俺の高校二年生が終わろうとしていた。
卒業式とプロムのあった日、比企谷八幡の一番長い日。
あの日から、結局自分の答えを見つけられていない。
ありふれた、なんてことない放課後の風景。
俺と由比ヶ浜は手近なベンチに腰を下ろしていた。
風がきもちよく、穏やかな夕暮れだ。
何を言うでもなく、黙って空を見上げていると、傍らの由比ヶ浜が静かに口を開いた。
「……ねえ、ヒッキー」
「ん?」
俺の名を呼んだものの、由比ヶ浜は俯いて、口元を固く引き結んでいた。言うか言わずか悩むように、浅い呼吸を繰り返している。
しかし、意を決したように顔を上げると、俺の目を真正面から見据えた。
「これで、ほんとにいいと思う?」
「いいもなにも…」
俺に決定権はないだろと、そういう前に、由比ヶ浜が首を振ってそれを遮る。
「ちゃんと考えて答えて。もし、本当にいいなら、本当に終わりなら。あたしのお願いちゃんと言うから。……本当に、大事なお願い」
じっと見据えられたその瞬間、適当に口にしかけた言葉は掻き消えた。俺は知らず、浅く唇を噛んでかすかに視線を落とす。
だが、だけど、俺には…
「いいと思う。…俺は、終わらせてもいいと思ってる。」
結局中途半端な答えすら、出せなかった。
由比ヶ浜は手にしていたカップを脇に置くと、居住まいを正し、膝をそろえて俺のほうへと向ける。
「そっか……。じゃあ……」
躊躇うように口を開き、ゆっくりと慎重に言葉を選ぶ由比ヶ浜。腿に乗せられた手はせわしなく動いていたが、やがて、意を決したようにきゅっとプリーツスカートを握る。
「……ヒッキー、あたし、ヒッキーとずっと一緒にいたい」
「ヒッキー、あたし、ヒッキーのことが好き」
そう言って俺の指先にそっと触れる由比ヶ浜の指先はほんのりと冷たかった。
「俺でいいのか?」
ずっと今のままは、だめなのか?
三人じゃ、ダメなのか?
「…わかってないなあ。あたしは、ヒッキーでいいんじゃなくて、ヒッキーがいいの」
俺はただ雪ノ下雪乃の心からの選択を、心からの決断を、心からの言葉を正しい答えと言い張る。
それを本物だと信じて…
故意にまちがう俺の青春を続けるのだ。
ようやく俺は、由比ヶ浜の手をそっと握る。せめて、少しでも暖かくなるように。
由比ヶ浜はそれはもう、嬉しそうに笑った。
俺は由比ヶ浜を受け入れることが、三人の正解だと。
そう思ったんだ。
一瞬、雪ノ下の顔が脳裏をよぎった。
何故だろうか、脳内で俺は謝った。
「ごめんね…」
何故か、由比ヶ浜が本当に小さい声でそれを口にしていた気がした。
俺は優しさに縋り、ひと時の夢に酔ったふりをして、正しい答えと言い張る。
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高校生活最後の春が始まって結構経った。
数いる知り合いの中でも葉山隼人と海老名姫奈という、俺的クラス分けガチャにおいてほぼ最悪の結果を引き当て、無事爆死。
ただ結衣と付き合っていることに、2人はあまり触れずにいてくれるから、戸部なんかよりはまだよかっただろう。
あいつは、ホントに何言ってくるか分からねえからな…
そう、葉山グループにはとっくに付き合っていることが、バレている。
というか多分ほとんどの人にバレている…
それを知っている2人とは、教室でも当たり障りのない会話をよくする。
今までの俺なら、教室にいる時間を可能な限りゼロにしようと、放課後のチャイムと共に、速攻で教室を去っていただろう。
だが…
「ヒッキー!」
結衣とはクラスも違うのに、今でも一緒に奉仕部の教室に通っている。
一度やめないと言った時に、捨てられた犬のような表情がいたたまれなくて、続けている。
これが、ほぼ公認のカップルになってしまっている理由だろう。
「おう。」
ここから、少し葉山と海老名さんと会話して、俺と結衣が二人で奉仕部へ行くというのがルーティンになっている。
だから周囲からは、葉山グループの一員とみなされそうで、少し不安だ…
生徒会の許可を取りつけたおかげで、もともと奉仕部の部室として使っていた部屋を暫定的に使わせてもらっていた。
そして小町、一色と結託して、結衣は奉仕部を再び作った。
更に雪ノ下も加えて…
結衣曰く、全部ほしいのだそうだ。
結衣は本当にすごい。
奉仕部では、勉強会が行われるようになった。
主に俺と雪ノ下が、結衣に勉強を教えている。
俺と同じ大学に行くことが、目標だそうだ。
それに感づいている小町と一色はにまにましながら、こちらをいつも見ている。鬱だ…
「ゆきのーん!分からないよ~」
「さっきから全部分からないと言ってるじゃない…」
相変わらずゆるゆりしている。
雪ノ下には、結衣と付き合っていることを伝えた。
雪ノ下は、お願い叶えてくれたのねとほほ笑んでいた。
そして祝福してくれた。
これからも3人でいてくれるって、そう言っていた。
だから…
ここで、俺が夢想していた、もう一つのありえない未来を、切れ捨てていく。
なぁ、雪ノ下…
俺…初めて会った時から、ずっとお前のことが好きだったのかもしれない。
「今日はここまでにしましょう」
雪ノ下の言葉で、今日の部活動は終了となり、雪ノ下は俺と結衣を置いてそそくさと先に行ってしまう。
いつも余計な気、使いやがって。
たまには二人で帰ればいいのに。
そして、俺たちは雪ノ下を見送ってから、一緒に帰る。
結衣を家まで送っていくまでが、新しい日常となっていた。
「結衣」
別れ際、結衣を俺の胸に納める。
結衣は嬉しそうに、俺の胸に顔を埋めると、匂いを嗅いでるのか、匂いを刷り込んでるのか、しばらく顔をこすりつけていた。
髪から漂う優しい香りが、俺の鼻腔にふんわり拡がり、いつもみたいに、男の欲求を思い切りかきたてる。
「結衣」
そんな俺の声がよっぽど切羽詰まってたのか、見透かしたように、結衣が俺を悪戯っぽい瞳で見上げる。
もちろん…すぐに目をつぶること前提で。
「ん…」
回を重ねるたびに、一度あたりの時間が長くなっていく俺たちのキス。
二人の唇が離れ、俺に熱い息を吹きかけてくる女のこの可愛い顔が、目の前に広がり。
で、その瞬間、思い知る。
…俺たちは、自他共に認める、認められないカップルなんだって。
「おやすみ」
「うん、おやすみヒッキー」
でも、別に悲観しているわけではない。
こうなってしまったからには仕方ない。
何故なら、結衣のこと、大事に思っている気持ちは本当だ。
とても魅力的な女の子なのだ。
「ね、アンコール」
「あぁ」