1000 * 1000 ~生まれ変わった井河扇舟、桐生美琴の助手になる~ 作:天木武
◇
「気に入らないわ」
昼食中、不意に美琴はそう言い出した。
食べる前からどうも不機嫌そうだとは思っていたが、その見立ては当たっていたらしい。だがその理由が気になる。
「パスタ、口に合わなかった?」
今日の昼食はカルボナーラだ。もう少し手の混んだ料理を作るべきだったかもしれない。
「いえ、これはおいしいけどね」
しかしどうやら杞憂だったらしい。それはそれでいいのだが。
「じゃあ何が気に入らないのよ?」
「荷物が届かないのよ」
ちゃんと説明する気もないようで、短く答えただけで美琴はカルボナーラを口に運んでいる。
「中途半端だと余計に気になる。もうちょっと詳しく話してくれる?」
ジロリ、と一瞥された。このまましばらくは無視だろうな、と思ったが、予想に反して美琴はすぐ説明をしてくれた。
「前回はあなたのリハビリも兼ねた外出だったから直接荷物を持ってきてもらったわけだけど、基本的にあれは例外で、普段はヨミハラに物資を持ってくる時に一緒に持ってきてもらってたのよ」
「それが届かない、と」
「仕入先に連絡したらもう発送したって言われ、運送側に聞いたら仕入れから受け取れていない、って言われて話が噛み合わない。どっちかに原因があるんだろうし揉めるのは勝手だけど、私の荷物が関係してる時にやるのは気に入らないのよ」
実に美琴らしい言い分だった。同時に、自分の荷物が絡んでるならまあこれだけ苛立つのもわからないでもないとは思えた。
「私が直接行ってなんとかしてくるのが一番手っ取り早いんじゃないの?」
ちょっと面倒だとは思ったが、助手の仕事としては当てはまる。美琴ももうそのつもりで考えているだろうと思っていたのだが。
「まあそうなんだけど……。あなたがいなくなると食事が味気なくなるのよ」
「あー……」
これは非常に美琴らしくない発言だ。今まで生活を犠牲にしてやりたい研究をやっていたマッドサイエンティストとは思えない。
もしかすると生活能力が以前よりは高まっているのだろうか。私の料理がそこを変えたのだと思うと少し嬉しいような、なんだか複雑な気分だった。
「じゃあ数食分作り置きしておくわよ」
「温め直すのがめんどくさい」
前言撤回。
「とはいえアレが届かないのはさすがになあ。うーん……」
食べる手は止めないながらも、美琴は考え込んでいるようだった。特に急かす理由もないので、彼女の中で答えが出るまで私も昼食の手を進めて待つことにする。
「……よし、決めた。ミリオン、悪いんだけど荷物がどうなってるか確認しに行ってきてもらえる?」
昼食を食べ終え、私が食器を下げる頃になってようやく美琴は結論を出した。私の料理と天秤にかけてそこまで悩んでくれたのはちょっと嬉しい。
「了解よ。食器を洗ったら出かける準備をするわ。作り置きはなしでいいのね?」
「いい。準備ができたらラボに来て。そこで説明するから。……あーあ、ミリオン帰ってくるまでまたあの栄養食暮らしかぁ。グィネヴィアのオムライスか味龍にでも食べに行こうかな……」
恨み言さえもなんだか笑えてきてしまう。それだけ美琴の中で私という存在の比重が大きくなっていたのかと思うのだった。
◇
美琴が荷物を仕入れた業者はセンザキにあるようだった。
センザキはかつては東京のベッドタウンとして発展した街だった。しかし、戦争難民が住み始めて街の中心部がスラム化したことをきっかけに、魔界の住人や犯罪組織が流入し、一気に治安が悪化。
しかも大規模な港があるため、金に群がる危険な者たちがひしめき合い、今や闇の街であるヨミハラ同様の危険な都市として、「犯罪都市・センザキ」とも呼ばれていた。
とはいえ、これはヨミハラや他の都市でも言えることだが、大抵は無駄に消耗しあわないように大きな組織が協定を結んでバランスを保ったりしているものだ。センザキもこの例に漏れず、小さな組織のいざこざこそあれど、大きな組織が動いて互いに潰し合うようなことは無く、犯罪都市との異名こそあれど、一応の平穏を得ているようだった。
以前初めて外に出た時に来たのもこのセンザキだった。直接荷物を受け取りに行った先が違うとはいえ、ミリオンとなってから1度来ているだけに勝手はわかるし、人通りの多い表通りを歩く分には言われるほど危険でないこともわかっている。
実は、その前にも。
まだ私が母の呪縛にとらわれていた頃。アミダハラから脱獄した後、五車を襲撃する前にここにある対魔忍の中継地点を潰したことがあったのだ。
多くの対魔忍を手にかけた。今なら愚かな行いだったと思うが、そんな反省の言葉など口ではいくらでも言えることもまたわかっている。この手で命を奪った対魔忍たちを差し置いて、こうやってのうのうと生きていていいものかという思いも浮かんでくる。
ふう、と息を吐いて頭を大きく振った。
人が少なくないセンザキの街の中だ。女性ながらに高身長で、しかも義手と義足、おまけに手にカートを折りたたんで持っている女がそんなことをしていたら奇異の目で見られる可能性はあるとも思う。だけど、こうしないと切り替えられないような気がしてならなかったのだ。
過去の過ちを心の奥底にしまい込むように努力し、指定された場所に向かう。
ここに来る前に連絡を入れてみたが、仕入れた業者側は既に送ったと知らぬ存ぜぬの一点張りで取り付く島もなかった。一方で運送側も当初は知らないという主張であったが、粘ってみたところ詳しいことを知っている人間を送るのでその人から話を聞いて欲しいとの返答があった。とりあえずこちらから当たってみるしかない。
指定の場所はどこにでもあるような食堂だった。「カンザキ食堂」という看板を見て間違いないと確信する。
「いらっしゃい。空いてる席にどうぞ」
そう声をかけてきたのはグィネヴィアよりさらに年下のように見える男の子だった。
「あの、待ち合わせの場所にここを指定されたのだけど。店員に言えばわかると言われて……」
「ああ、エリカが言ってた人か。どこか適当に座ってて。今連絡するから」
そう言うと男の子は奥に消えていってしまった。仕方がないので、言われた通り適当な席に座ることにする。店内が昼どきを過ぎて空いていたのは救いだった。
しばらくすると額にゴーグルを乗せ、パーカーとホットパンツにバッグを背負ったの女性が息を切らせながら店内に入ってきた。その後ろからはいかにもチンピラです、という感じで頭と口元をバンダナのようなもので隠した男もついてきている。
「あ、エリカ。話に聞いてた人来てるよ。あそこに座ってる」
「ありがと! ごめんね、お店使わせてもらっちゃって」
「そう思ったら今日じゃなくてもいいけどなんか食べていってよ」
子供だと思ったがしっかり、というかちゃっかりしている。まあ一見治安は良さそうでもここも犯罪都市と呼ばれる街だ。このぐらいのしたたかさがないと生きていけないのかもしれない。
「ごめんね! ヨミハラから来たんだって? なんか遠いところから来させちゃったみたいで。私はエリカよ。エリカ・ブラックモア。で、こっちが助手の……」
「ヤスっす」
「ミリオンよ。早速だけど、うちの家主……『鬼腕の魔科医』の桐生美琴が荷物が届かないってお冠なのよ。仕入れ業者と運送業者で話が噛み合わないし、どういうことか説明してくれる?」
「あー……えーっと……」
美琴のネームバリューについては先日の武装難民の件でよくわかっている。そこの点も利用して揺さぶろうかと切り出したのだが、どうも反応が予想と違う。
これは交渉の駆け引きで困っているのではなく、素で困っているように見えた。
「荷物についてはもう少々お待ち下さい、とのことで……。近いうちに必ず届けるから……」
「よろしくお願いするっす! おいらたちを信じてほしいっす!」
ああ、これは、と頭が痛くなりそうだった。
この2人、確実にクレームの処理係として寄越された存在だ。とにかく平謝りで諦めてもらうか、それが無理なら……。
チラリ、と女が床に置かれたバッグを見る。おそらくあの中に得物がある。最悪の場合武力で脅迫もやむなしの姿勢だろうか。
なら最初からそれでもいいだろうに、そうしないということは何かがあるのかもしれない。ちょっと揺さぶってみることにした。
「……あなたたち、運送会社の社員じゃないでしょ?」
「ええと……まあ正式な社員じゃない外部委託というか、荷物の護衛担当というか」
「そこでヘマをやらかしたから、この損な役割を押し付けられたってとこ?」
2人の体が固まった。わかりやすいことで……。こういう腹芸ができない人種なのだろう。
「エリカ、って言ったわね。何があったか教えてくれない? 頭ごなしに早く荷物をよこせって言うのは簡単だけど、それじゃ何も解決しない状況みたいだし。護衛担当の人間がヘマをして責任取ってこの場に来たってことは……荷物に何かあったんじゃないの?」
効果覿面だった。2人は顔を見合わせてコソコソと話を始める。
「ど、どどどどうすんすか姉御!? この人めちゃ鋭いっすよ!」
「落ち着きなさいヤス! ……いえ、これだけの話でここまで言い当てられるとなると、もしかしたらこの人が犯人……」
「聞こえてるわよ。起こったことはわからないけど、もし私が自作自演をするなら直接会社側に、もっと攻撃的な態度で出るわ。……とはいえ、自分の身の潔白を証明しろと言われてもそれも難しいから、疑惑は晴れないでしょうけど」
ジッとエリカが私の目を見る。それから根負けしたようにため息をこぼした。
「……わかった。ミリオンだっけ、あんたがこの件には関わってないって信じるよ。犯人扱いの発言は謝る」
「素直なのね。それは嬉しいけど、とにかくどういうことか説明してくれる?」
エリカは説明を始めてくれた。
彼女とヤスの2人は運送会社に雇われた護衛担当の傭兵らしい。以前から贔屓にしてくれている会社で、ヨミハラ付近まで荷物を見張って、ヨミハラ側に任せるところまで見届けたら仕事は終了。これまで大した問題もなく、楽な割に収入のいい仕事だったそうだ。
ところが、先日は全く様子が違った。
今までは襲撃があったとしてもその辺のチンピラ程度だったとはいえ、彼女もプロである以上、しっかりと装備は固めているとのことだった。特に高出力ビームも放てるライフルと、刃を持つフリスビーのような遠隔操作可能な武器の「サキュラーソー」を駆使すれば並のギャングクラスの相手なら余裕で返り討ちに出来るという自信はあると言い切った。
「でもさ、相手が強化外骨格となりゃ話は別よ! それも3機! うち1機は確か雷電とかってやつ!」
PEX-88式改・雷電。陸自が開発した国産の強化外骨格だ。12.7mm重機関銃だけでも十分驚異だというのに、他に対戦車のランチャーに加えて近接戦闘用の強化合金ブレードまで備えている。生身の人間ではまともに戦うことすら不可能だ。
しかし陸自の国産パワードスーツを保持しているというのはどうにも引っかかる。そもそも横流しされること自体が稀だ。仮にどこかの組織が入手できるとしても、かなりの資金力がなくては無理だろう。
「本当に雷電だったの?」
「多分間違いない。昔何かで見たことあったし」
「他の2機は?」
「見たことないけど……多分米連製じゃないかな」
「ガトリングを装備したボテッとした感じ?」
「ううん、ライフルを持ったスマートな感じだったはず」
話を聞く限りだと「Fist of steel2」な気がする。いずれにしろ高性能な強化外骨格に変わりはない。
「いたのは強化外骨格だけ?」
「あとは山程のドローン。襲撃の時に生身の人間はいなかった。雷電から荷物をよこすなら見逃してやるってアナウンスがあって、運転してた運送会社の人からも命あっての物種だし、勝ち目がないから逆らわなくていいって言われて」
「冗談じゃなく怖かったっすよ。おいらチビッちゃったし……」
ということはそれだけの仰々しい戦力を見せびらかし、戦意を完全に喪失させた上で、やったのは荷物の強奪、ということになる。
この2人には悪いが、言われただけの戦力があれば運搬に関わった人間を皆殺しにした上で力づくによる強奪も可能だろう。犯罪都市と呼ばれる以上、普通はそうしてもおかしくないはずだ。……まあなるべく血を流したくないという私みたいな稀有な例はあるかもしれないけど。
「それで、荷物は盗まれて今どこにあるかわからない、と」
「確かに荷物は盗まれたんだけど……実は投降する前にこっそり発信器を仕掛けておいたから、どこにあるかはわかってるの」
「……は?」
完全に予想外だった。ある場所がわかってるなら何も問題は無いように思える。
「わかってるならそこに行って取り返してくればいいじゃない」
「ところがその場所がどうやらセンザキの倉庫地区らしいのよ。あそこはこの街の有力組織がそれぞれ縄張りを持っていて……。迂闊に足を踏み入れることすら難しいの」
「うーん……」
ヨミハラで言えば荷物がノマドの闇の宮殿内にあるとわかった、というようなものだろうか。そりゃ取りに行けそうにない。
とにかくこの件を解決する方法はパッと思いつく限りで3つ。美琴に折れてもらうか、どこかから補填してもらうか、盗まれた荷物を見つけ出すかだ。
だが美琴の性格上泣き寝入りなどまずありえない。1つ目は消え去る。
2つ目も希望としては薄い。仕入れ側に否がないのは勿論のこと、運送側もこの2人をよこしてる以上期待できない。
となれば、最後のひとつ。どうにかしてその倉庫地区を探して荷物を見つけ出すしかない。
「実はさ、私たち運送会社から荷物を見つけ出す依頼受けてるんだ。それに成功したら荷物護衛失敗分のギャラ払ってもらえるって条件で。数日中に見つけられれば、会社側がなんとか言い訳が効くって考えみたいだし」
「……もしかして運送側が受け取ってないって言い張ってたのは、あなたたちが荷物を見つけ出すまでの時間稼ぎか」
「そういうことになるのかな。とにかく、私としてはギャラを絶対に受け取りたいからどうにかしたいんだけど……」
しかしいくら時間を稼いだところでこの様子では状況が好転しそうにない。
「打つ手は全く無いの?」
「無い……わけでもないんだけど……。一応この街の顔役と知り合いだから、どうにか協力してもらえないかこの後会うことにはなってる」
「わかった。もし可能なら、私も同席させて。美琴の機嫌を直すためには荷物を見つけるしか無いし、手伝えることがあるなら手伝うわ。ただこの街のことにそこまで詳しいわけじゃないからどこまで力になれるかわからないけど」
「え、いいの!? でも手伝ってくれてもお金とかどうなるか……」
さっきも思ったが、この女傭兵はなかなか拝金主義社のようだ。私としては金はいらない。だが金を重要視する相手の場合、その金こそが信頼の証とも取れる。無償で手伝うのは逆に胡散臭く思われるか、裏切ると思われる可能性もある。
「あなたたちが受け取る予定の報酬から3割、でどう?」
よって適当な額を提示しておいた。まあうまくいったらなんだかんだで返せばいい。
「うーん、3割かあ……。3割なら……背に腹は代えられない。このままゼロになるより遥かにマシか。よし、手を打とう。これからよろしく、ミリオン」
「こちらこそ、エリカ。……と、ヤス」
途中から会話に入ってこないどころか、椅子の上で縮こまったように小さくなっていた彼女の助手の存在をすっかり忘れてしまっていた。とりあえず両方に改めて挨拶をしておく。
「じゃあ時間的にちょっと早いけど行きますか」
エリカとヤスが立ち上がった。私も釣られるように立ち上がる。が、この店で何も注文していなかったことに気づいた。
「なんだよエリカ、結局何も食べていかないのかよ」
店員の少年もその事に気づいていたらしい。口を尖らせてエリカに突っかかる。
「ゴメン! 今日は急ぎで……。また今度食べるから!」
「その時は私も付き合うから、よろしくね」
エリカのフォローのつもりで軽い気持ちでそう付け足したが、少年は「あ……うん……」と言っただけだった。
「ちょっと! 私のときと反応違いすぎない!?」
「だって……こんな綺麗なお姉さんに言われたらドキッとしちゃうだろ!」
「な……! こいつ、マセたこと言って! 私にもそういう反応しろ!」
流れ的にエリカに協力することになってしまったが、このノリについていけるだろうかと少し心配になってきた。
兎にも角にもこの件を解決させないと美琴の機嫌は直りそうにない。
助手としてやれるだけのことをやるかと思いつつ、店を出るのだった。