俺氏、ループ系TS聖女様をいつの間にかメス堕ちさせていた模様   作:弐目

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白百合と愉快な仲間達(中編)

 

 

 

 聖都住民区・孤児院にて。

 

 秋晴れの天気の下、穏やかな風に吹かれて干したシーツが翻る。

 洗濯物を干し終えたブランは一息ついたとばかりに軽く吐息をつくが、院を切り盛りする彼女の仕事はまだまだ終わらない。

 直ぐに空になった洗濯籠を持ち上げると、干し場から踵を返した。

 

「ふぅ……さて、次はお昼の用意ですね」

 

 そろそろ年長組が湯の準備と芋の皮むきを済ませてくれている筈だ。

 空が快晴の御蔭で日の差す場所は温かいが、季節柄、室内や日陰は冷え込むようになってきた。なので、今日の昼食はシチューである。

 あとはパンに果物。しかもメインのシチューはゴロっとした肉がたっぷり入った特別製だ。彼女の敬愛する女傑の差し入れにより、今月は食肉に困らないのは正直有難かった。

 

 本来なら金銭的に高くなりそうな物は安易に受け取らない様にしているのだが、今回は少々事情が特殊だ。

 可変式の若返りという意味の分からない特技を手に入れた女傑――ミラだが、現在の肉体的性能(スペック)をより実戦に近い空気で確認する為に、聖都より少々離れた場所にある森へと入ったらしい。

 当然、奥へと進めば危険な野生動物なども居る訳で。

 人外級の戦士ともなれば大抵の獣は近寄る事すらなく遁走するのだが、稀に縄張り意識が強すぎたり、凶暴性の高い個体が襲い掛かって来る事もある。

 今回ミラが相手をしたのもそういった個体だった。軽くあしらっても退かずに牙を剥けてくるので、仕留めたのだとか。

 

「そのまま森に還すのも間違いではないのですが……食用に適している種ですし、血抜きだけして持ち帰って来ました」

 

 鉄面皮のまま、結構なサイズである猪型の魔獣を軽々と担いで孤児院にやってきたミラの姿に、懐かしさとすっかり元気になったのだという喜びで、改めて目頭が熱くなったのは数日前の事である。

 分厚く、生半可な鉄より頑強な頭蓋を抜き手でぶち抜かれたらしい猪を獲って来た本人とブランで解体し、後は院の子供達も総出で塩漬けや燻製に変えたりと、期せずして中々に騒がしく、楽しいイベントとなった。

 ちなみに昼食のデザートである果物は、同じ森で子供達の兄貴分であるペトラが手に入れた収穫物だ。

 少し前から交流の出来たミラの弟弟子――黒髪の青年に連れられ、基礎的な森の歩き方や知識などを教わったついで、だそうだ。これは以前に約束していたのをブランも聞いていた。

 実地での訓練は少々早いのではないかと思ったが……どうやらペトラは斥候(スカウト)野伏(レンジャー)としての適性があるらしい。青年曰く、普通に自分より才能ある。との事。

 院の年長として早くも独り立ちの準備を始めた少年が頼もしくもあり、少し寂しくもある。

 そんな彼の努力に影響を受けたのか、オフィリが鼻息荒く主張したのが本日の大人抜きでのお使いであった。

 

「表通り以外は歩かない様に言い聞かせたし……都市内ならば滅多なことも無いとは思うけれど……」

 

 それはそれとして、心配である。

 ブランと青年とで上手く予定を擦り合わせ、彼の従者を名乗るエルフの少女と一緒に行動する事になったとはいえ……やはりオフィリが幼い事もあって心配の種は尽きない様だった。

 物干しが設置してある庭から院内に戻る途中、子供達の母親代わりであるシスターは悩まし気な様子で少女達が買い物に向かう方角へと視線を向け、小さく溜息をつく。

 

 と、そのときだ。

 

 エルフの血を引く故に常人より聴覚に優れる彼女の五感が、遠くから凄まじい速度で走って来る何某かの足音を耳に捉える。

 ドドドドド…という地鳴り染みた音は、真っ直ぐに孤児院のある場所を目指している様に感じられた。

 

「あら……お客様でしょうか?」

 

 この手の騒がしい来訪者に心当たりが無い訳ではない――件の青年、或いはときたま訪れる筋肉司祭などは、元気に爆走してやってくる場合もある。

 あの二人ならば、また何か大荷物を持って遊びに来てくれたのかもしれない。

 固辞してもあの手この手で子供達の喜ぶ品を渡そうとしてくる客人達の顔を思い浮かべ、ブランの口の端に苦笑交じりの笑みが浮かぶ。

 段々と近付いて来る足音の発生源を出迎えようと、洗濯籠を一旦置いて門構えの外に出て。

 

 

 

「――此処が画伯のお住まいかっ!! ややっ、貴女がお義理母(かあ)さんですか初めまして娘さんを僕にください!!!」

 

 

 

(あ、これは殴らないと駄目なやつですね)

 

 目の前まで爆走してきたかと思いきや、ブーツから煙を上げて急停止するなりその場に渾身の土下座を始めた、非常に見覚えのあり過ぎる鳶色の髪と瞳の男。

 その口から放たれた世迷言を聞いた瞬間、一点の曇りも躊躇いも無い心でブランは裾から取り出した鈍器(メイス)を振りかぶった。

 

 

 

 

 

 

 トンテンカンテン。

 リズミカルに金槌で板を打ち付ける音が、孤児院から響く。

 

「トリー、おんぶー」

「お前の家の壁を直してる最中なんだよ。大人しく絵本でも読んでろ」

「トリさーん、さっきのはなびみたいなまほーみせてー」

「もう少々お待ちをお嬢さん(レディ)。この作業が終わったら屋根の補修に移る前にお見せしますからネ!」

「うわー、さべつだー。そういうのよくないんだぞーとりー! かたぐるまー!」

「馬鹿野郎、これは区別だ! あと男なら高い景色は自力で見ろ!」

「ぼくしってるー! そういうのキベンっていうんだよね!」

「えっ、幼児なのにツッコミの切れ味鋭くない……?」

 

 世界に只二人の超越者の片割れ、魔族領筆頭《魔王》。

 現在、きゃいきゃいと騒いで群がる子供達に囲まれながら、院の壁を修繕中である。

 

《魔王》は初めましてと言ったが、当然、ブランの方は彼を見知っている。大戦時にその武威が振るわれる処を遠目にだが目撃した事もあった。

 殴打から始まった両者のファーストコンタクトだが、ド突かれても痛がりはするが大して痛痒にもなっていない異常な耐久力の前に、先にブランが諦め混じりで折れた形だ。コレを定期的にぶちのめして鎮圧している魔族領の《災禍の席》の面々には敬意やら同情やらで頭が下がる思いである。

 いきなりやって来た傍迷惑な男を客人としてもてなす程、彼女も暇では無い。何より、孤児院内を自由に行動させて子供達(特に女児)に癖の有り過ぎる言動を好き放題に向けさせるのを、ブランの良識と職業意識は看過出来ない。

 なので、容赦なく仕事を申し付けてそれを滞在の条件とした。

 相手が人類種最強だろうが一国の王にも近い立場だろうが関係ない。母は強し、なのだ。

 だが、子供達の中でも察しの良い子は《魔王》を"自分達を害さない安全な生物(面白い変な大人)"だと認識したのか、建物の細かな修繕に励むその周囲にてちょっかいを掛けている。

 幼女に対しての言動こそブレていないが、男の子に対しても割と律儀に反応してやりとりしてるので、どうやらその認識は的外れでも無いようだった。

 

 それにしてもこの《魔王》、建物の修繕に関して妙に手際が良い。

 器用さや身体能力の高さもあるのだろうが、下手な大工顔負けの仕事振りであった。

 無駄に手慣れている理由は……ぶっちゃけ魔族領の王都に住む者なら誰でも知ってる事ではある。

 なにせこの男、部下と派手に喧嘩して城や街をぶっ壊した後は人型重機から釘打ちまで幅広く役割を熟す(スーパー)土木作業員として、先頭に立って壊した建物の修復を行っているのだ。

 年中小遣いを七割以上はカットされている男なので、頑張って直すと貰える駄賃は貴重な収入源なのである。大抵は当人が修繕作業の原因でもあるのでややマッチポンプ感があるが、お駄賃渡す側である王都の民もその辺は理解した上で笑って出してるので問題は無かったりする。

 筆頭やめて土木屋に転職したら? と幹部全員に皮肉られてちょっと泣いた事もあるが、大体自業自得なので残当だった。

 

 程なくして外壁部分の傷んだ箇所のおおまかな修繕は終わる。

 約束通り子供達へと小さな花火の様に見える魔力の放出を見せ、その後は直ぐに屋根へと飛び上がった。

 来た目的を忘れてそうな勤勉振りだが、実際集中しすぎて半分頭から抜けている。駄賃目的で修繕作業は至極真面目に行っているせいで身体に半ば染み付いたルーティーンに入った《魔王》であった。

 とはいえ別事に集中して一時でも忘れる程度の性癖ならば、筆頭補佐たる《亡霊》の苦労はもう少し減った事だろう。

 粘土と板を用いて屋根の傷んだ箇所・傷みそうな箇所を手際よく補強していた《魔王》の顔がふっと上がり、雲の少ない快晴の空を見上げる。

 同時に秋風がその頬を撫で、風に運ばれてきたものを嗅ぎ取る様にスン、と鼻が鳴った。

 

「……雨の匂いがするな」

 

 呟くのと軒先から声が掛けられたのは、ほぼ同時だ。

 

「《魔王》陛下、昼食をお持ちしたのですが……」

 

 やや声を潜めてたブランの言葉は、『陛下』の部分を子供達に聞かせない為だろう。

 手にしたトレイにはシチューとパン、果実が一つ、其々皿に載っていた。子供達の本日の昼食と同じ物である。

 

「此処は孤児院ですので、こういった物しかお出しできませんが……」

「いやいや、暖かい普通の飯ってだけで十分ですとも。ありがとうございますお義理母(かあ)さん!」

「その呼び方、やめて頂けませんか?」

 

 屋根から音も無く飛び降りると、賞状受け取る様な丁寧な仕草でトレイを手に取って頭を下げるロ〇コンだが、言ってる事はリップサービスでもなんでもなかったりする。

 先にも述べたがこの男、常に小遣いを大幅カットされているので買い食いすら碌に出来ず、更には王城を吹っ飛ばす度に飯抜きを言い渡されたりして、何気にきちんと調理された食事を摂る機会が少ないのだ。

 カット率が九割を超えた時は、基本貰った駄賃で買うのは調味料である。自分で獲った獣の肉や植物に使って喰う為であった。

 

「塩気って大事だよな……知ってるか? 肉とか葉っぱって塩抜きで焼いたり煮炊きして食ってもあんまり美味く無いんだ……あ、美味いこのシチュー」 

「はぁ……なるほど……?」

 

 仮にも一国・一種族の頭領である癖に、ジビエ通り越してまんま野生児みたいな食生活を送っている阿呆鳥の噛みしめる様な発言に、素で困惑するブランである。

 彼女が見ている目の前でみるみる内に皿は空になってゆき、普通に嬉しそうに昼食を平らげた《魔王》は満足気に小さくゲフッと息を吐きだした。

 

「あー、美味かった、御馳走様でした――それはそうと、お義理母(かあ)さん」

「その呼び方、やめて頂けませんか? 本気で」

「山脈のある方角から水の匂いがしたんで、午後の風向きによっちゃ一雨くるかもしれねぇ……傘とか届けた方が良いと思うんですが、お持ちでしょうか?」

 

 懲りずに変な呼び方をする変態の頭にもう一発くらい片手鎚(メイス)をぶち込んでも許される気がしてきたブランであったが、続いた言葉についつい訝し気に空を見上げる。

 今の処、雲も殆どない快晴だ。秋風は偶に吹くがそれもそれ程強くはない。

 おそらく……というか間違いなくお使いに出掛けたオフィリ達の事を心配しての発言なのだろうが、本当に雨など降るのだろうか?

 

「曇るだけで終る可能性もある……が、姫や画伯が雨に濡れない様に予防線を張っておくのは大事だと思うんですヨ!」

 

 鼻息荒く力説する様は忌憚なく言ってしまうと通報(衛兵さんこっちです)したくなる姿なのだが、言ってる事は同意出来るのでブランは少々考え込んだ。

 というか、此処で「傘が無い」だの「大丈夫だろう」だの言ってしまえば、眼前の超越者は「なら俺が傘を買って届けてきますヨ!」とか言って飛び出して行きかねない。

 

(雨云々が無くともオフィリの事が心配なのは確かですし、様子見がてら傘を届けてもらうのも良いかもしれませんね……)

 

 そんな風に考えるブランであるが、彼女の予想はやや外れている――というか、未だまとも過ぎる尺度で《魔王》を図っている。

 

 もし「雨は降らないんじゃないか?」と発言して、傘を届けなかったとしよう。

 

 その後、山脈の向こうから雨雲が姿を現した場合「やっぱり降って来た、早く傘を届けに行ってあげよう」ではなく、先ず最初に「よし、アレ斬れば降らねぇな!」という発想に行き着く男なのである。

 尤も、性癖が絡む事以外では行動パターンが予測し難い人種なので、今日面識を得たばかりのブランに其処までの理解を求めるのは酷な話だろうが。

 だがまぁ幸いな事に、行動の予想は外れたが返した答え自体は正解であった。

 

「……そうですね。では、恐縮ですがお任せしてもよろしいですか?」

「お任せあれ!」

 

 片目を瞑りながらドヤ顔スマイルでサムズアップしてくる《魔王》に若干ウザいものを感じつつも、おくびにも出さずに穏やかに微笑んで一礼するシスターは、大人である。

 彼女から二本の傘を借り受け、「これで姫や画伯をこっそり見守る大義名分、ゲットだぜ!」とか声に出しちゃってる奴は、いい年齢(とし)してガキ丸出しである。

 

 斯くして、花柄の小さ目の雨傘と子供用の可愛らしいピンクの傘を腰の両脇に装備した超越者――という名の不審者は、保護者からの頼みという大義名分を得、意気揚々と再び幼女達のもとへと向かう事になった。

 

 

 

「――ペトラ、年少の子達のお昼寝が始まったら、少し出掛けてきますね」

「分かった。シスターもオフィー達の様子を見に行くの?」

「いえ、少し聖殿に用事が出来ました。この時間なら、枢機卿の御三方かミラ様、何れかにお会いできますからね。手早く報告だけして、子供達が起きる前に帰って来ます」

 

 

 

 尚、小遣いの九割九分カットはほぼ確実となった様である。同時に今月の御駄賃の使い道が塩と魚醤に全振りなのも確定した。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 この状況での闖入者――ブライシオ様の登場に、リリィが対峙していた女性の方は即座に行動に移りました。

 

「退くわよ! 走れ!」

 

 お仲間の男性に叫ぶと同時、右手が腰の後ろに回ったかと思うと、抜き打ちで小さな刃物が投擲されます。

 一動作で投げ放たれたのは、三本。ブライシオ様の肩、下腹、喉へと鎧の隙間を狙って正確無比に飛ぶそれらは、先程のリリィのものとは比べ物にならない速度でした。

 投擲物自体もおそらくは専用の投刃(スローイングダガー)です。持ち主の技術も併せれば、獣人であるブライシオ様の表皮も深々と貫く威力を有している筈。

 ですが、その見事な投擲も通じません。

 ブライシオ様は前に出ると同時に少しだけ身を捻り、投げつけられた刃は全て鎧に当たって弾けて宙を舞います。

 そのまま彼は前進を開始しました。建物同士の隙間にある狭い路地です、巨躯と言って良い長身が完全に道を塞いで突撃して来る光景は、開けた場所での其れより圧が凄いですね。

 リリィ達を掠める様に追い抜くと地面を蹴立てて迫る迫力満点のその姿に、怪しげな二人組の男性の方から「ひぃ!?」という裏返った悲鳴が漏れました。

 路地の奥へと転げる様に逃げ出す男性とは対照的に、女性は舌打ちしつつもその表情は冷静です。

 左手に子狐さん――《雪精狐(スノー・フェネック)》をしっかりと拘束しなおすと、再度右手を振りかぶります。

 

「――む?」

 

 全く怯まず、寧ろ加速しようとしたブライシオ様でしたが、突然身を翻し、リリィとオフィリの姿を遮る様にパンの入った袋ごと左腕を振り下ろしました。

 袋がその大きな手の中で弾け、穴が空き、中から焼きたてのパンが覗きます。更にそのパンには数本のナイフが刺さっていました。

 どうやら、女性はブライシオ様では無くリリィ達に向けて刃を投じていた様です。黒塗りで視認がし辛いとはいえ、認識すら出来ないとは……我が事ながら未熟を痛感しますね。

 

「嫌な臭いだ、毒か」

 

 鼻先に皺を寄せ、渋面でナイフを見つめていたブライシオ様は、直ぐに前方へと視線を戻しますが……その僅かな時間の間に女性は路地奥へと姿を消していました。

 

「きつねさん、つれていかれちゃった……」

 

 女性が消えた暗がりを見つめたまま、オフィリが呟きます。

 リリィの旅装の裾を握るその手は、ちいさな子供には精一杯であろう力が込められ、僅かに震えていました。

 おそらく、恐怖によるものでは無いのでしょう。この小さな友人は、なんというか幼いながら肝が太いのです。もしくは鉄火場への耐性が高いと言えばいいのでしょうか?

 それでも震えているのは彼女自身が溢した言葉通り、連れさられた《雪精狐(スノー・フェネック)》を案じているからなのでしょう。

 彼女の震える手を握り、その小柄な身体を包み込む様に抱き締めます。リリィも義母(かか)様にこうしてもらうとぽかぽかして落ち着くのです。

 残念ながらおねえちゃんパワーの足りない今のリリィでは、義母(かか)様やシスターの代役にはやや不足でしょうが、それでも握った手から強張りが取れたので良しとします。

 

「見事な遁走、と言いたい処だが……逃げを打つ為に幼子を毒で狙い撃つか。気に入らんな」

 

 ブライシオ様の狼の様な面相の喉奥から、本物そっくりの威嚇の唸り声が上がり、彼は先程御自分で投げつけて壁にめり込ませた大きな剣を引き抜きました。

 

「逃がしはせん――こんな臭いをばら撒きながら、獣人(我ら)の鼻から逃げられると思うな」

 

 突撃の最中ですら何処かのんびりとした空気を放っていたブライシオ様ですが、その雰囲気を一変させて戦意も露わに剣を一振りし、路地の奥を睨み据えます。

 そのまま特大剣(グレートソード)を肩に担いで駆けだそうとするその背を見送るか声を掛けるか、逡巡しました。正直、先程から展開が怒涛に過ぎて未熟なリリィ達ではついていけていません。

 

「待ちなよ。助けたお子様を放置して追撃ってのも片手落ちだろう――何より、この場であの二人()()をぶちのめされても困る」

 

 そこにまたまた新たな声が掛けられます。

 しかもそれは()――路地裏の側面部分である建物の屋根上から聞こえてきました。

 これまでのやり取りを上から監視していたのでしょうか? 屋根から声を掛けてきた方は、そのまま飛び降りて猫さんの様な身軽さで着地しました。

 膝を使って着地の衝撃を殺し、直ぐに立ち上がったのは冒険者らしき装いの女性です。

 癖っ毛で菫色の光沢を放つブラウンの髪と、暗色で統一した軽戦士か斥候といった装備――近くで見ると、左頬から顎にかけて薄っすらと刀傷が走っています。

 リリィが注視しているのに気付いたのか、さり気なく首に巻いたマフラーを鼻先まで引き上げて頬を隠してしまいました。

 むむむ……女性のお顔にある傷をじろじろと見るのは確かに不躾でしたね。これは反省せねばなりません。

 彼女と面と向かい合うのは初めてですが、ブライシオ様と同様、見覚え自体はある方なのです。

 

「む……確か……バーコイド、だったか?」

「……正直、覚えられてたのは意外だよ。こちとら一回戦で早々に消えた身だからな」

 

 首を傾げて記憶を捻りだす仕草をして見せたブライシオ様に、癖毛の女性――ヘザー=バーコイド様が苦笑いで応じます。

 そう、彼女も帝都のお祭りで開催された闘技大会の出場者なのです。これは偶然なのでしょうか? だとすれば中々の奇縁と言えますね。

 ヘザー様は軽く肩を竦めると、親指で表通りの方を指し示しました。

 

「傭兵ブライシオ。アンタとは取り敢えずこの件に関しての仕事(ビジネス)の話がしたい……で、そうだな……お子様二人は、どうしたい?」

 

 暗にそのまま忘れてお家に帰りなさい、と言われているのはなんとなく察しましたが、生憎とリリィ達のお返事は決まっています。

 

「巻き込まれた身としては、お話くらいは聞いておきたいですね」

「おふぃーも!」

「……了解。それじゃ、近くに私の隠れ家(セーフハウス)がある。話は其処でしようか」

 

 お仕事が絡む以上、子供二人の主張など流してしまいそうなものですが……ヘザー様はそういった事もせず、嘆息して再度肩を竦めたのでした。

 

 

 

 

 

 

 リリィ達が案内されたのは、住民区にある賃貸のお部屋です。

 此処にやって来るまでの道中に、互いの自己紹介は済ませています。名乗りは勿論ですが、ブライシオ様に助けて頂いたお礼もきちんと忘れずにお伝え出来ました。

 人と交流を持つ際に、自己紹介と各種挨拶は大事――義母(かか)様も(あに)様も仰っていたことです。リリィはきちんと覚えています。ふふん。

 

「椅子は二つしかなくてな。おチビちゃん達はベッドにでも座ってくれ」

 

 隠れ家というだけあって簡素な寝台と椅子、大きめのチェストが一つだけ置いてある部屋に入ると、ヘザー様は部屋の隅に放り投げてあった荷袋から幾つかの道具を取り出して組み立て始めました。

 

「……ブライシオ様の体格ですと、その椅子は少々窮屈そうです。場所を交換しますか?」

「うむ、すまんなリリィ。クッションは悪くないが少々脚が細くてな。折れそうで体重を預けられん」

「わんわんのおひざ! のっていい?」

「む、構わんが……鎧は外せんので硬いぞ?」

 

 寝台を軋ませて大柄な身体が腰を下ろし、その傍らに特大剣(グレートソード)が立て掛けられます。

 ブライシオ様の膝の上に友人が嬉々としてよじ登るのを横目に、リリィも椅子(スツール)の上に腰掛けました。

 どうやらヘザー様はお茶の準備をしている様ですね。組み立てたのは魔力で発熱する小型の熱台(コンロ)です。リリィのお家にも大きい物があるので分かります。

 

「さて、何から話すべきか……取り敢えずブライシオには礼を言っておこうか。アンタが乱入してくれた御蔭で、私は未だ連中に気取られてない」

 

 背を向けてチェストの上に置いた熱台(コンロ)で水の入った陶器を暖めながら、濃褐色の粉を匙で掬って木の杯に入れています。茶葉ではないですね、一体どういった飲み物なのでしょうか?

 

「うむ。建物の上から様子を窺う気配があるのは感じていた――が、それが()()()()か迄は分からなかったのでな、リリィ達の助太刀に入らせて貰った」

「……やっぱり気付いてたか。あの女の探知は上手い事すり抜けてたってのに、自信を無くしそうだよ全く」

 

 少々言葉を省略したお二人の会話に、オフィリが内容を把握出来ないのかキョトンとした顔で小首を傾げています。

 なのでリリィが補足として説明を行うのです。これもおねぇちゃんの務めというものですね。

 

「ヘザー様はあの場で介入の機を窺っていた、という事です。結果的にはブライシオ様が先んじて割って入った形ですが、リリィとオフィリを助けようとしてくれていたのですよ」

「そうなの? ありがとー! へざーちゃん!」

「いや、結局は何もしてないから。というかヘザーちゃんって……」

 

 元気よく告げられたお礼の言葉に、振り向いたヘザー様はなんとも言えないお顔で苦笑しています。

 何故でしょう? リリィは笑顔でお礼を言われると嬉しくなって胸がぽかぽかしてくるのですが。

 

 四つの木杯にお茶が用意され、其々に手渡されます。

 ヘザー様とブライシオ様の分はリリィもよく知る普通のお茶ですが……なんでしょう、リリィ達に渡された濃厚な茶褐色のお茶は見た事の無いものです。

 透明度が無く、少しとろみがあるというか……これは植物性の油分が含まれているせいでしょうか? 漂って来る香りはとても香ばしくて良い匂いなのですが、馴染みの薄いものです。

 

「……ぅぇえ、にがーい」

 

 あぁ、早速口をつけたオフィリが口を窄めて目をきつく瞑っています……苦いのはリリィも得意ではありません。しかし、出されたお茶を口にしないというのも礼儀に反します。どうしましょうか。

 リリィ達を見つめていたヘザー様が、悪戯を成功させた子供の様な表情になって少しだけ笑いました。腕利きの仕事人、といった空気を纏う方ですが、笑えば一気に雰囲気が柔らかくなりますね。とても綺麗な笑顔です。

 

「そいつはカカオっていう豆茶。魔族領の南部で採れる品でな」

 

 少し涙目になっているオフィリの木杯を取り上げると、手にした瓶から中身をたっぷりと匙で掬い、杯に加えて掻き混ぜます。

 

「滋養が高くて香りも良いが、その分苦味が強い。そのまま薬の一種として飲まれる場合もあるが……こいつに甘味を加えてやると、上質の菓子みたいな味わいになるのさ」

 

 再び手渡された木杯をヘザー様を交互に見比べ、オフィリはおそるおそる豆茶を再び口にしました。

 その大きな瞳が更に見開かれ、「わぁ……!」という驚きの声が漏れます。

 

「あまくておいしー! ほんとにおかしみたい!」

「気に入ったか? 砂糖はこれより控え目が好みだが、私もこの味は好きでね。同好の士が出来るなら喜ばしいよ」

「うん! ありがとへざーちゃん!」

「またちゃん付け……まぁ、いい……で、リリィだったか? 砂糖の量はこのおチビちゃんと同じで良いか?」

「はい、お願いします」

 

 リリィの木杯を受け取ろうと差し出された手を前に、一口だけそのまま飲んでみます。

 ……むぅ、確かに苦いですね。香りは本当に良いのですが。

 ですが、美味しい飲み方の種明かしをされた今となっては、この味は期待感を感じますね。

 この香ばしい風味、普通のお茶とは全く異なる濃厚な口当たり……ここにお砂糖の素直な甘さが加われば、どうなるか。

 ヘザー様が匙で掻き混ぜて下さった木杯を再び受け取り、ちょっとだけ温くなった分飲みやすくなったソレにもう一度口を付けます。

 

「……これは予想以上です」

 

 期待通り――否、それ以上のお味でした。

 舌に染み込むような強い苦味が砂糖の甘さによって柔らかなほろ苦さへと変化し、尚且つ加えられた甘味を包み込む様な一体感を感じさせます。

 推測ですが、こうしてお湯に溶いて飲むだけではなく、様々なお菓子や甘味類の味付けに転用できるのではないでしょうか。このカカオという豆は、食材としてそれだけの力を持っていると思いました。

 この豆茶にしても、湯の量を減らしてミルクを加えるだけでまろやかさが生まれ、更なる進化を遂げそうです。単純にパンと併せて頂いても良さそうですね。

 カカオという美味との初めての出会いに感銘を受けているリリィ達を見て、ヘザー様はちょっと嬉しそうです。もしかして原産地が地元だったりするのでしょうか?

 とはいえ、この場には来た目的はお茶ではありません。直ぐに彼女は表情を引き締めてオフィリを膝に乗せるブライシオ様へと視線を転じました。

 

「――そろそろ仕事の話といこう。先ず、あの二人組の事だが……なんでそんな表情(かお)になる?」

「カカオ茶……聞いた事はあるが飲んだ事が無い。俺も飲みたいのだが」

「個人差もあるが、犬や狼系の獣人は飲むと腹下す奴が多いらしいんだ。やめときな」

「む、そうか……」

「わんわんはのめないの? とってもとってもおいしいのに」

「……そうか、美味いのか」

 

 納得した様に頷いたブライシオ様ですが、心なしかしょんぼりとしたお顔になってしまいました。

 それとオフィリ、それは(あに)様の言う処の『死体蹴り』というものに近いです。やめてあげましょう。

 

 

 

 

 

 

 ヘザー様のお話によると、あの男女は霊獣や魔獣の違法な売買を行っている人達なのだそうです。

 女性が雇われた護衛兼荒事担当。男性は彼女を雇った商人さんの関係者なのだとか。

 彼らは捕まえた《雪精狐(スノー・フェネック)》やその他の魔獣を、帝国に運び込むつもりらしいです。

 ヘザー様は彼らを北方で発見後、追跡を続けながら他にも違法売買に関与している商人との関係が無いか、確認していたというお話でした。

 話を聞き終えたブライシオ様が、難しい顔で腕を組んで唸り声をあげます。

 

「売り先は帝国か。もしやとは思うが……」

「あぁ、そういえばアンタも関わったらしいな――お察しの通り、例の件絡みさ。依頼主様も全力で後始末の最中らしくてね、払いが良くて助かるよ」

「うむ、やはりそうか。壊滅したと聞いたが」

「所属してた貴族を経由して()を運んでいた下っ端の商人連中は各地に散ったままって事だろ」

 

 付け足す様に呟かれた「だから私みたいな動きやすい単独(ソロ)に仕事が廻って来る」という言葉に、「素直に歓迎できん話ではあるが……道理だな」と頷きが返されます。

 むぅ……リリィ達には何のことか分かりませんが、腕利きの冒険者と傭兵である御二方は共通した情報をお持ちのようですね。

 椅子(スツール)の上で脚を組んで頬杖を付くヘザー様の口元はマフラーで隠されていますが、その口調から皮肉気に吊り上がっているであろう事が窺えます。

 

「表向きにはあの一件は伏せられている。こんな商売に手を出す連中じゃ組合からも弾かれてるだろうし、遠国の情報を手に入れる伝手にも乏しいんだろうさ。売り込み先のお客様が残らず消し飛んでる事にも気付かず、遠路遥々配達ご苦労様だ」

 

 言い終えると、彼女は大きく溜息を洩らしました。

 

「北方でマークしてから暫く動向を探っていたが……あの連中に横の繋がりは無い。いい加減、カタを付けたい処だけど、フリーの傭兵や除籍された冒険者を数雇いして頭数だけは揃ってる。なにより――」

「あの毒使いが厄介、か?」

 

 膝上のオフィリに鎧をぺたぺたと触られ、されるが儘となっているブライシオ様が独白を引き取ると、まさにその通りだと首が縦に振られます。

 

「雇われた面子でもあの女だけ突出している。腹立たしいが、私じゃ一対一でも厳しそうだ。他の奴らも相手にしながら連中全員を無力化ってのは現実的じゃないのさ」

「うむ、そうだろうな。単純な地力でもバーコイドは一歩及ぶまい。やり口は気に入らんが、腕は鈍っていないようだった」

 

 むむっ、なにやら気になる言い回しですね。

 気になった点は同じだったのか、リリィとヘザー様は何とは無しに顔を見合わせました。

 ここはリリィが手を挙げて疑問を投じましょう――決して早々にカカオ茶を飲みつくして手持ち無沙汰になった訳ではありません。

 

「ひょっとして先の女性、ブライシオ様のお知り合いなのでしょうか?」

「あぁ、親しくは無いが知っている。以前見たときよりも顔つきや気配は大分荒んでいたが、あれはシンヤの一党にいた斥候だな」

「シンヤ……《水剣》か! あのパーティーは以前に問題を起こして一人が組合の等級降格、一人が除名になったと聞いていたが……元一級の上澄みなら、あの腕も納得だ」

 

 あっさりと帰って来た言葉に、ヘザー様のお顔が口いっぱいに苦い物を頬張った様に顰められました。

 

「……偶然とはいえ、アンタと会えたのは私にとって幸運だったな」

 

 ですがそれも数瞬です。直ぐに気持ちを切り替えたのか、真剣な表情となって組んでいた脚を解くと少々前のめりに身を乗り出します。

 

「――傭兵ブライシオ、連中が商品を運び込んでいる倉庫への強襲同行を依頼したい。アンタとアンタの相棒の助力があれば、あの女込みでも逃亡を許さずに叩き潰すのは容易だ」

「兄弟は腹を壊しているので動けんぞ?」

「報酬は私の依頼料を折半と依頼元からの……なんて??」

「兄弟は今、宿で厠に籠っている。とてもではないが仕事は出来んだろう」

 

 シ~ン、と。

 室内に何とも言えない沈黙が下りました。

 何となく次の発言を発し難い空気でしたが、そんな雰囲気など物ともせず、オフィリが不思議そうに頭上のブライシオ様のお顔を見上げます。

 

「もうかたほーのわんわんは、おなかイタくしちゃったの?」

「うむ。聖都にやって来る道中で保存食が切れてな――汁物でよく見る茸だと思って食ってみたのが駄目だったらしい」

 

 誇らしげに言う事ではないのです、絶対。

 こればかりはリリィでも確信を持ってそう断言できます。

 マフラーがずり落ち、隠していた口元が露わになったヘザー様ですが、その口の端は笑いか、はたまた呆れかで引き攣っていました。

 

「……おい、まさかとは思うが、その辺に生えてるキノコを拾い食いしたんじゃないだろうな?」

「味は良かったぞ? ただ、兄弟は俺より五つほど多く食ったのでな」

「この辺りで食用茸に似ている物となると……普通に危険な毒があるやつなんだが。なんで平気なんだアンタは」

「我らは昔から、好き嫌いなく何でも食うのが自慢だ。木の根や皮までなら問題無い。流石に美味くはないが」

 

 彼女はブライシオ様が自慢気に胸を反らすのを暫し見つめ……やがて頭痛を覚えたかの様に額を抑えて項垂れてしまいます。

 ここで心労の類を和らげる言葉が咄嗟に出てこないのは、リリィの未熟さ故ですね。元気を出して頂きたいです。

 先もそうでしたが、やはり切り替えは早い方の様です。額に拳を押し当てたまま、ヘザー様が思案を滲ませる声色で問いかけました。

 

「……アンタ単独なら、問題無く雇われてくれるんだな?」

「乗り掛かった舟だからな。引き受けよう」

「なら良い――多少手間を掛ける必要があるが、十分やり様はある。契約成立だ」

 

 お二人が同時に手を差し出し、握手が交わされます。

 ヘザー様は一つ頷いて立ち上がると、リリィに向けて視線が転じられました。

 

「そういう訳だ。後の事は大人に任せてお家に帰りな……あの女に関しては安心すると良い、そっちに何かしでかす前にケリをつけるから」

 

 む、そう来ましたか。

 子供扱いが不満という訳ではありません。実際、リリィ達は偶然巻き込まれた子供二人という立場なので。

 こうしてある程度の事情を説明し、これからの行動方針を決める場に連れて来てくれただけ、かなり配慮してくれていると言えるでしょう。

 

 ――ですが。

 

「おふぃーもいく! きつねさんをたすけるの!」

 

 オフィリが、リリィのちいさな友人が、こう言い出すのは分かり切っていた事なのです。

 手を勢いよく挙げ、鼻息も荒く主張する姿には幼いながらも気迫とやる気に満ち溢れていました。

 

 ……リリィとしてもあの《雪精狐(スノー・フェネック)》の事が気にならないといえば嘘になります。

 

 しかしお二人の御仕事の邪魔をしてはいけませんし、何よりリリィは今回の監督役です。

 おねぇちゃん的にも、お買い物を中断して危険な鉄火場にオフィリを連れて行くというのは駄目だめな選択肢だと思うのです。

 何より、大人のお二人は揃って渋い顔となっています。当然と言えば当然の反応なのですが。

 膝の上で元気よく挙手したオフィリの後ろ襟首を摘まみ、ブライシオ様が自身の目の前にぶら下げて困っている声色で語り掛けました。

 

「その意気や良し。だが初の実戦の場としては、相手側に少々厄介な手合いが混じっている。アレはお前達が戦いの場にいれば、躊躇なく狙って来るだろう」

「ブライシオの言う通りだ。連中が捕らえてる魔獣・霊獣に関しては、余程特殊なケースで無い限りはちゃんと野に戻す。この件は私達に任せて、パパとママの処に帰りな」

「や。おふぃーもいく」

 

 にべもない、というのはこの事でしょう。

 摘まみ上げられ、プラプラと揺られながらもオフィリはお二人の説得を切って捨てます。意思の硬さを示す様に何時も抱えているぬいぐるみはガッチリと締め上げられていますね。

 処置なし。と判断されたのか、ヘザー様の視線がリリィに向けられ、頑固な友人を説得する様に視線だけで促されてしまいました。

 

「おふぃーのぱぱとままは、もうお空にいるの」

 

 けれど、リリィが口を開く前に当たり前のように告げられた舌足らずな言葉に、意識せずに口が動かなくなります。

 それは御二方も同じです。特にヘザー様は先程発した言葉もあって、やや気不味そうでした。

 

「でもおふぃーにはシスターとかぺとらとか、おねぇちゃんとか、いっぱいいるんだよ? きつねさんもぱぱとままがいるから、いっしょにいなきゃダメなの」

 

 それは、決して理屈や筋道が通った言葉では無いのでしょう。

 幼く、感情だけで語られた、要領を得ない幼子の主張なのでしょう。

 でも、それでもそれは、両親を失った子が両親と引き離された仔を案じ、共に在るべき、在って欲しいと願う、優しい言葉でした。

 

「きつねさんもいってたんだよ、もうすぐままがおむかえにくるって!」

「……言っていた、だって?」

 

 元気よく、嬉しそうに続けられた言葉に、ヘザー様が片眉を跳ね上げてオウム返しに問いかけます。

 ……そういえば最初にあの子狐さんとあの男性を見た時も、やけに具体的な指摘をしていましたね。これはもしや……。

 

「どうやら《獣使い(テイマー)》としての素質がある様だな。幼体とはいえ、《雪精狐(スノー・フェネック)》の霊獣としての格を考えれば《精霊術士(エレメンタル・ウィルド)》の方かもしれん」

「なんと……やはりそうですか」

 

 ブライシオ様の言葉に、半ば予測していたとはいえやはり驚きの声が漏れてしまいました。

 動物や魔獣を使役する《獣使い(テイマー)》もあまり見ない技能ですが、精霊と交信して直に力を借りる事の出来る《精霊術士(エレメンタル・ウィルド)》は更に希少です。エルフの郷でも大戦が始まる更に前に一人だけ、リリィ達の種族基準でも相当な老齢の方がそうであったと聞いています。

 

「よかろう、現場では俺かバーコイドの傍を離れんとを約束できるか?」

「――! うんっ、できるっ」

「おい、ちょっと待てそこの駄犬(デカいの)。おチビちゃんの意気は買うが、流石に危険が過ぎるだろう。万が一の事があったらどうする」

 

 おぉ、意外とあっさりとブライシオ様の意見が転びました。

 とはいえ、ヘザー様の仰る事も尤もなのです。

 希少な才があるとはいえ、オフィリが今現在、戦う力のない事には変わりありません。

 幼く、無力な女の子が争いの場、その真っ只中に飛び込むというのは、外界の経験が少ないリリィでも相当におかしな話だというのは理解できます。

 ですがブライシオ様は、厳しい表情で反対するヘザー様に対し、余裕すら感じさせる態度で応じました。

 

「安全の確保に関しては一つ、手がある。あとは俺の傍から離さなければ、あの女と相対した状況でも傷一つ付けさせんと誓おう」

「安全度の話じゃない、子供を仕事に巻き込む事自体が問題だって言ってるんだよ。第一――」

「オフィリは子狐の母がもうすぐ迎えにくる、と言ったぞ」

 

 言い募る最中に楔を打ち込まれ、オフィリを鉄火場に連れて行く事を拒む言葉が飲み込まれます。

 

「相手は子を奪われ、怒り狂った冬の霊獣だ。冷気や寒波の制御などせんだろう。この街には凄まじい戦士達が多数いる。迎撃にせよ、討伐せよ、いざ始まれば容易いだろうが……」

「近づかれただけでも都市周辺の田園地帯への影響は大きい……どのみちそこまでの大事になれば、私の仕事は失敗したも同然、って事か」

「うむ。素早く事を片付けたあと、親と子を再会させる際の仲立ちが要る」

 

 なるほど。そこに霊獣との意思交換も可能な、当の子狐さんを助けて信頼を得た《獣使い(テイマー)》がいれば、より確実に母親である《雪精狐(スノー・フェネック)》の怒りを和らげる事も出来る、という事ですね。

 

 俺はタダ働きは嫌だぞ、飯が喰えん。と結ばれる台詞に対して、ヘザー様は「私もだよ」と少々疲れた様な、ぐったりとした口調で呟いて肩を落としました。

 自身の猫毛気味の髪の中に指を入れて掻きまわし、大きく溜息を洩らした彼女は、ブライシオ様の膝の上に座るオフィリへと目線を合わせてしゃがみ込みます。

 難しい話は理解できなくとも、自分がついて行けるかどうかの話をしているとは分かっているのでしょう。

 固唾を呑んでお二人の話に耳を傾けていたちいさな友人は、正面から見据えてくる大人の視線に対しても怯むことなく真っ直ぐに見つめ返しています。

 

「……どうやら私は反対する処か、協力を乞い願う立場らしい。オフィリ、狐さんを助け出してママの処に帰してあげるのを手伝ってくれないか?」

「はい! いきます! ありがとへざーちゃん!」

「また……あぁ、もう。ヘザーちゃんでいいさ」

 

 喜びに眼を輝かせて抱き着いて来る小さな身体を受け止め、苦笑いを浮かべたヘザー様は再び此方へと視線を向けました。

 

「……一応聞いておくが、リリィも参加、という事になるのか?」

「勿論です。リリィはおねぇちゃんなので」

 

 安全を優先するのならば止めるべきなのでしょう。

 ですが、妹分にも近い友人が幼いなりに考え、自身の意思で荒事の場に飛び込む事を決めたと言うのに、それに手を貸さないというのはおねぇちゃんの沽券に関わるのです。

 

「御安心下さい。リリィは既に初陣を経験しています。最低限の護身は可能です」

「ほう、その若さでか? 良いな、相手は何だった?」

「上位相当の邪神の眷属ですが」

「自分の胸元ほども無い子供相手に、これまで戦った敵手の格で負けている冒険者が居るらしい……ハハッ、私です」

「へざーちゃんどうしたの? おめめイタい?」

 

 何はともあれ、チーム結成ですね。

 (あに)様的な言い回しをするならば「テンション上がって来た」というやつです。

 

 聖者たる(あに)様の従者としては、少々はしたないというか、不謹慎なのかもしれませんが。

 異国の地で得た友人と、新たに見知った頼りになる冒険者さんと傭兵さん。

 そんな彼・彼女達と一緒に悪さを行う人達を懲らしめ、囚われた動物さん達を助け出す行為に、ちょっぴり高揚を覚えてしまいます。

 いけませんね、戦いの場に向かうのは確かなのですから、浮ついた気分では足元を掬われてしまいます。気を付けましょう。

 

 ……それはそれとして、ここは上昇する気分のままに、掛け声の一つでも上げるべきなのかもしれませんね。

 

「勝利を願って。えいえい、おー、です」

「「おー!」」

「……ぇ、唐突になんだ……これ、私もやらなきゃ駄目な流れか? ……分かった、分かったから全員で雨に濡れた子犬みたいな眼を向けるなって……ぉ、おー……!」

 

 拳を天に向かって突きあげ、皆の心が一つになりました。やって良かったですね、えっへんです。

 では、作戦開始(みっしょんすたーと)。頑張って参りましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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