とある魔道具店店員の手記 作:シュワシュワ
【秋キャベツの収穫】
今年もキャベツの季節がやって来た。
食われてなるものかと、自由を求めて決死の逃避行を繰り広げる空飛ぶキャベツの群れが、今年もアクセルへ押し寄せてきた。
捕らえようとすれば、それはもう全力で抗ってくる。
おかげで毎年、この収穫作業は冒険者総出の騒ぎとなる。
リスクはあるものの、それを差し引いても実入りは大きい。
今年は特に出来が良く、その分報酬も割増しだ。
冬越しの資金を蓄えたい冒険者たちにとって、この収入はまさに慈雨となるだろう。
半ば冒険者業を引退し、普段はクエストにノータッチなウィズも、今日は珍しく参加していた。
いよいよ貧困に耐えかね、目先のお金に目が眩んだのだ。
『緊急クエストだから仕方ない』だの、『朽ちていくキャベツが見過ごせない』だの。理論武装を固めて自分を納得させようとする姿を、私は
今はアクアの件を見極めている最中なので、正直、見送ってくれても良かったのだが……まあ、止めはしなかった。
他方の私は、大人しく店の奥に避難した。戦っても勝ち目がないので。
緊急クエストは本来、冒険者の全員参加が義務とされている。
ただし、私のように資格を持つだけの人は召集の対象外だ。
さすがのギルドも、道端の雑草と互角の死闘を演じるのがやっとの私に、前線に立てと鬼畜の所業は強いてこない。そもそも頭数に入っていない。
やがて収穫が一段落すると、ウィズが持ち帰り用にキャベツを確保してきたので、それで料理を作ることにした。
新鮮で活きのいい丸ごと一玉は荷が重いが、包丁で刻んで弱体化したキャベツであれば私でも調理できる。
ちなみにリッチーであるウィズに、飲食は必要ない。
とはいえ完全に飢えを感じないわけでもなく、空腹が続くとじわじわとパフォーマンスが落ちる。前に実証済みだ。
はっきり言って、一万エリスもする採れたて高級キャベツを彼女に食べさせるのはコスパが悪い。
いずれ余裕ができたら、この辺りの詳細を研究し、最小コストで店長を効率よくこき使う方法をまとめ上げたい。
言うなれば、私の輝かしい将来の夢の一つである。
手間はかかるだろうし、私一人での実現は難しい。いずれバニルとも相談して、共同で当たるとしよう。
【アクセル屈指の問題児パーティー】
助っ人を頼まれ、朝方だけ冒険者ギルドのバイトに入った。
キャベツの後始末でリソースを食われている上に、職員に病欠が出たらしく、泣き面に蜂の惨状らしい。
人手がまるで足りておらず、猫の手も借りたい有り様だという。
そんな突発バイトに追われていた最中、衝撃的な光景が飛び込んできた。
サトウカズマのパーティーに、あの変態クルセイダーが加わっていたのだ。
最初は、偶々居合せただけかと思った。偶然視界に入っただけのようにも見えた。
だが、様子を観察しているうちに確信する。クリスと別れて、どうやら正式に移籍したらしい。
闇鍋に、さらなるイロモノを投下してどうするのか。深度が増すだけだろう。
現在の構成メンバーは、四人中三人が上級職。
役割分担も明快で、回復役まで完備。カタログスペックだけ見れば、理想的なバランスだ。
だが、見事に問題児しかいない。
しかも、パッと見は華やかで有望そうだからなおタチが悪い。もはや新手の詐欺だ。
大型ルーキーの集まりなのに、目を離したが最後、あっという間に空中分解しそうな不安感が拭えない。
果たして、誰があのカオスをまとめるのだろう。
アクア? 論外。
ダクネスにも無茶だろう。
めぐみんは、爆裂魔法から距離を置き、冷静に指揮を執れるなら話は別だが……まあ、無理に決まってる。
必然、残る選択肢はサトウカズマだけとなる。
とはいえ、意外と有りか? 私の見立てでは、彼は能力的にも性格的にも、リーダー適性を備えているように思える。
……まあ、舵取りに失敗したとしても、パーティーがひとつ爆散するだけだ。
仮に手綱を取れたとしても、ストレスに苛まれる日常が待っているのは疑いない。
あの面子をどうにかしろと言われたら、私なら間違いなく罰ゲーム認定する。
あのパーティー、いつか何かをやらかす。
そのとき私は、ひょっとするとその渦中に巻き込まれているかもしれない。そんな予感がある。
【ポンコツ店主、成仏しかける】
だからといって、こんなすぐ渦中のど真ん中に放り込まれてもいいとは言ってない。
端的に言うと、ウィズがアクアに浄化されかけた。
発端は、サトウカズマのパーティーがゾンビメーカー討伐のクエストを受けたことにある。
その現場が、ウィズが霊の供養のために訪れていた共同墓地で、綺麗にバッティングしたのだ。
アクアはウィズをひと目見るなりリッチーと看破し、躊躇なく浄化魔法を放った。
恐るべきことに、たかがターンアンデッドごときで消滅の窮地へ追いやったという。
他の仲間が慌てて間に入り、なんとか事なきを得たが、あわやお陀仏リッチーへとジョブチェンジするところだった。
殊に、ウィズと面識のあるめぐみんやダクネスが、積極的に説得してくれたという。
なお、私はその場にいなかった。すべて帰宅したウィズからの事後報告で知った次第である。
……頭が痛くなってきた。
もう女神確定でいいだろう、あれ。
よしんば違ったとしても、ノーライフキングを一瞬で見抜き、一方的に滅ぼせる存在なのは確かなのだ。
戦意がなかったとはいえ、バニルと五分に渡り合えるウィズがこうも簡単に押し負けるとは。
相性の悪さは覚悟していたが、ここまでとは思わなかった。私の判断ミスだ。
神々に関する私の知識は浅い。
カエルに丸呑みにされたという情報のせいで、戦力査定があやふやになったことは否定できない。
ちゃんと理解していれば、もっと慎重に動いていた。……というのは、言い訳に過ぎないか。
それから、共同墓地での供養は今後、アクアが引き継ぐことになったらしい。
本来ならば聖職者の仕事だが、街のプリーストは拝金主義者ばかり。タダ働きにしかならない共同墓地には見向きもしない。
だからこそ、これまでは魂の声を聞けるウィズが、善意で代行してきたのだ。
今回の一件は、不運な事故だった。だが同時に、ある意味では幸運でもある。
結果だけ見れば、成果は上々だ。
最大の懸念だったアクアと話をつけ、見逃してもらえた。これなら、街中に潜むリッチーが白日の下に晒されることもない。
ウィズが昇天させられては堪らない。私としては、彼らとはいっそ友好的な関係を築きたいと考えている。
さて、気になる点がひとつ。
先述の通り、彼らはゾンビメーカー
調査ではない。討伐だ。
すなわちギルドは、ゾンビメーカーの実在を確かなものとして認識していたことになる。
ところがウィズによれば、そんなものは見かけなかったという。
リッチーの魔力に当てられた死体は、アンデッドとして目覚める。
その様子を調査クエストで来た冒険者が目撃し、取り巻きを従えるゾンビメーカーと誤認したのでは――とウィズは推測していた。
いずれにせよ、討伐対象のゾンビメーカーは実在しない。
そして此度の件で和解したウィズの正体を、彼らがギルドに報告できるはずもない。
となれば、クエストは失敗として処理されるだろう。
元を辿れば身内の不始末だ。
さらに、ウィズの秘密を守ってもらっている立場でもある。
この機に、ひとつ恩を売っておくのも悪くないか。
【自己紹介】
ゾンビメーカー討伐クエストに不備が発覚し、依頼はあえなく差し戻しとなった。
肝心のゾンビメーカーが見当たらないと、ギルドが正式に認定したためだ。
直前にクエストを受けていたパーティーには、失敗扱いで徴収されていたペナルティ料が全額返金。さらにギルド側の不手際として、迷惑料まで上乗せされた。
事の発端は、私がギルドへ再調査を直談判したことにある。
あの夜の顚末を、ウィズの正体に触れない範囲で説明すると、申請は即受理された。
ウィズが行う共同墓地の供養は、私の提案もあってギルドに届け出済みの公認業務となっていた。その実績が物を言った形だ。
……本来の狙いは、ギルドにトラブルがあった際の後ろ盾となってもらうことだったのだけど。
さておき。
もしこれが無名の新人、それも問題児と評判のパーティーによる訴えだったら。
『ゾンビメーカーなどいなかった』と主張しても、苦し紛れの言い訳と一蹴されていただろう。
だがウィズは、街で知らぬ者のいない凄腕のベテラン。信頼も厚い。
本人を同行させると、アクアと鉢合わせた場合に面倒なので留守番させたが、彼女の名を出した時点でギルドは腰を上げた。日頃の評価とは、斯くも大きい。
再調査の結果、ゾンビメーカーは終ぞ見つからず。
初動の判定ミスか、はたまた誰かが密かに仕留めて報告しなかったのか。
とはいえ、真相の究明に意味はない。
少なくとも討伐クエストとしては成り立たない、と結論づけられた。
考察するに、最初の調査パーティーは真面目に仕事をしたのだろう。
ただ、よもや伝説級アンデッドが駆け出しの街を徘徊しているとは思わなかったに違いない。だから彼らは、常識的にゾンビメーカーと判断を下した。
今後の供養はアクアが担当することになり、ウィズが墓地へ赴く理由は消滅した。真実が表沙汰になる日は来ないだろう。
――以上の経緯を、ギルドに呼び出されたパーティー代表のサトウカズマへ、私が説明した。
なぜ私なのかといえば、再調査クエストを含む一連の采配を引き受けた責任者が、よりにもよって私だからである。
……どう言い繕っても、一介のバイトの権限を完全に踏み越えていると思う。
そもそも、直訴した張本人に『じゃあバイト代を出すからついでに調査もお願い』と一任するのは、大胆不敵が過ぎるだろう。
そんなだからあの女、休みも取れず、いい年して恋人の一人もできないのだ。……まあ、その話は脇へ置く。
説明が一段落したところで、話題を切り替える。
ところで、先日はウィズ店長の危ないところを救っていただいたそうで。
ウィズの名を出すと、カズマは見事に食い付いた。
呼び方や言い回しから、ただの知り合いではないと彼は察したらしい。
彼の驚いた視線がギルドのモブ職員に過ぎない私へと移り――いや、目は合わなかった。
逸らしたまま、挙動が妙にぎこちない。
どうやらこの男、女慣れしていないらしい。
異性とまともに目を合わせられず、挙動不審になるタイプか。多分、姉妹とかいなかったのだろう。
仲間三人がアレなので、すぐに慣れてしまうだろうけど。
ウィズとの関係を問われたので、店の従業員と回答した。ギルドにはバイトで入っているだけだとも。
見た目通り、私はただの人間です。
不幸な行き違いがあったと伺っておりますが、よろしければ近いうちにウィズ魔道具店へお越しください。
それと……先程から野獣みたいな眼光で熱視線を注いでくるクルセイダーですが。
後ほどそちらで回収しておいていただけると助かります。本当に。
【身売りリッチー】
夕飯の買い出しから店に戻ると、店番をしていたウィズが買い物カゴの中を覗き込み、戦慄を顕にした。
とうとう身売りさせられるのか、と。
じりじりと後ずさりながら距離を取り、絶望の形相で声を震わせる。こちらの顔色を窺いつつ、真偽を恐る恐る問いただしてきた。
……安くなっていたサンマを筆頭に、季節の食材をちょっと奮発しただけなのに。
聞くところによれば、処刑が決まった死刑囚には、最期の晩餐として豪勢な食事が振る舞われるという。
この女、まさか……。
ウィズが私をどう見ているか、よく分かる一幕だった。甚だ遺憾である。
『これからもっと頑張って借金も返していくから、どうか身売りだけは』と、平身低頭で素っ頓狂な懇願をしてくるウィズ。
私は慌てて制止し、誤解を解いた。
その発言は非常に不味い。万が一お隣さんの耳にでも入れば、冗談では済まされない。
一応補足しておくと、彼女の言う『身売り』とは、リッチーである自分の髪や爪――豊富な魔力を含んだ素材を売り払うことを指す。
今はだいぶ元気そうだが、先頃の共同墓地での件以来、彼女は一時期明らかに体調を崩していた。
そこでキャベツの報酬も入ったことだし、たまには栄養のあるものをと、主食であるパンの耳ではなくきちんと腹に溜まる食材を用意してみただけなのに。
私が珍しく気を遣ってみれば、このザマである。
まあ、それはそれとして。
リッチーの素材が高く売れるという話、それ自体は興味深い。
それは良いことを聞いた。希少すぎて出処には細心の注意を要するが、それでも有益な情報であることに変わりはない。
今後の参考として、覚えておくとしよう。
【新しい息抜き兼玩具について】
ご禁制のモンスター召喚アイテムが、密かに使用されている恐れがある。
発端は少し前。アクセル近郊の森に上位悪魔が出現し、怯えたモンスターが森の入口付近まで逃げ出す騒ぎがあった。
騒動自体は既に終息済みなので、詳細は割愛する。
問題の焦点はそこではない。
その時期、討伐目当てで冒険者たちが森に殺到していたのだが、彼らの一部がアクセル周辺には本来生息しないはずのモンスターを目撃したという。
冒険者ギルドは、森の悪魔の召喚によるものだと断定した。
――本当に?
その話をギルドでのバイト中に耳にした私は興味を惹かれた。資料室へと直行し、発生源について探ってみる。
早速出現ポイントを地図に落とし込むと、完全なランダムとは言えない偏りが見て取れた。
その範囲を眺めるうち、ふと思い出す。――あの辺りには、貴族の屋敷がある。
街へのアクセスが最悪な、森の奥に新築された館。そんな辺鄙な場所にわざわざ移り住んだ、奇妙な一族がいる。
割と最近の出来事なので、そこそこ印象に残っている。
物件の持ち主はドネリー家。金貸しを中心に、商いに力を入れている家系だ。
当主カレンは未婚の若い女性。隠居を見据える年齢でもない。
一見して、家業と森の館に接点はないように思えるが――魔道具店勤めの私には、両者を繋ぐ要石が思い当たった。
ひょっとしたら、面白いことになるかもしれない。
そう軽い気持ちでドネリー家の資金と物流を洗い始めたのが、つい先日のことだ。
そして、結論から言えばほぼ黒。大当たりだった。
定期的に仕入れて屋敷へと運び込まれている品の中に、魔道具の材料が混ざっていた。
しかも、それらを組み合わせれば、モンスター召喚魔道具が作れてしまう。
使役は不可能、召喚対象もランダム。ただ呼び出すだけの代物だ。
だからこそ危険極まりなく、ご法度となっている。
さらに調べを進めるうち、屋敷を経由してモンスターを密かに売り捌いている記録まで掘り当てた。どうやら随分と繁盛しているらしい。
カモネギやゴールドアント辺りはまだしも、ドラゴンの子供などどうやって確保したのやら。
私兵や冒険者を雇って、探させた形跡もない。
加えて、売買するモンスターの品目がコロコロ変わって安定しないなど、細かな不審点は散見するが――御託はもういいだろう。
私の仮説はこうだ。
ドネリー家は裏で召喚魔道具を製造し、呼び出したモンスターを選別している。
高く売れる個体は売り払い、値が付かないハズレは森に放逐する。
人のいない森に邸宅を構えたのも、悪事を隠蔽するためだろう。
これならそうそう露見しないし、万一怪しまれても知らぬ存ぜぬで押し通せる。
屋敷そのものが、召喚して捨てる前提で設計されている可能性も高い。何とも計画的だ。
だが、完全に犯罪だ。貴族といえど、お咎めなしでは済むまい。
まったくとんでもない話だ。
このまま野放しにすれば、森に捨てたモンスターでいずれ街にも被害が及ぶ。……いや、既に兆候は出ている。
ウィズがこの話を聞いたら、きっとお冠だろう。
つまり、大義名分が整った。
相手は、金のためなら
善良な相手に手を上げればウィズは怒るが、悪事を止めるためなら話は別。
手順に
要するに――ドネリー家は、私が手を出しても良い相手だ。
ギルドや警察に通報する気はない。
まだ明確な実害はないし、今ならギリギリ取り返しがつく……かもしれない。
まあ、他にも何か悪事を働いていそうな気配はあるが。
ともかく、公にしてしまえば厳しい処罰は避けられない。
ならば、ドネリー家には自主的に魔道具製造をやめてもらう。
というより、
ドネリー家は重罰を回避できる。街はモンスター被害から解放される。王国も悪徳貴族が一掃できてご満悦。
三方良し、ラブアンドピース。めでたしめでたし。
……ただし現状では、確固たる物証がない。いざ蓋を開けてみたら、実は勘違いだった――なんてオチもあり得る。
まあ、そのときはそのときだ。
あそこの金貸しはかなりえげつないと評判がよろしくない。そこに梃入れして手を引く分には、ウィズにも言い訳は立つ。
有り体に言って、ドネリー家は成金の成り上がり者だ。家格は低い。
だが言い換えると、金だけはある。
それに、あの家が営む金融業も、押さえておけば何かと利用価値がありそうだ。
よし。ドネリー家、乗っ取ろう。
【首無し騎士、苦情を申し立てる】
アクセルの街の北外れ、丘の上に建つ古城。
そこへ近頃越して来た魔王の幹部ベルディアが、突如として街門前に現れた。
すわ一大事――かと思いきや、襲撃ではなかった。
何事かと思えば、こうである。
毎日毎日、欠かさず城に爆裂魔法を撃ち込むのを止めろ。
……キレ散らかして、抗議に来ただけだった。
つまるところ、このデュラハン。ご近所トラブルに腹を立てて、わざわざ出向いてきたのだ。
何というか、この時点で犯人は一発で特定できる。ウィズではない。
めぐみん、一体何がしたいのか。
あの城に魔王軍幹部が乗り込んだと、ギルド経由で通達が出ていたはずだが。
それにクエストにも多大な影響を及ぼしている。体感としても実感しやすかっただろう。
そもそも、わざわざ爆裂魔法を撃ち込む意味がまるで分からない。
さて、経緯をざっくりまとめると。
ベルディアの抗議に対し、めぐみんは真っ向から拒否。
腹を立てた彼は呪いをかけ、それをダクネスが庇って受ける。
それはそれで良しと溜飲を下げたベルディアは、引き返していった。
……もっとも、直後にはアクアがサクッと解呪したそうだけど。
デュラハンの呪いと言えば、死の宣告。
とりわけベルディアのそれは、最高峰のアークプリーストでも解呪不能とされ、数多の英雄を屠ってきた最悪クラスの呪いである。
かつて冒険者だった頃のウィズも、これには苦しめられた。
が、それはあくまで人間規格の話。アクアにとっては、お茶の子さいさいだったようだ。
リッチーとデュラハンでは、不死者としての格が違う。
そのリッチーを軽々と完封するのだから、格下の呪いなど歯牙にもかけないのは当然だろう。
それにしても、あの城を縄張りにしていた謎の幹部がベルディアだったとは。
街など眼中にない様子だが、そもそもこんな辺境に何の用で来たのやら。
あれからだいぶ経ったし、もう大丈夫だとは思うが。私個人としては、ベルディアとはあまり顔を合わせたくない。
昔、
さらなる悪感情を搾取するために、あの畜生仮面が真相をネタバラシしていても不思議はない。
刃傷沙汰になるような相手ではないにせよ、恨まれていてもおかしくはない。
幸い、私はあくまで一般市民。会うこともそうそう無いだろう。
願わくば、私の関知しないところでひっそりと消えていてほしい。
ところで、ベルディアは騎士道精神を体現しており、あれで中々律儀なところがある。
死の宣告の発動には、一週間の猶予がある。
『呪いを解いてほしければ、城まで来い』と宣言した彼は、きっと今頃、同朋を救おうと攻めてくる冒険者たちを、最奥で真面目に待ち構えているのだろう。
手下を配置し、罠を張り、部屋の飾り付けを整えながら、若干そわそわしつつ。
……呪いはとっくにアクアに解かれているとも知らずに。
あんなおかしな連中に絡まれたばっかりに。あの男も、不憫な。
【魔王を取り巻く巨星の一つが堕ちた】
ベルディアが討伐された。
冗談でも誤報でもなく、完膚なきまでに。
王都からの援軍はまだ影も形もなく、ウィズが助太刀したわけでもない。
正真正銘、この街の冒険者だけで成し遂げた戦果だ。
訃報を聞き、ウィズの手前、悲しげな顔を作るべきか一瞬迷った。
が、当の本人がケロッとしている。なので私も平常運転で過ごした。
ベルディアには少々の恩こそあるものの、生死に深い関心はない。精々、福引き券の五等が当たったとき程度の感慨だ。
そもそもウィズにとって、あの中年はスカートを覗き、胸元に頭部を落とし、女湯にわざと首を置き忘れるセクハラ常習犯。報いが来たと考えれば順当だろう。
事の顛末はこうだ。
まず、ベルディアが再び街門に現れた。二つのクレームを携えて。
一つ目。一週間経っても、誰も呪いを解きに来ない。解呪済みと知らぬ彼は、『この街の冒険者は血も涙もないのか!』と激怒した。
二つ目。爆裂魔法。めぐみんは、その後もしれっと城を爆撃し続けていたのだ。なんとまあ。
彼女とはあまり面識がないが、一度じっくり面談して人となりを把握した方が良いかもしれない。どうも言動がならず者すぎる。
続く戦闘は、要点だけ掻い摘むと以下の通りとなる。
まずはめぐみんの爆裂魔法で、ベルディアの手勢を一掃。
ベルディアの猛攻は、ダクネスが鉄壁の耐久で受け止める。
アクアが洪水級の水魔法で弱らせ、抵抗力が落ちたところをカズマがスティールで首を奪取。
暫し首ボールで遊んだあと、アクアの浄化魔法で完全消滅。
全体指揮はサトウカズマ。ツッコミどころは山ほどあるが、流れは概ねこうだ。私も現場を見物してみたかった気がする。
ともあれ、ベルディアは討ち取られた。
現役時代のウィズすら果たせなかった快挙、歴史的偉業である。
幹部騒動はここまでにして。少し別の話をしよう。
ベルディア討伐の朗報が街に行き渡って間もない頃、ミツルギキョウヤがふらりと店を訪れた。
開口一番、グラムはここにないかと問うてくる。
グラムは彼の愛剣だ。その持ち主が所在を尋ねてくるとは、中々面妖な光景である。
要領を得なかったので、事情を聞き出してみた。
曰く、ミツルギはとある冒険者――最弱職の男に決闘を吹っかけた。
『負けたら何でもひとつ言うことを聞く』という、やや軽率な条件付きで。
勝てば相手の仲間を一人譲り受ける腹積もりだったらしい。
片や高レベルの上級職、片や駆け出し。勝負の行方は明白に思われたが――結果はまさかの完敗。
油断していたところに不意を突かれ、一瞬で沈められたという。
そして戦利品として、グラムを奪われてしまった。
卑怯な手だったとはいえ、勝敗そのものは彼も受け入れている。その上で恥を忍んでグラムの返還を願い出たものの――時既に遅し。
剣は既に売却済みで、行方知れずとなっていた。
今は仲間と手分けして、グラムの捜索に奔走しているらしい。
……なるほど。思ったよりも下らない。
結局のところ、格下に喧嘩を売って返り討ちに遭っただけの話だ。自業自得である。
温厚なウィズですら私と似たような反応だった。流儀に則った正当な勝負だった以上、ミツルギに同情はない。
彼女も根っこが冒険者だから、この点はドライだ。
むしろ彼女は、仲間を賭けに使ったことの方に不快感を覚えたようで、こめかみに手を当てて頭痛を堪えていた。
私は、そこすらもどうでもいいが。
さて、肝心のグラムだが――うちには無い。
そもそも今週まともな客は彼が初だったし、魔法武器の類いは基本的に取り扱っていない。
そういうのは武器屋の領分だ。……いや、雑貨屋でも稀に扱うか。
念のため、グラムを買い取りそうな店の候補をメモに起こし、ウィズの説教に耐えていたミツルギへ手渡した。
この時期に剣を探して奔走していたということは、彼はベルディア戦には参加できなかったのだろう。
その後、街に出回っている武勇伝をざっと確認してみたものの、案の定、彼の名前はどこにもなかった。
……何というか、恐ろしく間が悪い。
惜しい。
この件で多少の貸しは作れたが、もしグラム本体をうちで買い取れていれば、より強力な貸しになっていたのに。
彼はグラムをただの装備品ではなく、相棒、あるいは半身のように扱っている。
……それを奪われているのもどうかとは思うが。
グラムの値打ちは私には見当もつかないが、いかなる高値を吹っかけようと、ミツルギは必ず買い戻す。断言できる。
むしろ金銭で決着をつけるのは勿体ない。
彼の性格なら、タダで譲って恩に着せたほうがずっと実入りがいい。深く感謝して、必ず利子つきで返してくれるタイプだ。
やり方次第では、かの高名な魔剣使いに恩義の首輪を嵌めて、こき使うことすらできたはず。
……どうしよう、今からでも探してみるか? ちょっと心が揺れている。
【来年の納税について】
ふと気がつけば、納税期間がとうに過ぎ去っていた。
赤字経営の当店には無縁のイベントなので、どうしても印象が薄い。
毎年、徴税が近づくたび私は金稼ぎに身が入らなくなる。
どうせ稼いでも税で持っていかれる。そう思うと意義を見い出せず、やる気を削がれるのだ。
税期を迎えるも、浪費癖のある店長が使い込んで払えない――という羽目に陥る姿がありありと目に浮かぶ。
税金には自己破産も効かないから、実に厄介である。
店の話はこれくらいにしよう。
前回の納税最終日は、ベルディア討伐の前日だった。
長年猛威を振るった魔王軍幹部には莫大な懸賞金が懸けられており、報酬は参戦した冒険者全員に分配される。
理屈の上では、この収入は次期の課税対象になるはずだ。
とはいえ、アクセルの冒険者たちはこれまで実質的に納税を免除されてきた。
蓄えなど無い駆け出し集団に税まで課せば、生活が立ち行かないのは火を見るより明らか。
街が新人養成所として機能するために、目こぼしされていたわけだ。
が、今度は事情が違う。討伐報酬で懐は潤うし、納税日は約一年後。
この先クエストを重ねれば、総収入はさらに伸びるだろう。
これは、どうなのだろう。
アクセルの冒険者は税の仕組みを知らない。今まで請求されなかったから、学ぶ機会すらなかった。
放置すれば、一年後には全額使い果たしている未来が目に浮かぶ。
そこへ持ってきて、妙なイベントが再発して臨時収入のおかわりでも起きれば目も当てられない。
例えば、宝島とか。周期的にはそろそろ出てくる頃合いだろう。
報酬を泡銭と思わず、今後も堅実にクエストをこなし、冒険者の責務を果たし続ける――それが出来れば減税や見逃しの余地もあるだろう。
けれど、この街の面々にそこまで期待できるかと言われると……。
もしかすると一年後の今頃、アクセルは阿鼻叫喚の巷と化しているかもしれない。
・ゾンビメーカー討伐クエスト
原作ではクエスト失敗で終了。
調査クエストやペナルティ料の仕組みは、『仮面』の三章に言及があったのを流用している。