俺氏、ループ系TS聖女様をいつの間にかメス堕ちさせていた模様   作:弐目

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……難産ンン!






幕間:刃衆の長・後輩の少女

 帝国首脳部への情報伝達を終えた俺は、そのまま魔族領への道を急いでいた。

 今の処、戦争はこちらに優勢に進んでいるが、今度は総力戦に近いものになる。

 

 重要な情報のやり取りは魔法を用いた遠話だけでは心許ないので、ここ最近はもっぱら各国への飛脚みたいな事ばっかりしていた。

 

 鎧ちゃんを起動させて走る俺なら下手な伝令よかよっぽど早いし、情報を狙ってくるような連中がいても全部返り討ち――は無理だが、逃げるだけなら余裕だしね。

 なんなら周囲の目を気にしなくて良い分、戦うにしろ逃げるにしろやり易いまである。

 強化された身体能力で砂利拾って投げるのって結構有効なのに、皆に受けが良くないんだよなぁ……解せぬ。

 鎧ちゃんのパワーアシストで長射程の散弾みたいになるんやぞ。屋外なら弾はほぼ無限だし、質より数でくる連中とかにすごい便利なのに……。

 

 本日の天気は雨。

 降りしきる滴にけぶる街道に、励起状態の鎧ちゃんの駆動音だけが静かに響いている。

 雨粒を弾き飛ばしながら疾駆する事、数十分。

 街道沿いにある大きな運河に掛けられた橋に差し掛かると、石造りのソレの中程に誰かが立っているのが見えてブレーキを掛けた。

 

 ――んん? ……ひょっとしてあれ隊長ちゃんじゃね?

 

 対邪神部隊《刃衆(エッジス)》。

 帝国の誇る生え抜きの刃達を集めて作られた、人類側でも有数の戦闘集団の隊長殿がそこに居た。

 

 背まで伸びた綺麗な黒髪を後ろで束ねた、女性としては長身に入る背丈。

 要所を高密度の魔力導線が刻まれた魔装で補強した軽装の騎士鎧に身を包んでいる。

 腰には愛用の湾刀がぶら下げられ、大体いつも通りのフル装備。

 

 刀塚 京(たなづか  みやこ)

 

 俺と同じ、日本からの転移者だ。

 邪神の信奉者共やその軍勢には、冷酷無慈悲な殺し屋集団の一番やべーやつみたいな扱いを受けているが、本人は極めて善良かつ育ちの良さが窺えるお嬢さんやぞ。

 基本、聖女にくっついてる金魚の糞か、戦場のキ○ガイ魔鎧野郎という極端な二択の評価しかされない俺を、色眼鏡無しで転移者としての先輩と呼んでくれる貴重な癒し枠だ。

 

 いや、まぁそんなことより、だ。

 俺は慌てて近づくと、俯いたままの隊長ちゃんの手をとった。

 

「せん、ぱい……」

 

 なんだか深刻そうな表情で顔をあげて俺を見上げてくるけど、取り合えず後だ後。

 めっちゃ冷えてるやんけ。こんな雨の中、なんで傘も外套も無しに突っ立ってんの隊長ちゃん。

 

 手を引っ張って、手近な樹の下へと連れていく。

 傍目にも元気の無い隊長ちゃんは為すが儘だが、今はそれでもえぇわ。

 

 背負っていた荷を下ろすと、タオルをひっぱりだして隊長ちゃんの濡れそぼった髪をわしわしと拭いていく。

 俺に濡れた女の子の髪を繊細に拭き取るとかいう高等技術は搭載されてないので、そこら辺は勘弁して欲しい。

 流石に身体を拭くとなるとセクハラになるので、他のタオルも引っ張り出して彼女に押し付けた。

 

 取り合えず、それで取れる水気とっておきんしゃい。今から予備の外套探すから。

 

 確か荷袋の下の方に入れてた様な気がする。最悪、俺が着てるのを渡せばいいや、俺には鎧ちゃんがあるし。

 隊長ちゃんに背を向けて、荷袋をひっくり返していると。

 

「先輩……先輩は、若草色が好きですよね」

 

 なんて、エラく唐突な言葉が背に掛けられた。

 

 いや、本当にいきなりだね――まぁ合ってるけど。

 

「緑系統の色が好きで、ピンクとか可愛い系の色は自分で使うのはちょっと嫌で」

 

 そして更に唐突に始まる、俺の好みの色談義(困惑

 えー。急にどうした。なんで今? なんでここで??

 

「――一番に好きなのは空色なのに、自分では絶対に使おうとしない、ですよね」

 

 ……マジでよく見てるなぁ。ちょっと気恥ずかしいんですけど。

 

「はい……よく見てますから」

 

 ザァザァと。

 雨音が強くなった気がした。

 

「――先輩」

 

 隊長ちゃんの声が、五月蝿いくらいの雨の中で奇妙に通って聞こえる。

 

 

 

「渡してくれたタオル、()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 oh……。

 思わず、動きが止まる。

 

 問いかける形だったが、明らかな確信をもって彼女はそれを口にした。

 ウッソやろ、なんで気づいたんや。シアやリアにもバレてないのに。

 

 背を向けたままだったが、少なからず驚愕の気配が漏れていたのか。

 

 隊長ちゃんは「よく、見てますから」と再度繰り返した。

 ……これは、アレかぁ。下手をせんでも他の症状も把握しとるって思った方がいいか。

 

 雨音が、無言になった二人の鼓膜を静かに揺らす。

 沈黙を破ったのは、やはり隊長ちゃんの方だった。

 

「先輩――次の戦い、降りてください」

 

 その一言で。

 彼女がそれを言うためだけに、ここで俺を待っていたのだと漸く気付いた。

 

 やっぱり良い娘だよなー。

 まぁー俺みたいなのを先輩扱いして敬意払ってくれてる時点で分かりきったことではあるけど。

 でも、申し訳ないけど……ほんっとうに申し訳ないけど。

 

 俺はゆっくりと振り返ると、隊長ちゃんの顔を極力見ないようにして――。

 

 ――両の手と膝を土につけて、深々と頭を下げた。

 

 ごめん無理ッス、あと誰にも言わんでくださいお願いします(迫真

 

 俺のDO・GE・ZAは却って腹立つくらいに見事な所作だと、各方面から太鼓判押されるレベルだ。

 数少ない特技に、しっかりと謝意と懇願を込めて地面と隊長ちゃんの爪先をみつめ続ける。

 

 息を呑む気配が、伝わってきた。

 

 もうホント申し訳ない。こんな良い娘に損な役回りを押し付けてるようで罪悪感が半端ない。

 でも、実際問題俺が次の戦い――ほぼ決戦になるであろう総力戦に参加しないというのは無理だ。

 

 鎧ちゃんありきとはいえ、主力メンバーの一人に数えられている程度の自覚はある。

 だけど、もしシアとリアに知られてしまえば、あいつらは隊長ちゃんと同じく俺を降ろそうとするだろう。

 

 それじゃ意味無い。ここまでなんとか予定通りにやってこれた俺の目的もご破算だ。

 いやね、あとちょっとなんですよ。

 次の戦いをあいつらや、他の仲間達が無事に抜けられさえすれば、あとは()()の相手を残すのみってトコまで来てるんですよ。

 

 切り札も用意した、勝ちの目はあると思う。

 1対1の状況に持っていければ、()()筈だ。

 

 その為には、前提として次の戦いに大勝利する必要がある。

 万が一にもあいつの周りの人間を取り零す訳にはいかん。

 それは、目の前の彼女だってそうだ――目的の為にも、俺自身の望みとしても、絶対に死なせる気は無い。

 

 単純な機動力だけなら、フル起働した鎧ちゃんより上の奴は滅多にいない。

 その脚を生かして戦場を駆けずり回り、劣勢なとこに突っ込んで手強そうな奴をチョンパすれば、極力犠牲を減らして大勝にもっていけると踏んでる。

 元から優勢な戦いではあるんだ。味方のフォローに全振りすればいけるって(脳筋感

 

 そんな訳で、1回休みはちょっと無理なんです。勘弁して下さい。

 

「――ッ! やめてください! そんなことして欲しいわけじゃない!」

 

 ぬかるんだ地べたに額を擦り付けてお願いを続けると、隊長ちゃんが膝をつき、声を荒げて俺の肩を掴んだ。

 

「レティシアとアリアちゃんに話して、直ぐに治療を受けて下さい!」

 

 そんな身体で戦ったら最悪の事も有り得るんですよ!? と、怒りすら滲ませて伏した俺の身を起こそうする隊長ちゃんに、地べたに額をつけたまま、静かに反論する。

 

 そりゃ違う。そんなの俺だけの話じゃぁないよ隊長ちゃん。

 

 長く続いてきた大戦だ。

 ずぅっと昔にも、今の時代にも、この瞬間にも。

 傷をおして戦ってる人なんて、ごまんといる。

 死を覚悟して、それでも立ち向かおうとしてる奴なんて沢山いるんや。

 

 シアやリア、隊長ちゃん達みたいな力が無くても。

 邪神の上位眷族や加護を受けたような連中と戦えば、一薙ぎでまとめて殺されてしまうような――実際に()()なってしまった人達だって、小さくとも確かに輝いていた魂だった。

 

()()なることが決まってるような、彼らにとっては地獄同然の戦場でも、それでも彼らは戦うことを選んだ。

 彼らにとっての最悪は、自分が()()なる事じゃなかった。

 俺にとっての最悪は、自分が()()なる事じゃない。

 

 ただ、それだけの話なんだよ。

 

 この解釈についてはかなり自信がある、なんせシアリアにくっついて何年も戦場で色んな魂を《視て》きたんや。

 魂フェチ(オタ)を舐めるなよ、割と筋金入ってる自負があるぞ(早口

 

 極論、俺は鎧ちゃんがなければ彼らの――所謂雑兵や一般兵と呼ばれて一括りにされてしまう者達の側で。

 だからこそ、この一点に関しては隊長ちゃんよりも理解が深いと言えた。

 

 力も、才能も、時間も、なんもかんも足りてない奴が、それでも大事なもんを守ろうとしたり、何かを掴もうというのなら。

 出来ることなんて、覚悟くらいなのだ。

 そうして、相手と力の差がありすぎて釣り合いなんぞ取れてない天秤に少しでも乗せるものを、と。

 乗っけられるもんは全部乗せていった結果、それに自分の命も含まれていた。というだけで。

 

 幸いにも俺は相棒に恵まれた。命以外にも、天秤に乗せることが出来る特大の重り()が手に入った。

 だから、腹を括って挑む以外にもほんのちょっぴり出来る事が増えて、ここに居る。今も戦えている。

 本来ならどうにもならん相手や、生き延びる・生き延びさせることも難しいであろう状況をいくつも越えておいて、ちょっと欠け落ちる程度で済んでるんだから、寧ろ安いくらいじゃなかろうか。

 

 なので、お願いします。俺からその『ちょっぴり』を取り上げないで欲しいんです。

 

 長々と語ってしまった。我ながらちょっと痛い(自爆

 

 でも大体言いたいことは言ったので、あとは隊長ちゃんが折れてくれるか、だ。

 いうても、翻意出来なかったからといって俺に隊長ちゃんをどうこう出来る筈がない。

 最悪、問答無用で二人に知らされてしまったら、戦いが始まるまでどこかに雲隠れして開戦と同時に乱入するしかない……女公爵あたりなら面白がって匿ってくれるだろうか。

 あいつらから離れて戦闘開始となると難易度がちょっとあがるので、出来れば説得されて欲しい。

 

 地に額をつけたまま不動で返答を待っていると、隊長ちゃんはゆっくりと立ち上がった。

 

「…………分かり、ました……」

 

 震える声でそう言ってくれた事に、安堵と感謝を感じて顔をあげようとして。

 

 ――雨音に混じって微かに聞こえた鯉口を切る音に首筋が総毛立ち、咄嗟に後方へと地面を蹴飛ばした。

 

 掠めることすら無かったのは、単に運が良かったのに加え、迷って悩んでブレまくった太刀筋だったからだ。

 それでも尚、雨粒と風を裂いて迅る刃は、疾い。

 俺の右腕があった場所に振り抜かれた湾刀は、曇天の下でも目が覚めるような冷たい輝きを放っていた。

 

 泥塗れになるのも無視して、二転三転と後方へと転がって距離を取る。

 そこで俺は、話し始めてからやっとまともに彼女の顔を見た。

 

 その瞳には、覚悟を決めた者特有の鋭い光があった。

 だけど、眼光とは裏腹にその表情は悲痛、の一言でしか表せず。

 敵でもない人間へと刃を振るった自身への呵責か、常ならば静かに整えられた気息は乱れ、小刻みに吐息が洩れている。

 

 あぁ、クソッ……だから見たくなかったんだ。

 

 幾ら腹を括ろうが、所詮は俺の事だ。

 隊長ちゃんのこの表情をみてしまえば、ぐらつく事は無くても()()可能性は否定できない。

 実際、現在進行形で効いてるわ。精神をノミでごりごり削られてるような気分になる。見てるのめっちゃしんどい。つらたにえん。

 

「……先輩は、そう言うだろうと思っていました……だから……」

 

 震えた声のまま、乱れに乱れた呼吸を噛み殺し、隊長ちゃんは八双に構える。

 迷いも躊躇も苦悩も振りきれないまま、それでも彼女は本気だった。

 

「――無理矢理にでも降りてもらいます。二人の処へ引き摺ってでも連れていくので、覚悟して下さい」

 

(逃げないように手足の一、二本斬り飛ばしてから治療も兼ねて)あいつらのトコに引き摺って行くんですね、分かりたくありません。

 

 この子、こんなに物騒思考だったっけ(戦慄

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兎に角、場所が悪い。

 雨のせいでぬかるんだ足元では、思いきった踏み込みが出来ない。

 ただでさえ基礎スペックに差があるのに、この足場では技量差までモロに出る。

 

 先程隊長ちゃんが立ちつくしていた橋まで、なりふり構わず後退する。

 構えたまま動かない隊長ちゃんを視界に入れたまま、二度、三度と地を蹴って、石作りのそこへと脚が着いた瞬間に。

 カメラのズームアップ機能を使ったみたいに、瞬きの間に隊長ちゃんの姿が目の前に現れた。

 速すぎワロタ。動作の起こりが全く分からん。

 

 寝かせた刃が、足を狙って突き込まれる。

 軸足を無理くりに回して半身になり、これを回避。

 空を裂いた刃が天に向かって立てられ、切っ先が跳ね上がって俺の腕に向かい、銀光が閃く。

 

 あくまで俺の無力化が目的なので、狙いはほぼ手足のみ。

 おまけに心技体の内、心がガタガタの状態で技にまで影響を及ぼしている。

 そういった諸々を差し引いて尚、素の俺と隊長ちゃんでは隔絶した差があった。

 

 なんでかこうやって相対する羽目になって、つくづく理解したわ。

 一度でも回避できたなら上等。

 二度なら出来すぎ。

 三度目ならば、奇跡というより何かの間違い。

 

 そして、これが三撃目だ。

 奇跡なんぞこの局面で起きる筈もなく、湾刀の刃が俺の左腕に吸い込まれるように迅り――。

 

 ――ギリギリで励起状態だった鎧ちゃんの装甲展開が間に合い、金属同士が擦れる音と共に火花を散らした。

 

 そのまま戦闘時の起動状態にまで一気にもっていくと、両の手足を黒い鎧が覆い、皮膚を突き破って肉に喰い込むと同時に深紅の魔力導線が装甲の上を走る。

 あっぶねぇ……マジでギリギリだった。

 

 これで取り合えず、何も出来ずに手足飛ばされてシアとリアのトコに配達される、という結末だけは回避できそうや。

 籠手と刃でジリジリと競り合いを行うと、迷いや躊躇いに溢れていた隊長ちゃんの表情が一変した。

 

「《報復(ヴェンジェンス)》……!」

 

 親の仇か全ての元凶かといわんばかりに、険しい表情で俺の腕――を包む黒色の籠手を睨み付ける。

 ちょ、怖い怖い。そんなに睨まんであげて。

 確かに今の体調は鎧ちゃんの長期使用も一因ではあるけど、症状が急速に進んだのは切り札の試運転が原因だ。寧ろこれに関してはマイラヴリーバディのおかげで最低限の反動で済んだまである。

 鎧ちゃん自体は悪い子じゃ……いや悪い子だけど。なんならツンとデレの比率が10:0の氷河期絶頂のツンドラだけど。

 

 俺の相棒なの。こいつのおかげで俺は戦えてるの。あんま嫌わないであげて(懇願

 

「……ッ、レティシアの気持ちが分かった気がしますっ!」

 

 見たことのない――歯軋りしそうな表情で叫ぶと、隊長ちゃんから躊躇いが消えた。

 剣を握っていた腕がぶれるように高速で動き、一際甲高い音と大きな火花を散らして籠手と噛み合っていた刃が引かれる。

 

 相棒を起動中の痛みとは別種の、鋭い感触が薄皮一枚ぶんだけ腕に走った。

 嘘やん、密着状態から引きの動作だけで鎧ちゃんの装甲斬ったの!?

 

 唖然とする俺に、先程までとは比べ物にならない斬撃が連続で繰り出された。

 狙いこそ変わらず手足のままだけど、太刀筋から完全に迷いが消えとる。なんなら絶対に斬り飛ばしてやるこの野郎という断固たる決意すら感じる(白目

 

 彼女が鎧ちゃんにすごい敵愾心を抱いてるのはなんとなく分かったが……これ中身俺の手足なんですけど。受ける度に装甲と一緒に俺の腕もちょっと削られてるんですけど。

 

 隊長ちゃんの目がガン開きになってる。こわい。

 

 嵐のように激しく振るわれる剣は、それでいてこっちの装甲を抜いてくるだけの鋭さも併せ持っていた。

 流石に今のままだとジリ貧だ。ちと仕切り直すか。

 

 右脚に向けて振り抜かれた高速の一刀を、膝を畳んだまま上げ、装甲の厚い外腿の部分で受ける。

 瞬時に切り返される前に、鎧の凹凸部分に引っ掻ける形で膝を外に開いて刀身を外側に流した。

 

 微かに身体が前方に泳ぐ隊長ちゃんだが、それで体勢を崩してくれるようなら《刃衆(エッジス)》のトップなんてやってない。

 水面を滑るような足捌きで前に出ると、半身になって強烈な踏み込みと共に、肩を打点に体当たりが繰り出された。

 それは予測済みだったので隊長ちゃんの肩が触れる前に、掌を身体との間に差し込んで受け止める。

 そのまま肩を掴んで互いの体の位置を入れ換えると、身体が交差する瞬間に湾刀が振るわれ、掬い上げるような軌道で再度右足を強襲した。

 

 それを知覚すると同時、鎧ちゃんのアシストを受けて右脚の各関節部から魔力を放出、動作の加速を行う。

 避けるでも受けるでもなく、狙われた足を一瞬で振り上げ、斜めから振り下ろす。

 鈍い音が響き、刃は石畳と擦れて雨天に在っても粉塵を巻き上げた。

 湾刀の腹を踏んづけるようにして地面に縫い止めた俺を見て、流石に予想外だったのか隊長ちゃんの目が見開かれる。

 

 ここで本来なら追撃を入れる処だが、隊長ちゃんが俺の無力化を狙うように、俺も彼女をなるべく怪我させずに止めたいので後方に跳躍して距離を取って、これで仕切り直し。

 

 斬り傷が幾つも付けられた籠手と脚甲に魔力を回し、装甲の修復をささっと行う。

 ベキベキと音を立てて復元される鎧ちゃんに、忌々しい、といわんばかりの視線を向けてくる隊長ちゃん。

 

 なんだろうこれ。さっきから、図書委員とか似合いそうだなーとか個人的に思っていた、物静かで優しい後輩みたいな女の子の新たな一面ばかり発見してる気がする(白目

 

 今にも舌打ちでもしそうな表情でこちらへ向き直って正眼に構える姿に、清楚系黒髪美少女への儚い理想を粉砕された気分になった。いや、勝手なイメージ押し付ける気は無いんで、いいんだけど。ひとのゆめってはかないものだし(童貞感

 

 20メートル程の距離を挟み、俺達は静かに対峙する。

 

 初動の切っ掛けは特に無い。

 

 隊長ちゃんの姿が一瞬ブレたかと思うと、橋に出来た水溜まりが踏み込みの軌跡をなぞるように、小さな水柱を噴き上げ。

 迎え撃つ俺も、石畳を踏み砕きながら前方へと直進した。

 

 刀身を担ぐように振り上げた体勢から、小細工無しの縦一文字の一閃が振り下ろされる。

 助走と加速が充分に乗ったそれは、今までのように受ければ鎧ちゃんごと腕を両断されかねない。

 なので、反らす。

 刃を掠めるような軌道でアッパーを打ち、拳が削られる感触がすると同時に、縦に捻る。

 本来ならこの程度でどうにか出来る一撃じゃないが、捻りと同時に肘と手首から内向きに魔力を全開で噴かした。

 強烈な回転が掛かり、打った腕が軋みをあげて嫌な音を立てるが、そのまま強引に振り抜くと軌道を逸らされた刃の切っ先が石畳に喰い込んだ。

 

 喰い込んだ湾刀を抜くにしろ、手放すにしろ、一瞬の間がある筈だ。

 その一瞬に隊長ちゃんの首筋に手刀でも落として、鎮圧する。

 

 そう思っていたのだが――彼女の対応はその上を行った。

 

「――ハァッ!」

 

 短いが気迫の籠った息吹が吐き出され、石畳ごと刀身が引っこ抜かれる。

 先端に冗談みたいな石塊が付いたままだってのに、先の打ち下ろしに匹敵するような速度で、拳を振り抜いた俺の腕へと斬り上げが放たれた。

 

 マジかよ、これは完璧に予想外。

 正統派の技量型、といった立ち回りの普段の彼女からは程遠い、強引さを前面に押し出した反撃は俺の意表を見事に突いてのけた。

 

 うん、ホントにお見事だわ。違う局面ならマジで腕を飛ばされていたかもしれない。

 

 両手足の装甲から魔力を噴射して全身を加速する。

 ヨーヨーよろしく、空中で身体を丸めるように回転して跳ね上げられた刃を回避。同時に刃の先端――に食い込んだままの石畳へと脚を着けると。

 

 ――そのままそれを蹴り砕いた。

 

 至近距離で弾け飛んだ無数の礫に、隊長ちゃんの動きが一瞬鈍り、

 礫の隙間を縫って、俺の拳が彼女の額に軽く触れた。

 

 ――《命結》。

 

 魔力を込めた衝撃が、貫通する。

 打突としては威力は無いも同然だが、込めた魔力はしっかり『通った』。

 打ち込んだ《命結》の効果は氣脈断(けみゃくだち)の一種――読んで字の如く、体内の氣や魔力の流れを断ち切る技だ。

 本気で打つと色々と危ないが、軽く通しただけなので暫くは立てなくなる程度だろう。

 

 決着だ。

 怪我させずに終わってほんっと良かった……。

 

 内心で安堵しながら、膝から崩れ落ちる隊長ちゃんを受け止めようと、手を差しのべようとして。

 

 

 

「―――ま、だっ、です……!」

 

 

 

 それを振り払うように、隊長ちゃんは落ちようとする膝を強引に支え、湾刀を地に突き立てて倒れる事を拒否する。

 

 いや、待って。無理しちゃアカンって。あんだけきっちり入ったんだから身体ロクに動かんでしょ。

 

「な、らっ……戦いを降りると、言ってください……!」

 

 それなら今すぐにだって安心して気絶できます、と動かない身体とは真逆の、固めた意思を宿した眼光が俺を射抜く。

 

 頑固な娘や――そして、強い娘でもある。

 

 でも無理はいくない。首と胴を繋ぐ氣脈が一時的に細くなってるので、立ってるのもしんどい筈だ。

 これ以上は戦闘とかどうやっても無理だろうし、俺の手足をすっ飛ばすのは諦めてくれると助かるんだけど。

 

「先輩は、もし私が二人に身体の事を話したら、一旦どこかに隠れてでも次の戦に参加しようとするでしょう……!」

 

 ギシリ、と満足に動かない四肢を酷使して、無理矢理にでも立ち上がろうとする隊長ちゃん。

 

「今しかない……この場でしか、止める機会が無いんです……!!」

 

 ウボァ、完全にバレてる……俺ってそんなに分かりやすいかなぁ……。

 ……なぁ、あと1回か2回だけだし、なんとか見逃してくれない? これ先輩のお願い。

 

「……嫌です」

 

 オッフ。嫌て。無理はしない――とは言えないけど、()()()()()()皆で無事に帰る気満々なんで信じて欲しいんだけど。

 

「信用、できません」

 

 グフッ(吐血 

 普段は優しくて人当たりの良い後輩からの身も蓋もない評価に、地味にダメージが入る。

 

 い、いや、実際身体の事黙ってたわけだし、信じられないのも無理はないけどホラ、いきなり俺が抜けるとか各国の上が納得しないトコも多いだろうし。隊長ちゃんのとこの皇帝陛下だって多分俺と同じような結論に……。

 

「嫌です――絶対に嫌っ!!」

 

 俺の言葉を遮るように放たれたのは、普段の彼女からは想像も付かない、駄々を捏ねるような絶叫だった。

 

 無理矢理にでも立ち上がろうとする態勢のまま、肩で息をする隊長ちゃんの顔は伏せられたままで、表情を窺い知ることはできない。

 それでも、その表情が酷く辛そうなものであることは――想像がついた。

 

 咄嗟に返す言葉も持たず、無言のままアホみたいに立ち尽くした俺に対し、隊長ちゃんは俯いたまま、剣の柄を軋むほどに握りしめて言葉を零す。

 

「……分かってるんです、あの子達の為だと判断したら、先輩は止まらない。口でなんて言っても、結局はあの子達の――あの子の為にだけ、戦っている。そんなのは――分かってる!」

 

 堰を切ったように、嘆くような、怒りをぶち撒けるような、半ば裏返った叫びが雨の中響き渡った。

 

「見てきたから! ずっと見てきたから! そんな事は最初から分かってるんです! ――でも、それならせめて、眼を見て話をして下さい!!」

 

 顔を上げた隊長ちゃんの瞳には涙が浮かび、盛り上がって大粒になったそれは雨粒と混じって頬を流れた。

 

「土下座なんてされたって、ちっとも嬉しくない! ちゃんといつもみたいに私を見て話をして欲しかった! ()()()()()()()()()!!」

 

 癇癪を起こしたように叫び尽くして。

 それが終わると力が抜けたように、支え続けていた膝が落ちてしまう。

 

「わたし……が、さきに……たの、に……」

 

 橋の上で力無く座り込んでしまった彼女は、泣きながら、ちいさく、何事かを呟いた。

 

 ……きっつぃな。

 彼女の言う通り、俺は自分の目的を諦めることが出来ない。

 その俺が、今、何を言ったところでおためごかしにもなりゃしない。

 

 何より、俺は――そんな風に隊長ちゃんが泣いてくれるような価値のある奴じゃないんだよ。

 戦う理由も、誰かを救った理由も、()()に向けた準備の仕方に至るまで。

 勝手、勝手、勝手尽くしの普通にロクデナシやぞ。

 

 現在進行形で泣かせてるしな――自分のお粗末なプランのせいで、本末転倒な光景を見るハメになってるんだから笑えもしない。

 

 ……とりあえず、隊長ちゃん抱えて最初の樹の下に戻るか。戦場にいるって訳でもないのに、女の子が長時間雨に打たれっぱなしとか良くないわ。

 

 返すべき言葉も思い付かず、とにかく雨に打たれて泣いてる彼女をなんとかしたくて手を伸ばそうとして……。

 

 

 

 ――隊長ちゃんの体内で吹き荒れる魔力に気が付いて、動きを止める。

 

 

 

 とんでもねぇ密度の魔力が、圧縮して渦巻いている様に眼を剥いた。

 そして、更に気付く。

 

 圧縮された魔力が、一時的に細ったソレを押し広げるようにして首と胴の氣脈を繋げ、頭部へと――いや、全身へ満ちていく。

 

「…………せない……!」

 

 ゴウッ、と彼女を中心として過剰に放射された魔力が、物理現象となって風圧を発生させる。

 うぉい、まさか《命結》の打効を、強引に押し流した!?

 

 隊長ちゃんは確かにめっちゃんこ強いけど、そのレベルには流石に達してなかった筈だ。

 修練の最中、同じ事をやってみせた戦友の筋肉戦車な武僧の姿が脳裏をよぎる。

 本家のガンテスと違って打たれたと同時に一瞬で行った訳では無い。

 それでも、似たような事をやってのけたっつーことは……!

 

 

 

「――絶対に、行かせません!!」

 

 

 

 彼女が、壁を破って新たな領域(人外級)に踏み込んで来たという事――!

 

 刃が、迅雷の如く閃く。

 咄嗟に後方に跳躍した俺の知覚にも、その一閃は殆ど認識出来ず。

 

 コマ落としの様に振りきられた湾刀が隊長ちゃんの手の中に現れたと思った瞬間、二人の間に線を引くように、橋が斜めに『ズレた』。

 一拍置いて、爆風が発生して俺は橋からたたき飛ばされる。

 

 手足の装甲から魔力を噴射して姿勢制御すると、地面を抉りながら橋下へと着地して頭上を振り仰ぐ。

 両断された石造りの大橋が運河に降り注いで、巨大な水柱を天へと突き上げた。

 

 雨と混じって上空に打ち上げられた運河の水が、土砂降りになって降り注ぐ。

 その水柱を真っ二つに斬り裂いて、隊長ちゃんが放たれた矢の様に一直線に此方に向かってきた。

 

 速い、なんてもんじゃねぇ……!

 

 戦闘起動状態の鎧ちゃんによる知覚加速があっても、ギリギリ反応できるかどうかという超高速。

 そして、その速度から繰り出される斬撃は高速を超えた神速だ。

 

 防御は不可能。どうやっても受けた箇所ごと両断される。

 

 粟立つ背筋に押され、躊躇なく《流天》を発動。かろうじて剣とそれに纏わりつく風の刃の殺傷圏を逸らす。

 駆け抜け様に振るわれた一閃は、逸らされた先にある大地を削り飛ばしながら巨大な爪痕を穿った。

 

 その一撃だけで終わる筈もない。

 雨粒を弾き飛ばし、濡れた黒髪が翻る。

 凄まじい速度で駆け抜けて行ったと思った隊長ちゃんは、既に俺の背後に踏み込んで湾刀を横手に構え、身を捻って剣を打ち込もうとしていた。

 

 全力で魔力噴射を行って加速。高速旋回しながら彼女の斬撃を逸らそうとして――。

 雷の様な一閃が、ほぼ直角に折れ曲がって俺ではなく、その足元を打ち据える。

 

 ぬかるんだ大地が冗談のように爆発して、衝撃に押されて両脚が宙に浮いた。

 

 ――やっべ。

 

 そう、思考した瞬間。

 低い姿勢から、カチ上げるように弾丸の如き速度の体当たりが繰り出され、俺は上空に高々と打ち上げられた。

 

 魔力噴射で地に降りる暇なんぞ、寸毫たりとも無い。

 

 ――左側から大気を蹴って駆け抜けていく隊長ちゃんの一閃をかろうじて捌く。

 流しきれずに削り取られた装甲が、黒い破片になって宙を舞った。

 

 吹き飛ばした大地と一緒に舞い上がった岩塊を足場に、右から神速の一撃。

 これもギリギリでしのぐが、右脚の魔力噴射を行う部位が削り切られて機能不全を起こす。

 

 また右、左、斜め上、左、右下、左上。

 

 稲妻の様に空中を縦横無尽に駆け抜ける少女に、どんどんと高度を上げながらお手玉よろしく滞空フルボッコにされる。

 ――格ゲーの無限コンボかよ! はよ修正しろォ!(錯乱

 

 真下から天に昇る龍の牙の如く、刃が突き上げられ。

 それをなんとか《流天》で流すと同時に、最後に残った右腕の装甲に大きく亀裂が走る。

 

 閃光の様に真っ直ぐに上空に突き抜けていった隊長ちゃんの姿を視界に再度捉える前に、キン、という涼やかな音が嫌に大きく耳に届いた。

 全身の皮膚が粟立ち、魔力放出機能を失ったせいで極端に不自由になった空中でなんとか身を捻って上空を見上げる。

 

 雨の降りしきる空を背に、彼女は身を捻って最速の一撃への()()を行っていた。

 刀身は鞘に納められ、刃に纏っていた風の魔力はその中で解放を待つかのように渦を巻いている。

 

 薄く閉じられた、両の瞳と削ぎ落とされた表情――極限の集中だ。

 

 その姿に、なんとも呑気な事に、俺は。

 

 あぁ、やっぱこの娘、かっけぇな。

 

 なんて、しみじみと思ってしまった。

 

 閉じられていた眼が、見開かれる。

 真っ直ぐに、此方を射抜いたその瞳には、涙の名残りが浮かんでいて。

 

 

 

「――――――ッ、アァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」

 

 

 

 隊長ちゃんの喉から烈迫の気合いが迸り、居合いの構えのまま神風となって俺に肉薄した。

 ほんの半瞬だけ眼を閉じ、強く記憶に刻み込む。

 俺を止めようと自身の限界すら打ち破って、必死に手を伸ばしてくる少女の姿をせめて眼に焼き付け、忘れないように。

 そして――。

 

 

 

 ――《起動(イグニッション)

 

 

 

 相棒を完全起動。鞘から放たれた超神速の白刃に合わせ、カウンターで切って落とした。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 と、まぁ、ハイ。そんなことがありました。と、正座しながら居心地悪そうに締め括る馬鹿を仁王立ちで見下ろしながら、オレは溜め息を漏らした。

 

 ミヤコが来る、と聞いてから明らかに挙動不審になったコイツを問いただす為、アリアと一緒になって馬鹿を捕縛して、オレの部屋に放り込んで尋問を開始する事、小一時間。

 

 ――この馬鹿たれが煮え切らない態度を取るのは、大抵親しい人間相手に何かやらかしたときだ。

 オレとアリアとの再会の時もそれでゴタゴタした部分があったし、相手は普段大人しいのに妙に直情的な処もあるミヤコだ。

 変に拗れて刃傷沙汰にでもなったら笑えない、と詳細を聞き出そうと思ったのだが……。

 

「刃傷沙汰どころか1回ガチで戦り合ってたとか、予想外にも程があるわ馬鹿たれ」

 

 ベッドの上で正座したまま小さく身を縮こまらせている相棒を見て、額に手を当てて再度嘆息する。

 

 まぁ、聞く限りミヤコも大概物騒な対応ではあったけど……。

 馬鹿の隣に座って話を聞いていたアリアと目を合わせ、示し合わせたようにお互い頷く。

 

有罪だな(ギルティ)

 

有罪だと思う(ギルティ)

 

ちくわ大明神(ギルティ)

 

 誰だ今の!? と変な世迷言を叫びだした相棒は放っておいて、薄々感じてはいたが――予想より遥かに強力だった伏兵の登場に頭を悩ませる。

 

 ――あのミヤコが、ね。

 

 正直に言えば、色々と胸中穏やかではいられない。

 嘗て、こいつが身体の不調を隠していたこと。

 オレもアリアも気づくことが出来なかったこと。

 それにミヤコだけが気づいたこと。

 

 おそらく、オレ達には絶対に気付かれない様に細心の注意を払っていた処に、普段からコイツを見ていたミヤコが違和感を覚えた、という事なんだろうが。

 

 それでも面白くないものは面白くない。

 気付かなかった自分にも、気付いたミヤコにも、何とも言えないモヤモヤとしたものを感じてしまう。

 

「にぃちゃんは悪くない――って言ってあげたいけど、ちょっと無理。ミヤコさんが可哀そう、かな」

 

 こと『にいちゃん』に関しては滅多に聞かないアリアの辛辣な意見に、ゴッフ!? と呻くと、胸を押さえて踞る馬鹿。

 

 ――あ、これ何時ものようにふざけた反応だけど、割と本気で凹んでる奴だ。

 

 元より、自分を心配して――かなり物騒な方法ではあったが――止めようとしてくれた女の子をぶっ飛ばした、というのは大分負い目になっていたのだろう。

 

 ベッドに横倒しになって、貝になりたぁい……アサリになってお味噌汁に浮かんでしまいたぁい……と涙目で呟きだした相棒を見て、取り合えず自身の思考を打ちきる。

 

 ……よし、ここはオレの出番だろう。珍しくアリアが鞭担当になったのだから、飴はオレが与えてやるべきだ。

 

 いそいそとアリアと反対側の相棒の隣に腰を下ろし、頭でも撫でてやろうとすると。

 ひょいっと、アリアが奴の頭を膝に乗せて、そのまま優しく抱え込んでしまった。

 

「よしよし。大丈夫だよ、にぃちゃん。ちゃんと謝ればミヤコさんも許してくれるよ。ダメだったらボクも一緒に謝ってあげるから、元気だそ?」

 

 そういって、あやすようにその黒髪を何度も撫でると、アリアの腕の中にいる馬鹿の顔は多少明るくなり、てんすや、てんすがおる……! と一人感激を始めた。

 

 え~……それは無いんじゃないか(おとうと)よ。

 そこは(オレ)に譲ってくれるべきだろ。普段は逆なんだから、滅多に無い機会なのに。

 

 飴と鞭を一人でこなして馬鹿野郎とくっついてるアリアをちょっと恨めしく思いながら、伸ばした手をそっと引っ込める。

 おいしい役処を取られてしまったが仕方ない。気を取り直して、話題を変える事にした。

 

「に、してもだ。よく勝てたな。お前のことだから身内にはどうやっても本気なんて出せないと思ってたけど」

 

 最後の一撃、それも無力化に止めたとはいえ、ミヤコ相手にこいつが本気の拳を向けた、というのは予想外な話だ。

 もし戦ったらなんだかんだと迷って、本気を出し渋って押し負ける、というイメージの方が圧倒的に強かったんだけど。

 

 アリアに頭を抱きすくめられたまま、ちょっと決まりが悪そうに奴は呟いた。

 区切っただけだ、と。

 

 区切ったって……どういう事だよ?

 視線だけで問いかけると、アリアも同じことを思ったのか不思議そうに抱え込んだ馬鹿の顔を覗き込む。

 

 ――いや、相手がお前かリアだったら普通に負けとるわ。

 オレが最初に視たのはお前で、視ていたいと思ったのはお前らやし。

 

 なんて、何でもない事のように。

 ミヤコへの申し訳なさを感じさせる口調で、目の前のアホは口走った。

 

 ――おまっ……ふざけんなアホ野郎。

 

 言葉が脳に染み渡ると同時に、頬に熱が集まるのを感じた。

 

 不意打ちにも程があるだろ、ホントふざけんなよ。

 もうこれアレだろ。こいつこの場で押し倒しても絶対合法だろ……!

 

 スイッチが入ってしまったのか、抱きしめるのを通り越してがっちりと頭をロックして抱き潰してくるアリアに目を白黒させているアホを、睨み付ける。

 くそ、顔が熱い。最初はミヤコとの話を聞くだけのつもりだったのに。

 

 顔だけでなく、熱を持ったあちこちを誤魔化すように立ち上がった。

 

「アリア、そのままそのアホを押さえてろ」

 

「……うん」

 

「霊薬をとってくる――これから『治療』を始めるぞ」

 

「……うん」

 

 返事こそしているが、アリアは聞いちゃいない。

 熱に浮かされたような顔で、ひたすら腕の中のアホの顔にほっぺたをくっ付け――1ミリでも隙間を無くそうといわんばかりに身を寄せている。

 え、これから!? 急スギィ! なんてがっちり捕獲されたまま喚いてるアホを無視して、オレは霊薬を保管してある部屋へと足早に向かうことにした。

 

 ――アイツの魂の回復が進むのは悪いことじゃないし、丁度良い。

 

 強敵(ミヤコ)も近いうちに来るというなら、たっぷりとマーキング(牽制)を行っておくのも、悪くない。

 どうしようもなく浮き立つ心を押さえながら、軽い足取りでオレは歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 隊長ちゃん

 

 愛が重くなってしまった子、3号。

 実は転移前のマジキチと同じ学校だった。一度だけ会話もしたことがある。

 なんとなく気になっていた高校の先輩が異世界で全方位曇り止めに精を出してるのを見て拗らせてしまった可哀そうな娘。

 尚、何かの間違いで転移前に二人が付き合ったとしても、魂フェチに覚醒する前の駄犬はただのロクデナシなので一月とかからず自然消滅する。

 地金に気づく前に曇り止めスプレー缶になった先輩を見て想いが昇華されてしまいました、責任とって下さい。

 

 

 

 ちくわ大明神

 

 あらゆる世界、あらゆる物語に存在し得る現象。

 時間や場所、第三の壁すら越えて、某かのメッセージを届ける。

 

 言葉を飾る事に意味はない。

 たった6文字のなかにも、確かに伝わる想い(ツッコミ)はあるだろう。

 

 

 

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