とある魔道具店店員の手記   作:シュワシュワ

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このすば三期&爆焔のアニメ化決定おめでとうございます。


1-6 機動要塞①

【水の女神と呪い?】

 道端を歩いていた折、視界の端で噴水がざわめいた。

 何事かと目を向けると、水面からアクアがずぶ濡れで浮上してきた。……なぜそこにいる。

 私含め、通行人一同が呆然と立ち尽くしたのは言うまでもない。

 

 彼女の両手とポケットは、小銭でぱんぱんに膨れている。噴水に投げ込まれたコインを、せっせと回収していたらしい。

 そろそろ肌寒い季節だが、水の女神には無関係なのか。それとも単に、アホ過ぎて冷たさに気づいていないのか。

 

 呆れ気味に眺めていると、アクアと目が合った。

 次いで彼女は、周囲のざわめきを完全に無視し、まっすぐ私のほうへ。

 何の前触れもなく、ずぶ濡れのまま無言でぺたぺたと私の全身を触り回し始めた。まるで何かを確かめるように。

 滴る水で、私の服は見るも無惨なびしょ濡れと化した。

 

 触診らしきものが終わるや否や、今度は上位の解呪魔法を叩き込まれる。問答無用だった。

 そこまで済ませてようやく、一連の奇行の理由が語られた。

 

 曰く、私の身にはかなり強力な呪いがかかっていたそうだ。

 命に別状はないと曇りなき眼(まなこ)で判断したものの、一応念のため解いておいたとのこと。

 

 ……呪い?

 物騒なワードに、眉をひそめる。思い当たる節がとんとない。

 疑問は残るものの、ひとまず女神の善意には礼を述べておく。

 

 直後、誰かが呼んだらしい警官が到着し、アクアは噴水の硬貨を持ち去ろうとした件で叱責を受けた。

 『水の中に捨てられたお金は自分への寄進』と強弁する声が背後から聞こえてきたが、私は足早に退散する。

 恩はあるけど、それはそれ。面倒事の巻き添えは御免被る。

 

 


 

 

【本気で忘れてた】

 アクアの言っていた呪いの正体が、ようやく分かった。

 魔王の呪いだ。

 

 随分昔の話になる。魔王城で見聞きしたあれこれを外に漏らさぬよう、互いに納得の上で呪いをかけられていたのだった。

 そういえば、そんなこともあった。

 けれどその後、今日に至るまで一度たりとも呪いを意識する機会などなく、苦しめられた記憶もない。おかげですっかり忘却の彼方だった。

 

 今になって解呪されたところで、活動方針に変化はない。

 つまり現状への影響は、限りなくゼロに近い。

 

 それにしても、アクアの力は魔王の呪いすらお構いなしか。

 よもや魔王も、落とし物を手渡すくらいのノリで渾身の呪いを打ち消されるとは思いも寄らなかっただろう。

 しかも下手人は、直後にお金をネコババした件で警察に叱られている。

 

 こちらにとっては些細な話ではあったけれども。それでも、大きな借りができたことに変わりはない。

 何かしら、お礼は考えておくとしよう。

 

 


 

 

【真面目な話をしているときくらい、発情を抑えられないのかこの女】

 性癖に忠実すぎてどこに出しても恥ずかしい変態、ダクネスがやって来た。

 以前購入したアイテムを切らしたから補充したい。しれっとそう宣(のたま)った。

 売っておいて何だが、正気かこの女。

 

 彼女が前に買っていったのは、使うと使用者が死ぬ類いのゴミだ。

 頑丈でまず死にそうにないので売りつけたが、処刑や拷問用として転用を検討していた特級呪物である。

 残っていた分は昨日、パーティーリーダーに没収されたらしい。激しく抵抗したものの、キレ散らかした先方に奪い取られたとか。

 その顛末を語るドMは、当時を思い出して頬を上気させていた。無敵かな?

 

 さて、件(くだん)の呪物は在庫が無い。

 代わりに、読むと本人ごと吹き飛ぶ魔法スクロールの新作が入荷している。

 忌々しくも店長が、私の目を盗んで仕入れたイチオシだ。

 

 封入されているのは炸裂魔法。これ単体で上級魔法に匹敵するスキルポイントを要する、極めて強力な魔法だ。

 換言すると、それだけ使用者の身も危ない。

 ……どうしてこれを仕入れようと思えるのだろう。ウィズの頭の中は、相変わらず読めない。

 

 意外にも、ダクネスへの感触はイマイチだった。

 曰く『魔法使いが唱えるものに比べると威力が画一的で飽きる。モンスターを簡単に倒しすぎて、痛めつけられる機会が減る』のだそうで。

 物凄く控えめに表現して、顧客からそんな貴重なご意見を頂戴した。

 

 それはそれとして、ダクネスはあるだけ全部買っていったが。

 買うには買うのか。

 

 彼女の本命はデコイ強化ポーション。しかし品切れだ。

 説明しようとしたところで、うちのポンコツが得意満面で怪しげな瓶を取り出した。嫌な予感しかしない。

 

 ウィズの解説によると、これは恐ろしく強力なモンスター寄せ香水。

 身体にひと振りすれば、近隣のあらゆる生き物が親の仇のごとく襲いかかる。モンスターはおろか、友人や家族まで。

 代用品としては、確かに成立してしまう。

 

 ……そんな商品、私は知らないのだけど。

 こちらの目を掻い潜り、またしてもウィズが散財したと判明した瞬間である。

 それと、香水は売れた。

 

 今のダクネスの仲間にはアクアがいる。

 知性で野良猫にも劣りそうなあの不良プリーストが、うちの品のせいで酷い目に遭ったとお礼参りにくるやもしれない。

 なので仲間にきちんと相談した上で、用法用量を守って使うようにと口を酸っぱくして念押しした。

 

 が、あちらは空返事だった。大丈夫なのかこれ。無視する気満々では。

 まあ、説明責任は果たした。何か起きても、すべてダクネスに押しつけて、私は知らぬ存ぜぬを貫こう。

 

 買い物を終え。それまではウィズに注意を向けていたダクネスが、不意にこちらへ視線を向け、真面目な顔で尋ねてきた。

 どうしてこの店で働いているのか、と。

 

 随分と曖昧な問いだが、言わんとするところは分かる。

 私は以前、彼女のリーダーに対しウィズの正体を知っていると匂わせたことがある。

 当然、それはダクネスの耳にも入っているはずだ。

 人間の私が、不死の王と承知の上で、どうしてその店で働いているのか――それが彼女の疑問らしい。

 

 もっとも、ダクネスとてウィズの人柄は理解している。非難の意図はないのだろう。ただ、純粋に気になっただけだ。

 ダクネスは、エリス教に身を捧げる敬虔な聖騎士。

 あのキチガ――もとい、アンデッドへの敵意が強すぎて、その一点のみは外野からもドン引かれている宗派に属しながら、実に穏やかな口調だった。

 

 とはいえ、私としては答えるのがやや面倒だ。

 タイムスリップ、記憶喪失、その他伏せたい要素が込み入っており、全容を語るには手間がかかる。

 ただ、大半の事情は既に街の知り合い間で周知されているし、今さら隠すまでもない。

 

 そこで私は、先に他の人から聞いて回ってはどうかと勧めておいた。

 要は説明が億劫なので、人伝に調べてもらう魂胆である。

 さすがにそれだけでは愛想がなさすぎるかと思ったので、故意に誤解を招く以下のような要約を付け足した。

 

 ――昔、故郷と身寄りを一遍(いっぺん)に失い、どうしていいか困っていたとき、最初に手を差し伸べてくれたのがウィズだった。

 

 事実だ。

 肝心な部分をゴッソリ削ったせいで、ちょっぴり、だいぶ……いや、まるっきり違うニュアンスに聞こえるだけで。

 なお、私が戦争か何かで家族を亡くしたと勘違いしたダクネスは、さすがにそれ以上は踏み込めず、そそくさと帰っていった。

 思惑通り、追い払いは成功。真相など、どうせすぐ明らかになる。これはちょっとした冗談、軽いお茶目だ。

 

 私は顔が広い。身の上話も、大部分は隠さず公言している。

 アクセルで『未来から来た記憶喪失の人』と言えば、十中八九で私のことだと通じる。

 元凶となった手記型魔道具にしても、ウィズ絡みと知れれば即納得された。誰もそれ以上ツッコまなかった。

 店長の溢れんばかりの商才が周知されていて、部下の私も思わず感動の涙がチョチョ切れそうになる。

 

 しかし、ウィズのあの商売センスは何なのだろう。本当に。

 いくら分析しても、答えの取っかかりすら掴めない。さながら、底なしの闇を覗いているかのような気分になる。

 

 


 

 

【悪霊が急増中】

 冒険者ギルドからウィズ宛に、悪霊退治の応援要請が届いた。

 本来なら、街の冒険者だけで事足りる程度の案件だ。それでも半ば隠居の彼女にまで声がかかったのには、相応の理由がある。

 

 ここ最近、空き家に悪霊が住み着く事例がやけに多発しているのだ。

 依頼を受けた冒険者が一応は祓うものの、少し経てばまた別の悪霊が居座る。この繰り返しで切りがない。

 当然ながらギルドも手を焼いている。ウィズにまで声がかかる辺り、人手不足は相当深刻らしい。事態は切迫しつつある。

 

 どう見ても異常だが、前例がない。何が起きているのか判然としない。

 そのため、ギルド側も有効な対策を打てずにいる。

 

 依頼そのものは、ウィズなら造作もない。けれどこの調子では、片づけても片づけても似たような依頼が舞い込んでくるだろう。

 原因は現在調査中で、特定が急がれる。騒ぎを収束させるためにも、一刻も早く対処せねばならない。

 ウィズにはこれまでも、アンデッド絡みの問題をいくつも解決してきた実績がある。この度の指名も、そうした信頼の証なのだろう。

 

 ちなみに。なんちゃってプリーストの私は、店でお留守番だ。

 ついて行ってもいいけど、悪霊相手に浄化魔法をまともに当てられる気がまるでしない。

 私が安定して魔法を命中させるには、まず手が届く距離に相手がいて、なおかつ動かずにじっとしていてくれる必要がある。

 これが最低ラインだ。しかもそこまで揃っていても、外すときは外す。

 

 これでも音に聞くダクネスの不器用さよりは、まだマシなはずだ。

 だが生憎、私には彼女ほどの耐久力はない。今回の出動はレベル上げが目的でもないし、正直私が同行しても足手まといだ。

 何ならそこらの子供のほうが、基礎体力の分だけ偵察要員として有用かもしれない。

 

 それにしても、なぜまた突然悪霊が湧き始めたのやら。

 

 


 

 

【カエルの照り焼きはとってもジューシー(ウィズ談)】

 久々に店が黒字へと転じた。

 王都への出稼ぎが効いたのはいつものこととして、今回は珍しくアクセルでの売上もじわじわ伸びている。

 

 原因は明白、ベルディア討伐で懐が温まった小金持ち共だ。

 財布の紐が緩んでいる冒険者を、私があの手この手で丸め込み、あれこれ買わせた成果である。

 無い袖は振れないが、金があるとくれば話は別。たまにウィズから、洗脳系スキルの保持を疑われる交渉術は伊達ではない。

 

 とりわけ男冒険者。

 彼らの一部は買い物など眼中になく、美人店主の幸薄げな顔を眺めに来るだけのアホ集団だ。中には私目当ての物好きもいる。

 どうやら、主従揃って別嬪という噂が広まっているらしい。

 ウィズは自己評価の低さ故、その手の下心には気がついていないが。

 

 買わずに帰ろうとする客には、私が無邪気を装って『今日も(・)何も買わないのか』と突く。

 途端に彼らは言い訳を並べ立て、胸の痛みを誤魔化すようにお金を落としていく。

 普段は鬱陶しい羽虫同然だが、こういうときばかりは多少役に立つ。

 

 とはいえ、冬も近い。

 多額の借金を背負った某パーティーを除けば、冒険者たちはそろそろ冬ごもりへ移行し始めている。

 冬季クエストは強敵揃いで、駆け出しには荷が重い。そのため春まで収入は途絶え、彼らも出費に慎重となる。

 ましてやウィズ魔道具店の商品に手を伸ばすには、モノがモノだけに勇気が要る。

 雪精でも狩って有り金を調達して来いと、個人的には言いたいが。

 

 ともあれ、黒字祝いだ。

 主にウィズの、頑張った自分へのご褒美として、外で食事を摂ることにした。

 向かったのはごく普通の定食屋。こういう時、変に冒険してはいけない。

 過去に高級料亭へ連れて行ったら、ウィズがフリーズした前科がある。砂糖をまぶしたパンの耳を主食とする貧乏舌だと、味を脳が上手く処理できなかったらしい。

 

 今回頼んだのはアクセル名物、カエル定食。特にウィズは、ここの照り焼きがお気に入りだ。

 しかしここの店主曰く、ジャイアントトードがとうとう冬眠に入ったため、新鮮な肉が手に入らなくなるらしい。

 春と秋、年二回も繁殖する逞しい生物ではあるものの、両生類の悲しき宿命か、冬の寒さには抗えないようだ。

 

 


 

 

【新規のバイト雇い入れ案件】

 ウィズ魔道具店でバイトは募集しているか?

 

 久々に冒険者ギルドのバイトで受付に入っていた私に、そんな問いかけが飛んできた。

 言い出したのは、めぐみんである。

 

 ……せめてこう、私の勤務時間が終わるまで待つという発想はなかったのか。

 ギルドの受付が扱うのはあくまで冒険者向けのクエストであって、一般求人ではない。

 

 とはいえ、業務外の用件で絡んでくる不調法者に対し、周囲の職員は寛容だった。

 仕事はいいから彼女を優先して欲しいと口々に促され、私たちは結局、酒場のテーブルへと場所を移すことになった。

 

 めぐみんたちのパーティーは、先日のベルディア討伐における最大の功労者だ。

 誰が欠けてもあの勝利は無かった――が、その栄光とは裏腹に、報酬は手に入らなかった。

 代わりに残ったのは、四千万エリスという目玉が飛び出るレベルの借金である。

 

 より正確には、報酬から天引きされた上で、なお残った弁償代がそれだという。

 戦闘の余波――具体的には、アクアの放った水魔法で街の家々を押し流してしまったとか。あの女神、やることがハチャメチャ過ぎる。

 

 ちなみにこれでも全額ではなく、一部負担に過ぎないとのこと。

 この理不尽な処遇に、ギルドを含む関係者は皆、心中で同情を寄せている。

 なるべく早く借金を返せるよう、高額報酬のクエストを優先的に回したりと、最近のギルドはめぐみんたちに随分と肩入れしている。この件も、その一環だったのだろう。

 

 面と向かって話すのは初めてながら、お互い顔は知っている。会話の滑り出しは上々だった。

 ただし、私がうっかり食事を奢ると漏らしたのが運の尽き。

 次の瞬間には、酒場のメニューで一番高額な料理を何の躊躇もなくオーダーしていたことは、記録に残しておく。

 

 それはさておき。

 彼女たちは冬を目前にしてなお、これまで以上に精力的にクエストをこなしている。

 借金返済と、冬越しの準備のためだ。だが、それでも最近はクエスト選びに難渋しているらしい。

 当然だ。コボルトのような雑魚は姿を消し、今や貼り出される依頼は強敵ばかり。

 こんな時期に働き詰めでいられるのは、一部の精鋭冒険者に限られる。

 

 彼女たちは確かにベルディアを降したが、素の実力はカエル一匹に苦戦するレベルでしかない。

 それでもめぐみん的には、爆裂魔法を強敵に撃ち込める今の状況はむしろ好都合らしい。

 ただし、クエストが受けられず稼ぎゼロになるのは困る。そんなわけで、バイト先を探しているわけだ。

 ……まさか、借金を歓迎する奇特な人間がいるとは驚いた。

 

 そんな折、ギルドの受付に私を見つけた。連鎖的に、私の勤め先である魔道具店を思い出したという。

 彼女はアークウィザード。無論、魔道具にも通暁している。

 その知見を活かして、アルバイトで副収入を得られないか――と、そういう目論見らしい。

 

 人事権は雇用主たるウィズにあるのだけど、まあ聞くまでもないか。

 人の好い彼女なら、困っている相手には、間違いなく救いの手を差し伸べる。

 しかも今の当店は、自己破産一人チキンレースを繰り広げるいつもの崖っぷち財政とは違い、奇跡的に黒字を計上している。

 

 ここでめぐみんに手を貸すのは、彼女たちのパーティーと親交を深めておきたい私のスタンスとも合致する。

 だが、無能に施しを与える慈善事業を始めるつもりは毛頭ない。というか、そんな余裕はない。

 よって、まずは能力の見極めから始める。

 

 接客経験有りとのこと。嘘ではなさそうだが、会話の端々に若干の違和感があった。何かしら難があるかもしれない。

 魔道具の作製は不得手。魔力制御に難があるらしい。

 ポーション調合は可。ただし『病治療のポーションを作れる』と胸を張られても、コストに見合わず売れ筋でもない。いや、作れるのは大したものだけど。

 

 ともかく、知識面は十分。

 問題点も垣間見えたが、知能そのものは高く、将来性を感じられる。

 アルバイトとしてなら及第点ではないか、というのが総合的な評価だ。

 

 そして話しているうちに、もうひとつ良案が浮かんだ。

 ウィズの監視である。

 

 お金をガラクタへと変換する脅威の特殊能力を抑えるには、四六時中見張るしかない。だが現実的でない。

 そこで、仕事として割り振る。

 ウィズがアンデッドだと知られるリスクがあったから今まで見送っていたものの、めぐみんは事情を知っている。

 

 詳細は追って詰めるとして、その後は少し歓談に興じた。

 意外なほど話が弾んだ。爆裂魔法はともかくとして。

 これまでは爆裂魔法のイメージばかりが先行していたけれど、他にも様々な顔があるのだと、実感として理解できた。

 今日一番の収穫は、案外これだったかもしれない。

 

 ただし、めぐみんのほうは『思ってたのと違う』と言わんばかりに首を捻っていた。

 曰く、里で聞いていた私はもっとノリが良かったはずだ、と。紅魔族ムーブ的な意味で。

 あれは、周りも紅魔族ばかりだったからこそできたのだ。アクセルで同じことをすれば、呪われたか、ストレスで頭をやられたかと心配される。

 

 ついでに、ゆんゆんの消息も判明した。

 どうやら、いつの間にか修行の旅に出ていたらしい。

 最近クエストを受けていない様子なので、街を離れたかと薄々勘付いてはいたが。

 

 アクセルほどではないにせよ、私は余所の街の情報にもアンテナを張っている。

 それなのに、一切引っかからない。相変わらず存在感が薄い。

 滅多に里を出ない紅魔族が冒険者として活動し、それでいて噂ひとつ立たないとは奇妙な話だ。

 常時潜伏スキルでも発動しているのだろうか。いや、紅魔族なら光の屈折魔法のほうが、例えとしては適切か。

 

 


 

 

【記憶喪失タイムスリッパー】

 貧しくも平和な魔道具店に、アンデッドを目の敵にする狂暴な生物が乗り込んできた。

 生物の名前を――アクアという。

 

 事の発端はこうだ。

 紅い瞳の仲間が、こともあろうにリッチーの店で働こうとしている。

 アクアにとってリッチーとは、邪悪で陰険で、ナメクジの親戚みたいな存在だ。

 そのリッチーが、女神がほんの僅か目を離した隙に身内を誑かそうとしている――そう思い込んだ彼女は、義憤に燃えて突撃してきたわけだ。

 そもそもの遠因は、借金を拵えた当のアクアなのだが、そこは見事に脳内カットされている。

 

 こんな狼藉、許しておけぬと息巻く女神を止めるため、パーティーの保護者役サトウカズマが同行した。

 彼が間に入らなければ、果たしていちゃもんで済んだかどうか、怪しいところだった。

 

 さて、話を前へ進めよう。

 

 借金丸ごと押し付けてパーティーから追放するぞとの脅しに屈し、ギャン泣きしたアクアが渋々バイトを許可したあと。

 見事な手際で封殺をかましたカズマはというと、ウィズにリッチーのスキルを教わっていた。

 ポイント不足で習得は見送ったものの、この男、アンデッドのスキルを覚えることに逡巡が微塵もない。

 アクアを黙らせた手腕といい、最近『鬼畜のカズマ』と呼ばれ始めているのは伊達でない。

 私は感心した。目的のためなら手段を選ばない姿勢には好感が持てる。

 

 ついでにその場で、ウィズが実は魔王軍幹部だと自己申告し、軽く一悶着も起きたが、詳細は割愛する。

 

 その後、以前アクアに呪いを解いてもらった謝礼として、お酒を奉納することにした。

 選んだのはアクセル随一の名品。王都の酒屋より出来が良いと評判の、マイケル氏の銘酒である。

 

 瓶を手渡すと、アクアはポカンと口を開け、暫し沈思黙考。

 やがて、『ああっ! あの時の人!』と手を叩き、大喜びで一升瓶を抱えていった。

 ……どうやら今の今まで、私が誰なのか気づいていなかったらしい。

 

 それにしても、一升瓶ごときで受け入れるのか。

 何しろ魔王がかけた呪いだ。人間のプリーストでは解呪の可否すら怪しい上、よしんば可能だったとしても、巨額の喜捨を求められるのが関の山である。

 土台、神を人の物差しで測るのが間違いなのだろう。文字通り、規格が合わない。

 そういえば以前、ベルディアに殺された冒険者を蘇生させた際にも、アクアは酒場のシャワシャワ一杯でチャラにしたという話を耳にしたことがある。

 

 これを転機に、話題は私自身へと移った。

 ウィズの素性は既にバレたが、私個人の来歴は彼らにまだ語っていない。

 

 まず、あの呪いの出処を包み隠さず明かす。――あれは、魔王が口封じのために施したものだと。

 ウィズが幹部と露見した以上、ここで隠し立てしても余計な火種になるだけだろう。

 魔王の名に、ウィズを含む全員が目を丸くした。

 ……そういえば、呪いの件はウィズにも話していなかった。

 

 カズマが既に街の人々から私の話を聞いていたらしく、説明自体はさほど手間ではなかった。

 基本的にはこうだ。

 ウィズが仕入れた欠陥魔道具による事故でこの時代にタイムスリップしてきた未来人で、ついでに記憶喪失持ち。

 身寄りのない私を、責任を感じたウィズが引き取り、店員として働かせて今に至る。

 この辺りまでは、カズマも含めて知人の大半が知っている話だ。

 

 新たに付け加えたのは、私が現れた初期地点が魔王城で、しかも客人としてしばらく厄介になっていたこと。

 もちろん誤解されないよう、私は魔王軍に所属しているわけでも、加担しているわけでもないと強調しておいた。

 

 カズマは、私の喪失した記憶を『エピソード記憶』と評した。

 耳慣れない単語だったが、話を聞く限り、かつて仮面悪魔が語っていたものと同じ概念らしい。

 

 その直後、アクアが断りもなく唐突にセイクリッド・ハイネス・ヒール――最高位の回復魔法をこちらに撃ち込んできた。

 記憶喪失の原因によっては、これで治るかもしれないから試してみたそうだ。

 まあ、何も起きなかったが。

 呪いを解いたときもそうだったけど、せめて行動に移す前に事前説明くらいはほしい。

 

 カズマからは、魔王城で何か面白い話はないか、あるいは金儲けに繋がる未来知識やアイデアはないのかと詰め寄られた。

 もし楽して大金を手に入れる方法があったなら、私がとっくに使っている。

 ……記憶のどこかに眠っていて、宝の持ち腐れになっている可能性は否めないけど。

 

 魔王城の件にしても、大して有用なネタは持っていない。魔王としても、念のため口止めしておいただけだろう。

 そもそも、あの頃の私は身の安全を保つため、情報を拾いすぎないよう細心の注意を払って立ち回っていた。

 うっかり機密に触れてしまわぬよう、城の構造すらロクに把握していないほどだ。

 

 とりあえず語ったのは。

 魔王が娘を溺愛していた話と、ウィズが宝物庫の財宝を勝手に売り捌いて魔王を泣かせた話。

 どちらもカズマの期待とは方向性が違ったようで、反応は微妙だった。

 

 未来知識と言えば。

 どうやら私の生まれた時代では、魔王軍との戦争は既に終結していたようだ。

 『勇者と魔王の一騎討ちで魔王が討たれ、長きに渡る戦争は終結した』――そんなソース不明の知識が、私の頭の中にはある。

 今の防戦一方の戦況を見れば、想像もつかない話だ。しかし少なくとも、未来にはそういう可能性もあるということだろう。

 

 ただし、それは私がタイムスリップしなかった世界線での話。

 この世界が、同じ未来へと進む保証はどこにもない。

 

 


 

 

【ポーションの被害】

 ポーション棚に並ぶ瓶のうち、いくつかの中身がいつの間にか真水に変わっていた。

 さしものウィズといえど、水と魔法薬を見誤るはずがない。

 記憶を辿れば、どれも直前にアクアが弄っていたものばかりだ。

 

 そういえば彼女には、触れた液体を水に変えてしまう不思議体質があるらしい。

 ふと思い出して、合点がいった。

 

 損害についてはギルドを通して、しっかりと賠償請求をしておいた。

 

 


 

 

【人選を誤ったかもしれない】

 めぐみんのバイト希望について、続報である。

 

 どうやら、クエスト中にカズマが大怪我を負うトラブルに見舞われ、しばらく冒険に出られなくなったらしい。

 そのため、めぐみんが正式にバイトの話を進めにやって来た。

 ちなみに彼の怪我はアクアが治癒して完治済み。ただし、数日間は静養が必要とのこと。

 

 ……ところで。

 『大怪我』と口にしたときのめぐみんの話し振りに、妙な違和感があった。

 嘘ではないのだろうが、何か引っかかる。……はて?

 

 ともあれ、ウィズも交えて少し話し合い、めぐみんには緩めのペースでシフトに入ってもらうことに決まった。

 が、一点問題が発生した。

 ウィズの監視を任せるという私の提案に、当の店長が物言いをつけてきたのである。

 

 監視という表現が気に入らないなら、サポートでも介護でも良い。

 そう返すも、話の腰を折るなと一刀両断された。

 これまで散々やらかしてきたにもかかわらず、この女は自分の仕入れセンスに揺るぎない自信を持っており、私の提案に素直に頷く気はないらしい。

 店内をざっと見渡しただけのめぐみんですら、大体を察して沈黙を選ぶレベルなのに。

 

 挙げ句、私への監視が要るのではと言い出す始末。

 曰く。私をフリーにすれば、大勢の人を巻き込んだ大事件を引き起こしかねない。だから傍で見守っていないと、不安で仕方がないのだそうだ。

 ……鏡、見たことあります?

 

 まるで凶悪なテロリストのように語られてしまい、そのせいでめぐみんの私を見る目に、うっすらと猜疑の色が浮かんでしまった。

 彼女は知力が高い分、余計な判断材料を与えたくない相手なのに。

 

 その後、めぐみんの初バイトが早速スタートする運びとなった。

 二人を店に残して私は営業に出かけ、仕事を一通り片付けて戻ってくると――どういうわけか、店内で小さな諍いが勃発していた。

 

 事情を聞き出したところ、どうやらこういうことらしい。

 さっきまで素材商の男が来ていた。だがその相手を、めぐみんが犯罪者呼ばわりして高圧的に叩き出したという。

 その対応について、彼女とウィズの間で意見が食い違って揉めていた、というわけだ。

 

 めぐみんの言い分としては、件の素材商は、こちらをカモと見てぼったくる舐め腐った詐欺師野郎。

 里のニートに頼めばタダでいくらでも取ってきてくれるような素材を、アクセルには生息しないモンスターの素材だと吹いて、ふっかけ過ぎとのこと。

 それに対してウィズは、むしろ適正価格より安いくらいで、かなり良心的だったと反論。

 あれは何としてでもあるだけ買い込むべきだった。新商品の材料になったのに、と悔しがっていた。

 

 実際に素材の内容と価格を確認すると――なるほど、確かにお買い得だ。そこはウィズが正しい。

 めぐみんには、相場というものは土地によって違うのだと丁寧に説いて聞かせた。

 紅魔の常識は、世間の非常識。あの魔境を引き合いに出すのは理不尽が過ぎる。

 暇を持て余したニートがモンスターをしばき倒すのが日常らしいが、そんなのはあの里だけだ。

 

 ……しかしながら、商談にストップをかけた判断そのものは、めぐみんが圧倒的に正しい。

 紅魔の里周辺を縄張りとする高位モンスター由来のアイテムなど、アクセルでは誰も欲しがらない。

 いくら性能が良くても、高価格な魔道具はこの街だとまったくお呼びでないのだ。

 危うく、またゴミを増やされるところだった。

 ということで、めぐみんの給料には少し色をつけておいた。初回から良い仕事をしてくれた。

 

 ……ただ、気がかりな点がある。

 素材商を追い出す際、めぐみんはよりにもよって爆裂魔法の詠唱に入ったというのだ。

 相手に子供扱いされたのがカチンときたらしい。しかも本人は、ちっとも反省していない。

 ウィズがすんでのところで阻止したから良かったものの、カッとなった程度で戦術級の魔法を発動されては堪らない。その理由も下らない。

 

 ……もしや人選、間違えたか?




・ジャイアントトードの繁殖期
春と秋の年二回ある。Web版より。
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