長峰さんは彼氏持ち   作:もぬ

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あと一回更新ある


大学③ クリスマス

▽クリスマス

 

 クリ……年末の、別に特別でもなんでもない12月下旬のある日。

 この日は悠希さんに誘われて、少し離れた県まで一緒にデー……ドライブすることになった。

 イルミ……特定の時期に屋外でたくさん飾り付けた電球をピカピカさせるイベント、をやっていることで有名な、地方のでかい公園の景色を見に行きたいらしい。

 そういうの興味ない人だと思っていたが、大人になれば感性も豊かになるのだろう。

 

 朝。寒さをこらえながら外出の準備をして、ひとり、近所のレンタカー店を訪ねる。

 たっぷり一日分借用する契約を取り交わし、なるべくセンス良く見える車種を選んで乗った。

 免許は持っていても、これまでに運転した経験は実家へ帰省したときだけだし、これは当然ながら運転したこともない車、走ったことのない車道。正直かなり緊張したが……、

 やつにそれをからかわれるのはムカつくな、と思うと、嫌なドキドキは解消した。

 

 自分の住むアパートに戻ってくる。自分の住むアパートというのは、すなわち誰かさんの住むアパートである。

 約束通り、正面入り口の前で、僕を馬か何かだと思っているらしい女王様、ないし王様は待っていた。

 路肩に一時停車。

 助手席側の窓から外を見る。こちらを覗き込んだ悠希さんは、朝っぱらから機嫌が良さそうな顔に変化していった。

 エンジンをかけたまま、車の外に出る。

 

「おせーぞアッシーくん」

 

 アッシーくんてなんだ?

 

「ごめん、ちょっとトイレしてくるから中で待っとって」

「えー? はよしてこい」

 

 車で長距離移動することになるため、トイレを済ませることは大事だ。

 一旦部屋に戻り、用を足す。

 

 少しして元の場所に戻ると、どうしてか、悠希さんはまだ車の外で待っていた。

 

「おせーぞメッシーくん」

 

 さっきも聞いたそれ。ん? 微妙に違う?

 無視して車に乗ろうとして、しかし。

 その前に、僕はどうしてか、彼女の姿をじろじろと見てしまっていた。

 

 上着のポケットに手を突っ込んでいる立ち姿。少し、ユウキくんっぽい、と思った。

 上等そうなブーツと、短いスカート。その間を繋ぐ脚はタイツに包まれているけれど、寒くはないのだろうか。

 どうも、いつもの『長峰悠希』の服装とは違う気がする。短いスカートとか、ポケットに手を突っ込んでるところとか。大学生になってからはあまり見てない。

 

「いつもと雰囲気違うね、悠希さん」

「へっ」

 

 言われた後、少し間が開く。

 そして、視線を右へ左へと動かし、長い髪を耳にかけた。

 あれ、ピアスしてる。いつもしてたっけか。してたかもな。

 

「………。なんか違う? オレ」

 

 そして、また目があった。こちらを伺う上目遣い。

 

「あー、いつもほら、長いスカートとかコートで清楚な感じだしてるから。そういう……えっと……ジャンパー?」

「ブルゾン」

「なにそれ? ともかく、あんまり見ないかっこだなって」

 

 まあこの人は衣装持ちだから、僕の見ないところでは普通にこれで通学していたのかもしれない。学科が違うし、日中は会わない日もある。

 悠希さんは、

 

「……へー。へぇー。人の服とか一応見てんだ。ほーん」

 

 と、不思議としおらしくも見えた表情を、徐々にニタニタさせながら言った。

 

「大学じゃこういうの着ないキャラで通してるからさー。でも、今日はこの自分がいいなって思って」

「ふーん」

「ほ、ほら。隣の隣の隣の……県まで行ったら、さすがに知り合いと会わないだろ。だから」

 

 悠希さんは、いつかのように、自分の格好を見せつける少女のように、くるりと一回転した。もう20代のみそらで。

 

「かっこよかろ」

 

 かっこいいっていうか、正直かわいい。

 

「かっこいいッス」

 

 車に乗り込むことにする。当然のように、僕が運転席、悠希さんは助手席。

 そういえば、と思い、運転席に座る前に、コートを脱いだ。車内だと、それでちょうどいいぐらいだった。

 

「あっ、おまえ!」

 

 すると、同時に乗り込んだ悠希さんが、こちらを見てすっとんきょうな声をあげた。近い。うるさい。

 

「チェック柄のシャツはやめろよ……! 隣歩く人間のことも考えてくれよオタクくん」

「えっ? なんで。いいじゃんチェック柄」

「ダメに決まってるだろ。普段は我慢してるけど、クリスマスにお前……ハァ。それ着るなら、筋肉ムキムキかイケメンのどっちかになれ」

 

 しばし人の服装を眺めて文句を言ったあと、彼女は正面を向いた。

 僕も前を向いて、ブレーキを踏む。あー、右よし、右後方よし、後方よし。

 一応、また左を見る。アッ、シートベルトで悠希さんの胸が……左後方よーし。

 発進する。

 

「今度服買いに行くぞ」

「うん」

「一緒にだよ」

「うん。うん? ええ~、別に困ってないし」

「いくんだよ! わがまま言うんじゃないよ」

 

 えっ。僕がわがままだと……? しかも悠希さんに言われるだと……?

 いたく自尊心が傷ついたな。

 

 

 街中の様子を見てどうでもいい感想を述べたり、年末年始の話をしたり、卒論の話をしたり、そういういつもと変わらない話を車の中でした。

 そして、高速道路に入ってしばらくすると、しゃべることも無くなる。

 横をチラ見すると、悠希さんは目を閉じてシートに身体を預けていた。どうやら寝ている。これが悠希さんじゃない別の友達だったら、怒り狂いながら叩き起こしているところだ。

 なんせ眠気は感染する。高速道路においては、起きて話題を提供するのが同乗者の努力義務ではなかろうか。

 

「あっこの曲知ってる。ふんふ~」

 

 カーオーディオにスマホを繋いで音楽(だいたいアニメソング)を流していると、寝ていたはずの横のやつが突然歌い出した。鼻歌だったものが、暇なので、やがてマジ歌に変化していく。

 うっ、うまい! 前に無理やりふたりカラオケに連れ込まれたときも思ったが……。声がきれいだからかな。そして子どもの頃から声がデカかった。つまり声量がある。

 そういえば悠希さんって、男性の声変わりは経験してないんだよな。多分。

 僕の好きなアニソンは女性ボーカルが多く、気持ち良く原曲キーで歌ってみたいときもあり、声が高くて歌のうまい悠希さんが羨ましい。

 みたいなことを、言ってみた。

 

「おー、そう思う? でも、オレは低い声のおまえがうらやましいけどね」

「そうなんだ」

「そうなんです。なんか、いつまでも、子供のままみたいでさァ」

 

 なんかシリアスな感じ出してきたね。

 本人はそう言うが、女性だって声変わりはあると聞く。

 

「小学生のときと比べて、落ち着いた声になってると思うけど。割と好き」

「え? あー……、そう……?」

 

 小学生と接してみれば分かるが、彼ら彼女らの声は、耳のそばでわーきゃー絡まれると、想像できるものよりもう一段階甲高い。バイトしていた塾にやってくる、かわいいクソガキ勢がそうだ。

 きっとユウキくんも僕もそうだった。でも、今の彼女の声は、まあ本人の性格がうるさいけど、別に嫌いじゃない。

 

「………」

 

 あれ。

 会話のキャッチボールが途切れた。向こうから言葉が返ってこない。

 チラ見する。悠希さんは、窓の外に顔を向けていて、表情は、わからなかった。

 

 

「おなかすいた。トイレいきたい」

 

 道の駅だかサービスエリアだかに寄る。ちょうどお昼どきだった。

 デカい駐車場に停めて、施設内へ。トイレは? と聞いたら、食べたあとで行く、とのこと。

 中にはいろいろな種類の食堂があったが、やっぱりこの県に来たならうどんでしょ、と悠希さんが言うので、昼食はうどんに。

 食券を買い、それと引き換えに出てきたものをテーブルに持って行き、食べた。

 

「うまい。学食のうどんと違う」

 

 と言うと、

 

「当たり前だろ」

 

 と怒られた。

 

「なー。免許証みして」

 

 食べ終わって、しばしその場でお腹を休めていると、対面からそんな声をかけられた。

 運転免許証を財布から取り出し、手渡した。

 

「どれどれ……。うぅっわ、オートマ限定? ダッサ~! 男ならマニュアルでとれよな~、はーかっこわる」

 

 何がそんなにバカにされることなのかわからんけど、とりあえず免許自体持ってない人に言われたくないですよね。

 きみ運転手への感謝ないの? 置いてくぞ。

 

「写真もパッとしない。半目。フフッ」

 

 それは……別にいいだろ……!

 

 

 そのあと、ちょくちょく観光して、日も暮れて、夜になって。

 ほんとにここで合っているのか? と思わされる田舎道を走り、やがて閑散とした土地に見合わないとんでもない渋滞に遭い。

 それを乗り越え、高台にある、くだんの公園に辿り着いた。

 

「おおおお」

「おおおお~」

 

 イルミネーションなんて、そのへんの金持ちの家がやってるやつか、繁華街の街路樹なんかにあるやつしか見たことなかったから。

 暗い空の下に、一面の光の花畑があるその景色は、まあまあ感動できるものだった。

 人々の流れに乗って、大きな公園を回る。光のアーチ、光の湖、光の畑、光の休憩ゾーン。

 ぜんぶ光だな。

 

「おい! こっち向けこっち」

「ん? あっ!」

 

 パッ、とフラッシュの点滅。写真を撮られた。

 くっ。僕は某国のスパイあるいは裏社会の人間あるいは異星人なので、記録に姿を残されてはいけないのだ。

 

「なんだよ、顔ぶれてるじゃんか……。言っとくけどな、こういうの、大事なんだぞ。おまえ、自撮りする女子とかバカにしてるクチか?」

 

 写真嫌い。

 

「陰キャの小学生か。はいつかまえたー」

 

 ええい、はなせ!

 悠希さんは僕に追いつき、離れないように腕を組んできた。やめろ! いろいろ当たったり温かかったりして変な気分になるだろ。

 

「こういうの、残さないと、無くなるんだぞ。誰も思い出してくれなくなるんだから。昔のことなんて」

「……は、はあ。たしかに」

「はい、にこー」

「ニチャア……」

 

 イルミネーション畑を背景に、画面に収まるようにちょっとくっついて、笑顔で写真を撮った。

 悠希さんがスマホの画面を確認する。横からのぞき込むと、四角い画面の中には、非常に写りの良い女と、非常に写りの悪い男が並んでいた。

 

「キモ。写真慣れしてないからこうなるんだよ、アホ」

「はい」

 

 悠希さんはスマホをしまった。

 

「さて。次は……、うん。あっちがいいかな」

 

 そのままずんずんと歩き出す。僕は、なぜか腕を組まれたままなので、引きずられるようにしてついていった。

 

 

 小一時間くらい、一通り回って、幻想的な風景を楽しんだあと。

 いかにも人気スポットそうな高台まで行って、足を止めて、色とりどりの光を見つめていると。ちょうど、周りに人があまりいなくなる瞬間が訪れた。

 

「あのさ。……心悟」

「うん?」

 

 横から声がしたので、そちらを見る。悠希さんは、眼下に広がるイルミネーションの花畑ではなく、こちらに身体を向けていた。

 僕も、相手に向き直る。向かい合うかたちになる。

 

「オレ……オレ、さ。……心悟、オレは……」

 

 10秒か、30秒か、1分くらい。悠希さんは珍しく、歯切れの悪い様子で、言葉にしきれないことを漏らしている。

 あまり見ない姿が、なんだかおかしかった。さすがに、こちらも手持ち無沙汰になってしまって、

 

「なに、あらたまって。まさか、このいい男に愛の告白でもする気ですかな?」

 

 と茶々を入れた。

 そうしたら。

 

「……!」

 

 目を見開く、という表現がぴったり当てはまる。そんな顔をした。

 その視線が泳ぐ。きれいな瞳が、くりくり、左下、右下に動いた。

 何かを言いよどむように口を開いたり、閉じたり。息を吸ったり吐いたりして。

 そのあと。

 

「バーカ! そんなわけないじゃん。調子乗るなって」

 

 と笑った。

 

 僕は、『あっ』と思って。

 すごく、ズキン、とした。

 

「じゃあ、何さ」

「ごめん、忘れちゃったわ。……わ、もうこんな時間かよ。帰るかァ?」

 

 悠希さんが、手首の内側にした時計を見て、笑いながらそう言うので。僕は。

 

「うん」

 

 

 帰り道。

 

「あかん、眠い」

 

 時刻はそろそろ日付が変わる頃で、ここからまた長~い道を運転しないといけない。行きと違って寄り道はしないので、我が家、の近所のレンタカー店までの、最短距離ではあるが。

 夜通しの戦いだ。多くの大学生の例に漏れず徹夜なんて割とよくやってきたが、しかし、車の運転となると、ちょっと。

 少しでも判断力の低下を感じたら、仮眠はした方が良いだろう。

 

「おいおいおい。シャキッとせんかい」

「優しく接して」

「だいじょうぶ? ビンタする?」

「気絶するので結構です」

 

 そのパワーでバチンとはたかれたら、意識がバチンといく。

 

「よ、よしわかった。夜通しカラオケ大会といこうじゃない」

 

 悠希さんはカーオーディオに繋がっていた端末を、僕のものから自分のものに変え、自分の歌える曲を流してきた。この人のレパートリーは、①大勢でカラオケへ行くと紅白歌合戦とかで聞く有名なやつ、②僕とふたりだと00年代とか90年代とか80年代のヒット曲、となっている。

 ついでに音量も上げ、それに負けない大声で歌い始めた。

 

「やかましっ」

 

 おかげで、元気は出た。眠気覚ましのキツイ風味のガムを口にしつつ、発進した。

 

 そんな感じでスムーズに帰宅できた! となることを期待したが。

 盛り上がる系の曲だけでなく、なんかしっとり系のバラードとか、切な~い系のラブソングとかも、彼女のプレイヤーには入っていて。

 窓ガラスに頭を預けて、静かで冬っぽいそれを口ずさむ悠希さんは、あまりにも画になっていて。

 それで思わず、見惚れて。

 事故りかけ、

 めっちゃ怒られ、暴力を振るわれて眠気が覚めた。

 

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