魔法使いが海賊になる話   作:柚村たか

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どんどん1話が長くなっていってます…。


第5話

 時が過ぎるのは早いもので、俺がこの世界に飛ばされてから2ヶ月程が経とうとしていた。

 ありがたいことにこの2ヶ月の間、残っていた俺の幸運貯金は遺憾なく発揮されている。

 

 俺の部屋にベッドがないことに気付いたハルクさんが引っ越し祝いとしてベッドを買ってくれたり、用心棒だけでなく他に力になれることはないかとサムさんに相談すると、住み込みの用心棒兼店の雑用アルバイトとして雇ってもらえることになったり。

 それで得をするのは俺だけでは? と一度は遠慮したのだが、「他のところで働いてるうちにおれの店で海賊が暴れだしたらどうするんだ!」と怯えるようにサムさんに言われてしまったので、ありがたく受け入れることにした。

 

 それと俺が考えていた“魔法っぽく見えない魔法の使用方法”についてもなんとか解決することができた。

 そもそも、ただの木の棒にしか見えない杖を構えて魔法を使うから俺自身が不思議人間に見えるわけで。杖じゃない格好良さげな武器を構えれば、俺じゃなくて武器が注目されると考えたのだ。

 

 その案をハルクさんに相談してみると、良い考えだと賛同してくれた上に武器を作ってくれることになった。

 とはいえ俺は杖以外の武器を持ったことなど一度もないので、“俺に似合いそうな格好いい武器”というオーダーでハルクさんに丸投げさせてもらった。

 

 それから3日後、興奮しながら完成を伝えに来たハルクさん。目の下にくっきり隈が出来ていたところをみると、どうやら寝ずに作ってくれたらしい。それはありがたいのだが、早朝4時前に部屋の扉をぶち破りそうな勢いで叩いてくるのはやっぱり非常識だと思う。

 

 ハルクさんが作ってくれた俺専用武器の見た目は、格好良さげな和風の傘だった。

 俺が黒い服を好んで着ていることに合わせてくれたのか色は真っ黒。めちゃめちゃ格好いい。

 

 傘の持ち手に杖が装着できるようになっていて、空洞になっている柄を通して魔法を使用できるという構造だ。

 傘に杖を装着した状態でも問題なく魔法を使用することができたことに感動すると同時に、ハルクさんが只のうるさい変人ではないことが立証された瞬間だった。

 

 これだけ格好いい武器を作ってくれたのだから、お礼をしないわけにはいかない。但しお金を払う以外の方法で……。

 何かできることはないかと聞いてみたところ、ハルクさんの手伝いをしてほしいということだったので二つ返事で引き受けた。手伝いといっても研究に付き合えるほど俺の頭は良くないので、研究に没頭すると生活が疎かになってしまうハルクさんのために、ご飯の準備や片付けなどで力になれることはなるべくやらせてもらっている。

 

 そんなわけでお店での仕事がない時や、仕事が終わった後など、俺の手が空いている時にはハルク家で手伝いをするようになったわけだが、益々ハルクさんがただの変人ではないということを理解することとなる。

 実はこの島にとって必要不可欠な人だったのだ。

 

 

 この島はティール、ラーグ、ウル、フェオという4つの地区に分けられている。

 

 ティールは島を囲うようにお店が建ち並んでいる地区のことで、俺がたどり着き今もお世話になっている場所である。外から来た者たちは必ずここにたどり着くので、滞在中は買い物や食事、観光を楽しみながらこの地区で過ごす人がほとんどだ。

 

 そして島の内側には居住区となっているラーグ地区がある。ティール地区にお店件住居を構えている人もいるが、ラーグ地区から通ってきている人の方が多いらしい。ちなみにハルク家はこのラーグ地区にある。

 

 居住区の東側で金網フェンスで囲まれている地区が、ウル地区。工場や倉庫、研究施設のような建物が終結しているこの地区では、この島でしか採取することのできない植物を加工している場所だ。

 

 その植物の名はポロウ草というらしい。ポルカポロウ島の中央に位置するフェオと呼ばれる地区でしか繁殖しない植物で、薬草にしたり、油を抽出したりと様々なところで使用されているようだ。

 島の中心にある湖の近くに繁殖するこの植物は、茎は人の腕くらい太く、成長すると1メートルくらいになる。そして、とても成長が早いのだとか。

 そんなに大きくないこの島が栄えている理由は、このポロウ草によるところが大きいのだ。

 

 ポロウ草の管理は厳重で、ポロウ草が生えているフェオ地区は二重構造の高い石の壁で囲まれている。そのため侵入はかなり難しいのだが、ある時壁の上から侵入しようとする奴らがいたらしい。なんとかその侵入者を捕まえることはできたようだが、二度とそんなことが起こらないよう一切の侵入を許さないような構造を考えたのがハルクさんだというのだ。

 詳しいことは教えてくれなかったが、電流を流して侵入ができないように対策したとか言ってた気がする。

 

 それだけではなく様々な便利グッズも発明しているというのだから、すごいとしか言いようがない。

 

 今日も店の仕事を終えてからハルクさんに夕御飯を届けにやって来た俺は、書類の整理を頼まれていた。

 なんだか難しいことが書いてあるが、俺が見てもほぼわからん。

 

「そういや、フィンはこの島を出る気はねェのか?」

「へ?」

 

 書類を集めて纏めている後ろから突然かけられた言葉。

 ハルクさんの方に振り返ると、ソファに座りサンドイッチを食べながら俺に視線を向けていた。

 

「だから、島を出る気はねェのかって」

「……島を出る? え? 俺が? 島を? この島を? 俺が?」

「そんな動揺するようなこと言ったか!?」

 

 だって、それはつまり俺に出ていってほしいということでは……? 突然の邪魔者扱いにかなりショックを受けてしまったが、それはどうやら俺の勘違いだったらしい。

 

「こっちに来たばっかりの時に、“いつかは元の世界に戻る方法を探さなきゃいけない”とか言ってたじゃねェか」

「……ああ、そういえば言ってたね」

「もしその方法を探すってなったら、旅でもすんのかなと思って」

「なるほど、そういうことか」

 

 確かに最初の頃はそんなこと思ってたなぁ。

 起こった出来事が突拍子もなさすぎて頭が混乱していたし、何も知らない場所で不安だったし。だがありがたいことに出会う人たちはみんな温かく、ここでの生活はかなり居心地が良くなってきているのも事実だ。

 

「うーん……まぁそんな急ぐこともないかなぁって思ってるんだよね」

「随分呑気だな……」

「焦っても状況が変わるわけじゃないしね。それにサムさんたちにもハルクさんにも、まだ全然お返しできてないし」

「見かけによらず律儀なやつだよな、お前」

「失礼な。見かけ通りだろ」

 

 一通り書類の整理が終わったので、勝手に寛がせてもらうことにした。一応ハルクさんの分のコーヒーも準備してしまう俺は、有能な助手なんじゃなかろうか。

 

 それにしても、旅かぁ……。居心地が良くて最近はあまり気にしてなかったが、いつかは元の世界に戻りたいという気持ちはもちろんある。

 そのために必要になってくるのは情報だ。こんな嘘のような状況なのだから、噂レベルの話でもそれは一つの情報となり得る。この島に留まっているだけでは、充分な情報は集められないだろう。

 

 でもなぁ……。今の俺が一人で旅に出て、生きていられると思えないんだよなぁ。

 なぜか攻撃系の魔法の威力が上がっているとはいえ、まだまだ上には上がいる。新聞に挟まっている手配書でとんでもない額の賞金首がゴロゴロいることも知っている。

 

 用心棒を頼まれたからにはこのままではいけないと、夜な夜なランニングしたり、魔法の威力アップと発動スピードアップの為の特訓をしているからか、以前より多少強くなっているような気もするが、それでもまだまだ俺最強とは言えない。まあそんなこと言えるようになることは一生ないだろうけど……。

 そもそもこの知らない世界で一人というのが心細過ぎるのだ。いっそのこと誰かについてきてもらおうかな……。

 俺と同じくコーヒーを飲みながら休憩しているハルクさんに視線を移す。

 

「……旅に出るときはハルクさんも一緒にどう?」

「俺はこの島を守るためにここで一生を過ごすって決めてるから無理だ」

 

 格好いいなぁ、ハルクさん。俺もいつかは言ってみたいものだ。俺が守る!! みたいな台詞。

 

 しばらくハルクさんと雑談をしていたが、段々と夜も更けてきたので俺は帰ることに。

 

 月明かりに照らされた夜道は、なぜか冷静に物事を考えさせてくれるような気がする。少し欠けた月を見上げて、この先のことについて考えながら家路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「海軍の船が近付いてきているらしいぞ!」

 

 ある日の昼下がり。サムさんのお店で雑用アルバイト中にやって来たお客さんが、店中に響き渡る声でそう言った。

 その言葉でピタリとざわめきが止まったのも束の間、意味を理解すると一斉にまた話し始めた。

 

「海軍が!?」

「ここ数年は来たことなかったんだがなぁ……」

「なら今回の強磁力期間は、他所から来た奴らが暴れたとしても安心だな!」

 

 驚きはしているものの、海軍がくることを嫌がっている人たちはどうもいないらしい。そりゃそうだ。悪いことをしていなければ、守ってくれる頼もしい存在だもんな。

 

 ……だが、俺にとっては違う。

 

 え、どうしよう。海軍ってあれでしょ? 政府の軍事組織でしょ?

 俺が魔法使いだって知られたら、もしかしたら連れていかれちゃうかもしれないんでしょ? それは困る…!!

 

「サムさん!」

「ん? どうした?」

「休憩もらってもいいですか!?」

「お? おう、いいぞ!どうしたそんなに慌てて」

「ちょっと急用を思い出しました!」

 

 そう言い残して慌ててお店を出た俺は、ハルクさんの家に向かって全力疾走だ。

 やばいやばい。一応こういう時のために対策はしてあるが、あまりに呑気に生活してたものだから、いきなりこういう状況が来ると動揺が隠しきれない……!

 

 日々のランニングのおかけでかなり早くハルク家に到着できた俺は、ノックをすることも忘れて扉を開け放った。

 

 

「ハルクさん!!!」

「うおッ!?」

 

 驚きで固まるハルクさんを気にすることなく、俺はそのままの勢いで詰めよった。

 

「やばい! 海軍が来るって!!」

「は……、え……? お、おう……」

「そんな惚けた顔してる場合じゃないよ!! 海軍が来るんだって!!」

 

 要領を得ない俺の話にポカンとしていたハルクさんだが、すぐに理解してくれたようでまあ落ち着けとソファーに促された。

 

「海軍が来るんだって。俺がピンチなんだってば」

「お前が心配してることはわかったから、まぁこれでも飲んで落ち着け」

 

 自分が飲んでいたであろうコーヒーを差し出してきたハルクさんは無視だ。

 なんで人の飲みかけを俺が受けとると思ったんだよ。

 

「フィンのことについては事前に対策もしてあるし、そう心配することもねェよ」

「……そっか、うん、だよね。実はその言葉を聞くために来たんだ」

「落ち着くの早ッ!!」

 

 ハルクさんは物事を客観的に捉えて意見をくれるから、ハルクさんが大丈夫というなら本当にそうなのだろう。どうしても直接聞いて冷静になりたかったのだ。

 

 ちなみに対策というのは、事前に島の皆にある話をしておくことである。

 たまたま旅人としてやってきた俺が、面白そうな武器をいくつも持っていたことでハルクさんに興味をもたれ、武器の研究をしたいというハルクさんに付き合っている……というストーリーをでっちあげて島民に流させてもらったのだ。

 

 持っている武器はいっぱいあるんですよーという話をしておくことで、俺が杖を使っていたことも“武器”として捉えられるだろうし、誰かに話すときも杖だとは言わなくなるだろう。

 魔法使いが俺と同じ世界の者なのだとしたら、杖が重要であることは間違いないし、それはきっと調べがついているはずだ。

 

 最初は魔法で記憶を消すって方法もやってみたのだが、この世界だと忘却術は少しかかりにくいようで、仕方なくこういった方法もとることとなった。だが一応最初に俺が海賊をのしたときに店にいた人には、全員忘却術をかけさせてもらった。完全に忘れることはできないだろうが、俺が杖を使っていたことくらいはぼんやりとした記憶くらいになっているはずだ。念には念を入れておかないとね。

 あの時店にハルクさんがいたお陰で、その時の客を全て覚えていたのは本当にありがたかった。天才の記憶力凄すぎ。

 

 聞きたかったことも聞けたので、ハルクさんにお礼を言ってすぐに店に戻る。店に着くまでに港をチラッと見ると、海軍の船は目視できる程に近付いてきていた。見えるって言っても米粒くらいだけど。悪いことなどなにもしていないはずなのに、なんかそわそわするな……。そんな気持ちを打ち消すように、来た道を走り抜けた。

 

 

 

 そして時は夕方。外もうっすらと暗くなり始めた頃に、海軍の船が港に到着した。どこの店に来るのかとそわそわしていたのだが、なぜか海兵たちは皆険しい顔をしており、ただ観光に来たわけではないことを物語っていた。

 

 到着した港からぞろぞろと街へ歩いてきた海兵たちは、一番近いお店へと入っていった。

 俺はというと、やはり海軍の動向は気になるわけで……。彼らが入っていったお店の窓からこっそり様子を伺っていた。

 お店の店主はすぐに海兵たちをもてなそうとしたのだが、それは制され、お堅い口調のまま一人の海兵が口を開いた。

 

「失礼、この島に“ハルク”という科学者がいると聞いたのだが、間違いないか?」

 

 え、ハルク……? それってハルクさんのこと…だよな? 誰もが予想をしていなかった質問に、店主を含め店の中の人たちは皆目を丸くしている。もちろん俺もだ。

 

「かなり優秀な科学者であるという話は、我々の耳にも届いている。是非会って話したいのだが」

「あ、いや……ハルクって科学者は確かにいますが……本当にそのハルクのことなんですかィ……?」

 

 戸惑いを隠せない店主の言葉に、海兵は表情を変えずに返した。

 

「それは会ってみないとわからない。もし良ければ彼のもとへ案内をしてほしい」

 

 もし良ければ……なんて言っているが、それを断る人なんてよほどの荒くれ者じゃなければいないと思う。この島にそんな人間はいないから、例え嫌でも言うことを聞いてしまうに決まってるのだ。

 

 というか、ハルクさんがやばい。

 

 それに気付き、俺はすぐにハルクさんの元へ走り出した。今日はこの道を何往復するんだろう。だが、そんなことを気にしている場合ではない。

 おそらくこれまでで一番早く道を駆け抜けた俺は、先程と同じくノックをすることなくハルク家の扉を開けた。

 

「ハルクさん!!!」

「うおッ!!……なんだフィン。今日は驚かしにくる日なのか?」

「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないよ!」

 

 ツカツカとそのままハルクさんに詰めよって、なるべく声を落とす。

 

「海軍がハルクさんを探してる」

「……なんだって?」

「優秀な科学者だってどこからか聞き付けて、わざわざこの島に来たって……」

「まじかよ……」

 

 ハルクさん自身も思ってもみなかったことなのだろう。目を真ん丸に見開いて固まってしまった。

 おそらく海軍はすぐここにやってくるだろう。そして、俺の予想が正しければ、ハルクさんを連れていこうとするはずだ。だって、優秀な人材をただ遊ばせておく理由がない。

 

「……ねぇ、ここにいない方がいいんじゃない? なんとなく、嫌な予感がするんだけど……」

「それは……確かに……」

 

 お互いの意見が一致したと同時に、ハルク家の扉を叩く音が響いた。もう海軍が!? 流石に早すぎる! 顔を見合わせる俺たちの耳に届いた言葉は、今一番聞きたくないものだった。

 

「失礼、ここにハルクという人物が住んでいると聞いたのだが」

 

 先程店で聞いた海兵の声で、やはりあいつらだと確信する。というか、到着が早すぎるだろ! まるで逃げられるのを恐れているようにも感じる。

 息を殺してどうするかと考えていると、ハルクさんが俺の肩に手をおいて囁いた。

 

「お前は裏からこっそり出ろ。ここは取り敢えずおれだけで大丈夫だ」

「え、扉を開けるつもりなのか?」

「ここにいることは既にバレてる。ずっとこのままってわけにはいかないからな」

「でも……」

「大丈夫だ」

 

 力強くそう言ったハルクさんに、仕方なく従うことにした。こっそりと裏口に向かったところで、ハルクさんが声を発する。

 

「はーい、今開けまーす」

 

 裏口を出る前にもう一度後ろを振り返ると、なぜか優しい笑みを俺に向けていたハルクさん。

 は?なにその顔。不安になるから今はその顔止めてほしいんだけど……。

 振り切るように視線を戻し、裏口からこっそり抜け出した。

 

 

 まぁ、そのまま大人しく引き下がるとは言ってないけどね。もしこのままハルクさんを残していったら、俺は間違いなく後悔する。

 音を立てないようにハルク家の屋根に登った俺は、入り口の上で聞き耳をたてた。

 

「君が優秀な科学者だというハルクか?」

「優秀だなんて自分で言った覚えはないんですけどねェ。一応科学者ですが」

「謙遜することはない。生活に関する便利な商品を開発していることは、我々の耳にも届いている。君が自身の名前を変えて世に出していることもな」

 

 そうだったのか、それは知らなかった。ハルクさんが開発したグッズって、既に海を渡って世間に知られていたのか。

 

「君のその頭脳と発想力を、是非我々に提供してもらいたいと思い今回はここに来た」

「……それは交渉ですか? それとも命令ですか?」

「もちろん交渉だ」

「断った場合はどうなります?」

「理由による。だが、世のためになることを断る理由は、何か後ろめたいことがあるのではないかと疑われる可能性があるということは頭に入れておいた方が良い」

 

 それってやっぱり、交渉ではなく命令ではないか。断るなら敵とみなすってことでしょ? 結局はハルクさんを連れて行くという選択肢以外ないのだろう。

 

 

 ーーー「俺はこの島を守るためにここで一生を過ごすって決めてるから無理だ」

 

 

 俺が一緒に旅に出るか誘ったとき、力強くそう言いきったハルクさんの表情を鮮明に覚えている。

 揺らぐことなく真っ直ぐな瞳は、島の人たちのことを考えているからなのかどこか暖かみを帯びていた。

 あれは間違いなくハルクさんの本心だ。そして、島の人たちもハルクさんのことを信用し、信頼している。そんな人を勝手に連れていくなんて横暴、許されるわけがないだろう。

 

 ベルトに装着していた傘から杖を取り外すと、音を立てないように屋根から下りて、窓から中の様子を伺った。

 家の中にいる海兵は3人。入り口の外で見張りのようにいるのが2人。うん、この人数ならギリギリいけるか……。

 

 家の回りに沿って入り口の方へ近づいた俺は、見張りの2人に見つからないギリギリの位置でしゃがみこみ、杖を構えた。

 

「≪オブリビエイト≫」

 

 この世界ではかかりにくい忘却術だが、そんなことも言ってられない。いつもよりも丁寧に、魔力もかなり込めた状態でハルクさんに関する記憶を消してみる。傘のままだとこの繊細な動きはできないので、杖をしっかりと構え続けた。

 俺が魔法をかけ終わると、見張りの2人はキョトンとしたあと、キョロキョロと回りを見回し始めた。

 

「……なんだ? なんでここに来たんだ?」

「確かに。なんでおれたちはここにいるんだっけ……?」

 

 よし! 無事に成功! では一度眠ってもらいましょう。

 眠らせ呪文で見張りの2人が眠ったことを確認し、すぐにハルク家の扉を開ける。今の2人と同じ要領で残りの3人の記憶を消して、眠らせることに成功した。

 再び現れた俺にびっくりしているハルクさんに、ニヤリと笑ってみせる。

 

「救出成功! これでだいぶ恩を返せたんじゃない?」

「恩を返せたってお前……」

 

 口をあんぐりとあけて眠っている海兵を見ていたハルクさんだったが、すぐに俺に詰め寄ってきた。

 

「何してんだ!? こんなことしてもしバレたらどうする!?」

「大丈夫でしょ、記憶消してるし」

「その魔法はかかりにくいって前に言ってたじゃねェか!」

「すごく頑張ったから大丈夫」

 

 あまり納得していないハルクさんには申し訳ないが、やってしまったことは仕方ない。ハルクさんが無理矢理連れていかれるってのはやっぱりおかしいでしょ。

 安心しかけたがこれで終わりなわけではない。このまま海兵たちを転がしておくわけにもいかないし、そもそもこの人たち以外にまだまだこの島に到着した海兵がいるのだ。

 ここまできたら最後までやる必要がある。

 

「ってことで、ちょっと行ってくる!」

「は!? どこに!?」

「海軍の船に」

「はァ!? 何言って……」

「大丈夫! 俺は最強じゃないけど、やる時はやる男だから」

 

 そう言って転がっている海兵たちに浮遊呪文をかけて浮かせてから、そのまま連れていくように駆け出した。

 後ろでハルクさんが何か言っているようだが、説教は後にしてくれ。今それどころじゃないから。

 

 

 なるべく人目を避けて海軍の船が泊まっているところまでやったきた俺は、浮いている海兵たちをふんわりと地べたに寝かせた。さすがに怪我とかさせたら洒落にならないからな。

 海軍の船に海兵たちが乗っているところを見ると、おそらくハルクさんを乗せたらすぐにでも出航する手筈になっているのだろう。

 回りから姿が見えないように自分に目くらまし術をかけて、そのまま船に近付いた。

 

 数がかなり多いが、やらないわけにはいかない。人にぶつからないように船に乗り込み、そのままマストの上に登って、海兵たちを見下ろし杖を構えた。

 

「≪オブリビエイト≫」

 

 数十人、もしかしたら百を越えているのかもしれない海兵たちに、ハルクさんの記憶が消えるようにと忘却術をかけていく。まずは目に見える範囲にいる人を。その後は残っている人間がいないかしっかりと確かめながら……。

 

 これまで経験したことのない人数を相手にしているわけだが、なぜかこの時は出来ると確信していた。魔力の使いすぎでテンションがおかしくなっていたのかもしれない。

 

 しっかりと確認をして、やっと最後の一人にかけ終わった頃には、俺の目くらまし術はいつの間にか溶けてしまっていた。船にいる人間たちがここに来た目的を忘れ、たまたまたどり着いたと思い込んでいるところを見ると、効きにくいと思っていた忘却術がしっかりと効果を発揮してくれているらしかった。

 

 それに安心して船から離れ、見つからないように路地裏に入る。

 やった、すごい達成感……! これでハルクさんが連れていかれることはないだろう。いや、この魔法の効き目がいつまで続くのかわからないが、せめて海軍が出航するまではこのままでいてほしい。

 

「あ……やば……」

 

 一つため息をついた瞬間、急に目の前がチカチカしてきた。歩くことができずその場にしゃがみこむ。

 息が上手く出来ず気持ちが悪い。視界もだんだんと暗くなっていく。

 

「っ……だれ……か……!」

 

 浅い呼吸を繰り返しているだけでは余計に苦しくなっていくばかりだ。助けを求めようにも上手く声を出すことができない。

 

 とうとう身体を支えることが出来ずに倒れ込んでしまった俺の意識は、そこでぷつりと途絶えたのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 “ある島に天才科学者がいる”という話は、少し前から噂になっていた。その話が本当ならば、今後の発展のためにも是非力になってもらいたいという政府の命令により、その科学者の元に海軍が送り込まれることとなった。

 

 その科学者がいるというポルカポロウ島は、磁力が強くなる時期ではないとたどり着けない特殊な島だという。わざわざその時期を待って船を進めた海軍は、無事に島にたどり着くことができた。

 

 この遠征が初めてとなる一人の海兵は、この遠征をしっかりとこなすべきなのはわかってはいるものの、どうも前向きに取り組む気にはなれなかった。

 そもそもその科学者は、この島にとって必要な人物ではないのだろうか?もしそうなのだとしたら、無理に連れていくことが果たして正しいのだろうか。

 

 そんな考えはありつつも口にすることはできない。なぜならこれが上の決めたことであるからだ。

 

 島に到着して代表数名が交渉へと向かっている最中、下っ端である彼は船の上で彼らの帰りを待っていた。

 あとは科学者を乗せて彼の護衛をしながら軍へ戻るだけだ。

 

「折角だから観光したかったよなァ~」

 

 近くにいた海兵たちがそんな話をしているのが聞こえて、確かにと心の中で同意した。

 だが、船に異変が訪れたのはそれからすぐだった。

 

 まずは甲板にいた人間たちの様子が明らかにおかしくなった。先程まで真剣な表情で科学者の元へ向かっていった海兵とその科学者の到着を待っていたというのに、なぜか突然おかしなことを口走り始めたのだ。

 

「折角たどり着いたんだから、せめて島に上陸して街並みを見てみようぜ!」

「だよな! ()()()()来れたんだし、勿体ないよな」

 

 何を言っているのだろうか。彼らは望んでここにたどり着いたはずで、決してたまたまではない。しっかりと目的を持ってやってきているのだ。だが、冗談や嘘をついているようにも見えなかった。

 混乱が広がるかと思われたが、なぜか次々と同じようなことをいう人間が増えていく。これは一体どういうことなのだろうか。

 

 男は自分がおかしくなってしまったのかと、その場から動くことができなかった。もう、彼以外本来の目的を覚えている者はいないようで、それが恐怖を煽る。

 

 ふと上を見上げると、マストの上に人影のようなものが見えた。まさか敵かと身構えたが、彼はその対象に攻撃をすることはできなかった。なぜなら、()()()()()()しまったからだ。

 彼の目に最後に写ったのは、疲労を浮かべながらもなぜか笑顔を浮かべる男の姿……。

 そして、次の瞬間にはそのことも忘れてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 真っ白な空間に立っていた。そこは果てしなく広く、先はどこまでも見えない。そしてすぐに理解した。ここは夢の中だと。

 

 しばらくぼんやりとその場に佇んでいると、俺の回りを何かが飛び始めた。白と緑、二つの光の玉のようなものが、ビュンビュンと音をならしながら飛び回っている。

 

 光に感情なんてあるわけがないのだが、なぜか怒っているような気がした。ずっと怒られ続けられているようで、だんだんと申し訳ない気持ちになってきた。何に対してかはわからないが、とにかく謝らなくてはという気持ちになり、心の中で謝罪をしてみる。

 すると光たちはピタリと動きを止め、そのまま消えてしまった。

 

 ーーーこれからは気を付けよ

 

 どこからかそんな声が聞こえた瞬間、俺の意識は浮上した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと意識が戻ってきて、自分が寝ていたことに気付いた。しばらく目を開けずにいたが、なぜだか身体中が痛い。まるで全身筋肉痛になったかのようだ。

 

 いつまでもこのままでいるわけにはいかないと、ゆっくりと目蓋を開けると、まず目に写ったのはシシーさんの驚いたような表情だった。

 

「フィンちゃん!?」

「……シシーさん?」

 

 目を見開いて口元に手を当てたシシーさんは、次の瞬間には涙を流し始めた。

 

「え……、なんで泣いて……?」

 

 普通に話そうとしたのだが、声がカスカスで上手く出すことができない。

 シシーさんは涙を拭くと、俺が上半身だけ起き上がれるようにと支えてくれた上に、水を渡してくれた。

 

「ゆっくり飲むのよ」

 

 優しい口調で言われたそれに頷いてコップに口をつける。すぐに喉が潤うのを感じた。シシーさんは一度部屋を出たかと思われたが、今度は慌てた様子のサムさんを連れて帰ってきた。

 

「フィン!! 目が覚めたのか!?」

 

 心配と安堵の色を浮かべたサムさんは、俺が起き上がっていることを確かめると、力一杯抱き締めてきた。

 

「良かったッ……! 本当に良かった!!」

 

 サムさんに抱き締められながら、ぼんやりとしていた頭がだんだんと覚醒してきた。

 ここはどうやら俺の部屋らしい。そうか、俺は魔力切れで倒れたんだったか……。

 きっとそんな俺を見つけてここで看病してくれていたのだろう。また迷惑をかけてしまった……。

 

 ゆっくりと俺を放したサムさんは、未だに心配そうな顔をしていた。

 

「大丈夫か? どこか身体におかしなところはないか? あれから一週間も眠ってたから本当に心配したんだぞ?」

「ちょっと筋肉痛っぽいですけど、大丈夫です。………え? 一週間!?」

 

 そんなに寝ていたなんて! 魔力切れっておそろしい……。

 自分が陥っていた状況に驚いたのも束の間、俺はすぐにあることを思い出した。

 

「そうだ! ハルクさんは!?」

 

 逆にサムさんの肩を掴んでそう問い詰めると、優しい笑みで返してくれたサムさんは、そのままベッドの向かい側に視線を移した。

 その視線の先をたどると、俺のベッドの脇に立っているハルクさんの姿が。あれ? もしかしてずっといた?

 

 まぁそんなことより、良かった! 連れていかれてなかった! これで俺のしたことは無駄になっていなかったと証明されたわけだ。

 なぜか無表情で俺を見下ろすハルクさんに声をかけようと、口を開きかけた時だった。

 

「こんのバカッ!!!」

「痛っ!!」

 

 突然思い切り頭を叩かれた。

 何をされたか理解する前に、続けて頭を叩かれる。

 

「どれだけ無茶したと思ってるんだ!!」

「いたっ」

「もし海軍にバレてたら只じゃすまなかったんだぞ!?」

「痛いって!」

 

 あまりにもバシバシと叩かれるのでさすがに抗議せねばと顔をあげようとすると、今度は頭を上から押さえつけられてしまった。そこまで強い力ではないが、筋肉痛のような痛みがあるため無理に上を向くこともできない。今度は首でも折られるのかな……と不吉なことを考えていると、頭の上から小さな声が聞こえてきた。

 

「本当に……心配したんだぞ……」

「…………」

「もうこんな無茶するな」

「……うん、ごめんなさい」

 

 あまりにも弱々しく震えているようなその声に、素直に謝罪する。確かに無茶したという自覚はあるのだ。

 俺の頭を押さえつける力が緩んだのでチラリとハルクさんに視線を向けると、泣きそうな笑顔で俺を見つめていた。

 

「……ありがとな」

 

 ハルクさんでもこんな表情するんだな……なんて少し場違いなことを思いながら、俺も笑顔で返してみる。

 

「少しは恩返しできた?」

「バカ、充分すぎる」

 

 

 

 

 

 

 それから数日で俺の身体も全快し、普通に生活が送れるようになった。

 後にハルクさんが教えてくれたのだが、俺が眠っている間、海軍は1日だけ停泊して街をしっかり楽しんで行ったらしい。最初に忘却術をかけた5人には、“ハルクという科学者の話はデマだった”というように記憶を操作させてもらったので、それが周りにも広がったのだろう。記憶を消すよりもかなり難しい魔法なので、さすがに全員には俺の力では無理だった……。

 随分とおもてなしをされ、気持ちよく帰っていったと言っていた。

 

 そして気付いたことがある。一週間も眠っていたのだから体力が著しく落ちているのは残念なのだが、なぜか魔力は増幅しているような気がする。前よりも生活系魔法の威力が上がったのだ。

 もしかして魔力を枯渇させると魔力が増大するのか……? だが、またこんなことになりたくないので、実験するわけにはいかなそうだ。

 

 この事件があった後から、ハルクさんやサムさんから無茶をする奴認定をされてしまったようで、過剰に念を押されるようになってしまった。まぁそれは俺が心配をかけてしまったので何も言えないけど。

 もう無茶なことはしませんよーとアピールするほかなさそうだ。

 

 そんなこんなで再び平穏な日々を取り戻すことができたわけだが、そろそろこの先のことについて真剣に考えなくてはいけない。

 

 

 島の人たちに恩を返し終えたら、旅に出てみよう。元の世界への手がかりを探す旅に。

 

 俺は、新たな一歩を踏み出すことに決めたのだった。




これにてひとまず第1章は終了です。次回からいよいよ彼らを出せそうな予感!

フィンはホグワーツのどこの寮出身だと思いますか?試しにアンケート使ってみたかったのです。

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