とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

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1-4 森の悪魔

【森での変事】

 森の悪魔に賞金が懸けられた。

 ここ最近、冒険者ギルドが注意を呼びかけている悪魔型モンスターだ。

 今のところ街近くの森で目撃談がいくつかあるだけで、その正体は判然としない。

 

 元々、あの森にいたモンスターはとっくの昔に掃討されている。

 だから今では、戦いの心得がない市民でも安心して採集に入れる場所――のはずだった。

 ところが最近になって、本来なら人目を避けて森の奥に潜んでいたはずのモンスターが、街の目と鼻の先にある入口付近にまで出没するようになっている。

 

 街の防衛を鑑みると、見過ごせる情勢ではない。

 だが一方で、冒険者にとっては歓迎すべき事態でもある。討伐クエストが次々と発注され、稼ぎ時が到来したからだ。

 現に、現在の森は空前のクエストブーム。出遅れるなとばかりに皆が押しかけ、駆除に熱を上げている。

 

 そんな中、立て続けに報告されたのが、森の悪魔の目撃情報だった。

 ギルドの見立てでは、最近の異変は、その悪魔に怯えたモンスターたちが森の奥から逃げ出した結果ではないかという。

 

 ――もしやバニルか? と、一瞬私は疑った。

 だが伝聞される特徴は、どれもバニルとは一致しない。

 仮面の悪魔は魔王軍幹部にして大物賞金首。もし本当にそうなら、街は今頃もっと大事になっているはずだ。

 それに、バニルがこの辺りまで足を延ばしているなら、うちの店に顔を出さない道理がない。

 

 それにしても、平和が取り柄なアクセルで、こんな剣呑な騒動が起きるとは珍しい。

 

 


 

 

【ダンジョンでは純粋に有能な武闘派店主】

 ウィズが帰ってきた。

 世界最大のダンジョンで数日がかりの探索をこなし、魔道具の材料集めに精を出していたのだ。

 別段トラブルもなく、無事に完遂したらしい。

 

 で、戻ってくるなり、早速その素材を使って、また妙ちきりんな商品開発に取りかかろうとした。

 ……もういっそこっちで外注するから、リッチーらしくジメジメとした地下迷宮に引きこもって、モンスターとだけ戯れていればいいのに。

 さしものウィズといえど、ダンジョンで散財してきたことはないのだし。

 

 ちなみにその間、非戦闘員の私はというと、大人しく店番していた。

 結果は案の定、閑古鳥。書き残すような出来事は、何ひとつなかった。

 

 改めて思う。店に縛られていると、どうにも能動的に動き難い。殊に情報収集の面で。

 アクセルは、私にとってのホームグラウンド。

 合間を縫って、片手間ながらも何年もかけて構築してきた情報網は、今ではひとつの完成形へと育っている。

 もはや私自身が歩き回らずとも、街中のあれやこれやは自然と情報として集まってくる。

 

 とはいえ、それでもタイムラグはある。

 よりリアルタイムに近い情報が欲しいなら、やはり自分の足で稼ぐしかない。

 

 何やらここ最近、街全体が妙にざわついている気がする。

 私としては、今後の動静を慎重に見極めていきたいところだ。

 

 


 

 

【紅魔族コンビに関する所感】

 冒険者ギルドを覗くと、荒くれ者が集うはずの空間に似つかわしくない光景が目に飛び込んできた。

 隅のテーブルで、ひとりカードに興じる少女――ゆんゆんである。

 

 姿を目にするのは、随分と久し振りだ。

 彼女がアクセルに滞在していること自体は、耳にしていた。

 ……ぶっちゃけ、初めて名前を耳にしたときは接点がなさすぎて誰なのか思い出せなかったけど。

 今でも正直、コミュ障っぽいという印象しか残っていない。

 

 というか私の記憶違い、または分析ミスでないのなら、あの頃よりさらにコミュ障が悪化している気が……。

 とはいえ、当時から詳しく知っていたわけでもないのだけれど。

 

 様子を窺うに、どうやら本気で冒険者としてやっていくつもりらしい。

 かつての彼女からは、冒険者志望の気配など感じなかったが。

 まあ、あれももう昔の話だ。ローティーンの少女なんて、きっかけひとつで心変わりするものだろう。

 

 それにしても不思議なことに、彼女に関する噂をまったく聞かない。

 空気のようにいない子扱いをされているのかと勘繰ったほどだ。てっきり、もう街を発ったのかと思っていた。

 

 だが、奇妙な話だ。

 ここは駆け出しの街故に、下級職が大半を占める。

 その中でも成り手の少ない魔法使い、それも上級職のアークウィザードともなれば注目度は抜群。引っ張りだこのはず。

 実際、めぐみんも到着直後は話題を独占していた。

 

 ところがこの一週間、めぐみんとは対照的に、ゆんゆんの噂はゼロ。

 冒険者界隈を重点的に追う私の耳に何も届かないのだから、これは尋常ではない。

 他冒険者との交流が皆無という極端な奇行に走らない限り、そんなことは起こり得ないはずなのだけど。

 クエストをガン無視してアルバイト三昧、というパターンなら二名ほど思い当たるが。

 

 仮に彼女がぼっち体質で自ら声を掛けられないとしても、募集掲示板に張り紙さえ出せば申し込みは殺到する。

 それすら叶わず、お試しパーティーすら組めないまま今日に至っているのだとしたら……それはもう、余程のことだ。

 

 噂といえば、めぐみんの話もある。

 当人はまだ見かけない代わりに、悪評だけは様々耳に入ってくる。

 モンスターを見るや、ところ構わず爆裂魔法をぶっ放すだの。頭のおかしい地雷女だの。

 新人デビューの逆スタートダッシュを見事に決め、早くも独走態勢に入っている。

 ここ数日、街の近郊で轟くようになった派手な爆発音も、どうやら彼女の仕業だとか。

 

 とはいえ、駆け出しの身で爆裂魔法を習得し、しかも実戦投入までこなすとはにわかには信じ難い。

 ウィズの話では、あの魔法は桁外れの性能に比例して魔力の消費も膨大。優れた魔法使いが円熟の域に達して、やっと一発撃てるかどうか。そんな代物だ。

 もし既に撃てるのだとすれば、余程常軌を逸した魔力量をしているに違いない。

 彼女ならいずれ使えるかも、と夢想したことは確かにあったが、それはもっと遠い未来の話のつもりだったのだけれど。

 

 とはいえ爆裂魔法は、ウィズですら連発はできない究極魔法。

 いかに才能に恵まれていても、この点はめぐみんも同じはずだ。

 数人パーティーが基本の冒険稼業で、一撃放った直後にお荷物化する。……仲間への負担が重すぎて、迷惑極まりない。

 

 一体彼女は、どこを目指しているのだろう。

 噂を真実と仮定するなら、爆裂魔法一本で身を立てようと大真面目に企てているという辺りが妥当な結論に――いや、妥当なのか? これ。

 

 私も少々困惑している。

 紅魔族の習性は概ね理解したつもりだったが、あの二人を見ていると自信がなくなってきた。

 

 ちなみに、カードタワー建築に没頭していたゆんゆんには声をかけず、そっと踵を返した。

 あの積み上がり具合から察するに、かなり長いこと一人で過ごしていたのだろう。酒場に居座っている割に、特定の待ち人がいるふうでもない。

 しかも妙に手際がいいのが逆に怪しい。

 総合的に判断して、下手に関わると面倒そうとの結論に達した。

 

 アクセルに住んでいるなら、いずれ顔を合わせる機会もあるだろう。

 私は、問題を未来の自分に丸投げした。彼女に漂う不穏さに恐れをなしての、戦略的撤退である。

 

 


 

 

【二体の上位悪魔について】

 例の森の悪魔について、冒険者ギルドで討伐隊の編成が正式に決まった。

 どうやら相手が上位悪魔だと判明したらしい。

 

 遭遇者の証言によれば、その悪魔は『真っ黒で巨大な魔獣』を捜していると語ったという。

 ペットを捜しているのか、はたまた儀式の生贄を求めているのかは不明だが、ギルドはこの魔獣を初心者殺しではないかと推測している。

 私としては、悪魔の背後関係こそ気がかりだ。どうにも腑に落ちない。

 

 一旦話が逸れるが、少し前、アクセル近隣の街道で女型の上位悪魔が乗合馬車を襲う事件があった。

 現場に居合わせた紅魔族の少女が激闘の末に撃破したらしい。

 多分めぐみんかゆんゆんだろうが、護衛ではなく単なる乗客だったため、ギルドにも詳細な報告が上がっていない。

 

 謀(はかりごと)の悪意に鼻が利く私の勘は、その女悪魔と今回の森の悪魔の間に何らかの繋がりがあると訴えている。

 短期間で複数の上位悪魔が辺境に現れるなど、まず起こり得ない。偶然にしては出来過ぎだ。

 

 馬車を襲った女悪魔の行動にも疑問が残る。

 悪魔は、人間の生み出す悪感情を糧とする。よって、人間を無差別に減らすのはデメリットでしかない。

 グレムリンのように知性の低い下級ならともかく、高位の悪魔が人を襲う時には相応の理由がある。

 例えば誰かと契約を交わし、その遂行のために馬車へカチ込む必要に駆られた――そう考えれば筋は通る。悪魔は約束事を遵守するからだ。

 

 一番厄介なのは、二体の上位悪魔が同じ契約者を主としているケース。

 悪魔は誰とでも契約するわけではない。自らが認めた相手でなければ、首を縦に振らない。

 冒険者時代のウィズでさえ、すべてを擲った死闘の末に、ようやくバニルとの契約に漕ぎ着けたほどだ。

 もしも上位悪魔を複数従える者がいるのなら、もはや『野良悪魔が徘徊している』程度の話では済まない。状況次第では、ウィズが出陣する羽目になるかもしれない。

 

 ちなみに隣街アルカンレティアでも、女悪魔が目撃されたとか。

 水の女神を崇める筋金入りの狂信者に血走った目で追い回され、最後は這々の体で逃亡したそうな。

 日付的にも、その直後に馬車を襲って返り討ちに遭った個体と同一と見て間違いない。何しろ馬車は、アルカンレティア発だった。

 

 魔王軍すら敬遠するアクシズ教の総本山に単身突っ込むとは、大した度胸というか、無謀というか。

 あの街には、並の上位悪魔なら単騎で滅ぼせる聖職者もいるというのに。

 

 どうやら件(くだん)の悪魔は、頭がおかしいと評判のアクシズ教徒に絡まれた挙げ句、別ベクトルで頭がおかしいと評判の紅魔族に魔法で吹き飛ばされたようだ。

 哀れというか、自業自得というか。ここまで袋叩きにされて目的を果たせていなければ、まさに道化だろう。

 

 もっとも残機があるなら、どこかでとっくに復活しているのだろうが。

 

 


 

 

【いつもの】

 まったく、笑わせてくれる。

 ウィズが、結成される森の悪魔討伐隊に治療用ポーションを差し入れると、世迷言を言い出した。

 

 絶対言うと思った。だから伏せておいたのに。こういうときばかり耳聡くて困る。

 しかも相談ならまだ異を唱えられたが、彼女は固い決意の上で私に通達してきた。

 つまり、反論の余地など最初からない。

 

 百歩譲って、差し入れそのものはまだ許せる。

 店の宣伝にもなるし、世間の評判も上がる。必要経費と割り切ればメリットはある。

 だが彼女は、在庫を丸ごと放出するつもりでいる。

 そんなもの、暴挙以外の何物でもない。本気で店が傾く。

 

 当店の治療用ポーションは、駆け出し風情では逆立ちしても手が出ない超高級品だ。エリート冒険者が垂涎(すいぜん)する品揃えとなっている。

 よりによって、それを駆け出しの街で扱っているわけだが。

 そんなものをタダでばら撒かれては堪らない。負債が再び雪崩を打つ未来しか見えない。

 

 『この非常時に、冒険者を支えるのは街の住人として当たり前』と、ご大層な言説を振りかざしてウィズは胸を張った。

 おこがましい。心意気は立派だが、実態が伴っていない。

 パンの耳と砂糖水が主食で、むしろ支えてもらわないといけない貧乏人の分際で何を抜かすか。身の程を弁えてほしい。

 

 喧々囂々の末に、どうにかストックの全放出だけは食い止めた。

 聞く耳を持たない相手を説き伏せるのは、私でも骨が折れる。

 そんなに人助けがしたいなら、いっそ自分が討伐隊に参加すればいいものを。

 だが彼女は、『現役の仕事を横取りしてしまう』と乗り気でない。

 若者の食い扶持を掻っ攫うロートルなど傍迷惑な老害でしかないから、一理あるのは認める。

 

 さて、討伐隊の支度は現状滞りなく進行している。冒険者の士気も高い。

 街のエースとして名高いレックスの一党に加え、今や国内有数の実力者として評判の魔剣使いミツルギも参戦を表明している。

 アクセルが投入できる戦力としては、全力に等しい。

 

 当店も分相応以上のポーションを提供し、借金まで背負ってしまった。

 ぜひとも、それに見合う成果を上げてもらいたいものだ。

 

 閑話休題。

 差し入れでギルドへ赴いた折、ゆんゆんを見かけた。

 私のことを覚えていたらしく、目が合った瞬間に酷く驚かれた。

 ウィズならともかく、当時添え物に過ぎなかった私のことまで記憶しているとは意外だ。もう一年近く前で、会話すらしていないのに。

 

 もっとも、討伐準備で修羅場と化したギルドに長居しては邪魔になる。

 私はゆんゆんに笑顔で会釈を返し、すぐに退散した――のだが。

 ところが彼女はこれに慄き、瞳を煌々と輝かせ始めた。紅魔族が興奮した際に起こる現象だ。

 

 これには私もギョッとした。

 だが様子を観察すると、構ってもらえた喜びで感極まっているだけ、との解析結果が出る。

 

 いや、まさかそんな。

 自分で導き出しておきながら、私はその答えに仰天した。

 だとしたら、いくらなんでもチョロ過ぎでは?

 

 


 

 

【討伐隊敗走】

 ダメだったらしい。

 

 討伐隊が森へ進軍中、件の悪魔に奇襲され、ミツルギが重傷を負って戦線離脱。

 主力を早々に欠いたことが、致命傷となった。

 

 だがそれだけではない。

 ターゲット自身が、想定を遥かに上回る強敵だった。

 残されたメンバーは太刀打ち不能と判断し、戦意を喪失。即座に撤退を選んだほどに。

 

 上位悪魔と一口に言っても、その内実には幅がある。

 いずれも強力なのは確かだが、森の悪魔はその中でも上澄みだったようだ。

 嘘か真か、魔王軍幹部級とも囁かれている。

 

 こうなると、もはやアクセルの冒険者だけでは手に負えない。

 負傷者は多数、挽回策も無し。

 おまけに間の悪いことに、魔王城でも何やら動きがあり、各地の戦力はそちらへの対応に回されている。

 援軍は望めない。つまり、無理でも自前でなんとかするしかない、という状況だ。

 

 幸い、現時点で悪魔が街へ攻め込む気配はない。

 放置しても即座に街が危機に晒されることはない、と見られている。

 

 それに悪魔の脅威度からすれば、討伐隊の損害はこれでも控えめなほうだ。

 あちらはただ、降りかかる火の粉を払っただけで、人間を害する意志はないのかもしれない。

 もしくは優先順位の問題で、偶々手を出していないだけか。

 結局のところ、あの悪魔がどんな思惑で森を彷徨(さまよ)っているのかにすべてはかかっている。

 

 ……で、ウィズのこと、完全に忘れられている気がするのだが?

 

 ギルドは今、悪魔に対抗する手段を模索している。

 にもかかわらず、かつて凄腕冒険者として名を馳せたウィズに助力を仰ぐ気配がこれっぽっちもない。

 これはもう、奇怪としか言いようがない。首を捻るしかない。

 

 しばらく平穏だったせいで、助っ人として頼られる機会なかったからだろうか。

 まさかとは思うが……ド忘れされている?

 昨日もポーションを配りにギルドへ顔を出していたのに。

 ……ひょっとしてウィズのことを、ただの商人だと思っている?

 

 話を変えよう。

 この晩、供養のために共同墓地へ出かけたウィズが、しょんぼりした顔で帰ってきた。どうやら、悲しい出来事があったらしい。

 

 珍しいことに、夜の墓地で若い女性らしき二人組が彷徨(うろつ)いているのを見かけたそうだ。

 思わず声をかけようと近づいたところ、二人はダッシュで逃げ出した。

 これにショックを受けたウィズは、しばらく呆然と立ち尽くしたという。

 

 ……いや、順当では?

 話を聞いた私の内心は冷めていた。大方、アンデッドの類いと思われたのだろう。事実、その通りではあるし。

 薄暗がりで見るウィズは、血色の悪い青白い顔に、ローブで全身を覆った怪しげなシルエットをしている。

 なるほど。確かに不気味だし、怖い。

 

 気落ちしたウィズは『次回は一緒に来てほしい』と頼んできたが、私は丁重に辞退した。

 もう、あそこに用はない。よって面倒臭い。

 

 私が墓地に足を運んでいたのは、リッチーの魔力に引き寄せられて活性化するアンデッドを倒し、レベルを上げるためだった。

 すなわち、身体能力のステータス向上を図っていた。

 支援魔法なしでは日常生活にも支障をきたす虚弱体質は、洒落にならない。

 

 だが、それも終わった。

 前回のレベルアップで、身体能力の上昇がゼロだったのだ。

 いわゆるカンスト――成長限界だ。まだ駆け出しレベルなのに。

 魔力や知力は今なお順調に伸びているが、肝心の身体能力が打ち止めでは続ける意味がない。

 となれば、私が共同墓地に固執する理由ももはや無い。

 

 そういえば、と私はふと思い至り、率直に口にした。

 ――よくよく考えると、薄暗がりで遭遇するウィズは、特徴のいくつかがゾンビと符合している気がする。

 

 


 

 

【お客様への誠実な対応を心掛けております】

 私が外出している間に、ゆんゆんが来店していたらしい。

 応対したウィズが、私の帰宅と同時に報告してきた。

 

 久々の再会だというのに、積もる話は特になかったという。

 予定が詰まっていたのか、彼女は必要なアイテムだけを素早く買い込み、そそくさと店を後にした。まともに言葉も交わせなかったわけだ。

 

 果たして、そんなに急いで何を買ったのか。

 軽い気持ちで尋ねると、ウィズは『パラライズの魔法を強化するポーション』だと答えた。

 

 うちに該当する品は一種類しかない。

 威力と範囲を大幅に拡大する代わりに、術者本人まで麻痺させる。そんな欠陥を抱えたガラクタだ。

 値段は手頃で、性能も抜群。だからこそ危険極まりない。

 よりにもよって、ゆんゆんがあれを?

 

「『パラライズの威力と効果範囲を問答無用で強化するポーションです!』って紹介したら、即決でしたよ。ほらやっぱり、うちの商品の良さをわかってくれる人はいるんですよ!」

 

 唖然とする私の前で、ウィズはドヤ顔で胸を張った。

 この女、とうとうやらかした。

 その売り文句では語弊がある。術者も巻き添えになるなど、察しようがない。

 

 私のサポート抜きでオススメの品を買ってもらえたことが、余程嬉しいらしい。

 挙げ句、過去に私がこのポーションを酷評した発言を掘り返し、上から目線で反省を促してくる始末だ。

 たかが一品売れたくらいでマウントを取ってきた。調子に乗りすぎだろう。

 

 そもそもゆんゆんは、欠点に気づかず購入しているに違いない。

 ウィズの自信満々なセールストークから、術者ごと麻痺するポンコツだと読み取れるはずがない。

 そういうのを、虚偽説明という。場合によっては、詐欺で捕まる案件だ。

 

 まだ私が店で働き始めた頃。

 在庫一掃を狙い、騙してでも売りつけようと画策したとき、そんなやり方は間違っていると糾弾し、店長命令までして禁じたのはウィズだった。

 その張本人がこのザマとは、嘆かわしい。しかも無自覚なのが、尚更タチが悪い。

 そういうことをするのなら、せめて事前に相談しておいてもらわないと。

 

 もし事故が起きれば、店の看板に傷がつきかねない。ゆんゆんには無事であってもらいたいものだ。

 念のため、万が一に備えて保身の根回しだけは抜かりなくしておこう。

 

 


 

 

【あなたに笑顔を届けるウィズ魔道具店、本日も営業中】

 懸案だった森の悪魔が、遂に討たれた。

 

 昼下がり。まるで今になって存在を思い出したかのように、冒険者ギルドの職員が慌てて店に駆け込んできた。

 森の悪魔討伐に、ウィズの力を借りたいとのことだった。

 

 しかし蓋を開けてみれば、ウィズが動く前に決着がついていた。盛大な肩透かしである。

 討伐を果たしたのはレックスのパーティー。紅魔族の二人も加わっていたらしい。

 若干引っかかる点はあるが、それはひとまず置いておく。

 

 また、レックスたちはアクセルを巣立ち、王都に拠点を移すのだという。

 前々から移籍の話はあったが、この節目で腹を括ったのだろう。

 何というか、世代交代、とでも言おうか。アクセルの風向きがほんの少し変わりつつある。そんな気がする。

 

 他方。森の悪魔討伐の報が入る少し前、ウィズ魔道具店では間の抜けたコントが延々と繰り広げられていた。

 ウィズが天然でボケをかましてくるので、私がツッコまざるを得ない、という図式である。

 

 相手は魔王軍幹部級の強敵。ウィズといえど、撃破は容易ではない。

 ならば、道具の力を借りるのは当然のこと。商品を持ち出そうとするのも、今回ばかりは致し方ない。

 

 が、その選定基準がおかしい。

 どう見てもガラクタばかりを選び抜いている。自滅する気としか思えない。

 アンデッドだけあって、脳か目玉が腐っているのかもしれない。

 

 例えば、魔力を底上げする魔法使い専用ローブ。ただし、魔法が一切使えなくなるという致命的な副作用つき。

 ……そんなものを着て、一体何をするつもりなのか。

 悪魔を爆笑させて、気分良くお帰りいただくつもりなら、何も言うまい。

 バニル辺りなら、案外それで一日くらいは引き下がってくれそうだし。

 冒険者としての方針に、こちらから口を出すつもりはなかった。だがここまでくると、さすがに制止せざるを得ない。

 

 そんなふうにいちいち言い合っているうちに、森の悪魔は討伐されていた。

 

 この女、もしかしなくても、現役の頃からこのノリだったのではなかろうか。

 だとしたら、可哀想に。ウィズのかつての仲間が。

 

 


 

 

【ヤバいパーティーが始動した】

 街の大通りで、なんとも奇っ怪な寸劇を目にしてしまった。

 主演はサトウカズマ、アクア、そしてめぐみん。

 ここひと月、私の頭痛の種となっている面々だ。

 

 とりわけカズマとアクア。

 私は彼らを最重要監視対象と定め、冒険者登録の日から行動を逐一追ってきた。

 にもかかわらず、成果はゼロ。ギルドには一度も立ち寄らず、街の外へ向かう気配もない。

 どうやら周辺でアルバイト三昧の日々を送っていたらしく、ここ二週間は土木現場に腰を落ち着けていた。

 

 他の勇者候補とは勝手が違いすぎる。旅立つ兆しが欠片もない。

 私は、新天地での二人の日雇い労働ライフを見守るために、ストーカー紛いの行為に手を染めているわけではないのだが……。

 おかげで彼らの一日のタイムスケジュールから、酒場で頼むメニュー、寝泊まりする馬小屋の場所まで、恐らく本人以上に把握してしまっている。脱力感しかない。

 

 そろそろ調査は打ち切ろうかと思い始めていた、その矢先だった。

 ほんの僅か目を離した隙に、彼らはクエストを受領し、その帰り道を歩いていた。偶然、その現場に遭遇したというわけだ。

 

 戦果は、その姿を見れば一目瞭然だった。

 アクアとめぐみんが粘液塗(まみ)れ。駆け出しの定番、ジャイアントトードに丸飲みされたのだろう。

 

 ……カエルに捕食される女神とは?

 神は悪魔の宿敵で、あのバニルとも渡り合える超常存在のはずなのだけど。

 

 アクシズ教の資料を読み込んだ結果、あのハチャメチャな性格と言動がご神体の特徴と合致することは、裏付けが取れてしまった。

 だから判断を保留していたけれど、やはり単なる残念な青髪女が自分を女神と思い込んでいるだけなのだろうか?

 アホ過ぎて逆に動きが読めない。私としてはちょっと苦手な相手だ。

 

 そしてめぐみん。

 『どんなヌルヌルプレイにも耐えるから見捨てないで!』と絶叫し、通行人の視線を一身に集めていた。もちろん私も釘付けだ。

 この体を張った脅しが功を奏し、追放寸前だった彼女はパーティー残留を勝ち取ったようだ。

 あの三人でパーティーを組むらしい。

 

 爆裂魔法しか使えず、どのパーティーにも拾ってもらえない。

 めぐみんについて、そんな風評は耳にしていた。

 どこまでが誇張かと思いきや、すべて事実だったらしい。

 引き止め方が必死過ぎる。これまで何度たらい回しにされてきたのやら。

 

 一連の光景を眺めながら、私はようやく悟った。

 めぐみんは、普通に頭がおかしい。

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