私は期待していた。
「獣人になる処方の実現で、元人間の獣人が出てくるようになった。その人が人間と獣人とをつないでくれる橋渡しの存在になってくれるはずって、思ってたんだよね」
私みたいに。
だが。
「そのせいで俺はだいぶ苦労させられたがな。あの時はやっぱり人間なんぞ信用できないとしか思えなかった」
「うん、それ言われると今でも言い返せないよ。私もあの時は人間にちょっと幻滅してた。いい加減にしてよバカ人間どもって思ってたし」
獣人化の処方が世に出てしばらくした後、アニマシティも含めた各都市で獣人の暴力事件が数多く起こった。
アニマシティで起きた暴力事件を調べた士郎さん、匂いから犯人の共通点がすぐに分かったらしい。忘れもしない、その時の士郎さんの表情は憤怒にまみれていた。
「おのれぇ、人間どもぉ……」
事件を起こしていた獣人は元人間だったのだ。
そして士郎さんと私は、シティで発生した元人間の獣人、私はエセ獣人と呼んでいるが、の暴力事件全てを文字通り叩き潰していった。
士郎さんは匂いの超感覚で元人間か、何を起こそうとしているのかを特定できたし、にわか仕込みの獣人パワーなど士郎さんには全く通じなかったから。というか私でも抑え込めた程度だし。
ただその頃の士郎さんは、処方の開発には大反対していたこともあって、エセ獣人による犯罪が起きるたびに私に嫌味を言うようになった。
「そんなこと言える立場か?」とか、
「おまえたちが開発した処方のせいなんだぞ。つべこべ言わず手伝え」とか。
何度となく。
あの時はホント泣けた。こんなことになるなんて。なんで暴力事件を起こすの?
私は自分の期待、そして人間に幻滅した。そして。
そんな頃、私はこんなことを起こした。
ある時、シティで女子供ばかり襲うエセ獣人の事件があって、私が囮になって捕まえることになった。
私は犯人のあまりの卑劣さにマジムカついてブチギレたんだけど、その後を実はよく覚えてなくて、どうも「あんたみたいな奴がいるからぁっっ!!」と
で、犯人が乗って逃げようとした車を超巨大化した腕で原形をとどめないぐらいに叩き潰して、車のドアや屋根を引きちぎったりするほど暴れたらしい。士郎さんが必死に引きとめるほどに。
後で聞いてみたら、見ていた士郎さん、あまりの私の荒れ狂いように私がニルヴァジール症候群になってしまったんじゃないか、と心配したらしい。
実は私の変身はニルヴァジール症候群と非常に似ている現象なんだとか。容姿が過剰に変化し体の一部もしくは全部が巨大化するなど共通点が多く、異なっているのは自分の意志でコントロールできるかできないかという点。
ニルヴァジール症候群では暴走状態の獣因子が、遺伝子を何の制限もなく書き換えまくり、その結果細胞が暴走的に分裂して、通常の細胞活動で作られる構造を極端に大きく、厚く、個数を多くしたような容姿へと身体が過剰に変化する。同時に神経活動も暴走化して闘争心だけの状態に陥ってしまう。
対して私の獣因子には、意志によって遺伝子情報を変化させる因子と変化した遺伝子による暴走を抑えるブレーキのような因子が含まれている。
なので私の変身では、獣因子が自分の意志に基づいた状態に遺伝子を書き換えまくり、書き換えられた遺伝子によって細胞分裂が暴走しないようブレーキがかかるので、身体と神経活動が暴走しないとのこと。
だから例のシティの事件では私の獣因子を含んだ血清によって、暴走している獣因子が私の獣因子に書き換わり、暴走を抑える因子によってニルヴァジール症候群を抑えることができた。
それを知っていたはずの士郎さんも、私のその時の暴れ具合を見て、
「みちるですらニルヴァジール症候群になってしまうのか、またあの悪夢が復活してしまうのか」
と絶望的になったらしい。
士郎さんの声で我に返った私は、完全にひしゃげて引きちぎられた車体から気絶した犯人が引きずり出されたのを見た。そして車を殴り続けてケガだらけになった手を見て、自分の情けなさに涙が止まらなかった。
だって私、少しの時間とはいえ力と感情をコントロールすることができなかったんだもの。
その事件以来、士郎さんは私に嫌味を言わなくなった。
獣人になった人間は力づくで欲求を満たそうとする。元人間の私も力づくで解決しようとしている。どっちも力づくで進めようとしている。
人間が獣人になって双方を理解して、獣人と人間の隔たりを埋めてていく。
力づくではなしに。
そんなことは人間になんて無理。そう思い始めていた。
そんなどうしようもない時、何よりも嬉しい話を私は見つけた。
その話はスマホで見たネットニュースだった。
それは獣人になることで命を長らえた人たちが、得られた獣人の運動能力や知覚能力を使ってエセ獣人の暴力事件を止めたり、事前に警察に知らせて防いだりしているというものだった。
他にも獣人は役に立てるんだって、獣人態で救助や介護、看護の支援にも活躍してくれているとの内容だった。
そして彼らはSNSで、
「元が人間であろうが、生粋の獣人であろうが、獣人であることが暴力的にさせるんじゃない。その力にうぬぼれた心が暴力的にさせる。獣人だからって怖いと思わないで」という主張を広めてくれていたんだ。
その話を聞いて私はとても感激した。
だって、元人間だけでなく元からの獣人のこともちゃんと考えて言ってくれてるんだから!
ほぼ毎日元人間の獣人を摘発する仕事ばかりで人間に幻滅していた私は、この時は獣人のことも考えてくれている人間たちがいるのを再確認出来て嬉しくて泣いてしまった。
おかげでまた人間と獣人の隔たりを取り除く仕事に向き合えるようになった。
もちろん卑劣なエセ獣人には遠慮なく
で、後で分かったこと。
暴力沙汰を犯していた元人間の獣人は、裏社会の医師が考えた誰でも獣人化できる非正規の前処理を受けた人間だった。
その前処理というのは、いたって簡単。
本来獣人化処方は、細胞が体全体で活発に活動してないと、活性化した獣因子が全身の細胞に取り込まれず効果が出ない。なので全身で成長している最中の乳幼児や、回復している最中の重体の患者には効果があるけど、普通の成人には効かない。だから悪意ある大人は獣人になれないはずだったんだけど。
それをどうにかしようと考え出したのは、なんと毒薬を打って重体状態になるというもの。
馬鹿馬鹿しいにもほどがあるが、そこから獣人化処方で獣人になったらしい。それも少なくない数。実際に命を落とした人間も数多くいたらしい。
そういうやる気はもっとみんなの役に立つ方に向けて欲しいものだ。
そんな危険で非正規の手段を使ってでも獣人になりたかった理由は……獣人のパワーを悪用したかったから。ただそれだけ。
なのでこの処方で獣人になれた者は得られたパワーを誇示したくなり、次の段階として暴力事件を起こした、というわけである。
その医師は危険であることを知りながら患者に適用し、患者を死なせた件により殺人罪で警察に逮捕されたようだ。その後どうなったのか私は知らない。
元人間のエセ獣人の犯罪のあまりの多さに、獣人化処方でかなりの売上高を記録していたシルヴァスタ製薬も、処方のイメージダウンとなる非正規使用を無くそうと動いた。処方に使用する薬剤の販売の厳正化や、警察の増員のための費用面や人材派遣で多くの都市に協力したようだ。
ここらあたりはさすがに世界企業という感じがする対応だと思った。といっても企業と商品イメージが最優先なんだろうけど。まぁ獣人のイメージを上げてくれる方向ならばよしとしよう。
企業の加勢もあってかエセ獣人による犯罪は各都市でも次第に減っていった。
「あの時の、正規の方法で獣人化した人たちの記事にはすっごく感激したんだよね。ちゃんと獣人たちのことも考えてくれてたんだから」
「当時それを聞いて俺は信じられなかった。そんな人間がいるとは」
「正直あの時の私も信じられなかった。でもやっぱりいてくれてたんだと思ったよ」
あの時は本当にどん底だった私。それを救ってくれた。
「あの時のあれが無かったら多分私、人間と縁切ってたんじゃないかな」
「俺にとっては、そちらの方がありがたいがな」
「んー、でも縁を切らずにすんで良かったかなと思ってる。私、今は元人間の肩書付けておきたいから。橋渡し役が私のアイデンティティだし」
あ、そうそう、橋渡しをしてくれる存在は何も人間だけじゃない、獣人からも出てくれたんだ。