チャラ男小路清隆   作:ウェンバンヤマ

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嘔吐描写があります


セルフコントロール

 

 

 燦々と輝く太陽、その光を受けて煌めく砂浜。

 鼻腔をくすぐるのは炭火で焼かれた肉や野菜の香ばしい香り。

 そして眼前には太陽にも劣らないギラギラを発する憧れの陽キャ。

 

 

「クク、肉が焼けたぞ。食え」

 

「ククク、野菜も食え。玉ねぎは甘くてうまいぞ」

 

「クククク、アヒージョがそろそろ頃合いだぞ。魚介の出汁がよく出てる。早く食え」

 

 

 

 …そうか...オレはこの瞬間のために生まれて——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと男子!起きなさいよ!」

 

 

 ——無人島試験5日目。未だに癒えない心の傷、慰めてくれるのは夢の世界だけだ。

 この声は篠原だろうか。せっかく幸せな夢を見ていたというのになんとも空気の読めない女だ。

 

 

 

「今朝その...軽井沢さんの下着がなくなってたの。それがどういう意味かわかる?」

 

 

 

 軽井沢の下着が?パンツかブラか知らないが随分と命知らずな真似をする奴がいたもんだ。

 犯行がバレればクラスに居場所はない。3年間の学校生活は針の筵と化すだろう。

 

 いや、仮に犯人でなかったとしても目をつけられるだけでアウト。槍玉に挙げられ犯人に仕立て上げられた(のち)公開処刑が待っている。

 

 バカな男子が制欲に振り回されてやったのか、普段軽井沢に虐げられている非陽キャ女子の復讐か、はたまたクラス内の不和を狙った外部からの攻撃か。

 

 どちらにせよDクラスのこれからの戦いは厳しいものになるだろう。

 

 

 

 

 

「とりあえず男子の荷物検査するから!平田くん、お願い」

 

「おい待てよ!何で平田は犯人じゃねえって言い切れるんだよ!」

 

 

 須藤、お前まさか平田が下着を盗んだとでも言いたいのか!?

 するはずがないだろう!そんなことを!オレの平田が!!オレの平田を馬鹿にするなァ!!!

 

 

 

 

「とにかく!男子は早くバッグ出しなさいよ!」

 

 

 

 

 

 

 …え?これってオレも出すのか?軽井沢とは陽キャ友達として悪くない関係を築いてきたつもりだが...

 なんて薄情なやつなんだろう。機会があれば寒空の下冷や水をぶっかけてやりたい。

 

 

 まあいい、先陣を切った平田に続こう。

 この荷物検査順が実質的な陽キャランキングと言っても過言ではない。

 どれだけ女子からの信頼を勝ち得ているのか、その自信がなければ自然と体は列の後ろへと流れてしまう。

 つまりスピード勝負。こういう時は堂々と迅速に荷物の開示をすることが肝心なのだ。

 

 

「ごめんね...すぐ終わらせるから———!?!?!?!?」

 

 

 平田の目がカッと開かれる。一体何を見たというのだろうか。

 オレがトランクス派ではなくボクサー派であることぐらい知っているはずだが...

 

 …ま、まさか!?

 

 

「あー!!!あるじゃない!パンツ!綾小路くんが盗ったのね!?」

 

 

 

 篠原がそう騒ぎ立てると自然とその熱が周囲に伝播していく。ザワザワとオレへの疑念を持った声が聞こえてくる。

 

 

 

「…え、マジ?やばくね?」

 

「綾小路が犯人?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「———」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …何だこれは。オレが疑われているのか?

 オレは陽キャだ。

 下着を盗まれた軽井沢とは男子の中では彼氏である平田の次に仲がいい。

 それは周知の事実だろう?それなのになぜオレを疑う。

 盗むにしても友人かつ親友の彼女からは盗まないだろう。

 下着泥棒をするようなキャラじゃない。

 オレは陽キャだ。

 下着泥棒をするのは陰キャ。

 陰鬱で無表情で感情の起伏も少ない彼女も友達もいないような社会不適合者のやることだ。

 断じてオレのことではない。

 

 なのに何故こいつは、こいつらはオレに疑いの目を向ける?

 オレは陽キャなんだ。

 普段からこういうことをしそうなやつとでも思われていた?そんなわけはない。

 

 

 平田や軽井沢たちから向けられる親愛も、池や山内から向けられる嫉妬や嫌悪も、みーちゃんや佐倉から向けられる若干の畏怖も、佐藤から向けられている恋幕もそれら全てがオレを陽キャであると証明している。なのに何故——

 

 

 

「ちょっと待ってほしい篠原さん。もし綾小路くんが犯人だったらこうも簡単に荷物検査に応じるかな?さすがに綾小路くんもそこまでバカじゃないと思うんだ」

 

 

 さすがは我が心の友平田だ。今大騒ぎしているクソバカどもとは人としてのレベルが違う。

 いつだって冷静で他人のことを慮る優しい男だ。

 来世はきっと仏だろう。いつまでもオレのことを見守っていてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 しかしこうしてパンツという現物が出てきてしまった以上犯人探しは止まらない。

 平田の超絶完璧理論で目を覚ました者もいればいまだにオレを疑ってかかる者もいる。

 

 一度オレを糾弾して振り上げた拳を下ろせなくなった篠原なんかが特にゴネている。

 平田もなんとか宥めようとするばかりで強い言葉は使わない。

 平和主義者で揉め事を嫌う平田らしいといえばそうなのだが、どちらが悪いかはっきりしている場合はハッキリ叱りつけてやってほしいものだ。

 

 親友であるこのオレが性犯罪者だと言いがかりをつけられているのだからもう少し熱く、感情的になってもいいと思うんだが...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———なぁ平田、もしかして犯人として吊し上げられたのがオレじゃなかったとしても同じようにして庇ったんじゃないのか?

 

 例えそれが池や山内のようなどうしようもなくて本当に下着泥棒をやりかねないような奴らだったとしても同じように弁護してクラスの和を保とうとしたんじゃないのか? 

 

 

 

 平田の行動はいつもクラス全体の仲を取り持つことを第一としている。

 

 彼女である軽井沢とその他の女子との扱いはあまり変わりない。

 当然過ごしている時間は軽井沢が最も多いだろうが、それは常に軽井沢が平田の隣をキープして他の女子を牽制しているからだ。

 それを平田は困ったような顔をして笑っているだけ。

 

 彼女がいるにも関わらずまるでフリーであるかのようなフラットさで女子に接する。

 だからみーちゃんのように無謀な恋をする女子が生まれる。

 

 こうして見ると平田が尻軽なビッチかのように写ってしまうがそれは違う。本当に誰に対しても同じように優しく、みんなを傷つけないように接しているだけなのだ。

 

 

 それはオレに対しても例外ではないのだろう。

 オレはいつだって平田が中心となっている輪の中にいる。

 楽しい談笑中には小粋な陽キャジョークを差し込んできた。

 定期試験の勉強会や暴力事件の作戦会議といった大事な話し合いだって必死になって頭を唸らせているように繕ってきた。

 

 そういったオレの頑張りをいつも平田は朗らかな笑みで受け止めてくれた。

 しかしそれもグループに不和を生まないための社交辞令のようなものだったのかもしれない。

 

 平田のような本物の陽キャには偽陽キャのオレはさぞ滑稽に写ったことだろう。

 対等な友人だと勝手に思い込んでいた自分が情けない。オレたちの間には明確な格の違いがあったのだ。

 

 平田からすればオレなど眼中に無い。いや、優しいあいつのことだ。視界の端くらいにはオレを収めてくれているのだろう。

 こうして妄想に耽り自分を慰めていることを俯瞰してみると惨めで涙が溢れそうになる。

 

 

 

 

「綾小路くんは朝から晩まで島中を回ってスポットを更新して、空いた時間には他クラスの偵察に行って...クラスの中で一番大変な役を担ってくれている。だから夜は疲れてぐっすり寝ていたはずだよ。隣で寝ていた僕には分かる。下着を盗む余裕なんてなかった。綾小路くんは犯人じゃないよ」

 

「…平田くんがそこまで言うなら...じ、じゃあ一体誰が盗んだっていうのよ!?他の誰かが盗んで綾小路くんのバッグに入れたってことでしょ!?」

 

 

 平田の決死の弁護によってなんとかオレは犯人確定から容疑者筆頭にランクアップすることができた。

 しかしこの事件によって男女の溝は決定的となり、これからはそれぞれ生活領域を分けることとなってしまった。

 

 

 

 

 

 

「——少し顔を洗ってくる」

 

「わ、私もっ——「悪い、1人にさせてくれ」

 

 

 オレの身体で起きている異変。初めての感覚に動揺しているのかあまり余裕がない。オレはうまく対応できたか?表情筋は働いているか?

 ダメだ、思考がまとまらない。

 

 

 

 

 

「き、清隆くん...」

 

「佐藤さん、今はそっとしておいてあげた方がいいと思う。みんなに疑われて、きっと相当ショックだったんじゃないかな」

 

「…うん、そうだよね...」

 

 

 

 

 

 限界が近そうだ。真っ直ぐ前を向いて歩けない。陽キャとは背筋を伸ばして堂々と胸を張って生きるものなのに。

 フラフラと足取りを進める。

 今すぐにでも楽になりたいが少しでも人気のないところへ行かなければならない。

 

 

 

 

 

 …ここらあたりでいいか。

 少し気を緩めるとすぐに食道から何かがせり上がってくるのを感じる。

 

「——ぉえっ...」

 

 

 

 ビチャビチャと吐瀉物が地面に叩きつけられる。

 過度なストレスは自律神経を掻き乱し嘔吐を引き起こすことがあるが、まさか自分がそれを経験するとは思わなかった。

 

 

 

 …オレは精神的に弱くなっているのだろうか。

 周囲の人間からの信頼を失い、培ってきた関係性が壊れることを恐れて強いストレスを受けている。

 ホワイトルームにいた頃ならそんなこと毛ほども気にしていなかったことだろう。

 

 いや、これも一種の成長なのかもしれないな。

 

 

 地面に染み込んだ吐瀉物の中に何か粒状のものがある。

 …昨晩食べたとうもろこしか。

 オレが島中駆けずり回って見つけたとうもろこし。

 

 友人たちと火を囲んで食べたのは青春の1ページとしてオレの脳裏に深く焼きついている。

 瞼を閉じればいつだってあの日あの時を夢想できる。

 

 

 

 

 

 

 …オレはどうかしていた。

 なぜ荷物検査の時に自分のバッグに下着が入れられていることを考慮していなかった?

 他クラスからの攻撃なら盗んだ下着を誰かの荷物に忍ばせておくことぐらいすぐに想像つくだろう。

 

 オレは浮かれていたんだ。

 この無人島試験での傑出した活躍。これでオレは陽キャとしてさらなる高みに至ると確信して疑わなかった。

 そこを狙われた。オレの緩みを見逃さなかった。

 

 

 一体誰が?そんなことは問うまでもない。

 陽キャとしての未熟さを理解するには当然そいつも陽キャである必要がある。

 

 今回の騒動の犯人。それはオレより遥か上をいく陽キャ、龍園以外にいない。

 リタイアしたと見せかけ機を伺っていた。

 

 

 Cクラスの偵察に行った時からこのシナリオを思い浮かべていたのだろう。

 龍園からすればオレは格好の獲物。罠に嵌めるなんて朝飯前ということだ。

 

 …完敗だな。陽キャとしての実力差をまざまざと見せつけられた。

 本来敗北なんて忌避するべきものだ。しかしなぜだか今はとても清々しい。 

 オレはまた一つ成長できる、そんな確信めいた予感。

 

 

 

 

 

 ——ふぅ、色々と整理できたおかげで思考がクリアになってきた。

 陽キャらしく上を向くと視界がパッと開けたような感じがする。

 

 それじゃあまずオレがするべきことは...さっきからそこでコソコソと隠れている覗き魔を捕まえることだな。

 

 

 

 




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彼女になるのは誰なんーだい!

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