とある魔道具店店員の手記 作:シュワシュワ
【爆裂魔法はネタ魔法】
予告なしにダンジョンを爆破解体し、攻略中の冒険者を生き埋めにしかけためぐみんが来店した。
生き埋めにされかけた当事者の一人、ゆんゆんを伴って。
街の外でカエル狩りをしようと思い立ち、仲間集めに訪れたそうな。
カズマは駄々を捏ねて拒んだため、代わりにまずはゆんゆんを確保。
次いで冒険者ギルドで前衛を募ろうとするも、そちらでは暴力沙汰を起こして即刻摘み出される。
ダンジョンの破壊行為とも相まって、当面は出禁となった。
ギルドから『撃つな』と名指しで警告されていたにもかかわらず平然と破り、その翌日にまたトラブルを起こしたのだ。そうもなる。ルナなど、相当お冠だったに違いない。
そして今度は、ゼーレシルトを勧誘しようとうちまで足を運んだらしい。
けれど、このとき店番をしていたのは私だけ。本人が来るまで、暫し待たせることにした。
その間、ダンジョン爆撃の苦情やら、先述のギルドの件やらの愚痴を聞かされた。
……めぐみんの面の皮が厚すぎる。ちっとも反省していない。
さて。
爆裂魔法といえば、世間では使い勝手の悪いネタ魔法扱いだ。
長命な人外が、余ったスキルポイントで酔狂として習得する魔法。換言すると、人間が手を出すような代物ではない。
役に立たないどころか、『なぜ開発されたのか理解に苦しむ』と存在意義すら全否定される始末だ。
とはいえ、私個人はこの魔法を軽んじたことはない。
運用に多大な難があるのは事実。されど、この魔法にしか成し得ない役割がある。
めぐみんの戦果を見れば、それは明々白々だろう。
そもそも身近には、爆裂魔法の使い手たるウィズがいる。実情を直接聞き及んでいる私が、替えの利かない魔法を蔑むはずもない。
爆裂魔法を馬鹿にする発言を私から聞いたことがないと、ゆんゆんがふと疑問を呈したので、上述の見解を述べた。
どうせ、爆裂魔法の活用法など誰も真面目に研究してこなかったのだろう。まず使用者がいないのだし。
本気で取り組めば、案外定説を覆す成果が上がるやもしれない。
どの道習得のハードルが高すぎる以上、使い手が増える見込みは薄いが。
ただし。
爆裂魔法そのものを見下してはいない。だが、爆裂魔法一筋で身を立てようとするめぐみんのことは、ネタ魔法使いだと思っている。
そう告げた途端、それまで鼻高々と耳を傾けていた爆裂娘がバーサーク化した。
予期していた私は、身代わりのゆんゆんバリアを展開し、素早く身を隠した。
そうまで爆裂魔法を極めて、どうするつもりなのか。今後の展望を問いただした。
露骨な話題逸らしではあったが、ゆんゆんで憂さを晴らしためぐみんは間髪入れず答えた。
ゆくゆくは魔王をもふっ飛ばし、自らが新たな魔王として君臨する――と。
……レスポンスの早さからして、単なる思いつきではない。前々から温めてきた野望のようだ。
それはまた。どこぞのおとぎ話の勇者じゃあるまいし。
ゆんゆんも初耳だったらしい。『そんな真似をしたら、ふん縛ってでも連れ帰る』と、白けた眼差しで返していた。
ちなみに、そんなゆんゆんの将来の夢は、知能の高い会話可能なモンスターを捕らえ、族長権限で牧場を開くことだそうな。
それだけ聞けば、私なら経験値の苗床にする外道な用途を邪推する。
だが、実態は違う。モンスターとの共存の道を模索する――との名目で、要は友達が欲しいらしい。
そこまでして友達が欲しいのか。
越えてはいけない一線を越えかけているライバルに、めぐみんが説教を試みる。
だが、ゆんゆんは怯むどころか開き直り、力強く首肯した。
……これが当代随一の天才と、一族の次期リーダーとは。
紅魔族は、次世代の育成に失敗したのでは?
その後、ゼーレシルトが帰宅した。
当人はモンスター退治の誘いに乗り気だった。
可愛いマスコットとして近所で持て囃される一方、その分舐められている気がする。そんなイメージを払拭したいらしい。
――が、やや遅れて店に戻ったウィズとバニルが話を聞きつけるや否や、機先を制すように参戦を表明してしまう。
戦力としては折り紙付き。めぐみんもこれを歓迎した。
後から現れた二人は、元々このペンギンをスカウトしに来たとは知らない。結果、無自覚に除け者にしてしまった格好だ。
私が口を挟もうとするも、当のゼーレシルトが手羽先で制止した。
ウキウキと準備を進める二人の姿を目にして、今さら決定を蒸し返すのは野暮と感じてしまったらしい。
しょぼくれたオーラを漂わせながら、二人を大人しく送り出していた。
残虐公なる物々しい異名を携えておきながら、その佇まいは哀愁に満ちていた。
【霊験あらたかなスーパーてるてる坊主】
店の同僚からタレコミがあった。毎度お騒がせの青髪女が、またぞろいかがわしい所業に手を染めているという。
看過できない内容を含んでいたため、後から知った私は急ぎアクアの行方を追った。
果たして彼女は、路上販売の真っ最中だった。
売り物はてるてる坊主――という名の、魔改造された得体の知れない何か。
傍目には、芸術品と見紛う恐ろしく精巧な美少女フィギュアだ。上からポンチョ風の衣装を被せ、辛うじててるてる坊主としての体裁を保っている。
やたら細部の作り込みにこだわっており、とりわけ下着回りが大変なことになっている。
有り体に言って、とてもエッチだった。
しかもこの人形、ことごとく実在の人物をモデルとしている。
ダクネスや私、ウィズのものまで取り揃えていた。だからこそ、慌てて探しに来たのだ。
なお、めぐみんやゆんゆんの分もあったそうだが、既にロリコンのセシリーが乏しい貯蓄をフル投入して買い占めた後だった。
この女、手先だけは本当に器用だ。いっそ芸能の神に鞍替えすればいいのに。
少し前にも『スケスケ令嬢エロティーナ』とかいう、卑猥なネグリジェ姿の粘土フィギュアをうちへと卸してきたし。
ダクネスが言い値で買ってくれた。
よく眺めると、私の人形は紅魔族の特徴である刺青バーコードまでバッチリ再現されている。
アクアに見せたことなど、一度も無いのに。
問い詰めると、情報源はウィズだと判明した。趣味の温泉巡りに何度も付き合っているのだから、彼女なら不思議はない。
そのウィズが、うっかり口を滑らせたらしい。
そして、こういう余計な情報に限って、アクアはキッチリ覚えていた。
あとはボンヤリした印象を、フィーリングとセンスで補い、それっぽく形にしたのだという。
特段、私と紅魔族の因果関係に勘付いているわけではない様子。
それでこれとは。凄まじいを通り越して、普通に怖い。
このところ続く雨を晴らすため、手慰みに作り始めたのが発端らしい。それがつい興が乗ってのめり込み、そのまま小遣い稼ぎへと転用したのだとか。
なお、夜になると目が独りでに発光するオマケ付き。傍迷惑すぎる。
それでティッシュ製とは、何の冗談なのか。
とはいえ、当店の売れ筋商品である自爆しないバニル人形も、笑う上に同一の機能を備えている。
よもや目が光るのは、人型玩具における必然の正統進化だとでもいうのか。
不幸中の幸いは、雨除けのご加護は無いくせして、魔除けの効能をガッツリ付与していたことか。
この女は当初、うちの店頭に並べてもらおうと目論んでいたが、おかげさまで買い取りを拒否されている。
ウィズ魔道具店は、私以外は邪悪な物の怪が
加えて、魔性のものを遠ざけるということは、サキュバスも寄り付かなくなる。
美少女フィギュアを喜んで購入する客層とは、相性がよろしくない。
そんな事情もあり、物理法則に中指を突き立てたような神域の完成度を誇りながらも、てるてる坊主の売れ行きは存外パッとしなかった。
多分、要素をバラバラにして別々の商品にしていれば、そこそこ繁盛していたと思う。
確か以前にもアクアは、使ううちに少しずつ服が溶けていく美少女造形の石鹸を広場で無断販売し、警察にしょっ引かれたことがある。
だいぶ昔の話な上に、私も又聞きではあるが。
そこで今回はどうなのかと詰問すると、案の定、販売許可を取っていなかった。
正確には、申請しようとはしたらしい。ただ、彼女のおつむでは手続きが難解すぎて、途中で投げ出した。
ちなみに一度、見回りの警官から許可証の提示を求められたそうだ。
けれど、美人で評判な警察署ツートップのてるてる坊主を進呈したところ、快く見逃してくれたという。
……賄賂ですよね、それ。
これは、もう処置無しだろう。
私が魔法使いなら、ファイアーボールでてるてる坊主の群れを焼き払っているところだ。だが、プリーストの身では叶わない。
それでも、ガツンと痛い目に遭わせてやらねばならない。
言い聞かせて押さえつけた程度では、私の目を盗んでコソコソと再犯するに決まっているのだから。
そこで最寄りの女警官を捕まえ、犯罪者の元へと差し向けた。
アクアは泣き喚きながら縋りつき、必死に温情を乞う。
だが、初犯でないどころか結構な常習犯だと発覚し、問答無用で連行された。
というかよく見ると、その女警官のてるてる坊主まで混じっている。それを見咎められては、もはや弁解の余地などない。
こうして、悪は滅びたのだった。
【ウィズ魔道具店の裏メニュー】
ウィズとバニルの間で諍いが勃発した。
理由は単純明快。店長のブロマイドを、当人に無断で悪魔がこっそり取引していたと露見したのだ。
客の一人が迂闊にも口を滑らせ、それをウィズに聞き咎められた。
あくまで魔道具の付録というアピールか。はたまた、帳簿上でウィズを誤魔化すための小細工か。
強欲悪魔の真意は定かでないが、ガラクタを買ったお客へのプレゼントという態で配布していた。
表看板は何であれ、実態はグッズを餌に不良在庫を押しつける抱き合わせ商法だ。
しかも近頃は、取り繕う手間すら億劫になったのだろう。そこらで拾った石ころを、法外な値で売りつけていた。
客の側も『投石は冒険者の嗜み』などとほざいて、素直に代金を支払ったという。
そうまでして、ウィズのセクシー写真が欲しいのか。
昨日に至っては、ポスターやウィズの声を封入した目覚まし時計を、オークション形式で堂々と売りに出したとか。
もはや、本音を隠す努力の跡すら見当たらない。
なお、被害者はウィズだけではない。私を題材にした写真まで売り捌いていたらしい。
よくもまあ。
ウィズはその点を槍玉に挙げ、糾弾の同志として私を引き込もうとしてきた。
だが、私は応じなかった。
この件については、実のところかなり前から把握していた。その上で、怪しげな商売を特に掣肘していない。
……いや。諦めた、というのが正しいか。
私とて、写真を撮られるのは本意ではない。
何せ、メチャクチャ後ろ暗い人生を歩んでいる。そんな物証を残しておいては、いざというときに困る。
だから、映像記録を残されないよう立ち回ってきた。
だが、バニルの裏ビジネスに気づいた頃には、もう手遅れだった。
写真はとうに出回った後。回収するには時間が経ちすぎている。今さらすべてを押さえるのは、土台無理な話だった。
ならば発想を転換するまで。金儲けの利を、不承不承ながら黙認することにした。
さすがに目の前で売買されれば制止するが、見えない場所でやり取りする分には、あえて目を瞑ってもいい。
私とバニルの間には、そういう暗黙の了解が成立している。
写真が原因で不都合が生じた際には、悪魔に責任を取って対処してもらう所存だ。
そう説明すると、隠し撮りされた写真が売買されているのに思うところはないのかと、ウィズはなおも食い下がってきた。
まあ、不快ではある。だが、直接の実害が及ばないなら、目くじらを立てるほどのことでもないかなと。
それを言うなら、先日のアクア謹製の造りが細か過ぎる人形や、喫茶店に巣食うサキュバス連中の所業のほうが、遥かにタチが悪いと思うし。
【惨劇の誕生日パーティー】
本日は私の誕生日。
ということで、お誕生会がひっそりと開催された。
当の私はどうでもいい。ただ、ウィズが毎年この時期になると妙に張り切る。
それもあって、アクセルに移住した頃から続く恒例行事となっている。
当然ながら、年齢は年々積み重なる。まだ成長期だった頃は背丈も伸びていた。
ウィズにとって誕生日を祝うという行為は、過ぎ去った年月を振り返り、否応なく我が身の境遇を直視させられる苦行に等しい。
私とは長い時間を共に過ごしてきた。思い出が多い分だけ、色々と想起してしまう。
彼女には行き遅れのコンプレックスがある。年齢詐称までして現実逃避を図るほどだ。故に、非常に辛い。
具体的に言えば、誕生日会の都度に私との年の差が縮まるにつれ、ウィズの目から徐々に光が失われてゆく。
……なぜわざわざ、現実にサンドバッグにされるセルフ拷問へ身を投じるのだろう。
もういいのではないかと前々から進言しているが、ウィズは頷かない。ここまで続けたのだからと、変に意固地になっている。
そういえば、昨年だけは誕生日会を開いた記憶がない。
はて、なぜだったか。首を傾げて記憶を辿るうち――ピンとくる。
去年は、それどころではなかったのだ。
ヴァンパイア討伐へ赴いたウィズが、アクアに諸共成仏させられかける事件があった。以後、一週間ほど彼女は寝込んだ。
私の誕生日は、ちょうどその渦中に重なっていた。
さらに彼女の復帰前には、新人バイトのバニルが加入するイベントまで起きている。
一連の出来事で店内がごたついていたため、誕生日にまで目が向かなかったのだろう。
過去の手記を参照するに、前回の誕生日当日はアクアが襲来したらしい。
遊ぶ金欲しさに機動要塞の人の手記を買わされ、あまつさえ謎の石ころコレクションまで押し売りされそうになっている。
なお、誕生日についての記述は一切なかった。
思い入れがないから、意識にも上らなかったのだろう。
街の知人から祝われた記憶がうっすらあるから、完全に忘れていたわけではないはずだが。
さて、話を今日の誕生日会へと移そう。
参加者は魔道具店の面々に加え、ゆんゆんもいた。
初春には彼女を店に呼んで誕生日を祝している。そのお返しとあってか、異様なほど気合が入っていた。
当時の関係者を思い返せば、仮面悪魔は誕生日があるのかすら判然としない。地雷のウィズは言わずもがな。
消去法で、まともに祝える相手が私くらいしかいない。そんな事情も大きいのだろう。
ぼっちの彼女に、友人の誕生日を祝った経験などあるまい。
どんな闇深エピソードが飛び出すか知れたものではないので、あえて追求はしないが。
『自宅で育てているサボテンの誕生日会を、独りで催した』などと言い出しかねない。
ともあれ。
ウィズからのプレゼントは、今年も手記だった。
これは私が指定したことだ。
店の財政状況は、常に予断を許さない。ゆとりがあったはずが、一刻もしないうちに巨額の赤字を拵えて借金に喘ぐ――そんな事態がザラにある。
だから懐具合に振り回されないよう、適当な品物で手を打たせている。
誕生日の贈り物自体不要なのだけど、それは言っても聞き入れてくれないし。
私の習慣について初めて知ったゆんゆんが、ウィズと二人でひそひそと話し始めた。
手記に何を書き留めているのか。どうやら、好奇心を刺激されたらしい。
私はゆんゆんに忍び寄ると、ボソリと釘を刺す。
もし覗き見を企むなら、ゆんゆんのつけている日記を冒険者ギルドの拡声魔道具で街中へアナウンス朗読する――と。
もちろんハッタリだ。行動を起こす前から、そこまでやる気はない。
だが、本気で嫌がっているのはヒシヒシと伝わったのだろう。彼女は顔を真っ青にして、首をブンブンと縦に振った。
対するウィズはこの苛烈なリアクションに半眼となり、一体何が書いてあるのかとむしろ怪訝な視線を寄越してきたが。
載っているのは危険なネタばかり。万一にも読まれては堪ったものではない。
最近は奔放なアクア対策も兼ね、隠し場所にも気を遣っている。
……一度、換金できる物はないかと店中を漁っていたウィズとアクアのコンビに、探知魔法で見つかりかけたけど。
私にしては、ゆんゆんへの対応はかなり穏当な部類だ。
ダンジョンアドバイザーを務めていた頃、『ゆんゆんが死んでもやむなしかな』と内心で妥協していた点は、ひとまず棚に上げておく。
なお、この誕生日会はウィズの何気ない一言を境に、一気に暗雲が垂れ込めた。
「これで二十一歳ですか。……とうとう私も追い越されてしまいましたね」
ケロッとした顔で抜かした。
この女、街の人々を巻き込んでウィズの誕生日をサプライズで祝った、あの夏の一幕をサラッと無かったことにしている。
あれ以来、ウィズは巷で二十一歳として周知された。今の私と同い年だ。
いや、それも大概おかしいのだけど。とにかく、そういうことになっている。
同じことに思い至ったゆんゆんが、サッと顔を青褪めさせる。彼女は
不用意な一声で、場が一瞬にして凍りついた。
そこへ、空気を読む気が欠片もないバニルがズケズケと指摘する。
いつまで二十歳気分でいるのか。あれだけ大勢に祝われて、今では立派な二十一歳だろう――と。
仕組んだ元凶の分際で、ふてぶてしいことこの上ない。
――直後、閉め切っているはずの室内に、冷気の風が吹き荒れた。
飾ってあった花が、瞬く間にドライフラワーへと早変わりする。
心のデリケートな部分を踏みにじる無神経な言葉。それにウィズの堪忍袋の緒がプッツンして、凍てつく魔力を周囲に撒き散らしたのだ。
それから多少の応酬を経て。
両名は決闘のため、主役の私を放ったらかして街の外へと繰り出していった。
また、この流れか。前にもやったのに。
こうなっては祝賀ムードもへったくれもない。集いはお開きとなった。
私はどちらでも構わなかったが、ゆんゆんとゼーレシルトは、二人の行く末を案じることで頭が一杯だったのだ。
なお、勝敗はさておき。
ウィズは対抗手段として、バニルが仕入れていたマナタイトを切り札として無断で持ち出し、決闘で全部使い切ってしまった。
店に多額の負債が生まれたのは、言うまでもない。
【ゲロマズで名高い高級食材の王様】
藪から棒に、カズマからドラゴン肉をお裾分けされた。
誕生日プレゼントではない。商店街の福引き券で引き当てた特等賞が、よりにもよってドラゴン肉だったらしい。
庶民向けの座興で、そのような高額アイテムが排出されるとは。
誰が得するのだろう、こんなゲテモノ。
ひょっとすると発注ミスか、あるいは注文した富豪が土壇場で取り寄せキャンセルでもしたのかもしれない。
それで行き場を失い処分に窮した挙げ句、急遽福引きに回してお茶を濁した――とか。
ナマモノだから足は早い。価格帯を考えても、景品向きとは到底言い難い。
商店街による陰謀の気配がする。
まあ、真相については私の関知するところではない。
それよりも、貰ってしまった肉の処理が悩ましい。
高級食材とは概して美味しく、経験値も豊富なものだ。
だがドラゴン肉は、その例外。味は良くない。というか、ハッキリ言って不味い。
肉食獣特有の臭みがあり、脂肪もほとんどない。筋肉の塊なので、とにかく硬い。
それでも高値がつくのは、経験値のみならずステータス向上の効果まで備えているからだ。
それでも、打倒魔王軍に燃える貴族ですら、口にするのを躊躇う。
もっとも、一口にドラゴンといっても種類は千差万別。
例えば、食肉用として牧場で丹精込めて飼育されたレッサードラゴンなら、王侯貴族の肥えた舌すら唸らせるだろう。
だが、今回はそういった上物ではない。お世辞にも食べられたものではない王道タイプのドラゴンだから、何の慰めにもならない。
だからこそカズマも、こうして強引に押しつけてきたわけだし。
持ち込んだワケを問えば、私なら何だかんだで食べるだろう、との判断らしい。
「だって、最強のモンスター、ドラゴンだぞ? 虚弱体質だって改善するかもしれないんだ。だったら、試してみるんじゃないかと思ってさ。……俺なら絶対ごめんだけどな」
腹立たしいほど的確な分析だった。
メデューサを手伝った折に、色々と喋りすぎたのかもしれない。
私の判断基準は、利害と要否。この二語で概ね説明がつく。
本件で言えば、私のフィジカル面のステータスはとっくにカンストしている。レベルアップによる伸び代はもう無い。
しかしドラゴン肉なら、僅かでもその限界を超えられる望みがある。
それで日常生活の不便を軽減できるのなら、挑戦する価値はある。
そして私自身の好みや心情は、そこに斟酌されない。完全に埒外だ。
非合理的な不純物と見做してしまうからだ。これはもう、私自身にもどうにもならない悲しい習性と評するしかない。
どれほど味が微妙で食指が動かなくとも、有益と判断すれば、ブツブツ文句を垂れながらもきっちり平らげるだろう。
だから今日のように、感情と言動が乖離する場面が生じる。
そんなわけで私は、心底嫌そうな表情を浮かべながらも、すんなりドラゴン肉を受け取るという相反する動作を披露した。
実行した張本人のはずのカズマは、この私の反応に引いていた。
私情を当然のように切り離し、フラットな視点で最適解を選ぶ。それが彼の感性からすれば、空恐ろしいものに映るらしい。
知ってる。至極ごもっとも。
ただ、女に色目を使われると誰にでもホイホイ靡く男から言われても、イマイチ釈然としない。
カズマは逆に、理性をもっと強く保ってほしい。
今晩は思い切ってステーキにした。
肉の正体を知らないウィズが物欲しそうにしていたので、一切れ分け与えた。すると一口噛み締めるや、そっと渋面を作り、『もういらない』と拒絶の意思を示す。
空腹に万年苛まれる欠食リッチーが敬遠するのだから、よっぽどである。
ステーキは素材の良し悪しがダイレクトに反映される料理なので、致し方ない。
ドラゴン肉はまだまだ余っている。……一人で食べ切るのか、これを。
当面、私の献立がドラゴンづくしとなるのが確定してしまった。
【仮面の大男が、年端のいかない少女を餌付けする事案】
ウィズ魔道具店にて。
私が出先から帰還するや、視界に衝撃的な光景が飛び込んできた。
バニルが、見知らぬ白髪の幼女を膝の上に乗せ、頭を撫でている。幼女は意に介さず、黙々とお菓子を頬張っていた。
いたいけな女の子を食べ物で釣り、イタズラする変質者の図である。
しかもよくよく見ると、バニルは頭を撫でているのではない。髪の毛を採取している。
変態度合いが、ますます上昇した。
とはいえ。
つぶさに観察するに、この幼女はどうも人間ではない。
瞬時に看破できたから良かったものの。でなければ、入り口で立ち尽くしていたところだ。
何かしら訳アリなのだろう。
危うく、バニルがそっちの性嗜好に目覚めたのかと勘違いするところだった。
私が姿を見せるや、幼女ははたと鼻をスンスン鳴らし、何やら匂いを探る素振りを見せる。
そしてこちらを一瞥したかと思えば、振り返ってバニルにお菓子の礼を述べた。そのまま逃げるように、そそくさと立ち去っていく。
退出する背中には、仄かな怯えの色が窺えた。
……はて? 私は訝しんだ。
あの幼女、姿形こそ幼子だが、内面は人間とは程遠い。私の見立てでは、見慣れぬ大人に物怖じするような、見目相応の精神は持ち合わせていないはずなのだけど。
直前の振る舞いにも違和感が残る。彼女、何を感じ取ったのだろう?
それは置いておき。
幼女について、バニルを直ちに質した。
殊に、幼い身なりの子供を軒下に連れ込み、白昼堂々何をしていたのかと。
これが妄想逞しいゆんゆんなら早とちりしていただろう。ロリコンを難詰する、さぞ緊迫したシーンになったに違いない。
生憎、この場にいるのは私とバニルのみなので、普段通りの雑談のノリだが。
悪魔曰く、彼女はあのホワイトドラゴンだという。
それも、人化の術を修得した上位種とか。
ホワイトドラゴンといえば、一時期取り沙汰された噂が思い浮かぶ。
牙や爪を所有すると幸運値が上がる。血肉を食らえば不老不死になれる。
よくある与太話だ。だが、それを真に受ける輩が相次ぎ、乱獲が横行した。
どころか、現在でも需要は根強い。その惨状によりいよいよ絶滅の危機に瀕している。
そのレアモンスターと、こんな片田舎の街中で通常エンカウントするとは。アクセルの魔窟っぷりも、とうとうここまで来たか。
バニルはお菓子を対価に、爪と髪を分けてもらっていたという。
ドラゴンは全身が宝の山。少量の素材でも大儲けできること請け合いだ。
それをお菓子とトレードしてくれる。後で大金に化けるのは確実なのだから、バニルとて諸手を挙げて歓待するに決まっている。
なお、あの幼女は本来、バニルと一戦交える気で足を運んだらしい。
けれど差し出したご飯に誘惑され、たちまち手懐けられた。そして、あの構図に落ち着いたという。
……誑かしているとの第一印象は、存外間違っていなかったのでは?
ここまで聞いて、私はようやく彼女が逃げ出した理由を察する。
今日のお昼は、ドラゴン肉の生姜焼きだった。
匂いは落としたつもりだったが、ホワイトドラゴンの鋭敏な嗅覚をもってすれば、残り香は十分だったのだろう。
あちらの目には、私はドラゴンの死臭を垂れ流す猟奇殺人鬼として映っていたわけだ。
なるほど。食事のリラックスタイム中に突然そんなのが湧いて出たら、強い弱いとか無関係にビビる。食欲も一発で失せるだろう。
今夜はドラゴンシチューをじっくり煮込む予定だったが……やっぱり再考しよう。
話を戻す。
彼女、何とダストの縁者だという。彼を訪ねるため、遥々アクセルまでやって来たのだとか。
今日は単独だったが、昨日はあのチンピラが保護者として連れ立って来訪したらしい。私の留守中の出来事だ。
言われてみれば、ダストが子連れで街を歩いていると噂になっていた。
日頃の素行が最悪なせいで、『身代金目当てで誘拐したのでは』と不安視する声が上がっていたが。
推測ではあるものの、あの男の出身は隣国ブライドルのはず。
そして、かの国において槍の腕前で王国一と謳われたドラゴンナイト。その相棒がホワイトドラゴンだったと喧伝されている。
ダストが元貴族で騎士であることまでは確信していたが。まさか本当に、例のライン・シェイカー本人なのか。
・アクセル警察署のツートップ
ややこしいが、署長は脱いだら凄いと評判の
原作十五巻及び『よりみち』一巻『アクセルの爆裂探偵』を参照。
・レッサードラゴン
原作六巻では、ベーコンとして朝食の食卓を彩っている。
ドラゴン牧場の存在は八巻にて言及があるが、そこが生産元という部分は『鶏で言う若鶏枠なのでは?』との仮説に基づいた独自設定。
・
本作では魔王軍が不活発で、戦争スケジュールが大きく後ろ倒しになっている。
その余波で、本来は魔王軍の大規模侵攻計画への対策協議がトリガーとなる