「おはよう山内!」
「おはよう池!」
今日も今日とて平田と共に登校すると満面の、てっかてかの笑顔で池が山内に声をかけていた。
この2人がこんなに早く登校してくるなんて珍しいこともあるもんだ。入学式から1週間。池や山内は毎日のように遅刻寸前に登校していた。今日に限ってやたら早い。
「いやあー授業が楽しみで目が冴えちゃってさー」
「なはは。この学校最高だよな、まさかこの時期から水泳があるなんてさ!水泳って言ったら、女の子!女の子と言ったらスク水だよな!」
水泳は男女混合同。つまり堀北や櫛田、我らが平田軍団のギャル達の水着が拝めることになる。ただ池と山内がはしゃぎすぎて女子の一部はドン引きだ。
平田と目を合わせて、お互いに苦笑する。
そうだよな、オレ達はあいつらとは違うよな。
「で?お前は誰に賭けるか決めたか!?」
「そんなの櫛田ちゃんに決まってんじゃんかよ!」
…どうやらあいつらはクラスの女子のおっぱいランキングを作るつもりらしい。1位予想で盛り上がっている。
全く興味がないかと言われればオレも陽キャである以前に男子である以上少し関心があると言わざるを得ないがそれを大っぴらに周囲に向けて発信するなどというメタ認知能力の欠けた振る舞いはしない。
陽キャとは常に他者からどう見られるか、どういった人間だと思われているのかについて思考を巡らせ続けなければならない。
巨乳好きなんてレッテルを貼られた瞬間、そいつに陽キャという将来は閉ざされ、待っているのは女子からの性犯罪者扱いに他ならない。
陽キャたるもの常に紳士たれ。スマートに、爽やかに、だ。
「……」
この冷たい視線は...
「どうしたの?鈴音ちゃん」
「だから名前で.....! ——はぁ、もういいわ。あなた、あれに参加しないの?」
「するわけないじゃないか。女子を悲しませるようなことは、ね」
———そもそも、オレは仲間に入れてもらえそうにない。池たちからはかなり嫉妬されている感じがするからな。
だがそれもオレが陽キャであるが故の嫉妬と考えればむしろ心地いいぐらいだ。
「なら今すぐ止めさせてきなさい。あれを放置することも女子を悲しませるのに加担してると言えるわよ」
昼休みが終わり、全男子の待ちわびた水泳の時間がやってきた。平田と共に更衣室へ向かう。
プールに入るのでピアスを外す。少々手間取り着替えに遅れそうだったので、急いで制服を脱ぐ。
———なんだ?やけに視線を感じるな。
「あ、綾小路くん、それって...」
Tレックスだと思った?残念、刺青です。
「ああこれ?去年入れたんだよね」
「そ、そう...」
…え?もしかして引かれてるのか...?
オレが見た陽キャの中には刺青の入っている奴もいた。それも結構イケイケな奴だ。ウェーイ。
ピアスと刺青は陽キャの象徴ではなかったのか!?ピアスの評判は結構良かったから問題ないとばかり思っていたが、しくじったか...?
周囲の目ばかり気にしていても仕方ないのでさっさと着替えてプールサイドに向かう。
「うひゃあ、やっぱこの学校はすげぇなぁ!町のプールよりでかいんじゃね?」
「女子は?女子はまだなのかっ?」
「なあ、もし俺が血迷って——」
池は絶好調だな。そんなに露骨だと女子に嫌われるぞ。まぁ、今朝ので手遅れかもしれないが。
「うわ〜。すごい広さ、中学の時のプールなんかより全然大きい〜」
男子グループから遅れること数分女子の声が耳に響いた。
「き、来たぞっ!?」
身構える池。だからそんな露骨だと嫌われるって。
とはいえ、オレだって気になる。長谷部とか櫛田とか、堀北とか。
特に1番の巨乳と噂される長谷部はぜひ一度拝んでおきたい。
ところがオレたち男子生徒全員の願いは思わぬ形で裏切られる。
「長谷部がいない!ど、どういうことだ!?博士っ!」
「う、後ろだ!」
「ンゴゴゴ!?」
山内が指を指し、事態が明らかになる。長谷部は博士と同じ見学組だったのだ。
続々と女子の面々が見学組として2階に姿を現す。そこには軽井沢の姿もあった。
「な、なんでだよ...これ、どういうことだよ!」
「巨乳が、巨乳が見れると思ったのにぃっ!」
心中お察しするが長谷部はドン引きしておりキモ、と呟かれる始末。
「池、悲しんでる場合じゃないぜ。俺たちには、まだたくさんの女子がいるっ!」
「そ、そうだな。たしかにそうだ。ここで落ち込んでる場合じゃないよなっ」
「「友よ!」」
お前ら...どんなことで友情を確かめてるんだよ...
「2人ともら何やってるの?楽しそうだねっ」
「く、くく、櫛田ちゃん!?」
ここで大天使櫛田降臨。男子の殆どがそのわがままボディーに釘付けになったことだろう。
「何を黄昏ているの?」
「別に、黄昏てなんかいないよ。ただ賑やかだなぁって」
「そう......」
「…どうしたの?」
「綾小路くん、何か運動してた?」
「まぁ、スポーツをちょっとね」
「ふぅん......」
なんだよ。人の体をジロジロ見やがって、
言いたいことがあるならはっきり言えってんだ。
堀北との会話はやたら「......」が多い気がする。
「よーしお前ら集合しろ!」
いかにも熱血といった風貌の体育教師がオレたちを呼ぶ。
「これから50m自由型で競争をするぞ。男女それぞれ1位になった奴には5000ポイントやろう」
5000ポイントか...この先友達付き合いでポイントの消費はかさむだろうし、是非取っておきたいな。
「先生、俺泳げないんですけど...」
「大丈夫だ!俺が克服させてやる。泳げるようになっておけば、必ず後で役に立つ。必ず、な」
だいぶ強引だな...それにしても、必ず役に立つってのはどうなんだ?みんながみんな海やプールに行くわけでもないってのに。
全員で準備運動を始める。池はチラチラと女子の方を見て止まなかった。
さて、オレの番が来た。基準としては須藤の24秒後半の記録だ。それより少し早い程度でいいだろう。同じ組には平田もいて、女子の視線を集めている。
「キャー!」
平田への黄色い声援が飛び交う。
悪いがこの場はオレが仕切らせてもらうからな。
飛び込んで足を動かす。順調な滑り出しだ。ほら、もっと加速するぞ———
「平田くん、すっごく格好よかった!サッカーだけじゃなくて水泳も得意なんだね」
「ちょっと、何平田くんに色目使ってんのよ!」
「23秒47...だと」
オレの須藤超えの大記録も注目しているのは教師だけ...女子は平田に夢中でオレは完全に腫れ物扱いだ。
刺青ってそんなに良くない物なんですか...?
櫛田も池達に囲まれているし、堀北は相変わらず。もはやオレの居場所はないのかもな...
「あ、綾小路くんっ!泳ぐのすっごい上手なんだね!カッコよかったよ!!」
さ、佐藤...?お前はこんなオレにも声をかけてくれるのか...?
頬を温かいものが伝う。これはきっとプールに入っていたせいで水滴が垂れているだけだろう。うん、きっとそうだ!
佐藤、今までちょっとバカっぽいとか思っててごめんな。お前は櫛田に匹敵する天使、いや女神だよ。
「うん、運動は得意だからね。きっとこの後の決勝戦も勝ち抜いて、5000ポイントで美味しいご飯をご馳走するからね、麻耶ちゃん...!」
「え?ご、ご飯?2人でってこと...?」
「もちろんだよっ!」
「ホント!?やったっ!」
ついさっき高円寺がオレを少し上回る記録を出したが、そんなものは関係ない。オレは佐藤のために絶対に勝つ。絶対にだ...!
「やあ、綾小路ボーイ。君も中々の素質を持っているようだが、ここは私が勝たせてもらうよ。なにせ負けるのは好きじゃないのでねぇ」
「高円寺くん、悪いけど今日のところは負けてもらうよ。オレにも負けられない理由があるんでね...!」
「ほぅ、君も漢になった、と言う訳だね。いいだろう、全力を持って迎え撃とうじゃないか」
「な、何だあいつら?すげぇ迫力だぞ...」
「そんなに5000ポイントが欲しいのか?」
こんなに熱くなったのは初めてだ。その伸び切った鼻をへし折ってやるからな、このブーメラン野郎...!
「よっしゃあぁぁぁーーーっ!」
「フッ、負けたよ、綾小路ボーイ。まさかここまでとはね」
「いや、殆どタッチの差だったじゃないか。いい勝負だったよ、六助くん。」
オレたちは硬い握手を交わした。
「22秒01...だと!?」
「…何をやっているのかしら...」
こうしてオレはクラスメイトから若干の好感度ダウンと引き換えに新たな友人と5000ポイントを得たのだった。
彼女になるのは誰なんーだい!
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佐藤
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軽井沢
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堀北