「桔梗ちゃん、帰りにカフェ寄ってかない?」
「うん、行く行く!あ、でもちょっと待ってね。もう1人誘ってみるね」
お、櫛田がこっちに来た。おいおい、女子の中に男1人だけってのは辛いんだぞ———
「堀北さん。私、これから友達とカフェに行くんだけどよかったら一緒にどうかな?」
「興味ないから」
なるほど。堀北へのお誘いだったらしい。
しかし堀北はブレないな。オレだったら喜んで着いていくところだが、こいつは入学以来ぼっちを貫いている。
「そっか。じゃあ、また誘うね」
「待って、櫛田さん」
堀北が珍しく櫛田を呼び止める。なんだ、ついに櫛田の誘いに折れたのか?
「もう私を誘わないで。迷惑なの」
「…また誘うねっ」
頑なな態度を見せる堀北だが、櫛田も櫛田だ。これだけ冷たくあしらわれていて、まだ笑顔を絶やさずに誘い続けるのか。
「桔梗ちゃん、もう堀北さん誘うの止めなよ。私あの子嫌い——」
教室の扉が閉まる寸前、そんな女子の声が微かに聞こえた。その声は堀北にも届いたはずだが、少しも意に介した様子がない。
「あなたまで余計なこと言ったりしないわよね?」
「うーん...鈴音ちゃん、どうしてそこまで1人にこだわるの?」
「1人が好きだからよ」
「だからってあそこまで言うことないんじゃない?どうかな、一回ぐらい遊んでみたら——」
「止めて」
ピシャリ、とオレの言葉を遮ってくる。こいつは梃子でも動かないな。櫛田の助け舟になればと思ったが、オレじゃ手に負えそうもない。
そもそもなんでオレが堀北の面倒を見てやらなきゃいけないんだって話だ。
「綾小路くん、ちょっといいかな?」
「構わないけど、どうしたの?」
何だ水臭いな、平田よ。オレたちの仲じゃないか。
「堀北さんのことなんだけど、どうにかならないかな?」
「鈴音ちゃんのこと?」
「うん、彼女ずっと孤立してしまっているだろう?あのままだと良くないんじゃないかと思ってね」
「良くないって、鈴音ちゃんは自分から進んで1人でいるんだよ?特に問題ないんじゃないかな?」
「それでも心配なんだ。このクラスでいじめなんて絶対に起こさせたくないからね」
いじめ?飛躍しすぎじゃないか?やはり平田のように優しい奴はそういうのに敏感なんだろうか。
「そっかー、でもオレじゃあどうしようもない——「頼むよ!君にしか頼めないんだ!」分かった!オレに任せてくれ!」
まぁ、そこまで言われちゃあやるしかないよな。
決して平田の言うことに逆らえないわけではなく、オレの意志で行動するんだ。堀北のぼっちはオレがなんとかするからな!
〜翌日〜
「綾小路くん、ちょっといいかな?」
デジャヴか?と思ったが、櫛田だった。
「私ね、堀北さんと友達になりたいの!」
「よし!協力するよ!」
渡りに船。昨日はすげなく断られていたが、堀北とうまくやれるのはお前しかいないと思っていたぞ、櫛田。
「ホントに?嬉しいなっ」
「作戦ももう考えてあるんだ!」
「そ、そうなの?」
少々食い気味だったのか櫛田がちょっと引いている気もするが、きっと勘違いだろう。
「うん、放課後にカフェで——」
「分かったよ!それにしても、こんなこと思いつくなんて綾小路くんって頭いいんだね」
そうだろう?この作戦なら、取り敢えず話し合いの場には持って行けるだろう。
———あ、佐藤との約束忘れてた。
まぁ、約束の時間は夜だしそれまでにカタをつければ大丈夫だろう。
「鈴音ちゃん、ちょっといいかな?」
「何?」
「鈴音ちゃんってさ、よく本を読んでるよね」
「そうね」
「実はオレも結構な読書家でさ、ドストエフスキーとか、趣味が合うなぁって」
「…何が言いたいの?」
「是非語り合いたいな、と」
「それなら図書室にでも行ったら?読書家なんていくらでもいると思うけれど」
「そうしたいのは山々なんだけどさ、ほらオレってこんな感じでしょ?どうにも場違いって感じで居づらいんだ」
「そう、それは災難ね」
「そうなんだよ。だからさ、お願い!オレと一緒にカフェに行って欲しいんだ!」
「…まぁ、いいけれど」
「やったー!じゃあ放課後よろしくね」
へっ、チョロいもんだぜ。まあオレのコミュ力を持ってすれば楽勝だったな。
いや、これって結構すごいことなんじゃないか?平田も匙を投げたあの堀北をほぼデートまでこじつけたんだ。
オレは平田を超えた...叛逆の日も近いな。
いや、冗談だけど。
やってきました放課後。オレは櫛田と目配せして、作戦決行を確かめ合う。
「それじゃあ行こうか」
「そうね」
そっけねぇな。熟練夫婦みたいだぞ、オレたち。
なんか注目を集めていて気まずいので、足早にカフェへと向かう。
「すごい人数ね」
「鈴音ちゃんは初めて?まぁ、ぼっちにはハードル高いか」
「それは嫌味のつもり?子供ね」
あんまりにもオレへの対応が雑なので、ちょっと煽ってみた。通じてないみたいだけど。
注文を終えて、ドリンクを受け取る。
「このコーヒーが美味しいんだよね。そっちのは飲んだことないなぁ」
「あげないわよ」
「そっか」
「アレだね。周りから見たら、オレたちカップルに見えたりしない?」
「あなた、ふざけているの?私はあなたの自尊心を満たすために来たわけではないのだけれど」
「す、すいませんね...」
やばい、気まずくなってきた。ここまで冗談の通じないやつだとは...胸が痛いし、もう帰りたいです。
「あ、堀北さん。偶然だねっ!それに綾小路くんも!」
「やあ桔梗ちゃん」
あくまで偶然を装い櫛田が軽く挨拶する。よし、ここまでは作戦通りだ。
「綾小路くんと堀北さんも2人でここ、来るんだ?」
「今日はたまたまね。そっちは1人?」
「うん、今日はちょっとね———」
「あなた、謀ったの?」
「え?」
「や、やだな、偶然だよ?」
あ、バレた。こいつ、人と全然接してないくせにやたらと観察力は高いんだな。
「ごめんね、鈴音ちゃん。ちょっと根回ししたんだ」
「でしょうね。最初から少しおかしいとは思っていたし」
「堀北さん、私と友達になってください!」
バレちゃあ仕方ないということで隠すことなどせず、正面から切り込む。
「何度も言っていると思うけれど、私のことは放っておいて欲しいの。クラスに迷惑をかけるつもりはない。それじゃあいけないの?」
「で、でも綾小路くんとは親しそうにしてるよね?下の名前で呼ばれてるし」
「彼は誰に対しても下の名前で呼んでいるわよ。それにいくら言っても直さないし、これ以上言及するのが無駄だと思っただけ」
「私だって誰に対しても仲良くしたいって思ってるよ」
「それとこれとは話が別よ。あなたは必要以上に接触してくるし、何より私のことを嫌っているでしょう?」
「え?そ、そんなことないよ...」
何だか不穏な空気になってきたな。それに櫛田が堀北を嫌っている?そんなことあるのか?
「もう分かったでしょう?私はあなたと仲良くするつもりは無いの。諦めてもらえる?」
「そっか...残念だけど、今日のところは諦めるよ。でもいつか友達になれるって信じてるからっ!」
櫛田、撤退。まあこれ以上やっても平行線だろうしな。
それにしても意外だ。堀北は「もう帰ってもいいかしら?」とか言って途中で帰ってしまうかと思ったが、その場を動かなかった。
約束したことはちゃんと守るってことか?律儀なやつだ。
「え、えっと———」
「私たちは本の話をしに来た、そうでしょ?」
「うん...まぁ...」
「なら早速始めましょう。あなた、ドストエフスキーを読むのでしょう?なら、『罪と罰』のソーネチカの心情は———」
こいつマジか。この状況で本の話なんてできるか?ぼっちを極めると凄いことになるんだな。
そうして30分程だろうか、オレたちは熱く語り合った。本の感想を共有するってのは結構楽しいんだな。
「あの...ちょっとよろしいですか?」
おっと、完全に2人の世界に入ってしまっていた。目線を上げるとそこには穏やかな雰囲気を纏った女子が立っていた。
「今、お二人はドストエフスキーについてお話ししていましたよね?読書、好きなんですかっ!?」
「う、うん。そうだよ、えっと———」
「申し遅れました。1年Cクラスの椎名ひよりと申します」
「よろしく、ひよりちゃん」
なんか凄い迫力があるな。あの堀北でさえちょっとたじろいでいる。
「実は私、クラスに友達がいないんです。やんちゃな方が多くて...それで、是非お仲間に入れていただけたらな、と」
「オレは構わないけど...鈴音ちゃんは?」
「別に構わないわ」
いや椎名はいいんかーい。本好きに悪い奴はいないとか、そう言う感じですかね?
椎名もぼっちらしいし、ぼっち同士は惹かれ合うのかもな。
「それで———っ!」
あっ...あっ...椎名止まんない...
よっぽど溜まっていたのか、その柔和な雰囲気からは想像もできないマシンガントークでオレを圧倒した。
堀北、お前は強いな。このモンスターについていけるのはお前しかいないよ。
ってあれ!?もうこんな時間だ!椎名からの口撃を受け続けていたら佐藤との約束の時間まであと10分になっていた。
終わった...部屋に戻って制服から着替え、店まで向かうには到底10分では足りない。
「ご、ごめん!オレもう行かないと!」
「え?もう行っちゃうんですか?」
もうじゃねーよ!放課後から現在まで約3時間、ぶっ通しで喋り続けてんだよ、オメーは!
「そう、私はもう少しひよりさんと話していくことにするわ」
「ほんとですか?鈴音さんっ!」
いつの間にやら仲良くなっていらっしゃる。
もう2人で好きにしてください...
オレは全力疾走で部屋まで戻り、身だしなみを整える。
やばい、あと3分しかない!頼む、間に合ってくれーっ!
彼女になるのは誰なんーだい!
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佐藤
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軽井沢
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堀北