1000 * 1000 ~生まれ変わった井河扇舟、桐生美琴の助手になる~   作:天木武

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第3話 ヨミハラの日常

 ◇

 

 私がミリオンとして「誕生」してから数週間。

 

 最初に目を覚ました時は首から下の感覚がなく喋ることぐらいしかできなかったが、2度目に目を覚ました時は約束通り全身の感覚が戻っていた。

 美琴がつけていなかったと言った義手義足も取り付けられていて、その時からリハビリとして行動訓練が始まった。

 

 しかしこれが予想以上に大変だった。

 かつては切り落とされた両手の代わりに義手を取り付けていたこともあったため、すぐ動けるようになるだろうと高を括っていたのだが、全身となると話は全くの別物。

 全身のサイボーグ化はかなりの負担がかかるらしく、義手義足がついてもはじめの頃はベッドから動くことすらままならない状態であった。

 

 ようやくベッドから自力で起き上がれるようになり、支えを使いながら歩けるようになり、そして自力で歩けるようになり――。

 まだ指先の力加減といった細かい部分に不安はあるものの、今ではほぼ自分の意志通りに体を動かすことは可能な状態となり、美琴に訓練の一応の終了を言い渡されたのだった。

 

 確かにこの体の変化は私にとっては大変なことだった。が、その訓練の間に受けた自分が置かれた状況の説明の方がより問題だった、と言っても過言ではなかったかもしれない。

 

「井河扇舟という人間は死んだことになっている。元々私が受けた依頼は遺体の『処理』か『処分』だった。だから、あなたには申し訳ないと思ったけど、その義体に移植された脳と中枢神経以外は全て焼却させてもらったわ。魔界に住む私の知り合いの『獄炎の女王』に頼んだから、仕事は確実よ。まああいつはどこの派閥にも属してないし、死霊卿側に情報が漏れることもないでしょう」

 

 美琴のコネがどうなっているのか甚だ疑問ではあるが、「鬼神の腕」を譲り受けるような人間だ。彼女同様の非常識な知り合いも多いのだろうと思うことにした。

 

 ところが本当の問題はその先の話だった。

 

「あなたが井河扇舟であったということを知られてはいけない以上、あなたを知っている人間に気づかれるのはご法度よ。罪を償うために五車に戻ってアサギの元で戦いたい、とか思うかもしれないけど、過去にヤバい呪いまで使われているんだからそんなのは論外。この街で会ったことある人にも気づかれないように。あなたの設定としては『私がたまたま拾った両手足がサイボーグ化されている、一部記憶が消えている助手のミリオン』ってことになってるから。まあどこかの組織から逃げてきた、ぐらいの設定もあっていいかもね。とにかく、都合が悪い質問されたら『大怪我のショックで一部記憶があやふや』って言って誤魔化しなさい」

 

 正直なところ、世話になった味龍の3人や、自分に優しくしてくれた娼婦仲間のフェルマとは以前のように話したかった。自分を許し、最後まで命を救おうとしてくれたあのふうま小太郎にも感謝を告げたかった。

 だがそれは叶わぬ夢となってしまった。もどかしいが、それも自分の受けるべき罰なのかもしれない。

 

「よし、大丈夫そうね」

 

 そんな事を考えつつラボの中を歩いていると、不意に美琴から声をかけられた。

 今は私が日常生活を送るのに支障がないかの最終確認の時間だった。

 

「調子はどう?」

「悪くないわ。やっとこの体にも慣れてきた、ってところ。……でも不思議ね。体が全部サイボーグだなんて全く感じない。最初は全然思い通りに動いてくれなくて焦ったけど、今になってみると昔の人間だった頃の体と何ら変わらない……いえ、以前の体よりいいんじゃないかとすら思えてくるわ」

「それはそうよ。なんて言っても天才のこの私が作った最高傑作なんですから。あとはあなたの忍法との兼ね合いとかで調整する必要はありそうだけど……」

「ああ、言ってなかったっけ。私の忍法は身体強化系のすごく地味な術なの。今も歩きながら少し試してみたけど、問題なく機能するみたい」

 

 母の超絶的な忍法に比べて、私のはとことん地味だった。結果、そこを伸ばす形で近接戦闘術を徹底的に訓練し、さらに毒手という方法で補ったわけである。

 

「天才の私が作ったんですから、体も義手義足も対魔粒子に反応するようにしてあるわよ。……でもその忍法なら、あなたが生きてた説明もつくかもね」

「というと?」

「心臓を失っての仮死状態で、無意識のうちに体の最も重要な部分、つまり脳を守ろうとして忍法が働いたのかもしれない、ということよ。まあ仮説だから、証明のしようはないんだけど」

 

 もしそうだとしたら、地味だと思っていたこの忍法に少し感謝をしないといけない。あの時生きたいと思っていた私の意志を汲んでくれたのだから。

 

「まあ時々でいいわ、忍法を使って見て頂戴。その辺のデータもあると助かるから」

「わかった」

「他には特に問題もないってことでいい?」

「うーん……。無いといえば無いんだけど……。急に10センチ以上身長が伸びて、体のバランスとか目線の高さとか戸惑ってる」

 

 美琴は、かつて私が近接戦闘に優れていたということは知っていた。そのため、リーチが長いほうが有利だろうという名目で義手と義足を長めに設計してくれたのだ。

 計らいとしてはありがたいのだが、急な変化にはやはり戸惑いが先についてきた。今言ったとおり、体のバランスと目線がどうにも慣れなかったのだ。

 加えて、足が長すぎるようにも感じていた。これではモデルか何かではないかと美琴に抗議したのだが、「そりゃ私が作った最高傑作なんだから、モデル並の体型を持つ美しさで当然なのよ」とマッドサイエンティストな返答をされただけだった。

 

 ちなみに、腕と足だけが露骨に義手義足とわかるようにしてある。美琴が言うには、そこだけがサイボーグだと思わせるためと、メンテナンスの都合上らしい。腕と足を目立ちやすくすることで、体がサイボーグであることがより見抜かれにくくなると説明された。

 

「身長が伸びたって? いいじゃない。足の長さで調節できるから、身長はある程度なら自由自在。ついでに体も若返った感じでしょ? 元のあなたは『美魔女』と呼ばれるレベルに年齢不相応な美貌を保っていたけど、小さい文字とかは見づらくなってたかもしれないし」

 

 ……うるさいわね。

 

「あ、何も言い返せないところを見ると図星か」

 

 そう言って見せた笑顔がなんとも小憎らしい。さすがにイラッとしたが、ため息を吐き出すことでそれ以上は口にするのをやめた。

 この短期間で桐生美琴という女の人間性がなんとなくわかり、文句を言うだけ無駄だとわかったからだった。

 

 目が覚めて話したときから頭のネジが1本2本のレベルじゃなく外れていることは予想がついたが、その後話す機会が増えるにつれてそれは控えめ評価だったと改めさせられた。

 口が悪い、デリカシーが無い、そして遠慮も無い。「人間性が壊れてる」と何度言ったかわからない。とんでもない相手に返すことのできない借りを作ってしまったとつくづく思う。

 

「まあいいや。あなたもその体にだいぶ慣れたみたいだし、そろそろこんな狭いラボじゃなくて外に出てみようかと思ったのよ」

 

 そして自分から煽っておきながら「まあいいや」で済ませる。そこにも文句を言いたくなるところだったが、外に出ることには興味を惹かれた。

 

 しかし、次に美琴が私の目の前に置いたもので、そんな考えは吹き飛んでしまうのだった。

 

「……何それ?」

「あなたの服よ。その患者衣のままじゃ出歩くわけにはいかないでしょ? 私がとっておきの服を見繕っておいてあげたから」

 

 

 ◇

 

 ミリオンになってから初の外出。

 しかし、ほんの少し前までは心が沸き立っていたが、今は戸惑いの方が大きくなってしまっていた。

 

「ねえ、美琴……。この格好……」

「変じゃない。何回言わせるの」

 

 その原因が美琴が用意した衣装だった。

 そもそも美琴が用意したということで嫌な予感はしていたのだが、それは的中する形になってしまった。

 「これからのあなたの服だから」と言って美琴が用意したのは、胸元を強調するようなへそ出しトップスとホットパンツという、かつて着たことがないような服だったのだ。

 

 他の衣装はないのかと異を唱えたのだが、「スタイルがいいんだから、こういうの着ない方がむしろ変でしょ」と強引に押し切られてしまった。そんなに文句を言うなら、と美琴がいつ買ったか覚えてないというジャケットを引っ張り出してきてくれて上から羽織ってはいるものの、なんだかますますモデルのような感じになってしまって裏目だったかもしれない。

 

 ただでさえ高身長で人目につきやすいであろうに、見せつけるような胸と短いパンツから覗く義足で余計に目立つような気がする。

 実際ラボを出てヨミハラのメインストリートを歩いていると、行き交う人やオークたちに舐め回すように見られているように思えてならない。

 

「慣れなさいよ。そのボディは私の最高傑作。だからあなたは胸を張って堂々と、それこそモデルみたいに歩いていればいいの」

「そう言われても……。そんな経験ないし……」

「だから慣れろって言ってるの。あなたは生まれ変わったんだから。……はぁ、まあいいや。とりあえず、食料品を買うならここね」

 

 呆れているせいか、紹介がやや乱暴だった。ヨミハラで暮らしたことはあるにはあったが、客の待つホテルと娼館の間を行き来するぐらいしかなかった。改めて見てみると、闇の街には闇の街なりに店が揃っていると気づく。

 

 このまま表通りを進めば味龍、というところで美琴は進路を変えた。

 

「味龍じゃないの?」

「今日は別なところよ。あなたにとっては味龍も重要でしょうけど、こっちも重要だから」

 

 そう言って美琴が入っていこうとした店は酒場だった。

 

「酒場……? 別に私飲みたい気分じゃないんだけど……」

「ええ、わかってる。ここは酒場ってだけじゃなくて色んな顔があるの」

 

 私のことなど気にせず美琴は足を進める。仕方なく私もそれに続いた。

 飲むにはまだ少し早い時間な気もするが、店内にはそこそこの数の客がいた。

 しかし人種も何もバラバラ。人間だけでなく当然のように獣人種やオークがいる辺り、さすがヨミハラと思わずにいられなかった。

 

 と、そこで1人の女性がカウンターから覗き込むようにこちらを見つめてきた。

 

「いらっしゃい。……あら、美琴じゃない」

「久しぶりね、静流(しずる)

 

 出迎えたのは金髪に眼鏡の女だった。母性をくすぐりそうな愛嬌のある顔立ちをしているが、それより目につくのはなんと言っても胸だった。

 あれは大きすぎる。私のように胸元を特に強調するような服でもないのに、胸の存在感がまるで隠し切れていない。同性としては大きさが恨ましいとかいう前にあれで肩が凝らないのだろうかと心配になるほどだ。

 この体もモデル体型と美琴が言うだけあっていいサイズをしていると思うが、そんな風に考えてしまうほど、あのサイズは規格外だと思った。

 

「珍しいわね、あなたが誰かを連れてくるなんて」

「静流には紹介しておこうと思ってね。うちの助手のミリオンよ」

「助手……?」

 

 静流と呼ばれた女は首を傾げながら私を見つめてくる。

 

「はじめまして、ミリオンよ。美琴に助けてもらった恩があって、助手というかお手伝い的なことを、ね」

「こちらこそよろしく、ミリオン。高坂(こうさか)静流よ。……でも美琴の助手として耐えられる人がいるなんて驚きだわ。無理な時はさっさと逃げ出してもいいのよ?」

「うるさいわね。ミリオンが大丈夫って言ってるから大丈夫なのよ。……それはそうと、何か新メニュー始めたんだって?」

 

 美琴は私たちのことなどお構いなしに奥のテーブル席へと座っていた。私もそこへ行こうとすると、酒を飲んでいる連中の「すげーいい女……」「静流といい勝負じゃねえか?」などというヒソヒソ話が耳に入ってくる。

 ……正直、美琴の助手としてより、こういうことの方が厳しいと思ってしまったりもする。

 

「ええ、うちのかわいい店員さんが作ってみたいって言うから始めてみたの。2人前でいいわね? ……グィネヴィア、2人前おねがーい!」

 

 奥の方から「はーい!」というまだ幼さの残る声が聞こえてきた。同時に「静流ー!酒くれー!」という他の客の声も重なる。

 静流はこちらにひとつ笑顔を残すと、酒を追加注文した客の元へと近づいていく。

 

「……ミリオン」

 

 と、美琴が小声で私を呼び、顔を寄せるように合図してきた。

 

「何?」

「“あなた”の『処理』の依頼してきたの、彼女よ」

 

 私は目を見開いて静流の方を振り返る。この街で酒場の女店主という時点で只者ではないと思ったが、やはりそうだったらしい。

 

「ついでにいうと、独立遊撃隊の報告書を手に入れた『ある筋』も彼女」

 

 ということは対魔忍である可能性が高い、ということだ。

 

 確か名字は高坂だったはず、と記憶を呼び起こす。そういえば長老衆時代にまだ五車にいた頃、高坂家の娘が頭脳面で天才だったという噂を聞いたことがあったような気もした。

 

「昔の知り合いだったりする?」

「私が五車にいた頃の彼女の年齢を推測すると、おそらくまだ子供だったはずよ。名前を聞いたことがあるかどうか、っていう感じね。でも直接の面識はない。……その彼女があなたに処理を依頼したってことは、やっぱり対魔忍側が……」

「いいえ。彼女はヨミハラの町内会長として私に依頼したわ」

「……は? 町内会長?」

 

 対魔忍が闇の街の町内会長? 潜入任務の隠れ蓑にこの酒場を開くまでならまだわかるが、町内会長となるとさすがにリスクやら何やら色々おかしいのではないかと思えてくる。

 

「紛れもなく町内会長よ。しかもかなりやり手。この街を牛耳るノマドとうまくやり取りしてるもの」

「じゃああなたに“私”の処理を依頼したのは……」

「純粋にゴタゴタを起こさないようにするためじゃないかしらね。あるいは私ならもしかしたら、という希望があったのかもしれないし。……とにかく、井河扇舟は死んだってことで彼女に報告したし、処理も済ませたことになってるから。バレないようにね」

 

 それは言われるまでもないとは思う。……のだが。

 

「だったら私をここに連れてくるなんて危険なことじゃない」

「それは確かにそうかもしれない。でもさっきも言った通り静流はこの街の町内会長。私がミリオンという女性を助手にしたってことはいずれ耳に入るでしょう。じゃあその前に紹介しておいてもいいかって思ったのよ」

 

 話の筋としては一応通っているので文句はない。しかしまだ説得力としては少し弱いようにも感じていた。

 

「あと、ここはこの街の情報が集まるし、仕事を斡旋してくれたりもする。私の助手ってことになってるけど、ずっとつきっきりでいなくてもいいわけだし、暇な時はここで何か仕事を受けて困ってる人を助ける、ってのもいいんじゃないの? 人助けがあなたの償いになるとまでは言わないけど、まあ何もしないよりは、ね」

 

 そこまで聞いてようやく理解した。もしかすると美琴は美琴なりに私のことを考えてくれているのかもしれない。

 とはいえ、普段が普段で人間性が壊れているだけにそんなことを思ってくれてるのか怪しい。仮に思っていたとして普段の分と差し引きゼロでまあいいかと、感謝は心のなかに留めておくことにした。

 

「お待たせしました! 特性オムライス2人前です!」

 

 と、そこへ注文していた料理がやってきた。どうやらオムライスとスープ、酒場の料理としてはやや意外だ。

 いや、それよりも持ってきた人の方が意外だった。メイドの格好をした、まだ子供といっても差し支えないのないほどの年齢の少女だったのだ。

 

「ありがとう、グィネヴィア」

「いえ、どういたしまして。えっと美琴さん、こちらの方……初めてですよね?」

 

 その少女が私の方へと視線を移す。愛想笑いなんてできそうになかったが、警戒心を持たれないように挨拶だけはしておく。

 

「ミリオンよ。よろしくね」

「よろしくおねがいします、グィネヴィアって言います」

「この子はあなたと境遇が近いかもね。静流が働く場所を提供してあげてるって感じ」

 

 美琴が口を挟んでくる。

 

「じゃあミリオンさんも美琴さんのところで働いてるんですか?」

「働くというか……。私の場合彼女に助けてもらったから、その代わりに助手として色々手伝うことになった、って感じかな」

「へぇー……」

 

 そう言いつつグィネヴィアは私の顔をまじまじと見つめてくる。

 

「ど、どうかした? 私の顔……なにか付いてる?」

「い、いえ! ごめんなさい! ……すごく美人さんだったんで、つい見とれちゃって。あ、オムライス冷めないうちに食べてみてください! それじゃあ!」

 

 どこか気まずそうに、トタトタと彼女は奥の方へ走り去っていってしまった。

 

「嬉しいわね、私の最高傑作が褒められると」

「……逆に私はやっぱり目立つのかっていう、なんだか困った気持ちになるおかしな現象が起こるのね、これ」

 

 まあしょうがないか、と私は溜息をこぼしつつ、食事を進めることにした。「いただきます」と呟いてから、オムライスにスプーンを入れて一口頬張ってみる。

 お、と目を見開いた。美琴と視線が合う。

 

「おいしいわね」

「ええ、あの子が作ったんでしょうけど……悪くないわ」

 

 お世辞にも絶品、とは言い難い。それでもお店で安めの料理として出すには味として十分に思える。

 というより、実のところここまで目が覚めてから美琴が患者用に買い溜めしておいた味を度外視した栄養食ばかりだったので、久しぶりにおいしいものを食べたという実感が沸いてきていた。

 

「どう? グィネヴィアが作ったオムライス」

 

 と、他の客の相手を終えたらしい静流が味の感想を求めてきた。

 

「私は満足よ。でもミリオンは何か思うところがありそうだけど」

「あら。何か改善点ある?」

「いえ、そういうのじゃ。味もお金をとって十分なレベルだと思うし。ただ……酒場の料理にオムライス、っていうのは珍しい組み合わせだなって思っただけで」

 

 ああ、とひとつ相槌を打ち、静流はどこか困ったような顔を浮かべた。

 

「美琴は知ってるだろうけど、この近くに『味龍』って中華料理店があってね」

 

 意図せず、ドクンと心臓が高鳴ったような気がした。

 

「あそこの看板娘で店長代理の陳春桃(ちんしゅんたお)とグィネヴィアは仲が良くてね。よく食べに行ってるみたいなんだけど、感化されちゃったのか『私も料理を出してみたい!』って言い出して。料理の手ほどきとかも受けたみたいで」

「へえ。でもグィネヴィアって魔術の勉強もしてるんじゃなかったっけ」

 

 美琴の言葉を「まあね」と肯定してから、私にもわかるようにだろうか、静流は彼女の背景を話し始めてくれた。

 

 元は魔界の出身らしいのだが、彼女が生まれてすぐ母が亡くなり、その後魔界の勢力争いに巻き込まれ父とともにこの街へ逃げてきたこと。その父もこの街をめぐる事件が原因で命を落としてしまったこと。そして収入を得るためにこの店でバイトしてること。将来的には母のように魔術を使えるようになるため勉強中であること。

 

「……苦労、してるのね……」

 

 さっきチラッと見たグィネヴィアはそんな様子は微塵も感じさせなかった。

 母の言いなりになっていた私とまるで違う。自分の意志で常に歩き続けている。そんな彼女に、少し尊敬の念を抱いた。

 

「まあそんな彼女だけど、ここのバイトは楽しいし、今充実してるって言ってくれてるから私としては嬉しいのよね。だから料理を出してみたいってお願いに私もオッケーを出したわけ」

「でもなんでオムライスなの?」

「あの子、どこかから変な知識仕入れちゃったのよ。今メイド服でバイトしてくれてるじゃない? メイドといえばオムライスだ、とかなんとか。……まあ味は問題ないと思ったから、まだ試験的にだけど新メニューとして置いてみてるのよ」

 

 静流と美琴のやり取りを聞いてもオムライスに行き着いた理由はやや謎ではあった。が、彼女が作りたいと言って作っているのだからまあいいだろうと思うことにする。

 さっきは悪くないなどと言ってしまったが、十分満足できる味だ。対抗して今度美琴に作ってみようかと思う。

 

 そんなことを考えつつ、静流も奥に下がっていって私たちは食べることに集中する。

 

 そして大体を食べ終わったときのことだった。

 

「何だと、おいコラァ!」

 

 不意に、店内に怒号が響いた。見れば、一組のオークがにらみ合いながら席を立ち、今にもケンカを始めそうな一触即発な雰囲気になっている。

 私も美琴も我関せずと言った感じでオムライスの最後を食べ終えたところだったが、声を聞いて一旦店の奥に消えていた静流が出てきた。

 

「酔っ払いのケンカかー。酒入るとああいうこともあるよねー。静流、止めないの?」

 

 美琴はあくまで関わる気はないらしい。静流にそう問いかける。

 

「面倒だけど、お店壊されたくないから仕方ないわね……。止めますか」

 

 そう言って静流がオークたちのところに行こうとした時。

 

「あ、やっぱちょっと待った」

 

 突如美琴が静流を止めた。

 

「何?」

「いいこと思いついたの。……ミリオン、あいつら止めてきてよ」

「……は?」

 

 食事も終わったし、この騒ぎが収まったら帰るのか、それとも美琴は一杯引っ掛けるのかな、などと他人事のように考えていた私は、突如話を振られて思わずたじろいだ。

 

「なんでここで私が出てくるのよ!?」

「リハビリがてら、軽くのしちゃいなよ」

「あら、ミリオンって強いんだ。じゃあお願いしちゃおうかしら」

 

 いやいやちょっと待ってほしい。

 私は今日ようやくリハビリ完了を言い渡された身だ。日常生活に支障はなさそうだが、戦闘行為となるとまた話は変わってくる。

 

「ちょっと……何考えてんのよ美琴!」

 

 静流に聞かれるとまずい部分があるかもしれないと、私は顔を寄せて美琴に非難の言葉を浴びせる。

 

「何って、戦闘のリハビリに丁度いいじゃない」

「よくない! まだ以前と今で感覚にどのぐらいの違いがあるかを把握してないし、義肢についても完全に思い通りに動かせるかは不安があるのよ!? それに私の忍法にどの程度反応するかもわからないし……」

「だから、習うより慣れろよ。あいつらも闇の街の住人なんだしちょっとぐらい怪我しても大丈夫だから。どうしてもまずいってなったらブレード変形させて脅して止めればいいでしょうし。それは問題なく機能するでしょ?」

 

 私はいらないと言ったのだが、「防御面を考えても最低限ブレード変形の内蔵だけは譲れない」と美琴に押し通された機能だ。その代わりに他にマシンガンだの小型ロケット砲だの色々つけようとしたオプションを軒並み却下させている。

 指先をブレードに変形させてみる。思った通りに変形してその後戻ったが、静流もそれを見てしまっていたらしい。

 

「あら、そんな機能があるなら任せてもよさそうね。じゃあミリオン、お願いね」

「さあいってらっしゃい、正義の味方!」

「……あーもう!」

 

 半ばヤケで私は立ち上がった。とはいえオーク2人は完全に頭に血が上った状態。私が仲裁に入ろうとしたところで焼け石に水だろう。

 

 そんなことを考えながら近づいている途中。ついに双方とも我慢の限界を超えてしまったらしい。お互いに拳を固め、殴り合う状態に入る。

 

 手が出ると止めるのも難しくなる。その前に止めるしかない。

 とはいえ打撃は義手の力加減が思い通り働くか怪しいから使いたくない。忍法は言うまでもなく使うのは避ける。加えて向こうは私より更に身長が上なために割って入って力で両方の拳を止めるというのも不安が残る。と、なれば。

 

 私は手前側の腕に狙いを絞った。従来の感覚と違うことに不安は残っていたが、床を蹴って飛び込む。パンチを繰り出そうとする腕が伸びきる前に肘に手を当て、奥に押し込んで力の行き先をずらす。

 

「なっ……!?」

「おわっ!?」

 

 体重を乗せて放ったパンチが両者とも外れたことで互いにバランスを崩す。特に腕を押した方はそれが顕著で、数歩たたらを踏んでから床に手をつく事態となった。

 腕と足の長さが変わったことで距離感に狂いが生じるかと思ったが、ここまでのリハビリでこの感覚にも思いの外慣れていたらしい。狙い通りに体が動いてくれたことにホッとした。

 

 とりあえず止めるだけならまあこれでなんとかなるだろう。

 

「邪魔してごめんなさい。でもお店を壊されると困るからって静流に言われて……」

「そうだそうだ! やるなら外でやれー! うちのミリオンがお前ら2人同時に相手にしてやるってさ!」

「ハァ!?」

 

 あることないこと言い出した美琴の方を振り返るが、当人は完全に煽る立場になっている。助けを求めようと静流の方に視線を移すが、こちらもよくない笑みを浮かべていた。

 

「……それ、面白いかもね。そこの2人! 暴れたいなら外に出てそこのミリオンと2対1で戦うっていうのはどう? あなたたちが勝ったら今日の飲み分と、ここで暴れようとしたことはチャラにしてあげる。でも負けたら今ここにいる全員に一杯おごる。いい案だと思わない?」

 

 全く思わない。

 しかし私のそんな思いは、悲しいかな、店内の客の熱気の前にあっさりとかき消された。

 

「おもしれえ! やれやれ!」

「俺は姉ちゃんが勝つ方に賭けるぜ!」

「馬鹿野郎、それじゃ賭けにならねえだろうが!」

 

 店内は完全に私がやるものだという前提で話が進んでいる。

 困り果てて相手の方を見るが、そちらも不敵な笑みを浮かべつつ指を鳴らし、やる気満々のようだった。

 

「私、気乗りがしないんだけど……。あなたたちの勝ちってことで全員の一杯分私が持つから、無益な争いはやめにしない?」

「そうはいかねえ。なめられっぱなしってのは気に入らねえ。なあ、兄弟!」

「おうよ。お前とは一旦休戦。この姉ちゃんに俺たちの恐ろしさを教えてやらねえとな!」

 

 しかもケンカしようとしていたはずの2人がいつの間にか完全に仲直りしている有様だ。

 

 理屈も何もあったものじゃない。

 だがこれが闇の無法都市・ヨミハラという街なのだと、渋々ながら私は理解するしかなかった。

 




タイトルとあらすじ少し変えました。
それから扇舟の忍法については原作中で言及が無かったはずなので捏造設定になります。
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