とある魔道具店店員の手記 作:シュワシュワ
【水の女神と呪い?】
道を通りすがる折。視界の端に映る噴水の中から、アクアが浮上してきた。
いや、なぜそこにいる。
私含め、全身水浸しの女が這い上がる様を目の当たりにして呆気に取られた人々、全員の総意だっただろう。
そんな彼女の手元あるいは衣服のポケットは、コインでずっしり。噴水に投げ込まれた小銭の収拾が狙いと見て取れた。
そろそろ肌寒い季節だが、水の神には無関係なのか。相当なおバカさんのようだし、水の冷たさに気づく頭がないだけの線も捨て切れない。
目を離せずにいるとアクア本人と視線が合う。じっと見つめ返される。
次いで、周囲の人だかりの注目と喧騒には目もくれず、なぜか私の元へ一直線に歩み寄って無言で身体中をペタペタ触られた。何かを確かめるように。
手が水で滴っていたので、私の服は見るも無惨な惨状と化した。
それが終わるや今度は、いきなり上位の解呪魔法を打ち込まれる。問答無用だった。
そこまで済んで、ようやくアクアが一連の奇行の意図を語った。
私の身に、かなり強力な呪いが掛かっていたそうだ。曇りなき眼によると命の危険は無かったものの、一応解いておいたとか。
呪い。
物騒なワードに私は眉をひそめる。
一体何の話か。思い当たる節がとんと無い。
内心疑問符を浮かべながらも、ひとまずアクアの善意には素直に感謝の言葉を返した。
それからすぐ、誰かが呼び寄せたらしい警官にアクアが注意を受ける。噴水内の硬貨を拾い集めて、持ち去ろうとしたせいだ。
水の中に捨てられたお金は自分への寄進、と反論する声が聞こえた。だが、足早に場を離れた私は、以後の顛末は見届けてない。
恩はあるけど、それはそれ。面倒事の巻き添えは御免だ。
【本気で忘れてた】
アクアの言う呪いが何を指しているのか分かった。
魔王の呪いだ。
随分昔の話になる。
魔王城で見聞きした話を外部に漏らせないようにと、両者合意の上で呪いをかけられていたのだった。
そういえばそうだった。以降今日に至るまで、呪縛に苛まれるどころか、呪いを意識する場面すら一度も無かった。おかげで、すっかり忘却の彼方だった。
呪いは解けたが、元がこんな調子だ。私の活動方針への影響は、差し当たり無い。
しかし、それにしても。アクアの力は、魔王の呪いが相手だろうがお構いなしか。
よもや魔王も、お金をネコババして警察に叱られた一般通行女神に、落としたハンカチを手渡すくらいのノリで渾身の呪いを打ち消されるとは、思いも寄らなかっただろう。
私にとって、些事ではあったけども。それでも大きな借りができたのは確か。
何かしら、お礼を検討しておくとしよう。
【真面目な話をしているときくらい、発情を抑えられないのかこの女】
性癖に忠実でどこに出しても恥ずかしい変態、ダクネスが訪ねてきた。
以前うちで買ったアイテムを切らした、新しく買い足したい。しれっとそう宣った。
売っておいて何だが。この女、正気か。
前回彼女が購入したのは、使うと使用者が死ぬ類のゴミだ。
頑丈で死にそうにないから売りつけたが。処刑ないし、拷問路線売りへの切り換えを思案していた特級呪物である。
なお。前の分は、昨日パーティーリーダーに捨てられとのこと。激しく抵抗するも、キレ散らかした相手に最後は奪い取られたらしい。
そう語るドMは、当時を思い起こしてか上気していた。無敵かな?
さておき。その産廃はストックが無い。
その代わり、読むと本人諸共消し飛ばす魔法スクロールの新作が入荷している。そっちを対案に勧めた。
忌々しくも私の目を盗んだ店長が仕入れた、彼女イチオシの一品だ。
封入されているのは炸裂魔法。これ単体で上級魔法に匹敵するスキルポイントを習得に要する、極めて強力な魔法だ。
換言すると、それだけ使用者の身も危ない。
これで、どうして仕入れようと思えるのか。付き合いの長い私でも、ウィズの頭の中が分からない。
意外なことに、ダクネスへの感触はイマイチだった。
曰く。実際に魔法使いが唱えるものと比べると、魔法の性能が画一的で味気ない。何度も食らっていると飽きが来る。
何より簡単にモンスターを倒せてしまい、敵から痛めつけられる機会が減るのが不満。
物凄く控えめに表現して、顧客からのそんな貴重なご意見ご感想を頂戴した。
だから、スクロールはそんなにいらないと、彼女はあるだけ全部買い上げていった。買うには買うのか。
ダクネスの最大の目当ては、デコイ強化のポーション。
そちらも置いてない。そう説明しようとすると遮るように、うちのポンコツがドヤ顔で何か持ち出してくる。とても嫌な予感がした。
恐ろしく強力なモンスター寄せの香水だと、ウィズが解説した。
身体に振りかけると、近隣のありとあらゆる生き物から襲われるようになる。
モンスターだけでなく、親友や肉親からすら親の仇を見るように。確かに、代用品として成り立つ効能だ。
私、知らないのですけどその商品。
こちらの目を掻い潜り、またしてもウィズが散財したと発覚した瞬間だった。
それと、香水は売れた。
前とは異なり、今のダクネスの冒険仲間にはアクアがいる。
野良猫に知性で劣っていそうなあの不良プリーストが、うちの品で迷惑を被ったことでお礼参りしてくるかもしれない。
どうにもそんな危惧が拭えず、仲間にきちんと相談した上で、用法用量を守って使うようにとしつこく念押しした。とりわけ街中で用いると目も当てられない騒ぎになる。だから、管理は一際念入りに。
あちらは空返事だった。何というか、憂いばかりが募る。
説明責任を果たしたと満足すべきだろう。何かあれば、ダクネスに全責任を擦りつけて知らぬ存ぜぬを貫こう。
買い物を終えて。
それまではリッチーのウィズを注視していた風のダクネスが、一転してこちらへ目を向ける。真面目な顔して尋ねてきた。
どうしてこの店で働いているのか、と。
えらくぼんやりとした問い掛けだ。ただまあ、含意は汲み取れる。
彼女のリーダーに対してだが、ウィズの正体を知っていると臭わせたことがある。それをダクネスも共有しているのだ。
なぜ人間の私が不死の王と承知の上で、しかも彼女の営む店舗で働くのか。
ウィズの人柄は何となく理解している。だから非難の意は無い。純粋に疑問なのだ。
ダクネスはエリス教の信徒。あのキチガ――いや、アンデッドへの敵意が強すぎて、その一点のみは外野からもドン引かれている宗派の、敬虔な聖騎士だ。そんな境遇にしては大変穏やかな態度と言えた。
当然の質問ながらも、私からするとこれは中々煩わしい。
私の抱える事情は込み入っている。タイムスリップに記憶喪失、せめてこの辺りは開示しないと全容が見えない。手間がかかる、伏せておくべき要素も多々ある。
それにそこまでなら、あえて私が話すまでもあるまい。この街の知り合い間では、普通に認知されている。
そこで、先に私の話を他の人から聞いて回ってみてはどうかとダクネスに告げた。単に、説明が億劫なだけとも言う。
ただし、より掻い摘んだあらましを伝えておいた。わざと誤解を招く言い方で。
なお。これにより戦争か何かで私が家族を亡くしたと彼女は思い込み、さらなる追求に窮することとなる。
昔、故郷と身寄りを一篇になくしてどうしていいか困っていたとき、最初に手を差し伸べてくれたのがウィズだった。
事実だ。肝心な箇所を端折りまくっているからちょっぴり、だいぶ、いやまったく違う意味合いに聞こえるだけで。
どうせ、すぐ真相は明らかになる。ちょっとしたお茶目だ。
まあ根底はダクネスを追い払いたいからで、しかもタチの悪いブラックジョークだけど。
私は顔が広い。身の上も、大部分は秘密にせず公言している。
アクセルで有名な未来人の人、記憶喪失の人といえば私のことだ。
元凶の手記型魔道具にしても、ウィズ絡みだと知れるとあっさり得心された。誰もそれ以上ツッコまなかった。
店長の溢れんばかりの商才が周知されている。部下の私としても、感動の涙がチョチョ切れそうだ。
しかし、ウィズのあの商売センスは何なのだろう。本当に。
分析をいくら続けても、答えの取っかかりすら掴めない。さながら、底なしの闇でも覗いているかのように。
【悪霊が急増中】
冒険者ギルドから、ウィズに宛てて悪霊退治の打診があった。
半ば隠居の彼女を頼るまでもなく、街の冒険者なら十分に対処できる内容だ。それでも声がかかったのにはワケがある。
このところ、どうしたことか空き家に悪霊が住み着く事例が多発している。
当然依頼を請け負った冒険者が祓うのだけど、少し経つとまた新たな悪霊がやって来る。この繰り返しで終わりが見えない。
これにはギルドも困り果てている。
ウィズまでお呼びがかかる程度には、人手が足りていない。事態は切迫しつつある。
あからさまに異常だが、前例が無い。何が起きているのか判然としない。
それでギルドも、未だ有効な手立てを講じられずにいる。
依頼そのものは、ウィズなら容易い。ただ、この有り様では、すぐまた同様の依頼が回ってくるだろう。
原因は、現在調査中とのこと。騒動の沈静化のためにも、特定が急がれる。
ウィズには、アンデッドにまつわる問題を解決してきた数多の実績がある。この度の依頼も、そうした信頼あってこそだろう。
ちなみに。なんちゃってプリーストの私は店で留守番だ。
ついて行ってもいいけど、悪霊に浄化魔法を当てられる気がさっぱりしない。
私が安定して魔法を命中させるには、伸ばした手が相手に届く射程は必須だ。なおかつ、向こうが静止状態であること。
これが最低ラインだ。ここまでやっても、外すときは外す。
音に聞く、ダクネスの不器用っぷりよりは辛うじてマシなはず。だが生憎、彼女と違って私に耐久は無い。
今回は、レベル上げを目的としていない。同行しても足手まとい。何ならそこらの子供のほうが、基礎体力の分だけ偵察要員としてまだ有能かもしれない。
それにしても、なぜまた突然悪霊が湧き始めたのやら。
【カエルの照り焼きはとってもジューシー(ウィズ談)】
久方振りに店が黒字に持ち直した。
常套手段の、王都への出稼ぎによる助けが大きい。
ただ。珍しいことに、アクセルでの売り上げもジワジワと伸びている。
ベルディアの賞金にて、懐の暖かくなった小金持ち共。
今は財布の紐が緩んでいる冒険者を、あの手この手で私が言い包めて、あれこれ買わせたおかげだ。
無い袖は振れないなら、どうにもならない。しかし、金ならある。
ならば、私にとってはお茶の子さいさいだ。たまにウィズから、洗脳系スキルの所持を疑われる交渉技能は伊達でない。
特に男冒険者。
連中の中には、買い物する気なんてこれっぽっちも無く、美人店主の幸薄そうな顔を眺めるためだけに足を運ぶアホが一定数存在する。一部、私が目当てのケースもあるらしい。
どうも主従揃って別嬪の店だと、巷で広まっているとか。
ウィズは自己評価が低いから、冷やかし共の真意には気がついていない。
店には時折来てくれるけど、何も買ってくれない。その点を私が無自覚を装い突っつくと、効果は覿面。
まくし立てるように彼らは言い訳を述べて、胸中で湧き上がる罪悪感を誤魔化すように、お金を落として行った。
普段は、付近を飛び回る鬱陶しい羽虫同然の連中ではあるが。こういうときには、多少の利用価値がある。
ただ、冬の足音が近づいている。
多額の借金を拵えた某パーティーを例外に、アクセルの冒険者はもう活動を切り上げて、冬ごもりの体制へと移行を始めている。
冬季は、強いモンスターが中心になる。クエストも相応にリスクが高い。
腕利きでない、駆け出しの街の冒険者では手に負えない。
したがって、春までは収入が途絶える。越冬のためにも、無駄金は使えない。
日頃は金銭にだらしない冒険者も、この時季ばかりは浪費に過敏となる。
まして、入用でもない魔道具など、そうそう買ってくれない。
とりわけウィズ魔道具店の製品に手を伸ばすには、裕福になったと言っても、色んな意味で勇気がいる。
無責任な立場からすると、雪精でも狩って有り金を調達して来いと言いたいが。
ともあれ。店が好調なので、主にウィズの、頑張った自分へのご褒美という題目にて、美味しいものを食べに外へ出た。
赴いたのは、ごく普通の定食屋。
こういうとき、富裕層が足繁く通う料亭は悪手だ。前に試したのだけど、ウィズがフリーズして微動だにしなくなった。
彼女は、砂糖をまぶしたパンの耳を主食としている。そんな貧乏舌だと味覚がキャパを超えてしまい、高級料理の味を脳が上手く処理できなかったらしい。
定食屋ではアクセル名物、カエルの定食を注文した。特にウィズは、ここの照り焼き定食を好物としている。
また、そのカエルだけど。
食材のジャイアントトードが冬眠期に入ったために、新鮮な肉が入ってこなくなっているとか。
彼らは繁殖期が春と秋、年に二回もある逞しい生き物だ。だが。両生類の悲しい宿命か、厳しい冬の季候には耐えられないらしい。
【新規のバイト雇い入れ案件】
ウィズ魔道具店でバイトは募集しているか。
久しぶりの冒険者ギルドでのバイトで、受付に回っていた最中のこと。上記の問いを投げてきた者がいた。
せめてこう、勤務時間が終わるまで待つとか。気を回す発想はできなかったものか。
受付が取り扱い紹介するのは冒険者のクエストだ。断じて、一般向け求人ではない。
問いかけてきた人物は、めぐみんだ。
だが。業務外の用件に付き合わせようとする不調法者に、外野は存外優しい。
仕事はいいから、彼女を優先して欲しいと他の職員から促され。私たち二人は、酒場のテーブルへと場所を移して話を続けることになった。
先日のベルディア討伐において、めぐみんたちパーティーの一同は最大の功労者だ。このうちの誰が欠けても勝利は無かった。
にもかかわらず、栄誉に相応しい報酬を彼女らは得ていない。どころか、四千万エリスという巨額の負債を背負わされた。
より正確には、報酬から天引きして残った弁償代がそれだ。
戦闘の余波――アクアの放った水魔法で家々等の街の構造物を押し流してしまったとか。あの女神、やることがハチャメチャ過ぎる。
なお。全額ではなく、これはあくまで一部負担だとか。
街の英雄に不遇を強いている現況に、ギルド含め、誰もが同情的だ。
早く借金を返せるよう美味しいクエストを優先して回したりと、最近のギルドは、彼女ら一党に随分と目をかけている。
このときのことにしても、その一端だったのだろう。
面と向かって話すのは初めてながら、お互い相手のことは見知っている。話の滑り出しは、実にスムーズだった。
余談として。食事を奢るとの言質を私から引き出した彼女は、直後に酒場のメニューで一番高額な品を、何ら躊躇することなくオーダーしていたと記しておく。
めぐみんたちは精力的にクエストをこなしている。
冬が間近なのに、これまで以上に。それは借金を返済するためであり、冬越しの資金を貯めるためでもある。
ただ。それでも、近頃はクエスト選びに難渋しているという。
当たり前だ。コボルトのような雑魚モンスターは、めっきり姿を見せなくなった。貼り出される依頼は強力な魔物ばかりが並ぶ。
こんな時期に休業もせずバリバリ働けるのは、一握りの強者だけだ。
彼女らはベルディアを降しはしたが。素の実力は、カエルに苦戦する程度でしかない。
めぐみん的には、まだ見ぬ強敵に爆裂魔法を撃ち込めるから、現状は悪くない。どころか、そこそこ喜ばしいらしい。
ただ、それでも。クエストすら受けられず、稼ぎがゼロになるのはさすがに困る。
まさか、借金を歓迎する奇特な人間がいるとは思わなかったが。その驚きは横に置き。
そんなところに見覚えのある顔、つまり私を偶然見かけた。連鎖して、魔道具店についても併せて思い出した。
彼女はアークウィザード。無論、魔道具には通暁している。
その知見を活かして、アルバイトでもして他の収入源を作れないか。そんな目論みから声をかけたという。
そういう人事は雇用主の権限だけど、まあ聞くまでもないか。
人の好い彼女なら、困窮する相手に躊躇いなく救いの手を差し伸べるのは目に見えている。
自己破産一人チキンレースをやっている、いつもの崖っぷち財政ならまだしも。今の当店は、非常に稀なことに利益が出ているし。
ここでめぐみんに手を貸すのは、彼女らのパーティーと仲を深めておきたい私のスタンスとも合致する。
ただ。無駄飯食らいの役立たずに、施しを与える慈善事業をするつもりはない。というか、そんな余力は無い。
なので、何が出来るのかチェックする。
接客、経験有りとのこと。嘘ではなさそう。ただし、話していたときの様子に違和感が。何か難点があるかも。
魔道具作製、不得意。魔力制御に難有り。
ポーション作製、可。なお実績としてアピールされた病治療のポーションはコストの割に売れないし、頼む機会は無いと思う。いや、結構高難度だから大したものだけど。
めぐみんは、知識面では既に十分なものを備えている。懸念事項も垣間見えたが、彼女自身の知能はずば抜けている。
今後の成長性も鑑みると、バイトとしてなら次第点ではないか。というのが私の総評だ。
話し合っているうちに、もうひとつ任せたいものを閃いた。
ウィズの監視だ。
お金をガラクタに変換する脅威の特殊能力持ちを抑えるには、四六時中見張るしかない。だが、それは現実的でない。
だから、仕事として割り振る。
ウィズがアンデッドだと勘付いてしまう恐れがあるから、今までは思い付いてもやらなかったが。幸い、めぐみんはもう知っている。
詳細はまた後日詰めるとして、彼女とは歓談も少しした。
殊の外、話が弾んだように思う。爆裂魔法はともかくとして。
今までの経緯からどうしても爆裂魔法のイメージが先行していたものの、ここでは知らなかった側面が多数目についた。
もしかすると、この時間こそが、本日何よりもの収穫だったかもしれない。
他方。里で伝え聞いた話と比較して、眼前の私はノリがよろしくないとめぐみんは首を捻った。紅魔族ムーブ的な意味で。
あれは、周りが紅魔族だらけだったから出来たのだ。アクセルではやらない。
もしやったら、すわ呪いか、それともストレスで頭をやられたかと心配される。
あとついでに、ゆんゆんの行方も判明した。
いつの間にやら修行の旅に出てたらしい。クエストを一切受けてないようだし、さては街を発ったかと薄々予想はしていたけど。
アクセル程ではないにしても、私は余所の街にもアンテナを張って情報を仕入れている。
それなのに、全然引っかからない。相変わらず存在感が薄い。
滅多に里から出ない紅魔族が、冒険者として活動してるのだ。噂の一つや二つ、流れてもおかしくなさそうなのに。
日常的に潜伏スキルでも発動しているのだろうか、彼女。いや、紅魔族なら光の屈折魔法のほうが例えとしては適切か。
【記憶喪失タイムスリッパー】
貧しくも平和な魔道具店に、アンデッドを目の敵にする狂暴な生物が乗り込んできた。
生物の名前を、アクアという。
紅い瞳の仲間がこともあろうに、リッチーの店で働こうとしている。
アクアからするとリッチーとは、邪悪で、陰険で、ナメクジの親戚みたいな連中だ。
そんなのがほんの少し女神が目を離した隙に、コソコソと身内を誑かそうとしている。これに彼女は、義憤に燃えた。
ツッコミどころしか無いが、そもそも遠因は借金を生んだアクアにあるが、とにかく彼女の中ではそうなった。
このような狼藉、許しておけぬ。だからいちゃもんをつけに襲撃した。
という説明を、付き添いというか、保護者役で同行したサトウカズマがしてくれた。
当の女神を窺うに、ストッパーとして彼が間に入ってなければ、いちゃもん程度で済んでいたかは怪しいけれど。
話を前に進めよう。
借金丸ごと押し付けてパーティーから追放してやろうかとの脅しに屈し、ギャン泣きしたアクアがバイトを渋々許可したあと。
見事な手際で封殺をかましたカズマ当人は、ウィズからリッチーのスキルを教わっていた。
ポイントの都合で習得は見送ったものの。この男、悪魔に勝るとも劣らない神敵と認識されているアンデッドのスキルを覚えるのに、逡巡が些かも無い。
アクアを黙らせた手腕といい、世間で鬼畜のカズマと呼ばれ始めているだけある。
素直に感心した。そういう、目的のためなら手段を選ばない姿勢には好感が持てる。
また。この際に、ウィズが魔王軍幹部だと自ら明かしたために軽い悶着が起きたけど、委細は割愛しよう。
その後、先頃アクアに呪いを解いてもらった謝礼としてお酒を奉納してみた。
アクセル随一にして、王都の酒屋のものより出来が良いと評判のマイケル氏の品だ。
アクアはこれにポカンとした表情で、暫し考え込むと。
「……ああっ! あの時の人! そういえばそんなこともあったわねー」
とポンと手を叩いて納得し、大喜びでお酒を受け取った。今の今まで、気づいていなかったようだ。
しかも、一升瓶如きで受け入れた。
私に呪いをかけたのは、魔王だ。人間のプリーストに打診しても解呪可能か疑わしい。それが後出しだとしても、目玉が飛び出る額の喜捨が求められる。
土台、神を人の物差しで測るのがお門違いなのか。文字通り、規格が合わない。
ベルディアに殺された冒険者の蘇生を、酒場のシャワシャワ一杯だけでチャラにした。とも耳にしている。
これを転機に、話題は私個人の話へ移る。
ウィズと違い、私自身の話はまだ彼らに語っていなかった。
まず、呪いの出処をすべて正直に打ち明けた。呪いは魔王が口封じに施したもの。ウィズが幹部とバレた以上、隠し立てする道理はもはや無い。
というより、無理に隠すほうがかえってあらぬ火種になる。
魔王の名に、ウィズも含めて皆が驚愕した。そういえば、ウィズに話したことはなかった。
カズマが街の人から仔細を聞いていたので、話すことは然程多くはなかった。
基本的には、ウィズが仕入れた欠陥魔道具による事故でこの時代にタイムスリップしてきた未来人。オマケに記憶喪失持ち。
そんな身寄りのない私を責任を感じたウィズが引き取り、店員として従事して今に至る。
ここまでは、カズマも含めて知人なら大体が知っている。
付け加えるのは、私の出現した初期地点が魔王城で、さらに客人としてしばらく厄介になっていたこと。
また。勘違いされないよう、私自身は魔王軍に所属も、関与もしていない点はしっかりと主張する。
カズマは、私の喪失した記憶を『エピソード記憶』と表した。
耳慣れないが、詳しく聞く限り仮面悪魔がかつて語ったものと同じ概念であるようだ。
あとアクアが断りも入れず、唐突にセイクリッド・ハイネス・ヒール――最高位の回復魔法をこちらに撃ち込んできた。
記憶の消えた原理次第では、これでどうにかなるからトライしてみたとか。まあ、何も起きなかったが。
呪い解呪のときもそうだったけど、行動に移す前に事前説明してほしい。
また。カズマからは魔王城の話、または金儲けに繋がる有用な未来の知識、アイデアは無いかと問いただされた。
楽して大金を手にする方法があるなら、とっくの昔に活用している。
自身の不明で、宝の持ち腐れとなっているだけの可能性もあるけど。
魔王城に関しても、さして重要なネタは持ち合わせてない。魔王にしても、念のため口止めしただけだろうし。
第一、あの頃の私は身の安全を保つため、立ち回りは常に細心の注意を払っていた。うっかり機密情報を得てしまわないように。
そのため、城の内部構造すらロクに知らないくらいだ。
とりあえず、魔王が娘を溺愛している話、ウィズが宝物庫の財宝を無断で売り捌いて、魔王を泣かせた話を語った。
が、期待する方向と違ったので、反応は微妙だった。でしょうね。
未来知識といえば。
どうやら私の誕生した時代では、魔王軍との戦争は終結していたようだ。
『勇者と魔王の一騎討ちで魔王が討ち取られ、長きに渡る戦争は人類の勝利で幕を閉じた』という、ソース不明の謎知識が私の頭の中に納まっているので。
防戦一方で押し込まれている今の戦況からは想像もつかないが、将来的にはそんな未来も起こり得るらしい。
ただしこれは、私がタイムスリップしなかった世界線での話。この世界で同じ結末を辿る保証はない。
【ポーションの被害】
ポーション棚の瓶のうち、幾本かの中身が真水に変化している。さしものウィズと言えど、水と魔法薬を見誤ったりはしない。
記憶が確かなら、どれも直前にアクアが弄っていたはず。
彼女には、触れた液体を水に変える不思議体質がある。そんな話があったのをふと思い出す。
ギルド経由で、ポーションの損害賠償をキッチリ請求しておいた。
【人選を誤ったかもしれない】
めぐみんのバイト要望に関する続きだ。
何やら、クエスト中にカズマが大怪我を負うトラブルがあったとかで、冒険に出られなくなったらしい。
それでめぐみんがバイトの話を進めに現れた。
なお。彼の負傷自体はアクアが癒やして完治した。ただ、数日静養が必要とか。
何だか、『大怪我』と口にしためぐみんの話し振りに異和感があったような。嘘ではなさそうだが、はて?
ウィズも交えて少し話し、緩めのペースでシフトに入ってもらうのは決まった。
ただ一部、ウィズを監視するとの部分で店長から物言いがついた。
監視が気に食わないなら、サポートでも介護でも良い。そう返すも、話の腰を折るなと一刀両断される。
これまで散々やらかしてきたにもかかわらず、この女は自身の仕入れセンスに強固な自信を築いていて、私の提案に承服しかねると言う。
ザッと店内を見渡しただけのめぐみんですら、あらかた察して口を挟まないのに。
逆に、私への監視が要るのではと世迷い言を言い出した。
ウィズによると、私はフリーにすると大勢の人を巻き込んだ大事件を引き起こす。
だから、見守ってないと、また何か仕出かしやしないかと不安に駆られるとか。
鏡、見たことあります?
まるで凶悪なテロリストかのように語るものだから、めぐみんの私を見る目に猜疑の色が浮かんでしまった。彼女、知力が高いから下手に判断材料を与えたくないのに。
その後、早速めぐみんの初バイトと相成った。
二人を残して私は営業に出かけ、片付けて再び戻ってくると。両名の間でちょっとした諍いが発生していた。
何があったか聞き出すと、およそこういうことらしい。
さっきまで素材商の人が来ていた。その人は犯罪者呼ばわりしためぐみんが権高に叩き出したのだけど、その判断と対応を巡って二人の意見が衝突している。
めぐみんからすると、その人はこちらをカモと舐め腐ったぼったくりの詐欺師野郎とか。
里のニートに頼めばタダでいくらでも取ってきてくれる代物を、アクセルでは生息していないモンスターの素材だからといって売値に足元を見過ぎだと。
翻ってウィズは、アクセルでは適正価格より安いくらいで、むしろ良心的であったと述べる。あれは何としてでも買うべきだった。あるだけ買い込めば新商品が作れたのに、と。
素材について具体的に確認すると、なるほどお安い。そこはウィズが正しい。
めぐみんには、相場の違いについてしっかりと説いた。
紅魔の常識は、世の非常識。狂った戦力の集う魔境を引き合いに文句を言われるのは理不尽が過ぎる。
暇を持て余したニートがモンスターをしばき倒す風景が日常なのは、あの里だけだ。
しかしながら、商談にストップをかけた判断はめぐみんが圧倒的に正しい。
紅魔の里周辺を縄張りにする高位モンスターを元とした高性能、高価格の魔道具なんてアクセルでは売れない。まったくお呼びでない。
危うくまたゴミを増やされるところだった。
めぐみんのバイト代には、少しばかり色をつけておいた。
ただ、気がかりな点もある。
素材商を追い出す段で、めぐみんはよりにもよって爆裂魔法を詠唱した。
自分を子供扱いした相手に、ついカッとなったという。しかも、ちっとも反省してない。
ウィズが防いだから、何事もなかったものを。カッとなった程度で戦術級の魔法を繰り出されても困る。理由もしょうもない。
もしや人選、間違えた?
・ジャイアントトードの繁殖期
春と秋の年二回。Web版より。