俺氏、ループ系TS聖女様をいつの間にかメス堕ちさせていた模様   作:弐目

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()の約束(前編)

 

 

 

「遅いぞー。早く来いよー」

「ま、待ってよ、早いって」

「……おんぶしようか?」

 

 木々生い茂る鬱蒼とした林の中を、三人の年若い者達が進む。

 其々に種は違えど、全員が獣人だ。

 勝ち気そうな犬耳の少年と、気弱そうな兎耳の少年、大柄だが年の頃は前者二人と同じ程度であろう牛耳の少年。

 イヌ科の獣人である少年を先頭に、三名は道なき道を行く。

 背の高い藪を手にした木の棒でかき分け、犬耳の少年が悪戯っぽい笑顔でニシシとばかりに歯を見せた。

 

「そりゃいいや。このペースじゃ時間かかり過ぎるし、おんぶしてもらえよ」

「い、嫌だよぉ。子供じゃないんだから……」

「だったらもっと歩く速さ上げないとな。ホラ、急げ急げ」

 

 源流となる獣によって差異あれど、獣人というのは生来身体能力に秀でた種ではあるのだが……何事にも例外はある様だ。

 あまり運動が得意ではないのか、他二人が平然と進む中、兎耳の彼だけはヒィヒィと息を切らしながら何とか林を進んでいた。

 このトリオのリーダー格らしき犬人の少年が、既に足元のふらつく仲間を見て呆れた目を向ける。

 

「お前、頭は良いけど本当にドンくさいよなぁ……兄ちゃんはあんなに足速いのにさ」

「に、長兄(にい)さんと一緒にしないでくれよぅ……前から言ってるじゃないか、僕は運動が得意じゃないんだって」

「適材、適所」

「そうそう、走るのも腕力を生かすのも二人に任せるよ。僕は頭脳労働担当って事で」

「そうは言うけどさ、移動に時間掛かってたら勿体ないだろ? 今日は早めに帰って来る様にって母ちゃんも言ってたし」

 

 言った傍から木の根に躓いて転びそうになっている兎の少年を見て、リーダーらしき犬の少年は不服そうに唇を尖らせる。

 それでも嫌な空気にならないのは、彼らが対等の友人関係を構築しているからだろう。この程度は軽口の内という事だ。

 さて、そんな少年達であるが……こうして町の裏手に位置する林を歩くのには、当然ながら理由があった。

 目指しているのはズバリ『秘密基地』。

 

 魔族領南部の沿岸にほど近いこの町の、女公爵公認・御用達たる温泉宿。

 露天風呂である浴場の裏手には小さな丘と林――そこに作った、彼らだけの遊び場があるのだ。

 

 二年前、犬耳の彼の両親が経営する宿は、西部の吸血鬼(ヴァンパイア)の長である公爵の援助を受けて大幅な改築を行なった。

 異界にあるニホンという国の様式を部分的に取り入れ、箱である宿自体も大分様変わりしたが……やはり一番の変更点は大きな浴場だろう。

 元は宿の裏手にちょろちょろとお湯の湧く岩場があるので、無料で身体を拭くお湯が出せる、程度のものであった。

 ところが、公爵様の命を受けて改築(リフォーム)のアドバイザーとしてやってきたハーフエルフの女性が「温泉じゃないですか! しかも水質もばっちり!」と大奮起。

 直ぐに工事の予定が組まれ、丁寧に岩場が掘り起こされると大量の湯が直ぐに噴き出した。

 そこからはアッと言う間だ。

 腕利きの大工や石工が大量投入され、数ヵ月後には立派な温泉露天風呂の完成である。

 偶に訪れる旅人や商人が「他にないから」程度の理由で利用していた鄙びた宿は、町の住人達も好んで訪れる、この町で指折りの人気ある場の一つとなった。

 

 自宅も兼ねている宿が大きく、立派になったのは嬉しい。

 ……が、少年にとってそれは重要な話ではない。精々が、人を雇う様になって皿洗いや水汲みを手伝う回数がグッと減ってラッキー、位のもの。

 重要なのは温泉――即ち風呂に入りにやってくる美人のお姉さん達の存在である。

 温泉で身体の芯まで暖まり、寝巻や湯上りの薄着となったお姉さん達が宿の中を闊歩する姿は、実に眼福な光景だ。それを拝みたいが為に、浴場周辺の掃除は積極的に手伝っているまである。

 

「今回の団体客は特にすげーよ――それに、なんたって今回はお客の中に公爵様がいるんだぜ!」

 

 様々な国の様々な種族のお客がやってくる犬耳少年の宿(いえ)ではあるが、今回の集団客は眼を剥く様な美人のお姉さん達がそろい踏みだ。

 更に、その中に御用宿として任命してくれた公爵様までいるのである。

 以前は近所の同じ犬系獣人であるお姉さんが個人的イチオシの少年であったが……自分の家を外遊先御用宿として利用しにきた公爵様を一目見てからは、かの御方がぶっちぎりの殿堂入りだ。

 

「やっぱりデッカいのって正義だよな!」

 

 元からそうだったのか、女公爵と出会った事で目覚めてしまったのか。

 どちらにせよ、彼は既に若くして重度のおっぱい教徒であった。

 

「皆凄い美人ばかりだと思ったけど……特にあの転移者の人と、金の髪の人、とっても綺麗な髪だよ。お風呂姿じゃなくてもいいからもっと近くで見たいなぁ……」

 

 遠目に見た宿泊客の姿を思い出したのか、兎耳の少年がウットリした表情で虚空を見上げ、呟く。気弱そうな彼は、どうやら髪フェチである様だ。

 

「……流浪の民の人は初めて見た。金髪に褐色の肌は、良いもの」

 

 どうやら牛の獣人である大柄な彼は、褐色肌が好みらしい。

 またまだ子供と言って良い少年達だが、三者三様、其々が中々に業の深い性癖に開眼している。

 その後もワイワイと会話しながら獣道を進む彼らだったが……兎人の少年は限界だったらしい。結局は牛人の少年に背負われる事になった。

 

「ううぅ……ちょっとくらいは体力付けた方がいいのかなぁ」

「そうしろって。毎回来るだけでへばってるじゃんか。ちょっと山登りしたくらいで力尽きるとか、町の外に遠出も出来ないだろ」

「うん。将来学者になりたいなら、一番近場でも王都か西部……馬車旅は絶対。体力、必須」

 

 友人の背に揺られながら無念そうに呟く声に、呆れの混じった二つの同意が返される。

 その後もお喋りに興じながら三人が歩を進めると、そろそろ自分達で立てた基地の看板が見えて来るところまでやってきた。

 

「……あっ、看板倒れてる」

「うわ、本当だ……ってか折れてるじゃん!」

 

 兎人の少年の言葉に、リーダーが足のへし折れた看板に向かって駆け寄る。

 不格好ながらも三人でペンキを塗って拵えた手製の看板は、無惨に倒れて土に塗れていた。

 

「……足痕、ある」

「くそーっ、さてはアイツらだな! 一応ここの林は俺ン家の土地なのに勝手に入りやがって!」

 

 牛人の少年が指さした看板の残骸には、くっきりとブーツの痕が残っている。

 残念そうな顔をしている仲間二人とは違い、リーダーの彼は憤慨した様に地団駄を踏む。

 

 おそらく下手人は、彼らと仲の悪い年上のグループだ。

 そいつらのリーダーの父親が、町の偉い役人という事で大きな顔をしている嫌な奴らである。

 大それた悪さをした、なんて話は聞かないが、逆を言えば小さな問題やゴタゴタをしょっちゅう起こしてるチンピラみたいな連中だ。それも奴らのリーダー格の父親が揉み消してる、ともっぱらの噂だった。

 ……実の処、二年前まではそう深く関わる事も無い相手だったのだ。

 ちょっかいを出して来たのは同じく二年前、犬人少年の実家の宿屋(しょうばい)が公爵様御用達となった事が面白くないのか、妙に絡んでくる様になったのである。

 今回もその延長――嫌がらせの一種だろう。宿の方に直接営業妨害なんかをすれば、公爵様を怒らせる可能性がある。なので、こうして子供同士の争いという形で手を出してくるのだ。迷惑極まりなかった。

 

「……どうする? 基地は多分、もう壊されてる」

「決まってるだろ、ふほーしんにゅーしたのはアイツらだ! ブン殴ってでも追い出してやる!」

「や、やめようよぉ、危ないって」

 

 今にも秘密基地に向けて突撃しそうなリーダーを、兎人・牛人の少年達は二人掛かりで押さえつける。

 

「お前らは悔しくないのかよ! 前からちょっとずつ色々持ち込んで、やっと基地っぽくなってきたのに!」

「向こうは倍以上いる。喧嘩になったら、勝てない」

「そ、そうだよ。あいつらこの間、剣を買ってもらったって見せびらかしてたし、もし使って来たら怪我じゃ済まないよぅ」

 

 兎人の少年は重度の運動音痴(ウンチ)なので戦力外だが、リーダーと牛人の少年は中々にケンカ上手だ。

 相手が年上でも同じ人数なら負けはしないが……残念ながら数・武器ともに大きな差がある。馬鹿正直に文句を付けに行って、実際に手の出る争いごとになれば敗色は濃厚だった。

 

 リーダーの犬人少年とてそれは分かっているのだ。

 だが、友人達と苦労して作った秘密基地に土足で踏み入られ、この瞬間にも運び込んだ古い椅子やハンモック、雨よけの天幕なんかがいいように壊されていると考えると、どうにも我慢が利かない。

 体格と膂力で大きく上回る牛耳の友人に羽交い絞めにされながら、再度地団駄を踏む。

 

「くっそぉ、アイツら絶対許せねぇーっ!」

「気持ちは分かるけど……やっぱり危ないよ。相手は武器持ってるんだし」

「ふん! 町の中で振り回してないで外に魔獣でも狩りに行けってんだよ!」

「……正論。けど、それが通じる相手なら、最初からこんな事を、しない」

「……ッ、そうだけど、さ……!」

 

 そもそも町の自警団や狩人の様に魔獣を狩るだけの度胸や腕っぷしが無いから、町でチンピラ紛いの真似をしてるのだ。ハナからその手の正道や正論が通る相手では無い。

 少年達の怒りや主張は尤もだった。

 今の処、起こる諍いは子供同士のグループ争いの域は出ない話だが、彼らなりに真剣なのは間違いなく、迷惑を被っているのも事実。

 大人……それこそ父や母に言えば、相手の親が町の上役だろうが躊躇なく殴り込みに行ってカタを付けてくれるのだろう。

 が、子供同士の争いにおいて『親に頼る』という選択をカッコ悪いと思うのは、この年頃の少年達にはよくある話である。

 彼らもその御多分に漏れず、極力大人に話を持っていくのは最後の手段としたいと思っていた。

 

「……なら、どうするんだよ」

「うーん……殴り込むのは反対だけど、迂回してこっそり基地の様子を見に行くのはどうかな?」

 

 大小差はあれど、なんとか怒りを押し込めた三人が「さて、これからどうしようか」と額を突き合わせた、そのときである。

 

「「うわああぁああぁぁぁっ……!!」」

 

 ひっくり返った裏声みたいな悲鳴が、長々と尾を引きながら林の中に響き渡る。

 少年達は眼を見開き、改めて顔を見合わせた。

 

「……今のって、アイツらの声だよな」

「うん。基地から、聞こえた」

 

 リーダーと牛人の少年がおそるおそる、と言った感じで確認の言葉を交わし合うと、兎人の少年が「ひょっとしたら」と手を挙げる。

 

「基地の大きな樹の裏側、急な斜面になってる部分もあるし、気付かずに歩き回って滑落とかしたんじゃ……」

「それ不味くないか? 確か、ずーっと滑り落ちた先ってちょっとした崖になってるんだろ?」

「樹も多いし、引っかかる、とは思うけど……崖の下は町の外に繋がってた筈」

 

 少年達にとっては何年も遊んだ場所だ。危険な場所は知り尽くしてるし、そういった場所には迂闊に近寄らない様にしている。

 だが、今回勝手に基地に入って来た奴らはそうもいかないだろう。好き放題に中を荒らして歩き回り、不用意に斜面に近づいて足を滑らせた、なんていう事は十分にありそうな話だった。

 魔族は頑丈だ。余程下手な落ち方をしない限り、崖下に転がっていっても怪我はしても死にはしないだろう。

 が、まともに魔力強化の訓練もしていない悪ガキ連中では崖は昇れず、崖下は町の安全範囲から外れかけた場所だ。野生の獣や小型の魔獣なんかもうろついてる可能性は高い。

 自業自得だ、と言ってしまえばその通りなのだが……。

 

「……あーくそっ、本当に落っこちたんなら知らんぷりはダメだろ! 行くぞ!」

 

 心底嫌そうな表情ではあったが、そう叫んで駆けだす犬耳の少年。

 残った二人も一瞬顔を見合わせ、苦笑して後を追い始める――兎人の彼が早々に転びそうになって牛人の少年に担がれたのはご愛敬だ。

 実は大した事でも無く、連中が全員元気だという可能性も考慮しつつ、一応は警戒して。

 基地の入口――少年達が門代わりに布をロープに掛けて拡げた仕切りを手で跳ね上げ、中に飛び込む。

 

「……うぇっ!? なんだこれーっ!?」

 

 先頭のリーダーが驚きの悲鳴を上げながら急ブレーキを掛け、後続二人も秘密基地に入るなり立ち竦んだ。

 

 粗末な作りではあるが、子供なりに精一杯に天幕やテントなどを模して作った秘密基地。

 樹々立ち並ぶ丘の上、生い茂る林の中でもやや開けた場所に作られた其処は、最初に危惧していた通りに仲の悪い悪童共の手によって荒らされている。

 

 ――が、それ自体は予測していた事だ。腹は立つが驚く事でも無い。

 

 三人が驚愕して立ち竦んだのは、基地の中に複数の巨大な()()がぶら下っていたからだ。

 その正体は、ロープでぐるぐる巻きにされ、周辺の樹々の枝から逆さに吊るされた悪ガキ共であった。

 白眼を剥いていたり、涙や涎、あるいは鼻水まみれだったりと様々ではあるが、失神しているのは共通だ。更には、全員が全員、少年達には読めない異国の言葉で額に落書きをされていた。

 ちなみに書かれている言葉はどれも日本語だったりする。「人誅」だの「因果応報」だの、其々に内容は違うが、中々に達筆だ。

 

「……と、取り敢えず、全員気絶してるだけみたいだね」

 

 おそるおそる手近な蓑虫に近寄り、意識こそ無いが特に荒れた呼吸でも無い事を確認した兎人の少年が呟く。

 

「……正直、ちょっとざまぁみろとは思うけど……一体何があって、誰がこんな事したんだよ」

 

 慣れ親しんだ秘密基地に拡がる異様な光景に、腰が引けたままであるリーダーの少年が周囲を警戒して首を巡らせる。

 同じ様に周囲を見回していた牛人の少年が、ふと気づいた様子で一点を見つめて動きを止めた。

 

「? どうしたんだよ、何かあったのか?」

 

 友人の声には答えず、基地の端へと移動した彼はそこからある場所を指さす。

 そこにあったのは、長い丸太杭を地に打ち込み、縄で結んで長く、大きな柵とした宿の設備だった。

 柵の向こうはすぐに丘の頂上へと続いていて、そこから宿を見下ろせるのだ。

 

「……あっ! 縄が切れてる! こいつら、俺達の基地だけじゃなく宿(ウチ)の柵まで壊そうとしたのか!」

 

 剣で切りつけられた様な痕と、千切れかけた固定用の縄。

 それらを見つけ、再び憤慨の声を上げる少年。ぶら下った蓑虫の中、一番情けない顔をして気絶している悪ガキ共のリーダーを睨み付けるも、ぐるぐる巻きにされたロープからアンモニア臭い染みが浮かんできたのに気付いて嫌そうに距離を取る。

 

「……流石に大人の誰かが気付いて、お仕置きした、とか?」

「それならゲンコツして正座とかじゃないかなぁ……それに、悲鳴からこんな短時間で人を吊るすとか、大人でも無理だよ」

 

 町の大人の誰かが叱ったにしては、状況が異様過ぎる。

 何があったのか判然としない事に、困惑と幾らかの怯えを顔に浮かべながら、少年達はもう一度顔を見合わせた。

 

「……あの、さ。ちょっと思ったんだけど」

 

 そんな中、兎人の少年がおずおずと言葉を切り出す。

 

「この柵の向こうってさ、宿を見下ろせるよね」

「え……あぁ、確か改装工事のときに、工事の音頭とってたおねーさんがここも柵打った方が良いとかなんとか……?」

 

 子供達が良く遊ぶ場所なので、高所からの転落防止にもなる柵の設置は宿の主人――犬人の少年の両親も反対する事無く、露天風呂の工事と一緒に行われたものだ。

 本来の用途は、冬場などに野生の獣が暖かな湯の満ちた浴場に入り込まない為の物らしいのだが……。

 

「今、色んな美人のお客さんがいっぱい来てるし……ひょっとしたら、露天風呂を覗こうとしたんじゃないかなぁ、って」

「のぞきかよ。公爵様だっているのに命知らず(バカ)過ぎるだろコイツら」

 

 兎人の少年が述べた予想に、リーダーの彼は心底馬鹿を見る目付きで吊るされた蓑虫達を見廻す。

 貴人の入浴を覗き見るとか、普通に無礼打ちコースもあり得る。魔族領はその辺りも大分緩いとはいえ、公爵様は色々な事が外国の基準に近い西部の貴族様だ。

 連中も流石に相手が公爵様だとは知らなかったのだろうが、それで済む話でも無い。

 宿に来るお客――その中でも美人の旅行客なんかには、頻繁に絡みに行ってた馬鹿共だ。今回も同じノリでやらかしたのだろう。

 ましてや今回の団体客は、とんでもない美人揃い。

 子供の諍いでは済まない、明らかに宿の設備である柵の一部を壊そうとしたのも、のぞきが理由だとすれば納得がいく。同行してる男性客が明らかに腕利きの戦士であろう人達ばかりだったので、直接はちょっかいを出せなかったのだろう。

 

 だがまぁ、本当に風呂を覗こうとしていたのなら、悪童達の『おイタ』も今回で終わりそうではあった。

 

 だって、そうだとすれば彼らを吊るしたのが町の大人ではなく公爵様の護衛、という可能性が高い。

 だとすれば、悪ガキの悪戯や素行不良、程度で話は終わらない。確実に彼らの両親にまで話が行くだろう。少なくとも悪ガキ共のリーダー格の父親が今までやっていた様なもみ消しは出来ない。やったら明確に公爵様へとケンカを売る形になるからだ。

 自業自得の末――子供である彼らにも分かる結末だった。

 

「……宿(ウチ)まで怒られないと良いけど」

「大丈夫なんじゃないかなぁ? 軽く聞き取りするだけで宿は被害者側だって分かると思うし」

「宿の評判は、良い。だから、コイツらの悪さは、余計目立ってた」

 

 十に近い蓑虫がぶら下る中、少年達は取り敢えずこれからどうするかを語り合う。

 どの道、子供である彼らでは樹の枝からロープで吊るされた人間を降ろす、なんて真似は難しい。

 また、降ろしたり縄を解いて良いのかも正直、分からない。

 最低でも犬人の少年の両親に話をして、これをやったであろう公爵様の護衛の人に許可を得る必要がありそうだ。

 ぶら下る悪ガキ共の誰か一人でも良いので、眼を覚ましたら大人しくしておくように伝え、その後で大人達に伝えにいくべきだろう。

 そう提案した兎人の少年の意見に残った二人が頷くと、少年達は荒らされてしまった秘密基地の片づけを開始したのだった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 うぇーい、ただいまー。

 

 シア達が風呂に入ってる間の巡回も追えて、宿に戻る。

 予定よりは早い時間だったが、傍迷惑なケンカの御蔭で浜辺のレジャーも台無しになったし、俺達は最寄りの町にある宿泊予定の宿へと移動済みだ。

 薄々予感してたが、女公爵の宿泊先も同じらしい。

 取り敢えずは《魔王》も合わせて二人とも一旦は落ち着いたみたいだが、この二人が近くに揃ってるっつー時点で火薬庫の傍で花火振り回して遊んでるのと大差無いので油断できん。

 引き続き警戒は続けるべきやろなぁ……なんで旅行にきてこんなしょーもない理由で神経尖らせてなきゃいけないんですか(白目

 

 いやー、それにしても、だ。

 まさか露天風呂があるとは思わなかった。

 地脈の流れが強い地域だから源泉はあるとは思ってたが、こうして風呂として整えてある宿があるとは正直思ってなかったわ。

 どうやら女公爵の肝入りで改装された宿らしい。素直に嬉しいし、有難いので感謝しておこう。

 女性陣――というか、他の皆の入浴も終わったみたいだし、俺は後でゆっくりじっくり温泉を堪能するべ。《魔王》が宿泊先まで公爵の手が入ってたと知って歯軋りしてたけどスルーで。

 そもそもその辺りを手配した《亡霊》が、その事に気付かない筈もない。国外から賓客扱いで招く人間が多数いる関係上、いっちゃん良い宿を選んだって事やろ。流石に公爵本人が同じタイミングで来てたのは予想外なんだろうけど。

 

 んで、俺はこうして一人で宿の周りをウロチョロしてた訳だが、あくまで念の為だった。

 女性陣が揃いも揃ってアホみたいに顔面偏差値高い集団なんで、一応はね。警戒する意味もあってね……マジで覗きが出るとは思わなかったけど。

 それ自体は既に対処済みだ。直接的に何かしたって訳でも無いからロープで巻いて木の枝から吊るすだけで済ませといた。

 同じ男として気持ちは分からんでもない。でも実行に移しちゃぁ駄目よ、うん。

 良識とかマナーの面でもそうだが、リスクも考えなかったのかね? 明らかに貴人であろう女公爵が居るんだから普通は二の足踏むやろ。なんでやらかしちゃったのやら。

 まぁ、魔族領って良くも悪くもそこら辺緩いしなぁ。チンピラみたいなナリだったが皆、成人前の小僧ばっかりだったから、その辺もよー分かってなかったのかもね。

 ぶっちゃけ女公爵はガキんちょの覗き程度なら鷹揚に許しそうではあるけど、普通は一般市民が嫁入り前の貴族の入浴を覗くとかズンバラリンコースもありえる。

 それに比べりゃふんじばって吊るす位は有情が過ぎる位だ。懲りずにまたやらかそうとしても迷惑なんで、ちょーっとだけ脅かしたけどね。

 

 ちなみに砂浜で知能目減りしてそうな馬鹿なケンカをおっぱじめた当人達だが、浜が静かになったのを確認した俺達が戻ったら、二人揃って物理的に真っ黒になってた。

 焦げてたとかじゃないぞ? どうやら派手な魔法や剣戟であちこち吹っ飛ばしながら海上にまで移動して、そこであのデッカいタコ――オクトだっけ? に、墨をぶっかけられたらしい。

 なんでも「海を荒らすのはダメ」と二人揃って怒られて、一時休戦したそうな。

 サイズこそ怪獣レベルだが、種族年齢はお子様と言っても良い魔獣に説教喰らう魔族領の筆頭と重鎮ってひっでぇ話だなオイ。

 以前に悪気はなくとも周辺漁業域を荒らす形になって、公爵に叱られたというオクトだ。

 いくらまだ幼いつっても、自分を叱った奴が自分以上に派手に海を荒らしながらケンカしてたら、そらツッコミの一つも入れたくなるわな。

 つらつらとそんな事を考えつつ、やたらと和風というか、日本の旅籠を思わせる様式の建物の中を進む。

 最初に外観見たときも思ったが、完成度たけーよ。びっくりだよ。

 元はごく普通の宿屋だったらしい。女公爵がテコ入れして、改装はあの店長が取り仕切ったのだとか。つーか服飾関係だけじゃないんかあの人。多才過ぎるやろ。

 町の外からの宿泊客は土地条件的にそんなにいないみたいだが、温泉目的で素泊まりとか半日だけ部屋を借りる町の住人も結構いるらしく、廊下を歩いているとポツポツと他の客ともすれ違う。

 彼・彼女達も風呂上がりの様だ。湯上りの実にさっぱりとした表情で和気藹々と会話している。

 うむ、順調に文化侵食が進んどる。とはいえ、風呂好きが増えて後々温泉に入れる場所が増えたりするのは個人的にも嬉しいので、いいぞもっとやれと言いたい。

 

「あ、にぃちゃん」

 

 廊下の角を曲がると、リアとばったり出くわした。

 まだまだ寝る様な時間じゃないので、寝巻ではなくダボっとした白地のシャツとベージュの膝丈ズボン姿だ。

 おうおう、風呂上がりかねアリア君。露天風呂はどうだった?

 

「うん、凄い立派だった。公爵様が出資しただけあって、泳げそうなくらいに広かったよ」

 

 湯上りでまだ上気している頬を緩め、ホニャっとした笑みを浮かべるリア。

 女公爵曰く「自分がこの町に来た時の為に出資した」らしいので、女湯の方が一回り以上広いのだとか。別に男湯が狭苦しいという訳でもないみたいなので、ぶっちゃけそこは大して気にしてないが。

 湯の質とかはよー分からんが、温泉で露天風呂ってのはやっぱいいよな! 俺も入るのが楽しみだ。

 

「そうだね、皆と一緒にお風呂ってやっぱり楽しいよ! ……流石に景観とかは霊峰程じゃないけど」

 

 あー、そういやそうだったな。お師匠の住処――つまりは霊峰の天辺で五右衛門風呂入ったもんなぁ。

 シチュやパノラマって点では正しく世界最高峰、ぶっちぎりだもんよ。流石に比較する対象が悪いわ。

 シア達は浴場の近くにある共有スペースに集まってるらしい。(おとうと)分とお喋りしながら向かう。

 

「お風呂入ったし、飲み物買おうと思ってお財布取って来たんだ――にぃちゃんは何処にいたの?」

 

 俺か? 風呂は寝る前で良いからね。単に宿の周辺を散策してきた。

 わざわざ女性陣の入浴警備してたなんて言うもんでもないので適当に答える。

 

「ふーん……ま、にぃちゃんだしね! いつも通りって事か!」

 

 リアはちょっと小首を傾げたが、直ぐに機嫌も上昇したみたいでニコニコしていた。

 伊達に付き合いが長い訳じゃない。俺の行動パターンなんぞ把握してるんやろなぁ……なんでご機嫌になるのかは分からんが。

 風呂上がりなのもあって、リアの髪――照明や太陽光を反射して輝く銀髪は一段と綺麗だ。

 ついつい手を伸ばして梳いてみたい衝動に駆られるが、グッと我慢。ロープ持って林やらを駆け回ったし、手も洗ってないからね、仕方ないね。

 伸ばしかけた手を引っ込めてズボンのポッケに突っ込もうとすると、その前に(おとうと)分が俺の手を取る。

 同時に発動する浄化魔法。元から目に見えて汚れてるって訳でも無かったが、浴場のお湯で洗おうと思っていたマイハンドは一瞬でピッカピカになった。

 

「ん!」

 

 これで良いよね、と言わんばかりに一つ頷き、頭部をズイッとこっちに傾けて来る銀の聖女様。

 上機嫌な笑顔に苦笑で返す。二人きりだと甘えん坊スイッチ入りやすいね、お前さんは。

 リアが御所望なら俺に否は無い。まだ微かに湿り気の残る髪に指先を通し、丁寧に、梳く様に撫でた。

 うむ、相変わらずやべぇ位に手触りが良い。上質の絹も真っ青だ。

 俺の雑な手櫛なぞ意味がある筈も無いのだが、リアはご満悦の表情なので良しとする。

 歩くペースを落としながら(おとうと)分の髪を弄り回していると、その本人が思い出した様に声を上げた。

 

「あ、そうだ。共有スペースの端にさ、どうみても卓球台にしか見えない物があったんだよね。レティシアもチェックしてたし、本当に卓球台なら一緒に遊ぼうよ」

 

 マジかよ。水着を始めとして、お次は旅籠染みた宿に和風の露天風呂。続いて卓球か。

 日本の旅行のお約束を踏襲し過ぎだろ。再現度もクソ高いし、マジでどうなってんだあの店長の頭の中は。

 帝都にいる妹さんの方が頻度高く「姉は天才」ってコンプレックスありそうな言動してたのも納得なマルチな才能だ。間近でそれを見せられ続けても折れずに喰らい付いていく妹さんも大概すげー人だと思う。

 まぁ、その才能の齎す恩恵に肖る身としてはありがたいけどな! ここは素直に楽しませてもらうとしよう。

 リアも同感だったらしく、力強く頷いてみせた。

 

「だよね! ボク卓球ってやったことないんだー、にぃちゃんは?」

 

 向こうの学生時代に体育の時間になんぼか、って感じやなぁ。シングルのルールは覚えてるがダブルスはやや怪しい。授業でやってないし。

 会話しつつ、リアの髪をアップにしてうなじを出す形にしてみる。これ、このまま纏めた方が良い? 確か髪留め持ってるやろ? 

 うん、いいよー。と笑顔でお返事を頂いたので、渡されたバレッタで纏めた髪を固定。

 うむ、似合ってる。いつものストレートも良いが偶にはこういうのも良いな。

 

「……へへっ、そうかな? なら旅行中はにぃちゃんにこの髪型にしてもらおうかな?」

 

 やるのは構わんが隊長ちゃんとか副官ちゃん、後から来るミラ婆ちゃんにやってもらった方が綺麗且つ長時間型崩れせずに纏まると思うぞ。俺は手順とかうろ覚えだしな。

 そんな感じにじゃれ合いながら、リアの先導で浴場の傍にあると言う共有スペースに辿り着く。

 小さな売店と、買ったモンを飲み食いする為の長椅子とテーブルなんかもあるソコでは――。

 

「オイこらBBAッ! 影で球の分身を作るんじゃねぇ! 反則だろ!」

「ハッ、先に燃える魔球などとほざいて球を発火させたのは貴様であろうが。ピンポン(この球)の再現には魔獣の素材を使う故、貴様の枯渇した財布の中身より遥かに高額よ。焦がした分は後で《亡霊》に請求してやる」

「嫌ァァーッ!? やめろテメぇぇぇっ! 小遣いカットが延長されるだろうが!?」

 

 つい先程、浜辺の一部を吹っ飛ばすアホ喧嘩をした二人が罵り合いながら卓球してました。

 

 なぁにこれぇ(白目

 

 先ず、卓球台は二台あった。どうやらリアが財布を取りに行ってる間に畳んであったそれを拡げて早くも遊び始めたらしい。

 使用者以外は思い思いに長椅子に腰掛け、寛いだり飲み物飲んだり卓球を観戦してたりしてる。

 台の片方を使用してるのは、言う迄も無い――《魔王》と女公爵だ。

 互いに魔力強化使ってるのか、プロ選手の試合を五倍速にしたみたいな速度での超高速ラリーを延々続けとる。

 卓球自体やるの今日が初めてなんじゃないのこの人達……スマッシュのスイングフォームが既に堂に入ってるってレベルじゃないんですけど。

 分身とか言ってるし、球が十個くらいある様に見えるのも目の錯覚ではないらしい。

 アウトにならないギリギリの範囲であちこちに飛び散る無数の球を、残像が見える速度で反復横跳びしながら全部打ち返す《魔王》。凄いっちゃ凄いんだけど、動きがキモ過ぎる。足首の摺り足動作だけで高速移動すんなよ、ターボ○美ちゃんみたいになってんぞ。

 対して、本物の球を影で包み、更に全く同じ見た目のダミーを複数生み出して怒涛の攻めを行う女公爵。

 数を捌いてるせいで打ち返しが甘くなる《魔王》に向け、容赦の無いスマッシュを叩き込み続けている。

 つーか、この人だけ浴衣姿だった。ただの宿泊客である俺達には用意されてなかったから、宿の出資者(パトロン)様専用って事かね? 将来的にはともかく、今のところはまだ普及してないみたいだ。

 そこまで考えた時点で直ぐにこの二人からは眼を逸らす。

 なんでかって? 女公爵が着慣れない浴衣姿で全力で卓球してるせいで、黒いランジェリーの上下がふっつーに見えてんだよ。

 眼福なのは否定しないが、首を捻られたり目を突かれたりしたくないので視界から外すのが正解なんどす(経験談

 

 で、お隣の台なんだが。

 

「――そこっ!」

「はっはーっ! 甘いぞミヤコ!」

 

 こっちは隊長ちゃんとシアが、魔力無しで普通に試合してた。

 先に言った通り、浴衣が用意されてたのは女公爵だけなので、二人とも持って来た夏服に着替えてる。

 隊長ちゃんはノースリーブの黒地のシャツとショートパンツ。シンプルだけど長身でスタイルも良いからね、それだけで普通にカッコ良い。

 シアの方は下は(おとうと)とおんなじベージュの膝丈ズボンなんだが、上は俺の焼き鳥ダサTシリーズの一つだ。ちなみに書かれてる品はなんこつである。

 結局、タオルの丈が足りない副官ちゃんは宿に着くまで俺のTシャツ着てたんだけど……それをシアの奴がやたらガン見しててなぁ。ダサTの良さに目覚めたのかと思って風呂向かう前に聞いてみたら「着てみたいから貸せ」だとさ。

 持って来た分だけでも其々別の品名で五、六着あるし、一個くらいはあげちゃっても良かったんだが……取り敢えずは貸すだけで良いらしい。まぁ、シアにとってはサイズがかなり大き目だからな。物は試しみたいな感じなんやろ。

 

 それで、だ。肝心の二人の試合模様はというと。

 運動神経抜群なので素の身体能力でもスポーツ全般得意な隊長ちゃんなのだが……今回はシアが押してるな。

 てか、隊長ちゃんと隣の台で超人卓球してる二人は基本、運動能力にものを言わせたパワープレイなのに対し、シアだけは明らかに卓球スキル自体が高い。

 今もそうだ。コンパクトな振りで打ち出された球はバックスピンがかかっていたらしく、バウンドから急に軌道が変わったピンポンは隊長ちゃんの脇をすり抜けて床に落ちる。

 

「くっ、やり辛い……!」

「ふふん。元居た世界(あっち)じゃ、卓球部の連中に試合の助っ人を頼まれる位には得意だったからな」

 

 割と本気でやってるのか、風呂上がりだってのに早くも汗ばんでる隊長ちゃん。

 一方のシアは、涼しい顔でラケットを団扇みたいにして扇ぐ。

 

「ま、知らなかったとはいえ、オレに卓球で挑んだのがお前の敗因だ。今、負けを認めれば特にペナルティ無しで済ませてやるぞ?」

 

 おぉう、煽る煽る。

 こやつめ、実は結構負けず嫌いな隊長ちゃんに、その発言は火に油だって分かってて言っとるわ。

 

「……まだ勝負はこれからよ……!」

 

 あ、やっぱ火ぃついた。

 首筋の汗を乱暴に拭うと、隊長ちゃんの黒瞳に戦意の炎が燃え上がる。

 

「私が勝ったら今着てるシャツ、直ぐに脱いで着替えて貰うわ……!」

「上等、つまり負けたらこれ以上グダグダ言わないって事だよな。ならこのまま突き放してゲームセットにしてやるよ!」

 

 どういうことなの(素

 え、ちょっと待って、二人が卓球勝負してるのって俺がシアに貸したダサTが原因なの? なんで??

 首を捻ってると、並んで長椅子に座ってる副官ちゃんとダハルさんから呆れた声が向けられた。

 

「相変わらずね、この駄犬は」

「でも、これぞわんこ君がわんこ君たる由縁、って感じがするし。てか今回はふくちょーにも一因あるんじゃね?」

「……仕方ないでしょ、タオル破れちゃったんだから」

 

 二人揃って売店で買ったジュースをストローで啜りながらの御言葉である。なんだかよく分からんが俺に原因があるらしい。解せぬ。

 

「ミヤコさーん、頑張れー!」

「えぇ、任せてアリアちゃん」

「おいコラ、そこは(オレ)を応援しろよ!」

 

 珍しく露骨に片方を応援し始めたリアに対し、シアが抗議の声をあげるも、ツーンとばかりに銀の聖女様のお顔が横に逸らされる。

 

「ヤだ。さっき着替える時にドヤ顔でにぃちゃんのシャツを見せてきた人の事は応援できませーん」

「ぐっ……! そ、そこは仕方ないというかついやってしまったというか……!」

「隙ありっ」

 

 (おとうと)の言葉にシアが怯んだ瞬間を狙い、隊長ちゃんが腕を一閃。低い軌道でスマッシュされたピンポン球が台のギリギリを狙って見事に突き刺さり、シアの脇を抜けた。

 

「あぁーっ!? きったねーぞミヤコ!」

「勝負の最中によそ見をしたのは貴女でしょう」

「レティシア、タイム申請なんてしてなかったよね。と言う訳でミヤコさんに一点」

 

 ……うむ、なんだかんだ言って三人共楽しそうなのでヨシ!

 一旦卓球台から視線を外して、共有スペースを見渡す。

 リリィと《虎嵐》は二人並んで売店で買ったらしき飲み物を飲んでいる。ちょっとのぼせたのか、リリィの色白な頬っぺたは紅潮しとるな。しっかり水分を取り給えよ。

 で、ガンテスとローガス、《万器》もいないけど、まだ入浴中なのかね?

 

「クレイ氏は出掛けたよ。宿の人に聞いた店に買い物だって。グラッブス司祭は宿の寝具の積み込みと移動を手伝ってる最中……《万器》さんは知らない。あの人いつもフラっといなくなるし」

 

 俺の疑問に応えたのは、売店で買った酒瓶をしこたま抱えてガンガン消費してる《赤剣(アル中)》だった。

 ローガスはお目当ての葉巻でも探しにいったか。流石に初日に娼館は無いだろうから、夜になる前には返って来るだろう。

 ガンテスのおっさんの方は……まぁいつも通りってか。筋肉&鍛錬キチ過ぎてそこにばっかり目が行くけど、やっぱ一廉の聖職者ではあるんだよな。戦場や有事の際には優先順序があるからしっかり自分を律してるみたいだけど、平時は大変そうな人とかにはガンガン声かけて手助けしてるし。

 肴も無いのにグビグビ酒飲んでる《赤剣》が飲む? とばかりに酒瓶の一つを差し出してくるが、まだ陽も出てるから遠慮しとく。というか当たり前の様に瓶ごと渡してくるのやめない? そこは杯にしとけよ。

 詳細までは知らんが、聞く処によればこの酔っ払いは《(オーガ)》の近親種らしい。

 実際、大戦時に戦場で見た時は額に髪色と同じ赤い二本角が生えていた。本気の戦闘だけじゃなくて飲み過ぎでも出て来るらしいが。

 日本の逸話とかでも鬼は大抵は酒好きだから、その酒カスっぷりも納得できなくもない。

 要はアルコール入ってる状態こそが平常で、素面のときは状態異常に近いって事やな。酒が切れるとイラついたり短気になったり……やっぱアル中じゃねぇか! 症状がまんまなんですけど!

 海辺にいるときから延々飲み続けているのもあって、流石に僅かだが酔いが廻って来たらしい。普通だったら急性中毒待ったなしの量だというのは今更である。

 ぷはーっ、と《赤剣》は上機嫌で酒臭い息を吐き出す。

 

「ウィ~……良い具合だなぁ。気分も良いし、ちょっと外でて手合わせしない?」

 

 散歩しよう、みたいなノリで言うのやめない?(二度目

 先ず最初に酒が来るけど、この男も喧嘩大好きな魔族だ。こういう事サラっと言って来るから困る。マジで困る。

 嫌だよ、何で人外級と意味も無く喧嘩しなきゃなんねーんだよ。

 というか魔族以外の人類種は基本、諍い以外で殴り合いとかしねーんですよ。例外が無いとは言わんけど、基本コミュニケーションには言語を使うんですよ、肉体言語じゃなくて! 口頭で! やりとりするの!

 

「そっかー。じゃ、次の機会があればって事で」

 

 力説してやると、意外な事に軽く肩を竦めてあっさりと引き下がった。

 

「というか、ウチの《狂槍(五席)》殿が先約だったよね。無視して抜け駆けは良くないか、うん」

 

 ……ゑっ?

 一人納得して再び酒瓶からラッパ飲みを始めたアル中であるが、放たれた不穏過ぎる言葉に俺は固まる。

 ……先……約……?

 

「なんで不思議そうな顔で言うんだか。本人から帝国で祭りの終わり際に約束したって聞いたけど」

 

 ――――――――あ。

 い、嫌ァァァァァァッ!? 忘れてたぁぁぁぁぁっ!?

 そういえばそうだった、なんか魔族領に来たらサシで戦り合えとか言ってたわあのチンピラ!!

 

 思わず頭を抱えて悲鳴を上げる。

 冗談じゃねぇ! なんでよりにもよって魔族で一番残虐ファイトが得意なんて呼ばれてる男と喧嘩しなきゃならんのだ! ……そうですね迂闊に口約束したのは俺でしたね糞ァ!!

 

 急にお腹痛くなってきた気がする、おうち帰りたい(白目

 

「帰るのはやめた方が良いよ? 凄い楽しそうに槍磨いてたし、多分、逃げたら《門》使って聖殿まで押しかけると思う」

 

 うそん、退路ないやん。

 大声で喚いて頭抱えたので、超人卓球(ピンポン)やってる二人以外の全員から視線が集中する。

 

「一方的に突っかかられた、ってんなら庇ってやれたんだけどなぁ……」

「ちゃんと約束しちゃったのはねぇ……」

 

 シアリアを筆頭に、その温度は非常に温かった。所謂馬鹿を見る目付きってやつですね分かります。

 その《狂槍》だが、遅くても旅行の中盤くらいには参加してくるらしい。早けりゃ明後日くらいには来そうだな……今から既にぽんぽん痛いナリィ……。

《魔王》と女公爵の罵り混じりの超速ラリー音だけが耳に届く中、ぬるーい感じの周囲の視線に晒されながら俺はがっくりと項垂れる。

 正直に言えば遠慮したい。

 したいのだが……約束した上にそれをうっかり忘れてたのは俺だからなぁ……腹を括るしかないのだろうか。

 あぁ、ヤダヤダ。勝負するにしても、じゃんけんとか飲み比べとかじゃ駄目なのかねぇ。

 

「お、飲み比べはいいね! そのときは俺も参加で!」

 

 お前じゃねぇ、立つな座ってろ酔っ払い。

 ザルどころかワクすら擦り減って無くなりかけてる底なしと飲み比べとか、肝臓が破壊されるのでNGで。

 両手で大きく×を作って拒否すると、立ち合いをノーセンキューされたときより残念そうな表情になる《赤剣》。

 えぇい、そんな目で見るな。酒を飲みたいならシルヴィーさんを誘え。確か飲み仲間だっただろアンタら。

 教国(ウチ)の酔いどれ枢機卿殿の名前を出してやると、彼女がこの旅行に参加してくる事を《赤剣》も思い出したらしい。そうだったそうだったと、上機嫌に戻って頷く。

 

「そういえばルヴィちゃん来るんだったな。良い蒸留酒(ブランデー)用意しとこう……あ、そうそう、《万器》さんからこれ頼まれたっけ」

 

 なんやねん、また急だな。

 唐突かつ、ついでと言った感じで懐に手を突っ込み、畳んだ紙切れが差し出される。

 フラッといなくなったという《万器》のおっさんだが、手紙を残して行ったらしい。ゆーてもそんなキチンとしたものでもない、紙切れに走り書きした様な物みたいだが。

 にしても、同僚じゃなくて俺にか……流れ的になんとなくアレな予感がするな。

 

 紙片を拡げ、一言二言だけ書かれた文章を一読して。

()()()()()()()()()()()()、それが正解だった事に溜息をつく。

 

「大丈夫にぃちゃん? 何て書いてあったの?」

 

 読んだ紙をくしゃくしゃに丸めてポケットに突っ込んだ俺の表情を見て、何かを察したのかリアがちょっと心配そうな表情で問い掛けて来る。

 安心させる意味もあって、俺は肩を軽くすくめながら軽い調子で苦笑いした。

 まぁ、なんだ。更なる()()があった事を思い出した――それだけだよ。

 

『二年前の約束を果たしてもらう。砂浜にて待つ』

 

 紙っ切れに簡潔に書かれていた言葉を胸中で反芻して。

 まぁ、しゃーないよな。と独り言ちて、俺は再び嘆息したのだった。

 

 

 

 

 

 





今更ですが、ちょっとルビコンでハンドラーの猟犬やってました。ユルシテ。
ドンマイちゃんの介護も終わったので拙作の駄犬にもそろそろ仕事をさせようと思います。


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