とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

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4-7 族長試練③

【試練の二日目】

 アルカンレティアのセレスディナから、悲鳴染みた矢の催促が飛んできた。

 

 昨日に続き、連日の手紙攻勢である。今日もウィズが、店宛ての手紙を持ってきた。

 アクセル宛てということは、昨日私が紅魔の里から発送した返信は、まだ届いていないのだろう。私の不在を知らないものと思われる。

 まあ、結果的に届いてはいるけども。

 

 中身は、またしてもヘルプの要請。

 前回はまだ余裕が感じられたが、今日はもはや形振り構っていられない様子。必死さの質が違う。

 普段のやり取りでは、検閲を含め第三者の目に触れる可能性を警戒し、文面には細心の注意が払われている。

 ところが今回は、その配慮すらかなぐり捨てていた。取り繕う暇すら惜しいとばかりの、乱暴な文体だ。

 

 『このままだと教団が本気でヤバいから、呑気に様子見決め込んでないでさっさと助けろお願いしますマジで』と。

 罵倒なのか懇願なのか判然としない文が、ストレートに綴られている。

 私が動かないのを、面倒がって敬遠していると正しく見抜いているようだ。

 

 というのも、あれから事態はさらに悪化した。

 アクシズ教徒一同が、本格的にレジーナ教徒への嫌がらせを開始したのだ。

 個々の被害だけ見れば、そこまで深刻ではない。エリス教徒に対するそれと比べれば、幾分かマシな部類だろう。

 

 しかし今度は、個人レベルの話ではない。街中の信者が一丸となり、同じ方向を向いている。

 それで小さな被害が積もり積もって、目を覆う惨状と化してしまっている。

 アクアは、レジーナ教団へ焼きを入れにアルカンレティアを訪れたという本来の趣旨を、ようやく思い出したらしい。

 

 これ以上無視を貫くのも、それはそれで後が怖い。

 前の大火傷で懲りた身としては、正直アクシズ教には関わり合いになりたくない。だが、そうも言ってられなくなってきた。

 立て続けの速達便に、内容までは知らないウィズも、何かを察したらしい。直接問いただしてはこないものの、物言いたげな視線が無言の圧力をかけてくる。

 仕方なく掻い摘んで事情を話し、カズマをアルカンレティアに連れて行って、アクアを止めてほしいと頼んだ。

 アクアさえどうにかできれば、恐らく騒動は収束する。そして、あの駄犬の対処は、私よりも保護者のほうが適任だ。

 

 併せて、セレスディナに宛てた説明用の手紙も認(したた)めて預けておく。

 受け取ったウィズはというと、魔王軍時代の知人と会えるのが少し楽しみだと、どこか浮ついた気配を漂わせていた。

 同窓会じゃないんですけどね。

 彼女は、セレスディナが自ら魔王軍と袂を分かち人間側に与したと思っている。それで仲間意識でも覚えているのかもしれない。

 

 この件はそこまでにして、別の話をしよう。

 

 珍しく在宅中だというガラクタ職人夫妻に会ってきた。

 店の財政を圧迫するひょいざぶろーの存在を知ってから、早二年。間が悪いのか、顔を合わせる機会が今まで一度もなかった。

 めぐみんの両親ということで、私にとってはご先祖に相当する。

 店員としては、ポンコツ店主が仕入れ先として贔屓にする怨敵に等しい。何かと因縁のある相手だ。

 

 そんな一家の家へいざ足を運び、目を丸くした。

 見慣れたボロ屋が、消えていた。代わりに真新しい立派な一軒家が建っている。

 唖然とした。初めは、とうとう立ち退きを食らい、空いた土地に別の住人が越してきたのかと思った。

 実際は、先日の魔王軍侵攻で家が潰れ、借金して建て直しただけだったが。

 

 それはさておいて。

 色々言いたいことはあったが、今日のところは普通に閑談だけして引き返した。

 

 できることなら、店長が結んだ使えないゴミを優先的に買い取るという頭の痛い契約を断ち切るため、探りを入れたかった。

 だが夫はともかく、妻のゆいゆいが油断ならない。タイプこそ違えど、目的のためなら手段を選ばない姿勢が、私とよく似ている。

 突然の訪問ながら、こちらの思惑におおよその見当をつけていたのだろう。圧力をかけつつ、逆に情報を引き出そうとしてきた。

 あれで確信まで持たれていたら、問答無用のスリープで眠らされ、宿屋に叩き返されていた予感がある。

 

 調査はまた次の機会を待とう。今日のところは、親交のある娘たちをネタに盛り上がった。

 ……そっちはそっちで、藪蛇だったけれど。

 

 貧乏で散々苦労した反動か、ゆいゆいは、めぐみんを金銭的に裕福なカズマの元へ嫁がせることが娘の幸せに繋がると信じている。

 そのためならば、あらゆる手を尽くす所存だ。

 私がカズマと交流があると知るや、彼の周囲の女についてあれこれ問い詰められた。

 娘の結婚を阻む障害――恋敵となる輩がいるなら、それとなく排除して援護するつもりらしい。

 

 特筆すべきは、その警戒対象に私まで含まれていたことだ。杞憂にも程がある。

 そうした事情もあり、室内の雰囲気は表面上こそ和やかだったが、その実、締め付けるような重苦しさに満ちていた。

 対談というより、尋問に近かった。

 これに関してひょいざぶろーが、『私とゆいゆいの背後に龍と虎を幻視した』などと訳の分からない証言をしている。

 なお本人はその重圧に耐えかねて、仕事を言い訳に工房へ逃げ込んでいた。日頃の夫婦間の力関係が窺い知れる。

 

 最後になったが、第二試練について。

 大いに苦戦した第一試錬とは打って変わり、拍子抜けするほどあっさりクリアした。

 

 課題は、格好良いポーズと名乗りを披露し、紅魔族を満足させること。センスの真価を問う試練だ。

 恥ずかしがり屋なゆんゆんには、拷問さながらの仕打ちと言えよう。

 だが相方のイリスは違う。擦れていない、向かうところ敵なしのお子様にとって、この試練に恥じらう要素などない。

 そもそも初日から紅魔族の風習を無邪気に吸収し、あっという間に里へ溶け込んだ剛の者なのだ。

 

 試練は、ノリノリのイリスが躊躇うぼっちを牽引する形にて突破。

 攻略時間、たったの十分である。

 

 これに関して護衛組の片割れレインは、ここまでの課題内容の適当さに困惑を隠せずにいた。至って常識的な反応と言える。

 対するクレア。主君が目覚ましい活躍を見せたという一点のみに着目し、ひたすら感動していた。他はすべて些事として、眼中にもない。

 王女を連れ出した手前、機嫌を損ねられても困るのだが、それでいいのか。

 

 ……いや、いいのだろう。

 思えばこの女、昨日もこんな調子だった。アイリス王女が絡んでいれば何でもいいのだ。

 きっと、路傍の小石を蹴っ飛ばしただけでも感涙に咽ぶに違いない。

 

 


 

 

【大雪につき本日の試練は中止】

 前にも書いたように、族長試練最後の課題は、強力なモンスターが跋扈する紅魔の森で一晩を過ごすこと。

 こればかりは昔からの伝統で、内容は毎回固定だ。

 どこか緩さのあった前二つの試練とは、明らかに毛色が違う。ラストだけはガチな上に、殺意が高い。

 

 本来は今夜から始まるはずだった試練だが、今朝がた天候が崩れた影響で明日に延期となった。

 紅魔の里を、季節外れの猛吹雪が吹き荒れたのだ。

 

 肌寒さが増してきたとはいえ、季節はまだ秋の終わり。

 私の一日は、ねりまきに冬服を借りるところから始まった。まさかこの時期に雪へ見舞われるとは予想しておらず、防寒具を持参していなかったのだ。

 窓越しに眺めた外は、一面の銀世界。景色は一夜にして様変わりしていた。

 もっとも早朝はまだ吹雪いており、ロクに視界も利かなかったが。

 

 この大雪は、例年より早起きした冬将軍が荒ぶったわけではない。

 直截に言うと、学校教師のぷっちんが名乗りの仕込みでやらかしたのだ。

 脈絡がないように聞こえるだろうが、名乗りの演出用に天候操作の護符を大量投入したところ、制御不能に陥って暴走したらしい。

 そんな裏事情を、後ほどゆんゆんからこっそり教えてもらった。

 

 表向き、この異常気象は侵攻作戦に失敗した魔王軍による、せめてもの意趣返しということになっている。

 子供の模範となるべき教職者は、どうやら責任の所在を魔王軍に擦り付けることにしたらしい。

 

 身内だけの話なら、笑い話で済んだだろう。

 しかし、彼らは失念していた。

 現在の里には客人がいる。それも、国政に携わるような大物が。

 

 クレアは、紅魔族のノリをまだ理解していなかった。

 故に出任せを真に受け、由々しき事態だと色めき立った。

 魔王軍の手先が里の近辺まで潜入した可能性がある。他にも何らかの工作が行われているかもしれない。もはや試練どころではなく、直ちに帰還して対策を協議すべきだ――。

 畳み掛けるように主張する彼女の弁は、至極もっともだった。

 

 ……正論だ。正論なのだが、里の住民はポカンとした顔つきになった。

 何か都合の悪い出来事が起きれば、とりあえず魔王や邪神のせいにする。それが彼らの常套手段だ。

 ローカルネタが通じないどころか無駄に深刻に受け止められ、誰もが二の句を継げずにいた。

 イリスたちがやんごとなき身分であることは、この数日で紅魔族も察している。

 国を巻き込む騒動へ発展しかねない気配に、さすがの連中も『これは少々不味いのでは』と焦り始めた。

 

 なお、紅魔族の習性を学んでいたイリスは、薄々真相に勘付いていたらしい。

 彼女がそれとなくフォローへ回らなければ、事態はもっとややこしい方向へ転がっていただろう。

 

 結論だけ述べると、どうにか言い包(くる)めることに成功し、イリスたちは引き続き里に滞在することになった。

 すべては一人のアホによる不始末という真実を、クレアが知ることは結局なかった。

 お上からの叱責を恐れたのか、紅魔族は事の真相を隠し通すことにしたらしい。

 

 田舎特有の酷い陰蔽体質を見た――と思うも、ふと思い出す。

 そういえば彼ら、ウォルバクやレジーナの封印が解けた不祥事も国に報告していない。今さらだったか。

 

 それはさておき。

 降り積もった雪に、イリスは目を輝かせた。一面を白く染め上げた雪景色へ飛び込み、年相応にはしゃいでいた。

 王都でも雪は降る。箱入り娘とはいえ、雪そのものが初体験というわけではないらしい。

 ただ立場上、こうして雪遊びに興じる機会などそうそうなかったのだろう。

 年端もいかない少女にとっては、新鮮な体験だったようだ。ゆんゆんと並んで雪だるまなどを作っていた。

 

 なお里周辺に積もった雪は、邪魔だからと紅魔族総出の魔法によってサクッと一掃された。

 日没前には作業も終わり、里は平時の姿を取り戻す。

 その光景に、とりわけレインが愕然としていた。

 知識としては知っていたものの、紅魔族の大規模な魔法運用を目の当たりにし、カルチャーショックを受けたらしい。

 

 ちなみに、二人が頑張って作った雪だるまは、目を離した隙に無神経な紅魔族が他の雪とまとめて処分してしまった。

 そのことに、イリスは涙目となった。ご愁傷さまです。

 

 


 

 

【最終試練は今夜から開始】

 アクセルへ紅魔族を送り込む計画が、にわかに動き始めている。

 どうやらこれ、イリスが導線になっているらしい。

 

 端的に言えば、めぐみん盗賊団案件である。

 まともに会話もできないコミュ障と、良家のお姫様。

 接点がなさすぎる。ゆんゆんをよく知る紅魔族からすれば、両者がどう知り合ったのかは完全なミステリーだった。不可解極まりない。

 

 そこを発端に、二人の交遊にめぐみん盗賊団が絡んでいると、彼らは知るに至った。

 盗賊団については、ゆんゆんが過去の手紙で故郷に知らせている。殊更に隠し立てする所以もない。

 

 手紙を送った当時、面白そうだからと交ざりたがる同胞が大挙して湧いた。その記憶が呼び水となり、やる気が再燃したらしい。

 折よく魔王の大軍を退けた直後で、里は当面安全。余裕がある。

 結果、盗賊団の人員を募る応募抽選がいつの間にか始まり、そして終わっていた。

 私やゆんゆんがその事実を知ったのは、派遣メンバーの引率代表が挨拶に現れた段階のこと。

 完全に事後だった。手遅れ、と言う他ない。

 

 リーダーはあるえ。ゆんゆんの元同級生で、小説家だ。

 これまで手記で取り上げたことはなかったと思うが、里を何度か訪ねる中で私も面識自体はある。

 

 もっとも、リーダーとは名ばかり。

 実態は、魔王軍によるアクセル襲撃への援軍という名目を隠れ蓑に、陰で正義の義賊ごっこを全力で満喫しようとしている変人集団のトップに過ぎない。

 作家なんて半分ニートみたいなものだし、どうせ暇だろう――という周囲の偏見により、面倒かつ損な役回りを押し付けられたのだと愚痴っていた。

 ちなみに、紙一重どころか本物のニートもメンバーの中には混じっていたが、さしもの彼らにも社会のゴミをリーダーに戴くことを恥と思う程度の矜持はあった。

 

 当事者そっちのけで進行する企みを知り、ゆんゆんは瞠目。今からでも食い止めようと、あちこち奔走していた。

 めぐみん盗賊団が活動を終えたと告げても、紅魔族側は『ならば新規の盗賊団として旗揚げするまでだ』と言い放っているらしい。

 是非とも阻止してほしい。

 ただ、アクセル行きの名目はちゃんとしたものであるだけに、すべてを押さえ込むのは恐らく厳しい。

 

 話を変えよう。

 第三試練を目前に控えた昼下がり。私と同じ宿に泊まる神器、聖鎧アイギスが、イリスの装備品となる衝撃事件が勃発した。

 

 遭遇は単なる事故だった。

 元より狭い里だ。そんなこともある。

 私が意図して、下品極まりないセクハラ鎧を純朴な少女と引き合わせたわけではない。そんな真似をしたら、クレアにぶった斬られる。

 

 アイギスを装備させればイリスの戦力アップに繋がる――その発想自体はあった。

 だが提案するにしても、一度試練に躓いてからの腹積もりだった。

 試練は三度までチャレンジできる。まだ初回の現状で、そこまで急く必要はない。

 イリスたちも、リトライを織り込んでスケジュールを組んでいる。

 

 二人の邂逅は、少なくともアイギスにとって、雷に打たれたような衝撃だったらしい。

 この鎧には、目にした相手の戦士としての資質を見抜く観察眼がある。使い手を見極めるための機能なのだろう。

 それに照らせば、人類最強クラスの剣士たるイリスは文句なしの最上評価。

 何より、美少女だ。むさい野郎ではない。

 さらにイリスから母親の写真まで見せられ、将(・)来(・)性(・)にも大いに期待できると判断したスケベ鎧は、テンションを跳ね上げた。

 

 ここまで条件が揃えば非の打ちどころがない。アイギスは瞬く間にイリスを気に入った。

 イリスとしても、ぜひ装備してほしいという神器からの申し出を断る理由はなく、トントン拍子で彼女の所持品へと収まった。

 余談だが、傘下に入って王女の本名を聞かされたアイギスは、『名前が似ているのに運命を感じる』などと調子のいいことをほざいていた。

 

 今晩の試練には、装備枠でアイギスも参加する。

 イリスがこの度のために持ち込んだ武器は、王家に代々伝わる神器の聖剣。にもかかわらず、防具まで神器で固まってしまった。

 装備など関係なく、素の実力だけで十分すぎるほど強いのに。

 

 今すぐ魔王軍幹部との一騎討ちに臨めそうな決戦仕様。

 高レベルモンスターが蔓延(はびこ)る紅魔の森とはいえ、さすがにオーバースペックだろう。

 しかも後衛には、アークウィザードのゆんゆんまで控えている。

 

 族長試練が終われば、アイギスはイリスに随行して里を発つという。

 紅魔族の美人を拝みに遥々足を運んだ当人曰く、『そっちはもういい』とのこと。

 随分とまあ、自由で気紛れなことで。

 

 ……いや、アイギスを捜して今も紅魔の里へ向かっている最中のミツルギキョウヤは?

 

 


 

 

【チャッピーって誰だ】

 ゆんゆんが次期族長に決まった。

 

 最後の試練を、見事乗り越えたのだ。

 昨日まではあくまで族長の娘で、次期族長を志す一人の少女に過ぎなかった。

 それが三つの試練をクリアした今、晴れて次期リーダーの座を勝ち取った。

 激闘の疲れを癒やすように眠りについた二人が目を覚ますと、一族を挙げての祝宴へと突入した。

 

 羽目を外した人々で祭りは騒々しく、平穏とは程遠い。

 酒も回って宴もたけなわという頃には、剣と魔法が飛び交う派手な喧嘩まで生じた。

 まあ、相手が相手だから乱痴気騒ぎ程度に落ち着いただけで、片方は本気で殺しにかかっていたが。

 

 セクハラ大好きアイギスが、ゆんゆんとイリスを揶揄する下ネタを口にしたのだ。

 酒席という状況を加味すれば、軽口として流せる範疇ではあった。

 しかし、何だかんだ娘を溺愛する族長と、王女を偏愛する存在そのものが教育によろしくない教育係クレアは、これに我慢ならずブチ切れた。

 

 二人は、アイギスという共通の敵を前に自然と結託する。

 即席タッグにもかかわらず、まるで長年組んできた名コンビのごとき阿吽の呼吸を発揮。そこらの騎士や冒険者が相手なら、何もさせぬまま確殺できる苛烈な連撃を叩き込んだ。

 

 急に解説役ムーブを始めた紅魔族曰く、この連携は偶然の産物らしい。

 不届き者を始末してやるとの双方の殺意の波長が噛み合い、その場限りの以心伝心が奇跡的に成立した――と。

 なお、真偽は定かでない。所詮は酔っ払いの戯言である。

 

 もっとも、そんな鬼気迫る立ち回りも無力だった。

 スキル無効、魔法無効、総オリハルコン製の伝説級の鎧が相手では、傷をつけることすら困難。

 結局、新たな挑発材料を与えただけに終わった。

 

 そんな一幕は置いておき。

 祭りの中心で、主役のゆんゆんは感慨に耽った。

 次期族長に認められた功績を引っ提げて、ここにいないライバルに胸を張って勝利宣言するのだと、しんみりとした口調で吐露する。

 

 ――しかしそんな湿っぽいムードが災いしたのか。図ったようなタイミングで、空気をぶち壊しにされた。

 災厄のホットスポットたるアルカンレティアより、カオスギガ盛りセットのお知らせが舞い込んできた。

 

 ゆんゆんに、交信魔法での通信が入る。

 この場にいる紅魔族が、わざわざそんな魔法を使うはずがない。交友関係を鑑みれば、相手はウィズ一択。

 案の定その通りで、用件は私がウィズを送り出して以来ずっと音沙汰のなかった、アルカンレティアの近況報告だった。

 私が交信魔法を扱えないため、代わりにゆんゆんへ連絡したらしい。

 

 通信を終えたゆんゆんが、その内容を私へ共有する。

 ただ、当の本人も話を咀嚼しきれていないようで、語り口には困惑が滲んでいた。

 

 ウィズからの報告は以下の通り。

 カズマパーティーと共にアルカンレティアへ赴いた後、何やかんやあって源泉に潜伏していた魔王軍幹部チャッピーを討伐。

 決まり手は、爆裂魔の爆裂魔法。

 討伐メンバーはカズマ、アクア、めぐみん、ダクネス、セシリー、ウィズ、ミツルギ、そしてセレスディナ。

 

 その後は、アクシズ教団とレジーナ教団による合同祝勝会へ突入。

 ウィズ自身は二日酔いと、例によってアクアの浄化に巻き込まれてダウン。今なおテレポートを使うには不安が残る体調らしい。

 使い勝手のイマイチな交信魔法を言伝に用いたのも、そのためだという。

 

 あと、セレスディナが契約違反を犯し、罰としてバニルに身柄を差し押さえられたとか。

 他はゆんゆんへの祝いの言葉なので、省く。

 

 ……一体全体、アルカンレティアで何が起きたのか。私でも皆目見当がつかない。

 いや、本当に何があった。

 どこがおかしいというより、おかしくない箇所がひとつも無い。

 

 アクシズ教が絡む以上、一筋縄ではいかないだろうとは思っていたが。相変わらず、当然のように想定を超えてくる。

 私は、レジーナ教徒をいじめ倒す迷惑女神の制止を目的として、ウィズたちを送り込んだはずなのだが……。

 交信魔法は便利な代物とは言い難い。その上ウィズが不調となれば、情報が断片的になるのも無理はない。

 

 善意で寄越してくれたのだろうウィズの便りは、細部を端折りすぎたせいで、かえって余計な混乱を誘発していた。

 

 釈然としないが。ゆんゆんが次期族長の座を射止めたように、めぐみんもまた競うように大物を仕留める功績を挙げたらしい。

 チャッピーとやらが何者なのかは、私にもさっぱり分からないけれど。

 

 


 

 

【世は並べて事も無し?】

 アクセルへ帰還した後、ウィズから改めてアルカンレティアでの顛末を聞かされた。

 

 あの日、私の話を受けた彼女はアクセルへとんぼ返りし、その足でカズマの屋敷を訪(おとな)った。

 カズマたちも、アクアの外出自体は把握していた。

 何なら同行まで求められたものの、行き先も目的も論外だったため全員が拒否。出かけるアクアを三人で見送っている。

 

 セシリーが同行している以上、それはそれで別種の不安が湧く。

 とはいえ、おバカな駄女神といえど最低限の分別はあるはず。案外、寄り道でもして遊び呆けているのでは――。

 アクアの意気込みを、カズマたちは端(はな)から話半分に聞き流していた。

 そんな砂糖菓子より甘い見立てでのほほんと構えていた三人は、ウィズがもたらした予想外の知らせに冷や水を浴びせられる。大慌てでアクアの回収へと向かうことになった。

 

 その後は、カズマが両教団の関係者から聞き取りを行うなど奔走。

 その甲斐あって、暴徒と化しかけていたアクア率いるアクシズ教徒は沈静化し、街も一時の平穏を取り戻す。

 とはいえ、小康状態に過ぎない。

 アクアは未だ納得しておらず、梃子でも街を動こうとしない。さて、どうしたものか。

 

 そんな状況下で、カズマらは別件に着手することとなる。

 元温泉から大量のところてんスライムが突如湧き出し、温泉を繋ぐパイプを伝って各所で食料を盗むトラブルが相次いでいた。

 心当たりがあったのはセシリー。かつて取っておいたところてんスライムに脱走された苦い経験を持つ彼女は、我が身を振り返ってスライムの発生源に思い当たる。

 そのため証拠の隠滅――もとい、街を愛する心の発露として、駆除を提言したのだった。

 

 なお、ひと足早くレジーナ教団も同じ問題に取り組んでいた。

 本来、宗教団体が首を突っ込む案件ではない。

 だが彼らの場合、セレスディナが主導するイメージアップ戦略の一環として、得点稼ぎを狙って解決に勤しんでいた。

 

 一見、取るに足りないこの事件。

 もしこの時点で背後に潜む黒幕の正体にセレスディナが思い至っていたなら、一旦立ち止まっていただろう。

 あるいは、そのまま手を引いていたかもしれない。

 だが現実には、決定的な局面を迎えるまで見落とし続け、最悪に近いタイミングで事態の核心へと身を投じてしまう。

 なお、バニルに言わせれば、ただの喜劇である。

 

 カズマとセレスディナ、両陣営はほぼ同時に、源泉にスライムを統率する元凶がいるとの推論に至った。

 そして両教団は共同で源泉へ向かうこととなる。

 協力して解決に当たることでわだかまり解消の糸口にする狙いもあれば、源泉での戦闘を見込んで手を組んだ方が得策との打算もあったのだろう。

 セレスディナ視点ではウィズを、カズマにとってはミツルギを、それぞれ戦力として当てにできる。

 

 なぜミツルギがそこにいたのかといえば、私が依頼したセレスディナ宛ての手紙が原因である。

 その配達をきっかけに、レジーナ教側の立場で一連の渦中へ思いっきり引きずり込まれていたらしい。

 カズマが事態を収束させるまで、両者の仲を取り持とうと孤軍奮闘していたとか。

 

 ……なお、そうして無駄足を踏んでいる間に、アイギスは王女へ鞍替えし、里を出た。

 しかもミツルギはそれを知らぬまま、今も旅を続けている。

 可哀そう。

 

 乗り込んだ源泉で待ち受けていたのは、かつて討伐されたはずの魔王軍幹部――チャッピーことハンスだった。

 もっとも全盛期とは比べるべくもなく弱体化しており、再会当初は記憶を失い、自分が何者なのかすら覚えていなかったが。

 

 ちなみに『チャッピー』とは、ハンスを自分の元から逃げ出したところてんスライムと勘違いしたセシリーによる命名らしい。

 当のハンスは否定した。だが、その後爆裂しためぐみんが冒険者カードの討伐欄をチェックすると、なぜか本当にチャッピーになっていたそうな。

 

 記憶を取り戻したハンスは、以前一戦交えたウィズに対しては、今さら特に反応を示さなかった。

 だが、セレスディナに関しては別だ。明白な動揺を滲ませる。

 無理もない。ハンスの最期の記憶の中で、彼女はまだ魔王軍の同僚だったのだから。

 

 そして、こんなときに限って察しの良いウィズ。良かれと思って、セレスディナの今の境遇を懇切丁寧に説明してしまう。

 補足すると、ウィズはセレスディナが自らの意思で魔王軍から離反し、人類側へ寝返ったものと誤解している。世間の認識も同様だ。

 

 当然の帰結として、ウィズの説明にハンスはキレた。

 裏切り者、とセレスディナを口汚く罵る。

 その過程で、地味にこれまで表沙汰になっていなかった『謀略と諜報担当の魔王軍幹部』という前歴が、さしたる意図もなく暴露される。

 

 この場におけるセレスディナは、最弱の駒。取れる選択肢などほとんどない。

 一方、弱っている上にウィズまで敵に回したハンスは、もはや風前の灯火も同然。

 だからこそ開き直ったのか、あるいは冷徹な合理的判断か。彼女は毅然と魔王軍との決別を宣言し、旗色を鮮明にした。

 ……そう体裁を取り繕っただけで瞳は死んでいて、心中が諦観に満ちていただろうことは想像に難くないけど。

 

 そして開戦するも――真面目に戦おうとしていたミツルギの横から、めぐみんが手柄を掠め取るように不意討ち爆裂を撃ち込み、即終戦した。

 

 その結果、当人の意思とは裏腹に、セレスディナは『復活した魔王軍幹部を再討伐した功労者』の一人として、世間に喧伝される運びとなった。

 元魔王軍という色眼鏡から、彼女を解放してあげよう――そんな善意によって。

 彼女、まだ割り切れていないのに。

 いち早くスライム問題に着手し、独力で源泉の真相へ辿り着いたのは事実。一応、世評に見合うだけの貢献はしている。

 この件は、いずれ魔王の耳にも届くことだろう。

 

 それからは、アクシズ教とレジーナ教が轡を並べてハンスを退治したことを記念し、両教団合同の酒宴が催された。

 そして翌日、ウィズからの魔法による報告へと、話は繋がっていく。

 

 ちなみに、アクアがレジーナ教団に抱いていた隔意は、皆で杯を酌み交わすうちに綺麗さっぱり霧散した。

 あと、両教団の信者同士の関係も改善した。

 最初から宗派の垣根を取っ払って宴会させておけば、丸く収まっていたらしい。……これまでの苦難と努力は、一体何だったのか。

 もっとも、手を取り合って強敵を打ち倒した達成感あってこそ、かもしれないが。

 

 斯くして、セレスディナだけは終始振り回されたものの、概ね大団円で幕を閉じた。めでたし、めでたし。

 ――と締め括りたいところだが、もう少しだけ話は続く。

 

 時計をほんの少し巻き戻す。酒盛りが始まる直前のこと。

 アクセルで留守番しているはずのバニルが、ウィズと談笑していたセレスディナの前に、ひょっこり姿を現した。

 そして開口一番、契約破りを糾弾する。

 これにセレスディナは仰天した。身に覚えがなかったからだ。

 

 その契約とは、彼女がまだ魔王軍幹部だった頃、アルカンレティアで仮面悪魔と交わした取引を指す。

 このとき彼女は、『ウィズ魔道具店の情報を魔王軍に漏らさない』と誓約していた。

 それをセレスディナが違えた、と言うのだ。

 漏らした相手は――ウィズ。

 

 当人に悪意はなかった。というより、共通の知人である私を話題に、軽い世間話をしていただけだ。

 だが、ウィズは現(・)役(・)の(・)魔(・)王(・)軍(・)幹(・)部(・)である。例え実態がなんちゃってに過ぎずとも、所属自体は紛れもない事実。

 その幹部に対し、ウィズ魔道具店で働く私の情報を伝えたことが契約に反する――というのが悪魔の論法らしい。

 

 えげつない。

 セレスディナがアルカンレティアを拠点としている以上、転送先として街を登録しているウィズが、ふとした拍子にフラリと訪れる未来などいくらでもあり得た。

 その際、ウィズの職場を雑談のネタにしただけで、地雷を踏み抜く。

 魔王軍を足抜けした時点で、契約も何となく失効したものと思い込んでいたセレスディナに、回避のしようなどない。

 思えば、契約を持ちかけた時点で悪魔はここまで見越していたのだろう。つくづく、騙す気しかない。

 

 経緯はどうあれ、大悪魔との契約を踏みにじった事実は変わらない。その代償は重い。

 ペナルティとして、セレスディナは身体で罪を償うこととなった。

 具体的には、タダで使える人的資源として、バニルにこき使われる。

 どんな内容であろうと拒否権は無い。人権も無い。

 あけすけに言えば、実質奴隷だ。

 

 差し当たり、これまで通りの日常生活は送らせてもらえるらしい。

 無理やり好意的に解釈するなら、バニルの庇護下に入ったとも言える。少なくとも、命の危険からは守ってくれるだろう。

 ……せっかく手に入れた手駒に死なれては勿体ないし。

 心身の平穏まで保証されるかは、また別の話だが。

 

 私としては、特段言うことはない。

 ここからセレスディナが魔王軍とよりを戻すとは思えないが、それでも見通す悪魔の支配下に置かれるなら、なお安心できる。

 バニルの所有物となった以上、暗殺の検討ももう不要だろう。

 害が無いのなら、私が抱く感情など精々が憐憫程度だ。

 

 そういえば、最近届いた手紙の中に、レジーナ教団の今後の活動方針についての相談があった。少しは親身に付き合うとしよう。

 ちなみに私個人としては、エリス教団とアクシズ教団の対立を巧みに泳ぎ、第三勢力としての地位を固める蝙蝠プレイをオススメする。

 セレスディナなら、できなくはないだろう。




これで一旦完結となります。
当初はもっと早く切り上げるつもりが、気がつけばここまで続きました。ここまでお付き合い頂いた方々はありがとうございました。

元々は三章で本編を畳むはずが、もう少し書き足したいなぁと、半ば後日譚の心持ちで執筆したのが四章となります。
作中における主人公の最終目標(テーマ)が『空虚で孤独な精神的怪物が人間を目指す』ことで、これは三章で一区切りついてるんですよね。
その辺の背景は、もし執筆できれば零章で改めて取り上げると思います。
そういう意味では魔王討伐周りは蛇足ですし、というか関わる余地無いですし、端から書く気はありませんでした。

どうせ書かないでしょうからこの先の展開にも少し触れてみます。
この世界線では王都、アクセルの街への侵攻は発生しません。戦争スケジュールが後ろ倒しとなった魔王軍の間隙をついて、逆に人間勢力が大軍を率いて魔王城へ攻め寄せるためです。城の結界を破れるアクア(とめぐみん)を擁するカズマ達は必須参加です。
ここでの見所は、めぐみんが爆裂魔法を連打して敵味方双方をどよめかせるシーンですかね。原作と違って急いで城に乗り込む理由が無いですし、下手するとこれだけで大勢が決するかも?

作品の続きに関しては、五章といいますか、番外編として四章の続きを少し書くかもです。まだ書き残してることがあるので。
まあ、まずプロットを組むところから始めないとなんですが。

後は上でも軽く触れた零章ですかね。
こっちはプロローグ直前、つまりタイムスリップ前のお話です。
章と銘打ってるものの位置づけとしてはエピローグに当たります。長くて二話程度かと。原作から八十年くらい未来の話です。バニルもウィズも出てきます。

話は以上です。改めて、これまで読んで頂いた読者の皆様には感謝を。
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