「あ」
とうとう、降ってきた。
空港に着いたときから、いつ泣き出すかもしれなかった空は、ちょっとだけ意地を張り、その涙を冷たい風で凍らせた。
耳をつんざくジェットエンジンの音が、ゆっくり遠ざかっていく。
その騒がしさをかき消すように、空から降りてくる粉雪は、ますますその数を増やしていく。
俺は、そんな白さの源を探すため、真上にある空を見上げる。
いや、そんなのは言い訳で、本当は、目の前の現実から目をさらすために。
…具体的には、今飛び立っていくあの飛行機を、絶対に視界に収めないために。
とうとう降ってきた。
三人から二人が抜け出してしまった日にも。
そして今日…
二人から一人が去り、一人と一人が残されてしまった日にも。
「帰ろう…」
『あいつ』は去った。
そして、『俺とあの娘』だけが残った。
「帰ろうよ…もうここには何もないよ?」
「だな…」
言葉とは裏腹に、足は一歩も動かない。
空を見上げた視線を、声の主に戻すことすらしない。
そして、そんな突き放した態度を、謝ることすらしない。
一度、最低の裏切りをしてしまった相手だから。
もう、ずっと最低を貫くために。
「ずっとここから動かないって言うんなら…」
だから、俺なんかに優しいことばをかけないでくれ。
「わたし、こうしてる。あなたが冷えてしまわないように、ずっとこうしてるから」
背中に感じる柔らかさと温かさ。
俺の胸に回され、しっかりと握りしめられた両手の強さ。
「こうされることが嫌なら…あのこを裏切ってしまうって感じるなら…」
そして、心を締め付ける重さ。
「早く、ここを動こ。振りほどいてよ…」
そんな背中から伝わる温かさに、凍り付く。
彼女が優しければ優しいほど、俺の罪深さに押しつぶされる。
「これ以上、ここから動こうとしないなら…」
こんなに優しくて…
精一杯、我慢して背伸びしてゆるして、自分の中のしこりを、俺のために全部抑え込んで。
なのに…
「悲しさのあまり、あなたがわたしを受け入れてるって、最低の思い込み、するよ?」
そんな瞬間も、俺の頭の中を占めているのが、あいつのことしかないって事実に。
とうとう、降ってきた。
一番大切なものを失った日にも、やっぱり、俺の前にその白い姿を見せてくれた。
雪は、覆い隠してくれる。
辛いこと、哀しいこと。そして、見たくもない真実を。
ただ白く、きれいなだけの世界を目の前に広げ、俺たちを、そこに置き去りにしてくれる。
………
けれど、所詮は雪であり。
一度解けたら、そうやって隠していた事実を、忘れていた想いを、もう一度白日の下にさらす。
黒く汚れ、ぐちゃぐちゃに踏みつぶされた泥のように。