とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

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前回から時間は飛んで、原作一巻(と爆焔三巻)開始頃まで。


1-3 アクセルの人々

【近頃の変化に関する総括】

 ここ最近、やけに身体の調子がいい。

 朝はすっきり目覚めるし、身体も軽い。疲れにくい。頭も冴える。等々。

 ざっと挙げればそんなところだが、とにかく絶好調だ。

 ステータスに変動はないのに、体感ではっきり分かるほどコンディションが跳ね上がっている。

 

 問題は、これが数日どころか、もう半年も続いていること。

 不気味というか、どうにも腑に落ちない。

 ここまで急激な変化には、何らかのきっかけ――転機となる出来事があるはずだが、思い当たる節がまるでない。

 悪い兆しではなさそうなのが、ざめてもの唯一の救いか。

 

 しかもだ。

 記憶喪失以前に得たらしい未知の知識の数々が、ちょうどその頃から雪崩のように蘇り始めた。

 むしろ知識の復活に気づいたことで、身体もやたら好調だと連鎖的に自覚した、という流れだ。

 

 整理しておこう。

 私は記憶喪失で、魔王城より昔のことを何も覚えていない。

 これはタイムスリップに用いた魔道具の副作用というか、仕様だ。こればかりはどうにもならない。

 ただし、失われたのは『思い出』だけで、知識や技能は消えていない。

 とはいえ当時の私がどんな人生を歩み、何を習得していたかは不明だ。故に、自分の全能力は把握しきれていない。

 

 それでも、例として挙げるなら。

 魔道具に関する専門知識。高度なコミュニケーション術。人の思考や行動を読み解く分析力、そこから導かれる予測力。

 そういった技能群が、私の中に残されている。

 

 これらは何かの拍子に突如蘇る。

 もっともピークは最初の数年で、生活が落ち着いた現在では滅多に起こらなくなっていた……半年前までは。

 ここ最近は、特別な刺激がないのに次々に知識が浮かび上がってくる。

 まだこんなに埋蔵されていたのかと、自分でも驚いている。

 

 恐らく、この謎の好調と知識の発掘は表裏一体なのだろう。

 万全のコンディションが、眠っていた記憶の扉を開けやすくしている、みたいな。

 とはいえ好調は突然始まった上に、持続期間も長すぎる。

 私には脈絡が見えないだけで、発端となったトリガーは確実に存在するはずだ。

 

 健康診断にも行ったが異常なし。病気にかかった形跡もゼロ。

 そもそも私は、寝込むことはあっても大病に倒れたことはない。

 

 半年前と言うと、ドリスの温泉旅行から帰還した直後だ。

 あの頃は王都に紅魔の里にと駆けずり回っていた時期で、地味に疑わしい候補が多い。

 

 この件についてウィズに相談したところ、彼女は温泉の効能説を得意げに力説してきた。

 いや。美肌や冷え性への効能が、どう作用するというのか。温泉は万事を解決へと導く、得体の知れない万能施設ではない。

 大方、もう一回温泉に入りたいだけだろう。

 

 念のため再訪し、水質検査まで行ったが、成果はゼロ。

 紅魔の里以外の有力候補地も一巡したが、これも空振りだった。

 紅魔の里についてはウィズが余計なやる気を出すので、近寄りたくない。

 店の倒産を賭してまで真相を掘り下げる意欲は、さすがにない。

 

 何というか、手応えがない。

 まるで手(・)掛(・)か(・)り(・)は(・)す(・)べ(・)て(・)揃(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)のに、私の見落としで無駄な調査を延々と繰り返してしまっているような――そんな徒労感がある。

 仮に紅魔の里に再訪したとしても、新たなヒントが得られる保証はない。

 どこかで着眼点を変える必要があるのだろう。

 

 というわけで、現状ではこれ以上の進展は見込めそうにない。

 一旦、調査は打ち切りとする。

 

 


 

 

【クエストと異性を同時攻略する男】

 ミツルギキョウヤが来店した。

 王都を拠点にしている彼だが、どうやらアクセルに立ち寄っていたらしい。

 前に王都で再会したときに店の宣伝はしたけれど、まさか本当に来るとは思わなかった。

 

 しかも、高価な消耗品ばかりを山ほど買い上げて行った。

 これには私たちもニッコリである。

 激戦区で荒稼ぎしているだけあって、アクセルの貧乏人とは購買力が雲泥の差だ。

 こうまで真っ当な買い物客は、今年に入ってから初めてかもしれない。冷やかしなら、しょっちゅう来るのだけど。

 ちなみに本年はもう後半、季節はとっくに秋である。

 

 ミツルギは店内の商品を眺め、ぽかんとしていた。

 王都の一級品にも引けを取らない品揃え。そんな代物が、駆け出しの街の一店舗にずらりと並んでいるのだ。

 『なぜこんな場違いな高品質品が?』と、素人の彼ですら首を傾げていた。

 

 現に彼は疑問を口にしかけたが、その声は途中で萎んだ。

 経営者の破綻したセンス。その鱗片は、僅かに言葉を交わしただけで察するに足るものだったらしい。

 まさかという顔で視線を向けてきたミツルギに、私はそっと首を横に振った。

 同情するなら、ぜひ今後も継続的にお金を落としていってほしい。

 

 さて。

 ミツルギはまだルーキーながら、最前線で活躍する実力派冒険者だ。

 女性ファンも多く、次代の英雄候補と目されている。

 そんな彼が、なぜ今さらアクセルのような辺境に舞い戻ったかといえば、どうやら仲間集めのためらしい。

 

 私の調べによれば、ミツルギは王都を拠点としつつ各地を転々としている。

 確かつい先日も、アルカンレティアを訪れた記録がある。

 肝心の仲間探しは、さっぱり芳しくないようだが。

 

 彼には既に二人の仲間がいる。

 どちらも同年代の女性で、しかも揃ってミツルギにベタ惚れしている。

 だが当の朴念仁は、これにちっとも気づいていない。

 

 二人は恋のライバルであると同時に、結託関係にもある。

 これ以上恋敵を増やさないために、他の女冒険者が近づくと追い払ってしまうのだ。

 そして男からはハーレム野郎と妬まれ、誰も寄ってこない。

 というかそれを抜きにしても、この構図に割って入るのはキツい。肩身が狭すぎる。

 

 このままでは、アクセルでもメンバー探しの難航は必定だろう。関係性を根本から見直さないことには、どうにもならない。

 が、当のミツルギがまったく気づいていないので、どうにも袋小路だ。

 

 ともあれ。彼はしばらく街に滞在し、クエストをこなしていく予定だという。

 彼自身は、魔王討伐にまっすぐ邁進するだけの、生真面目な少年なのだけれど。

 

 


 

 

【有情(うじょう)】

 街をぶらついていたら、面識のない人物に呼び止められた。

 名はダクネス。冒険者になったばかりの、新人クルセイダーだ。

 もっとも話すのは初めてでも、私は彼女のプロフィールを一方的に知悉(ちしつ)している。

 なにしろ私は、アクセルの冒険者たちの動向を日々細かくチェックしているからだ。

 

 中でもダクネスは、金髪碧眼という貴族の証を平然と晒しているから目についた。

 しかも所作の端々からも、きちんとした礼儀作法を仕込まれているのが透けて見えてしまう。

 怪しい、などというレベルではない。むしろ、それで身分を隠せているつもりなのか。

 彼女の素性を洗ったのは、必然と言って良い。

 

 なお、ダクネスには重度の被虐趣味がある。

 臨時パーティーを組んだ冒険者からの評判や、ギルドでの挙動を遠目に観察し、そう結論するに至った。

 幸い、探りを入れていたことは先方に悟られていない。

 が、性癖絡みで胸騒ぎがしたので、私は意図的に接触を避けてきた……はずだったのだが。

 

 彼女に声をかけられ振り向くと、ダクネスは既に発情していた。

 もう一度記す。目が合ったその時点で、発情していた。

 頰は紅潮し、瞳はギラつき、呼吸はやたら荒い。

 どう言い繕っても、変質者以外の何者でもなかった。

 

「くっ……! こ、この虫ケラを見るような冷たい視線ッ! んんっ……ふう。やはり私の直感に狂いはなかった。頼む、どうか私のご主人様になってくれ! 私のことは雌豚と罵ってくれて構わない!」

 

 私が構うし、そんな目もしていない。

 

 初対面で異様な高ぶりと共ににじり寄る変態に、私は思わず後ずさる。

 例え地獄の公爵やノーライフキング、魔王と相対しようと常に明鏡止水の心境だった私にも、このときばかりは珍しく心の水面に小さな波紋が立った。

 換言すると、恐らく私は生涯で初めてビビった。

 

 未知の感覚だったので、正体に当たりがついたのは、騒動が終息してからだったが。

 私は、バニルから『感情を獲得したゴーレム』と揶揄されるくらいには、情の揺らぎが小さい。感情を自覚する機会自体も乏しい。

 そんな私にとって、これは未曾有の大事件である。

 

 もっとも、感情と理性を切り離すのは、得意を通り越して常態化している。

 動揺こそあれ、思考は依然として冷えた水のごとく澄み切っていた。

 そして冷徹な回路は止まらず、心理状態が態度に滲み出ることは終ぞなかった。

 

 数秒の熟考の末、私は不審者に怯える純朴でか弱い一般市民を演じることを決める。目薬で涙目も演出した。

 ここは街の往来、人目のある場所だ。周囲から同類視されるなどもっての外なので、被害者と加害者の構図を作り出した。

 ……しかし振り返ってみると、人目を憚らない変態の異常性が際立っている。

 

 決着は拍子抜けするほどあっさりついた。

 周囲のざわめきに我へ返ったダクネスが平謝りし、騒動は即刻収束。お詫びとして当店へ同行させ、何か買ってもらうことで手打ちとなった。

 彼女を避けていた件は、もう手遅れなので開き直るしかない。

 なお、『ご主人様』の要求は、場の雰囲気で有耶無耶にした。あえて藪蛇を突く気もない。

 

 この間、ダクネスは私の演技を一切疑っていない。

 つまり、慧眼で私がひた隠す本性を看破した――というパターンではないらしい。

 ダクネスは『直感』と口にしていた。そこからひとつの仮説が浮かぶ。

 

 私は、良く言えば誰でも分け隔てなく扱う。

 身分や立場、種族で差別しない。贔屓せず公平に評価する。

 だが裏を返せば、人間を害虫やモンスター、ペット、はたまた家畜と同列に扱うことにも一点の躊躇もないということでもある。

 要は、人間を人間として見ていないのだ。

 

 その匂いを、あの女はドMの本能で嗅ぎ取ったのではないか。

 だとすれば厄介極まりない。そんなもの、どう対策すればいいのか。皆目見当がつかない。

 

 ダクネスを店へ案内し、ウィズと引き合わせた私は、さっそく商品紹介に移った。

 見通す悪魔ですら匙を投げた店主の才覚もあって、折よく彼女の性癖に刺さりそうなアイテムがいくつか棚に並んでいる。

 早い話が、ガラクタということだが。

 

 例えば、ウィズが熱心に推すマジックスクロール。読むだけで誰でも攻撃魔法が撃てる使い捨て品だ。

 ただし、使用者ごと吹き飛ぶが。

 

 他には、前衛職のデコイを超強化するポーション。

 効果が強すぎるあまり、眼前の敵どころか周囲一帯のモンスターすべてのヘイトを吸い寄せる。あまつさえ、仲間のヘイトも吸引する。

 結果として、敵味方の全員から袋叩きにされてしまう。

 誰が買うか、こんな危険物。

 

 だが、ダクネスは馬鹿げた防御力の持ち主だという。これらを使っても、全然死にそうにない。

 巻き込まれるパーティーメンバーの無事までは知らないが。

 それに、酷い目に遭うのがご褒美のド変態なら、喜んで買うだろう。

 買った。

 

 お買い上げありがとうございます。

 

 


 

 

【賽の河原】

 ウィズが図に乗っている。

 ミツルギにダクネス。短期間に二人も太客が現れ、それなりに大きな額を落としていった。

 閑古鳥が鳴くのが常のウィズ魔道具店では、開店以来の快挙と言っていい。

 

 とはいえ、所詮はたった二名。それも相当に特殊な例外だ。

 だが、ウィズの見解は異なるらしい。

 ――今まではなぜか誰も買ってくれなかったけど、やっぱり分かる人には分かるもの。自分の目に狂いはなかった。

 彼女の主張を要約すると、概ねこうなる。

 要するに、偶々続いた売上を根拠に『自分には才能がある』と、誤った自己肯定感を高めているのだ。

 

 この女は、無能な上に働き者だ。

 とりわけ暇と金を持て余すと、余計な積極性を発揮する習性がある。

 妙なことをやらかさないよう、適当な雑務でも与えて気を逸らす必要があるかもしれない。

 

 ウィズが自分をポンコツと自覚できない理由の一端は、私にもあるのかもしれない。

 本来なら誰にも見向きもされず埃を被って終わるはずのガラクタを、私が手練手管でどうにか売り捌いてしまうせいで、店は一応回ってしまう。

 その小さな成功体験が、彼女の自信の源となっている。

 

 下手をすると、むしろ私が関与しなかったほうが、元手の少ないウィズは早々に手詰まりになり、被害も最小限で済んでいたのではないか、とさえ思う。

 まるで底の抜けたバケツで水を汲んでいるような、そんな虚しさがある。

 

 私は商品を捌けてこそいるが、その手法は個人の資質に依存している。

 つまり、再現性がない。

 そもそも私の適性は謀略家やスパイであって、商人ではない。偶々転用できる技能があったから商いに応用しているだけで、こんな属人的なやり方は健全とは言い難い。

 いずれは改善していきたいところではあるのだが。

 

 ところで、出処も真偽も定かでない話として、こんなものがある。

 地獄には『賽の河原』という場所があり、そこでは幼くして亡くなった子供たちが石を積み上げては、悪魔に崩されるのだという。

 完成が近づくたびに壊され、また最初から。終わりの見えない徒労。

 悪感情を糧にする悪魔なら、やりそうなことではある。

 

 借金を帳消しにして資金を増やす私と、それを延々と溶かし続けるウィズ。

 図式は似ている。

 ウィズ魔道具店は、現世における賽の河原なのかもしれない。

 

 


 

 

【推定勇者候補と自称水の女神】

 何とも評価に迷う出来事が起きた。

 

 この日の私は、冒険者ギルドで職員のバイトに励んでいた。

 アクセルは、駆け出しを養成する冒険者の街である。

 経済やら諸々、街について精通するには、何はともあれ特産たる冒険者について押さえておかねばならない。

 

 ウィズ魔道具店が、店長の前歴もあって冒険者向けの色が強いのもある。

 そうした背景もあり、私自らバイトで堂々とギルド内部に食い込み、現場の空気に触れながら最新トレンドを把握しようと努めているわけだ。

 

 業務には何の問題もない。

 知力だけはアホみたいに高いので、書類仕事もさして苦にならない。適当にこなしても、十人分以上の働きは朝飯前だ。

 この日はやらなかったが、その他の基本業務も一通りこなせる。

 自分で言うのも何だが、そこらの若手正職員よりもよっぽど役に立っていると自負している。

 いよいよ店が潰れたら、こちらに転職するのも悪くない選択肢かもしれない。

 

 そんな折、男女の二人組が冒険者登録に現れた。

 私の担当ではなかったが、それでも嫌でも目に入る程度には悪目立ちしていた。

 

 そのうちの一人、少年の名はサトウカズマ。

 勇者候補……のはずだ。確証はないが。

 飛び抜けた幸運値に対し、それ以外のステータスは極めて平凡。目端は利きそうだが、注目に値する要素はそれくらい。

 勇者候補にありがちな特異なスキルや武具も見受けられなかった。

 

 ただ、所作や言葉の端々に垣間見える教養には、他の勇者候補と酷似した色がある。

 少なくとも、この国で生まれ育った勇者候補の二世、三世とは毛色が違う。

 彼は勇者候補と同郷、あるいは同じ文化圏の教育を受けた経験がある。私はそう確信している。

 

 それと、もう一人。

 彼女については、正直よく分からない。勇者候補ではなさそうだが。

 知力は平均以下、幸運に至っては底辺レベル。

 けれど、その他のステータスは桁違い。異次元と形容するしかない数値を叩き出した。

 ついでにアクシズ教のご神体、アクアを名乗っていた。

 

 周囲の人々は、アクシズ教徒だからああいう痛い発言をするのだろうと聞き流していたが……。

 だが、あの変人共は信仰心だけはガチだ。彼らにとっても、女神を自称する輩など罰当たりなはず。

 

 それに彼女、嘘を吐いていない。

 他人の心理を読み解くのが得意な私に、嘘は通じない。

 私を欺けるとしたら、それはもはや異能の域だ。

 

 とはいえ、私に分かるのは『本人がそれを真実だと信じている』ということのみ。

 彼女が自分を女神だと思い込んでいる、救いようのない残念な女だったとしても、私にはそれを見分けられない。

 

 だが、気にかかるのはそこではない。

 あのアクアという女、人間ではない。

 人間と他種族とでは、精神構造に微妙な差異がある。魔王城で多様な魔族と交流してきた経験から、私は相手の種族を『内面から』判別できるようになっている。

 仮にバニルが人間に化けたとしても、ひと目で見破れる自信がある。

 

 それに、外見通りの年齢でもなさそうだ。年嵩すぎて、人間の範疇を逸脱した長生きとしか読み取れないが。

 そして、これまで接してきたどの種族の精神パターンとも一致しない。

 つまり彼女は、初見の種族だと推測できる。

 

 どうにもアクが強すぎるので、関わり合いになる気は起きない。

 とはいえ、サトウカズマ共々、今後の動向には目を光らせておこう。

 ……まあ、すぐにアクセルを発つかもしれないが。

 

 バイトから戻ったあと、店番をしていたウィズが、私の留守中に体験したという出来事を話し始めた。

 ここアクセルを発信源に、信じられないほどの、まるでこの世の終わりを思わせる強烈な魔力を感じ取ったのだという。

 しかもそれが、アンデッドにとっては致命的な、神聖な波動を帯びていた。彼女は一人、恐怖に竦み上がったらしい。

 

 知ってる。

 あれには私も驚いた。ほんの一瞬だったが、確かに感じた。

 紅魔族並みに魔力感知が利く私には分かったが、ギルド内に居合わせた他の面々は誰一人気づいていなかった。

 恐るべきことに、街の空気はいつも通りで、誰も異変を感じていなかった。

 魔力の性質については、私も感じ取れなかった。恐らくリッチーだから気づけたのだろう。

 

 そういえば、水の女神を名乗るアークプリーストがギルドに現れたのは、その異変のすぐ後だった。

 

 ……まさか。いやいや。

 だが、もしかして。

 

 いや、短絡的すぎる。結論を出すには早計だ。

 けれど、アクシズ教の女神について、今度図書館で少し調べてみよう。

 

 


 

 

【秋口は変な人が増えるという風潮】

 アクシズ教徒共の様子がおかしい。

 いや、元々刹那的で暴徒と紙一重の連中ではあるのだが、それを差し引いても異様にテンションが高い。

 直接理由を問いただしたいところだが、差し向かいは御免だ。警察の巡回ルートを巧妙に回避してくる小賢しい一面もある。

 

 そこで、一計を案じるというほどでもないが、ちょっとした策を講じることにした。

 

 まずは、エリス教会の脇でスタンバイ。

 しばらくすると案の定アクシズ教徒が現れ、教会の窓ガラスに石を投げつけて逃走を図る。いつもの光景だ。

 私は善意の第三者を装い、近くの警官を捕まえて即通報。

 すぐ駆けつけた警官に現行犯は面食らい、逃げ遅れてあっさり御用となった。

 

 計画通り取り押さえられたアクシズ教徒に尋ねた。

 どうしてそんなに元気なのか、今日は何かあるのか、と。

 だが、当の本人にも理由は判然としないらしい。『アクア様の加護かもしれない』と、首を傾げていた。

 

 女神の降臨。狂信者。

 ……あの女、本当に本物なのか?

 

 警官から礼を言われたのち、私は冒険者ギルドへ。

 併設の酒場で休憩がてら、例の推定勇者候補と自称水の女神の動向を探る。クエストでも受けたかと職員に尋ねると。

 『今朝この酒場でバイトを始めたものの、トラブルを起こしてクビになった』と語られた。

 アルバイト初日に解雇される女神とは……?

 

 いや。生粋のトラブルメーカー揃いなアクシズ教の元締めとしては、そのくらいのほうがらしいのか?

 なにせ、世界の終末を賭けて神々と争う予定の大悪魔ですら、うちの店への就職が内定している。人のことは言えない。

 ともあれ。意味があるかはともかく、アクアについては一応ウィズにも報告しておこう。

 

 さて、話は変わるが。

 本日、ギルドに若い紅魔族の少女が冒険者活動のために訪れたらしい。

 今のアクセルには紅魔族の冒険者はいない。種族柄、派手好きなのもあって、中々に目を引いたようだ。

 

 紅魔族と聞いて思い出すのは、以前里で見かけためぐみん。

 私の見立てでは彼女も冒険者志望で、そろそろ動き出す頃合い。今回の少女が本人である可能性は高い。

 優秀なアークウィザードなので駆け出しの街はスルーかと踏んでいたが、仲間集めが目的ならアクセルを選ぶ根拠にもなる。

 

 それにしても、秋だというのに新人が多い。

 本来この時期は冬を前に活動を控える冒険者が増え、新規登録は少ないはずなのだけど。むしろ雪解けの春に集中するのが通例だ。

 

 ちなみに、紅魔族の少女は『二人』いたらしい。

 

 ……二人?

 

 


 

 

【さしたる予兆もなく、街中で通常エンカウントする珍生物】

 店のポストに、アクシズ教団の入信書がぎっしり詰め込まれていた。

 それだけでなく、入口のドアの隙間にも、びっしりと。

 ゴミの不法投棄はやめてほしい。

 

 うちは人通りの少ない裏路地にあるために、こういう被害は滅多にないのだが。

 浮かれ気分がまだ続いていて、布教活動にも一層気合が入っているのかもしれない。

 紙束は焚き付けにでも使わせてもらおう。

 

 この日は二人組の来客があった。

 一人はダクネス。もう一人は、彼女の冒険仲間で盗賊クラスの少女クリスだ。

 店に入るなり、クリスが深々と頭を下げてきた。

 ダクネスが私に絡んだ一件を耳にしたらしく、恐縮していた。

 

 ただ、張本人のダクネスは今なお納得してない。

 こうして直に私と向き合う今も、放たれるオーラで胸は高鳴り、背筋がゾクゾクするのだという。

 何もしていない身としては、迷惑千万だ。畑を荒らす害獣を前にした農家の心境とは、きっとこんなものなのだろう。

 

 もちろん表情には出さない。

 だがダクネスの性癖感知センサーが何かを察知したのか、興奮はさらに加速した。

 すぐさまクリスのお説教が始まったのは、言うまでもない。

 

 私は立ち振る舞いによって他者の心証をコントロールしている。

 それが機能しているから、クリスはおろかダクネスでさえ、私の人間性を疑っていない。

 にもかかわらず、ダクネスは考えを改めない。一点に特化した勘が、決して諦めさせない。

 とんでもない奇人にロックオンされてしまった。勘弁してほしい。

 

 叱責が一段落すると、クリスはせっかくだからと店内を見て回り始めた。

 珍品の山を興味深げに眺める彼女へ歩み寄り、私はさりげなく話を振る。

 それだけ美人で快活なら、きっと恋人もいるのだろう。

 

 即座に否定が返る。私の観察眼でも嘘は見当たらない。

 もっとも実際のところはどうでもいい。ここまでは導入に過ぎない。

 

 そんな貴女にオススメなのがこちら。『サキュバス殺し』。

 その名を口にした途端、クリスが動きが止まった。視線が鋭く据わる。

 サキュバスの単語に、反射的な敵意が漏れたようだ。

 さては彼女、大の悪魔嫌いで有名なエリス教の敬虔な信徒か。

 

 これは、いわゆる性欲減衰薬だ。

 ちょっと押されればコロッと流される、浮気性の彼氏や旦那に悩まされる女性に人気の商品。

 そんなダメ男とはさっさと別れろ、などとツッコんではいけない。

 

 服用すれば、悟りを開いた賢者のごとく性欲がスッと消える。

 サキュバスですら精気を吸えなくなる、との触れ込みで命名されたとか。

 効き目が強すぎて性格まで別人のようになると恐れられるが、飲まされるのは大抵、性欲モンスターのロクでなし。むしろ当然の結果だろう。

 ちなみに、名に反して性別の制限はない。

 

 女性にも使えると知った瞬間、クリスはばっとダクネスを振り返った。

 目が合ったダクネスも、悟ったのか冷や汗をにじませる。

 彼女は性癖を命懸けのクエストへ持ち込み、仲間を振り回す常習犯だ。私も噂は聞いているし、クリスも苦労しているのだろう。

 

 とはいえ、薬を本当に使っていいものか、クリスは逡巡していた。

 私は、牽制用にチラつかせるだけでも効果は抜群だと助言し、そっと背中を押す。

 周囲に聞こえないよう、だがダクネスの不安を煽るように意味深な視線を送りつつ――。

 結果だけ言えば、商品は売れた。

 

 少し補足しておく。

 この薬は、ウィズが仕入れたにしては手頃な価格で欠点もない。なのに中々売れない。

 

 というのも、アクセルは他の街に比べて治安が格段に良い。特に性犯罪率の低さは異常で、逆に結婚と出生率の低迷が問題視されているほどだ。

 荒くれ冒険者が集う街にしては、不自然なほど男衆が紳士的でガツガツしていないのだ。

 すべては、とある事情で彼らが性的欲求を発散できているせいなのだが、語ると長くなるので、ここでは割愛する。

 

 そういえば気になることがある。

 クリスをつぶさに観察したが、彼女は明らかに人間ではない。

 先日のアクアと比べると、何やら近しいものを感じる。ぶっちゃけ、あの二人は同族ではないかと睨んでいる。

 ウィズといい、例の喫茶店を根城にする集団といい。この街、思っている以上に人外が普通に溶け込んでいるのか?

 

 


 

 

【今後ともご愛顧賜りますようお願い申し上げます】

 クリスが店へ怒鳴り込んできた。

 曰く、『先頃ダクネスが購入していった自滅アイテムを返品したい』とのこと。

 

 なるほど。やるとは思っていたが、あの変態、とうとうやらかしたか。

 そしてクリスは、その巻き添えに遭ったと。それは御愁傷様。

 

 返品? そういうのはご本人様の了承を得てからでないと、私の一存ではちょっと。




・病院
このすば世界の医者は、呪術師が務める。病気の際は、ウイルスを呪殺する医療が一般的。『日常』のコミック一巻書き下ろしSS『異世界のゴッドハンド』より。

・アクセルの図書館
よりみち一巻『アクセルの爆裂探偵』にて登場。後にゆんゆんが利用している。

・サキュバス殺し
本作オリジナル。一発ネタ。
製作者がエリス教徒だとか、上位互換として発禁になった『オーク殺し』があるとか、サキュバスを劣化版として据えることで『お前らはオーク以下だ』と暗に悪魔をディスっているとか……。
冗長が過ぎるので、その辺りの誕生秘話はまるっとカットした。
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