ベター・パートナー!   作:鷲野高山

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十四話 指南

 カチャリ、とテーブルに置かれた白いティーカップが、音を立てた。

 

「――では、私達はこの辺りで失礼します。……雨音、蓮、行こうか」

 

 席から立ち上がった天坂舞が小さく頭を下げ、すぐ側の二人を促す。

 

「あー、すまんな。……大会予選も出れなくなっちまったようだし」

「お気になさらず。私達が選んだことですから」

 

 そんな彼女に対し、部屋の片隅で巨躯を丸めて正座する恭介がそのままの体勢で頭を掻きつつ謝罪を口にするが。微かな笑みを湛えた舞は、やんわりとそれを制した。

 

 恭介との戦いにより、意識を失った堅一。そんな彼を休ませようと、舞、雨音、南雲を加えた一行は三人のプロに与えられた控室――コテージへと戻ってきていた。

 未だ意識を失ったままの堅一をベッドへと横たえ、飲み物と少々の談笑で休憩。

 

 この後、大会予選を受ける予定であった舞達。しかし、予定の時刻は堅一と恭介が戦っている間に経過していた。

 舞はそれに気付いていなかったわけではないが、大会予選よりも堅一と恭介の戦いを最後まで観戦することを優先したのである。

 

「んじゃ、俺がそこまで――」 

 

 外に出ようとする舞達を送ろうと、正座の状態から僅かに腰を浮かせる恭介であったが。

 

「恭介はそのまま正座」

 

 鋭い声。

 途端、苦虫を噛み潰したかのような顔となり、すごすごと正座に戻る恭介。

 

 その声を発したのは、ベッドに横たわる堅一――の頭の下に膝を差し入れ、優しく頭を撫でている、ルアンナだ。

 

「ごめんなさいね。そこの馬鹿が行き過ぎるから、こんなことになっちゃって」

「いえ、本当に大丈夫ですから。それに――」

 

 舞が、チラリと堅一を見る。

 

「――なんとなく、彼の天能()のことも分かりましたし」

「……あら? あなた達、堅ちゃんの天能のこととか知ってるわけではなかったの?」

 

 舞、雨音、南雲が三人共に揃って首を横に振るのを見て、しまった、という表情を浮かべるルアンナ。

 

「なら、少しお喋りがすぎたかしら……」

「差支えなければ、詳しく教えてもらいたいものですがね」

「私からは無理ね。堅ちゃんが許可するなら別だけど」

 

 でしょうね、と舞はあっさりと引き下がる。

 

「じゃ、恭介の代わりに僕がそこまで送っていくよ」

 

 そうして、その言葉と共に四十川が席を立ち、舞達を連れ立って部屋を出ていった。

 

 残されたのは、静かに胸を上下させる堅一と、彼を膝枕するルアンナ。部屋の隅で正座をする恭介に――席に座りながらもベッドの堅一を心配そうに眺める姫華。

 

「――さてと。ねえ、姫華ちゃんも、こっちに来て堅ちゃんの髪、触ってみない? 意外と、この子の髪ってサラサラしてるのよね」

「え? え、えっと、その……」

 

 と、ルアンナが顔を上げ、唐突にそんな発言をした。

 堅一を見ていた姫華はかぁっと両頬を染め、口ごもる。

 

 それを見て、初々しいわね、とクスリとした笑みを零すルアンナ。

 部屋の隅には、お前が遠慮のなさすぎるだけだ、と言わんばかりの呆れ顔をする恭介がいる。

 

「まぁ、それはさておき。――さっきの戦いについて、見てて思ったことを言ってもいい?」

 

 先の発言、からの脈絡のないルアンナの話題転換。

 それを聞き、ピンッ、と、姫華の背が自然と高くなる。

 

 お世辞にも、姫華と堅一の動き、思考が噛み合っていたとは全くもって言えない先の戦い。

 駄目だしをされるのは分かりきったことであるが。さて、現役のプロであるルアンナの口からはどういった言葉が飛び出すのか。

 酷評を覚悟する姫華だったが、しかし実際に飛び出したのは、思いがけない言葉だった。

 

「――まず、笑顔がないわね」

 

 ピッ、と指を一本立てて。ルアンナは、間違いなくそう言った。

 きょとん、と姫華は目を瞬かせる。

 

「笑顔……ですか?」

「そう。堅ちゃんもそうだけど、あなたもあなたで、この子の動きに合わせようと必死なだけ。見ていて、楽しさがまるで伝わってこない」

「……楽しさ?」

 

 不思議そうに、姫華が繰り返す。

 なぜ、ここでそういった単語が出てくるのか。

 ルアンナは、本当に戦いを評しているのだろうか? そう、姫華が疑問を抱くのも、仕方のないことであった。

 

「もちろん、人を傷つけることを楽しめ、と言ってるわけじゃないわ。でも、望んでこうしているのでしょう? 誰かに強制されているのではなく、自ら望んであの場所に立つのでしょう? だったら、表情を固くするんじゃなくて、少しでも楽しまないと」

「楽しむ……」

 

 思案に耽る姫華を見て、ルアンナはふふっ、と含み笑いをし、問いかけた。

 

「ねえ、姫華ちゃんは、ジェネラルの役割ってなんだと思ってる?」

 

 そんなのは、考えるまでもなかった。

 数秒と間を置かず、姫華は返答する。

 

「ソルジャーの視点では見えない、フィールドを広く見ての状況の把握に、相手の分析。またソルジャーへの援護や指示、ですよね?」

「正解。……だけど、それだけじゃないわね」

 

 いい? と、ルアンナは堅一の髪を撫でる手を止め、姫華を真っ直ぐに見据えた。 

 

「いかなる状況になっても、冷静さを失ってはダメ。不測の事態が起きても後ろでどんと構えて、勝機を見出し、勝利を信じるの。そんな貴方が後ろにいるだけで、貴方は、戦っているソルジャーの心の支え――精神的支柱となれるわ」

「…………」

「なにせ戦っているのは、貴方が選んで契約したソルジャーでしょう? それとも、貴方が信じて契約した人間は、それほど頼りないのかしら?」

 

 違う、と姫華は即座に首を横に振った。そして、考える。

 

 言われてみれば、確かにそうだ。

 自分は、堅一の戦闘を見守っている間、ずっと何の意味もなくハラハラしていた。

 ゴーストの時も、先の恭介の時も――ひいては、ドール相手の鍛錬の時でさえも。市之宮姫華は、冷静でいられた時間の方が圧倒的に少なかった。

 そんな様子のジェネラル(姫華)を見て、果たして戦ってくれているソルジャーは、頼りになると感じてくれるだろうか。こちらの指示に、全幅の信頼を寄せて動いてくれるだろうか。

 

 ――考えるまでもなく、否だった。

 

「だけどまあ、それは姫華ちゃんぐらいの若さなら仕方のないことだし、一朝一夕に身に着くものでもないわ。その点は、姫華ちゃんのこれからに期待ってところかしら」

 

 茶目っ気たっぷりに、ルアンナが姫華に向けてウインクをした。

 

 何事にも焦ることなく、勝機を見出し、勝ちを信じる。

 言うなればそれは、心の制御であり、強さ。

 

 不測の事態に相対しようと、楽しみ、余裕をもって対応する。それができるのは、自分に絶対の自信を持つ人間だけだ。

 ただ中途半端な力を持つだけでは、より大きな力が現れた時呆気なく潰される。能力があるだけ、力を持つだけではなく、それを根底から支えることのできる強さ。

 例え何が立ちはだかろうと、乗り越えることを可能とする経験、発想、力を持つ者。それすなわち、真の強者。

 ――言うまでもなく、自身には程遠い。

 

「……どうすれば、強くなれるのでしょう?」

 

 ポツリ、と姫華が零す。

 率直にして単純な疑問。

 それは、以前から――堅一と契約したあの時から、ずっと考えていたことだ。

 

 姫華にとって、堅一は初めてのパートナーである。

 ゆえに、姫華には経験というものが圧倒的に不足している。

 パートナーとなったのは、いい。それは姫華が望んだことだ。

 

 ――が、そこからどうすればよいのか?

 

 確かに、鍛錬を重ねていけば強くなっていくかもしれない。経験を積んでいけば、強くなっていくかもしれない。

 しかしあくまでも、戦闘の主体はソルジャーである。ジェネラルである姫華はどちらかといえば補助の面が大きく、強さでいえば堅一の実力によって左右されるといっても過言ではない。

 ただ、それでは姫華のいる意味がない。

 

 では、そのために、自分はどうすればいいのか。

 

「それは、姫華ちゃん個人が? それとも、パートナーと共に?」

「……後者です」

 

 考えること、数瞬。ゆっくりと、しかし力強く、姫華は言った。

 そうね、とルアンナが満足気な笑みを浮かべる。

 

「その心がけは大切よ。……っと、パートナーと強くなる方法か。それはやっぱり、互いが互いをよく知ることが第一ステップでしょうね」

 

 何の特別なことはない。

 姫華の言葉に対し、ルアンナはそう言った。

 

「そう、ですよね……」

 

 それは、姫華とて既に理解していた。

 しかし、だ。

 

 相手のことをよく知る。

 言葉にするのは簡単だが、実際にはそう容易いことではない。

 

「今日私が見ていた限り、二人の仲は別段悪くないようだけど、まだどこか壁があるわね。まぁ、年齢やパートナーの期間を考えればそれは仕方無いんでしょうけど、明らかにお互いのことをよく知ってるとは思えない。さっきも言ったけど、まだまだこれからよ」

 

 当然のことを語るかのような、それでいて慰めともとれるルアンナの発言に、しかし姫華は内心息を吐いた。

 すると、そんな姫華の心を見透かしたかのように、ルアンナが不思議そうな声を上げた。

 

「姫華ちゃん、さ。ちょっと焦りすぎてない?」

「それは……」

 

 姫華は、それを否定できなかった。なぜなら、自身でも認識しているからだ。

 

 つまり――強くならなければ、いまにも堅一にパートナーの解消を切り出されてしまうのではないか、と。

 

 実際、契約してからというもの、これといった進展がないのである。

 堅一とのパートナーの成立は、半ば強引な姫華によって決まったようなもの。つまり、堅一にとっては強くなるという目標があるだけで、そのパートナーは姫華でなくともよいわけだ。

 

 ならば、せめて一つでも、目立った成果がなければ。

 それゆえの、焦り。

 

 そんな姫華の様子に、ルアンナは何を感じ取ったのか。

 彼女は何を問うのでもなく、落ち着いた声色で、こう言った。

 

「――だったら、私が教えてあげる」

「え?」

「こう言うのもなんだけど、やっぱりこの子に関しては、貴方よりも私の方がよく知っているわ。それに、この子の性格からして、自分のことをペラペラと喋らないでしょうし」

 

 その声に嫌味というものは露ほども感じさせず、ルアンナは言葉を続ける。

 

「でも、確かにこの子は、少なからず貴方を信じているはずよ。……一時期は、誰が声をかけようと耳を貸さず、新たなパートナーを探さず、殻に籠ってた。時が経って持ち直したように見えたけど、勧誘があろうとやっぱり誰とも契約をしようとはしなかった。そんなこの子が契約したのだから、それは貴方を信じるに足る何かがあったということ。私はソルジャーだからどう頑張っても契約はできなかったけど――でも、新たなパートナーになった姫華ちゃんに、少し嫉妬してるのよ」

 

 チロ、と舌を出して、ルアンナは無邪気な笑みを見せる。

 

「だけど、そんな姫華ちゃんに感謝してるのもまた事実。だから、少し手助けをしてあげる」

 

 そう言うとルアンナは、「恭介、ちょっと耳を貸しなさい」と、部屋の隅に顔を向けた。

 そこで正座していた恭介が、なんだ? という疑問を顔に貼り付け、よたよたと腰を持ち上げ、ルアンナに近づく。

 そして、そのままひそひそと会話を始める二人。

 

 最初こそ、静かであったが、途中からは小声ながらもルアンナが何かを言い募り、恭介が冷や汗を浮かべ首を横に振る、という構図が展開される。

 そして、聞こうとしたわけではないが、時折勝手に姫華の耳に入ってくる断片的な言葉。

 

 それから推察するに、ルアンナが何かを提案し、恭介がそれを拒否している、というのは分かった。

 だが、肝心の内容は不明。 

 首を傾げる姫華の前で、しばらくそれは続き。こそこそ話であったはずの二人の声量は徐々に上がっていく。

 

「――いやいや、やっぱそれはマズイどころの話じゃねえよ」

「大丈夫! だって、私と堅ちゃんよ?」

「単純に、お前がそうしたいってだけじゃ……それに、あっちから何言われるか分かったもんじゃない」

「でもこれは、堅ちゃんにも、姫華ちゃんのためにもなることなのよ?」

「にしたって、別の方法が――」

 

 もはや、ただの言い争いであった。耳を傾けずとも、一言一句、余さず耳に入ってくる。

 

 だからだろう。その五月蠅さゆえか、二人のすぐ真下あたりで横たわっている堅一が、身じろぎした。しかし、口論している二人はそれに気づいた様子がない。

 止めようかどうしようか、困り顔で逡巡する姫華。

 だが、姫華が行動に移す直前。もう、とルアンナが声を荒げた、その刹那。

 

 んん、と横たわっていた堅一が呻き声を上げ、二人の言い争いはピタリと止まった。

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