ベター・パートナー!   作:鷲野高山

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十五話 言わねばならなかった言葉

 唐突に、意識が浮上した。……いや、させられたといった方が正確かもしれない。

 

 耳元という至近距離での、誰かが言い争っていたような声。

 今は何故か静まり返っているが、なるほど、それに起こされたのかと納得すると同時に、どういう状況なのか、と覚醒したばかりの頭で疑問を抱く。

 だが、すぐさま、別のことが脳裏をよぎった。

 

 ――何をしていたのだったか?

 

 身体が、柔らかい場所に横たわっている感覚。首が持ち上げられ、頭の下にはまた別の柔らかさ。枕かなにかだろう。

 とすると、眠っていたのか。取り敢えずそこまで考え、堅一は目を開き、身体を起こした。

 刹那。

 

「むっ?」

 

 ふにょん。

 上体を完全に起こす前に、何かにそれを遮られた。

 大して勢いよくはなかったため、痛みというものはない。それに加え、ぶつかった何かが、硬いものではなかったというのもあるだろう。

 一体なにか、と顔を遠ざけようとし、同時に眼前のそれを確認しようと手を上げかけたところで。

 

「気付いたのね、堅ちゃんっ!」

 

 ルアンナの喜色に溢れた声。

 次いで、堅一の起こした上体を支えるかのように、背中に両腕が回される。

 

 またルアンナが何かをやっているのか。顔が何かに当たっている状態のまま、そう、堅一は嘆息しようとして。

 

「……ん?」

 

 気付く。

 両腕が、背中に回されている。背中側から力を加えて支えられているとかではなく、つまり巻き付くかのように、堅一の正面から伸びている。

 思考、そして硬直。

 まさか、と堅一が顔面に接触する存在の正体に思い至った次の瞬間。背中に回された両腕にぎゅっと力が込められた。

 

「んー!?」

 

 堅一の顔が、目の前のものにより一層押し付けられる。

 まるで抱え込まれるように、堅一の背中から頭へと、ルアンナのものと思しき両腕が移動する。窮屈さもあるが、なにより呼吸もし辛い。

 急ぎ堅一は顔を離そうとし、振り払うように腕を適当に動かした。

 

 あん、とルアンナが妙ちきりんな声を上げるが、それを一切無視。

 奮闘すること数秒、拘束を抜け出して大きく息を吸い込んだ堅一の目に、ようやくこの場の様子が映ってきた。

 

「……一応聞くが、何やってるんだ?」

 

 すぐ目前には、ルアンナの顔。その距離は、互いの吐息が感じられるほどに、近い。

 しかし、ルアンナはそんな堅一の問いに答えず。

 

「よかったー!」

 

 と、一度抜け出されたにも関わらず、性懲りもなく再び堅一の頭を抱え込もうと動いた。

 

「っ!? だから、そういうのいい加減やめろって言ってるだろ!」

 

 不意を突かれた堅一は、またとしてもルアンナのいいようにされ、二人の身体が密着する。

 

「はーなーせっ!」 

 

 まるで駄々をこねる子供のようになる、堅一の声。無意識にそんな反応をしてしまったのは、気恥ずかしさがあったからだろう。

 つまり、堅一は気付いたのだ。自身の顔が、ルアンナの豊満な双丘に埋めさせられていたことに。

 

「……ほれ、もうそこらへんにしとけよ」

 

 と、すぐ傍らから、呆れたような恭介の声。

 それに気を取られてか、一瞬ルアンナの拘束が弱まったのを感じ、堅一は再び抜け出すことに成功する。

 

「ああっ、もう! ……恭介、私と堅ちゃんの邪魔しないで! それに、なんで正座をやめてるの!?」

 

 残念そうな、それでいて悩ましげな声を上げるルアンナ。かと思えば、恭介をキッと睨み鋭い声を放つ。

 

「……お前が、こっちに来いって呼んだんじゃねぇか」

 

 ブツブツと不満気に漏らし、半目でルアンナを見ながらも言われた通り床に正座する恭介。

 

 何故に正座? そう、ベッドの上で純粋に首を傾げる堅一をよそに、会話は進む。

 

「おほん。で、恭介。堅ちゃんに、言うことがあるんでしょ?」

「……ああ」

 

 仕切り直すかのように、わざとらしく咳払い。もはや、先程までの騒々しさはない。

 ルアンナに促され、恭介の視線が状況についていけていない堅一へ移った。

 

「その、なんだ。……すまなかったな、堅坊。今のお前が昔とは違うと分かっていたはずなのに、さっきはつい、色々やりすぎちまった」

 

 何を、と言いかけて、堅一は口を噤んだ。

 目が覚めてしばらくした今、ようやく思い出したのだ。自身が、気を失っていた理由、それに至る出来事を。

 そんな堅一の眼前で、この通りだ、と恭介が頭を下げる。

 

「……いや、謝らなくていい。むしろ、いい薬になった」

 

 悔恨を含んだ、呟きだった。

 それを受けて、恭介が顔を上げる。ルアンナもまた、堅一の顔を見つめた。

 

「――失望、したよな?」

 

 ただ、一言。余計な言葉を語らず、堅一は二人に向けて問う。それで伝わる、と思ったからだ。

 

「そ、そんなことっ……」

 

 半ば即答気味であったものの、ルアンナの言葉はそれ以上続かなかった。その沈黙だけで、堅一にとっては充分。

 恭介を、見る。

 

「はっきり言っちまえば……そうだな」

「…………」

「俺は、お前に――お前達に誘われて、この道を選んだ。互いがパートナーを強く信頼するその姿が、俺には無かったそれが、何よりも眩しく大きく見えたからだ。……今の、パートナーとの関係を蔑ろにするお前に、じゃねえ!」

 

 感情の籠った恭介の声が、部屋に反響する。

 三人より少し離れていた姫華が、ビクリと身を震わせた。もちろんそれは、恭介の声に驚いて、というわけではないのは明白だろう。

 

「だからこそ、期待した。お前が、学園に通って新たなパートナーを見つけたと聞いた時は。もう、すっかり腑抜けちまった状態から脱却して、あの頃のお前に戻ったんじゃねぇかと」

 

 そこまで言うと、恭介は真っ直ぐに堅一の瞳を見据え、断言した。

 

「ああ、だから。俺は、今の堅坊に――坊主に、失望した」

 

 部屋に、静寂が訪れる。

 三対の瞳が逸らされることなく堅一に向いている。その、中で。

 

「分かっていた。……いや、分かっていたつもりになっていたんだ」

 

 絞り出すように、堅一が呟いた。

 

 弱くなっていた、劣化していた。そんなのは誰に言われずとも、恭介に惨敗せずとも分かっていたのだ。

 力が、能力が、そして、心が。

 

 だから――感謝しなければならなかった。謝罪しなければならなかった。

 引く手数多であろうに、こんな俺と契約したいと真っ直ぐにぶつかってきてくれた、新たなパートナーに。

 

 

 堅一は、姫華へと視線を向ける。

 突然のそれに、姫華の目線が若干揺らぐ。それでも彼女は、顔を背けなかった。

 

 

 そんな姫華の顔を見ながら、堅一は思い出す。

 契約を結ぶにあたって、二つの条件を提示したことを。

 まず、強くなること。これは、まあいいだろう。パートナーとなるからには、当然ともいえる。

 

 だが、前のパートナーが見つかれば、契約は解消。譲れない一線だが、自分で告げておきながら、なんとも失礼――虫のいい話である。否、とされても憤慨はできまい。

 もし、その時が訪れたら。そう、姫華は考えたはずだ。

 それでも、彼女は不平不満一つなく、微笑んで頷いてくれた。堅一の我が儘を嫌な顔一つせずに受け入れてくれた。黒星堅一の人生だけではない、市之宮姫華の人生にとっても、大きな選択であるというのに。

 

 だからまず――堅一は言わねばならなかった。

 姫華が、真っ直ぐにぶつかってきてくれたように。

 

 

 堅一はベッドから立ち上がり、歩き出す。

 それを止める者は、何者もいない。恭介も、そしてルアンナも、沈黙を保ってその歩みを見守るだけ。

 やがてその足が、席に座る姫華の目前で止まった。彼女の顔が、緊張に強張る。

 堅一と姫華の視線が、交差した。

 

「……強くなる。そのために契約したが、心の片隅で俺はまだ本気で現実と向き合っていなかったんだと思う。やっぱり、アイツとじゃなければ、強くなれないんじゃないか、と。結果、俺は君を――市之宮姫華という存在をどこかで蔑ろにしていた。どうせいつか終わる契約だと、完全に信じようとはせず、多くを語らなかった」

 

 ゆっくりと、堅一が言葉を紡ぎだす。

 

「それに、今すぐに全幅の信頼を寄せることは、やはりできない。残念ながら、それができるほど俺は純粋でもなければ、強くもない」

 

 そんな堅一を、声を上げることなく姫華はじっと見つめている。

  

「あの日に言った条件は、どうしても譲れない一線だ。それに、その前に不和が生じて契約を解消する可能性もゼロじゃないだろう。……でも、だからこれだけは言っておきたい。いや、本当はもっと前に言っておかなければならなかったんだ」

 

 頭を、下げた。

 

「――こんな俺と、契約したいと言ってくれてありがとう。そして、我が儘で振り回して、すまない」

 

 それは、感謝。こんなどうしようもない人間の価値を認め、信じてくれたことに対する、感謝。

 そして、謝罪。譲れない、我が儘で一方的な条件を出してしまったことに対する、謝罪。

 どんなことよりもまず、あの時に言わねばならなかった二つの言葉。

 

「もし、先程の戦闘で俺に嫌気がさしたなら、契約を解消されても文句は言えない。気が変わっても、仕方がないほどに俺は無様だった。……でも、図々しいのは承知の上だが、できればこれからも――」

「――頭を上げてください、堅一さん」

 

 柔らかい、声だった。

 表面上取り繕ったのではなく、棘のない、真に相手を案じていることが伝わる、優しい声。

 

「誰が悪いとか、きっとそういうことじゃないと思います。それに、我が儘と言うなら私もです」

 

 頭を、上げる。

 頬を桜色に染めながら、気恥ずかしそうに、彼女は微笑んでいた。

 

「私は、契約に気乗りしていなかった堅一さんに、幾度となく我が儘を言いました。そして堅一さんは、私の我が儘を受け入れた代わりに、条件を出した。それで、いいんじゃないでしょうか」

 

 そして姫華は椅子から立ち上がると、立ち尽くす堅一に目線を合わせて、言ったのだ。

 

「例え、いずれパートナーでなくなるのだとしても。そう思っていただけただけで、私は貴方と契約してよかったと、心から、そう言うことができます」

 

 それは紛れもない、姫華の本心であった。

 

 いざ契約しても、普通に話しているようであって、どこか一定の距離をおかれている。自分が知る堅一はいつも一面のみ。唯一他面を垣間見たのは、闘技場での轟朱門との訓練、それと先の恭介の戦いの時ぐらいで、しかしそれは双方とも姫華に向けられたものではなかった。

 感情を、心を曝け出してぶつけてきてくれたことがない。そう、感じていた。

 

 確かに、契約してからの日数が多くない、という理由は勿論あるだろう。

 だが、それは果たして時間の問題なのか、それで解決される問題なのか。

 

 そうは考えるものの、しかし姫華は深く踏み込めなかった。 

 臆病だった、というのもある。その軽率な行為で、この関係すら破綻してしまうかもしれないと思った。だが、なにより――彼が自ら口を開いてくれた方が、嬉しいではないか。

 

 ゆえに、それが少しだとしても、堅一がこちらに歩み寄って来てくれたことが嬉しかった。本心を口にしてくれて、距離が縮まった気がした。

 だからこその、言葉。

 

「……ああ、俺も。姫華と契約して、よかったと思う」

 

 言った通り、未だに堅一は姫華を完全に信じ切ることはできない。

 だが、この言葉はきっと偽りではない。姫華に触発されたのではなく、己の心が出した答え。 

 そもそも契約のきっかけは――なんだろうか。様々な要因が重なって契約と相成ったわけだから、これ、という明確な決定打はないと思う。

 

 襲われ、契約を申し込まれ、己の不明を気づかされ、戦った。

 言葉にすれば、そんなあっさりとした流れ。

 

 でも、今は。

 性別も容姿も、そして言葉遣いも。そのどれもが違えど、アイツにどこか似た雰囲気を纏い、同じ回復の天能を有する彼女を、信じてみたいと思った。

 

「そして、はっきり分かった。恭介にいいようにやられて、思い知らされた。俺は弱くなった。それは確かな事実だが……その事実にとらわれすぎてもいたんだ」

 

 ゆえに、宣言する。

 

「純粋に、力を取り戻すことを考えていたが、そうじゃない。俺が目指すべきは――」

 

 無意識に、力を取り戻すことを優先していた。

 実際、それは正しいのだろう。力をつけるには、まず取り戻す必要がある。

 だが、そうじゃない。黒星堅一が目指すのは、力を取り戻すことではない。

 とはいうものの、方向的に間違っていないので、この宣言は詭弁とも言える。単なる心構えの問題、それだけで片づけられるかもしれない。

 それでも、胸を張り、堂々と。

 

「――過去の俺の幻影を追い越し、更に強くなることだ!」

 

 その力強い言葉は、部屋にいる各々の心へと、深く響いた。

 

 ニヤリ、と恭介が笑う。からかい、面白がるようなそれが一片もない、晴やかな顔で。

 フフッ、とルアンナが笑みを浮かべた。子を見守る母のような、同時に、恋い焦がれる乙女のような面持ちで。

 

「ん、んんっ! それで、だ。後で話したいことがある」

 

 が、すぐさま自身の宣言に恥ずかしさを感じたのか。堅一がごまかすように咳払いをし、姫華に言った。

 

「お話、ですか?」

「ああ。今までは日常会話程度で、あんまり互いの事情に込み入った話もしてなかったからな。だから……そうだな、夕食後の夜にでも、俺の部屋に来てくれ」

「はい、分かりました」

 

 つまり、宿泊場所に行ったら話し合おうということだろう。姫華は、深く考えず了承を返す。

 それで、一先ず終了したのか。堅一が、振り返って姫華に背を向ける。

 

 すると。

 

 ニヤニヤとして堅一を見る顔が、まず一つ。今度は、からかい、面白がるようなそれを多分に含んだ、邪気のある恭介の顔だ。

 そしてルアンナはと言えば、「いいなぁー、私も夜に堅ちゃんの部屋にお呼ばれされたいなぁー」などと、姫華を羨ましげな表情で見ているではないか。

 

「……あのな、ただの話し合いだって言ってるだろうが!」

 

 そう、堅一が声を荒げるが、しかし彼らの態度は変わらず。

 

「いんやー、俺は別に何も言ってねえぜ? 話し合い、いいじゃねえか。それとも、別に何かあるのかねえ?」

 

 クツクツと笑い声を上げ、とぼけるように恭介が言う。

 

「っ! もういい、俺は宿の手続きに行く!」

 

 怒ったのか、或いは照れ隠しか。恐らくは、後者。

 踵を返した堅一が、足早に部屋から出ていく。

 

 慌てて、姫華がそれに続こうとしたところで。

 

「――姫華ちゃん」

 

 呼び止められた。

 振り返れば、先程堅一をからかっていたような二人の顔はそこになく。

 

「よかったわね」

「はいっ!」

 

 瞳に真摯な色を湛える彼らに、姫華は大きく頷いた。

 

「堅ちゃんが何を話すつもりなのか……なんとなく、予想はつかないでもないわ。でもね、さっき言った通り私達でも、一つ、手助けできることがある」

 

 ルアンナはそう言うと、恭介へと顔を向ける。

 

「ね、恭介。やっぱり、必要でしょ?」

「……ま、あれを見せられちゃ、多少の無理をしてでも協力しないわけにもいかんか」

「よし、決まり!」

 

 苦笑して返答する恭介に、ルアンナはパチン! と指を鳴らした。 

 そして、姫華に振り返ったルアンナは、にこやかに言うのだ。

 

「だから――明日を、楽しみにしててね」

 

 姫華にはあずかり知らぬところであったが、もしこの場に堅一がいたら確実に問い詰めたであろう、そんな声色で。

 

「あ、それと、堅ちゃんにはこの事は秘密、ね?」

 

 小首を傾げた、魅惑的な表情で。

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