1000 * 1000 ~生まれ変わった井河扇舟、桐生美琴の助手になる~   作:天木武

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第9話 犯罪都市・センザキ その4 ~決着~

 ◇

 

 銃兵衛のカジノを出てからすぐに準備に取り掛かり、作戦開始となった。

 

 流れとしては私が荷物があることを確認し、それを受けて今流星会以外の組織に根回しをしている銃兵衛が会合を緊急招集。ビャクゴク運輸の件を具体的に上げて各組織の倉庫を(あらた)めるよう要求する、という流れだ。

 おそらく流星会側は断るだろう。だが、これだけピンポイントな揺さぶりをかければ何かしらの行動を起こす。そこに銃兵衛が現れて証拠品を上げる、という形を取ることとなった。

 

 作戦、と言ってはいるが私の装備は基本とほぼ変わらない。インカムと、ライトと一体型になったウェアラブルカメラを装着したぐらいだ。

 下手に重量を増やせばその分潜入の際に音が大きくなりやすい。慣れた格好が一番安心できた。

 

 一方でエリカはフル装備で、私のバックアップとしていつでも支援に入れる態勢を取っていた。

 紅とあやめも任務用であろう対魔忍スーツに身を包んでいる。紅は愛刀と思われる一対の小太刀を、あやめはその身に不釣り合いな大型の狙撃銃を手にしていた。

 

 そして今、私は光学迷彩を展開して倉庫街を疾走している最中だ。

 鍛錬はしていたものの、スタミナや心肺機能の向上のためのトレーニングはしていなかったので長距離を移動するのにやや不安があったのだが、さすがは美琴の最高傑作品。動き出してすぐそんな不安は吹き飛んだ。

 やはり全盛期か、それ以上に体が軽い。気配を殺しながらの移動も難なくこなせるような気がしてくる。

 

『前方、左手側から見回り。5秒後に来るわ』

 

 と、インカム越しにあやめの声が聞こえてきた。

 

 彼女は倉庫街を見渡せる狙撃ポイントに位置取り、「風読み」の力で私の動きをサポートしてくれていた。無論、有事となればそこから援護射撃もするだろう。本来ならスポッターが必要なはずの狙撃を忍法によって1人で行う状態だ。

 なおエリカと美琴と紅はヤスが運転手を務めるバンで待機している。機材が積み込んであり、私のウェアラブルカメラからの映像を受信し、荷物がわかるエリカに確認を取ってもらうのが主な目的。私からの映像は逐一受信しており、さらにいざという時は武力要員としてサポートしてもらう。篝はあやめと別なポジションから監視。状況によってはあやめのサポートに回るということだった。

 

 あやめの報告を受け、私は一旦足を止める。5秒なら光学迷彩を使っている以上、先に通り過ぎることも可能ではあったが大事を取った。

 見回りが通り過ぎたのを確認して再び動き出す。

 

 それにしてもかつてのふうま八将と共同戦線とは何の因果だろうかと思ってしまう。

 しかも心願寺は弾正の反乱のせいで五車を追放された一族だ。私に遠因があるといっても過言ではない。

 

 作戦が決まり、もう断りようが無くなった後ではあったが、どうしてもそのことで悩んだ私はこっそりと美琴に相談してみた。

 が、相談の相手を間違えたというか、他に相談相手がいないのがそもそもどうしようもなかったらしい。

 

「あなたを生き返らせたときの話し合いでその件はもう片付いたと思っていたんだけど。過去を悔いて当事者に近い存在から許しを請いたいとか直接謝罪したいとかあるかもしれないけど、今のあなたは私の助手のミリオンなの。私の荷物を見つけ出すことにだけ集中して頂戴」

 

 こんな具合で全く相手にしてもらえなかった。

 しかしまあ彼女の言うことも一理ある。それに、この件が解決すればセンザキのためにはなるだろう。ひいてはそれが銃兵衛のため、紅たちのためになる、といえるのかもしれない。

 

『前方300メートル先、目的の倉庫。外の警備は緩いけど中はわからない。……ここからはあなたの腕の見せ所よ、ミリオン』

 

 あやめから激励の言葉が飛ぶ。

 ここから先は彼女の風読みのサポートが得られない。何かあっても私自身の力で切り抜けるしか無い。

 

 言われたとおり、倉庫周囲の警備は薄かった。しかし入り口としてシャッターがあるのは一箇所だけ。あとはその脇に勝手口がある程度だ。さらに天窓こそあれど、手近な範囲で内部を確認できる窓なども見当たらない。

 倉庫をグルっと一周するも収穫がなく、やや手詰まり気味となってしまった。

 

『ミリオン、大丈夫?』

 

 私の様子を見ていて不安に思ったのだろう。あやめが声をかけてきた。

 

「侵入場所が無い。中の様子も確認できない」

 

 小声で短く用件を伝える。それに返ってきたのはかしましい声だった。

 

『そんなのこっそりドア開けて入っちゃえばいいでしょ? あなた今見えてない状態なんだから』

『勝手にドア開いたら怪奇現象でしょうが! このマッドサイエンティスト!』

 

 美琴と、その発言に噛みついたエリカだ。

 ……頼むからインカム越しに口論はやめて欲しい。

 

『2人とも静かに。ミリオンの気が散る』

『って言って割り込むと余計に気が散ることになるんだよ、紅ちゃん?』

『桐生美琴……貴様……!』

『紅様、落ち着いてください……』

「……漫才はやめて。本当に気が散る」

 

 こっちは見つかったらまずいという状況にいるのに向こうは呑気なものだと反射的にため息をこぼした。

 

 と、その時。少し離れた位置にあったドアのノブが回る音がした。

 チャンスだ。足音を抑えながらそっと近づく。

 

 出てきたのは見るからにガラの悪そうな男だった。火の着いていないタバコを口に咥えていることから、喫煙のために出てきたのだろうと推測する。

 それよりも、とドアが閉まる前にするりと中へと滑り込んだ。

 

『よっしゃナイスミリオン! さあ私の荷物の元へゴー!』

 

 はいはい、言われなくてもそうしますよ。

 美琴のハイテンションな声に心の中でそう答えて、私は倉庫の中を歩き出す。

 

 さすがに私の緊張感が伝わってくれたのだろうか、インカムの向こうは静かだった。

 だがあるものを見つけた時、エリカの声が響いてきた。

 

『これ、これよ! 私を襲ってきた雷電!』

『確かに雷電だ。間違いない。しかし純国産で横流しが考えにくい強化外骨格がどうして……』

 

 紅の疑問はもっともだ。私も同じことを考えていた。

 

 その横にも強化外骨格。エリカに確認を取らせる意味でもそれをよく観察する。

 

『あとこいつも!』

『これは……Fist of steel2か? ボーンならまだしも、最新鋭機だぞ。一体どうなってるんだ』

 

 エリカから特徴を聞いた時の私の予想は当たっていたらしい。……できれば当たってほしくなかったけど。

 

 強化外骨格が3体鎮座していたが狭さを感じない程度に倉庫は広かった。

 警備の人間はほとんどいないらしく、遠くからいくらか話し声が聞こえる程度。

 とはいえ、この広さでは目的のものを探すのに時間がかかるかもしれないと思ったが、1台のトラックを見つけた時にエリカが声を上げた。

 

『あ、そのトラック! ちょっとナンバー見せて! ……多分そうだ、荷物を積み替えたトラック!』

 

 つまり荷物はこの中にある可能性が高い。周囲をよく警戒して人が近くにいないのを確認、そっとトラックの荷台を空けて忍び込む。

 ライトを付けて置いてあった荷物に近づき、管理番号をカメラの中に映すと、インカム越しにテンションの上がった声が響いてきた。

 

『あった! それ! 管理番号も一致してるし間違いない!』

『よっしゃあ! 私の荷物! 取り返しに行くわよ!』

『待て待て、段取りを忘れるな! まずは銃兵衛が話をつけに行くの先だ!』

 

 インカムの向こうはてんやわんやだ。ともあれ、どうにかこれで私の仕事は終わった、と思ったその時。

 

「おい、なんでこのトラックの荷台開いてんだ?」

 

 外からそんな男の声が聞こえてきた。まずい、とライトを消して息をひそめる。

 

『あ、カメラ何も見えなくなった。ミリオン、どうかした?』

 

 美琴が問いかけてくるが答える訳にはいかない。

 そうしているうちに荷台が開けられた。肩からアサルトライフルを下げた男がライトで中を見渡してくる。

 

「なんだ?」

「いや、なんでもねえ。誰だよ、開けたやつ」

「中の荷物ネコババしようとしたやつでもいたんじゃねえか?」

 

 扉が閉められ、世間話が遠ざかっていくのがわかった。

 それがすっかり聞こえなくなってからここから出ようとしたのだが……。

 

「ちょっとまずいことになったわ」

『あ、やっと反応した。何があったの?』

「荷台に閉じ込められた。出られないことはないけれど、私の存在がバレることになりかねない」

『わかった。ひとまずそのまま待機してくれ。荷物の確認という目標は達成できた。今銃兵衛に連絡してくる。とりあえずご苦労様といったところだな』

 

 紅の声を最後にインカムが静かになった。どうせならもっと早い段階で静かになってほしかったし、なんなら今は話しておいてもらったほうがよかったのに、と苦笑を浮かべる。

 ライトをつければ解消できなくもないが、今この場は真っ暗。しかも閉じ込められた状態で私1人だ。心細いと言えば心細い。

 

 閉所恐怖症じゃなくてよかった。とりあえずこの場は成り行きに任せるのがいいだろう。

 

 

 ◇

 

『待たせたな。無線の状況は全員問題ないか?』

 

 真っ暗だった上にすることもなかったため、正座をして瞑想していた私は久しぶりにインカムから聞こえてきた声に目を開けた。

 しかし目を開けてもそこに広がるのは外界から閉ざされた闇。ふう、とひとつ溜息をこぼしつつ、メンバー全員の点呼を聞いていた。

 

「こちらミリオン、異常はあるけどまあ大丈夫よ」

 

 自分以外全員の確認が終わったところで、私はインカムに話しかける。

 

『おう、話は聞いたぜ。確認してくれたのは本当に助かった。……で、荷台に閉じ込められて今は荷物と一緒にいるってわけか』

「ええ、お恥ずかしながら。嘲笑ってくれて結構よ」

『いいや、きっちり仕事をしてくれたのはさすがだ。それに場合によっちゃドンパチになる可能性もある。当初の予定のポジションと少し変わるが、その時は後方からの撹乱(かくらん)要員として暴れてもらいたい』

「了解」

 

 そこで一旦無線会話は途絶えた。

 この後はどう状況が動くか。再び目を閉じ、来るべきときに備えて瞑想を始める。

 

『来ましたよ、黒塗りの車が1台と大型バンが1台。倉庫に向かって近づいてます』

『それとは別に3台ほど向かってるわ。こっちは流星会ね』

 

 しばらく経ってから、不意に篝とあやめから報告が入った。

 

『篝が報告した方は流星会じゃねえのか?』

『少々お待ちを。あれは……。あやめ様!?』

『おそらく特務機関Gね』

『やっぱり裏で繋がってやがったか。そうでも考えないと強化外骨格の説明がつかねえもんな』

 

 インカムの通話に耳を傾けていると倉庫のシャッターが開け放たれる音が聞こえ、一気に騒がしくなる。どうやら倉庫内に車が入ってきたようだ。

 

『ミリオン、倉庫内に車が1台入っていった。あと降りた車から多数の人間も。おそらく流星会の連中だと思うけど、会話を聞き取れたりしない?』

 

 あやめにそう言われ、私は耳を澄ましてみる。しかし言い争っているような声は聞こえるものの、トラックの荷台ということもあって明確には聞き取れない。

 

「ごめんなさい、何か言い争ってるってことぐらいしか。外に出れば聞き取れるけど、どうする?」

『いや。俺が着くまでは待機だ。もうちょっとで着く』

『あなたが乗ってる車も確認したわ。そこから見えたかもしれないけど、最初の車とバンからサイボーグ兵士とエージェントと思われる男が降りてきて倉庫の中に入っていった。やっぱり特務機関Gに間違いないみたい』

『おいおい、軽く揺さぶっただけなのに思ったより尻尾出して完全にやる気じゃねえか。篝、監視はもういい。あやめさんのサポートに移動しろ。ヤスはバンを予定の位置まで動かせ。他は臨戦態勢で待機だ。……さて、それじゃちょっとお話してくるぜ』

 

 私は立ち上がって荷台のドアに近づいた。ぶち破れと言われればいつでもぶち破れるよう、ブレードを展開させて待つ。

 

『よう、権堂の旦那! なんだい、急なお引越しかい?』

 

 芝居がかった銃兵衛の声が響く。そこに返ってくる声は2つ。何かを釈明しようと必死な声と、感情を感じさせない無機質な声。

 

 インカム越しに聞こえてくる話を総合すると、シマの拡大を狙う流星会、というより権堂の弟は、特務機関Gにうまいこと話に乗せられたらしい。今回の件もほぼ入れ知恵によるものだという主張が聞こえてくる。つまるところ兄の立場を乗っ取った辺りから全て仕組まれたこと、ともいえた。どうやら裏で糸を引いているのは特務機関Gらしい。

 

 しかしそんな言い合いは急に終わりを告げた。無機質な声が何を言った直後、トラックの荷台の中にも響く音量で発砲音が聞こえてきたのだ。

 

「銃兵衛!?」

『ハン! 俺の邪眼のことを知らねえのか? モグリどもが。問題はねえが作戦は変更、プランBだ! 全員仕掛けろ! ただし権堂だけは殺すなよ!』

 

 邪眼、という言葉に無意識のうちに反応してしまう。

 それはふうま一族の特徴でもある。つまり、彼もまたふうま一族ということになるのだろうか。

 

 いや、それはともかく、と頭を切り替える。強襲作戦を意味するプランB発動。ボーっとしてはいられない。私はブレードで荷台のドアを斜めに切り裂き、足で蹴り飛ばしてぶち破って外へと飛び出した。

 

「なんだ、トラックの荷台のドアが!? 誰かいるのか!」

 

 それに気づいたらしい相手がアサルトライフルをこちらに向けてくる。反射的に銃口の先から自分の身をずらした。が、発砲はない。

 

「光学迷彩様様ね」

 

 ポツリとそう呟き、完全無防備の首元へ手刀。気を失って相手が倒れる。

 

「おい、どうした!?」

「敵がいるのか!? 見えないぞ!」

 

 混乱する敵を気絶させるのは簡単だった。面白いように倉庫内の敵の数が減っていく。

 

「光学迷彩を使ってる敵が倉庫内に侵入してる! ドローンに追わせろ!」

 

 だが敵も馬鹿ではない。特に途中で合流した特務機関Gのサイボーグ兵士はセンサーか何かでこちらの姿が見えているのだろう。私の位置を補足して銃撃してきた。

 慌てて物陰へと隠れたが、何かが飛行する音が近づいてくる。ドローン・ワスプと呼ばれるサイボーグスズメバチだ。ただし、針があるべき位置は銃口になっており、それがこちらを狙っている。おそらくサイボーグ兵士同様にセンサーが働いていると推測できる。

 

「くっ……!」

 

 飛び道具を全く持たないためにこうなると圧倒的に不利だ。やはり美琴の言う通りマシンガンかロケット砲でもつけておくべきだったかという思いも一瞬浮かぶ。だが無い物ねだりをしても始まらない。

 こうなったら腹を括るしかない。両手のブレードを展開しつつ、忍法で身体能力を強化して一気に物陰から飛び出す。すれ違いざまに接近してきていたワスプをブレードで切り払い、次の物陰へ。

 どうにか銃撃を避けて移動することが出来た。消極的な戦い方だが、これならドローンをおびき出して叩けそうだ。

 

 だが直後、事態は悪い方へと一気に傾いた。倉庫内に一際大きな駆動音が響いたと思うと、床が振動するのがわかった。

 

「しまった、強化外骨格……!」

 

 役割から考えても最初から倉庫内に潜んでいた私がその起動を止めるように動くべきだった。撹乱することに気を取られすぎていたのかもしれない。

 

「敵が強化外骨格に乗り込んだわ! ごめんなさい、私がもうちょっと考えて動いていれば……」

『いや、問題ねえさ。そろそろ準備も整った頃だろうしな。なあ、紅!』

『ああ。今から突入する。行くぞ!』

 

 インカムから力強い声が聞こえてきた直後、倉庫の天窓が割れた。

 

『援護するわ! 行けっ、サキュラーソー!』

 

 割れた窓から何かが投げ込まれる。刃が着いたフリスビーのような飛行物体。あれがカンザキ食堂で初めて会った時にエリカが言っていた武器だとわかった。1番厄介なサイボーグ兵士へと迫り、牽制を仕掛ける。

 さらにエリカ本人は地上へ向けて援護射撃。その隙に垂れ下がった2本のワイヤーを伝って紅と美琴が降りてこようとしている。頼れる援軍登場だ。

 

「降りてこさせるな! 狙い撃て!」

「美琴! そこで止まっていろ!」

 

 言うなり、紅は自分のワイヤーを切って数メートル分落下した。そして着地と同時に二刀を振るう。

 

「真空の刃がすべてを切り裂く……! 絶技・旋風陣!」

 

 彼女を中心に、さながら竜巻のごとく風の牙が荒れ狂う。物陰にいた私でさえ思わず顔を覆ったほどの暴風だ。その威力の凄まじさが伺い知れる。

 事実、紅の周囲からは人も物も吹き飛ばされ、巻き込まれた銃を持っていた連中は血を流して倒れていた。

 さらにドローン・ワスプは切り刻まれるか壁に叩きつけられるかしてほぼ無力化、全身をアーマーで覆ったサイボーグ兵士さえも未だ起き上がれずにいるほどの威力だ。

 

「さっすが」

 

 悠然と美琴が降り立って称える。

 

「全て切り捨てても良かったが、命までは取らなくてもいいと思って程々に手は抜いた。しかしおかげで……」

 

 紅の視線の先、この戦いにおける最大の障害。強化外骨格が立ち上がる。

 

「あれは無傷か。ならば」

 

 再び紅の体から闘気が湧き上がる。が、鬼神の腕を彼女の前に差し出し、美琴がそれを止めた。

 

「どういうつもりだ?」

「私にも見せ場を頂戴ってこと。それにあんなのがあったせいで私の荷物は奪われた。だったら……」

 

 美琴が大太刀を抜く。同時に、右腕から瘴気の奔流が倉庫内を駆け抜けた。

 

「あれをぶった斬らないと私の腹の虫が治まらないじゃない!」

 

 美琴の腕については情報だけは知っている。だがその力についてはまだ見たことがなかった。

 今、全力を解放したその腕を見て、腕にまつわる話は間違いなく本物だと悟った。それほどまでに禍々しい瘴気だった。

 

 敵の雷電はそんなのはこけおどしだと思ったか、それとも恐怖心に駆られてか。距離を詰め、強化合金ブレードを美琴目掛けて振り下ろしてきた。

 美琴はそれを避けようとしない。僅かに見えた横顔は、獰猛な笑みを浮かべてさえいるようにも見えた。

 

「はああああああッ!」

 

 ブレードとかち合わせるように、美琴が袈裟に大太刀を振るった。しかし、そのブレードをすり抜けるように太刀は振り抜かれている。

 一瞬遅れて、雷電のブレードが折れるでもなく、滑り落ちたかのように床に落ちた。そして雷電が中の人間ごと上半身を斜めに切り裂かれてずれ落ち、背後にいた他の強化外骨格2体のそれぞれ右腕と左足を巻き込む形で切り裂き、倉庫の壁、さらには隣の倉庫にすらその斬撃が及ぶ。

 

「ふう、スッキリした」

 

 にも関わらず、それだけのことをやってのけて、当の本人はケロッとしていた。

 

「あああああ! 馬鹿野郎! 隣は別の組織の倉庫だぞ! 俺の仕事増やすんじゃねえ!」

「あら、ごめんなさい。加減が難しいのよ。しかも1回使ったらしばらくは……」

「って、後ろだ、後ろ!」

 

 3機のうち2機の強化外骨格は無力化されていた。だが最後の1機、右腕を失っただけのFist of steel2が足取りこそ怪しいものの美琴目掛けて左腕を振り下ろそうとしている。

 

「ヤバっ……!」

 

 美琴のその声が発せられるより早く、反射的に私は迷彩を解除し、身体強化をフルに解放して駆け出していた。紅が闘気をみなぎらせ、背後では銃兵衛も同様なことが感じ取れた。それより先に美琴に到達するであろうその機械の左拳目掛け――。

 

「ハアアアッ!」

 

 ブレード化させた右の貫手を突き出した。

 

 折れるかもしれないという考えは、強化外骨格の腕の手首付近まで貫いて実際に折れた時に、ようやく気づいた。

 それでも、相手の拳を止めることには成功していた。

 

「唸れ! 俺のゴールドパワー!」

 

 直後、背後から銃兵衛の声が聞こえてきたと同時、エネルギーの塊が相手を吹き飛ばしていた。

 

「ハハハ、すげえもん見ちまったぜ。チョキがグーに勝っちまったな」

「貫手はチョキ……なのか?」

 

 銃兵衛の軽口に紅が答える。そんなやり取りを上の空のまま、私はブレードが折れてショートする右手を見つめていた。

 動かないことはない。が、反応が非常に悪い。

 

「あーあ、派手に壊しちゃって……。帰ったら即修理ね」

「反射的に体が動いてたわ。ごめんなさい。でも……」

「ええ、わかってる。……あなたが守ってくれなかったら私は危なかったかもね。そこは感謝するわ、ミリオン」

 

 まあ、そう言ってもらえるなら本望だ。命の恩人を救った形になるのだろうから。

 

「さてと、虎の子の強化外骨格も片付いたし、そろそろ年貢の納め時だと思わねえか? なあ、権堂の旦那よ?」

 

 戦闘はほぼ終わっていた。巨大なクズ鉄と化した強化外骨格3体をはじめとして、同様に煙を上げる多数のドローンと呻いている負傷者がいるばかりで戦う意志のあるものは見当たらない。

 

 そんな中、まだ残る数人の部下に守られるようにして物陰で震える敵の親玉に向かって銃兵衛はそう声をかけた。

 

「……馬鹿が! 死ね!」

 

 しかしまだ戦意がある敵がいた。この件で裏から手を回していた特務機関Gのサイボーグ兵士だ。

 手に持たれたアサルトライフルから銃弾が吐き出され、銃兵衛に直撃した。――少なくとも、私にはそう見えた。

 

「ククク……。馬鹿はどっちかねえ」

 

 だがそんな銃弾を浴びても、彼はダメージを受けるどころか全く意に介さないようだった。

 

「“金色の丸い眼(サイクロプス)”……! 金属を自在に操り、発動中は全ての金属の攻撃を無効にする邪眼……!」

「まあ、当然権堂の旦那は知ってるわな」

 

 もう勝負は決した。そう言いたげに口元を緩ませつつ、銃兵衛はサイボーグ兵士のアサルトライフルを撃ち抜く。

 ついに丸腰になった相手は、戦おうとする意志を完全に失ったようだった。

 

「だから俺は何回も確認したんだぞ! この男を敵に回すことにならないのかと!」

「我々は貴様の野心に付き合って投資し、それに失敗しただけのことだ」

「なんだと! 貴様……!」

「まあ内輪揉めも結構だけどよ、あんたら大切なこと忘れてるぜ」

 

 銃兵衛が権堂へ近づく。守ろうと周囲にいた部下も彼の気迫だけで圧倒され、主人を守るということを放棄してしまっていた。

 

「あんたらは俺が取り仕切るこのセンザキで事をやらかした。経緯だ何だは一応は聞いてやる。だが……当然、落とし前はつけてもらうぜ?」

 

 

 ◇

 

 ギャングスターが行った“落とし前”については詳しくは知らない。その方が幸福だと思ったからだ。

 

 美琴はウキウキで荷物を確認し、バンに乗せておいたカートへと乗せていく。運ぶのは私だろうが、右手がこの状態なのを考えると左手で持っていかないといけないのかと若干憂鬱になるのだった。

 

「さてと、もらうものもらったしとっとと帰りましょ」

 

 さも何事も無かったかのように切り出す美琴。まあ特に異論もないと、私も倉庫を後にしようとした。

 

「ちょっと待ったミリオン!」

 

 と、不意にエリカに呼び止められる。

 

「報酬の話は? 私の3割分って……」

「あなたにあげるわ。あのときはタダでいい、なんて言ったら逆に怪しまれると思って言っただけだから。どうせ美琴も荷物が手に入ったから細かいことは気にしないでしょうし」

「ええ、気にしないわ」

「なんだよ、もう行くのかよ。もうちょっとゆっくりしていってもいいんじゃねえか?」

 

 “落とし前”をつけてると思ったが、銃兵衛も顔を出してきた。

 

「そっちの用事はもう終わったの?」

「一応はな。まあ案の定裏で糸を引いてたのは特務機関Gで流星会は乗せられただけっぽいが、まあケジメはつけてもらわないと困るからな。とりあえず権堂の旦那は左手が義手になるってことで手打ちになった。手、だけにな」

「あら、それはかわいそう。しかも笑えないし。でも義手も慣れれば悪くないわよ」

「ハハハ、経験者の言葉は何よりも重いねえ。そう伝えておいてやるよ。……まあなんだ、厄介事に巻き込んだ形になっちまったが、俺は色々楽しかったぜ」

 

 私はゴメンだ、という意味を込めて肩をすくめてみせる。

 

「また何かあったときはよろしく頼むぜ。美人な姐さんとご一緒できるのはそれだけでも楽しいしよ」

「はいはい。そのときがあったらこちらからもよろしくね、ギャングスターさん」

 

 私の答えに銃兵衛は満足したようだった。ビシッと指を2本立て、最初に会った時同様のポーズを決めていた。

 

「んじゃ帰りましょ」

 

 美琴の一言でその場を去る事になった。結局、帰るときは予想以上にあっさりだった。

 そういえば作戦終了してからあやめや篝と言葉をかわしていなかったと気づいたが、まあ今度改めてでもいいだろう。センザキもヨミハラ同様闇の街だ。どうせまた会う機会はあるのだろうから。

 

「帰ったらまずは右手の修理ね。それが終わったら料理作ってよ」

「勿論。私の方も作りたいと思ってたし」

 

 こうして、届かない美琴の荷物を巡る一連の騒動は終りを迎え、私と美琴はヨミハラへの帰路へと着いたのだった。

 

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