更木剣八に転生したら剣ちゃん(幼女)だったんだが   作:凜としたBTQ

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更木剣八に転生したら剣ちゃん(幼女)だったんだが

 俺の名前は更木剣八。

 

 最強の戦闘集団と名高い護廷十一番隊隊長にして、あの藍染惣右介が警戒し、ユーハバッハが特記戦力として注目した、歴代最強の"剣八"となる予定の幼女だ。

 

 そう、幼女だ。

 

 いや更木剣八は二メートルを超える大柄で獰猛な顔をした獣のような男だろ!って思ったそこのあなた。

 うん。完全に同意だよ。だが幼女だ。幼女で間違っていない。

 

 しかも生まれて数百年経っているのに幼女の姿のままという筋金入りの黒髪美幼女だ。

 護廷十一番隊副隊長、草鹿(くさじし)やちるとほとんど同じくらいの背丈で、ツル・ペタ・ロリの三拍子が揃っている。

 

 俺もどうしてこうなったのかわからん。そんなことは神だの霊王だのKBT〇T(風評被害)だのに聞いてくれ。

 

 とにかく俺はなんやかんやあってようやく護廷十三隊十一番隊隊長に就任し、念願の自分の住処(隊首室)を手に入れた。

 なのでこれからは机に置いてあった日記帳に、俺のこれまでのことを記していこうと思う。これはその前書きだ。

 まぁまず今俺が一番言いたいのはこれだ。

 

 あぁ^~布団が気持ちええんじゃぁ^~。

 

 ここまでほんとに辛かった。綺麗な布団とか何百年ぶりだよ。

 流魂街では藁か草の上で寝てたからね。やちるとくっついて寝てたから寒くはなかったけど。後はたまに弓親が反物を敷いてくれたかな。

 そんな生活だったからか、布団がまじで気持ちいい。この感動は前書きにしっかり残しておこう。

 

 と、危ない危ない。こんなことしているとまじで一日中ゴロゴロしちまうからな。今日はこれまでのことを日記に書くんだった。

 

 そうだなぁ……正確な日付とかは覚えてないから、そこらへんはざっくりでいいか。これからちゃんと書けばいいしな。

 初心忘れるべからず。誰に見られるわけでもないんだ。思ったこと、感じたことを書き殴っていこうと思う。

 まずはそうだな……俺がこの世界で前世の記憶を思い出したところからにしようか。

 

 

 

 

 

 

 『とある修羅との出会い』

 

 

 

 

 何をとち狂ったのか現実で死んだ俺はこの"BLEACH"の世界に転生した。

 

 そう、気が付いたら俺は綺麗な長い黒髪が特徴の目つきの悪い幼女になっていたのだ。

 

 赤ん坊の頃の記憶はないが、これまでどうやって生きてきたかはおぼろげに覚えており、物心ついた段階で転生前の記憶が突然蘇ったような感覚だった。

 どうやら今までは襲ってくる大人達を返り討ちにして奪った食べ物で食いつないできたみたいだ。

 

 まぁそんなことはどうでもいい。とにかく俺は"BLEACH"世界に転生して幼女となった。

 

 いわゆるオリ主転生ってやつだな。

 

 "流魂街"や"更木"という単語から、俺が転生した先が"BLEACH"世界であること、尸魂界(ソウルソサエティ)の流魂街、それも最も治安が悪いことで有名な"更木"で生まれたということがわかった。

 流魂街ガチャ大外れじゃん……なんて絶望していたのだが、そんな思考は襲ってきたガラの悪い野盗共を俺が瞬殺したところで吹き飛んだ。

 

 え、俺めっちゃ強くね。

 

 霊圧も戦闘能力もめっちゃ高い。

 霊圧を少し解放するだけで相手は怯み、獣のような動きで次々と敵を斬り殺していく様は無双ゲーのそれだった。

 まさにちぎっては投げ、ちぎっては投げという言い方が相応しい無双っぷりだ。

 

 どうやら物心つく前の俺としての記憶と身体が戦い方を覚えているらしい。

 そんな前世の俺と今世の俺が混ざり合った感覚もあって不思議と殺しの罪悪感とかは感じなかった。

 こんな殺伐とした世紀末ワールドの流魂街、更木で倫理観とか考えている暇はないからね。仕方ないね。

 

 そんなこんなで自分の強さを自覚した俺は当初の不安もやわらいでいき、チート戦闘力にウキウキしながら野盗共を狩って生活していたのだが……あるときその人と出会った。

 

 「……初代十一番隊隊長、卯ノ花八千流」

 

 俺がつくりあげた死体の山の先に、その人がいた。

 護廷十一番隊の原型を作り上げた人にして、古今東西あらゆる流派を修めた証である"八千流(やちる)"の名を冠する初代隊長。

 

 ────卯ノ花八千流。

 

 俺が咄嗟に口に出た言葉を抑えようと手を動かしたとき、彼女の視線がこちらを射抜いているのに気付いた。

 

 そこからは酷かった。

 

 問答無用の殺し合い。

 俺の姿を見て凄惨な笑みを浮かべた卯ノ花さんは、俺に弁明の余地も与えずに襲い掛かってきた。

 

 いくら俺がチート戦闘力を持っているからといってもこっちは生まれて間もない幼女だ。

 少し目つきは悪いがいたいけな黒髪幼女に突然襲い掛かってくるとか何なんだ? 幼女虐待なの?

 

 ……とか何とか当時の俺は思っていたけど、今思い返してみるとこのとき俺は目の前の卯ノ花さんにビビりすぎて霊圧を全力放出していた気がする。おそらくそれが原因だろう。

 

 卯ノ花さんとの戦いは苛烈を極めたけど、結果として勝ったのは俺だった。

 

 いやめっっっちゃ強かった。

 どこから斬っても受け流されるし、襲い来る太刀筋は無駄の一切ない必殺の一太刀。

 たまに攻撃が通ったとしても回道で回復してはすぐに斬りかかってくる始末。

 

 何このクソゲー、負けイベかよ。そんな悪態をつくくらい強かったんだが、霊圧は俺の方が上だった。

 

 死神の戦いは霊圧の戦いと言われるほど、霊圧というのは重要だ。

 相手との霊圧に差があれば能力が通じなかったり、何もせず霊圧の威圧のみで膝を折らせることもできる。

 ゲームでいうレベルみたいなもんだな。ほら、レベル差補正によってダメージが変わるゲームとかあるだろ?

 あれをさらに強くしたような感じだ。霊圧に差があればそれだけ有利になることができる。

 

 だから剣技でも耐久力でも負けている俺は唯一勝っている霊圧を活かしたゴリ押し戦法──肉を切らせて骨を断つ捨て身の特攻──で何とか倒した。

 

 あー、まじで強かった。今までチート戦闘力が強すぎてまともに戦いになんてなることがなかったから、俺にとってこれが初めての命がけの戦いだった。

 すごいしんどかったが……何だろう、今まで俺TUEEEしていたときの百倍楽しかった。

 

 元々俺は無双ゲーの爽快感よりも死にゲーの緊張感の方が好みな質だったのだが……まさか命の取り合いでもヒャッハーするようなバーサーカーだとは知らなかった。

 これもこんな北斗の拳のような世紀末空間に生まれた弊害なのかなぁ……。

 これからはもう少し戦闘のときは縛りプレイでもして緊張感を加えていこうかな。

 

 そんなことを考えていると、倒れている卯ノ花さんがこちらを悲しそうな顔で見ていたので、何だか居た堪れなくなった俺はその場をそそくさと立ち去った。

 

 そりゃそうだよね。チート転生者とはいえ幼女に負けたらそんな顔にもなるわ。

 謝って許されることではないが、どうか気を落とさずにいてほしい。

 

 でも一つだけ……貴女のその強い在り方に、俺がどうしようもなく憧れてしまったことだけは、許してください。

 

 

 

 

 

 

 『草鹿やちるとの出会い』

 

 

 

 

 卯ノ花さんとの熱い戦いが忘れられなかった俺は流魂街のゴロツキ相手に霊圧を極限まで抑えながら戦ったりしていたのだが、どうにも心が躍らなかった。

 

 最早癖となっているくらい相手に合わせて霊圧を抑える技術は上手くなったのだが、同時に俺の霊圧もまた天井知らずに成長していっており、今では限界まで抑えてもただのゴロツキ相手じゃ戦いにならないくらいまで膨れ上がってしまったのだ。

 

 ちなみに俺の姿は相変わらず幼女のままだ。

 ご飯は優しい人達(ゴロツキ)から丁重に頂いて三食毎日食べているというのに、成長のきざしが全く見えない。

 栄養が全て霊圧にいってんの?ってくらい身長が伸びない。

 ここ数年で伸びた身長は1cmあるかないかだろうか。

 

 このまま見た目が完全に幼女のまま成長が止まるとなると辛すぎる。前世込みでもいい大人の年齢だというのに。

 

 いやでも原作の日番谷冬獅郎とか猿柿ひよりとかの例を見ると、死神は身体の成長が人間と比べてかなり遅いだろうことが窺えた。

 俺はまだ死神ではないが、魂魄全体がそういう傾向にあるのならまだ希望はある……はずだ。

 精神年齢も肉体年齢に引っ張られている傾向にあった気がするが……大丈夫、俺は大人だ。

 決してたまに手に入る金平糖でテンション爆上がりしたことなんかない。ないったらないんだ。

 

 そんなこんなで身長以外は成長中の俺は退屈な毎日を過ごしながら日課のゴロツキ狩りを行っていると……ある日俺が殺した山賊共とその被害者の死体に混じって、ピンク髪の赤子が横たわっていることに気づいた。

 

 ────いや、草鹿やちるじゃん。

 

 俺の朧げな原作知識にこんな場面があったような気がする。

 そう、あれは更木剣八の回想シーンで、そこには獰猛で獣のような剣八と、無邪気で天真爛漫な草鹿やちるという対照的な二人がどのようにして出会ったのかが簡潔に描かれていた。

 

 【死体の山から赤ん坊が這いずって近づき、男の刀へ触れていく】

 

 「……どっからきた、ガキ」

 

 脳裏に原作のあの情景が浮かぶ。

 

 気づけばそんな言葉が口をついていた。

 いやお前もガキだろって言われたらぐぅの音も出ないんだけど、精神的には大人のつもりだ。

 だからこの言葉が咄嗟に出たのは自然なことだろう。

 

 【ぺたぺたと無邪気に刀を触る赤ん坊を眺めていた男は、幼子へ問いを投げかける】

 

 「刀だぞ。怖くねーのか」

 

 舌ったらずな俺の声が山中に響きわたる。

 

 「人を殺す道具だ」

 

 辺りは俺が殺した山賊の血と臓物が一面に広がり、赤ん坊がいるべきではない地獄のような有様だった。

 

 「てめーも死ぬぞ」

 

 だけど目の前の彼女は笑っていた。

 

 何が楽しいのかにこにこと。

 

 ここに転がっている全員、俺が殺したというのに。

 

 いつのまにか赤ん坊は刀ではなく、俺の指を掴んでいた。

 

 「……ぁ」

 

 そのときの俺の顔は酷いことになっていたと思う。

 

 転生してから今日まで、俺は人の悪意しか見てこなかった。

 

 救いなんて何もない。

 男は殺され、女は嬲られ、弱い者から死んでいく。

 

 怨嗟の悲鳴と絶望の慟哭が耳を離れず、ひたすら憂さ晴らしのように戦いを繰り返す日々。

 

 助けた男は、その夜襲ってきた。

 

 救った女は、その場で自害した。

 

 殺さないと生き残れなかった。

 だから敵を殺した。

 

 何も感じない自分に恐怖した。

 だから前世の己を殺した。

 

 戦いは好きだ。

 強い奴との命の取り合いは、俺がこの世界で生きているということを実感させてくれる。

 

 でも、どれだけ殺しても。俺の心の本当の渇きが満たされることはなかった。

 

 「や、ちる……っ!」

 

 俺は赤子を抱きしめていた。

 

 大切に、宝物を触るように。丁寧に丁寧に、抱きしめていた。

 

 もう俺は自分の正体に気づいている。

 

 草鹿やちるは、更木剣八の斬魄刀だ。

 

 彼女が見えるということは……彼女と出会うということは、そういうことだ。

 

 俺は────更木剣八(ざらきけんぱち)だ。

 

 「……八千流(やちる)。オレがただ一人こうありたいと願う人の名だ。お前にやる」

 

 斬魄刀は持ち主の魂、その写し身だ。もう一人の自分といってもいい。

 

 持ち主と似るわけではないが、両者は魂で繋がっており斬魄刀は主のことを誰よりも近くで見守り続けている。

 

 やちるは俺のことを、ずっと見守ってくれていたのだ。

 俺が見つけられなかっただけで、傍にいてくれたのだ。

 

 ────俺は一人じゃ、なかったんだ。

 

 「オレは剣八。代々最も強い死神に与えられる名だ。オレは今日からその名を名乗る」

 

 これは誓いだ。

 

 俺は本物の剣八よりも弱いだろう。

 

 孤独を恐れ、手にした温もりに涙を流すなんて真似、彼は絶対にしない。

 

 彼が現れる場面は誰よりも頼もしくて、安心できて────そして強かった。

 

 俺はそんな"剣八"になる。そう、魂に誓う。

 

 なぜ俺が更木剣八として生まれたのかなんてどうでもいい。

 原作の記憶が指し示す、いずれ尸魂界(ソウルソサエティ)に訪れるであろう過酷な未来もどうだっていい。

 

 俺がしたいこと、心から叫ぶ本能は────。

 

 草鹿やちるの、"剣八"となることだ。

 

 

 

 

 

 

 ────剣ちゃん。

 

 俺の腕の中から、そんな声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 「剣ちゃん!」

 

 「うひゃぁ!?」

 

 突然背中から抱き着かれた俺は驚きのあまり変な声が出てしまう。

 

 ここは隊首室で、誰も入るなと隊には言い聞かせていたから完全に油断していた。

 

 しかもオサレで恥ずかしいポエミーを書いていた最中だったため、羞恥のあまり変な声になる始末。

 

 唯一の救いは咄嗟に自然な仕草で日記帖を閉じ懐にしまえたことか。

 

 自分で自分を褒めてやりたいくらいの完璧な証拠隠滅だ。

 

 「あはは! 剣ちゃんがかわいい声出してる! 珍しいもの見ちゃった!」

 

 「……やちる。おまえ今は女性死神協会の会合に参加しているんじゃなかったのか? 何でここにいる」

 

 「ゆみちーにお願いしてこっちきちゃった! 今日は剣ちゃんと一緒にいたい!」

 

 おい弓親てめー男だろ。何当然の如く女性死神協会に代理で出席してるんだ。

 

 普段なにかと理由をつけて俺に可愛らしい着物や装飾を押し付けてくる面倒ごとの多い部下の強行に俺は頭を抱えた。

 

 「……まぁいい。いやよくねーがそれはこの際もういい。それで、何でオレが隊首室にいるってわかったんだ? いつもなら道場の方にいるってのに」

 

 「だって剣ちゃん、私がいないときに隊首室でこそこそ何かしてるってつるりんが言ってたもん!」

 

 あのハゲ次会ったらシメる。

 

 一角には隊首室前の見張りを頼んでいたってのに、余裕で通しているじゃねえか。

 

 しかも余計な情報までやちるに与えやがって。

 

 「あー、隊長。そっちに副隊長が行きまし」

 

 「一角てめぇ!」

 

 「グハァッ!?」

 

 入口からひょこっと顔を出した禿げ頭に問答無用で机の上の文鎮を投げつける。

 

 文鎮は一角のスキンヘッドへと綺麗に吸い込まれ、カコーンと子気味いい音を立てて衝突した。

 

 「何すんですか隊長!」

 

 「オレは誰も入れるなって言ったよな? それはやちるも含めてだ」

 

 「あはは! 除夜の鐘みたい!」

 

 やちるが腹を抱えて笑っているのを見て、一角が青筋をピキピキと立てて凄い形相で歯を食いしばっている。

 

 俺が無言で一角を睨んでいると、ばつが悪そうにこちらを見た一角は寂しい頭をぽりぽりとかきながら口を開いた。

 

 「いや隊長無理ですよ。俺が副隊長を止めれるわけないじゃないですか。大人しく白状した方が身のためですって」

 

 そんな無責任なことを言ってくれる一角。

 

 言えるわけねーだろうが。これまでの人生をポエムを混ぜながら日記に書いていた、なんて言えるわけねーだろうが。

 そんな辱めを受けたら恥ずかしくて死ぬ自信がある。

 剣八が自身の黒歴史に悶えて死ぬとか、そんな歴代最悪な死に方ごめんだ。

 

 「ほら何を隠してるのか言っちゃいなよ剣ちゃん。つるりんもこう言ってるよ?」

 

 ヒョイ、と肩に頭を乗せて寄りかかってきたやちるが、俺の顔の真横で囁く。

 

 やちるが寄りかかってきたことによって少し揺れた俺の髪先から、チリンチリンと心地の良い鈴の音が隊首室に響き渡った。

 

 「……はぁ。べつに隠してなんかねーよ。ほら」

 

 「……え?」

 

 そういって俺が机の引き出しから取り出したのは一本の簪。

 胡蝶蘭(こちょうらん)の花を模った、やちるへの手作りの贈り物だった。

 

 「今日は二月十二日だろ。だから、それやるよ」

 

 二月十二日は俺とやちるが出会った日だ。

 自身の生まれた日を知らないやちるはその日を誕生日とし、隊長となって生活が落ち着いてきた俺は、今までの分も込めて初めてのプレゼントを用意することにした。

 

 卯ノ花さんに作り方を教わり、少しずつ作っていた。

 

 それが今日、日記を書く直前にようやく完成した。

 

 「へー、上手いもんですね。隊長がこんな器用な真似できるなんて知りませんでしたよ」

 

 横から覗き込んできた一角が俺の作った簪を見て感嘆の声をあげる。

 

 何気に失礼なことを言っているこのハゲ頭は後でしばくとして、俺はやちるが簪を渡してからずっと俯いて動かなくなっていることに気づいた。

 

 「……やちる?」

 

 もしかして気に入らなかったのだろうか。

 

 俺みたいなガサツな女が作った不出来な簪よりも、店に売ってるような煌びやかで華々しいものの方が良かったのだろうか。

 

 そんな不安に駆られて声をかけると、やちるは俯いたまま凄い勢いで俺の小さな胸に飛び込んできた。

 

 「剣ちゃん!! 私すっっっっっっごく嬉しい!!!!」

 

 下を見ると、満開の花のようなとびきりの笑顔でこちらを見上げているやちるの顔が目に入った。

 

 心なしか声が少し震えており、その可愛らしい目尻には光るものが溜まっているのが見えた。

 

 「……ぁあ。気に入ったのなら良かった」

 

 やちるの純粋な笑顔を受け、俺は気恥ずかしさのあまりそっぽを向いてぶっきらぼうに答えてしまう。

 

 しかしそっぽを向いた先には、ニヤニヤ顔でこちらを見つめるハゲ頭がいた。

 

 「んじゃ、俺はお邪魔みたいなんで飯にでも行ってきます。このままここにいたらまた弓親の野郎に睨まれちまうんで」

 

 ────百合の間に挟まるハゲは殺していい。

 

 そんな弓親の声が幻聴となって聞こえた気がした。

 

 「ちょ、ちが……ッ!? おい待て一角! おいッ!?」

 

 必死に捕まえようと手を伸ばすも、がっしりと俺の身体を抱きしめて離さないやちるに阻まれる。

 パタンと襖が閉じる音と共に、伸ばした俺の手は虚しく空をきった。

 

 「はぁ……」

 

 「? 剣ちゃんどうしたの?」

 

 「……何でもねーよ」

 

 一角とのやり取りを不思議そうに見ていたやちるが小首を傾げて問いかけてくる。

 

 やちるは弓親や一角がどういう理由で俺達のことを揶揄っているのかわかっていないから、俺だけ余計に疲労が溜まっていく。

 弓親の野郎は揶揄っているというのとはまた別の気もするが。

 

 ……やちるが気にしていないのに俺だけ気にするのも馬鹿馬鹿しい。

 いやそもそも俺も気になんかしていないけど。

 一角が揶揄ってきたことに腹を立ててただけだし。

 

 ……とにかく一角の野郎は後で必ずもう一回しばこう。

 

 「……ねえ、剣ちゃん」

 

 「ん。なんだ?」

 

 俺の平らな胸の中にもぞもぞと顔を埋めて抱きつきながら、甘えた声色でやちるが尋ねてくる。

 

 俺は目の前の桃色の髪を優しく手で梳いて、彼女が続けるを待った。

 

 「……あのね、今日……一緒に寝てもいい?」

 

 覗き込むように俺を見上げて聞いてくるやちる。

 そんな愛らしい姿を見て、俺は自分の心臓の音が聞こえていないかという内心の不安を誤魔化すようにぶっきらぼうに答えた。

 

 「……好きにしろ」

 

 ────今日は特別だからな。

 

 無意識にそんな言葉が漏れると、やちるは華が咲くような笑顔を返してくれた。

 

 

 

 

 

 翌日。隊長を起こしに行ったきり戻ってこない同僚を探しにいった一角は────隊首室の中で幸せそうに向かい合って眠る二人の少女と、部屋の前で鼻血を出し悶絶死している弓親の姿を発見した。

 




続……かない。

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