ベター・パートナー!   作:鷲野高山

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五話 夕暮れの襲撃

 別れ際に毅から出た、襲撃事件の噂。

 それに巻き込まれる――などということは当然なく。普段と変わらず、学園指定の寮に到着した堅一であったが。

 

 その僅か数十分後には、再び玄関扉を開けることとなっていた。

 

 帰りにコンビニに寄るつもりだったのを、うっかりしてそのまま寮へと直行してしまったのである。

 一度帰宅し、また外に出るというのは非常に気怠いものであったが、そこまで悲観することでもない。

 

 扉に鍵をかけ、寮の階段を下りていく。

 その途中で、頭上を仰いでみれば。学校からの帰宅時には青かった空は、すでに茜色に染まりつつあった。

 

 堅一は大きく息を吐き出すと、寮を出てすぐ目の前にある「南見(みなみ)中央公園」へと進入し、砂利の道を踏む。

 公園とは一口に言ったものの、この南見中央公園はかなりのスペースを有しており、通り抜けるだけでもそこそこ時間がかかる。ここ南見市においては、最大級の大きさを誇る公園だ。

 

 コンビニは、最も近い所でも歩いて数分。そして行くためには、この南見中央公園の中を突っ切るのが、一番の近道なのである。

 

 土日の昼などは子供連れの家族でそこそこ賑わうこの公園だが、平日、それも夕方近くになってくるとかなり物寂しい。

 現に、堅一の視界には人影一つ見あたらず、背の高い木々だけが周囲にある。それでも、虫の鳴き声に混じって子供の遊ぶ声がいくつか聞こえるのだから、人がいることにはいるのだろう。

 

 はっきり言ってしまえば、堅一の借りる寮は弐条学園の学生にとってあまり良い所ではない。

 周囲には、閑静な住宅街に、巨大な公園。一番近い店は、歩いて数分かかるコンビニ。その上、学園に近いわけでもないなど、あまりに利便性に欠けている。

 その証拠に堅一は、この近くで学園の生徒をあまり見たことがなく。そして寮にもいくつか空室があり、堅一の両隣りの部屋もそうだ。

 

 しかし、中々どうして、この立地も悪くないと堅一は思っていた。

 気に入った、と言えばいいのだろうか。賑やかよりも静けさを好む堅一にとって、心落ち着くものがあったのだ。

 

「……ん?」

 

 そうして、特に考え事もなく、淡々と公園の中を進んでいた堅一だったが。

 公園の中ほど、開けた広場に差し掛かったところで、ふと立ち止まった。

 

 視線の先、道の向こうから歩いてくる人影が目に入ったのである。

 もちろん、ただの通行人であれば、堅一とてわざわざ足を止めたりはしない。

 

 ――しかし。

 歩く度に揺れる、紺の長髪。夕陽を受けて輝きを増す、胸の校章。

 

「……なんでこんな所にいるんだ?」

 

 それは紛れもなく、数時間前に学園内で見かけ、そして帰宅途中に毅との話題に上がった、市之宮姫華その人であった。

 もっとも、すぐさま我に返った堅一は、再び足を動かす。

 

 確かに一瞬驚きはしたが、よくよく考えれば、だからと言ってどうということもなかったからだ。

 

 今日のように学内で何回か顔を見かけたことはあるものの、話をしたことはなく。ともなれば、当然面識もない。

 堅一が知っているのは、あくまで彼女が学年次席だからであって。姫華からすれば(フィーア)クラスの一生徒など有象無象に等しいだろう。

 つまりは、堅一の一方通行な知り合いでしかないのである。

 

 果たして、堅一のその考え通り。姫華は、対面から来る堅一を気にする様子もなく、夕陽の中を静々と歩いてくる。

 

 一歩、また一歩。近づく互いの距離。

 そうして、二人は広場ですれ違おうとして――。

 

 

「――さあ、シュラハト(・・・・・)のお時間でス」

 

 淡々とした男とも女ともつかない機械音声が、夕暮れの公園に響いた。

 

 ピタッ、とほぼ同じタイミングで、止まる二人の足。地面に映し出される二つの影は、丁度並んでいた。

 

「…………」

 

 心当たりの無い堅一は、無言のまま――咄嗟に、側にいる姫華の顔を見た。

 どうやら姫華も堅一を見ていたようで、二人の視線がぶつかる。

 ややあって、姫華のその桜色の唇が、言葉を紡ぐ。

 

「――今のは、貴方が?」

 

 透き通るような、声だった。

 冷静な面持ちのまま、姫華は、堅一をまっすぐに見据えている。

 

「いや、俺じゃない」

 

 即座に否定し、周囲を見渡してみるが。しかし、怪しいものは、特に何もない。

 だが、堅一はそれからすぐに異常に気付いた。

 

 ――静かすぎる。

 

 あれほど聞こえていた虫の鳴き声も、子供の遊ぶ声も。今は全く聞こえてこない。

 姫華も、なんとなく様子がおかしいことに気づいているようで、きょろきょろとあたりを探っている。

 そんな二人を嘲笑うかのように、夕暮れの公園にまたもや機械音声が反響した。

 

「ワタシと戦いなさイ」

 

 刹那。

 

 バチィイッ! と、広場に青白い閃光が奔った。

 閃光はもの凄いスピードで地面を走り、そして二人を大きく囲むように何か(・・)を形成していく。

 地面に焼付いた青白いライン()。その上に、外と内を隔てるように半透明の壁が創られる。

 唐突な展開についていけず、やや唖然としてそれを見ていた堅一だったが。

 頭が冷静さを取り戻すにつれ、やがてその正体に思い至った。

 

「これは……」

「バトルフィールド、ですね」

 

 同時に、姫華も分かったようだ。

 堅一の後に続き、姫華が答えを呟く。

 

 ――バトルフィールド。

 その名の通り、シュラハトによる戦闘を行うためのフィールドである。

 

 これが示す役割は至ってシンプルだ。

 青白いライン、及び壁に囲まれた内側がフィールドであり、それより外に出てしまった場合はリングアウト。その瞬間に、敗北が決定する。

 また、半透明の壁には天能を遮る力があり、外部からの干渉や、内部から外部への攻撃漏れを防ぐ役割もある。

 大会など、主に正式な立ち合いのために展開することが多いが、学園にもそのための設備が整っており、授業などで使用される時もあるため、見慣れている堅一と姫華はすぐに分かったのだ。

 

 ――しかし。

 

「どういうことでしょうか?」

 

 姫華のその一言が、二人の心境を如実に表していた。

 

 そもそも、バトルフィールドというものはそう簡単に展開できるものではない。展開だけでもそれなりの設備が必要であり、こんな公園のど真ん中に設備があるとは思えない。

 それを抜きにしても、何故いきなりバトルフィールドが現れるのか、そしてこの声は何なのかなど二人の間に疑問は尽きない。

 

 と、その時。

 

 夕陽が降り注ぐ中、フィールドの中央にゆらりと出現するものがあった。

 それは、何と形容すればいいか。

 

 ――真っ黒な、人型の影。

 

 夕陽の眩しさのせいだとかそんなレベルではなく、そうとしか言い表すことができない。

 目や口といった顔を構成するパーツはなく、人間でいう四肢の関節部分は極端に細く。明らかに人間ではない、その外見。

  

 しかし、堅一はそれに似たような物を知っていた。そのため、驚きはさほどなく、むしろ胡乱にそれを見る。

 

「……ドール、か?」

 

 パートナーのいない者のための――簡潔に言えば練習用疑似パートナー、それがドールだ。ジェネラル、ソルジャー両方に対応しており、未契約者が鍛錬する時は、主にこのドールを使用する。

 眼前に佇む黒い影は、このドールに酷似していたのだ。

 

 ドールを見慣れているであろう姫華もそこそこ冷静ではいるようで、警戒するように影の正体を問う。

 

「……どなたですか?」

「さあ、そこの男のソルジャー。女のジェネラルと契約ヲ」

 

 バトルフィールドに反響するように発せられた声は、しかし姫華の求めた答えではなかった。

 影は、堅一を指さし、次いで姫華を指さす。

 

 妙に人間臭い動作だ、と堅一は思った。もっとも、ドールが喋るというのを聞いたことがないので、この声と動作は、誰かが細工をしていると考えるのが現実的か。

 しかも、契約して戦えときた。それも、よりによって1クラス(姫華)と。

 

「……何だ、これは?」

 

 ただ、その一言に尽きる。

 自分は、ただ買い物のために家を出ただけというのに。堅一は、買い物を忘れてしまったことを、改めて後悔した。

 

「目的はなんですか?」

「ワタシと戦ってもらいまス」

 

 今度の姫華の問いには、簡潔な答え。機械音声は、更に続けられる。

 

「ワタシに勝てば、この場から解放しまス。アナタタチには、何もしませン」

「……負けた場合はどうなるんだ?」

 

 堅一が、口を挟む。姫華がチラと堅一に視線を向けたのが、横目で分かった。

 

 堅一としては、さっさと帰りたいのと、1クラス(姫華)と一分一秒も一緒にいたくないのがある。

 いっそ、リングアウトの反則負けでそのまま逃げてしまおうか。

 そう思いはじめるのも、仕方ないことだった。

 

「負けても、解放はしまス」

 

 そして黒い影の答えは、堅一の考えの意に沿っていた。

 意図は不明だが、単純な戦闘を望む――通り魔の一種のようなものだろう。

 学園にも、そういった輩を度々見かける。下校時など、見知らぬ相手を誘い、シュラハトを仕掛ける喧嘩っ早い奴らが。

 

 ――それならば、負けても大して問題はなさそうだ。

 

 堅一は、そう思っていた。――次の言葉を聞くまでは。

 

「――ただし、その場合はアナタタチの天能をいただきまス。以後、アナタタチは天能を使うことができなくなりまス」

 

 ピクリ、と堅一の眉が動いた。

 

「……天能を使えない、ですって?」

 

 不穏な言葉に、姫華が不安気に呟きを漏らした。

 

 天能は、ジェネラル、ソルジャーの両者において不可欠な物。それが使えなくなれば、素質がないのと同義であり、もはやただの人である。

 つまり、それが示すことは――。

 

「その通りでス。つまりアナタタチは、二度とジェネラル、ソルジャーとして活動することができませン」

「……っ!」

 

 堅一の隣で、姫華が大きく息を呑んだ。

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