ベター・パートナー!   作:鷲野高山

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十六話 伏せていた事実

 遅れて建物を出た姫華は、先に外に出ていた堅一と合流し、同エリア内(特別招待券エリア)にある宿泊施設へと向かった。

 時刻は、夕方に差し掛かった頃。手続きの時間的には問題無い。

 同エリア内というのもあり、宿泊施設にはほどなくして到着。

 不備もなく宿泊手続きを終え、そのまま部屋へ。案内されたのは、一人用にしては充分な広さを有した部屋だった。

 一先ず二人は廊下で別れ、隣合わせとなった各々の部屋で数分の休息。

 その後、姫華の部屋の扉を叩いた堅一の提案により、人がさほど多くないであろう早めの時間にレストランにて夕食を摂ったのである。

 

 ――そして、今。

 

「……ふぅ」

 

 自分の部屋を出た姫華は、廊下に立ち、深呼吸をしていた。

 すぐ目の前には、堅一の部屋の扉。緊張した面持ちながら、それを確認して一人頷く。

 夕食の際にも改めて告げられたが、ルアンナ達の控室にて堅一の言った話し合いのため、姫華は今から眼前のそこへ入ろうとしているのだ。

 

「――よしっ」

 

 決心の呟きを一つ。

 軽く手を握り、コンコン、と扉をノックする。

 待つこと、数秒。

 ガチャ、とノブが下がり、扉が開かれた。

 

「ん、入ってくれ」

 

 その先にいた堅一が、姫華の顔を確認して中へと促す。

 入ってすぐ横にある浴室への戸を通り過ぎ、ベッドの鎮座する開けた空間へ。

 堅一が指し示した椅子に、姫華はお礼を口にして腰掛ける。

 何の気なしにチラと視線を走らせてみれば、ベッドに椅子、テーブル、テレビ、冷蔵庫などなど、当然ではあるが姫華の部屋と内部構造がそう変わらないのが分かった。それぞれ全てが中々に上質なもので、これも当たり前だろうが姫華の部屋と変わらない。

 

「――そろそろ、いいか?」

 

 と、そんな姫華に、声がかけられた。

 見れば、彼女のすぐ前にあるベッドへと腰を下ろした堅一が苦笑している。

 

 思わず姫華は、元々よかった姿勢をより一層正した。同時に、考える。

 もしかすると、堅一には姫華が落ち着きなく見えたのだろうか。

 ……いや、実際、落着きなかったのかもしれない。例え僅かでもそう見られてしまったというのなら、つまりそういうことなのだろう。

 

「まあ、時間はあるからそんな張り詰めず、ゆっくり……」

 

 と、そんな姫華を前に未だ苦笑を浮かべたまま口を開く堅一だったが、ふと、何か思い至ったように言葉を止めた。

 

「……あー、悪い、こっちの都合ばかりで聞き忘れてた。何か部屋に戻ってやりたいこととか、見たいテレビとかはあったりするか? あるなら、手早く済ませようと思うが」

 

 そして、頭を掻きながら、おずおずと姫華に問いかける。

 予想していなかったその言葉に、姫華は一瞬目を見開いた。しかし次いで、その気遣いを嬉しくもどこか可笑しく感じ、つい口元が綻ぶ。

 

 別段、やらなければならないことも、絶対に見たいテレビ番組というのもない。だが、例えあったとしてもこの状況においては瑣末事でしかない。姫華にとって、堅一と話すことが最重要。

 だから一言、姫華は「大丈夫です」と、自分にも言い聞かせるように声を上げる。緊張を和らげるように、再度小さく深呼吸。

 

「それじゃ、楽にして落ち着いて話そう」

 

 そう、堅一はベッドの上で胡坐をかいた。

 姫華も、肩の力を徐々に抜き、ゆっくりと椅子の背に身体をあずける。

 

「まずは――そうだな、改めてお互いの天能について確認しようと思う」

「お互いの天能、ですか?」

「ああ。一応、これに関してはお互いある程度知ってるだろうが、もう少し踏み込んでな。……それに、俺の場合はいくつか言ってないこともある」

 

 バツが悪そうに、堅一が頬を掻く。

 少々小声ではあったものの、その言葉はきっちり姫華の耳に届いていた。

 だが、それを咎める気は、姫華にはない。今言ってくれるだけで、充分だった。

 

「分かりました。では、最初は私からでいいですか?」

 

 ああ、と堅一が頷いたのを見て、姫華は頭で纏めつつ言葉を紡ぐ。

 

「ご存知の通り、私の天能は、回復です。対象の――堅一さんの体力の30%ほど回復させることができます。ただし、連発はできず、ある程度の時間――クールタイムが必要です。回復が届く範囲も大きくはなく、行使できる種類も、単体回復のみになります」

 

 少々自信無さげに、姫華が告げる。

 だが、堅一には全く気にした様子もない。

 

「この年ならそれでも充分だろうし、そう気落ちすることはない。まぁ、若くして多才なジェネラルもいるにはいるが、それはソイツの才能と成長速度が異常なだけだ。そういった奴のほうが少なく、珍しい」

 

 事実、堅一のそれは本音であった。

 なぜなら、天能というものは衰えもするが成長もする。つまり、今はまだ20%の回復量だろうと、これから40、60、とその上限が上昇する可能性は大いにあるのだ。いや、姫華であれば可能性どころかほぼ確実だろう、と堅一は半ば確信している。

 なにせ、姫華は学生だ。それもまだ、学園の一年生である。まさにこれからが大きく成長する時期であり、その伸びは未知数。

 単体回復の最高位である「対象一人の状態異常全解除、体力全回復」に届くかは分からないが、堅一は確かに彼女に大きな才能の気配を感じている。

 

「成長すれば今より大きな効果を得られる。効力もそうだが、行使できる回数に、発動スピード。あとは、射程距離もそうだな」

 

 一旦、そこで堅一は言葉を切り、姫華の顔を見た。

 彼女の声色には覇気がなく、その表情には申し訳なさが滲み出ている。大方、ほとんどの状況において堅一が戻らなければ回復を使えないという事実に責任を感じているのだろう、と堅一は思った。

 

「さっきも言ったが、今はこれでも充分。――というより、姫華は卑屈になりすぎている。距離の問題があるとはいえ、俺にとって20%でも回復できるのとできないのは大違いだ。今、それ以上はむしろ高望みじゃないか?」

「……そうですね、すみません」

 

 叱責ともとれる堅一のそれに、姫華は目を伏せる。

 変に増長するよりはましだが、この自信の無さは問題である。かなりアグレッシブな面もあるというのに、この差はまるで別人のよう。

 そう考えると苦笑を禁じ得ない堅一であったが、失望という感情は抱かなかった。

 ――それに、だ。

 

「とはいえ、俺とて偉そうなことを言える立場じゃないし、なによりこれから気合いを入れて存分に伸ばしていけばいい。――俺の出した第一の条件、覚えてるか?」

 

 堅一の言葉に、姫華は思案に耽る。

 条件は、二つ。先程会話にも上った二つ目が、堅一の前のパートナーが現れれば契約を解消すること。

 そして、第一の条件は――。

 

「そう、絶対に強くなること。……俺が強くなれるのなら、姫華も強くなるだろう。ま、一緒に成長するとしようか」

 

 ハッとして顔を上げた姫華に、堅一はあっけらかんと言った。

 無意識に膝の上においた両の拳をギュッと握り、姫華は大きく頷いた。

 

「さて、じゃあ次は、俺の番だな」

 

 その言葉に、姫華は意識を切り替え堅一へ顔を向ける。

 

「まず、俺の契約武装は銀の手甲。……で、初っ端から申し訳ないんだが、ここで既に一つ、言ってないことがある」

 

 え、と思わず姫華は疑問の声を上げた。なぜなら、全く予想がつかなかったからだ。

 実は契約武装が違う、というのはないだろう。仮契約、そして契約をしたことでパートナーの情報をある程度読み取れるわけだが、紛れもなく堅一の契約武装は銀の手甲だ。

 では、なにか。

 言葉の続きを待つ姫華を一瞥して、堅一は言った。

 

「実は、これはただの手甲じゃない。今は使うことができないが、特殊能力が秘められている」

 

 それに、姫華は目を見開き、驚きを露わにした。

 が、それは能力が秘められた契約武装が存在するということに対する驚きではない。なぜなら、そういった契約武装があることを、姫華は知っているからだ。

 

 ――武装特化型(・・・・・)

 そんな、ただの武器ではない特殊能力が付与された契約武装を扱うソルジャーは、そう呼ばれる。

 

 そもそもソルジャーの資質がなければ契約武装すら顕現しない。故に、契約武装は天能の一部と考えられているわけだが。

 

「……武装特化型の天能ということですか? えっ、でも――」

 

 しかしそんな彼らは、契約武装を介さなければ天能を発現できない。つまり、契約武装以外の異能力を持たないのだ。

 だが、堅一には契約武装以外に能力があるにも関わらず、契約武装にも特殊能力があるという。姫華が驚いたのは、ここだ。 

 

「俺自身も不思議だから、驚くのも無理はない。だからまあ、そういうのがあるってことだけ認識してくれればいい。肝心の能力については、使えるようになったら話そう」

 

 そんな姫華の驚きを見て取った堅一は、ただただ苦笑する。

 どうせ、使えない今能力を言ったところでまるで意味がない。そういった考えからの結論だ。

 

「は、はい……」

 

 姫華もそれについて言及はせず、釈然としない様子ながらも頷く。未だ半信半疑、といった様子だ。まあ、ある意味常識を覆されたといっても過言ではないのだから。

 

「次に俺の天能だが、まあ知っている通り『呪い』だ。対象に状態異常をかける。そしてその対象というのは、俺自身も例外じゃない」

「ええ、それでその状態異常というのが、身体強化、そして天能封じ、ですね」

「そうだ。そしてこれも言ってなかったが、その二つ以外の状態異常も、俺は扱うことが……できた」

「できた、というと……」

 

 不自然な間、からの言い方。

 その意味に気付かないほど、姫華は愚鈍ではない。

 その予想通り、堅一はああ、と頷くと、

 

「今は、その二つしか自由に行使できない。昔はもっと使えたが――使えない今、その個数を言っても仕方がない。ただ、一つだけとかではない、と言っとこうか」

 

 仕方ないといったように呟いた。

 今の二つでもその効力は決して見劣りしないというのに、最低でもあと二つ。

 どんな能力なのだろう、と姫華は未だ見ぬ堅一の力について思いを馳せる。

 

「で、どの呪いも絶対の発動条件は体力バーの消費。そして効果の威力及び持続時間は基本的には体力バーの消費量によって決定する。――が、無論基礎能力の上昇や、能力をどれほど制御できているかといった俺自身の強さにも影響される。例えば今の俺だったら余分に体力バーを消費してようやく発動となるわけだが、上手く制御できていれば最低限の消費にしてフルパフォーマンスで発動できるわけだ」

 

 その説明を聞き、暫く沈黙する姫華だが、ややあって疑問を口にした。

 

「……能力を完璧に制御できた場合、体力バーの消費はゼロにはならないのですか?」

「それは分からない。もしかすると成長を続けていけば可能かもしれないが、今までゼロになったことはないな」

 

 答えると、堅一はいいか? と視線で問うた。

 姫華が頷けば、最後に、と堅一は続けた。

 

「不確定要素として、俺のその時の感情が関係することもある。覚えているか分からんが、夏休みになる前、闘技場での訓練の時のような場合だ」

 

 忘れているはずもない。

 姫華は、時間をおくことなく首を縦に振る。

 

「聞いたことはあるだろうが、呪いというものは込められた感情が強ければ強いほど危険度が増す。俺の場合も、怒りや悲しみ、そういった類の負の感情を相手に抱いた時、体力の消費も普段以上となるが、飛躍的に威力が上昇する」

 

 怒声、爆発、黒炎。倒れ伏す、優勢だったはずのソルジャー1の生徒。水を打ったように静まりかえる闘技場から去る堅一。

 それらの光景が、次々と姫華の脳裏に鮮明に浮かび上がる。

 

「だが、これは任意で発動はできないし、俺も極力やりたくない。なにせ、上辺だけじゃなく、心の底から感情を抱く必要があるからな」

 

 そう、堅一は締めくくった。

 

「まあ、俺の能力については、こんなところか。質問がなければ次の話題に行きたいが、どうだ?」

 

 堅一の言った内容を今一度頭の中で整理、反芻し、再認。

 武装に込められた能力、更なる能力などは気になったものの、今後使えるようになった際に教えてもらえるとのことで、それは仕方無い。

 

「大丈夫です。次は、何について話しましょう?」

「ああ、それなんだが――」

 

 と、ここで堅一は言葉を一旦止め、目を閉じた。そして彼はその状態のまま息を吸い込み、吐き出す。

 

「…………」

 

 その様子に、姫華の和らぎかけていた緊張が戻ってきた。

 雰囲気だけで伝わってくる、ただ事ではないという空気。一体、彼は何を話そうとしているのか。

 固唾を呑んで、堅一を見守る姫華。

 時間にして、数秒。或いは、数十秒が経とうとした、その時。

 

「――俺があの時、話したいといったのが、主にこの部分だ」

 

 スッと両眼を開き、堅一がその重い口を開いた。

 

「姫華の知らない、俺。つまり、昔の話。……それを、心して聞いてほしい」

 

 それは、姫華が最も聞きたかった内容だった。

 

 堅一のパートナーは自分であるはずなのに、二年のジェネラル天坂舞は姫華より詳しく知っていること。恭介やルアンナといったプロ選手の堅一に対する、ただの知り合い以上の態度。それからして、堅一が自身のような、所謂普通の一般学生のような生活を送ってきたとは考えられない。

 なにより――堅一の元パートナーであった、ジェネラルの存在。

 

 もしかしたら、それが聞けるのかもしれない。

 そう、言葉を聞く前から弾みはじめる姫華の心であったが。

 しかし、彼の第一声は。

 

「俺は、人を――実の親を、殺しかけたことがある」

 

 完全にそれらを覆す、衝撃的な告白であった。

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