アニマシティには、市長さんの街づくりの一環として建てられた職業訓練校がある。
設立の目的は、社会規範や仕事の基本を身につけるため。ただ人間の訓練校とは違って、獣人が有利にこなせる仕事を習えるようになっていて結構専門的な仕事の基本だったりする。
そしてそこで適性があると判定された者はシティだけでなく人間社会での職も紹介され、人間の街での仕事に就くこともできた。
そうした獣人たちは、獣性を利用して人間が行うには危険が伴う作業、空中からしかアクセスできない危険箇所の調査や高層建築の施工作業、海洋資源の探査補助などに就いたりした。
イルカ獣人のニナちゃんも、人間の街に行けるってことで、ここで潜水士業務の講習を履修した。で、なぜかマリンパークの飼育補助の仕事に就いた。
そこで海獣類の飼育管理の知識と技術を習得、シャチやイルカの面倒見と水中での遊び相手をして、とても重宝がられたらしい。
そして人間の仕事仲間から言われたことがあった。それは「うらやましい、私も
その時ニナちゃんは、そんなことを言われたのが初めてだったのですごく嬉しかった反面、ちょい照れくさかったのもあって何ともいえない気分だったとか。
そして思わず、
「なろうよ!今獣人になれる処方っていうのがあるらしくって。そのうちなりたい人が獣人になれるようになるから!その時は一緒にあの子たちと遊ぼ!」
って言ったらしい。その頃は例の非正規の方法しかなかったのに。危ない危ない。
ニナちゃん本人も仕事をすっごく気に入って、もっと勉強して学芸員の資格をとりたいって言ってたぐらいだ。
他にも鳶獣人が山岳奥地の高圧送電線の保線作業に、ライオン獣人が動物園の猛獣飼育業務に、クモザル獣人が災害現場でのレスキュー作業に就くなど訓練校を修了した獣人が、人間の社会で活躍してくれた。そして人間の規範を知ってくれたことで、問題を起こす獣人も減っていった。
人間社会に行った獣人たちも、人間の獣人への見かたを変えてくれたんだ。
その後、獣人化処方は安全な手順がシルヴァスタ製薬から公開され、この処方と、先に開発されていた人間になる処方と合わせて、運動や感覚などの体能を発揮したければ獣人に、発明や芸術など器用さ根気力を要する創作系を志せば人間に、と人々は自分の目標に向けて成りたい種を選べるようになった。
ちなみに獣人が人間になりたければ人間態になってそのままでいればほとんど用足りる。なので人間化処方は、滅多にいない獣因子に起因する疾病の発症者、もしくは体能を利用した特定の重大な犯罪を犯した獣人に適用されるぐらいにしか利用されなかったけど。
そして実は獣人になりたいと思っていた人間はたくさんいたんだと知った。
その獣人になりたい理由は。
絵画のような山野の自然の中を駆け廻ってみたい
空を飛んで山稜を流れる気流に乗ってみたい
アクアリウムのようなサンゴ礁の中を自由に泳ぎたい など
周りを従わせるパワーが欲しい、そんな下衆な理由ばっかりじゃなかったんだ。
他愛のない小さな望み。もちろん災害現場で動けなくなっている人をたくさん助け出したいなど素晴らしい理由も多数あったし、一生がかかってくることもあるので、そんな簡単な理由だけで獣人になるわけではないのだろうけど。
実は私はこれらをほとんど体験済み。獣人になったらやってみたいことってみんな一緒なんだと思った。
多くの人間が獣人にあこがれて、獣人化処方によって新獣人ともいうべき獣人になった。
そして自分の能力を引き出すために、元々の獣人の者からコツを教わった。そして獣人として過ごし、獣人のすばらしさを元属していた人間に伝えてくれた。
それによって人間の獣人に対する見方がさらに変わっていった。
この様子をずっと見ていた私は、獣人化した人間が橋渡しをしてくれるという思いが間違ってなかったと改めて分かって、嬉しくてまた泣いたんだ。
人間は獣人から獣人の体能をもらい、そして獣人は人間から人間の規範と技術を学ぶ。
人間側、獣人側の人たちのおかげでそんなつながりができた。
どちらもお互いのことを直接見ることがなかった。何かで見聞きしただけだった。だから知っているようで知らなかった。
それがいっしょにいること、いっしょにこなすことでお互いを知り、偏見を、そして対立を無くしていけたんだ。
そういうわけなんだ。
「あの時、獣人、人間の、一緒にやろう、と思っていた人々ががんばってくれたから、今、偏見と対立がなくなったんだと私は思う」
私の言葉に、士郎さんは答えてくれた。
「俺は心の底から人間を信用することは……やはりできない。今も、これからも多分」
「士郎さん……」
昔経験したことのためにどうしても変えられない人だっているだろう。そんな人に簡単に変えてもらおうなんておこがましいよね、それは人間も獣人も同じ、そう思った。
でもその後。
「ただみちるたち、そして獣人への見かたを変えてくれた人間たちは別だと思っている。おまえたちが俺たち獣人にしてくれたことは、今の人間と獣人の関係に間違いなくプラスになっているはずだ」
その言葉に、私は昔実家に初めて帰るとき、市長さん、士郎さんと交わしたやりとりを思い出した。
「うう、やったぁー!別扱いの人間が増えてたぁ!!」
そして、元人間の獣人と元からの獣人が結ばれて生まれてきた子供たち、その子供たちが大人になって次の新しい世代へ、そしてその子供たちが次のさらに新しい世代へ、世代を重ねてこの現在までつなげてくれている。
さらに技術の発展により、体を
アニマシティは今、獣人として生きていくことを選択した人々、人間として生きていくことを選択した人々とが共存する地区と、なじめずに獣人として生きていく人だけ、もしくは人間として生きていく人だけで安心して暮らせるセーフティネットとなっている地区、これら3つの地区が共存する大規模な都市にまでなった。
シルヴァスタ製薬の処方の広報もあって、この人間と獣人との共存の流れは全国に、そして世界に、大きく広がっていっている。
「市長はアニマシティを獣人が安住できて人間も呼び込める街にしたがっていた。もっとも俺は人間を信用していなかったから呼び込みには反対だったが」
「その市長が作り上げたかった街、それを引き継いだのがみちる、お前だった」
士郎さんの言葉に私も返す。
「うん、まさか老衰で亡くなる市長さんから私が引き継ぐことになるなんて、思ってもみなかったよ」
「数世紀、私がアニマシティに来てからそのくらいの時間がたった。今シティは市長さんの希望を実現したと思ってる。といっても私は市長さんがやってたことそのまま実行しただけなんだけど。もし市長さんが存命だったら、今のシティをどう見てくれたんだろうなって常々思うんだ」
私の答えに士郎さん、
「俺はみちるとこんなに長くいっしょにいることになるとは思ってもみなかった」
「私も。これも市長さんのおかげなんだけどね」
私は数百年生きている。それにも理由がある。