顔が良すぎるせいでどんな対応をしても超好意的に受け取られてしまう俺がとった手段は、『史上最低の悪女になること』だった。
✳︎TS美少女お嬢様が言いよる男達の脳みそを粉砕していく話にしたかった(過去形)
大陸の端にある王国、ケテルベートの中心にある王立学園ノイモンは、国の為に優秀な人材を教育する育成機関だ。
魔術であったり、剣技であったり、文武の区別なく国を挙げての教育が施される。
教育された適正のある者を、武官、あるいは文官として国が登用するのだ。
そして、余程特殊な事情がない限り生徒は貴族に限られる。要は貴族のためのエリートコースの道程である。
持ち前の財力で質の良い教育を受けた貴族の幼き紳士淑女達が集うはずのこの場所だが、内情は意外にも真っ黒けっけだった。
コイツらが将来政界を動かすのに不安と妙な納得を常日頃抱くくらいには、日常的に嫌味や横領、不正が飛び交っている。
もちろん、嫌味を言わない、横領も不正もしない奴だっている。
だが、いつも最後に笑っているのは悪いことをした奴か、もしくは全てに知らんぷりしていた質の悪い人間だけだ。
そんな真っ黒な学園に反して、設備は格別に整っている。金を掛けられてると言い換えても良い。
大理石の内装は光を浴びて輝き、よく手入れされた花々が咲き誇る庭は絵画と見間違う程の美しさだ。
木々の間を通る川から聞こえる水の音は、耳を傾けるだけで心に安らぎをもたらす。
そんな金と庭師と建築士の血と汗が詰まった中庭の一際奥に、生徒である少年と少女が立っていた。
「何故俺以外の男と共に居た、どういうつもりだ!?」
「…………ペアで行う課題がありましたので」
「男とペアを組んだのか!?これはれっきとした浮気だぞ、何を考えている!!」
「私と貴方、恋人じゃないですよね?」
激昂する少年は、少女の冷めた様子にも気付かず怒鳴り続けている。せっかく整った顔立ちも怒りに歪められ台無しだ。
少年はその怒りにされるがまま、感情をコントロールすることもせず、言ってはいけないことを口にした。
「っこの、俺が居ないと何も出来ない、
その言葉を受けて。
少女は静かに息を吐き出した。
一体この男は何を勘違いしているのだろうか。
確かに少女は魔術が使えない。それは紛れもない事実だが、男との関係を裏付けるものは何も無い。
この男に魔術を求めたことなんて、錬金術の授業中、実験用のランプを灯すことを求めた一度きりのみだ。
────しかし。そう思っているのなら仕方ない。
わざわざ訂正してやるのも面倒だ。
少女がすっと片手を挙げた。虚を突かれたように少年の勢いが止まる。
ようやく少女の冷え切った表情に気付いたのか、苛立たしげに髪を掻き撫ぜた。なんだその顔は、と少年が怒鳴るよりも、少女が声を出す方が早い。
「ジョン、出てきて良いですわよ」
少女の声に呼ばれ男が現れる。見知らぬ人物の登場に、少年は狼狽えた。
制服を着ているから恐らく生徒だろうが、こんな男、学園に居ただろうか?
いや、それよりも。少女は今何と言った?
出てきて良いですよとは、言い換えればこの男はずっとこの場に居たということか。
────自分との逢瀬に、違う男を連れてくるなんて。
冷静になりかけた頭が即座に沸騰した。
少年は衝動のままに少女に掴み掛かろうとし、次いで目の前の光景が信じられず固まった。
──少女は、愛おしそうに男の腕を抱いていた。
自ら頬を寄せてむずがる様子は恋人そのもので、頭の中が真っ白になる。
自分はそんなこと、されたことがない。怒りを絶望が上回った瞬間であった。
少年の様子を見て、少女はくっと口端を吊り上げる。性根が滲み出る、悪戯好きの子供のような笑顔だった。
「アレフさん。ひとつ、良いことを教えて差し上げましょう」
くすくすと笑いながら、少女が囁く。
「
王立学園ノイモンに入学して、これで通算83回目。内、相手がストーカーになること40回、護衛であるジョンの手にも追えず憲兵の厄介になること9回。
学園に通い出してまだ2年しか経っていないことを考えると、ぶっ倒れたくなってくる数である。
──死んだと思ったら、女の子に生まれ変わっていた。
それも、とんでもない美少女にだ。
自我を取り戻して初めて鏡を見たときは危うく心臓が飛び出るところだった。まるで物語の中の
以前の俺なら、歳の差も顧みず、一眼見るだけで恋してしまうだろう。
柔らかい金髪はさらりと流れ、毛先に行くにつれて薄らと染まる宵を映し込んだかのような紫紺になり。
潤んだ瞳は、暗い夜のベールを降ろした星空を切り取ったかのように煌めき。
長くカールしたまつ毛が、ビスクドールのように整った顔立ちに影を落とす。
けれどへんにょりと困ったように垂れた眉と、微かに色づくまろい頬が、人形めいた外観をヒトらしく見せていた。
シェリダー侯爵家の一人娘。
それが俺──エストレシア・アルバ・シェリダーだった。
これほどの美少女に微笑まれたら誰だってコロッといってしまうだろう。それは仕方ない。誰だってそうなるし、俺だってそうなる。
去勢しているはずの神官に迫られたときはいよいよもって自身の魅力が怖くなった。俺の顔、罪深すぎるだろ。
普通に過ごしているだけなのに凄まじい顔面補正がかかり、やれ天使だ女神だと褒めそやされる。
でも。
でも、だ。
先程から使用している一人称から察する通り、俺の精神は
要は男にモテても全く嬉しくない──どころか、吐き気頭痛悪寒発熱を催すほど拒否感があるのである。
せっかく剣と魔法の世界に転生したというのに、魔術の適性がこれっぽっちも無く、自衛手段が限られている影響もある。地球の女性もこんな心細かったんだろうか。世の女性に対してもっと親切にすればよかったな。
「う、おぇ……」
「お嬢、大丈夫ですか?」
「…………あんまり大丈夫じゃない……」
思考を回して誤魔化していたが、とうとう耐えきれなくなり嘔吐く。
ジョンが背中をさすってくれるが、逆に出ちゃいそうになるからやめてくんないかな。
「ちょっ、背中やめ……ありがたいけど、やめてくれ。流石に学園の中庭で吐いたらヤバいだろ」
「確かに、仮にも侯爵家の令嬢が男口調で喚いた挙句よりにもよって中庭で嘔吐とか外聞が悪いどころの話じゃないですね。水でも飲みます?」
「オマエ今どこで息継ぎしたの? 飲む」
渡された水を飲み、蹲ること数分。
ようやく落ち着いてきたので、よろよろと立ち上がる。
「で、どうします?今からでも授業に戻りますか?」
「……あぁ、もう授業始まってんのか。いいや、やめとく。アレフと鉢合わせるのも嫌だし」
「あれだけ精神的にボコボコにされて、まともに授業を受けられるとは思えませんけどね」
「俺がサボりたいんだよ、察してくれ」
ただでさえ気分が悪いのに、あの性根の腐った有象無象の男共を見たらマジで吐きかねない。
そんな俺の内心が透けて見えたのか、ジョンは憐れみの込もった視線で見てくる。クソが、無駄に顔がいいから腹立つ。
「まぁお嬢の顔なら、多少サボっても周りが勝手に訳を補完してくれますしね」
「そうそう、そういうこと」
「じゃあオレも、お嬢が復活するでは生徒ごっこを続けましょうかね」
「悪いな、ありがとう」
「いいえ? お仕事ですから」
ジョンはこの
では何故彼が制服を着ているのかと言うと、
先程の話に戻るが、俺の心は男だ。一度定まった性自認はそうそう揺らぎはしないし、男と恋愛なんて真平ごめんである。
けれど俺はモテる。理不尽では?というレベルでモテる。男共がケーキに集るアリに見えるレベルでモテる。
そして俺の顔面補正の力といったら──至って普通に過ごしているだけで清廉潔白かつ純真無垢な天使とチヤホヤされるほどなのだ。
よって。
告白してきた男を普通に振っても、少なくない数が俺のことを物凄く好意的に勘違いし、最終的にストーカーになる。
貴女は僕のヒロインなのだから今に僕を好きになるだとか、恥ずかしがらずに素直になっていいんだぞとか、気色の悪い妄言を吐き続けるのである。
四方八方から男に迫られたせいで一時期ノイローゼになり、ジョンに多大な迷惑をかけたことは今ではいい思い出だ。
が、しかし。普通に洒落にならないし、当時はマジでしんどかった。気持ち悪くて仕方ないし、明確な逃げ場がないのは辛い。
そこで俺は考えた。
──勘違いする余地がないほど、
要は男を弄ぶ悪女ムーブで好感度を下げてやろうという作戦だ。
見た目が可憐であればあるほど、性格が悪辣だったときの落差が激しいだろう。
ジョンを恋人役に置き、告白してきた相手に悪女ムーブをかまし、俺の好感度と相手の精神をバキボキにする。
もちろん、俺の顔面補正パワーの力を侮ってはいけない。成功するかどうかは五分五分だし、相手がヤバい方に拗らせてしまって憲兵を呼ぶ羽目になることもある。
けれど、これを繰り返すことで俺の悪評が広まれば、男共はそうやすやすと近寄って来なくなる。
誰だって、最後にはこっ酷くフラれることがわかっていて告白なんかしないだろう。
そうなれば俺の勝ちである。広まり具合によっては政略結婚を免れる可能性もあるし、良いことづくめだ。なんという慧眼、ケテルベートの孔明とは俺のことだ。勝ったな、ガハハ!
……侯爵家の娘としては落第というか、とんでもない親不孝な行為だが、俺も自分の身が可愛い。精神崩壊自殺エンドとか普通に嫌であるからして。
というわけで、ジョンはデコイになる為にこの学園の生徒に変装してるのだ。
「絶対に勝ってみせる……絶対にだ…………!」
「……天使だとか姫だとか言われてる女の中身がこれとか、本当信じられませんね」
「は?すぐ悪女とか性悪女とかに変わるから今に見てろ」
「それはそれでどうなんです? いや、お嬢の計画は承知してますけど」
「男に言い寄られなくなるなら、俺の名声とかどうでもいいよ…………」
「うっわ、切実」
オマエも性転換して顔面国宝になったらわかるよ。
真顔でしみじみと呟けば、ジョンは顔を顰めて「わかりたくねぇー」とぼやいていた。わかる、俺もわかりたくなかった。
学園内ではなかなか出来ない気安いやりとりに思わず笑顔になる。
「いやぁ……本当にオマエを拾えてよかったよ。護衛としての腕も確かだし、何よりずっとお嬢様のままとか、息が詰まって仕方ない」
「まぁオレとしても、あのままスラムで過ごすよりかはお嬢のお世話してた方がマシですね」
「なんだよ嬉しいこと言いやがって〜〜」
ジョンも最初の方はもっと冷たいというか、スカした感じの嫌なやつだったのだが……なんか気が付いたらめっちゃ仲良い友達みたいになっていた。
もはやマブダチよマブダチ。主従関係とかぶっちゃけどうでもいい。
「お嬢はなんだかんだ面白いですからね、見てて飽きないんですよ」
「えっ何……? 俺ってオマエの中でおもしれー女にカテゴライズされてんの……?」
「いや、そういうとこですよ。言葉のチョイスが一々意味不明でウケるんですわ」
何? 言葉のチョイスが意味不明だと……? おもしれー男!
「……さて。気分も良くなってきたしそろそろ教室に戻るかね」
「おっ、そうですか。んじゃオレは着替えて待機しておくんで」
「おう、サンキューな。帰る時になったら呼ぶわ」
「了解しましたよって」
ジョンと別れ、一人で教室に向かう。
授業中だから当たり前なのだが、廊下には誰も居ない。基本貴族しか居ないからか、サボる奴を見かけることがほとんど無かった。
でもサボりとかの素行不良が無いとしても、アイツら心の治安が悪いからなぁ。オブラートに包まれた嫌味の応酬とか、聞いてるだけでテンション下がるわ。
そして何も考えず教室に戻った俺は、授業中に入室するという死ぬほど気まずいイベントに遭遇するのであった。
エストレシア・アルバ・シェリダー
シェリダー侯爵家の一人娘。一家を不本意ながらにも掌握している。
去勢済みの神官すら虜にする顔を持つ。
そこにいるだけで傾国しかねないので、王族とは遠目にしか会ったことがない。
言い寄る男達を避けるため、『史上最低の悪女』になることを決意したが、それによって本人の願いが叶うかは……まぁ…………。
ジョン
スラム出身の護衛。
エストレシアの顔面惑わされない鋼の精神を持つ。お前本当に男か?
扱いも態度も雑だが主人への忠誠心は高い。
身分的にも立場的にも許されないと理解しているが、エストレシアのことを(手のかかる難儀な)友人と思っている。
TS美少女とその護衛の身分と性別を超越したクソデカ友情、いいよね……。