで事故が起きる。

 彼女ひとりなら、まだ抑える余地がある。まずは何より、里から引き離すことだ。

 

 観光が一段落した頃、『行きたい場所がある』と告げて、ウィズを連れ出した。

 向かった先は族長宅。事前にアポを取っておいたため、夫妻に丁重に迎え入れられる。

 

 商人とは何の関係もなさそうな場所に連れてこられ、ウィズの脳裏には疑問符が浮かんでいた。

 こちらの真意を知られれば拒絶されるのは明白なので、何をしに来たかは話していない。

 ちなみに娘が一人いるらしいが、このときは留守だった。

 

 世間話で場を和ませたあと、本題を切り出す。

 

 隣に控える彼女は、今でこそ商人だが、かつては王都でも名を轟かせた冒険者――アークウィザードだった。

 そこで提案だが、彼女を講師として、里の学校で講演会を開けないか。

 こんな閉鎖的な環境だから、里の子供たちは外の世界を伝聞でしか知らない。ちょっとした冒険譚でも、きっと新鮮な体験となるはずだ。

 それに、彼女も同じ魔法使い。教育的観点からも、悪くない刺激になるだろう。

 

 そんなふうに弁を振るっていると、突如として隣からお茶の噴き出す音が響いた。

 聞こえなかったことにして、私は淡々と話を続ける。

 

 この提案の建前は、店の宣伝を兼ねた一種のパフォーマンスだ。

 例の職人のことはさておき、紅魔族とは将来的に再び縁ができるかもしれない。

 それを見越して、布石を打っておく。

 端的に言えば、コネクション作りである。

 

 例えば、学校の卒業生が将来アクセルで冒険者として活動するようになれば、新たな顧客獲得にも繋がる。

 と、そんな青写真も描けはするが、今はそこまで見据えてはいない。

 

 本音はもっと単純だ。ウィズの妨害である。

 

 謀(はかりごと)を仕掛けるに当たって私が重視するのは、相手の余力を削ぎ、何もさせない状況に追い込むこと。

 万が一、計略の意図を悟られたとしても、立て直す余裕を与えない。

 

 此度で言えば、講師という予期せぬ役割を担わされた彼女に、何を話せばいいのかとてんてこ舞いになってもらう。

 その隙に私は、魔道具や魔法薬といった特産品を物色しておく。アクセルで売れそうなものを見繕うのだ。

 ウィズはその頃、職人どころではなくなっているだろう。

 講師の準備で頭がいっぱいになり、そのまま職人のことを忘れてしまっても、私は一向に構わない。

 

 そしてこの提案に、族長は大いに食いついた。

 感触が良すぎる気もするが、この里の環境はほぼ陸の孤島。娯楽に飢えているのだろう。

 まして紅魔族には、よそ者におおらかで、お祭り好きな気質もあるようだし。

 

 族長によると、このあとすぐに学校側と協議し、詳細を詰めるという。

 前例がないため確約はできないが、明日は休校日なので、明後日の登校日に講演を組むことになるだろう――とのことだった。

 

 話がトントン拍子で進むのを、ひとり狼狽える誰かをよそに、私は落ち着いた口調で了承を伝える。

 となれば、里を離れるのはその翌日――明々後日で良さそうだ。

 

 いつも店では、彼女の独断専行に私が振り回されているのだ。これくらいの意趣返しなら、まだ微笑ましい部類だろう。

 

 


 

 

【紅魔の里観光三日目(誰がここまでやれと言った)】

 里の観光地のひとつに、『邪神の墓』なるものがある。

 墓というか、正確には邪神が封じられている場所なのだが。

 実は今、その封印が解けかけている――という話を、里の住民から聞いた。

 後日、再封印が施される予定だが、それまでは邪神の下僕が飛び出してくる恐れがあるらしい。

 

 国を揺るがす一大事だ。

 その割には、里は長閑で穏やかそのものだけれど。

 

 そんなわけで、昨日の朝のように私が単独で動き回るのはまずかったらしい。

 紅魔の里のモンスターは、アクセルとは比べものにならないほど手強い。

 こちらの事情を知らない紅魔族たちは、そうした魔物を蹴散らしてここまで旅してきた実力者だと、私を勘違いしていた。

 

 だが実際は、魔法も覚えていない里の子供にすら完封されかねない貧弱さだ。

 多分、平和ボケした家猫にすら敗北を喫する。

 そんな有り様で、邪神の下僕などとまともに戦えるはずもない。今後は、一人で出歩かないよう気をつけよう。

 

 邪神の墓について、もう少し補足しておく。

 これはその昔、紅魔族のご先祖が邪神と死闘を繰り広げ、その果てに封印を施して里へ運び込んだ――などという伝承は存在しない。

 上記は、紅魔族が自分たちで考えた『それっぽい設定』である。

 

 真実はというと、『邪神の封印されている場所って格好良いよね』と誰かが思いつき、余所の土地に封印されていた邪神をわざわざ拉致してきて、里に再封印しただけ。

 これとは別に、『名を忘れられた女神』とやらも里に封じられているらしいが。……どうせ、そちらも似たような経緯だろう。

 

 この話を教えてくれた紅魔族は、邪神の名すら知らなかった。

 要するに、彼らにとって大事なのは『邪神が封印された土地』というネームバリューであって、中身の邪神本体は割とどうでもいいのだ。

 

 再封印の時期には、私たちは既にアクセルに戻っている予定なので、とやかく言う気はない。

 邪神に逃げられて名所が消滅するのは、彼らの本意ではないだろう。だからきちんと封印してくれる……はずだ。

 変なことを考え出さなければ、の話だが。

 

 話を変えよう。

 この日はポーション屋や、ガラクタ職人ではないまともな魔道具職人の店を訪ね歩いた。

 ついでに雑貨屋や鍛冶屋にも足を運ぶ。

 

 が、同道するウィズはどうにも気もそぞろ。

 それもそのはず。講演が正式に決定したと連絡があったのだ。日時は明日。

 彼女としては、未知の領域である講師役を突如任されたプレッシャーと、当事者の意思そっちのけで話が進むことへの放心が半々、といったところか。

 こんな有り様でも、マジックアイテム鑑定装置としてなら有能ではあるのだけど。

 

 紅魔の里の商品は、効能の高さに反してどれも非常に割安だ。

 私とて魔道具店の従業員。それくらいの判別はつく。

 里の外で紅魔の品が高値で取引されるのは、性能の高さもさることながら、紅魔ブランドという付加価値があるからだ。

 そのブランドが剥がれ落ちた現地価格なら、こんなものなのだろう。

 何も知らずに見れば、カルチャーギャップで唖然とすること請け合いだが。

 

 とはいえ、私とてウィズよりは万倍マシなものの、商才に秀でているとは言い難い。

 この点は、至って凡庸だ。

 正直なところ、どの商品を買い付け、店頭に並べれば収益に繋がるか、その見通しも立てきれていない。

 

 商売における私の強みは、情報収集と分析力。それと交渉の腕前くらいだ。

 そして肝心の『売れ筋を見極める目』を持つスペシャリストは、なんと当店にはいない。

 ではなぜ、そんな体たらくで店を営んでいられるのかというと、当の経営者が自身の不良債権っぷりを一向に自覚しないから――という悲しい現実に行き着く。

 

 商業区を抜け、里の中央へと向かう道中、遠くに奇妙な構造物が見えた。

 おかしい。昨日、族長宅を辞した時点では、あんなもの影も形もなかった。

 つまるところ、あれは昨晩から今朝にかけて『生えてきた』ことになる。

 

 方角からは、断続的に工事のものらしき騒音が響いていた。

 脳内に地図を描いて照合すると、あの辺りは学校の近く。というより、通学路の延長線上に位置している。

 ……嫌な予感がした。

 私はウィズを伴い、構造物へと足を向けた。

 

 現地に到着すると、案の定、周辺は騒然としていた。

 魔法で創り出されたゴーレムが歩いてきては、次々と建材へと変貌していく。

 同じく召喚魔法で呼び出された悪魔たちが、工具を手に忙しなく現場を駆け回っていた。

 

 構造物はどうやら建物のようで、桁外れのペースで完成に近づいている。

 上級魔法の使い手を一挙に投入すると、こうなるのか。

 呆れるほどの突貫工事に、私は思わず目を見張った。

 

 ただの魔法の力だけではない。

 統率と連携、個ではなく組織としての能力。

 その基盤を築いているのが、他でもないあの学校なのだろう。

 

 結論から言おう。

 あの構造物の正体は、明日の講演会のための特設会場だった。

 

 現場で陣頭指揮を執っていた族長を見つけたので、事情を聞いた。

 曰く、当初はあくまで学校内での小規模な行事として進めていたらしい。

 ところがノリに任せて話が膨らみ、最終的には里全体を巻き込む一大イベントに発展。

 こうなると学校では聴衆を収容しきれない。ならば、新たに会場を建てよう――と、まさかの新築に踏み切ったのだという。

 

 『年甲斐もなくはしゃいでしまった』と笑う族長の顔には、まるで少年のような輝きがあった。

 本心から楽しんでいるのが分かる。

 こういう準備期間が一番ワクワクするという話は、聞いたことがある。

 

 建物は、中央に広大な広場。その周囲を囲うように、規則的な座席群が配置されている。

 明らかに、里の人口を超える収容力だ。講演後に外部の人間を呼び込んで、何かするつもりなのかもしれない。

 あるいは見栄え優先で、そこまで考慮していない可能性もあるが。

 

 天井は吹き抜け。見上げれば、空高くに太陽が昇っていた。

 構造のモチーフは闘技場だろう。類似点が多い。

 

 ふと隣を見ると、ウィズが真っ青な顔でぷるぷると震えていた。

 その様子は、動作に支障をきたした粗悪品のゴーレムを彷彿とさせる。

 元々は少数の生徒を相手にするはずだったのが、想像を遥かに超えて巨大化した状況に、ものの見事に飲まれているのだろう。

 

 これも仕込みかとでも言いたげな、鋭い視線がこちらを射抜く。

 いやいや。こんなのは私だって想定していない。

 紅魔族がここまでの能力を持っているとも、実行に移すとも思っていなかった。見積もりが甘かったのは認める。

 

 なお、建物が広すぎて、講演者であるウィズの顔が遠方からは見えない。

 この問題については、使い魔と魔道具の合わせ技で解決するという。

 見張り用の使い魔をカメラ代わりに視界を共有し、それを魔道具で映像化して、大画面に中継するのだ。

 音声も、拡声用の魔道具ないし魔法で隅々まで行き届かせるとのこと。

 ……思いつきの割に、やたらと周到だ。ここまで来ると脱帽するしかない。

 

 解説を聞き終えた直後、ウィズの口から空気の抜けるような音が漏れた。

 言葉になり損ねた悲鳴だった。

 

 その後、族長から『何か要望や心配事はないか』と尋ねられた。

 私は一瞬黙考し、概ね考えがまとまったところで挙手する。

 縋るような視線を向けるウィズの横顔を横目に、口を開いた。

 

 ――その映像と音声、記憶媒体に残して複製できないか、と。

 

 規模の大きさには面食らったが、よくよく考えてみれば、私にとって不利益のある展開ではない。

 エンジョイしている族長らに水を差す理由もない。好きにやらせておけばいい。

 映像記録は、仮面悪魔への土産として、今度魔王城へ送付しておこう。

 

 ――なおこの後、ウィズの猛烈な反発を受け、講演は急遽、大幅に縮小されることが決まった。

 

 


 

 

【紅魔の里観光四日目(講演前)】

 講演当日。

 

 あれから吹っ切れたウィズがガンガン意見を述べた結果、講演は教室で、一クラス十人ほどを対象とする形式に落ち着いた。

 大規模から一転して、すっかりこぢんまりとしたものに。が、不満の声は特に上がらなかった。

 むしろ、講演を口実にド派手な建造ラッシュを堪能しきった紅魔族たちは、どこか満ち足りた表情すら浮かべていた。

 要するに連中、初めから悪ふざけが過ぎる自覚があったのだ。誰も止めないから暴走しただけで。

 

 ともあれ。心の余裕を取り戻したウィズは、ほっと安堵の息を漏らしていた。

 あるいは気分転換に入ってきたという混浴温泉も、精神の安定に寄与しているのかもしれない。

 あの施設、蓋を開けてみれば混浴でも温泉でもない、普通の大衆浴場だったけど。

 

 とはいえ、まだ不安は残っているようで。ことあるごとに『代打で喋ってくれないか』と私に打診してくる。

 この手のトークが、私の得意分野だからだろう。

 

 だが、今回は無理だ。

 この講演は、ウィズがアークウィザードにして超一流の冒険者だったという経歴があるからこそ成立している。

 そこへ、冒険者カードを所持してるだけのなんちゃってプリーストがしゃしゃり出た日には、英雄を心待ちにしていた少女たちの瞳が一瞬でドブ川色に濁るだろう。

 

 それに、何を話すかはあらかじめ私と打ち合わせ済みだ。質疑応答の想定までバッチリ。

 あとはテンプレートに沿って工程を消化するだけの、単純作業に過ぎない。

 加えて、クラスの担任もサポートに入る。何かあっても援護してくれるはず――と口にしかけて、私ははたと黙った。

 

 打ち合わせの折に紹介されたその教師、名をぷっちんと言う。

 良くも悪くも、紅魔族らしい人物だった。

 格好良さの探究に貪欲な一方で、それ以外の部分――主に足元がお留守とでも言うか。

 善性には信用が置ける。だが、頼みの綱としてはイマイチ信頼できない。

 

 『二人三脚で本番も乗り切ろう』と、ウィズが同意を求めてくる。

 それに対し、私は答えなかった。

 いや、正しくは――沈黙こそが答えだった。

 

 場に、不穏な静けさが漂う。

 一拍の間を置いて、その反応が意味するところを察したウィズの表情が引きつった。

 

 彼女には、あえて話していなかった。

 私は、講演に参加する気など端(はな)からない。

 講演がどう転ぼうが、大失敗さえしなければ知ったことではない。

 手隙の間は、校内を見学させてもらおうと思う。こんなチャンスも滅多にないし。

 

 では、そういうことで。

 状況を仕立て上げた元凶であることは棚に上げ、私は涼しい顔でその場を離れようとした。

 

 ――が、それは許されなかった。

 

 ガッと腕を掴まれ、ウィズに取り押さえられる。

 筋力の差で振り解けない。加えて、魔法による拘束での強制連行まで仄めかされた。

 お願いという名の脅しを受け、私は同行を強要されたのである。

 

 こうなっては、か弱い雇われ風情に拒否権はない。

 私は観念し、渋々講演に付き添うこととなったのだった。

 

 


 

 

【紅魔の里観光四日目(講演後)】

 講演は滞りなく終了した。

 無難すぎて、特筆すべきこともあまりない。

 

 強いてアクシデントを挙げるなら、戦闘時の魔法運用についての質問が飛んだときだろう。

 ウィズが答えた瞬間、教室の空気が凍りついた。ムード的な意味で。

 

 ウィズは今でこそこんなだが、現役時代はイケイケの武闘派で、魔王軍絶対ぶっ殺すウーマンだった。

 そんな彼女の語る戦闘理論は殺意が極まりすぎており、まだ実戦経験のない純真な子供たちからすればドン引きものだったらしい。

 しかも相手は紅魔族。生まれついての頭脳明晰な種族である。ウィズの話の中に潜む凶悪さを理解できてしまったのが、尚更まずかった。

 所詮素人の私では、そこまで気が回らずフォローしきれなかった。

 

 質問を投げたのは、ゆんゆんという、見るからに友達がいなさそうな少女だった。

 彼女には悪いことをした。血なまぐささを感じ取って、泣きそうになっていた。

 

 ところでこのゆんゆん、族長から聞いた一人娘と名前が一致する。

 当人も自己紹介で、紅魔族の長を目指していると宣言していた。

 ……さては、あの族長。娘可愛さでウィズをこのクラスに配したのか?

 

 生徒といえば、ねりまきの姿もあった。私たちが宿泊する宿の娘だ。

 奇遇のようで、里の人口を鑑みれば当然の帰結でもある。

 

 それともう一人。まさかの冒険者志望っぽい生徒がいた。

 

「我が名はめぐみん。紅魔族随一の天才にして、爆裂魔法を愛する者!」

 

 そう高らかに名乗りを上げた少女。名を、めぐみんと言う。

 

 爆裂魔法使い――そんなワードがふと脳裏をよぎる。

 いや、実際には魔法の一つも覚えていない、正真正銘の見習いなのだが。

 講演直前、ウィズの緊張を解そうと『どうして爆裂魔法を覚えたか』を語らせたのが、タイムリーすぎたらしい。恐らくその影響で、イメージが混線したのだろう。

 だがそれでも、いつか本当に爆裂魔法を修得するのでは……と思わせる雰囲気があったのなら、それはそれで凄い話ではある。

 

 紅魔族の中でも、さらに天才を自称する少女。

 ひょっとすると、将来的にはウィズすら超える逸材かもしれない――そんな予感さえ抱かせる。

 まあ常識的に見れば、爆裂魔法の習得はかなり先。主要な魔法を一通り修めた後の話になるだろう。

 何年かかるかは、見当もつかない。

 

 そんな彼女は、講演中ずっとウィズの話に前のめりで耳を傾けていた。

 冒険者という生き方に強い関心を抱いていることは、一目瞭然だった。

 瓢箪から駒とは、まさにこのことか。将来アクセルで冒険者となり、私たちの店の常連になる日が来るかもしれない。

 彼女の名前は、しっかりと覚えておくことにしよう。

 

 講演後のことも書いておこう。

 

 教職員たちと雑談する機会があり、その中で『養殖』の話題が上がった。

 紅魔族特有の、効率的なレベル上げの手法である。

 

 やり方はこうだ。

 まず、高レベルの者がモンスターを瀕死にまで追い込む。

 その動けなくなった個体に、レベルの低い者がとどめを刺す。

 経験値は最後に倒した者にしか入らない。その仕様を逆手に取った手法だ。

 

 この養殖を、里の学校では野外実習に組み込んでいるという。

 魔法を習得するにはスキルポイントが必要で、それを得るにはレベルアップか、希少なスキルアップポーションを服用するしかない。

 養殖の授業は、卒業への最短ルートというわけだ。

 

 ……が、これは私にとって目新しい話ではなかった。

 私もアクセルの共同墓地でレベルを上げるとき、ゾンビをウィズに無力化してもらい、とどめだけ刺している。あれと同じ理屈だ。

 

 合理性を突き詰めれば、やがて同じ解に収束するのは道理である。

 まあ、私の場合はノーコンすぎて動く敵に魔法を当てられないという、切実な事情もあるのだが。

 

 その話をすると甚く感心され、思考実験として、さらに効率的な養殖法を考えてみようという流れになった。

 

 そこで話題に上がったのが、安楽少女だった。

 経験値が多い割に攻撃力は皆無という、一風変わったモンスターだ。

 反撃してこないため、私でも安全に討伐できる。

 

 アクセルではごく稀にしか出現しないが、紅魔の里周辺は主な生息地となっている。

 愛くるしい少女の姿をした植物系モンスターで、危害を加えてこないどころか対話できる。むしろフレンドリーな部類に入る。

 そしてだからこそ、心情的にメチャクチャ討伐し辛い。

 

 だが、決して無害な生き物ではない。

 庇護欲をそそる容姿と振る舞いで相手を魅了し、そこに居座らせ、やがて餓死させるという厄介な生態をしている。

 

 私は、この安楽少女を使えると判じた。

 

 田畑の一角に、安楽少女畑を作ってはどうか。

 私は勢い良く提唱した。結構自信のあるアイデアだった。

 

 安楽少女には殺傷能力がない。家畜として安定供給する体制さえ整えれば、子供たちもより安全に養殖実習に臨める。

 栽培ノウハウはないが、何事も最初は手探りだ。モンスターは大抵タフだし、案外水と日光だけでも育つかもしれない。

 それならば、コスト面も大幅に抑えられる。

 

 それから、死骸のリサイクルも検討すべきだろう。

 そういえば、安楽少女に可食部や、魔法薬の素材としての適性はあっただろうか?

 

 そんなことを理路整然と語った結果、ドン引かれすぎて、場は一気にお通夜のような空気に包まれた。

 

 ……ダメですかね?

 この構想の妨げになりそうな因子って、人道とかいう、犬の餌にもならない非合理くらいだと思うのだけど。

 

 どうやらダメみたいなので、この発言は、ありもしない私の内に潜む闇人格のせいにしておいた。

 苦し紛れの言い訳があっさり通ってしまったことに、他ならぬ私が一番ビックリした。

 

 


 

 

【紅魔の里観光最終日(この後アクセルに帰還した)】

 今思えば私は、時たま倫理すら度外視してくる紅魔族の合理性に、共鳴めいた親近感を覚えていたのだろう。

 だが近似してはいても、根本はまるで別物だ。

 

 世の規範とはズレているだけで、彼らなりの道義的な線引きは持っている。

 一方で私は、それらを足を引っ張る枷と切り捨て、ただ利害計算にのみ基づいて動く。

 昨日の失敗は、その違いを見誤った必然だった。

 

 その思いを一層強めたのは、今朝のこと。

 早朝、目の下に濃い隈を刻みつつも終始ニコニコ笑みを絶やさない族長が宿を訪れ、数枚の紙を私に手渡してきた。

 

『静かなる闇を抱く者』

『背理せし冬枯れの巫女』

『忘れられた禁忌の紅魔』

 

 私の異名候補だそうだ。ワケが分からない。

 

 昨夜、里の有力者を招集して徹夜で協議したらしい。講演のお礼も兼ねているとか。

 興が乗って、皆でテンションに身を任せた結果、こうなったのだという。

 ……何をしているのだろう。それに、講演の主役はウィズであって、私はただ後ろに突っ立っていただけですけど?

 

 発端は、例の安楽少女案らしい。

 本人そっちのけで妄想が加速し、結論はこうなった。

 

 『前世において私は命と引き換えに邪神を封じた巫女であり、しかしその代償は大きく、今世の人格を蝕まんとする邪神の萌芽がすでに表に漏れ始めている。昨日の一件はその顕現だった』

 

 これが、紅魔族の妄想する真相とやらである。

 私の平常運転は、邪神の本性ということにされた。異名はそれをベースに考案されている。

 何だか、ナチュラルに紅魔族から同族扱いされているような気が。

 

 選んでほしいと言われた私は、無言で一番目を指差した。

 徹夜の労についても慰労する。

 このとき、異名の内容自体にはあえて言及しないのがポイントである。

 

 なお、ウィズには『氷の魔女』という異名が既にあるため、議題には上がらなかった。紅魔族の琴線に触れる異名らしい。

 ウィズ本人は、黒歴史として忘れたがっているようだけど。

 

 異名は里中に広めておくそうだ。

 ついでに私は、ウィズの異名もセットで流布するよう要求しておいた。

 もはや連中の好きにさせておくしかない。いずれバニルへの話のネタにしよう。

 

 さて、本来の目的である魔道具職人との面会について。

 

 覚悟を決めて訪れたが、肩透かしを食らった。職人の自宅を訪ねると、本人は不在だった。

 出迎えたのは、妙に肝の据わった、年端もいかない幼女がひとり。

 私が驚嘆したくらいには、将来大物になる雰囲気があった。

 

 いないものは仕方ない。

 ウィズからの手紙をその子に託し、引き上げるしかなかった。

 

 半端な幕切れになってしまった。

 ウィズが納得しないから、これは逆に難しい。

 だからといって、アクセルへの帰還を撤回して、やっぱりまだ里に残ると翻意されては堪らない。

 

 現に、そんなことを切り出しそうな様子だったので、私は先手を打って紅魔族ムーブで誤魔化すことにした。

 『今はまだ、我らの運命が交わる時ではなかったのだ』と。

 するとウィズが胡乱な目つきになり、よもや本当に私が紅魔族なのではと疑い出した。

 どうしてそうなるんですかね?

 

 まあ、ここ数日は友好のために、彼らのテンションに合わせて動いていた。

 異名案にも、私を同族と見ている節がある。

 とはいえ、共通点などごく僅か。紅魔族並みに高い魔力に、紅魔族すら凌駕する知力、髪が黒いこと。

 ……いざ羅列してみると、意外と多い。

 いやでも、瞳の色は違うし。目が光ったこともない。

 

 ともあれ、切り札を切らずに済んだのは僥倖だった。

 あれは必殺な反面、切りどころを誤るとウィズがマジギレする諸刃の剣だ。

 切り札とは、魔法の言葉。それを唱えれば、嫁き遅れ女の行動をピタリと止められる。

 強引に振り払えば、アクセル中にウィズの実年齢が知れ渡るという摩訶不思議な現象が発生する。

 またの名を、脅迫とも言う。

 

 彼女は『二十歳でまだまだ若い』と常々言い張っているのに、何を気に病んでいるのやら。

 実際、冒険者を引退したのも二十歳、魔王城で私と出会ったのも二十歳だった。

 あと、私との年齢差がなぜか年々縮まるという怪奇現象が起きている。

 

 私が誕生日を迎える度に、残酷な時間の流れを直視したウィズの目が死んでいっている。

 年齢詐称……いや、何でもない。

 

 このままいけば、再来年の終わりに、私はウィズの年齢を追い抜く。

 そのとき、彼女は一体どうなってしまうのだろうか。

 

 


 

 

【慰安旅行ドリス編、始動】

 突飛なことをした反動で、少し疲れが出たのだろう。

 ウィズは、主にメンタル面の疲労が抜け切っていないようだった。

 

 一時はどうなることかと思ったが、帰宅して以降は、紅魔の職人に再訪しようとする気配を見せていない。

 ……今のところは。

 

 ちょうど良かった。

 彼女が店を空けていた間、できる部下である私は、留守番がてらドリスへの旅行を手配しておいたのだ。

 

 ほら。里の一件を除いても、近頃は何かと出張続きだったし。

 ドリスは、温泉で名高い観光街。

 そして彼女が大の温泉好きであることは、私もよく知るところ。

 確か紅魔の里の温泉が、そういう名称なだけのただの銭湯と判明してガッカリしていただろう。

 本物の温泉で心身共にリフレッシュして、心機一転また頑張ろう。

 

 ああ、もちろん。

 ドリスを満喫したウィズは、いつでも温泉に入れるように、転送先に登録したくなるだろう。

 既存の登録先からは、消去法で紅魔の里が外れることになる。

 

 無論、私は賛成しよう。

 仕事一辺倒では肩が凝るし、適度な息抜きは必要不可欠だ。

 

 そして何よりも。

 ガラクタ職人と手を取り合った際の損失を思えば、たかだか旅費程度で里の諸々をコロッと忘却してくれるのなら、安い出費に決まっている。

 ウィズを温泉漬けにし、何もかもを有耶無耶にする。

 これは決定事項だ。何としてでもやり遂げねばならない。

 

 私の所感として、里やそこの住民のことは嫌いではなかった。

 だが、それとこれとは話が別だ。




・四つ目のテレポート枠
Web版では、テレポートのスキルレベルが上がると登録枠が増えると示唆されている。本作ではその設定を採用する。
書籍版では、スキルレベルの概念自体が登場しない。

・紅魔の里の天候
魔法で天候を操作しているため、基本快晴。原作十四巻より。
到着初日が雨上がりの曇り空だったのは、『爆焔』一巻でぷっちんが雷雨を呼び込み制御不能に陥るトラブルを、紅魔族がようやく収めた直後だった――という暗示だったりする。

・哨戒するぶっころりー
紅魔の里には対魔王軍遊撃部隊(レッドアイ・デッドスレイヤー)なる、自警団を自称する集まりがある。
……が、その実態は暇を持て余したニート達が、見回りと称して散歩しているだけ。
主人公もぶっころりーの立ち振る舞いから、何となく虚飾の匂いは嗅ぎ取っていた。
ただしこの時点では情報が足りなかったため、あえて言及はせずに流した。

・冒険者は男社会
『愚か者』七巻二章より。
アクセルでは女性冒険者が比較的多い傾向にあるが、それでも割合としては男性の方が多い。

・テレビの生中継
さすがにそこまではやってないと思うが、アニメでは機動要塞の偵察映像をギルドで流したり、メモリアルファンブック書き下ろし小説『ダンジョンマスターは世知辛い』でもダンジョン内の様子を水晶玉に映したりと、それっぽいことが出来そうな土台はある。
静止画の記録に関しては、魔道カメラが既に実用化されている。

・ドリス
Web版でのみ登場する平和な温泉街。
ここで起きるイベントの多くは、書籍版での四巻、十巻に吸収されている。
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