ベター・パートナー!   作:鷲野高山

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十四話 闘技場の訓練

 広大な敷地を持つ弐条学園の一角に、闘技場と呼ばれる施設はある。

 授業での実技訓練は勿論、生徒達の自主的な訓練、入学や進級のための試験などでも使用することがあり、シュラハトの鍛錬を行うために活用される場所だ。

 

 堅一は、その準備室にてベンチに腰掛けながら、盛大に溜め息を吐き出していた。

 あっという間に時間は経過し、気づけば放課後。

 上の空で講義を受け、昼食をろくに味わいもせずに考えていたのは、いかにして負けるか、だ。

 実力差云々とか、そういうことではない。

 

 なにせ、競技の種類(・・・・・)からして、戦う前からすでに勝敗は決しているのだ。堅一の負け、という未来が。

 

「申請が受理なんてされなきゃなー……」

 

 などと堅一は不平をぼやいてみるが、当然どうにかなるわけでもない。

 これが、単なる口約束であれば、堅一は律儀に約束を守る必要などなかった。

 それができないでいるのは偏に、朝に教師から告げられた言葉にある。

 

 訓練とは、一人でできるものもあれば、自分以外の人間が必要な場合もある。それだけでなく、内容によっては、場所も設備も必要なのだ。

 ゆえに、自主訓練の目的で学園の施設を使用する場合、申請というものが必要になる。

 誰が、どのような訓練をするか。それを学園に提出し、受理されれば、施設の使用を予約できる、というシステムだ。

 そして申請が受理されれば、原則として辞退は禁止とされる。

 

 厄介なのは、1クラスには施設の優先権があることだ。例え、2クラスや3クラスの生徒が予約しようとしていても、そこに割り込んで予約することができる。それが1クラスの生徒に許された特権。

 もっとも、弐条学園における訓練のための施設はこの闘技場以外にもある。ゆえに、平時などでは予約が埋まるということはあまりないのだが。

 

「……にしても、よく闘技場なんて予約できたな?」

 

 しかし、闘技場は最も人気の集まる施設である。いかに1クラスの申請とはいえ、他の1クラスが申請している可能性も充分にあるため、絶対に受理されるとは限らない。予約がゼロ、などということは基本的にないのだから。

 

 それには首を傾げつつ、しかし決まったことは仕方ない、と堅一は今更ながら腹を括る。

 

 闘技場まで一緒に来た毅は、楽しみだ、などと笑って、観覧スペースへと向かっていった。

 毅のせいではないとはいえ、その態度に頭を小突きたくなったほどである。

 などと、堅一が考えていると。

 

 ブーッ!!

 

 準備ができたようで、訓練開始の合図であるブザーが鳴り響く。

 堅一は無言で立ち上がると、フィールドに続く扉へと近づき、そのまま一気に開け放つ。

 

 瞬間――堅一は、呆然とその場で立ち尽くすこととなった。

 

「……は?」

 

 闘技場のフィールドは円形となっていて、さらにそれを囲い、見下す形で数多の観覧席が設置されている。千はいかないものの、数百人は座れる席数。

 ――その観覧席に、人がいるのだ。

 

 確かに、自主訓練とはいえ、上級生などの1クラス同士の訓練などには、それを見物しようと多くの生徒が押し掛ける。堅一も、一度毅に無理矢理誘われて見学したことがあったが、その時は満席で、立ち見をする生徒もいるほどだった。

 

 しかし、今は。片方が1クラスとはいえ、もう片方は4クラス。しかも、一年生だ。

 観覧する生徒など、ゼロでもおかしくはない。いたとしても気紛れか、4クラスが無様にやられるのを面白がりにくるという数人の暇人か。堅一としては、その程度の認識だった。

 

 確かに、満席ではない。現に、堅一が見上げて分かるほど、各所にチラホラと空席が目立っている。

 だが、それでも。たかが一年坊の訓練で、少なく見積もっても百ほどの見物人が集まるというのは、明らかに異常事態だった。

 

「おーい、堅一!」

 

 硬直する堅一の頭上から、声が降りかかる。

 思わず、といったように堅一がそちらを見やれば。今の場所から右に数十歩ほど行った頭上。そこに、手すりから身を乗り出してこちらに手を振る毅の姿があった。

 ざわざわ、他の生徒が興味深げにフィールドを見下す中、危なっかしく見えるほどに上体を伸ばし、意地悪い笑みと共に声を張り上げている。

 

「しっかりやれよー!」

 

 それは毅なりの気遣いなのか、それとも何も考えずに応援しているだけなのか。

 堅一は苦笑してそれを眺めていたが、しばらくして視線を戻そうとする。

 その、刹那。

 

 ――っ!

 

 堅一は、視界の隅に見知った顔が映ったのに気付いた。

 それは、堅一のすぐ上に位置する観覧席。

 バッ、と頭上を仰いだ、その先に。

 

 昨日知り合った、二年である鳴瀬雨音に、天坂舞。その隣には、今回の原因とも言えなくもない市之宮姫華。そんな三人が、並んで座っているではないか。

 

 彼女達の表情は、それぞれ違う。

 雨音は興味無さげな顔でフィールドを見下しており。堅一の視線に気づいた姫華は、申し訳なさそうに頭を下げる。

 そして、舞はというと。

 

 ――堅一と目が合った瞬間に、笑った。

 すぐさま表情は戻ったが、確かに彼女は笑っていた。純粋な笑みではない。何らかの意図を含んだ笑みだ。

 

「いやはや、流石にこの僕も驚いたよ」

 

 突如横から聞こえた声に、堅一は三人から視線を外してそちらを見る。

 

「まさか、たかだか4クラスの生徒を相手にするだけなのにこれほど人が集まるなんてね。僕も中々に有名になったものだ」

 

 満足そうに、観覧席を見回す男子生徒。今から訓練する相手――確か、(とどろき)朱門(しゅもん)とかいったか。

 顔立ちは整っているが、嫌味な性格が滲み出ているというか、いかにも自己陶酔が激しそうなタイプ。

 今も自慢げに言っているが、少なくとも堅一は知らなかった。教師からの連絡で、初めて名前を知ったぐらいである。

 

「上級生の1クラスもいるってことは、僕の実力を見にきたってところかな。もしかすると、上級生のジェネラルから勧誘がくるかもしれないね。……僕の実力を見せつける前に終らないでくれよ、4クラス君?」

 

 轟は、堅一を小馬鹿にしたように言う。

 相手にしてられない、と堅一はその問いかけを無視して、フィールド中央に立つ闘技場の事務員の元へと歩き出した。

 しかし、轟もニタニタとしながら堅一の横を歩き、聞いてもいないことをべらべらと話してくる。

 

「普通の<一騎打ち>でもよかったけど、それなら呆気なく僕の勝利で終わってしまうからね。しかし入学試験でもあった<撃滅>では面白くないから、それに似た<妨害>で訓練してあげることにしたんだよ」

 

 これならいくら4クラスとはいえ、すぐに終わらないだろう?

 そう言って、轟はからからと笑う。

 

 彼の言った<撃滅>や<妨害>というのは、いくつかあるシュラハトの競技科目のことだ。

 一騎打ちはその字の如く、ソルジャー同士で戦い合うこと。

 撃滅は、バトルフィールド内に次々と出現する全ての目標(ターゲット)を、どれだけ早く倒しきれるかという時間を競うもの。ちなみに目標であるドール(人形)は止まっているわけではなく、常に移動して攻撃も仕掛けてくる。

 

 そして、これから二人が行う、妨害という競技。

 簡潔に言えば、これは二人以上専用の<撃滅>である。違うのは、二人以上が同時に行うことと、競技相手同士で妨害が可能という点。

 

 どの競技にも共通して言えるのは、競技途中でのリングアウト、もしくは体力(たいりょく)バーがゼロになれば、その時点で敗北が決定するということぐらいである。

 

「競技科目は<妨害>で、目標の数はそれぞれ30体です。一度にフィールドに出現する目標は10体。一体撃破するごとに、新たな目標が一体補充されます。それでは、ドールとの仮契約後、準備が出来たら、所定の位置に立ってください」

 

 近づいてきた二人に、女性の事務員が淡々と告げる。

 事務員の背後には、二匹のドール。練習用の疑似パートナーとしての役割を果たすものだ。

 堅一は、それをまじまじと見つめた。

 

 ――やはり、似ている。

 

 目や口などの顔のパーツはなく、人間でいう四肢の関節部分は極端に細い。見れば見るほど、公園で遭遇した、ゴーストにそっくりなのだ。もっとも、基本的にドールは茶色で、ゴーストは黒なわけだが。

 

 ゴーストではないと分かっていながらも、どことなく慎重になりながら、ドールに触れる堅一。

 瞬間、ピリッとした感覚が流れ、ドールの表面が微かに明滅する。

 僅かに身構えてしまうが、すぐにそれが仮契約時特有のものであるのに気付く。

 どうやら再びドールに慣れるのに時間がかかりそうだ、と堅一は苦笑した。

 

「それでは、精々足掻いてくれたまえ」

 

 ドールとの仮契約が完了し、轟は囁くように言って、堅一から離れた。

 訓練は始まってすらいないというのに、何となく解放されたような気がして思わず堅一は空を仰ぐ。しかしそこに青空はなく、あるのは闘技場の天井だけ。さっさと終わらせて空を見たいものだ、と堅一は嘆息した。

 

 気持ちを切り替えるように軽く息を吐き出し、歩く。タンタン、と静かに響く足音。

 スタート位置の目印は、仄かに青く発光する床だ。最後に一つ大きく息を吸い込むと、堅一はその床の上に立った。

 そこから数十メートル離れた先、堅一の足元と同じように青く発光する床に、轟が立つ。

 

 二人が仮契約をしたドールは、事務員の側に立ったまま。

 ドールはあくまで疑似パートナーであり、言ってしまえば契約武装を発現させるためだけの道具――手段にすぎないのである。

 契約武装は、その名の通り契約状態にある時にしか発現しないのだから。

 

「バトルフィールドの展開後、それぞれのフィールド内に目標(ターゲット)が出現すると同時に、訓練開始となります」

 

 女性事務員が、二人の仮契約したドールを引き連れ、フィールドから離れていく。

 

 バチィィッ! とフィールドに迸るのは、二つの青白い閃光。それらは堅一と轟を囲うよう、別々に闘技場の床を勢いよく走り、徐々に形となっていく。

 

 それは一見すれば、一つの大きなバトルフィールドが二人を囲っているように見える。だが、実際には堅一と轟の間、バトルフィールドを二分するように壁が張られている。

 つまり、堅一と轟を囲うバトルフィールドは、それぞれ独立したものなのだ。

 ただし、通常のものとは異なり、二人を隔てる半透明の壁にのみ、天能消失の効果はない。互いへの妨害は、この壁を通すことで可能となるのである。

 

 そうして、形成されたバトルフィールド。

 それを確認した堅一は、すぐに動き出せるよう、グッと腰を沈めた。

 スタートダッシュのため、というのは勿論ある。しかしそれとは別に、開始直後の妨害に備えるためでもあった。

 この競技、相手によっては初手に妨害が飛んでくるのも充分に有り得る。

 いずれにせよ、動き出しは早いに越したことはないのだ。

 

 堅一は瞼を閉じると、全神経を研ぎ澄ませ、集中した。

 そしてゆっくりと、両の眼を開く。観覧席にいるギャラリーは、意識の外に追いやる。そのざわめきさえ、耳に入らないほどに。

 

 ――そして、その時は来た。

 視界に、二本の青い体力バーが表示される。

 同時に、バトルフィールドのあちこちに突如その姿を出現させる複数のドール。

 

 それを視認した堅一は、契約武装である銀の手甲を発現させると、踏み込んだ足を押し出して勢いよく飛び出した。

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