ベター・パートナー!   作:鷲野高山

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二十五話 決着

 肩の力を抜き、ダラリと腕を垂らす。

 息を長く吐き出し、静かに呼吸を整える。

 

 力技で押し切る。

 つまり――身体強化を行使して一気に決める。

 

 堅一の天能は、体力バーの消費が条件という、厄介な仕様。ゆえに無駄撃ちはできず、ペースの配分等、的確にここぞというタイミングで行使せねばならない。

 

 ――かつては。そういった指示を含め、全てジェネラルの言う通りにバトルフィールドを動いていた。

 

 だが、と堅一は姫華を横目で見やる。

 彼女とは契約を結んだばかり。姫華は堅一を理解していないし、堅一もまた姫華を理解していない。

 以前のパートナーとは……違う。

 

 堅一は余計な身体の力を抜くと、足を開いて前傾姿勢となった。

 傍目には、何も変化がない。だが、視界の隅でみるみると減少していく堅一の体力バー。それが、ただ突っ立っているだけではないのを示している。

 

 異変を感じ取ったのか、堅一と姫華の元に向かってくるゴーストだが。それよりも、堅一の体力バーが減少を止め、停止する方が早かった。

 

 発動したのは、身体強化の呪い。その反動で、堅一の体力バーは残り10%ほどとなる。

 見ていて心細くなりそうなものだが、しかしその代償に見合った力が堅一の中には漲っていた。

 

 効果が切れるまでに、ゴーストの体力バーを削りきらなければならない。しかも、極力攻撃を喰らわずに。

 もし喰らったとしても、一撃、二撃程度であれば耐えられるだろう。だが、それ以上ゴーストの攻撃を受けてしまえば――逆に、堅一の敗北だ。

 

 前傾姿勢からさらに腰を低くし、近づいてくるゴーストを眦鋭く見据える。

 直後、最小限の動きで、堅一は跳躍した。

 

「……はぁっ!」

 

 向かってくるゴースト目掛け、上空から手甲を叩きつける。

 しかし、いかに身体強化により素早くなっているといえど、所詮は小細工なしの真っ直ぐな攻撃。ゴーストが空中に逃げたことによりその一撃は容易く回避され、大地に接触した手甲が大きく泥を跳ね上げる。

 

 隙を晒した堅一に、落下の勢いのまま長刀を振りかぶったのはゴースト。

 しかも、今なら確実に堅一に当てられると踏んだのか。より威力を増すために、大振りで。

 

『上ですっ!』

 

 焦りを帯びた姫華の声が、伝わってくる。

 だが、回避されるのは勿論、もっといえば攻撃がくるのも、堅一の予想の範囲内であった。

 すぐさま地を蹴り、滞空するゴーストの、その下へと潜り込む。そして振り下ろされようとしていた長刀を持つ手を掴み、その勢いを利用して――思い切り地に投げ飛ばした。

 

 地面に叩きつけられ、大の字で横たわるゴースト。

 更に、その上から。重力も加わった堅一の全力の拳が、ゴーストの腹の部分に突き刺さる。

 

「がッ……」

 

 息もつかせぬ攻撃にゴーストの身体が大地にめり込み、その四肢が、手に持たれた長刀が、衝撃により跳ね上がる。

 

 身体強化中の渾身の一撃はかなりのダメージとなったようで、ごっそりと削られるゴーストの体力バー。

 

 人間相手であれば少しの躊躇も覚えるところだろうが、しかし相手は謎の存在、ゴースト。

 欠片の容赦もなく、追撃をかけようとする堅一だが。ここで横から、苦し紛れの長刀による一閃。

 

 あっさりと追撃を諦め、その場から離れる堅一。

 その間に、長刀を支えにしながらゴーストが立ち上がる。

 

 刹那、距離を離した堅一めがけて発射されるのは、多数の黒弾。

 

 ――防御か、回避か。

 その二択が頭に浮かぶが、堅一は即座に回避を選択し、地を駆ける。

 身体強化の呪いによって身体能力も動体視力も上昇した今の堅一ならば、手甲で防御せずとも目で見て確実に回避することは不可能ではない。

 迫り来る黒弾を物ともせず、むしろ避けながらも前進。

 

 確かに、堅一の天能は体力を消費する。しかし――いや、だからこそ、その効果は決して低くはないのだ。

 

 素の状態であったら確実に防御していたであろう黒弾の雨を、被弾することなく強引に突破。

 すぐさま間合いを詰め、長刀を振らせる間もなく拳を放つ。のけぞったところで、腕を充分に引き絞り、強力な殴打を叩きこむ。

 

 ――あと、一発。

 

 吹き飛びこそしなかったが大きく後退したゴーストを、そして残りほんの僅かにまで減ったゴーストの体力バーを見て、堅一は直感する。

 あと一撃を当てれば、ゴーストは倒れるだろうと。

 

 そして、あちらの体勢が崩れた今ならば、それを行うのは容易い。

 すぐそこにまで近づいた勝利を確信して、堅一はダン、と地を蹴った。

 

 拳を、そしてそれを覆う手甲を、振り上げる。

 ――が。

 

「……おい、嘘だろ」

 

 突如、感じた異変。

 全身に漲っていた力が、フッと抜けていく感覚を覚えたのだ。

 思わず、堅一は舌打ちをする。

 

 ――身体強化の効果が、切れた。

 

 予想していたよりも早い効果の消失。

 身体は育っても、やはり天能は衰えていたらしい。

 こんなに効果時間が短いはずはないのだが――どうやら、ここにきて鍛錬を続けてこなかった付けが回ってきたようだった。

 

 そして、それによって生じた僅かな動揺が仇となる。

 

 身体を走り抜ける、衝撃。

 

「……ぐっ!」

 

 身体強化の消失に気を取られ、一時的に反応が鈍くなっていた堅一。その隙を見逃さなかったゴーストが放った一発の黒弾が、堅一の身体を捉えたのである。

 まともに攻撃が入り、削れる体力バー。しかし、堅一の体力バーを削りきるに至らない。――それだけでは。

 

「貰っタァッ!!」

 

 そして、今。

 ダメージにより、口元を歪めながらも顔を上げた堅一の眼前に。体勢を立て直したゴーストが、迫っていた。

 無感情なれど、勝ち誇った声を上げるゴースト。後ろいっぱいに長刀を引き、必殺となり得る刺突を繰り出そうとしている。

 

『――黒星さんっ!』

 

 悲鳴にも近い姫華の声が、堅一の頭の中に響く。

 彼女に出来たのは、それだけだっただろう。如何せん距離があり、姫華の回復は堅一にまで届かない。

それに加え、彼女の回復は連発できるものではなかった。謂わば、クールタイム中であったのだ。

 

 ゆえに、この状況を姫華は打開することができず、見守るしかない。

 

 空気を切り裂き、唸りを上げて長刀が迫る。

 まさに、進退窮まった状況。手甲を引き戻して防ぐことは叶わず、回避しようにも恐らく長刀の攻撃範囲からは抜け出せない。

 

 それでも、少しでも逃れようとするのが人間だろう。避けられないと脳では理解していても、身体は反射的に下がってしまう。それが、防衛本能――人間に限らず、生きとし生ける者がとってしまう行動だろう。

 

 だが――。

 

 堅一は、前に出た。

 それは自身の意思ではなく、咄嗟に、といっても過言ではない。

 避けようとするどころか、自らを脅かす凶刃へと身体ごと飛び込んだのである。

 

 傍からそれを見れば。恐らくは、無謀――ただの蛮勇と映ったことだろう。

 

 しかし堅一の瞳には、脅えも、恐怖もない。(ゴースト)から、そしてその攻撃(長刀)からも目を逸らすことなく、ただただ見据えている。

 この時、堅一の脳裏にあったのは。

 

 ――いかに危機的な状況であろうと、退かずに前へ出れば案外なんとかなるものだ。

 

 それは、経験。

 日々を無為に過ごし、鍛錬をせずに能力が衰えようが、向上心を失っていようが。消えずに、堅一の中に残っていたもの。

 かつてのパートナーと共に戦っていた頃の記憶の残滓。それが、窮地に陥ったことにより無意識の内に呼び起され、身体が反応していたのである。

 そして、それに驚いたのが――。

 

「……なにッ!?」

 

 ――ゴーストであった。

 長刀による刺突は、しかし堅一の身体を完全に捉えることなく、その脇腹を掠るのみに終った。

 微かに顔を顰める堅一だが、しかし倒れない。ダメージを受けたものの、体力バーはなくなることなく。僅かに、しかし確かに存在している。

 

 臆することなく前進したため、堅一の拳はすでに射程範囲に入っていた。

 対してゴーストは、刺突を放ち、腕が伸びきった状態。

 

 長刀が動き出すよりも早く――手甲による一撃が、ゴーストの体力バーを刈り取った。

 

 

 

「……こちらの負け、ですカ」

 

 ガクン、と崩れ落ち、地に膝を突くゴースト。その手から漆黒の長刀が零れ落ち、地面に触れる直前に音もなく霧散する。

 

「なんとか、勝ったか……」

 

 それを前にして、契約武装である銀の手甲を解除し、額の汗を拭いながら堅一が呟いた。

 体力バーの表示が、視界の隅から、ふっ、と消えた。

 

「最後に、聞かせてくださイ」

「ん?」

 

 膝を突いたまま、ゴーストが堅一に声をかけてくる。勝敗が決したからか、すでに敵意は感じられなかった。

 

「ワタシが今まで天能を奪ってきたニンゲン達は皆、あの最後の状況では恐れ、少しでも攻撃から逃げようとしていましタ」

「…………」

「しかし、アナタは違ウ。逃げようとするどころか、向かってきタ。アナタが逃げた後の動きまで考えていたワタシは虚をつかれ、その結果手元がぶれてしまっタ」

 

 成る程、あの時ゴーストが驚いたようにしていたのは、その彼らと堅一が異なる行動とったからか。

 だが、堅一が前進したのが予想外で手元が狂い、結果、刺突は脇腹を掠るだけに終わってしまった。

 

「アナタは、何なのですカ?」

「……何って言われてもなぁ」

 

 非常に答えに困る問いであった。堅一は腕を組み、眉根を寄せてゴーストを見下した。

 確かに、体力バーがギリギリとなっては、普通は攻撃から逃げようとするのだろう。しかし咄嗟に身体が動いたとはいえ、それだけで他の人間とは違うと言わているようで、複雑になる。

 

「さあ、そんなの自分でも分からないよ」

 

 結局、口から出たのはそんな言葉だった。

 

「……そうですカ」

 

 一拍の間をおいて、ゴーストの身体に変化が現れる。

 漆黒の体躯が、陽炎のように揺らぐ。かと思えば、まるで最初からそこに存在しなかったかのように、足先からスーッと消失していくのだ。

 先日には、見られなかった光景。

 恐らくこれが、撃退ではなく、撃破したということなのだろう。

 

 しばらく、それを無言で見ていた堅一だったが。

 足に続き胴体が消え、残すはゴーストの頭だけ、となったところで。

 

「……なら、こっちからも一つ。――お前は、何なんだ?」

 

 ふと、同じ質問を問い返してみる。

 別段、返答など期待していない。いわば、ただ口にしてみただけの問いだった。

 答えがなくともよし、あれば儲け物といったところ。

 

「…………」

 

 広がる沈黙。

 ゴーストも、そして堅一もそれ以上の問いは投げずに、無言を貫く。

 その間にも、ゴーストの消滅は着々と進み。

 

「――さあ、私にも分かりませン」

 

 その言葉を最後に、ゴーストは完全にその姿を消した。

 意趣返しなのか、それとも本当に分からないのか。それを知る術は、もはや無い。

 

 とりあえず事が終わったのを理解し、ふぅ、と堅一は息を吐き出す。

 周囲を囲うバトルフィールドが徐々にその色を失くし、消え去った。

 

「黒星さんっ! 大丈夫ですかっ!?」

 

 こちらに駆け寄ってくる足音と共に、心配するような姫華の声が背後から聞こえてきた。

 最後に、ゴーストが消え去った場所を一瞥して、堅一は振り返る。

 

「……まあ、なんとか」

 

 そして、呟くような声でそう返せば。

 堅一の前までやってきた姫華は、よかった、と安堵の表情を浮かべて言った。

 

「……勝利、したんですよね?」

「そのはずだ」

 

 先程までゴーストが存在していた地面を見て、そして堅一を見て、姫華が口を開く。

 その視線を受け、姫華の顔を見ながら堅一はしっかりと頷いた。

 

「「…………」」

 

 一陣の風が、二人の間を吹き抜ける。

 互いに無言のまま見つめあっていることに気付いた堅一は、慌てて咳払いを一つすると。

 

「さ、さて……それじゃ、さっさと取り決めるとするか」

「え……あ、は、はいっ! 契約の条件、ですね?」

「ああ。これを拒否するなら、契約は解消させてもらう」

 

 堅一がそう言うと、姫華はキリリと口元を引き締めて頷いた。

 

「俺が言いたいのは、二つ。まず、パートナーとして組むからには、絶対に強くなること」

 

 思い返すのは、先程の不甲斐ない戦闘。勝てると踏んでいたのに、あの体たらく。

 天能の劣化は、堅一が思っていた以上にひどい。ゆえに、かつての自分を取り戻す。――いや、それ以上に強くなる。

 天坂舞の言う通り、腑抜けたままではいられないのだ。

 

「はい、頑張りましょうっ!」

 

 グッと両手を握り、弾んだ声を上げる姫華。

 その顔を見つつ、堅一は次の条件を口にする。

 

「そして知っての通り、俺には昔組んでいたジェネラルがいる。……いつ姿を見せるか分からないが、もしかしたらそれが明日かもしれないし、何か月、何年と先になるかもしれない」

 

 もっとも、流石に明日はないだろうと堅一は思う。

 むしろ、いきなり明日に来られても、困るといえば困るわけだが。

 

「つまり、だ。例え契約が続いていても、アイツが戻ってきたら、そこで終わり。俺とアンタは、ただの知り合いに戻ること。俺達は、よくてベターな関係だ。ベストじゃない」

 

 姫華は微かに顔を強張らせたが、それも一瞬のこと。不満の声を上げずに、むしろ笑みを浮かべて「はい」と頷く。

 

「その他細かい取り決めはまた後でにして、この二つが大前提だ。それでも、本当に俺と契約を結びたいなら――」

「お願いします!」

 

 堅一が言い終える前に、かぶせるように姫華が声を上げた。

 その様子に、堅一は思わず目を瞬かせる。

 

 堅一にしてみれば、先程の戦闘はひどいものであった。結果的に勝てたからよかったものの、それこそ幻滅されてもなんらおかしくはなかったのだから。

 だが、本人がいいと言っているなら。なにより、彼女ならパートナーとして組んでもいいと堅一自身思えてきていた。

 

「……それじゃ、改めてよろしく頼む。……あー、市之宮」

 

 手を、差し出す。

 姫華が嬉しそうに微笑み、両手でその手を取る。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。それと、私のことは、姫華、でいいですよ」

「……いや、流石に名前で呼ぶのは――」

「私達は、もうパートナーなんですから。ね?」

 

 渋面を作る堅一だったが、姫華の言葉に押し黙る。

 確かにパートナーとなるからには、苗字で呼ぶのは他人行儀ではあるが。しかし、それでも同年代の異性なわけで。

 

「……じゃあ、姫華で」

 

 しばし悩んだものの、不承不承といったように口に出す。

 

「それと、俺のことは堅一でいい。……その、なんだ。苗字は、あんま縁起よくないからさ」

「分かりました、堅一さん」

 

 そして堅一がそう続ければ。姫華は、満面の笑みでそれを了承した。

 堅一は思わず視線を逸らし、握手をしていない方の手で頬を掻く。

 

「あー……それじゃ、これからどうするかだが――」

 

 気恥ずかしさから、すぐさまこれからの話へと切り替えようとした、その時。

 視界の端で、グラリと姫華が揺れた。堅一の手を握っていた両手が、力をなくしたように落ちる。倒れ込んでくる姫華の身体を、咄嗟に堅一は受け止めた。

 さらり、と紺色の長髪が、堅一の頬を撫でる。

 

「お、おいっ――」

「すみません、少し疲れてしまって……」

 

 慌てた声を上げる堅一の耳に、か細い姫華の声が届いた。

 んっ、と力を込めて立とうとしているが、どうやら辛い様子。

 

 思えば、堅一がこの場に到着するまで、彼女はゴーストと戦っていたのだ。

 ジェネラルとは、戦う者ではない。だというのに、一人でゴーストと対峙していたのだから、疲労が溜まっていてもなんら不思議ではない。今まではゴーストの存在に気を張り詰めていたが、堅一が勝利したことにより緊張の糸が切れたのかもしれない。

 堅一とて、ふらふらではないものの、それなりに疲れてはいるのだから。

 

「そ、そのままでもいいから、無理するなっ」

「すみません……」

 

 無理に動こうとするのを押し止め、堅一は姫華の身体を支える。

 そうして周囲を見回すが、近くに休息をとれるような場所はない。

 前日の雨でぬかるんだ地面には座れさせられないし、なにより横たわらせた方が彼女も楽になるだろう。

 瞬時に脳裏に浮かんだのは、堅一の寝起きする寮。幸いにも、ここからそう距離はない。

 

「俺の住んでる寮に行っていいか?」

 

 一応確認してみるが、返事は返ってこない。

 あまりの疲労に眠ってしまったのか、あるいは眠るように気を失っているのか。

 どちらにせよ、耳元に規則正しい吐息を感じるから、少し休ませれば大丈夫なはずだ。

 

 体勢を変え、姫華の身体を背負う。

 道中、背に柔らかい感触を感じながら、急ぎ堅一は寮を目指した。

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