ベター・パートナー!   作:鷲野高山

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一章最終話 ベストじゃない関係

 幸いとでもいうべきか、さしたる問題もなく、姫華を背負った堅一は寮に辿り着くことができた。

 夕陽もすっかり落ち、薄暗くなりつつある空。

 帰り道、すれ違った何人かには訝しげとも興味深げとも、とにかく視線を向けられたものの、それだけ。

 周囲に他の寮生の姿はないため、部屋に入るのも特に怪しまれはしない。もっともこの寮には空室が多く、普段でも見かけることはあまりないのだが。

 

 自室の扉を開け、中に入る。

 玄関で靴を脱いだ堅一は、背負った姫華の靴も脱がそうと手を動かした。

 手探りと、時々身体を捻って目で確認し、なんとか姫華の両足の靴を玄関に並べる。

 

 休ませるならば、やはりベッドだろう。硬い床に横たえるわけにもいくまい。

 途中で適当なタオルを手に取り、ベッドの横に立つ。そうして堅一はベッドに背を向け、ゆっくりと腰を落とし、姫華を座らせた。

 

 姫華の身体を手で支えつつ、今一度彼女の様子を見てみるが、呼吸は安定しており顔色も悪くはない。

 

「……寝てんのか、それとも気を失ってんのか」

 

 堅一は苦笑混じりに呟き、手に持ったタオルで姫華の背中を拭く。

 所々公園の砂に汚れた、姫華の制服。とりあえず目立った汚れを拭うと、堅一は姫華の背に片手を回し、もう片方を膝裏に通すと抱えるようにしてそろそろと彼女の身体をベッドに横たえらせた。

 完全に制服を綺麗にできたわけではないのでシーツに汚れが付着してしまうが――まあ、それは仕方ない。

 

 それにどうせ、天気がよくなるという明日あたりに洗濯をしようと決めていたところだ。

 

 汚れた面を内側にして折りたたみ、タオルはひとまずそこらへんに放置。

 堅一は蛇口を捻ってコップに水を注ぐと、一気に呷った。

 飲み終えたコップを洗い、床に座って壁に背を預け、ふぅ、と一息。

 

「疲れた……」

 

 なんとか無事に姫華を運べたからよかったものの、堅一とてゴーストとの戦闘で体力を消費していたことに変わりはない。

 部屋の壁によりかかった状態で頭を俯かせ、目を瞑る。

 

 休みながらも、頭は自然と今までのことを振り返ってしまう。

 

 荒山毅の電話から始まり、天坂舞に呼び出され。鳴瀬雨音の非難を受け、天坂舞に諭される。

 ひどく時間が経っているように感じられるが、紛れもなくどれも今日の出来事だ。

 

 ――そして、なにより。

 堅一は目を開けて、チラとベッドの方を見やった。

 市之宮姫華との契約。数日前、いや、つい昨日までは全く予期していなかった結末。

 

 だが――後悔はしていない。

 強くならなければいけない。腑抜けたままではいられない。ゴーストとの戦闘で、黒星堅一はそれを痛感したのだから。

 

 座り込んで、数分。単に寝ているだけなら、そろそろ姫華を起こさねばと堅一は立ち上がる。

 そうして、何気なく自身が背をもたげていた壁に目をやって。

 

「やっちまった……」

 

 呆然と呟く。

 部屋の、白い壁。堅一の背があったそこに、掠れたような黒ずみが点々とついていたのだ。

 何が原因かはすぐに思い至った。制服の汚れた姫華を背負った時点で、若干なりとも堅一の制服にも付着するというのは少し考えれば分かること。

 疲労により思考力が低下していたとはいえ、自身のことながら呆れ顔となる。

 

 堅一は先程姫華の制服を拭いたタオルを拾うと、汚れのない面で壁を擦った。

 力を込め、無心となってタオルを動かす。

 

 もっとも、軽く接触しただけなので、そうひどい汚れではない。

 元通りかどうかはさておき、パッと見では気づかない程度に堅一が拭き取ったところで。

 

「んん……んぅ」

 

 ベッドに横たわる姫華が身じろぎしつつ、声を上げた。

 すっかり汚れたタオルを洗面台に放り投げに行き、ついでに新しいタオルを手に取る。そうして、堅一が姫華の元に戻ってみれば。

 

 ベッドの上で身体を起こした姫華が、パチクリとして室内を見回していた。やがてその顔が堅一の方を向き、驚きの色を見せる。

 

「よ、おはよう」

「……お、おはようございます?」

 

 堅一が片手を上げて声をかけると、姫華はおずおずとしつつも言葉を返す。

 

「あの、黒星(・・)さん。ここは……」

「ん、ああ。俺の住んでる寮だけど」

 

 不思議そうに尋ねる姫華。

 先程と異なり、再び苗字で呼ばれたことに疑問を抱きつつも、それに対しあっけらかんと堅一が答えれば。

 

「あ、黒星さんの……」

 

 納得したような素振りは一瞬。

 直後、姫華の目が大きく見開かれ、

 

「……く、黒星さんのお部屋ですかっ!?」

 

 その口から驚きの声が漏れた。

 咄嗟にだろうか、姫華は慌てたように自身の身体を見下し、なにやら確認をし始める。

 それを、衣服の乱れを確認しているのかと思った堅一は、

 

「いや、別に変なことはしてないから。まあ、強いて言えば、靴を脱がせたくらい」

 

 事実を伝えるため、落ち着いた声色で言った。

 実際その通りなので、口調が変に乱れることはない。

 

「あ、いえ、そういうわけでは……」

 

 その言葉を受け、姫華は微かに頬を紅潮させながら、もごもごと小さく口を開閉させる。

 話が進まないと判断した堅一は、コホンと一つ咳払いをして、姫華に訊ねた。

 

「とにかく、だ。姫華は何処まで憶えてる?」

「……黒星さんがゴーストを倒して、そして契約の条件を決めて。……パートナーになったからと、お互いを名前で呼び合う、こと、に――」

 

 一転、記憶を呼び起こすように思案顔となり、一つ一つ状況を挙げていく姫華。それが名前呼びの段階に差し掛かった時、彼女は「あっ」と思い出したかのように声を上げ。

 

「そ、その……け、堅一、さん」

「あ、ああ……」

 

 気恥ずかしげに、しかしまじまじと堅一を見つめて。改めて自身の名を呼ぶ姫華に、堅一もまた釣られたように上ずった声で応える。

 

「……んんっ、それで、だ」

 

 それを誤魔化すかのように、堅一が咳払い。

 

「俺が今後のことを決めようとしたところで、姫華が倒れた。だから俺は、身体を休ませられるように寮に連れてきたわけだ。……何か質問は?」

 

 その後の言葉を引き継ぎ、若干早口になりながらも堅一が述べる。

 すると姫華は、ベッドの端に来るようにして腰掛け、小さく頭を下げた。

 

「いえ。……その、ありがとうございました」

 

 堅一は、構わないといったようにヒラヒラと手を振ると、手に持っていた綺麗なタオルを姫華に向けて放り投げた。

 

「それで、制服の汚れでも拭いておくといい。汚れたタオルは適当に床に置いておけばいいから」

 

 ありがとうございます、と姫華がタオルで制服を拭き始める。

 それを横目で見つつ、堅一はコップを手にして蛇口を捻った。そして、あらかた姫華が制服の汚れをとったところで、水の注がれたコップを差し出す。

 

「とりあえず、水でも飲むか? ただの水道水で悪いけど」

「すみません、いただきます」

 

 姫華が笑顔でそれを受け取り、コクッ、コクッとコップを傾ける。

 やがて空となったコップを受け取って流し台に置き、さて、と堅一は姫華を見た。

 

「もう動けるか? それなら、時間もそこそこ遅いし、帰ってゆっくり休んだほうがいいと思うが」

 

 壁の時計は、すでに午後八時に近づこうとしている。

 夏とはいえ、流石にこの時間帯ともなると、外は暗い。

 

「……そう、ですね。はい、大丈夫です」

 

 ニコリと微笑み、ベッドから立ち上がる姫華。しかし、自身が横になっていた堅一のベッドを整えようとしたのか、後ろを振り返り。すぐさまその顔は慌てたような表情へと変わった。

 

「す、すみませんっ! こんなに汚しちゃって……」

「ああいや、別にいい。どうせ明日あたりにでも洗濯しようとしてたし」

「でも、今日が――」

「別に一日ぐらい、シーツなしでも大丈夫だって」

 

 制服に付着していた砂がベッドを汚しているのに気付いて謝る姫華に、堅一は苦笑する。

 

「ほら、立てるならさっさと行くぞ」

 

 話はこれまで、と先を促すように言った堅一を、姫華は目を丸くして見た。

 

「え? えっと、一緒に来ていただけるのですか?」

「ああ、なにしろ寝てた姫華を俺が背負ってここまで運んだんだ。道、分からないだろ? それに、途中で倒れられても困るし」

 

 なにげなく堅一が言った、瞬間。

 ボンッという効果音が聞こえんばかりに、姫華の顔が林檎のように紅くに染まった。

 

「せ、背負って――」

 

 ゴニョゴニョ、と小声で何かを呟き、時折チラチラと堅一の方を見やる。

 すぐに終わればよかったものの、それが数秒と続き。流石に居た堪れなくなった堅一は、首の後ろを掻いてポツリと言った。

 

「あー……それとも、余計なお世話だったか?」

「いえ、全くそんなことありませんっ!!」

「そ、そうか……」

 

 途端に鬼気迫る勢いとなった姫華に、堅一は思わずたじたじとして冷や汗を浮かべた。

 

「えっと……それじゃ、先に外に出といてくれ」

 

 分かりましたと頷き、姫華が靴を履いて外に出ていく。

 電気の消灯など、出かける準備をすぐに済ませて、堅一も扉を開けた。

 

 鍵をかけ、姫華の姿を探せば。彼女は、隣室の扉の前に立っていた。

 なにをしてるのか、と近づいた堅一に、姫華が振り返る。

 

「堅一さん。この部屋、ネームプレートがありませんけど……」

 

 そうして彼女が指を指したのは、その扉横の壁。

 堅一の部屋の扉横には「黒星」というネームプレートがあるが、隣室にはそれがない。ただまあ、それは単純な話である。

 

「ああ、そこは空き部屋だから」

 

 住んでいる人間がいないのだ。ならば、ネームプレートがないのは当然のこと。

 

「ついでに、俺の部屋を挟んだ一つ向こうの部屋も空室だ。それ以外にも、ちょいちょいどっかしら空いてたはず。この寮は、あまり人気がないみたいだしな」

「そうなのですか……」

 

 なにやら神妙な面持ちで、納得する姫華。

 それに疑問を思いつつも、こっちだ、と堅一は先導して階段を降りた。

 

 街灯が歩道を照らし、木々や茂みからは風情ある虫の声が響く、夏の夜の公園。

 雲間から月が顔を覗かせ、若干の生温い風が吹く中を、堅一と姫華は歩く。

 

 二人の間に、特に会話はない。

 堅一が前を行き、その一歩後ろ、距離を保ちながら姫華が続いている。

 しかし、両者の間にギスギスとした空気はない。別段会話がなくとも、気まずくはない穏やかな雰囲気を、堅一は感じていた。

 

「ここが、あの広場だ」

 

 二人が初めて会話を交わしたり、二度のゴーストの襲撃にあったりと、ここ数日で何かと因縁深くなった南見中央公園の一角。

 広場に辿り着いた堅一は、姫華に振り返る。

 堅一は姫華の住む寮を知らない。必然的にここからは、姫華が先になる。

 

「少し、待ってください」

 

 姫華はそう言うと、小走りに木立の中へ入っていった。

 しかしすぐさま出てきて、堅一の所に戻ってくる。その手に握られていたのは――白いビニール傘。

 

「この傘、堅一さんが置いてくれたんですよね? ありがとうございました」

 

 一礼して、姫華が傘を差し出す。

 受け取りながらも、堅一は呆れたように溜め息を吐く。

 

「まあ、確かにそうだが……ただの安物のビニール傘だぞ?」

「それでも、嬉しかったんです」

 

 ふっ、と柔らかな笑み。

 

「では、行きましょう。こちらです」

 

 そうして、歩き出す――かと思いきや、姫華は堅一の隣に並んだ。

 堅一が胡乱に隣を見るが、彼女は柔らかな笑みを絶やさずに堅一を見返している。

 

 仕方なしに、堅一は姫華の向く方へと歩を進めた。並んで、姫華も歩きはじめる。

 それでも尚、やはり会話はなく。周囲に人影もないまま、二人は夏の夜の公園を進んだ。

 

 やがて砂の道はコンクリートのそれへと変わった。車は走り、ちらほらと通行人の姿も見えてくる。

 公園を出て、数分。

 姫華の住む寮に辿り着いた堅一は頭上を仰ぎ、はぁ、と息を漏らした。

 

 眼前にあるのは、明らかに高級な雰囲気を醸し出す建物。その大きさも、そして綺麗さも、堅一の生活する寮とは段違い。

 まるで裕福な家庭の生徒を対象としたような、そんな寮だ。

 

「あー、これは何というか……凄いとこだな。というかこれ、寮なんだよな?」

 

 空笑いを浮かべて、思わず呟く。

 そんな堅一の独り言に反応して、はい、と頷く姫華。

 次いで、その口から飛び出したのは、驚くべき申し出だった。

 

「あ、あのっ! 堅一さんさえよろしければ、ですが――上がっていかれませんか?」

「……いや、それは流石にマズイだろ」

 

 堅一は眉間を押さえて言う。

 昼でもどうかというのに、今は夜である。倫理的に問題があった。

 

 しかも、それだけではない。

 堅一は、チラと件の建物を見やった。

 外からでも見ることのできるのは、明るい照明の灯ったエントランスホールの一部。

 建物に背を向けている姫華は気づいていないようだが、何人かの女子の寮生と、中年の女性が一人、こちらを見ているのだ。

 

 これだけの建物だ。夜間の管理人の一人や二人いてもおかしくはない。

 

「と、とにかく、今日はお互いゆっくり休んで、話はまた明日にしよう」

「そうですか……」

 

 残念そうに、肩を落とす姫華。

 しかし生憎、堅一にはそれをフォローする余裕がない。見間違いかもしれないが、管理人らしき女性が一歩、こちらに踏み出したような気がしたのだ。

 もっとも、堅一は別に悪い事をしているわけではないのだが、なぜか妙に慌ててしまう。

 

「じゃあ、明日の昼――十二時に、あそこの広場で待ち合わせってことでいいかっ?」

「十二時、ですね。分かりました。あの――」

「よし、また明日! それじゃ!」

 

 姫華の返事を聞くやいなや、しかし最後まで聞かず、堅一は踵を返して駆け去って行った。

 

 

「あ……」

 

 その背中を、姫華は呆然として見送る。

 あっという間に小さくなり、やがて堅一の姿は姫華の視界から消え去った。

 思いもよらなかった、そして呆気ない別れ方に、もうっ、と姫華は頬を膨らませた。

 

 自室へと戻った姫華は、いの一番に携帯電話を手に取った。

 座ることなく、立ったままで携帯電話を操作し、耳に当てる。

 その顔に浮かぶのは、どこか悪戯めいたような、それでいて喜色満面の笑顔。

 

「もしもし――」

 

 

 

 翌朝。

 ベッドで眠っていた堅一は、外から聞こえる物音に目を覚ました。

 寝ぼけ眼を擦り、のそりと上半身を起こす。耳を澄ませば、物音に交じり何人かの人の声も聞こえてくる。

 なんだろうか、と思いつつ、ふと時計を見やる。

 

「……げっ!?」

 

 午前十一時。姫華と約束した時間の一時間前。

 目覚ましは十時にかけていたはずだが、どうやら気づかず寝過ごしたようだった。

 慌ててベッドから立ち上がり、身支度を始める。

 しかし数分が経過したものの、外から聞こえる物音は続き、止まる気配がない。

 

 首を傾げ、その正体を確かめるために、堅一は玄関の扉を開けた。

 すると、目に飛び込んできた光景は――。

 

「……なんだ?」

 

 空き室である右隣の部屋に、作業服を着た大人が何人も出入りしていた。段ボールや、大きな荷物を抱え、扉の中に入っている。

 

「引っ越し、か? しかし、こんな中途半端な時期に一体誰が――」

 

 その様子から、誰かが入寮するらしいというのは分かった。

 当然、疑問が残る。

 だが、そんな堅一の独り言に、答える声があった。

 

「――私ですよ、堅一さん」

 

 ここにいるはずのない人物の声に、堅一は瞠目して振り向く。

 そこには、堅一の反応を見てクスリと笑う、市之宮姫華の姿があった。

 

「約束の時間には少し早いですが、こんにちは」

「あ、ああ……じゃなくて、いきなり引っ越しって――」

 

 完全に廊下に出て、堅一は困惑したように問い詰める。

 

「言おうとしましたよ。でも、堅一さん、さっさと帰っちゃうんですもん」

 

 口を尖らせ、少しばかり怒ったように姫華が言った。

 ぐっ、と堅一は言葉を詰まらせる。

 

「それに私、以前からパートナーを早く決めなさいって学園から言われていたんです。決まったら、すぐに届け出るように、とも」

 

 確かに、ジェネラルとソルジャーのパートナーが決まれば、生徒は学園に届け出る義務がある。

 だが、普通の生徒であれば催促などされない。そう、普通であれば。

 姫華は、ジェネラルの1クラス。それだけでなく、学年次席でもある。

 

 荒山毅から聞いた情報によれば、上位の生徒はほとんどパートナーが決まっているとのことだった。ならば、決まっていない姫華に催促がいくのは頷ける。

 

「昨日、あの後私はすぐに学園に連絡しました。堅一さんと契約したこと、そして、寮の変更をしたいとも。この引っ越しも全部、学園に手配していただいたんです。……流石に、今日できるとは私も思いませんでしたけど」

「それは……よく俺で反対されなかったな?」

 

 呆れるやら、感心するやら。ポカンとしつつ、堅一は言う。

 対し、姫華はムッと眉根を寄せた。

 

「確かに、少しは色々と聞かれましたけど。はっきりと伝えたら、別に何も言われませんでしたよ? ……それより、どうしてそんなこと聞くんですか?」

「いや、だって俺、4クラスだし……」

 

 堅一が、自身を卑下するような発言をした、瞬間。

 ぐっ、と姫華が堅一に向けて一歩踏み出した。

 

「そんなのは関係ありません! パートナーを選ぶのは、学園ではなく、私です! 例え期間限定であっても、堅一さんが、私のパートナーなんです!!」

「あ、その……悪い。悪かったから、少し冷静に、な?」

 

 姫華に詰め寄られるまま、チラと堅一が横に視線を走らせれば。

 引っ越し作業中のそれなりに年を食った男性達が、ニヤニヤとこちらを見ていた。ヒュウ、と口笛を吹く男性もいる。

 

 姫華はようやく自分が大声で言ったことに気づいたのか、顔を真っ赤にさせた。

 堅一は、とにかく彼らを気にしないようにして、ふと声を上げる。

 

「てことは、もしかして昨日、隣室を見てた時には……」

「……はい、考えてました」

 

 か細い声で、姫華が答える。

 見かけによらず凄い行動力だ、と堅一は感心半分、呆れ半分に思った。

 しかしふと考えれば、何を今更、ということに気づく。

 その見かけによらない行動力が、そして強情さが。今の二人の――期間限定のパートナーという関係に結び付いたのだ。

 

 もし、彼女にそれがなければ。

 堅一は、未だパートナー候補がいなかったに違いない。前に進めていなかったに違いない。

 

「そういうことで、堅一さん」

 

 声が、聞こえた。恥ずかしさを残しつつも、強い意思を持った声だ。

 堅一が視線を上げれば、先程よりは治まったものの、まだほんのりと頬を紅く染めた姫華の顔があった。

 彼女は、柔らかい笑みを湛えて、言った。

 

「これから隣人として――なにより、パートナーとして。よろしくお願いしますね」

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