更木剣八に転生したら剣ちゃん(幼女)だったんだが 作:凜としたBTQ
俺には憧れの人がいる。
その人は誰よりも強かった。
馬鹿みたいにでかい霊圧も、馬鹿みたいに重い剣圧も、そんな些細なことがどうでも良くなるくらいの強さを持っていた。
その人は戦いを愛していた。
本気を出せば誰一人足元にも及ばない強さを持ちながら、相手に合わせて常に対等な戦いを挑んでいた。
生きるか死ぬかのギリギリの戦い。
その幼い容貌も相まって痛々しく思えてしまうほどボロボロになりながらも、その表情はまるで友達と遊ぶ
……何故そこまでして戦おうとする?
……何がこの餓鬼をここまで突き動かしている?
殺人の狂喜か?
勝利への陶酔か?
自身の力に対する絶対的な自信か?
いや違う。
そんなものじゃない。
そんな下らないものじゃない。
その真意を知ったのは、俺が件の少女と戦って敗れたときだった。
「負けを認めて死にたがるな! 死んで初めて負けを認めろ!」
餓鬼が何を生意気なこと言いやがって。
一瞬そんな言葉が脳裏を過ぎったが、そんな考えは少女の顔を見た瞬間に吹き飛んだ。
「負けてそれでも死に損ねたら、そいつはてめーがツイてただけのことだ。
────そん時は生き延びることだけ考えろ!」
少女は
その表情には、彼女のこれまでの全てが詰まっていた。
戦いとは、少女の
敗北の生き恥だとか、勝者の責務だとか、そんな上っ面の考えが全部頭から消し飛んだ。
俺は、自分が負けた瞬間が死ぬときだと思っていた。
それが漢としての戦いの作法だと思っていた。
彼女は違った。
戦いの作法だとか礼儀だとかよりも、もっと大事なものがあると言った。
戦い続けろと。
斬り合い続けろと。
その刹那の中で生き───そして死ねと。
戦いこそが────生涯の全てなのだと。
その日、俺は戦いに敗れた。
だけど俺は
俺が
あの人が、俺の世界だ。
あの人の後ろに立つことが、俺の全てだ。
戦って戦って戦って。
そんでいつかあの人のために死ねれば、それは
────最高に、ツイてるじゃねえか。
◆
「んで、一角。何か弁明は?」
俺は激怒した。
必ずかの邪智暴虐なハゲを斬らねばならぬと決意した。
俺には隊律がわからぬ。俺は更木の浮浪児である。剣を振り、野盗から物を奪って暮らしてきた。
けれども人の窃盗には、人一倍敏感であった。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ隊長! 隊長の大事にしていたあんころ餅を食べたのは俺じゃないですって! 濡れ衣なんです!」
「あー? じゃあ誰が食ったつーんだよ。弓親は着物漁りに外に出てるし、一番怪しいやちるはオレと一緒に道場にいた。隊の中でこの二人以外に隊首室に入ってオレの餅を食うような奴なんかお前以外考えられねーんだけどな」
そう言って俺は一角を半目で睨む。
傍目から見ればジト目の幼女がスキンヘッドの強面相手に健気にも強気な態度で反抗しているように見えるだろう。
俺が霊圧で威圧し刀の鯉口に指をかけていなければ、だが。
「今日俺は自室で髪を剃ってたんですよ! そんなことしてる暇なかったですって! 第一、副隊長じゃないんですからそんな食い意地の張ったガキみたいな真似しませんて」
「あはは! つるりん嘘ついてる! だって剃る髪ないじゃん!」
「んだとテメェ!?」
やちるが一角の頭を指差してケラケラと笑いながら言う。
俺の背中に抱きつきそのまま肩から身を乗り出して笑うやちるに対し、一角は目が飛び出さんばかりの怒り心頭の表情で反論していた。
「……はぁ。埒があかねーな。ひとまず一角の髪のことは置いといて」
「置くものないけどね!」
「…………」
一角の顔が凄いことになっていた。
「……とにかく一角。お前はオレの餅食った奴を見つけてこい。そうすればお前の疑いも晴れるし、オレも斬る奴が見つかってスッキリって訳だ」
うんうん。まさにうぃんうぃんの関係だな。
一角が滅茶苦茶不満そうにしているけど、俺はまだお前のこと疑っているからな!
前に俺が買った羊羹をお前がつまみ食いしたこと、まだ忘れてねーからな!
「……はぁ、わかりましたよ。でも隊長達も犯人探して下さいよ? 俺だけこんなことに駆り出されるなんて嫌ですからね」
「……わぁってるよ」
「任せてつるりん! 剣ちゃんのあんころ餅を食べた悪いやつはあたしが捕まえるから!」
「うぉっ!? ちょ、引っ張るなやちる!」
後ろから飛び出して俺の手を握り、パタパタと駆け出すやちるに引っ張られて部屋の出口に向かう。
部屋を出る直前に「お前も来い」と一角を睨みつけると、俺達のやりとりを見て静かに笑みを溢していた偉丈夫は肩をすくめながらも何も言わずに付いていった。
〜とある平隊士の証言〜
「へ? 隊長の部屋に誰か行ったかですか? そういえば隊同士の連絡だとかで他所の隊士がうちに来てたような……」
そういって顎髭に手をあてながら答えるおっさんの前に俺達は立っていた。
確か荒巻なんとかって名前だったが、そんなことはどうでも良くなるくらいの重要情報が飛び出してきた。
「……そいつが誰かわかるか?」
「へぁっ!? たたた、隊長!? へ、へへ……今日も大変可愛らしいお姿で……」
「次くだらねー世辞言ったらてめーの首が飛ぶからな」
「えぇ!?」
勿論物理的にな。
「ダメだよマキマキ。剣ちゃんに可愛いって言うとすぐに照れちゃうんだから」
「やちるは少し黙ってろ!」
照れてる訳じゃねえよ。隊長としての威厳のために言ってるんだよ。
おい、お前も「照れ隠しなんですかこれ……?」とか言ってるんじゃねえ。
一角も笑ってねえで止めろ。
半目で睨み続けていると、一角は観念したように肩をすくめて口を挟んだ。
「くく……おいお前。隊長の質問に答えろ。その連絡に来た隊士ってのはどこの隊のモンだ」
腕を組んでガンを飛ばしながら尋ねる一角に、先程とはうって変わってマキマキとやらが怯んだ様子でおずおずと答えた。
「ぁ……ええと……確か十三番隊だったと思います。女の隊士でした……」
十三番隊か。あそこは隊長である浮竹の性格も相まって比較的温厚で真面目な隊士が多いところだ。わざわざ俺の部屋に入って餅を盗むなんて真似はしないだろう。
しかし他の隊士が訪ねていたとわかったのは大きな前進だ。
その隊士に聞けば何か手がかりがわかるかもしれない。俺の餅食った奴はまじ許さん。
「だそうですよ。どうします隊長」
「……そうか。引き留めて悪かったな。一角はここで聞き込みを続けろ。まだ訓練が終わってねーのにサボりに来た隊士共は道場に放り込んどけ。やちる、十三番隊舎に行くぞ」
「わかった! それじゃあねヒゲチョロ! つるりん!」
一角にお前もサボるなよと視線で釘を刺しつつ、俺は元気よく手を振るやちるの手を引き隊舎から出ていく。
去り際に後ろを向くと、斬魄刀“
「てめぇら! サボってねえで道場に戻りやがれ! じゃねえと隊長がまた直々に稽古つけに行くぞ!」
そう一角が一喝すると、ゾロゾロと野次馬に来ていた隊士達は青褪めた表情で蜘蛛の子を散らすように去っていく。
中には「それはそれで有り……」と呟く輩も居たが、他の隊士が無理矢理引きずっていた。
……え? 俺の稽古ってこんな嫌がられてるの? 滅茶苦茶優しく教えているつもりだったんだが……。
と、そんな部下達の態度に内心ちょっぴり寂しくなる俺だった。
◇
「ハァ……聞き込みっつってもなぁ……」
隊長が俺に十一番隊舎の聞き込みを任せてから数刻。
何人かの隊士に聞いてみたが特にこれといった手がかりがあるわけでもなく、これ以上は手詰まりな感じがしてきたところで俺は道場の縁側に座り一人茶を飲んでいた。
「隊長は妙なところで食い意地があるからなぁ……。甘味が絡むと特に」
ずず、と茶を啜る音だけが静かに響く。
そうしてどうしたもんかと考えていると、後ろから近づいて来た人物に声をかけられた。
「一角さん。どうしたんですか、こんなところで」
「……恋次か。いいとこに来たな、まぁ座れ。実はな────」
少し前に五番隊からうちに来て、今では俺が戦い方を教えてやっている弟子のような立ち位置の後輩だ。
俺に戦い方を教えて欲しいとしつこく迫ってくるので事情を聞けば、こいつは朽木隊長を倒すことを目標としているらしい。
それがどれだけ難しいことなのかはこいつ自身が一番良くわかっている。だがこいつは本気だった。
だからだろうか。俺が気まぐれにも戦い方なんかをこいつに教えてやっているのは。
……確か十三番隊の朽木ルキアちゃんつったか。
野暮な事を聞く気はねえが、朽木隊長を倒すのはこいつにとっては大事な事なんだろう。
それこそ命を懸けてもいいって思えるほどに。
「……更木隊長が? 案外子供らしいところもあるんすね」
「それ隊長に言うなよ? 子供扱いすると機嫌悪くなるからなあの人」
隊長が実は子供っぽいなんて今に限った話じゃない。
俺が流魂街で弓親と一緒に隊長に付いて行ったときからそうだった。
いつも野盗共から奪うのは甘味か金平糖だったからな。
それを言うと怒るのも昔からだ。
「更木隊長ってもっと怖い人だと思ってましたよ。初めて見かけたときは霊圧にあてられて動けなくなりましたし……」
「五番隊のときと印象が違うのも仕方ねえよ。隊長はうちの隊のモンには霊圧で威圧しねえからな。まぁ、警戒心の強い猫みたいなもんだ」
隊長はその見た目に反して他の隊では恐れられている。
昔から幼い外見が原因で侮られることの多かった隊長は、出会った相手に霊圧で威圧する癖がついていた。
それが原因で容姿とは裏腹に他の隊からかなり怖がられてしまっている。
むしろその幼い容姿が逆に恐ろしさを増しているようだ。
だけど十一番隊の隊士にそこまで怖がる者はいない。
隊長は一度身内だと思った奴には威圧しないからな。
少なくとも十一番隊の奴らは隊長にとって身内に近いものなんだろう。
「……一角さん。一つ聞いても良いですか」
そういって茶を啜る手を止めて俺を見る恋次。
その様子に俺も口元に持っていこうとした湯呑みを戻し、横目で続きを言うよう促した。
「一角さんはどうして更木隊長の下にいるんですか? 更木隊長が強いのはわかりますけど、一角さんなら他の隊の隊長だって────ッ!」
「恋次」
俺は顔を上げて詰め寄ってくる恋次に、目を向けないまま名前を呼んで続きを遮る。
そして湯呑みの中で揺らぐ水面を眺めながら俺はゆっくりと口を開いた。
「俺が護廷十三隊にいるのは、あの人が隊長をやっているからだ」
淡々と、しかし重く響く言葉が続いて出た。
「俺はあの人に憧れている。どうしようもなく、焦がれている。あの人の生き様に、強さに、純粋さに」
戦いを求道する生き様に。
全てを圧倒する強さに。
────無垢な幼子のような、その純粋さに。
「────魅せられちまったんだ」
そう、俺はあの日隊長に魅入っちまったんだ。
涙を流しながら笑って生きろと言う子供に、俺の心はどうしようなく震えちまった。
生き様に対する憧憬よりも、強さに対する崇敬よりも。
俺はただ、あの人の笑顔に────
「だから俺があの人の下から離れることは絶対にねえ。あの人のために戦い、そして死ぬ。それが
万感の思いを込めて告げる俺に、恋次はそれ以上何も言わなかった。
ただ一言「わかりました」と言い、静かに腰を上げた。
「俺も手伝いますよ。俺はまだ更木隊長のことをあまり知らないですけど……これから少しずつ知りたいと思いましたから」
立ち上がった恋次はそう穏やかに笑いながら言った。
そんな恋次の顔を見て気恥ずかしくなった俺は、頭をかきながらも隊舎の中に戻るため重い腰を上げた。
「……チッ。あーめんどくせえな。隊長が戻ってきたら一緒に文句言いに行くからお前も付いて来いよ恋次」
えぇ!? と言いながら後ろをついてくる後輩と共に歩き出した俺は、今の平和な暮らしも存外悪くねえなと心の中で呟いた。
後日、隊長のあんころ餅を食べた犯人は見つかった。
犯人はモコモコ────草鹿副隊長の斬魄刀“三歩剣獣”の一体だったのだが……そのモコモコは罰として更木隊長に一日抱き枕の刑に処された。隊長も副隊長には甘いからな。
隊長の反対からモコモコに抱きついていた副隊長は終始楽しげな様子だったが────騒ぎを聞きつけた弓親がモコモコを斬り殺そうとしたりして一悶着あったのはまた別の話だ。
というわけで剣ちゃんと一角のお話でした。
個人的に一角はBLEACHで一番好きです。(ハゲで卍解壊れてるけど)
三歩剣獣については原作でも良くわからんちんだったので勝手に考察しています。
やちるちゃんからモコモコが離れることが出来るかは不明だけど……ままエアロ!
感想・誤字報告・お気に入り登録ありがとうございました!
続きは────無月