1000 * 1000 ~生まれ変わった井河扇舟、桐生美琴の助手になる~ 作:天木武
◇
「そっちの事情は関係ないわ。私はさっさと荷物をよこしてほしいだけ」
カジノ内にある銃兵衛のオフィス。そこに、昨日私が予想した通りの美琴の声が響いた。
私からの連絡を受けた美琴は来ると言い張ってやめようとしなかった。
やむなくエリカに美琴が来る旨を連絡し、予定時刻の前に美琴と合流したものの、これまで見たことがないほどに不機嫌だった。得物の大太刀を含む荷物の入ったバッグを持つ鬼神の腕から、抑えられない苛立ちが瘴気となってにじみ出ていると錯覚したほどだ。
その後カジノに来て昨日のような揉め事もなくバックヤードに通してもらえた。部屋には主の銃兵衛をはじめとしてエリカとヤス、そして初めて見る女性が2人。
しかし美琴はそんな部屋の中の人たちのことなど全く気にかけた様子もなく、いきなりソファに腰掛けて一方的に自己紹介をするや否や、先のように切り出したのだ。
「……本当に姐さんの言った通りのこと言いやがったな」
「何よ、馬鹿にしてるの? ミリオン、あんたが原因?」
「美琴、お願いだから少し落ち着いて。まだ向こうの自己紹介も終わってなくて知らない人がいるんだから」
今この場の空気は剣呑としていて最悪の状態だ。それは美琴が隠そうともせず苛立ちを出しているからというのもあるが、銃兵衛が同席させた2人の女性の片方、金髪の女子の方がそれに対抗しようと気を発してるからというのもあった。
「銃兵衛、すまないがこんな失礼な奴のために動けというのなら私は拒否させてもらうぞ」
「お前も落ち着けっての! ……ったく、キレる前に自己紹介してくれ」
鋭い目つきに2つにまとめた金の髪と整った顔立ち。間違いなく美人に分類分けされるであろうに、発せられる気配は「美」人というより「武」人といえるその女が、銃兵衛に促されて口を開いた。
「
実に短い、それだけの自己紹介。だが私は彼女の苗字に思わず目を見開いていた。
心願寺といえばかつては“ふうま八将”と呼ばれ、ふうま宗家に深く関わった一族だ。
しかし弾正の反乱に協力したとして当時当主であった
これほどの殺気を放つ相手だ。私の正体がバレたらどうなるかわからない。
が、それと同時に「向こうがそう望むなら命を差し出すことこそが贖罪として正しいあり方だ」という心の奥底の声も聞こえてくる気がする。
……いや、と私は視線を落としながら考えを改めた。
美琴は「殺すために生き返らせたつもりはない」と言った。その命の恩人が今困っている。……いささか問題な態度はさておくとして。
となれば、それに協力すべきだろうと考えることにした。
「こっちは従者の
紅は紹介を続け、隣に立っていた物腰柔らかなそうな女性ともう1人の名を呼ぶ。あやめと呼ばれ方の女性はまだいい。いや、厳密には紅の苛立ちを受けたようでこちらも機嫌は悪そうではあったが、「まだいい」と思える事態となった。
最後の1人が大問題だったのだ。篝と呼ばれた女性はなぜか天井に張り付いていたらしく、紹介されてようやく床に降りてきた。
しかもその姿がまた異形。人間でありながら、体から触手が生えているという不気味な姿だったのだ。
「……ん? あなたどこかで……」
「お久しぶりですね、美琴先生。いやあその節はどうも」
その上、何だか親しげに美琴と話し出したのである。反射的に私は尋ねていた。
「美琴、知り合いなの?」
「多分会ったことあるとは思うんだけど……。ゴメン、忘れた」
篝がずっこけた。
「そりゃないですよ先生! 私の必死の頼みを聞き入れてこの体にしてくれたじゃないですか!」
「……あー! 思い出した! 大切な人と同じ体になりたいから妖魔を移植してくれとかとんでもないこと言った奴ね! お金がないからプランおまかせ、なんなら人体実験の材料にしてくれてもいいって言ってきた、そうでしょ?」
「そうです、その通りです!」
「すごいわ、生きてたのね。全部おまかせでアフターケアもいらないって言うから、ぶっちゃけお言葉に甘えて人体実験の延長線上でかなり無茶な移植したし、正直……」
「美琴、そこまで。……これ以上火に油を注ぐのはやめて」
慌てて私は美琴を制す。昔の患者に会えたからか美琴の機嫌が少し直ったようだが、その分向こう側、紅とあやめの機嫌が悪くなったようにも見えた。
「とにかく紅様、あやめ様、このように美琴先生は決して悪い方ではありませんので」
「……あやめ、今の篝の話で悪い人じゃないって判断できるところあった?」
「いえ、まったく」
「ハァー……。ったくよ、おもしれえ話だとは思うし興味が無いわけでもねえが、今日は漫才やるために集まったんじゃねえんだぞ?」
と、そこまで難しい顔をして黙っていた銃兵衛が深いため息とともにそうこぼした。
「とりあえず紹介しておくとだな、この3人、特に俺と紅は昔からちょっと縁があってね。共にセンザキにいるから協力してもらうこともあるんだ。一応俺はセンザキの顔役なんてことになってるもんでな。フリーの紅は俺と違って動きやすいから、結構助けられてる」
「ただし、私は“義”に依って戦うと決めている。今回はこの街と無関係の人間……銃兵衛風に言うなら『カタギ』の人間の荷物の件で迷惑をかけたということで協力しようかと思っていたが……。今は迷っているところだ」
「だからもっと深い事情があるってお前には前もって説明しただろ? それで納得したじゃねえか」
「しかし目の前でああも傍若無人な態度を見せられると、考えを改めたくもなる」
やはりの武人のようだ。この場を取りまとめる銃兵衛の胃が心配になってくる。
実際彼は困ったように頭をガリガリ掻いてから、多少無理矢理にでも話を進めようとしていた。
「あーめんどくせ……。まあとにかく、自己紹介終わったってことでこっからは俺が仕切らせてもらうぞ。美琴さんよ、荷物の件はわかるがそいつはちょっと待ってくれ。こっちの事情が片付けば荷物は渡せる。だからこっちの話を進めさせてもらう。オッケー?」
「……まあいいわ。私が突っついたところでどうしようもないみたいだし。進めて頂戴」
「最初からそう言えばよかったのよ……」
思わずボソッと呟いてしまった。美琴に睨まれるが、知らん顔して銃兵衛の方へ視線を移す。
「さて、ようやく話が本題に入れる。昨日あの後流星会の周辺を探ってみたんだが、残念ながら目につくような動きは見当たらなかった。……なので、単刀直入に被害者に接触してきた」
「実は今日の朝のうちに、私と銃兵衛でビャクゴク運輸に行って社長に会ってきたんだよね」
組織のボスのはずなのに銃兵衛のフットワークの軽さには驚かされた。いや、それ以上に。
「ちょっと待ってよ。エリカはいいとしてもあなたまで行ったらまずいんじゃないの? 例の運送会社はあなたのシマじゃないのよね?」
「ああ。俺が姿を見せたら暴れ出す口実に使いかねないだろうな。だから、俺とわからないようにして行ってきた。ほら、エリカには丁度いい具合に顔を隠してる助手がいたからな」
その場の全員の視線が、ここまで一言も発していないヤスに集まる。元々小心者の気配のあった彼はそれだけで「ヒイッ」と体をすくませていた。
「バンダナで頭と口元隠してそれっぽい格好して行ったら誰も気づかなかったぜ。エリカがいつもの助手のチンピラと一緒に来たと思い込んだんだろう。そのままエリカと一緒に社長の部屋まで行って、念のため盗撮カメラや盗聴器の類が無いことを確認した上で話を通してきた。……姐さんの予想通り、自作自演だったよ」
「じゃああなた、もしかしてその社長さんを……」
「いや、社長は無罪……というより完全に巻き込まれた被害者だった」
銃兵衛の説明はこうだ。
荷物を奪われたビャクゴク運輸の社長はダメ元とはわかりながらも、成功すれば本来払うはずだった荷物の護衛代を払う、という条件で長年の付き合いのエリカに荷物を探す依頼をした。ここまでは私も知っていることだった。
それと時を同じくして、流星会から完全に自分の組の傘下に入るよう要求も受けていた。自分のシマで起きた不始末である以上、2度とそのようなことのないようにしたい。さらには会社の名前はそのまま残すし、要求を飲めば今回の荷物分の補填は組側で持つというものだった。
だがビャクゴク運輸はシマの都合で後ろ盾にこそ流星会がついているものの、代々続いたカタギの会社だ。完全傘下という条件に社長は悩み、とりあえず少し待ってほしいということでこの件は保留してもらっていた。これが仕入れ側と運送側の主張の食い違い、さらにはエリカを私のところに寄越した経緯でもある。
「……なるほど、話として筋は通ってる。でもまだ流星会が何を得するかがわからない。言っちゃ悪いけどたかだかひとつの運送会社をそこまでして手に入れたいものなの?」
「違うぜ、姐さん。たかだかじゃない。この街で代々続く、カタギの運送会社だ。ギャングが絡まないというだけでそのクリーンさは段違い。他のシマの連中からしても『あそこは老舗のカタギだから真面目にやってる』って評価になる。連中はその肩書き、評価が欲しかったんじゃないか。俺はそう考えた。だから被害者を出すこと無く荷物だけを奪い、話を出来るだけでかくしないで済ませたとも考えられるからな」
「ははあ、わかった」
しばらく黙っていた美琴が口を開いた。
「つまりその運送会社の実績を隠れ蓑にしつつ裏では実質乗っ取って、最終的には自分たちに都合のいいコマのように動かしたかったってことか。そこはヨミハラとの運輸も担当してたのよね? だとするなら、ヤバい品物の取引の窓口に出来る。例えば、魔界由来の禁制品とかね」
乾いた拍手の音が部屋に響いた。芝居がかった様子で銃兵衛が手を叩いている。
「お見事。正解……かどうかはまだわからんが、俺はそうだと踏んだ。……この街じゃ魔界由来の禁制品はご法度だ。今言われたような依存性の高いヤバいクスリなんかが蔓延しちまったら、治安は悪化するし、それで利権を追い求めるギャングの抗争も起きるだろうしでまともなことにならねえ。俺としてはそれは止めたいからな」
随分と手のこんだことをしているとは思ったが、一応は納得できた。
とはいえ、ここまでの話はあくまでセンザキの事情。肝心の美琴の荷物に関してはまだどうしようもない状態だ。
「大体の話は掴めたわ。つまるところ私の荷物はそのゴタゴタに巻き込まれ、今もその流星会とかいうところが管理してる倉庫に保管してある、と」
美琴もそのことはわかっているのだろう。大体どうなるか予想ができる切り出しから入ってきた。
「エリカの発信機が示すには、だが。そういうことになる」
「で、その荷物はいつ私の手元に来るわけ?」
結局はこうなる。
今までのは銃兵衛の仮説にすぎない。存在する事実としては「カタギの運送会社が後ろ盾の組から事実上の買収工作を受けた」という程度だ。
「まあ問題はやっぱそこなんだよ。荷物さえ確認できりゃそれが証拠になるわけだ。そうなりゃ大義名分は揃うんだが……」
「じゃあ確認すればいいじゃない」
悩める銃兵衛に対し、美琴はこともなげに言った。
しかも次に続けたのが私に飛び火する形で、だ。
「ミリオンに潜入させればいいのよ」
「……は?」
急にとんでもないことを言い出されて私は固まり、場の全員の視線が私に集中した。
「いや、気軽に言ってくれたけど、センザキの大きな組織が管理する倉庫なのよ? さすがに……」
「そんなときのためにつけておいたんじゃないの、光学迷彩」
「え?」という顔をする私と、「あれ?」という顔をする美琴。しばし視線を交わせてから。
「……あ、言ってなかったっけ? その義手と義足に光学迷彩機能つけておいたって」
「ちょっと! 初耳よ! 余計な機能つけるなって言ったでしょう! ……まさか私が却下したマシンガンとかロケット砲も……」
「それはつけてない! ほんとほんと!」
「なんだよ、ついてる方がおもしれえだろうに」
ケケケと銃兵衛が茶々を入れてくる。ジロリと一瞥してから美琴を見つめ直した。
「……で、それ今すぐ使えるの?」
「ええ。発動のトリガーはあなたの音声認識にしてあるから、『クローキング、オン』で発動するわ。やめるときは『クローキング、オフ』よ」
「……クローキング、オン」
パシュン! と両手足から音が聞こえた。直後、部屋中に「おお!」という声が響く。
手を見ると確かに透明になっていた。まあ厳密には光の屈折か何かで透明になっているように見えるだけなのだろうけど。
「気配を殺してこの部屋の何処かに動いてみて」
美琴に言われるがまま、私は気配と足音を抑えるようにしながら部屋の中を歩いてみる。
なるほど、迷彩効果は素晴らしいものらしい。少し動いてみたが、今この状況で私を追えているのは2人、紅とあやめだけだ。ただ、銃兵衛は頭の後ろで手を組みながらニヤニヤしていて本当はわかっているんじゃないかと疑わしいところではある。
「……どこいるかわかりませんよ、これ。紅様、どうですか?」
「薄っすらとは感じられる。……しかし自信はない。これで奇襲をかけられたらと思うと、ぞっとしないな。でもあやめなら……」
「はい。『風読み』で把握はできています。今いるのは……ここですよ」
的確に場所を指さされてしまった。私は最初に「わからない」と言った篝のすぐ脇に立ったまま、迷彩を解除する。突然現れた私に「うひゃあ!」と驚きながら篝が紅に抱きついた。
「効果はご覧の通り。ただ、今見抜かれたように万能じゃないわ。そちらのお姉さん……対魔忍みたいだから、その忍法のせいでしょうけど」
「風遁の一種で、風の流れで相手の位置を把握したり次にどう動くかを予想することが出来る忍法よ」
「ああ、天敵だ。他にも雨が降ってたりすると水滴のせいでバレやすいとかあるけど、潜入用としてはもってこいの機能よ。持続時間も数時間程度なら問題ないし」
得意げに話す美琴だったが、この場で事実上の決定権を持つ銃兵衛はもはや彼女を見ていない。光学迷彩を見たときは楽しそうだった顔からは色が消え、机に視線を落として黙って何かを考えているようだった。
ややあって、静かに口を開く。
「……ミリオンの姐さん、潜入してブツを確認してくれ、と頼んだらやってくれるか?」
本音を言えば危険が生じるし自信があるわけでもない。しかしそれ以外に方法はないのだろうということもまたわかっていた。
「ええ、勿論」
だから、努めて明るくそう返した。
「恩に着るぜ。……エリカ、姐さんがブツを見つけたら映像で確認できるようにウェアラブルカメラを用意してくれ。トラックの荷台にそのままある可能性を考えると、できればライトがあるものがいいな。それから全員用のインカムも。軍資金は俺が出してやる」
「え、ほんと!? よーし、良いの見繕うわよ!」
「それが終わったら紅たちとバックアップを頼む。特にあやめさんには狙撃ポイントを確保しておいてもらいたい。なんかあったら相手方もスナイパーを出してくる場合が想定できるし、それ以上にミリオンの潜入も含む全体のサポートにもってこいだからな」
「いいだろう。狙撃ポイントにあやめと、そのサポートに篝を配置しよう。それで、お前はこの後どうする?」
ニヤッと、苦々しいとも獰猛そうとも取れる笑みが浮かんだ。
「まずは外堀を埋めてくる。この件が引き金になって大抗争だけは避けなきゃならねえからな。後はブツが確認できたら俺が直接赴いて話をつけにいく。それで話がつきそうになかったら……。クックック、そん時ゃあそん時よ。この街の流儀に乗っ取るさ。まあどっちにしろ、潰さねえ程度に流星会にはケジメをつけてもらうことにはなるだろうな」
ゆっくりと銃兵衛が立ち上がる。
そして、この街を取り仕切る「ギャングスター」として、開戦の合図を告げるのだった。
「さあて……。センザキの掃除、おっ始めるとするか!」