ベター・パートナー!   作:鷲野高山

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七話 元、腐れ縁

 美しく、綺麗な女性。

 お世辞でもなんでもなく、それが、市之宮姫華が彼女を見ての率直な感想であった。

 

 白い帽子の下から覗く、さらさらとした金糸の如きブロンドの髪。健康さを窺わせる、程よく日焼けしたような褐色の肌。

 彼女の抱きつきから堅一が逃れた際に一瞬見えたが、高身長にして中々に際どい恰好をしており、モデルといっても充分に通用するであろう抜群のスタイルを惜しげもなく晒している。

 

「もう、何で逃げるのー?」

 

 振りほどかれたにも関わらず、再度堅一に飛びつく女性。

 嬉しげに堅一にじゃれつくその満面の笑顔は、同性である姫華も数瞬見惚れてしまうほど。

 

「おい、離せっ! やめろっての!」

「ダーメ。ようやく会えたんだから、しばらくこのままね、堅ちゃん」

 

 またしても堅一が女性から離れようともがくが、今度は彼女は頑なに譲らず。むしろ、離さないようにより一層強く堅一を抱きしめようと、ギュッと力を込めた。

 片や離れようと顰め面で声を上げ、片や離すまいとにこにこ顔でしがみつく。どちらか一方が折れなければ長引くであろうやり取りが繰り広げられる。

 

「――そこらへんにしとけ、二人とも。ちったぁ場所を考えろ」

 

 それに割って入ったのは、未だ混乱の中にある姫華――では勿論なく。

 眼前の光景に欠片も動揺を見せず、ただただ面倒臭げに頭を掻く縣恭介であった。

 

「いや、俺は違うだろっ!?」

「五月蠅くしてる時点でお前も同罪だ、堅坊」

 

 声を荒げて反論する堅一だったが、それは恭介によって即座に封殺される。

 

「お前が大人しくされるがままになりゃ、そいつも静かになるだろ。こうなった原因はお前にもあるんだから、もし自覚してるならそれぐらい我慢しとけ」

「…………」

 

 間を置かず続けられた言葉に、完全に沈黙する堅一。

 抵抗が弱まったからか、ここぞとばかりに、女性が身体を密着させる。

 

「ルアンナもだ。スキンシップもいいが、ほどほどにしろよ」

 

 ルアンナ。恭介が彼女の名をそう呼んだ時、やはり、と姫華は思った。

 日本語は堪能なようだが、その整った顔立ちにブルーの瞳と、明らかに日本人離れした容貌。最初こそ状況についていけず気付かなかったが、心が落ち着くにつれ、姫華はもしやという考えを抱きはじめていたのである。

 

 つまり、女性――ルアンナが。日本で活躍するプロのソルジャー、ルアンナ・ブラフィルドではないか、と。

 

 そもそもの話、プロとして活動するシュラハト選手の数というのは、ジェネラル、ソルジャーを合わせて千を超えている。

 ともなればどうしても、有名な選手と、そこまで知名度のない、あるいは埋れて全くの無名の選手との差がはっきり出てきてしまう。

 では、その基準は何かというと。実力であり、また容姿や知名度であり、そして――所属リーグだ。

 プロの中にもやはり実力差、強弱の順位というものが存在し、彼らは3つのリーグに割り振られる。

 

 新人、及び低ランクプロの所属する(ドライ)リーグ。その上、中堅クラスの実力者が所属する(ツヴァイ)リーグ。そして最後、所謂トッププレイヤーと呼ばれるプロの所属する(アインス)リーグ。

 

 弐条学園のクラスのよう――というよりか、弐条学園がプロリーグを真似てクラスを設置しているわけだが、実力の高い選手が所属する順に、1、2、3と続き。リーグの昇格、及び降格は当然シュラハトの成績次第となる。

 

 そしてこの所属リーグ云々の対象は、原則としてジェネラルが基本。

 ソルジャーの所属リーグは契約するジェネラルと同リーグとなり。複数のソルジャーと契約――つまり1つのチームとなっている場合でも、そのチーム全体で、ジェネラルと同リーグとみなされるわけだ。

 

「本物……」

 

 姫華がルアンナを知っていたのは、彼女が――正確にいえば彼女の契約しているジェネラルが1リーグのジェネラルだから、という理由がある。が、それ以上にルアンナは、ファッション雑誌の特集など、その美貌ゆえにそういった方面でも知名度が高いのだ。

 そして、そんなルアンナと同じジェネラルと契約しているのが――彼、縣恭介プロである。

 一部では、「美女と野獣のソルジャーコンビ」と呼ばれる彼ら。

 

「もう、やっと堅ちゃんに会えたんだから、少しくらいいいじゃない」

「少なくとも、ここでは静かにしとけ、ルアンナ。堅坊なら、後で存分に好きにしていいから」

「はーい」

「……俺の意思は無視か」

 

 そんな二人が、どうしてここにいるのか。また、ただの知り合い以上に親密そうにする堅一とは、どういう関係なのか。

 

「まずは、外に出ようや。ほれ、嬢ちゃんも固まってないで、着いてきな」

 

 グルグルと思考が渦巻く中、恭介が姫華に声をかけてくる。

 気付けば、ルアンナと、それに抱き着かれたままの堅一は、すでに展示館の入口に向け歩き始めていた。

 

「あ……はい」

 

 恭介の後に続いて、のろのろと足を動かす。

 展示館内は、アトラクションと比べて人が少ないといえど、全くいないわけではない。

 四方八方、周囲から一行に注がれる視線。中にはやはり、プロである恭介とルアンナに気付いた人もいるようで、囁き声も聞こえてくる。

 ルアンナの声は入口付近にまで届いていたらしく、展示通路を抜けた先にも少々の人が集まってこちらを見ていた。

 

 その何人かは、展示通路から出てきたルアンナに気付くと、声を上げたり、握手を求めたりしている。

 ルアンナは、それに笑顔で応じていた。――無論、腕の中に堅一を抱え込んだままで。

 彼らはそんな堅一を不思議そうに見ていたが、終ぞそれについて訊ねる者はおらず。

 

「で、なんでここにいるんだ?」

 

 そうして、特に大きな問題になることもなく四人が展示館を出たところで。建物の裏手に回り、堅一が不機嫌さを隠さず問うた。

 

「それは勿論、堅ちゃんを探してに決まってるじゃない!」

 

 それに対し、胸を張ってニコニコ顔で答えるのは、ルアンナだ。

 

「……いや、そうじゃなくて。なんでそうする必要があったんだ?」

「ひっどーい! 堅ちゃんが今日来るって聞いたから、私達開園時刻からずっと探し回ってたのに!」

 

 呆れたような堅一の態度に、ルアンナが拗ねたように口を尖らせる。

 彼女は二十代であったはずだから堅一と姫華より年上なのだが、会話だけ聞けば立場が逆のようにみえる。

 

「……こっちは、朝からそれに無理矢理付き合わされただけだがな」

 

 恭介が哀愁漂わせて言うが、二人は耳も貸さず。姫華も、何と声をかけたらよいか、そもそもどう接したらよいか距離を掴めずにいる。

 

「で、見つかったわけだが、どうするんだ?」

「うん、私と恭介の契約してるジェネラルも、堅ちゃんに会いたいって待ってるの。――ほら、早く三人(・・)で行きましょ!」

 

 ルアンナが、そう言った瞬間。

 

「「……は?」」

 

 堅一と、恭介の声が重なった。

 

「ん? どうしたの、堅ちゃん?」

 

 堅一の顔を上から覗きこむようにして、首を傾げるのはルアンナ。格好としては、先程から姫華に背を向けている形である。

 

「……悪いな、嬢ちゃん。あれはそんな意地悪する人間じゃねぇんだが」

 

 恭介は冷や汗を垂らしながら、姫華に少し体を寄せて小声で囁くと、次いでルアンナに向けて声を張り上げた。

 

「ルアンナ! まさかお前、堅坊以外見てなかったとか言うんじゃねぇだろうな?」

「当たり前じゃない。――堅ちゃん以外の、何を見ろっていうのよ」

「……よし。そんじゃ、少しは堅坊から離れてこっちを見ろ」

 

 額に手を当てて溜め息を吐いた恭介の言葉に、渋々といったようにルアンナが顔だけを振り返る。

 ――ここで初めて、ルアンナのブルーの瞳と、姫華の瞳が交差した。

 

「あら……こんにちは」

「こ、こんにちは……」

 

 途端、きょとん、としたような面持ちを見せるルアンナに、姫華はおずおずと返答する。

 本当に今気が付いたかのようなルアンナの反応、その理由を察して姫華は僅かに顔を綻ばせる。つまり彼女は、姫華を無視していたのではなく、単純に気付いていなかっただけなのだ。――堅一に気を取られすぎて。

 

「えっと……恭介、この女の子は?」

「ああ、この嬢ちゃんは――」

 

 ルアンナに姫華を紹介しようとする恭介だったが、その声が途中で止まった。

 

「……そういや俺も、名前は聞いてなかったな」

 

 たはは、と渇いた笑い声を上げる恭介。確かに、姫華と恭介は学園で会った時互いの名を交わしていない。あくまで姫華が一方的に知っているだけだ。

 

「……何やってんだ」

 

 心底呆れたような声色と共に、堅一が体の向きを変えた。

 姫華と向かい合う形。そうなれば、堅一の背に張り付いているルアンナも、振り返るのではなく姫華の姿を正面に捉えるようになる。

 

「あー、オホンッ! 俺は、縣恭介。堅坊から聞いたかもしれんが、プロのソルジャーだ。よろしくな」

 

 咳払いをして、恭介が自己紹介をした。

 

「私は、ルアンナ・ブラフィルド。恭介と同じ、プロのソルジャーよ。よろしくね」

 

 続けて、ルアンナがにこやかに挨拶。堅一に抱き着くのを止め、姫華に片手をヒラヒラと振っている。

 ようやく解放されたと言わんばかりに、堅一が顰めていた柳眉を少し解き、ぶらぶらと身体を動かしていた。

 

「わ、私は、弐条学園の一年生、市之宮姫華ですっ。あ、えと……よろしくお願いします」

 

 二人のプロからの挨拶に、姫華は緊張で声を上ずらせながらも、ぺこりと頭を下げた。

 

「それで、姫華ちゃんは……堅ちゃんの学園のお友達かな?」

 

 柔らかい声で訊ねるルアンナ。その問いに、堅一が恭介の方へ視線を向けたのが見えた。

 聞いていないのだろうかと思いつつも、特に疑問に思うことなく姫華は答える。

 

「お友達、というより……ジェネラルとして、堅一さんのパートナーをやらせてもらっています」

 

 瞬間、ルアンナの目が大きく見開かれた。

 

「……パ、パートナー? 堅ちゃんの?」

 

 直後、彼女の艶やかな唇から紡がれる、震えたような声。

 

「は、はい……」

「…………」

 

 その変化に驚きつつ姫華が肯定すると。ルアンナは、姫華の顔をじっと見つめたまま沈黙。

 彼女の神妙な面持ちに姫華は焦り、おろおろと視線を彷徨わせる。

 堅一は、黙したままルアンナの顔を見上げ。恭介は、両目を閉じて腕を組んでいる。

 

「……か」

「はい?」

 

 静寂を破り、ルアンナの口が小さく動く。

 聞き取れなかった姫華は、咄嗟に聞き返した。

 

「まさか……まさか、堅ちゃんのパートナーが女の子だなんて! それも、こんなに可愛い子!」

「……え?」

「どうしよう、恭介! 堅ちゃんが、どんどん私から離れて遠くにいっちゃう!」

「えと、あの……?」

 

 静かな空気からの一変に、姫華は困惑するしかできない。

 堅一はルアンナから視線を外し、また距離をとり。恭介は、やれやれと頭を振っている。

 真っ直ぐに姫華を見据え、両腕を振り上げているルアンナ。ただ、その瞳に、姫華を邪険にするような色はない。

 

「クッ、私も堅ちゃんと同じ年なら――いや、今から編入しても遅くは……」

「年齢を考えろ、阿呆。いいとこ、教師がせいぜいだろ」

「私だって、頑張ればまだまだ現役の学生に見え――ちょっと待って、恭介。今、貴方いいこと言った」

「はあ? ……まさかお前、教師になるなんて言い出すんじゃ――」

「教師と生徒のイケナイ関係! 私の大人の魅力に、堅ちゃんはメロメロ! 同学年だろうが、先輩だろうが、生徒なんて目じゃないわ!」

 

 ルアンナと恭介の言葉の応酬。

 ついには、ブツブツと呟き、一人の世界に入るルアンナ。

 

 唖然とする姫華を前に、堅一が恭介に近づき、二人で会話を始める。

 

「取り敢えず、一発殴っていいか?」

「おいおい、久方ぶりだってのに、物騒なご挨拶じゃねえか」

「じゃあ、あの封筒に入ってた紙切れは、なんだ?」

 

 封筒の紙切れ――姫華が恭介から受け取った、特別招待券の入った封筒のことだろうか。

 確かに、あの時恭介は何かを書いて封筒に入れていたが。

 

「なんだ、あれぐらいで怒るなよ、堅坊。それに、感謝こそあれ、怒られるのは心外だが?」

「……感謝? 特別招待券のことか?」

「それもだが、お前、俺達二人どころか誰にも言わずいなくなっただろ。携帯も通じなく、堅ちゃん堅ちゃんと騒ぐアレを抑えるのにどれだけ苦労したか」

「…………」

「それにな。ルアンナは、もしかするとお前までいなくなっちまったんじゃないかと――」

「分かった、もういい」

 

 恭介の言葉を、強めの声で堅一が遮る。

 聞こえてしまっているが、果たして姫華が聞いてもよい内容なのだろうか。

 それとなく離れた方がいいか、と悩む姫華だが、二人がルアンナの方を向いていたので、つられてそちらを見る。

 

「いや、でも、制服も捨てがたい――」

 

 彼女は、未だ一人の世界に入っていた。

 それを確認してか、二人は会話へ戻る。

 

「んで、どうやって俺が弐条学園にいるって知ったんだ?」

「悪いが、ソイツは秘密だ」

「…………」

「おい、そう睨むな。あの時だって、ルアンナは私が学園に行くって騒いだんだからな? 俺が止めて無理矢理行かなかったら、学園でお前を見つけたあれがどう暴走するか。今見てて、どうなるかくらい分かるだろ?」

「……オーケー、分かった」

 

 肩を竦めて、堅一が折れる。

 そうして堅一と恭介は、姫華を振り返った。ビクリ、と姫華は思わず身体を固くする。

 

「そんじゃ、そろそろルアンナをどうにかしようと思うが、嬢ちゃんも手伝ってくれるか?」

 

 放たれたのは、咎めの言葉ではなかった。姫華が聞いてしまっていたことに気付いているのか、いないのか。――いや、気付いているのだろう。

 それでも、堅一も恭介も、姫華を咎めはしなかった。

 

「あの――」

 

 ここしかない、と姫華は思った。失礼なのかもしれないが、ここを逃せば、踏み込む機会を失ってしまう、と。

 

「――お三方は、どのようなご関係なのですか?」

 

 思い切って、声を上げる。

 恭介が、む、と首を捻った。

 

「なんだ、堅坊から聞いてないのか? 俺達は、元――」

「ただの腐れ縁だ」

 

 無表情のまま、ピシャリ、と堅一が言い放った。

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