更木剣八に転生したら剣ちゃん(幼女)だったんだが   作:凜としたBTQ

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 だって女の子だもん。







剣ちゃんはさいきょーだけど泣きたいときがあってもいいじゃない

 

 「……悪い……もう一度、言ってくれるか……?」

 

 十一番隊隊首室。

 数多いる護廷十三隊の隊員の中でもその頂点に君臨している十三の隊長のみにしか使用を許されていない執務室内に、場違いな幼い少女の声が響き渡った。

 

 「……はい。この度、十三番隊所属の志波海燕(しばかいえん)副隊長が殉職いたしました。それに伴う隊葬の執り行いについて日程を────」

 

 俺は言葉の意味をすぐに理解することができなくて……そして理解したときにはもうどうしようもなくて。話を続ける隊士の言葉が耳に入らなかった。

 

 志波海燕。

 

 彼はこのBLEACHの世界において、ヒロインの一人である朽木ルキアの過去に関わる重要な人物だ。

 

 今は没落したが元五大貴族の一つ、志波家出身であり十三番隊副隊長という高い地位にありながらも(おご)ることなく誰にでも平等に接するその人当たりの良さから、十三隊各隊士からの人望も厚い将来有望な副隊長として彼は登場した。

 

 ツンツンとはねた黒髪に垂れ目が特徴的で、BLEACHの主人公、黒崎一護とその容姿が瓜二つなものであることからも、彼がこの世界において重要な立ち位置にいたことがわかる。

 

 このBLEACHという物語において、敵の死は多くあれど反対に味方の死というものは極端に少ない。

 少年誌なのだから当然だと言えばそれまでだが、味方陣営の中で明確な死の描写があったのは一般隊士達くらいであり、主要人物が死ぬことはほとんどなかった……はずだ。

 

 そして志波海燕はその数少ない例────藍染惣右介の策謀によって殺された犠牲者の一人だ。

 

 海燕は任務で妻が殉職したという報告を受けてその現場へと向かい……誇りをかけて一対一で戦った彼は、斬魄刀を消滅させられ、虚の能力によりその身体を乗っ取られてしまう。

 

 その様子を全て見ていたのが海燕と共に現場に向かった十三番隊隊士の一人、朽木ルキアであり、虚に乗っ取られた海燕を殺して最後を看取ったのも彼女だった。

 

 そこでルキアは海燕から心の在り処について教えられ、彼の意志と想いを受け継いでいく。

 ルキアは大切な人を殺した罪の意識で心を傷つけながらも、それでも海燕が残した心を胸に抱き、懸命に生きていくこととなる。

 

 それが、俺が思い出した原作知識。

 

 今の今まで忘れていた、前世の記憶。

 

 ……手遅れになってから思い出した、意味のない未来(過去)の知識だった。

 

 「……あの、更木隊長? 何か報告に不備でもあったでしょうか?」

 

 「…………いや、何でもない。報告はわかった。もう下がっていいぞ」

 

 俺は俯いていた顔を表にあげ、何事もなかったかのように表情を取り繕いながら報告に来た隊士を下がらせた。

 

 ぱたり、と襖が閉まる音が鳴り、隊首室に静寂が続く。

 そこには自分への怒りと、後悔と、やるせなさで項垂れた、一人の幼い子供だけが残っていた。

 

 ……平穏な日々に浸って腑抜けていた?

 ……流魂街での過酷な日々との差に平和ボケしていた?

 

 ああ、そうだ。その通りだ。

 俺は今のこのぬるま湯のような毎日に安堵していた。

 

 一角がいて、弓親がいて、卯ノ花さんがいて。

 山本の爺さんがしごいてきて、それを浮竹が見守っていて、京楽は揶揄ってきて。

 そしてやちるが笑いかけてくれる。

 

 そんな当たり前の日常がどうしようもなく心地良くて。

 こんな毎日がずっと続けばいいのにと、そう思って。

 ────これから先の未来(こと)なんか、考えないように逃げていたんだ。

 

 ……今は、誰とも会いたくない気分だった。

 

 「……オレは聖人じゃねー」

 

 そうだ。俺は聖人でも主人公でも何でもない。

 ただの転生しただけの一般人だ。

 更木剣八という最強クラスの肉体に転生してはいるが、その魂は凡人の域をでていない。

 

 俺には、黒崎一護のように山ほどの人を救うことなんてできない。

 俺は身の回りにいるほんの一握りの大切な人達が平穏に過ごしてくれればそれでいいと思っている。

 

 見知らぬ誰かを護るのは主人公の役割だ。

 俺の力は護ることより殺すことの方が向いている。

 

 だから、俺が誰かを護るために広げる手は……ほんの一握りのためにとっておく。

 

 自分の知らぬところで誰が死のうと、俺には関係のない話だ。

 

 「知っていただろうが……ッ!」

 

 原作知識という名の、この世界の未来の知識が俺にはあった。

 

 この千年の間にその大半は記憶の彼方に消えてしまったが……それでもすべてを忘れたわけじゃない。

 

 大切なことは覚えているつもりだった。

 俺とやちるに関することはすべて覚えていた。

 でもそれは……俺にとって大切なことだったからだ。

 

 志波海燕の死も、それによる朽木ルキアの葛藤も。

 俺にとっては今の今まで、ただの物語(フィクション)でしかなかったのだ。

 

 だから……簡単に忘れていた。

 

 「……知りたくなんか、なかった」

 

 誰かが聞いたら、俺に責任はないと慰めてくれるのかもしれない。

 忘れてしまうのは仕方がないことだと、優しく諭してくれるのかもしれない。

 

 でも俺は……この世界で唯一救えない未来を救えたかもしれなかった俺は────そう簡単に割り切ることなんてできなかった。

 

 この世界が物語(フィクション)ではなく現実だということを、俺は知っているから。

 

 「────剣ちゃん?」

 

 声が聞こえた。

 

 鈴の音が鳴るような、幼い少女の声だ。

 

 誰よりも愛おしくて、誰よりも大切な。

 そして今最も声を聞きたくなかった(聞きたかった)、少女の声が聞こえた。

 

 「……泣いてるの?」

 

 俯いていた俺の視界にピンク色の髪が入り込む。

 

 まるで割れ物を扱うかのように慎重に、そして心の奥底から俺のことを心配してくれていることがわかる慈愛に満ち溢れたその問いかけは、俺の壊れかけの心に酷く染み渡った。

 

 「……泣いてねーよ」

 

 「ウソ。剣ちゃん泣いてる。剣ちゃんって昔から意外と泣き虫なところあるから」

 

 ────流魂街にいた頃はよく襲われている人を助けようとして、間に合わなくて泣いてたよね。

 

 そんなことを言いながら近づいてくるやちるは、いつの間にか俺の正面に座っていた。

 昔を思い出すように懐かしそうに呟くその姿は、不思議と少しだけいつもより大人びて見えた。

 

 「他にも助けた人が次の日生きることを諦めちゃったときとか。裏切られても平気なのに、剣ちゃんは変なところで思い込むよね」

 

 優しい瞳で俺を見つめているやちる。

 彼女の小さな手が俺の頭に触れ、ゆっくりと俺の黒髪を撫でていった。  

 

 「剣ちゃんが泣くときは、自分で自分を傷つけているとき。自分のことが許せないとき。いつも一人で抱えこもうとする、そんな剣ちゃんを見るのがあたしはいつも嫌だった」

 

 やちるの小さな身体が俺の頭を包み込む。

 ふとした拍子に壊れないようにそっと、大切なものに触れるように、優しく手を添えて撫でてくれるその温かさに、少しだけ心が安らいでいった。

 

 「剣ちゃんは一人じゃないよ。だから傷つくときは一緒。でも、剣ちゃんはあたしが傷つくのは嫌でしょ?」

 

 そう言って俺と額を合わせながら見つめてくるやちるの表情は、まるで悪戯っ子のような、可愛らしくも優しい笑みを浮かべていた。

 

 「────だから一緒にいるよ。一緒なら、泣いても痛くないでしょ?」

 

 何かの堰が切れるような音がして、俺はやちるの腕の中で幼子のように人目も憚らず泣いた。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 「あのときの剣ちゃんかわいかったなー。泣きたいのに我慢して、でも夜にあたしが寝た後はひとりで泣いていて。あたしが抱き返すと、剣ちゃんはもっと泣いちゃって」

 

 「……お前だって泣いてたろーが」

 

 ひとしきり泣いてすっきりした後、やちるは俺が反論しないのをいいことに恥ずかしい秘密を言いたい放題言ってくれていた。

 そんなやちるにムッとした俺は、せめてもの反撃に墓場まで内緒にすると約束していたやちるの秘密を暴露した。

 

 「お前その日は抱き着いて寝てきた癖におねしょまでしやがっただろーが。次の日川まで洗濯しに行くの大変だったんだからな」

 

 「あ、あれは剣ちゃんが泣いてたからあたしも悲しくて泣いてたの! それにおねしょはあたしじゃなくて剣ちゃんだもん! 絶対! ぜーったいそう!」

 

 「じゃあ何でお前が抱き着いてたところだけオレの着物が濡れていたんだよ。しかもやちるの股下のところから広がる形で」

 

 「あー! 剣ちゃんそういうこと言うんだー! せっかく慰めてあげたのに! でりかしーなしだよ!」

 

 ぷりぷりという擬音が聞こえてきそうな様子で両手を挙げて怒りを表すやちるに、俺は自然と笑みを浮かべていた。

 その天真爛漫で自由な彼女の姿に、先ほどまで暗闇だった世界に光が差したような気がした。

 

 「デリカシーの意味わかって言ってるのか……?」

 

 「知ってるよ! 現世のお菓子の名前でしょ! 家まで配達してきてくれるお菓子! 剣ちゃんが欲しがってもわけてあーげない」

 

 可愛らしくそっぽを向き、腰に手を当てながら不満をアピールするやちる。

 そんなやちるの姿を見て、俺は心の底から温かいものが湧き上がってくるのを感じた。

 

 俺のことを心配して来てくれたのが嬉しかった。

 俺のことを元気づけるためにわざと揶揄うような態度でいてくれたことが嬉しかった。

 何も聞かずに、ただ俺の傍にいてくれたことが嬉しかった。

 

 「……やちる」

 

 「ん。なぁに剣ちゃん」

 

 あぁ、そうだ。誓っただろうが。

 俺はこいつの、やちるの剣八になるって。

 

 俺のこの小さな両手は。

 やちるのために振るうって。

 

 「……ありがとな」

 

 更木剣八(あの人)なら、きっと振り返らない。

 

 死んだ隊士の骸を背後に、ただひたすら敵を斬り続けるのだろう。

 

 後悔して立ち止まる暇があるのなら、前に進んで戦うことを選ぶのだろう。

 

 俺には藍染惣右介の策謀や、ユーハバッハの侵攻を事前に防ぐことなんて器用な真似はできない。

 俺に残っている原作知識はもう既に断片的なものでしかなく、まともな対策なんてできるものではない。

 こんな穴だらけで朧げな知識を元に原作を改変するなんてこと、俺には怖くてできない。三界全ての命運が懸かっているのだ。俺にはその責任を背負えない。

 

 俺は策謀家ではないし、頭を使うことは苦手だ。

 二次創作の有能なオリ主みたいに全てを救うなんて真似、できやしない。

 

 俺に出来ることはただ────剣八として強く在り続け、やちるの敵を斬ることだけだ。

 

 破面(アランカル)も、完現術者(フルブリンガー)も、星十字騎士団(シュテルンリッター)も。

 藍染も、月島も、ユーハバッハも。

 やちるの敵として立ちふさがるのなら、斬って殺してそれで仕舞いだ。

 

 「うん!」

 

 ごちゃごちゃと後悔するのは更木剣八()に合っていない。結局俺がすることに変わりはないんだ。

 俺は目の前の幸せを手放さないようにしっかりと掴み、その片手間でできることをしていけばいい。

 

 そうだな……まずは、朽木ルキアと少し話でもしてみるか。

 

 

 

 俺は満面の笑みで返事を返してくれるやちるを見て、この笑顔だけはどんなことをしてでも護り通してみせると、改めて自分自身へと誓った。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 というわけで、よわよわ剣ちゃんとそれを支えるやちるちゃんでした。

 転生者でも1000年経ってたら原作知識忘れちゃうのも仕方ない……仕方ないよね?

 剣ちゃんの原作知識は朧げで、ソウルソサエティ編までの話は大まかに覚えていますが破面編以降はほとんど覚えてない感じです。
 破面編以降は今回みたいにふとしたきっかけで思い出すくらいですね。
 十刃だとグリムジョー・ジャガージャックとアーロニーロ・アルルエリの名前しか覚えてません。ノイトラェ……。
 語呂も名前もオサレだからね。仕方ないね。

 ちなみに例外として、やちるちゃんに関する部分だけはしっかり覚えています。

 
 
 そしてオーバーロードの新巻が今月末発売されるので失踪します(ダイマ)

 
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