俺氏、ループ系TS聖女様をいつの間にかメス堕ちさせていた模様   作:弐目

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アンナの受難・再び(こうはんせん)

 

 

 

 どうやら順番争いは取り敢えずの決着を見せたらしい。

 

 内訳としては暫定一位レティシア、暫定一位アリア、暫定一位ミヤコ隊長、未定《陽影》と言った形に落ち着いた様だ。

 なんかもうそれ順位決める意味あった? と聞きたくなる内容ではあるのだが、素直に口に出せば「じゃぁどういった順番が良いと思う?」なんて聞かれるリスクがある。

 なので、湧いて当然の疑問は飲み込むアンナとローレッタであった。

 

「――次は私の番で良いかしら?」

 

 先程口から噴霧してしまったお茶を入れ直し、再度味わいながら隊長が周囲を見渡す。

 当然、反対意見は無い。アンナとしても敬愛してやまない隊長の過去が聞けるとくれば、否がある筈も無かった。

 興味や期待の視線で促されると、隊長は一つ頷いてカップをソーサーの上に戻し、思考に埋没する様に瞳を半ば閉じる。

 

(うわー、睫毛ながい、横顔も超綺麗)

 

 何を話すか、一旦頭の中で纏めているのだろう。

 その様をそれなりに近い距離でじっくりと眺められるこの状況を堪能するアンナ。ミヤコニウムを摂取しながら食う飯は美味いといわんばかりに、焼菓子に手を伸ばすペースが上がる。この場に話題の中心たる青年がいれば、いや鰻の煙で飯食う人ォ! と指さして叫ぶ事間違いなしであった。

刃衆(エッジス)》の長たる少女は数秒して再び眼を開き、ぐるりと全員に視線を巡らせ――最後にレティシアの顔に固定させるとフッと小さく笑みを浮かべる。

 

「……なんだよ、その顔は?」

「いえ、別に。ただ……このお題を振ったのは、貴女自身よね?」

 

 思わせぶりな言動に警戒した様子で身構える金色の聖女様であるが、当の隊長は余裕の態度だ。

 最初に挙げられたお題――駄犬との出会いやその前後のエピソードに、余程の自信があるらしい。

 さて、どんな内容なのか。願わくばレティシアが着火する様な話でなければ良いのだが……興味と恐れが入り混じる複雑な気分でアンナも耳を傾ける。

 ネグリジェの上からロングガウンを羽織った隊長は滅多に見ない挑発的な表情となり、ソファに体重を預け、すらりとした長い脚を組んで見せた。

 通り名の由来である美しい黒髪をゆっくりとかき上げる様は……何故だろうか、妙な既視感を覚える。

 口角を上に傾け、艶然とした笑みを浮かべて。その桜色の唇が開かれ。

 

 

 

「今まで言わなかったけれど――この中で先輩と先に出会ったのは私、刀塚 京よ。自信満々に語ったレティシアには悪いけどね」

 

 

 

 大変に御立派かつ形の良い胸を反らして自慢気に宣言するその姿を見て、「あ、これ何時ぞやの意趣返しだ」とアンナは遅ればせながら気付いた。

 

 

 

 

 

 

 ついに不穏な火花が散り始めた今夜のお泊り会であるが、それも一旦は気にならなくなる程度には、発言者――即ち隊長の言葉は衝撃的である。

 ローレッタや《陽影》はそうなの? 位の反応だが、聖女姉妹――特に姉の方の驚愕っぷりは顕著だった。

 空色の瞳が見開かれ、口の方もパクパクと開閉して言葉にならない呼気だけを吐き出す。

 たっぷり十秒近くは絶句したレティシアは、やがて唐突に眼を閉じ、頭を振った。

 

「……いや、それは無いって。アイツと出会ったのはオレが最初だ、絶対に。ミヤコが先んじるってのは不可能なんだよ」

 

 落ち着きを取り戻した声色と、迷いの無い力強い断言。どうやら余人の知らない彼女だけの根拠があるらしい。

 しょーもない見栄を張るなよ、とばかりにジロリと強い視線が向けられるが、隊長は涼しい顔でそれを受け止める。

 

「そうまで言い切るからには、この世界で先輩と出会ったのはレティシアが最初なんでしょうね。えぇ、()()()()()()

 

 最後に念押しするが如く強調された台詞に、全員が直ぐにその意味を察した。

 再び眼を見開いたレティシアの口元が引き攣る。

 

「……おい、ちょっと待ておい。ミヤコ、おまっ、まさか……」

 

 動転した声に答え合わせをする様に、再びにっこりと微笑む隊長。

 

「この世界に来る前から、あの人は私の"先輩"なの。元は同じ学校の生徒だし、当然よね?」

「…………ンなっ……!」

 

 返された言葉の齎した驚愕の感情の儘にソファから腰を浮かし、聖女姉妹の姉は咆哮した。

 

「なにぃぃぃぃぃぃっ!?」

「祭りの期間中だとしても、夜中に大声で叫んだら駄目よ?」

 

 驚愕と動揺と混乱のごちゃ混ぜで叫ぶ《金色の聖女》。あくまで余裕を保ちつつ、上品な仕草でお茶を味わう《黒髪の戦乙女》。

 対照的な二人ではあるが、傍で聞いているアリアとアンナの驚き具合も結構なものだ。二人共に唖然とした表情で隊長の横顔を見つめていた。

 事前の情報量の多さというか、付き合いの長さ、という点ではまだそれ程では無い鉄拳令嬢と半吸血鬼(ダンピール)の少女は、寧ろレティシアの取り乱しっぷりの方に驚いている位である。

 

「いきなり何言い出してんだよ! 今までそんな素振り見せた事も無かったじゃねーか!?」

「さっきの言葉通りよ。言ってなかっただけ」

 

 間にあるテーブルを蹴倒す勢いで詰め寄られるも、やはり余裕ある態度は崩さずに隊長は語り始めた。

 

 あの駄犬もそうだが、ミヤコ隊長も元いた世界――ニホンで学生をやっていたらしい。まぁ、これはそれらしき話を何度か聞いた事もあるので、知っている者は多いだろう。

 だが、同じ学び舎に通っていたというのは結構な付き合いの長さであるアンナをして新情報である。

 何か理由があって黙っていたのだろうか? それにしてはカミングアウトが女子会のお題話というのは唐突且つ妙な気もするが。 

 

「本当は先輩に最初に話すか……出来れば気付いてもらいたかったけど……こっちで再会して大分経つのに伝わらない儘だし、先に周りの人達に周知しておいた方が良いかも、って思ったの」

 

 なるほど。流石のミヤコ隊長もいい加減痺れを切らしたという事か。

 とはいえ、この場で話す事自体が妥協案ではあるのだろう。ちょっとだけ残念そうなのは気のせいではあるまい。

 微かに憂いの浮かんだお顔も素敵である――が、聞き捨て為らない事を聞いた。

 あの駄犬、こんなとんでもない美人である隊長が同じ場所で学生をやっていたというのに、未だその事に気付いていないとはどういう了見だ。鈍いとかそういう次元ではないだろう、今度会ったら一発しばいておくべきか。

 

「……騎士アンナ? 急に腕を曲げて振り子みたいに振り出して何をしてるんだい?」

「ヒェッ……副長のデトロイトスタイル……ひ、左の軌道が見えな……懐……右……目の前ぁッアッアッアッアッ……」

 

 半吸血鬼(ダンピール)の少女と部下が、不思議そうな視線と半分白眼向いた視線をそれぞれ向けて来る。そこでついつい無意識に拳を握って構えていた事に気が付いた。

 座ったままで拳闘の構えというのも何処か間抜けだ。「おっと」とだけ呟いて拳を開いて膝の上に置くアンナであった。

 そんな部下の様子を見て、憂い顔を苦笑で上書きした隊長が、少し慌てた様に顔の前でパタパタと手を振る。

 

「先輩が悪い事なんて無いわ。学校では変に目立ったりしない様、振舞っていたし……顔見知りではあるけど、そんなに親しい関係じゃなかったの」

 

 話を聞くに、どうやら隊長は悪目立ちを避ける為、学校では格好や立ち振る舞いを地味なものにして行動していたらしい。

 敬愛してやまない人物がそんな窮屈な思いをしながら学生生活を送っていた事に、思わないものが無い訳では無いが……野暮ったい伊達眼鏡をかけて二つ結びのおさげにしていたと聞けば、寧ろ見てみたいという気持ちが湧いて来る。

 アンナがいかにも本の虫っぽい文学少女の姿をイメージするも、どうやらそれは的外れな想像ではなかった様だ。

 なんでも隊長は図書イイン――生徒が一時的に行う司書の代行の様な役を担っていたらしい。

 あの駄犬(ゆうじん)は、偶に書庫(図書室、と言うらしい)にやってきて本を読み、或いは借りて、隊長はその貸し出しや返却を受け付ける。

 当時の関係として貸し借りの際に少し話す程度で、ぶっちゃけ自己紹介すらしたことが無いのだとか。貸し出しに必要な記入事項の御蔭で、隊長の方は奴の名前や学年、所属する組なんかを知っていた様だが。

 

「……滅茶苦茶思わせぶりな事言ってたけど殆ど他人じゃねーか! てっきり向こうで同じ部活や委員だったとか、レギュラーな先輩とマネージャーの後輩だったとか、色々想像しちまっただろ!」

「それは貴女の体験したいシチュエーションでしょう」

 

 驚き、安堵、――そして幾ばくかの羨望と嫉妬。

 ごった煮にした複雑極まる感情を吐き出す様にあがるレティシアの叫びを、隊長は呆れた声色でばっさりぶった斬った。

 彼女はソーサーに戻したカップを再び手に取り、口を付ける。満たされたハーブティーを見つめる瞳は、過去の思い出を反芻しているのかひどく懐かしそうな、柔らかな光が灯っていた。

 

「……確かに親しい間柄ではなかったけど……あの頃から、私は先輩を見ていた。それだけは確かだし、それで良いの」

 

 そうして束の間、眼を閉じて。

 次に開かれた磨き抜いた黒曜石の如き瞳には、普段は見せない悪戯っぽい光が浮かんでいた。

 同じくして滅多に見ない意地の悪い笑みで口角を上げて、一言。

 

「そんな訳で、会ったのは私の方が早いの――この中で先輩と最初に出会ったのがレティシアなら、転移してくる前の先輩を知ってるこの世界唯一の人間が私よ」

「ま、前の世界とかノーカンだし! そもそも総合的にはオレの方が一緒にいる時間ずっと長いし!」

 

 今にも歯軋りでもしそうな表情で、どう聞いても負け惜しみにしか思えない台詞を吐く聖女(姉)である。

 対して明確に主導権を取れている確信があるのだろう。隊長は非常に楽しそうな顔と声色であった。

 

「あらそう? 先輩の学生服姿とか、今より寡黙だったけどちょっと子供っぽい処もあったとか、知ってるの?」

「ぐぅっ……転移前に同じ学校通ってたとかどんな確率だよ、反則だろうが……! あと出来ればその辺の話を詳しく教えて下さいミヤコさん!」

「ふふっ、嫌♪」

「くっそ、腹立つ笑顔しやがってエ清楚め……!」

 

 ミヤコ=タナヅカという少女は基本、人当たりの柔らかくて礼儀正しい人物なのだが、戦友兼恋敵というポジションであるレティシアにだけは中々に遠慮が無い。

 これもあの駄犬相手とは別ベクトルで親しい、対等な友人であるが故だろう。歯に衣着せぬ会話や皮肉の応酬程度では、一切崩れないだけの信頼や友好関係があるという事だ。

 その点に関してはレティシアが素直に羨ましいと思うアンナである。今の様にバチバチに火花散らすやり取りは絶対にゴメンだが。

 

「にぃちゃんの学生服姿かぁ……詰襟? それともブレザー?」

「男子生徒の制服は詰襟ね。イメージ的にブレザーより合ってると思ってたけれど……先輩、スーツ姿も似合ってたわ」

「だよね、舞踏会のときも格好良かった! ……学ランって元は軍装だった服だし、オーダーすれば再現って簡単そうだよね。ボクがお願いしたら着てくれないかなぁ」

「おいコラ、アリア相手にはあっさり話してんじゃねーよ」

 

 アリアの期待に満ちた質問に隊長があっさりと答え、間髪入れずにレティシアが突っ込み。幾度目かの賑やかなやり取りが始まる。

 元いた世界の知識や体験前提の会話である為、漠然としたイメージが湧くのみの他三名――とりわけ《陽影》は、少々羨ましそうに話に聞き入っていた。

 

「やはり同じ世界の出身じゃないと分からない話もあるね。あぁ、もどかしいなぁ……彼の故郷について話を聞いた事もあるけど、会話だけではどうにも具体的な想像が難しいものもあるし」

 

 片頬に掌を当てて嘆息する彼女へと、深く頷きを返して同意を示したのはローレッタだ。

 

(わたくし)にも経験がありますわね。祖父との会話は大切な想い出深いものばかりですが、やはり部分的にどうしても『よく分からないもの』が混ざる場合もありましたの」

 

 そういえば、この部下の祖父にあたる御仁は転移者だったと聞いた事がある。

 その薫陶や教育が行き届いている為か、あちらの世界の物や用句、概念などに割と理解の深いローレッタだが、その彼女をして今でも理解が及ばぬものは多いらしい。

 

「御爺様の事は今でも大好きですし、尊敬していますが……絵心は絶望的に才能が無いのに、やたら説明に用いるのだけは正直どうかと思ってましたわ」

 

 曰く、「こんなのだこんなの」と紙とペンで書かれた異世界の乗り物だの食べ物だのを見せられても「新種の邪神の眷属ですの?」みたいな出来なので余計にイメージがしづらくなった事も多いとか。

 それを補填する為にマメイ氏に話を聞き、説明を受ける中で彼の多芸さを知った事も惹かれる一因となったというのだから、結果的には祖父の邪神召喚じみた画伯っぷりはローレッタにとって良い方向に働いたという事だろう。人生何が吉と転じるか分からないものである。

 

 ――で、アンナとしても今回の隊長の話で明らかとなった、彼女と駄犬との過去の繋がりについて、一つ思い出した事がある。

 

「たいちょー」

「? なぁに、アンナちゃん」

 

 ハーイ、とばかりに手を挙げ、可愛らしく小首を傾げる隊長に向かって、質問を切り出す。

 

「ひょっとして、あの駄犬が学校の書庫に顔出すようになったのって、隊長がオススメした児童書が始まりだったりしますか?」

「ぇ……どうして知っ……まさか?」

「あ、やっぱり。聞いた事あるんですよ、アイツから」

 

 黒髪黒瞳の少女の訝し気な表情が――おそらくは期待や喜びといった感情を含んだ驚きの顔に変わる。

 それを否定する事無く、アンナも大きく頷いた。

 

 あれは少し前――奇しくも、と言えばいいのか。

 聖殿で地獄の様な修羅場に巻き込まれた直後、奴の奢りでご飯を食べていたときに聞いた話だ。

 普段の馬鹿っぽい言動が与えてくるイメージとは違い、意外と本を読むタイプであるあの駄犬(ゆうじん)が、読書を好む様になったという切欠。

 

 その日、下校途中の食糧品店で行われる特売の為に夕方まで時間を潰そうと図書室で昼寝をしていた奴は、当然だが司書――イインとかいう役職の娘に注意され、追い出されこそしなかったが何か読んでみてはどうかと本をお勧めされたという。

 勧められたのはあちらの世界では有名な本らしく、魔法を教える学園で少年少女達が様々なトラブルに巻き込まれ、乗り越えては成長し、やがては彼らが住まう世界の平和を掛けた大きな戦いに立ち向かっていくという冒険活劇。

 ス〇イプ先生陰キャ気質なのにマジ主人公、とか奴は言っていた、お気に入りの登場人物らしい。

 まぁ、お気に入りが出来ている、という時点で話のオチは分かるだろう。軽い気持ちで読んでみて、普通に面白くてハマり、その日の内に続きを借りたり、後日帰る前に図書室読んだりで全巻読破したそうだ。

 以降、読書に目覚めたということで偶に図書室に足を向けるようになった。その始まりとなった図書イインの女の子というのが――。

 

「……ミヤコ、って事か」

「まぁ、アイツの頭の中では未だに隊長とそのときの女の子が繋がってないっぽいけど」

 

 御執心の男と恋敵との追加エピソードを聞いてレティシアが唸り声をあげ、特に隊長については言及していなかったアホ面を思い出しながらアンナが補足を入れる。

 先の《陽影》の話にしても、彼女の事を以前助けた娘であると気付いたのはここ最近の話らしい。変な処は鋭かったり察しが良い癖に、なんで肝心の処だけ鈍いのだろうか、あの駄犬は。

 

「やっぱ馬鹿だわあの馬鹿」

 

 再確認してしみじみと呟いた言葉に、飼い主である聖女姉妹が頷く……処かこの場の全員が否定出来ずに苦笑したり目を逸らしたりとアンナの言葉を肯定する反応である。残当であった。

 

「ちなみに"一見野暮ったい格好した地味目な娘だったけど、凄い隠れ美人だった"とか力説してたんで、当時の隊長にも結構良い印象持ってると思います」

 

 なんだかんだ言って合わない、と感じた人間に関しては、どれだけ見目や周囲の評判が優れていようと殆ど興味も見せず、話題にも出さない男だ。

 転移してくる以前から同じ様な気質だというのなら、逆説的に図書イインことミヤコ隊長にはそれなりに好感情を持っていたという事だろう。奴からすれば読書の面白さを教えてくれた相手だから当然か。

 

「そ、そう? そっか、先輩が……」

 

 そんな根拠の元に発せられたアンナの言葉を聞いて、隊長は恥じらう様に僅かに俯き、両頬に手を当てて身悶えする。

 眼福。その一言に尽きる。

 歓びで紅潮した頬も、照れ隠しに身体を左右に捻ったことでネグリジェの隙間から形を変えて覗く谷間も、アンナちゃんポイント四桁級の破壊力であった。あの駄犬絡みのリアクションというのは少々業腹だが。

 

「お前さぁ……ミヤコのときだけ情報付け足してくるの止めろよ。贔屓だぞー、そういうの」

「私は何時でも隊長の味方よ」

「分かり切った事ではあるけど、即答かよ」

 

 カップの中身を啜りながら半眼で告げられるレティシアの文句を、言わずもがなの事実で切って捨てる。

 あの駄犬を気にしている周囲の娘達を、基本それとなく応援しているアンナであるが……やはり一番に優先となると自身の一押し兼直属の上司たる隊長だ。今も見せてくれている、彼女の喜びの笑顔からしか取れない栄養がある。

 断言すると、焼菓子を片手にハーブティーを嚥下したアリアが少し笑った。

 

「ブレないなぁ……そういう処、アンナってちょっとにぃちゃんと似てるよね」

「ちょっと待って下さいアリア様。それは流石に否定したいです」

 

 あの馬鹿犬と同類扱いは不本意を通り越してあり得ない。

 私あそこまで螺子外れてないです、と不満を露わにして主張するも、ローレッタを除く四名からの反応は肩を竦めたり曖昧な笑いであったりと不可解な反応であった。納得がいかないアンナである。

 

 

 

 

 

 

 何人かの語りが終わり、場も良い具合にあったまってきた処でお茶と焼菓子が切れた。

 この場で一番健啖なのはアンナだろうが、年若く、戦いを生業とした職に就いている娘も多いのでやはり普通の女子会よりお茶請けの消費は早い。

 

 ――が、その程度の事は予想済みであったのか、菓子が切れると同時にメイドさんの一人が追加を持って来た。

 

 流石の配慮である。追加の品には先程アンナが食べたいと思った薄く切った揚げ芋――ポテチなる菓子まであった。

 お茶の他に葡萄酒(ワイン)まで準備されている。寝酒を嗜む事もあるレティシアやローレッタは早速手をつけ、帝国産の銘柄に興味を示した《陽影》も一杯頂く様だ。

 

「ポテチと酒とか悪魔的な組み合わせだよなぁ……手が止まらないぞ」

「良い食感ですが、揚げ物ですものねぇ……明日明後日は空いた時間に自主鍛錬ですわね」

 

 罪深い味だ、なんて言いながらポテチをパリパリと早いペースで食うレティシアにローレッタが同意し、変わらずハーブティを口にしているミヤコ隊長が呆れた声色で口を挟む。

 

「兵職と違って非戦時下の聖女なんて運動とは縁遠い立場でしょう……増えても知らないわよ?」

「んー……聖女(オレら)って魔力の限界貯蔵量が自然生成量よりかなりデカいからさ。基本、平時は容量が満タンになるって事が無いんだ。だからよっぽど滅茶苦茶に暴飲暴食しない限りは、余分に食った分って魔力の生成に回されるんだよな。なんで、体重に関してはあんまり気にした事ない」

「……それ、他の場では言わない様にした方が良いわ」

 

 聖女の魔法的生態とでもいうべき情報を聞かされ、理不尽な生き物だと言わんばかりに隊長の顔が少しばかり引き攣る。

 レティシアは気の無い素振りで指先についた揚げ芋の食べかすを舐め取り、首をかしげて見せた。

 

「そんなにか? 体質的に太り辛い人なんて他にもいるだろ」

「それも極少数派ではあると思うよ」

「世の女性の八割を敵に回す発言ですわね」

 

 不思議そうですらあるその言葉に、間髪入れずに《陽影》とローレッタが応じる。その顔は両者共に真顔であった。

 一方でその当事者である聖女――レティシアとアリアの金銀姉妹は「一概に良い点ばかりじゃないよな……」「だよねぇ」なんて言って頷き合っている。その視線は顔からやや下がり、互いの胸元を見ていた。

 ……その膨大な魔力貯蔵量と生成効率故に、少しばかり身体の発育に影響が出たりするのだろうか? バスト云々は置いておくにしても確かに二人とも小柄であり、華奢でもある。

 

 というか、一定以上の力量を持つ戦士は男女問わずに一般人の平均体重よりやや重い筈だ。

 鍛えているので骨格や筋量が違うというのもあるが、先に述べた魔力的な『最適化』の過程で肉体の品質自体が上がっている所為だというのが通説である。

 その極みにあるのが聖殿の司祭様――ガンテス=グラッブス氏だ。あの人はやや重い処か身体の密度が骨肉というより鉱石か金属のソレに近いので、どうやっても水に浮けないと聞いた。泳ぐ事自体は力づくで可能だし、なんなら水面も走れるらしいが。

 

 要は、今夜のお泊り会に参加している面子も数値上の体重はあまりアテにならないと言う事だ。

 アンナも一時期気にした事はあったが、単純な体重では無くスリーサイズ……主にウエストや手足の肉付きに気を配っておけば良い、という結論に達している。

 そもそも彼女は鍛錬訓練にストイックな気質(タチ)なので、騎士となってからは体型など訓練で自然と維持され続けている。運動量を考えれば普段の食事量も妥当か少々不足ですらあった。

 

(……まぁ、だからといって好んで体重を詳細に計測したいとも思わないけど)

 

 一般人と比べても意味が無いというのは頭では分かっているが、明確な数字という名の重さを叩きつけられるのはやはりクるものがあるのだ。

 人体の重さを計測する為の秤――所謂体重計なんて物を考え付いた輩は、よほど根性悪か邪悪な性根をしていたに違いない。あれは悪魔の装置である。

 

「取り敢えず、それの話は置いといてもいいだろ。次はアリアとアンナ、どっちだ?」

 

 ティーカップに代わって葡萄酒(ワイン)の満たされたグラスを掲げたレティシアが隣の妹とアンナを交互に見やる。

 どうやらローレッタはトリで決定しているらしい。唯一交際相手がいる女子としての体験談なので、真打ち扱いということか。

 しかし、アンナとしては自分の番だと言われてもやはり困ってしまう。

 

「一応記憶を掘り起こしてみたけど……やっぱアイツと出会った前後って特に語る事が無いわ」

 

 そも、彼女が駄犬(ゆうじん)が初顔合わせしたのは戦場である。

 混戦に近い状況の中で部隊単位で動いていたので、当然隊長含む他の隊員達ともその場にいた。

 なんならレティシアもアリアも居た。奴の引いた荷車に乗って戦場中を爆走して回って回復魔法乱れ打ちする役で。

 もう見た目からして馬鹿っぽい光景だったのだが、後から見れば味方の損耗率が異様に低かったので有効ではあったのだろう。初見は「聖女様がご乱心してる!?」とか思ったが。

 戦線を押し上げて状況が安定した後も事後処理やら残敵掃討で忙しく、向こうも予定ぎっしりで動いてる感があったので改めて行った挨拶も端的且つ簡易に終った記憶があった。まともな交流をしたのはそれ以降の事なのだ。

 奴との出会いはそんな感じだ。特に物珍しくもなければヤマもオチも無い。おまけに六人中四人が既に十分知っている話をするというのも、主旨と違う気がする。

 

 当時の状況を思い出したのか、レティシアも納得した様子で頷いてくれた。

 

「そういえばアンナとアイツが会ったのってそのタイミングか……確かにバタバタしてたもんな」

「でしょ? あの状況から部隊の死者無しで終ったって事で、シャマの方がよっぽどアイツに興味津々だった記憶があるわ」

 

 最前線に近い場所で挟撃される形で眷属が顕現した事で部隊が孤立気味になり、完全に退路が遮断される前に人的損耗覚悟の敵中突破を試みようとしていた状況。そこからのまさかの欠員ゼロである。

 大はしゃぎして喜ぶ部下の気持ちは分かるが、それはそれとしてアンナが必死こいて報告書を作成しているときに隣の天幕で酒盛りおっぱじめたのは腹が立った。

 戦地にまで酒を持ち込んだローガスと、それを好き放題に飲みまくって出来上がっていたシャマに、夜が明けるまで残敵掃討に参加してこいと命じたのは今でも覚えている。

 二人ともブーたれていたが、今思えばシャマの方は寧ろ助けてやったと言っても良い位だろう。

 あぁもベロンベロンな上機嫌の浮かれっぷりでは、小一時間後に挨拶にだけやってきたレティシアと駄犬に抱き着いてキスの雨でも降らせかねない。

 当時のレティシアならば、酒臭いキスマークを付けられた奴を見てもちょっと不機嫌になる、程度で済んだかもしれないが……挨拶の場には隊長も居たのだ。

 やらかしていれば帝都に帰還後、特別訓練と言う名の彼女と延々模擬戦コースの予定を組まれるのは必至であった。

 

 ……こうして振り返ってみると、間接的にならばあの駄犬が絡む話も結構あった様だ。直接的には先の主張の通りにあっさりとしたものだったので、どの道今回の話の主旨には沿わないが。

 

「そういう事なら飛ばすか? となると次はアリア、お前だけど……」

 

 寝巻きに包まれた肩をすくめてあっさりと妹へと視線を向けるレティシア。

 主催者の判断もあって反対意見は出ず、そのままアンナの要望通りに順番は飛ばされる――と、思われた。

 

「…………」

「……アリア?」

 

 何やら考え込む様な仕草で俯いている銀の聖女様に向け、姉が不思議そうに再度名を呼ぶ。

 二度目の呼びかけにパッと顔を上げたアリアは、「あ、ごめん」と呟きながら手にしていたティーカップをソーサーに戻す。

 彼女はそのまま空いた手の人差し指を額に当てて、小さく唸った。

 

「うーん……いや、なんとなく気になったんだけど」

 

 基本、これまで皆の話を楽しそうに聞いていた少女の何とも言えない表情に、この場の全員が訝しさや疑問を覚えて注目する。

 

「何だか……自分の話は無いって言ったけどさ――アンナってこれまでの全員の話、にぃちゃんから聞いてたり既に知ってたりしてない?」

「――う"ぇ?」

 

 思わぬ形で話題を振られ、レティシアに劣らぬペースでポテチ喰ってた銀髪碧眼の少女が、三枚ほど纏めて摘まんでいたソレを取り落とす。

 アリアに向けていた視線が転じられ、都合五つの視線が自分に突き刺さるを感じて、アンナは額に嫌な汗が湧くのを感じた。

 

「い、いやぁ……そんな事は無い、と思うん……です、けど……」

 

 しどろもどろになりながら、これまで各人から語られた話を思い返す。

 アリアの考え過ぎ――な、筈だ。

 各々が秘めていたあの馬鹿との思い出を全部馬鹿当人から聞いてるとか、流石にある筈も無い。

 

 実際レティシアの過去については、今日聞いたのが初だった――その後に続いた絵本に関してはどうやら初版らしき物を所持しているが。

 次の《陽影》の話については……確かに知っていたが、これは偶々である。あの駄犬から聞いていたという事自体黙っているので、この場ではノーカンの筈。

 隊長の話については、ついつい既知である事を話してしまったが、仕方ないではないか。敬愛してやまない彼女が喜ぶ様を想像してしまうと、知りませんでしたという態度は取れなかった。

 一通り振り返り、そこではたと気付く。

 

(……あれ? アリア様の指摘ってそう的外れじゃ、ない?)

 

 そんな思考が脳裏を過った瞬間、背中にぶわっと冷たい汗が噴き出す。

 これは、良くない。何がどうとは言語化し難いのだが、とにかく良くない。不味い気がする。

 

「多分だけど、《陽影》さんの話も知ってたよね?」

 

 言い訳――もとい、身の潔白を訴える為の切り口まで即座に潰されて白目を剥きたくなるアンナ。

 心なしか隊長とレティシアの視線も若干物言いたげなものに変わっている様な気がしてきた。いよいよ以て良くない兆候である。

 普段の穏やかで愛らしい振る舞いを一時しまい込んでしまったアリアは、名探偵ばりの指摘で逃げ道を塞いでゆく。

 

「……ちなみにボクが話そうと思ってたネタって、時期的にはお題からちょっとズレてるんだ――にぃちゃんをにぃちゃんって呼ぶ様になったときの話なんだけど、これも知ってる?」

「……イエ、キイタコトモナイデス。楽シミダナー」

 

 ダラダラと冷や汗をかきながら目を逸らして知らない、と主張するアンナであるが、その言葉をそのまま飲み込んでくれるお花畑はこの場にいなかった。

 

「「「ダウト」」」

(神は死んだ)

 

 異口同音で聖女姉妹と戦乙女の三名から即行で虚偽判定を喰らい、今度こそ白目を剥いて天を仰ぐ。

 が、直ぐに精神を立て直して天井を貫通してお空へと飛ばしたくなる意識を強引に引き戻す。座して待てば地獄の入口が待っていると確信がある故に。

 

「やっぱり教国(あっち)に出向してる所為かしら……アンナちゃん、先輩と沢山お話してるのね?」

「はい、いいえ。隊長殿。あくまで食事ついでの他愛ない話ばかりであります……!」

 

 一見、含むものは無い――無い筈、の笑顔で問い掛けて来る上司に向け、直立こそしないが背筋を伸ばしてはきはきと答える。

 この状況では逃げ出すのは論外。何せアンナ自身に疑念が向けられているのだ。この場は逃げおおせたとしても、後日詰め寄られるだけである。

 かといって、これ以上は誤魔化しは勿論のこと、躊躇いや言い淀む事すら己の首を絞める事になりかねない。

 三人に妙な危惧を抱かれる事に対して、毅然とした反応と否定を行うことこそが突破口であると、アンナは本能的に察していた。

 

 こうなれば腹を括るしかない。何を問われても真摯に答えつつ、駄犬(あのバカ)に関する邪推はしっかりと訂正する事でこの状況を切り抜ける。

 云わば正面突破だ、ならば得意分野である。

 さぁ、来い。と内心で気合を入れ直すと、手にするグラスを満たしていた葡萄酒(ワイン)を味わいもせずに一気飲みしたレティシアが、酒臭い息を吐き出しながら若干据わった目付きで見つめてきた。

 

「なるほど……こうなると、アンナだけ『話題がありません』は通用しないよなぁ……出会ったときの話が特に無いってんなら、逆にここ最近で特にネタになりそうなアイツの話を語ってもらおうか?」

「」

 

 神は死んだ。

 内心で二度目となる悲嘆の叫びである。ひょっとしたら短時間で二度の死亡判定を喰らった何処ぞの神格がくしゃみでもしているかもしれない。

 アンナが絶句した……するしか無かったのは、当然レティシアから振られたお題が厄ネタである、という自覚があるからだ。

 

 最近のネタと言われて、真っ先に思い浮かんだのは二つ。

 あの事件の終盤、敵の本拠地であの馬鹿が亜麻色の髪の少女の命を救いあげて見せたこと。

 もう一つは……バルコニーでちょっとだけ奴のダンスの練習に付き合ってやったこと。

 

 真摯に答えるしかない、という結論をだした途端に返って来たお題が即死級の爆弾だった。理不尽である。

 此処で話すのを躊躇えば「何かあります」と主張しているのと大差ない。後に死地が待つのは確実。

 だが話してしまえば、巨大な爆弾に着火するイメージが拭えない。

 どっちを選んでも待ってるのは致死レベルの窮地とか、幅も救いも無い嫌すぎる二択であった。

 

(あぁ、なんでこんなアホな苦労してんだろ私……)

 

 思わず遠くを見やる目付きとなって、窓から見える夜空を見上げる。

 今頃、話題の中心兼事の元凶は他の男連中と気安い飲み会でも楽しんでいるのだろうか? そう思うとなんだか腹立ってきた。

 

(ふ、副長……)

(アンタは生き残りなさい)

 

 窮地に立たされているアンナを見て腰が引けている部下に、アイコンタクトだけで健闘を祈っておく。

 現状、自分は詰みに近い。半ば道連れとばかりに今夜の女子会に参加させたローレッタであるが、この流れなら彼女は無事に明日の朝を迎えられるだろう。流石にこの状況をどうにかしろなんて無茶振りをするつもりは無い。

 

 深く息を吸い、吐き出す。

 さて、ファルシオンの一件についてか、バルコニーでの事か。どちらを選ぶかだが。

 正直どちらを選んでも着火不可避な気はするが、それでも話すとなればアンナの中ではファルシオン絡みの一件で決まっていた。

 火種としてはまだマシな小さそうな方を選んだ、というのは勿論なのだが――まぁ、なんとなく。

 隊長も、レティシアもアリアも、《陽影》だって、きっと本当に大切なアイツとの思い出は、誰にも話さず自分の中にだけとってある。

 彼女達ほど大仰なものでは無いにしても――自分も一個くらいなら、アイツ(ともだち)とそういうのがあっても、まぁ良いんじゃないかなー、なんて、ちょっと思ったりしたというか。

 繰り返すがあくまでなんとなく、である。深い意味とかは無い。

 

 そんな事を考えつつ、アンナは覚悟を決めて口を開こうとする。宛ら死刑執行の書類にサインする気分であった。

 ――が、ここで予想外の声が上がる。

 

「……お待ちを! それならば副長を最後として先に(わたくし)が語らせて頂きたいですの!」

 

 決然とした声色で宣言し、立ち上がったのはローレッタだ。

 勢いよく挙手したものの、その場の全員の視線を一斉に浴びてちょっと怯んだ彼女は、だが直ぐに瞳に強固な意志を宿して胸を張る。

 景気づけといわんばかりに、手にしたグラスに満たされた葡萄酒(ワイン)を一息で飲み干すと、唇の端についた赤色の滴を親指の腹で擦って漢前に摺り落とし、続けた。

 

「元よりアリア様とは、先生とのその後についてお話すると約束していましたわ。話せる状況である内にソレを果たしたく思います」

 

 すげぇ。なんだこの娘、勇者か。

 掛け値なしの賞賛と共に、唖然として仁王立ちとなった隣の部下を見上げるアンナ。

 まだ表面に出て来る程では無いとはいえ、既に隊長達からは何処となく不穏な空気が漏れていた。

 どういう種の感情であれ、機嫌が良くなかったのは確かである。それに気づかない程鈍くはないだろうに、ローレッタはその空気の中に敢えて飛び込んで見せた。

 聖女や戦乙女の鞘当てに巻き込まれた者同士(ローレッタを巻き込んだのはアンナなのだが)黙して死地へと見送るのを彼女は良しとしなかったらしい。大した胆力である。

 

(……借りが出来たわね)

 

 鉄拳令嬢の勢いに押され、ぱちくりと眼を瞬かせているレティシアを見て、苦笑する。

 アリアも約束とやらを前面に出された事で、どちらかというとローレッタの意見を肯定する空気であり、聖女二人がそんな感じなので、ミヤコ隊長も特に異論無く頷いていた。

 ローレッタの話が終わるまで先延ばしになっただけかもしれないが、首の皮一枚繋がった感がある。一旦間を置く事で着火するにしても勢いが減じる可能性だって、なくは無い。

 あとでお礼を言っておこう、と部下への感謝を今は胸の内だけで留め、アンナは知らずの内に緊張で干からびていた喉へとお茶を流し込む。

 

「……まぁ、そこまで乗り気ならローレッタの話を聞いてからでも良いだろ。皆もそれでいいよな?」

「感謝しますわ!」

 

 決を採るように全員の顔を見廻したレティシアが、反対意見は無しと判断して一つ頷く。

 それを受け、ローレッタが気合十分とばかりに力強く礼を述べた。親睦会の類でのお喋りというより闘技大会での試合時の如き気迫である。

 

 ――取り敢えずは窮地を脱した事で他の面子と同じく、すっかり聞く態勢に入ったアンナであるが……彼女は一つ失念していた。

 

 ローレッタ=カッツバルゲルという少女は猪突猛進、正面粉砕突破を旨とした戦士であり――惚れた男を逃がさず喰らい付き、見事ご馳走様した超肉食系女子である。

 尊敬する上司(アンナ)の危地を断ち切らんとし、更にはアリアとの約束も果たさんという二重の奮起を促すこの状況。

 彼女は気合が入っていた。物凄く。

 そのノーブレーキ感たるや、当のアリアが気付けば「そこまで全力じゃなくていいよ!?」と即座に突っ込みが入りそうな位にはエンジン全開である。

 

「コホン――では、僭越ながら語らせて頂きますわ……あれは、先生と共に帝都に到着したその日の夕方の事です」

 

 軽い咳払いと共に、金髪巻き毛のお嬢様はいよいよ口火を切った。

 幾つもの条件が揃った故に、これから彼女の口から語られるのは、おぼこい小娘達が想像する『年上の彼氏と結ばれた、ちょっと桃色な甘酸っぱい経緯』などでは無く。

 

「夜になったらキメるつもりでしたので、先生には宿で荷ほどきをして頂き、(わたくし)は一服盛る為のお酒と避妊のお薬を花街に購入しに向かいましたの! 流石は帝都だと感心しましたわ、その手の商品も品揃えからしてダンチというやつでしたわね!」

 

 生々しいにも程がある、臭い立ちそうなエグめの猥談であった。

 

「以前に入浴へと乱入した際に先生の身体は視姦……失礼、チェック済みでしたので、〇×※した際も考慮して◆□を幾つか選んで――」

 

 聖女姉の手からワイングラスが滑り落ち、中身をぶちまけて絨毯の上に転がり。

 妹の方は食ってた菓子を喉に詰まらせて目を白黒させ。

 帝国最強の騎士たる少女は先程の三倍くらいの威力で茶を噴いたせいで、鼻と気管に入って悶絶。

 同じく噴き出しそうになった半吸血鬼(ダンピール)の少女は、口元を抑えて思いっきり仰け反ったせいでソファの上から転げてひっくり返った。

 

「出来れば初回に☒×●も試してみたかったので、▽▲▽♡○は必須だったのですが……全て問題無く手に入ったのは正に女神様の思し召しでしたわね、御蔭でそのときは確信できましたの! ヤるなら今夜であると!」 

 

 ひでぇ思し召しがあったもんである。この世界の全ての生命の母ではあるが、単独での生命創造が可能な故にカテゴリ的には処女神であるとされる女神への熱い風評被害であった。

 ヤケクソか、はたまた単にノリノリなだけなのか。

 一度口火を切っちまえば止まらねぇぜ! とばかりに、ローレッタの赤裸々を通り越した逆○の詳細報告は続く。

 

「理想は正○×でしたが先生の抵抗が激しかったので一回戦は※乗◇でしたわね。少々雅に欠ける○×ですがアレはアレで♣に先生が◇♡♠感じで実に甘美……! ぶっちゃけクッソ興奮しましたわ!」

(おぉ……もぅ……)

 

 既に場はローレッタの独壇場。湯あたりした様な顔色で死屍累々となっている一騎当千な少女達を眺めつつ、アンナもソファの肘掛け部分に横倒しになって突っ伏した。

 戦場で兵士達が猥談する事なぞ多々ある。そういったものを聞き流せるようにならなければ女だてらに騎士などやってられないのは確かだ。

 が、それなり以上に交流のある同性の情緒たっぷりなその手の語りは、中々にキツい事が分かった。後から効いて来る胴打ちの様な胃もたれ感にも近い重さがある。

 

 蜂蜜を煮詰めた様なドロッドロの甘さと同時に、生臭さすら感じそうなリアルな猥談の御蔭で、現在強烈な胸やけが発生中だ。ついさっきまで手が伸びていた茶菓子は今では全く食べる気がしない。

 ……マメイ氏が最初に顔合わせした頃より疲れている――というか若干干からびてる様に見えるのは、ひょっとして()()の所為ではないだろうか?

 新入りとはいえ、帝国最精鋭の騎士たるローレッタと非戦闘員の研究者である彼とでは、基礎的な体力に差があるのは当然だ。積年の想い叶って猿になるのは仕方ないのかもしれないが、愛しの先生を吸い殺す前に自重を覚えろと言いたくなる。

 

「奮発した御蔭で気が付けば朝になるまで効果があったのは予想外でしたが……その分甘美な想い出が積み重なったと考えれば寧ろバッチコイでしたわね! あれは確か6回戦目でしょうか? その辺りで先生も(わたくし)の想いを受け入れて下さいましたし、そこからは♠♡♦♧も使って×※×などを試してみたり――」

 

「しょ、初回で☒×●とか無理、絶対無理……! ボクぜったいしぬ……!」

「そもそも初めてで一晩中ってなんだよ……なんで四回戦で世界戦フルラウンドで戦い抜いてんだ……!」

「♠♡♦♧って……×※×って……」

 

 ぐったりしている様で話自体はしっかり聞いているレティシア達から、うわ言じみた呻き声が聞こえる。

 本当に聞きたくないなら耳でも塞ぐか話を遮れば良いのだろうが……なんか色々ダメージを受けつつもローレッタの話を聞く事は止められないらしい。ムッツリか聖女。

 ちなみに唯一無言の《陽影》であるが、顔にハンカチを押し当てて貧乏ゆすりよろしく身を揺らしている。ダメージは深そうだが此方も話そのものはしっかり聞いているらしかった。

 

 室内の空気的にも、もうすっかりアンナの話に関してはどっかに吹っ飛んだ感じだ。

 ある意味ではローレッタの狙い通りであり、またある意味ではアンナの望み通りの展開でもある。

 だが、それを踏まえてもコラテラルダメージがデカい。デカすぎる。

 先のフォローで助けられた身としては、横から口を挟んで止める事も出来ない。

 自分が巻きこみ、そして助けてくれた部下までドギツい桃色の煙を撒き散らす爆弾であったというオチは、現在進行形で疲労感を加速度的に増やしてくれていた。

 

「今ではすっかり慣れたものですが、π凸×凹というのも当初は新鮮でしたの! これはあまり○×△※なのですが、視覚的に(わたくし)も先生も――」

(もう勘弁して下さいローレッタさん)

 

 この場において桁外れの経験値を誇る部下を、内心でさん付けなんてしちゃいながら、アンナも他四人の様に呻き声を洩らす。

 熱を持っている頬や耳たぶを極力意識しない様にして、開封済みのワインボトルへと手を伸ばして。

 

「もーやだ、おへやかえってねたい」

 

 当分は叶いそうにない願いを口にしつつ、飲まなきゃやってられるかとばかりにグラスになみなみと注いだ酒を呷ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






ミヤコたいちょー

後輩系少女。
乱読派ではあるが、駄犬がそれなりに読書家になった切欠を作った娘でもあった。
面倒を避けるために地味子を装っていたが、当時から美少女だったので何気にファンは多かった。それによるトラブルなんかも経験していて男子に対して構えていた部分もあったらしい。
駄犬に関しては、この娘すげー美人じゃね? とか思いつつも、基本勧められた本の方に夢中だったのが逆に好印象だった模様。
それ以降、図書室にやって来ても殆ど話す事もなく、ガッツリ集中して本を読んでる横顔を見てちょっといいな、とか思ってた。



アリアくん

女子会名探偵。見えてる恋敵より見えぬシーフこそを警戒せよ。
「皆が幸せになるならアリな気がする」という事で、実はクインちゃんの次くらいには一夫多妻に寛容な娘。自分が正妻という前提ではあるが。
ネタは沢山あるが今回、詳細は語られなかった。後々大量のネタバレ込々で語ることになると思われる。



ローレッタさん

唯一にして頂点。
周囲の同性の中ではぶっちぎりの恋愛強者である事を見せつけた。
本人としても流石に勢いだけで色々話し過ぎたと後から反省したらしい。
尚、今回の最大の被害者は一回り以上年下の少女達に床事情を詳細に知られてしまったマメイ氏である。



アンナちゃん

無自覚系シーフ。
警戒されんのそーゆーとこやぞお前。


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