俺氏、ループ系TS聖女様をいつの間にかメス堕ちさせていた模様   作:弐目

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駄犬の一日・旅行編 午後

 

 

 

 うーす、ただいま戻ったでー。

 

 宿の裏手にあるちょっと広めの空き地。

 浴場を見下ろせる小高い林へと続く坂道、その前に拡がるスペースを見渡す位置で、丸太の上に腰かけていたリアが振り返った。

 

「お帰りー、にぃちゃん。レティシア達は大丈夫そう?」

 

 別に怪我したとかじゃないからな。素の体力を絞り尽くしたってだけなんで、ちょっと休んだら普通に二人とも起きて来るでしょ。

 

 遠泳競争で精魂使い果たしてぶっ倒れたシアと隊長ちゃん。

 ガンテスと一緒に二人を宿に連れ帰り、お部屋のベッドにシュートしてきた俺はリアの隣に座る。

 ガラじゃないが、後で小言の一つでも言わんとな。海で体力の限界値まで泳ぐなっちゅーねん。トラブルあっても対処出来るスタミナは残しておきなさい。

 いや、それにしても……海水って浄化魔法で落ちないってマジなんやな。

 いつもなら片手をパッと振って汚れを浄化して終わりなシアだが、ぐったりしながらもわざわざ水魔法使って水球を生成、全員を真水で洗い流してくれた。

 聖女の浄化でも駄目ってことは、これはもう海水自体が浄化するべきカテゴリに入らないって事なんだろう。

 

「うん、そうみたいだね。正確には海水中の塩分が浄化の対象にならないらしいよ」

 

 そっか。まぁ塩だしなぁ……清めの道具として古今東西用いられてきたもんだし、判定外なのは当然か。

 ちなみに血糊に含まれる微かな塩分なんかはふっつーに対象らしい。これは血に混ざった事による魔法や呪法視点での"穢れ"が関係してるとかなんとか。

 ファジーに見えても実はややこしい理論や法則、条件がある魔法だが、まぁ、そこら辺は研究者畑の人達が気にしてるテーマだ。実用性を重視する大多数にはそこまで興味を惹かれる話でもない。

 

 のんびり会話しながら、眼前に広がる光景を眺める。

 普段なら特に見るべきものも無いであろう、林を背景にしただけの空き地は、現在多くの人が詰めかけていた。

 共通してるのは、ほぼ全員が武装した冒険者や武芸者だという事だ。

 

「うぉぉぉぉっ、今だやれぇぇぇっ!」

「応っ!」

「これが俺の全力……届けぇぇっ!!」

 

 ガタイの良い重戦士が相手を大盾で押し込み、動きを封じようとする。

 その横手から二人の前衛が挟撃を試み、更に相手の背後に回り込んだ魔導士が渾身の魔法を叩き込もうと魔力を練り上げていた。

 

「お、良い連携。今日一番だな! じゃ次!」

 

 冒険者達の動きを楽しそうに評すると、その相手――《魔王》は、無造作に手にした木剣を振る。

 ぼかーん、という大雑把な魔力の炸裂音と共に、衝撃波が発生した。

 

「「「「ギャアアア! チクショォォォ!?」」」」

 

 仲良く悲鳴を被らせながら吹っ飛ぶ男四人。

 

 なんでこんな事になってるのか。

 リアによると、自国の頭領が遊びに来ていると知った地元の腕自慢達が、我も我もと手合わせ目的で押しかけて来たらしい。分かってた事ではあるけど蛮族すぎワロタ。

 何気に《魔王》の手加減が上手いので吹っ飛ばされた奴らもまだ余裕はありそうだが、回数ダウン制かはたまた一本制なのか、居並ぶギャラリーの中から別の連中が進み出た。

 

「次は私達だな!」

 

 あ、バンダナさんだ。

 朝に宿の玄関でちょろっと会話した女性冒険者達が、各々に武器を構えて《魔王》と対峙する。

 副官ちゃん達と手合わせして転がされた後だろうに、話していた通りに自分の国の頭領にも挑戦するみたいだ。元気だねぇ魔族領の冒険者達は。

 その背後では、《万器》と《赤剣》が熱量高い人の壁を整理して声を張り上げていた。

 

「手合わせ終った連中は下がれ下がれ、また並び直すのはいかんぞ。未挑戦の(モン)に譲らんかい」

「ハイそこー、ちゃんと並んで。今日、頭領(ボス)と遊ぶ面子はあと十組までだからねー」

 

 手際よくギャラリー兼挑戦者の壁を捌いていく二人を眺めつつ、リアが何処か感心した様子で頷いた。

 

「《万器》さん達、めちゃくちゃ慣れてるねぇ……」

 

 だな。領内だと似た様な事がよくあるんやろなぁ。

 実際、人垣を整理している間にも《万器》達自身に手合わせの誘いをする連中もいるみたいだが、それも慣れた様子であしらっている。

 本当なら、この旅行に参加してきたメンバーの殆どが喧嘩好きな魔族領の住人のロックオン対象だが……朝の隊長ちゃんのゴタゴタを聞いた《災禍》のメンバーが、町の冒険者組合や町長なんかに即行で話を通したらしい。

 

『喧嘩売るなとは言わんが、一回聞いて断られたら大人しく退け。ちなみに《災禍(ウチら)》はバッチコイ』

 

 要約するとそんな感じらしいね。流石に全員は無理でも、決まった時間内に日替わり交代でガンガン挑戦してくる奴らを相手にする気らしい。

 うーんこの蛮族……というより脳筋感。この幹部(れんちゅう)にしてこの国民ありだわ。

 

 見た感じ、実力の平均値は聖都や帝都の同業を上回っているであろう魔族領の冒険者・武芸者だが、相手があの鳥では誤差の範囲だ。

 挑む奴は皆ウキウキ顔して突っ込んでいくものの、鎧袖一触とばかりに蹴散らされては宙を舞う。

 とはいえ、吹っ飛ばす側も吹っ飛ばされる側も楽しそうだ。その辺りも実に魔族領である。

 

 多くの転移・転生者に漏れず、リアも特に戦いを好んだりしない。

 なのに、自分にも頻繁にお誘いの声が飛んで来る蛮族ばりの喧嘩大会を観戦してるのは、ド付き合いの会場と化した空き地を結界で覆っているからだ。 

 まぁ、なんだ。宿の直ぐ傍で大騒ぎしながらドッカンドッカン宿の壁に穴空きそうな手合わせに興じてるやん?

 主に騒音は《魔王》が原因ってのもあって女公爵が相当ご機嫌ナナメになっていたので、リアが慌てて衝撃と騒音の遮断を買って出たという流れらしい。

 我が(おとうと)分なら、損な役回りを引き受けてるなぁ。らしいっちゃらしいけど。

 しかし延々このままってのもな。あんまりお前さんの時間が削られるようなら、俺があのアホウドリにクレーム入れてくるぞ?

 

「大丈夫だよ。この分なら残り二時間は掛からないだろうし、明日からは町の外でやるってさ」

 

 特に大変とか迷惑とかは思って無さそうな笑顔が返って来る。これは聖女ですわ(確信

 まぁ、本人がそう言うなら俺が文句つけるのも筋違いか……度が過ぎるならモンペと言われようがやるが。

 ともかく、リアをこの場において俺だけで遊びに行く訳も無い。

 二人並んで座ったまま、ガキンチョ同士の力比べみたいなノリの手合わせを観戦する。

 どかーん、ドゴーン、という音と共に空を舞ってる人数を数えてみたりしつつ、この場に居ない他の面子について(おとうと)分に聞いてみた。

 隊長ちゃん以外の帝国のメンバーは町に買い物にでも出てるのかね? 《虎嵐》とリリィ親子も見ないけど。

 

「うん、そんな感じ。あ、リリィはアンナが屋台巡りするのに付いて行って、《虎嵐》さんはその監督役だって……リリィはなんでアンナを好敵手(ライバル)扱いしてるんだろうね?」

 

 それな。俺も副官ちゃんに聞いてみたけど、本人も「私が知りたい」って首を捻ってたぞ。

 リリィ的にはどういう流れでそういう認識になったんやろなぁ……そもそも何のライバルなのかもよく分からんし。

 身近な娘達の謎過ぎる関係について話し合っていると……宿からこっちに向かって来る見知った顔に気付いて、俺達は会話を一旦止めて其方に向き直る。

 

「こ、こちらにいらしたんですね――って、な、何にが起こってるんでしょうか、この騒ぎ」

 

 布袋を両手に抱えてやってきたのは、今回の旅行には来ない筈のシスター・ミンスタことチェルシーさんだった。

 いつもちょっとオドオドした人なんだけど、今回は眼前で繰り広げられる喧嘩馬鹿だらけの和気藹々としたド突き合いにドン引きしてる。

 うん、まぁ《魔王》と殆ど関りの無い人からすればそういう反応になるよなぁ。

 俺が軽く一礼し、リアがヒラヒラと手を振って、それぞれに挨拶を返す。

 

「おはよーチェルシーさん。旅行(バカンス)に参加する事になったの? あと、これは《魔王》様の周辺で頻繁に起こるレクリエーションみたいなものです」

「は、はぁ。なるほど? す、凄い国ですね魔族領……」

 

 呆れと感心が半々、といった表情のチェルシーさんだったが、気を取り直した様に軽く頭を振った。

 

「あ、そ、そうでした。私は今回の旅行、不参加なのは変わりないんです」

 

 うん? そうなんか?

 まぁ、「今年は《大豊穣祭》で帝国に向かったし、外国はもう遠慮したい」とか言ってたもんなぁ……。

 そうなると、じゃぁなんで魔族領(ココ)に? という当然の疑問が湧く。

 その疑問に応える様に、彼女は手に抱えた袋を掲げる様に持ち上げて見せた。

 

「実は……よ、予定より早くミラ様がこの町に向かったのですが……げ、猊下から『彼女が忘れ物をしたので届けて欲しい』と頼まれまして」

 

 宿にはいらっしゃらないし、どうしようかと、なんて困った顔で呟くチェルシーさん。

 色々と予想外な台詞に、俺と(おとうと)分は二人、顔を見合わせたのである。

 

 

 

 教皇(ジイさん)のお目付け役として一緒に来る筈だったミラ婆ちゃんだが、どうやらその爺さん本人から「自分より早く向かって、子供達のお土産を見繕ったらどうか?」なんて言われたらしい。

 実際、教皇の護衛兼お目付け役っていう立場で来たら、ずーっとあの爺の傍に張り付いて自分は観光なんかしないだろうしね、我が姉弟子は。

 当然、婆ちゃんの性格的に固辞したみたいだけど……トイル達から「半日早く出るくらいなら自分達が教皇(ジジイ)を監視しておくので大丈夫」と言われて、その好意に甘える形で一足先に《門》を潜ったのだとか。

 

「そういえば、ブランさんも招待自体はされてたけど不参加なんだっけ」

「は、はい。招待されたのはあくまでブラン先輩個人でしたし、彼女が孤児院の子供達をおいて旅行に出るのはあり得ないですし……」

 

 リアの確認の言葉に、チェルシーさんもこっくり頷く。

 あぁー……ミラ婆ちゃんの薫陶受けてる所為か、そのあたりすげー真面目っぽいしね、あの人。

 で、参加できないシスター・ブランの分まで子供達用のお土産を選ぶ為、婆ちゃんは護衛とお目付けの対象である教皇が来る前に一足先に魔族領入りした訳だ。

 宿に来てないって事は、直に町の商店通りに向かったんやろな。なんならさっさと買い物を済ませて《門》でとんぼ返り決める気なのかもしれん。

 あの不良教皇(ぼうず)の事だ、御意見番が半日でもいないとなれば、枢機卿連中の眼を搔い潜って聖殿からフケて、街の酒場にでも繰り出しかねない。

 その辺、婆ちゃんが理解してない筈もないので、最速で土産だけ買って聖殿に戻るつもりで行動してそう。

 適当に立てた推測ではあったが、それを聞いた二人も有り得るとばかりに首肯して同意を示した。

 

「うーん、にぃちゃんの予想、凄く当たってそう……となると、チェルシーさんの持って来た"忘れ物"の内容が気になるところだね」

「ど、どうなんでしょう……いっそミラ様にお渡ししない方が良いんでしょうか?」

 

 そこが悩ましい処なんだよなー。あの爺様も仕事サボる為に色々と小細工するけど、こういった嘘はつかんでしょ。

 中身がなんであれ、多分持って行った方がミラ婆ちゃんの為にはなるんだと思う。

 袋の中を確認すれば手っ取り早いのだが、流石にマナー的に問題があるので、俺達は額を突き合わせて悩ましい思いで首を捻る。

 

 で、それから三人でちょっと話し合った結果。

 

 俺が袋を預かって、ミラ婆ちゃんに届けに行くという事になった。

 眼前の連続手合わせが終わるまでリアは動けないし、チェルシーさんは一時的な仮入国許可みたいな状態なので長時間滞在は好ましくない。あとミラ婆ちゃんの代わりに孤児院の手伝いに向かう予定があるらしい。消去法で俺しかいないって訳よ。

 

 この"忘れ物"、中身によってはなるべく早く届けた方が良いかもしれんし、急ぐかー。

 小さい町ではあるけど、土地勘も無いし、流石に適当に探して直ぐに見つかるとも思えないからね。鎧ちゃんを完全起動して強化した知覚で姉弟子の魔力を拾うのが一番早いし、楽だ。

 とはいえ、目立つ場所で起動したら脳筋共が嬉々として絡んでくるのは必至である。やるならこっそりやらんとイカンわな。

 リアとチェルシーさんに手を振ってこの場は解散すると、俺は早速人気の無い場所を探して移動を始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 近所の一番高い建物――冒険者組合の支部の屋上から、探知・知覚を全開にして姉弟子の魔力を探す。

 さっきも言ったが、そんなに大きくない町なので直ぐに馴染みのある魔力波長が引っ掛かった。

 そそくさと降りて鎧ちゃんを解除。さっさと見つけた魔力目指して歩き出す。

 相棒を使用した時間は十秒も無い上、なるべく魔力が漏れない様に静かに起動した筈なんだけど……高位の冒険者達が「なんか強そうな奴の気配がした!」とか騒いで支部から飛び出してきた。こわい(白目

 ウキウキした表情で鎧ちゃんの魔力を辿ろうとする頭魔族領(バトルモンガー)共に背を向け、人込みに紛れる。

 こえーよ、なんであんなに楽しそうなんだよ。普通そこは警戒するトコだろ。

 下手に後ろを気にしたり速足になると目敏くこっちを発見してきそうなので、逸る気を抑えて普段通りの歩調で進む。

 取り敢えず背後から声を掛けられることもなく、誰かが付いてきてる気配も無い。

 ……セーフ、か? これが手っ取り早い方法だったとはいえ、ちと迂闊だったな。滞在中、そんな頻繁に鎧ちゃんを使う機会があるとも思えんが、一応は気を付けておこう。

 捉えたミラ婆ちゃんの魔力は、予想通り露天や商店が並ぶ通りの方にあった。距離的にはそんなにないので直ぐに見つかるだろう。

 預かった袋をしっかりを腕の中に抱え直し、やや歩くスピードを上げる。

 

 しっかし、改めてじっくりと町中を見渡すと……やっぱり教国や帝国とは大分趣が違うな。

 先ず、日除けや放射熱対策の為か、厚手の土壁で出来てるシンプルな建物が結構多い。

 ちょっと立派な家や店は石作りだけど、木造りはあんまりみないな。海が近い町だし、潮風の影響もあっての建築スタイルなのかね?

 町中にちょこちょこ生えてるヤシの木っぽい植物とかも、異世界サイズでかなりデカい。木陰も相応に大きいので、木の下で休んでる人もちらほらいる。

 うーむ、魔族領の王都も質実剛健で大陸中央部では見ない街並みだったが、南部は南部で毛色が違って新鮮だ。

 違う世界から来た人間が言うのも変だが、アレだ、異国情緒ってやつを感じる。

 

 そんな風に周囲の景色を眺めながら歩けば、目的の場所には直ぐに到着した。

 商店や露店、屋台が立ち並ぶ通りは、小さな町なり人込みで賑わい、威勢の良い呼び声があちこちで上がっている。

 

「今日の串は貝とイカだ! 大漁だったから安いよー!」

「そこのにいちゃん! 南部の護り札に興味はないかい? 今ならセットで買えば割引しとくぜ!」

「今日の目玉はこいつ、防具の鎧下(インナー)にも使える魔獣の皮だ! 仕留めたときにちと穴が空いちまったが、美品じゃない分、勉強させてもらうよ!」

 

 うーん、このごった煮感。

 商店通りと言っても、雑多に広げられた露店や屋台がメインで、ぶっちゃけきちんとした店舗はそんなに無い。

 こういう露店通りでも飲食・雑貨くらいには大まかに場所の棲み分けがされてるイメージがあるけど、それも無いね。

 帝都の商業区なんかと比べりゃ流石に規模自体は大分小さく、整然としてたあっちと比べてこっちはちょっとゴチャついてる。

 でも個人的にはこの雑然とした感じ、嫌いじゃ無いね、うん。

 アレだ、隠れた名品とか珍品とかがその辺の露店に埋もれてそう。

 狭いけど活気あるし、こういう蚤の市みたいな光景ってなんかワクワク度高いよね。

 

 心惹かれはする。が、今はミラ婆ちゃんの捜索が目的だ。

 

 屋台の呼び込みや露店の小物売りのおっちゃんの声を軽く受け流しつつ、見慣れた背筋の伸びたシスター服姿を探す。

 マイ姉弟子は女性としては長身の部類に入るが、ここは種族単位で大柄な者達が多い魔族領。

 人垣の高さも中央や北方より相当高いので、普通に歩き回るだけだと見つけるのは思ったより難儀だった。

 うん、周囲の身長(タッパ)の壁は盲点だったな。じゃ、ちょっと高い建物でも探して……。

 高所から捜索を行おうと、通りをぐるりと見回した、そのときだった。

 

「さぁ構えられよ! 教国の古強者とやれる機会なぞ早々ない、全力でゆくぞ!」

「いえ、ですから。今は立ち合いの類を受けるつもりはありません。先程から言っているでしょう」

 

 人込みの向こうから聞き慣れた声。

 おぉ? 今の声は婆ちゃんのモンだな。

 困惑と、溜息でもつきそうな呆れと疲れが滲んだその声は、通りの更に奥から聞こえる。

 しっかりと"忘れ物"が入った袋を抱え直し、俺は今も聞こえる声のもとへと小走りに駆けだした。

 少し進めば、通行人や露店の人なんかが小さな人垣を作って壁となっている。

 

 あの人の輪の中心か……ハイごめんなさいね、ちょっと通りますよ。

 

 遠巻きに輪の中――おそらくはミラ婆ちゃんと、彼女に絡んでる誰かを見ているギャラリーの隙間を通り、詫びながら押し退け、人垣を掻きわけて進む。

 その間にも聞こえて来る会話は続いていた。

 

「フッ、《魔王》陛下に挑みに行こうにも、寝過ごしてすっかり出遅れた我が身の不運を嘆いたものだが……こうしてかの《四英雄》と出会えたのだ、良しとしよう! ハッハーッ、早起きして宿で並んでる奴らざまぁぁぁぁっ! 朝起きれなくたって機会(チャンス)は来るんだよぉぉっ!」

「寝坊は行いの結果であって、運は関係ないと思いますが」

「さぁ、征くぞ! 嘗て大戦で人類種の旗印とまで言われた武、見せてもらおう!」

「……何度も言いましたよ――話を、聞きなさい」

 

 あ。この声色、ちょっと怒ったな。

 若干硬くなった姉弟子の声が俺の耳朶を打つと同時。

 鋭い打撃音が商店通りの喧噪を貫く様に響き渡る。

 同時に人垣の向こうで高々と打ち上がる人体。

 長剣(ロングソード)と小盾で武装した武芸者らしき男は、「あべし!?」とか世紀末モヒカンの断末魔じみた声を上げながら高々と宙を舞い、三秒程の滞空時間を経てベシャリと地面に落っこちた。

 同時に人垣の最前列にどうにか辿り着き、俺は首だけを僅かな隙間から捻じ込む。

 

 ……あらま、もういない。流石の早業ですこと。

 

 分厚い人の輪の中心にいたのは、一秒でぶっ飛ばされて失神してる武芸者だけだった。

 周囲のギャラリーも、ミラ婆ちゃんの姿が煙の様に消え去った事に驚きの声を上げている。

 あー、相手を派手に打ち上げたのはこの為か。

 高く吹っ飛んだ武芸者さんに皆の視線が集中した瞬間を狙って全速離脱したんだろう。婆ちゃんなら人込みの隙間を気付かせずにするりと抜けるくらい簡単だろうし。

 見物人は勿論の事、武芸者の"次"を狙っていたらしい冒険者達が慌てた様子で周囲を見回している。ロックオンされ過ぎワロタ。

 ま、それもしゃーないと言えばしゃーない。本人も現役時代に顔と名前知られ過ぎてる、みたいな事言ってたし、そこでのびてる武芸者も婆ちゃんを知ってる風だった。

 さぁーて、本人が危惧していた通りに現地の連中に絡まれまくってる姉弟子は何処にいったのやら……。

 取り敢えず、町で身を隠すとなれば建物並ぶ狭い路地だろう。俺だったら空の木箱や樽に入る位はするけど、婆ちゃんはそこまでしないだろうし。

 通りに発生していた人垣から一番近い商店、隣接する建物によって狭い路地が出来ているそこに歩みを進める。

 距離的にはここが一番あり得そうだけど……居るかな?

 周囲の視線が向けられていない事を確認し、よーく注意して覗き込むと。

 

「……貴方でしたか。何故此処に?」

 

 お、いた。

 壁になってる店舗の物だろうか? ごちゃごちゃと詰まれた木箱の裏で気配を殺しているミラ婆ちゃんの姿があった。

 

 

 

 漸く会えた姉弟子様。

 路地に誰も入って来ない事を確認し、ちょいとお話すること暫し。

 まぁ、現状は大体予想通りだ。子供達への土産物を見繕う途中、婆ちゃんを知ってるらしき連中から絡まれまくって全然買い物が進まないらしい。ちなみにさっきの武芸者で四人目だそうだ。

 なんだかんだいって根っこは武人・戦人な人だけど、流石にちょっと歩くたびに野試合を挑まれる状況に辟易している模様。

 有名税ってやつですねぇ、英雄扱いされてる人は大変っすわ。

 

「忘れ物、ですか……特に何かが足りない、という事は無いのですが……」

 

 で、俺の方の現状も説明するも、婆ちゃんはチェルシーさんから預かった袋を胡乱な目で見て呟く。

 一応、普段の恰好のままは問題が発生すると思ったのか、現在の彼女は普段は付けない尼さん用の帽子(ウインブル)を被り、大きくて野暮ったい丸眼鏡を掛けていた。

 

 あー……ごめん婆ちゃん、正直に言っていい? 

 それで変装のつもりだってんなら赤点です。ちょっと何時もと違う格好ってだけでしょソレ。

 

「……そこまで駄目でしたか」

 

 寧ろなんでイケると思ったんですか(真顔

 そもそも年配の聖職者って時点で、この世界だと歴戦の古強者と同義だ。

 婆ちゃんの素性を知らなくても、バトルモンガー共からすると興味を惹かれる対象なのよ。

 完全に引退して長く、身体も全然動かない。ってんなら別だろうが、態と背を丸めて歩く、なんて真似はミラ婆ちゃんはしないだろう。

 ある程度腕の立つ奴が見れば、立ち姿とか歩き方だけで今も戦える達人の類だって察してしまう。ただの旅行に来たいちシスターを自称にするには隙が無さ過ぎるんだってばよ。

 

 ボロクソに駄目だしする俺。反論出来ずにバツの悪そうな顔で目を逸らす婆ちゃん。非常に珍しい事に、普段とは立場が逆転している。

 どうやら我が姉弟子は、変装だの誤魔化すだのといった行為に欠片も適正が無いらしい。糞真面目なのは分かり切った事なので、特に驚く話でもないが。

 

 しかし……こういう状況を見ると"忘れ物"の中身も察しが付くなぁ。

 

 俺の言葉に同意見だったのか、ミラ婆ちゃんもしかめっ面で袋を受け取った。

 無言で袋を開け、中身を覗き込むと、眉間の皺がますます深くなる。

 一応聞いておくけど、何が入ってたん?

 

「……衣類ですね。僧服ではなく、おそらくこの地方に合わせた一般的な」

 

 知ってた。まぁ、そうなるわな。

 教皇の爺様は現在のミラ婆ちゃんの状況を予期してたんだろう――今の変装というのも烏滸がましい、軽いイメチェンレベルの格好を見れば、ぶっちゃけ誰でも予想はつくだろうけどな!

 

 んで、どうするんですか? どっか着替えられそうな場所を探す?

 俺の問いに不本意そうな表情をキープしたまま、ミラ婆ちゃんは深々と溜息を吐き出した。

 

 吐き出した呼気が鋭いものに変わり、今度は強く吸い込む。

 肺に空気を取り込み、彼女の体内で魔力が廻ると――その姿は一気に変化した。

 帽子(ウインブル)から覗く、年経て色の抜け落ちた髪が艶やかな金灰(アッシュブロンド)の輝きを放ち。

 ご尊顔やに刻まれた年齢を感じさせる大小の皺が薄れ、消え失せ。肌が瑞々しい張りを取り戻す。

 一息の間に、老齢の女性であった姉弟子は芳紀のお姉さん(レディ)へと姿を変えていた。

 こっちが今の本来の姿らしいので、どっちかというと戻ったというべきか。馴染みのある姿は、魔力の節約も兼ねた制限かけた状態みたいだし。

 いやぁ相変わらず凄ぇ光景ですねぇ……何回見ても慣れない、脳がバグりそう(白目

 初見時の衝撃やその後のKAWAIGARIのトラウマもあって、自然と遠い目になっていた俺だったが、現在の姉弟子殿の表情も似たり寄ったりだったりする。

 

「……着替えの場を探す間に立ち合いを望まれては本末転倒でしょう。そこの木箱の陰で服を変えるので、見張りをお願いします」

 

 魔族領までやってきて、町の路地裏で着替えるなんつー上品とは言い難い真似をする羽目になるとは思ってなかったらしい。

 再度の溜息ついでに目を瞑り、薄暗い路地で天を仰ぐその姿には、何処となく哀愁と懊悩が滲んでいたのだった。

 

 

 

 それから数分後。

 

 見張りも兼ねて背を向けていた俺に「もう良いですよ」と声が掛かる。

 振り向けば、そこにはめちゃくちゃ複雑そうな表情で木箱の陰から出てきた姉弟子。その御姿は青系のサマーワンピースでした。(ブッフォ……! く、あははははは! 凄い凄い! ミラがお洒落してる! ちゃんと似合う! ついでに水着姿も見てみたい!)

 うーん、デザインからして若向け。

 普段の省エネモードやめたのはこれが理由か。流石にいつもの姿だとこれを着るのはきつかろう。

 さてはあの爺、態とこういう服を用意させたな? 

 悪戯気質を発揮したか、旅行のときぐらいは、という親切心なのかは分からんが……絶対後でしばかれるぞ。 

 若返ったミラ婆ちゃんは背筋が伸びた凛々しい長身美人なので、間違いなく似合ってる。

 が、着替えた本人は選択を誤ったと言わんばかりに渋面だった。

 

「この年齢(とし)になってこの様な服に袖を通す事になるとは……」

 

 ぶっちゃけ僧衣以外の格好は見た事ない人なので、似合う似合わないの認識以前に、洒落た格好をする事自体に強烈な違和感があるんだろう。

 着ていたシスター服はワンピースの代わりに袋に入ってる様だが、直ぐに取り出して再度着替え直しそうな雰囲気である。

 まー、落ち着きましょう姉弟子様。見た目おかしいとかは全く無いんで。

 あ、でも強いて言えば、ひっつめて後ろで団子にしてるその髪、解いた方がより変装のクオリティは上がると思います。

 外見が若返った事もあって、少なくともさっきまでの歴戦シスターと同一人物だと気付く奴はいない筈だ。これは断言出来る。

 再三となる嘆息が吐き出され、若干気怠そうな動きで婆ちゃんは髪紐を解いた。

 

「ハァ……だと良いのですが……これで野試合を挑まれる頻度が変わらなければ、恥を偲んだ意味がない」

 

 効果はあるってばよ。姿勢とか歩き方は変わらないので、流石に100パーセント大丈夫とは言えないけど、シスター服よりは絶対マシになってる筈だから。

 渋る彼女をなんとか説き伏せ、一緒に路地裏から出る。

 正面、よーし。右、よーし。左、よーし。

 うむ、誰も注目してないな。

 服装の効果もあってさっきよりは断然溶け込んでるんじゃなかろうか。

 

「……確かに先程と比べ、向けられる視線がほぼありませんね」

 

 周囲を警戒していたミラ婆ちゃんの声にも、少しばかり安堵が感じられる。顔は物凄く複雑そうなまんまだけど。

 いざ歩き出したら体幹が一切ブレないせいで気付く奴は気付くだろうけど、そこはしゃーない。俺も手伝うので、ササッと買い物を済ませてしまおう。

 ミラ婆ちゃんの性格的に、立ち合いの所望に対して正面からしっかり会話してた筈。

 丁寧に対応してるから『脈アリ』って相手も思うねん。俺が矢面に立って即座にバッサリお断りして、ついでに宿にいる《災禍》のとこに行けと擦りつける。

 絡んでくる連中も喧嘩好きで血の気が多いだけでゴロツキって訳じゃないからね。これである程度は行けると思う。

 

「この手の問題への穏便な対応は、貴方のほうが得手ですね……では、少々付き合ってもらえますか?」

 

 ウッス、御供しますとも。

 そんな感じで、並んで歩き出した俺達である。(よっしゃー、ミラと買い物! さすがご主人! さすごす!)

 

 

 

 先ずは鉄板。日持ちして、且つ南部の特色が出た食い物を探そうという事で乾物を取り扱う店に入ってみました。

 海が近いのでやっぱり魚介や海藻の干物なんかがメインだ。教国ではあまり食えない品もあって見ていて心がぴょんぴょんしてくるぅ。

 どれも輸送費とか数量の関係で、内陸だと相当にパンチの利いたお値段になるんだろうが……現地販売って事でかなり良心的な金額である。

 

「ふむ、これは中々……」

 

 貝柱の干物が詰まった瓶を手に取り、ミラ婆ちゃんが感心した声を上げた。

 どれ……おぉ、確かにお得。そのままもどして食っても良さそうだけど、良い出汁もでるし。この量でこの金額なら買っても良いんじゃないでしょうか。

 

「そうですね、一つ購入しましょう。海藻も食卓の彩りには良さそうですが」

 

 どうだろ? うろ覚えだけど、人種とか種族によっては消化できない人もいた様な……。

 二人でちょっと悩んでると、お店の人が『生食で食うと駄目な奴も、しっかり火を通すとイケるようになるよ』と教えてくれた。

 

「では、こちらは聖殿の料理長に。彼ならば食す相手に適した調理を行なってくれるでしょう」

 

 なんだ、お子様達のお土産以外もあるん? てか、ミラ婆ちゃんって土産買うくらいに料理長と交流あったっけ?

 

「そういえば貴方やレティシア様は、彼のニホン料理の再現に協力していましたね。私は普段はそれほど話さないのですが……一応、彼が厨房に入った頃から面識がありまして」

 

 へぇ、そりゃ初耳だなぁ。

 なんでも昔、料理長御自慢のふわふわパンケーキが大好きだった娘がいたらしい。

 その娘繋がりで、自然と自分とも縁が出来た、と話すミラ婆ちゃんの表情は、懐かしさの入り混じった柔らかなものだった。

 まぁ美味いもんなぁ、アレ。シアやリアも偶に食ってるし、なんなら現枢機卿の一人が毎朝食うのをルーティンにしてるし。

 程よく話を脱線させつつ、店内の品を吟味していると……ちょっと珍しいものを見つけた。

 

 ……おぉ、こりゃひょっとしてスルメか? この世界にもあるんやな!

 

 丸々一匹を乾したスルメが大量に笊に乗せられているのを見て、俺は歓声を上げる。

 一方のミラ婆ちゃんだが、喜んで一束購入した俺を見て何故か若干引いていた。

 

「……確か烏賊、でしたか。これ程に奇怪な姿だというのに、本当に食品として扱われているのですね」

 

 えー、炙って食うと美味いんやで?

 まぁこの世界だと内陸の人には特に馴染みが薄い食材ではあるか。

 ビジュアルが独特なのは確かだし、知識として知ってはいても抵抗があるんだろう。タコなんかは俺達の世界だとデビルフィッシュなんて呼ばれる事もあるし。

 一人納得していると、なにやら言い辛そうに声量を落として姉弟子が呟く。

 

「偏見に近いというのは分かっているのですが……その、多腕や多脚の触手というと、どうにも昔相手にした上位の眷属を――」

 

 どうして そういう事 言うんですか(白目

 いや俺も深海から這い出てきました、みたいな外見のと戦った事あるけどさぁ! 考えないようにしてたのに!

 邪神の眷属(アレ)と似てるとか言っちゃ駄目でしょ! 海のタコさんイカさんにごめんなさいして! オクト君に謝って!

 ちなみにオクト君を初めて見たときに、俺もタコ刺し何人分やろなぁ……とか思っちゃったのは秘密です。ペット枠として愛でてるっぽい女公爵に怒られてしまうので。

 

 とりあえず、他にも幾つか干物なんかを買ってこの場は終了。

 いや一件目から自分の分まで結構買ってしまった。宿に帰ったら皆と一緒に食おう。

 

 

 

 次は南国の果物なんかを見てみよう、って事で市場に移動中だったんだけど、通り道にあった露店で足を留めた。

 

「お、いらっしゃい。何か買ってくかい?」

 

 敷物の上に品を拡げてる店主に向けて軽く頷き、目についた品を手に取る。

 俺がそれをしげしげと眺めていると、隣のミラ婆ちゃんが軽く小首を傾げた。

 

投擲具(スリングショット)ですか。貴方の武装と噛み合うものではないですが」

 

 うん。俺は使わんですね。

 アレだ、ペトラ少年の当面の得物には良いかと思って。

 

「ふむ、そういえばあの子に稽古を付けている、と言っていましたね」

 

 いや、そんな大それたモンじゃないです。森の歩き方とか痕跡確認(トラッキング)の初歩とか、その程度です。

 

 孤児院の年長組のペトラ少年、そろそろ院の卒業も近いって事で冒険者を目指して知識や技術の習得に余念が無い。

 初遭遇時に俺の事を冒険者だと思ったのか、色々と聞きにきたんだよね。

 その縁もあって、今ではたまーに教えられそうな事を教えてる。

 手先も器用だし、周囲をよく見てるペトラ君は斥候とか野伏とかそっち系に一番適正があると思う。

 この間も聖都の近くにある森で簡単な訓練を行ったばかりだ。本人にやる気があるし、真剣なので覚えるのも早い。

 何れはもっとちゃんとした師を得るべきだろうね。所詮俺のはモドキだし、触りだけ覚えたら後はきちんと技術を修めた人に教わった方が良い。

 俺の知人内だとトニー君あたりを紹介したい処だが……帝国所属だからなぁ、距離的にも現実的じゃないのが残念だ。

 

 まぁそんな感じのペトラ君であるが、中衛職である斥候系は投擲技術を身に着けておくと色々と便利だ。

 特に冒険者成りたての内は、弓矢を使うにしても矢に掛かる金が馬鹿にならない。節約術の一環としても覚えておいて損は無い。

 そこで投擲具(コイツ)ですよ。咄嗟のときの手投げも覚えておいた方が良いが、冒険者業の序盤の内は良い武器になると思う。

 Y字の柄を握り、張られた紐を軽く引っ張る。

 かなり硬い。やっぱり魔力使うのが前提の張力だな。

 

「お、良い目してるねお客さん。こいつは魔獣の腱を捩って束ねてあるんだ。引くのは身体強化前提だが、御蔭で中距離なら下手な弓より威力が出るぜ」

 

 店主の言葉に、使われてる素材で言えば一級品に近い作であると改めて確信する。

 結構良い品やん。なんで露店で投げ売りしてんの?

 

「俺は狩りが本業なんだが、弓の弦を張ったときに余った素材で作ったモンだからな。作ってみたは良いが、この手の武器は魔族領(ココ)じゃ捌けが悪くてなぁ」

 

 あー……見た目がまんまパチンコ玉飛ばすやつだもんな。

 魔族領じゃ売れない、と言ったが他の国でもそんなに人気のある武器種じゃない。

 手軽さや習熟の速さからして、見習いや新人にこそ推奨されるものなんだけど……弓とかと比べてね、どうしても見た目がね。

 戦場の戦士や冒険者に憧れてその道に入った若者達ほど「カッコ悪いからあんまり使いたくない」って敬遠しちゃうのだ。

 慣れれば形の悪い石とかでもそこそこ狙った場所に当てられるし、中距離用としては良い武器だと思うんだけどなぁ。

 まぁでも、ペトラ君なら普通に使ってくれるので問題無い。「格好なんて稼げるようになってから気にすれば良い」とか言ってたし、子供らしからぬ地に足つきまくったスタンスな子だし。

 

「では、私も半分出しましょう。あの院を手伝う身としては、年長の子達の卒院は他人事では無い話です」

 

 なんかミラ婆ちゃんも半分お金出すとか言い出した。

 申し訳ねーけど却下どす。俺が勝手に買って押し付ける形にしないと、固辞しちゃうかもしれないでしょ。

 シスター・ブランだって申し訳なさを感じると思う。他の子の卒院祝いとかはどーすんだって話にもなるしね。

 俺の捏ねた理屈に、姉弟子は不満そうである。

 

「貴方ならばブランが遠慮を感じない、という話でもないでしょう。そも、あの子は他所からの援助や支給については遠慮が過ぎる。押し付ける位で丁度良いのです」

 

 確かにそうですねぇ……いやー、糞真面目な清貧さとかソックリっすわ。誰にとは言わないけど。

 

 はっはっはー、と笑う俺であったが、ミラ婆ちゃん相手に若干優位な立ち位置で会話できるのが新鮮で調子に乗り過ぎたらしい。

 無言で手が伸ばされ、顔面を鷲掴みにされる。

 

「……貴方の事ですから悪い意味では無いのでしょうが、女性を評する言葉に糞を付けるのはお止しなさい。品位に欠けていますよ」

 

 ア痛ダダダダッ!? ちょっ、ず、頭蓋が歪むっ、流石婆ちゃん副官ちゃんのアイアンクローの三割増しくらい痛ぇってアババババッ!? すいません調子こいてましたマジ勘弁してください以後気を付けますぅ!

 

「おーい、お二人さん。イチャついてないで買うなら早くしてくれんかね」

 

 五指で顔面を圧縮されて悲鳴を上げる俺となんか妙に生き生きしてるミラ婆ちゃんを見て、店主が胡坐かいて頬杖つきながら呆れた様にツッコんでくる。

 

 ――いや誰と誰がイチャついとるねん。恐ろしいこと言うのやめてくれない?(真顔

 

「私とこの子はそういった関係ではありません。誤解なき様お願いします」

 

 顔から指が離れると同時、二人揃って同時に反論すると、店主から「嘘くせぇ」と言わんばかりの視線が向けられた。

 

「その割には随分と親しいみたいだがねぇ……良い仲でないなら何なのやら」

「おとう……義息子(むすこ)です」

「余計に無理があるだろソレ」

 

 俺もそう思う。なんで弟弟子から言い直したんですか???

 何某かの流派を修めてる、と連想させる発言は避ける為だったんだろうけど、今のミラ婆ちゃんの見た目で俺みたいなデカい息子がいるのは不自然が過ぎるでしょうに。

 何処か自慢気ですらある姉弟子様を見て、店主は早々に理解を放棄した様だ。或いは突っ込んで聞かない方が賢明だと判断したのかもしれない。

 無言の、だが「なんでも良いからはよ買うなら買え」という視線による催促に応じ、俺は財布を取り出したのである。

 

 

 

 で、ちょいとした寄り道も終わったし、さぁ今度こそ果物屋に行こうか、ってところで派手に俺の腹が鳴った。

 oh……そういえば朝飯は食ってねーし、昼は小さ目の串焼き一本食って直ぐ遠泳したし、そりゃ腹も鳴るか。

 空腹感はあるけど動くには問題無い。

 なのでスルーしようとしたのだが、ミラ婆ちゃんに怒られてしまう。

 

「有事でも無い状況で食事を抜くのは感心できません。昼食にしましょう」

 

 いや、これくらいは平気だって。婆ちゃんだって早く買い物終わらせたいでしょ? 終わってからゆっくり食うから気にしなくても……。

 昼飯の提案をやんわり固辞しようとするも、言葉の途中で襟首掴まれて手近な屋台に向かって引き摺られる。

 

「食べ盛りの若者が空腹だというのに、自身の買い物を優先して付き合わせるなど年長者としてあるまじき行いです。先の盛大な音からして朝も殆ど食べていないのでしょう?」

 

 バレテーラ。こういう事に関しては本当に察しが良い。

 あれよあれよと言う間に屋台の前に辿り着くと、隣に立ったミラ婆ちゃんは手早く自分の料理を一つ注文した。

 

「さぁ、貴方も注文なさい。まだ遠慮する様であれば私が適当に選んでしまいますよ」

 

 切れ長の瞳がジーッと見つめ、注文を待っている。

 どうやら、俺に断るという選択肢はハナから存在していないらしい。腹減らしてるとやれ食えほれ食え言って来るとかマジでかーちゃんみたいで草。

 ……ま、買い物してる当人が積極的に飯食おうって言ってるし、遠慮し過ぎるのも無粋か。

 見たところ、ホットサンドというかフライドドック系の店みたいだ。腹が減ってるのは確かなので、婆ちゃんと同じ物を一つ、更に別の品を一つ注文する。

 屋台の主である獣人のおばちゃんが、手を動かしつつも楽しそうに笑った。

 

「毎度あり! 仲が良いねぇ。お姉さんの言う通り、三食きっちり食べないと強くなれないよ!」

「姉と呼ばれる様な年齢(とし)でもありませんが、店主殿の言う通りです。食べる事の出来る状況で食を疎かにするのはいけません」

 

 分かった、分かりましたってば。ちゃんと食べますよ、美味しくいただきますよ。

 年長の女の人二人から正論を説かれて、男一人に反論の余地が生まれる筈も無い。ホールドアップして全面的な降参をアピールする。

 そうこうしてる間に注文した物が完成。「出来立てだから火傷しないようにね!」というおばちゃんの忠告と共に、三つの注文品が渡された。

 パンで具材を挟むサンド系――片手に持って直にかぶりつける類の飯ではあるが、ミラ婆ちゃんは木皿を借りて品を乗せ、視線を巡らせる。

 

「では、あちらで頂きましょう」

 

 アイサー、マム。

 近くに長椅子型のベンチを見つけ、歩み寄って二人並んで腰を下ろす。

 真っ当な聖職者の姉弟子は、一旦木皿をベンチの上に置いて指を組み、食前の祈りの言葉を唱える。

 これがシアなら即行で「いただきます」で終ってるとこやね。

 今思い返すと、アイツが仕事以外で祈ったり聖印を指できったりしてるとこ見た事ねぇ。不良聖女様でワロス。

 何はともあれミラ婆ちゃんの祈りに併せて俺も合掌し、いただきますを唱えておく。

 俺が注文した品の一つは、何かの獣の肉と乾酪をパンで挟んだものだ。教国でも帝国でも類似品をよく見るオーソドックスなやつ。

 もう一つ、二人で同じ品を買ったものは、海鮮――エビやイカなんかを小さく切ったものを平たい塊のフライにして、炙ったパンでサンドしたものだった。

 海鮮かき揚げを天ぷら系じゃなくてフライ系にした感じかね? マヨネーズが良く合いそうだけど、流石に南方の端っこであるこの町には普及してないみたいだ。味付けはピリ辛な塩だれである。

 

「ふむ? 小海老は分かりますが、この白い輪の切り身は……?」

 

 かき揚げサンド(仮称)手に取り、ミラ婆ちゃんが軽く首を傾げる。どうやら中身がイカだって気付いて無い模様。

 黙っておくのも面白そうだが……教皇の爺様じゃあるまいし、この人相手に悪戯ムーヴ出来る程俺の肝は太くない。素直に教えておくとしよう。

 

 ヘイ、姉弟子。これ、さっき貴女が苦手そうにしてたイカですよ。

 

 軽い調子であっさり言ってやると、かき揚げサンドを手にしたままミラ婆ちゃんは固まった。

 聖教会の御意見番たるこの女傑が、僅かに目を見開いて硬直する様は中々にレアな光景である。これはこれで面白い反応だわ、うん。

 

「そう、ですか。これは烏賊ですか……」

 

 そうですね、イカですね。

 

「……勢いで注文するものではないですね」

 

 現役時代には邪神の上位眷属を素手で殴り倒してた人が、フライの断面から覗くイカを見つめて怯んでいる。これは大草原不可避ですわ。

 アレだ。ちょっと無理そうなら、俺の乾酪(チーズ)サンドと変えます?

 頬が笑いの波で引き攣りそうになるのを堪えながら提案してみるも、ややぎこちない動作でミラ婆ちゃんは首を横に振る。

 

「いえ、自身で頼んだ品です。このまま頂くとしましょう」

 

 軽く呼吸を繰り返し……ややあって彼女は思い切りよく口を開け、かき揚げサンドに齧りついた。うむ、流石の即断即決力である。

 静かに音も無く咀嚼が繰り返され、口内にあったパンとフライが嚥下される。

 

 ……で、どうですかね?

 若干息を呑んで反応を待っていた俺に、婆ちゃんは苦笑して見せた。

 

「……その様な顔をしなくとも大丈夫ですよ。えぇ、美味しいですとも」

 

 美味いのは間違いないんだろう。

 ただ、苦笑いの中に何とも言えないものが混じっているのは、やはりイカ・タコの類を食い物として認識できないミラ婆ちゃん個人の嗜好が理由なんだと思う。

 強いて言うなら「美味いんだけど、美味い事に納得がいかない」みたいな?

 海の幸は一見ゲテモノに見えるやつが旨かったりするんだけどね。オコゼとかホヤとか。

 取り敢えず、姉弟子が買った物を食えそうにない、食えるけどしんどそう、という事も無さそうなので、俺も安心して自分の分にかぶりつく。

 うむ、美味い。具である海鮮フライは言うに及ばず、塩だれが実に良い塩梅だな。

 小海老がメインだけどイカと貝も混ざっていて、食った感じはかき揚げというより豪華なエビカツサンドみたいだった。

 個人的にこの屋台は当たりだわ。副官ちゃんとリリィも食い歩きしてるらしいし、知らないなら後で教えてあげよう。

 空きっ腹だったのもあって、ついつい早いペースで食が進む。

 

「落ち着いて食べなさい、時間はまだあります」

 

 やんわりと注意されてしまった。いやぁ、食い始めたらやっぱ腹減ってたみたいで、つい。

 一定のペースを崩さず、上品な仕草で食べ続けるミラ婆ちゃんを横目に、俺も手の中の料理をしっかり味わうべく気持ちペースを落とす。

 常夏の日差しは相変わらず強いが、腰を落ち着けたベンチはいい具合に木陰になっている。

 爽やかな潮風が頬を撫で、なんとなく、二人で晴れた空を見上げた。

 

「良い天気ですね。偶にはこのような時間も悪くない」

 

 風で乱れそうになる髪を抑え、ミラ婆ちゃんは目を細めて流れゆく白い雲を眺める。

 すんげー今更だけど、今の姉弟子様はキリッとした顔立ちの美人なお姉さんだ。

 それに婆ちゃん婆ちゃん言うのは、我ながらどうなのよ? なんて思わないでもないが……じゃぁ他にどんな呼び方がある? と聞かれると返答に窮する。

 若返ってもミラ婆ちゃんはミラ婆ちゃんだしなぁ……外見と武力以外は別に何が変わるって訳でもない。

 何より本人が気にして無さそうだしな……あれ? じゃぁ別に呼称を変える必要も無いか。

 一人でちょっと悩んでみたが、あっさり結論が出たので一つ頷き、料理を口に運ぶ。

 ふと思い出した様に、隣の姉弟子が呟いた。

 

「……そういえば、私の古傷の治療や今回の旅行で曖昧になっていましたが……ブランに貴方の魔鎧を間近で見せると言う約束、まだ果たしていませんでしたね」

 

 あー、そう言えばそうだったね。(!? わ、ワスレタママデモイーヨー?)

 帝国での祭りの最中に交わした約束を思い出し、口の中のものを飲み込んで俺も頷く。

 うむ。バタバタしてたのもあってすっかり先延ばしになってた――まぁ、シスター・ブランの方は納得というか満足というか、鎧ちゃんに対する知りたい事はもう知れたみたいだけど。

 

「そうですか――差しつかえなければ、何があったのか聞いても?」

 

 あ、うん。えーっと、婆ちゃんが倒れたやん? そんときに――。(うおおおおっ!? や、ヤメロォ! そういうとこだぞご主人!)

 思ったよりのんびりとした、穏やかな食事の時間が過ぎてゆく。

 ――が、最後までこのままとはいかないらしい。

 

 ミラ婆ちゃんが食事を終え、俺が二つ目の肉と乾酪(チーズ)のサンドを粗方攻略した辺りで、数人の若い男達がベンチを取り囲む。

 

「よぉ、こんな何も無い田舎に旅行?」

 

 ドカッと乱暴にミラ婆ちゃんの隣に腰を下ろした男は……なんというか、こっちの世界ではあんまり見ない軽薄な感じのする若造だった。

 

「地元の方ですか? 生まれ育った地を、その様に卑下するのは感心できませんね」

「お、顔だけじゃなく声もキリッとしてるね、お姉さん」

 

 ベンチに座っていても背筋が伸びたままの姉弟子が、ダラけた格好で隣に座るにーちゃんをピシャリと叱る。

 が、言葉の内容には反応せず、ニヤついて下から姉弟子の横顔を見上げる男。どうやらリーダー格らしい男の声に反応し、他の連中が囃し立てるように声をあげた。

 

「折角だからさ、一緒に遊ぼうよお姉さん」

「そうそう、俺達ならこんなシケた町でも楽しめる場所、知ってるから」

「一緒にいるの友達? それより、俺らの方が――って、な、なんだよその顔」

 

 すげぇ、なんだコイツら。勇者か(驚愕

 脳筋ばっかりな魔族領だけど、こういう軟派なチンピラみたいなのもいるらしい。

 だが、それよりなにより、この連中……俺の勘違いとか見間違いとか幻覚とか夢でなければ、ミラ婆ちゃんをナンパしている……!?

 驚愕のあまり、目を見開いて彼らをしげしげと眺めていると、俺の視線に鼻白んだ男達は顔を見合わせてヒソヒソと呟く。

 

「おい、なんか思ってたのと反応が違うぞ……」

「あ、あぁ。目付き悪いだけでパッとしない奴だし、ビビると思ったのに……なんかこう、視線に敬意? みたいなのを感じる」

 

 おっと、つい無意識に信奉者共に立ち向かう死兵を見送るような視線を向けてしまっていた。

 誤魔化す様に俺が目元を揉み解していると、その間に気を取り直したらしいリーダー格の男が、ベンチの背もたれから腕を廻すようにしてミラ婆ちゃんの肩に手を置く。

 

「と、とりあえずさ、お姉さんと俺達で遊びにいこうぜ。良い店知ってるし、その前に海に行くのもアリだ」

 

 おい、気安く肩に手を置くな。死ぬぞ(迫真

 魔力強化すら出来なさそうなガチのチンピラが姉弟子の拳骨を喰らった日には、耳から押し潰された脳味噌が発射されてもおかしくない。

 俺としては失礼な態度にお怒りになったミラ婆ちゃんが、いつ彼らを地に埋め始めやしないかとビクビクして見ているしかないのだが……当の彼女は無表情ながらも困惑しているに留まっている。今のところは、だけど。

 俺達が無言なのを雰囲気に呑まれている、とでも勘違いしたのか、男はニヤニヤとした笑みを深くして肩が触れ合わんばかりに姉弟子に身を寄せた。

 

「浜辺に出ると、ちょっと離れたトコに小島があるんだよ。ボートがあるから一緒にいこうぜ、絶対楽しいからさ」

 

 鉄面の如きお顔を保持している我が姉弟子殿だが、ついでの様に「あ、そこのビビってる冴えない黒髪は留守番な」と小馬鹿にした声で付け足された途端、はっきりと顔を顰めた。

 

「……聞き捨てなりませんね。この子が、旅行者を囲んで強引な誘いをかけてくる様な輩に臆していると?」

 

 ヒエッ(タマヒュン

 

 明らかに声のトーンが低くなったミラ婆ちゃん。

 彼女を知る人間からすれば、もうそれだけで背筋伸ばしてごめんなさいしたくなる声色だ。

 少なくとも、副官ちゃん辺りなら即座に正座の体勢に移行するだろう。ベンチに座っていなければ、俺も反射的に正座していたかもしれない。

 が、そこは人外級の戦士の中でも特に自身の氣や身体の操作に秀でたミラ婆ちゃん。現段階だと戦人としての威圧や威風は完全に制御され、全く漏れ出ていない。

 なので、男達は謝罪から全力回れ右ダッシュのコンボを決めるべき状況なのだと、それが最適解なのだと気付けなかった。

 

 これはアカンですわ、南無~(白目

 

 既に俺の視線は死兵を見送るものではなく、屠殺場の動物を見る目付きに変わっているのだが、調子に乗っちゃってるお馬鹿な若者達は、当然ながらそれに気づく事も無い。

 

「ひゅー! 怒った顔も美人だね」

「でも無理はしない方がいいぜ、お姉さん。隣のツレは縮こまったままだしな!」

 

 怒気を見せたミラ婆ちゃんに対し、口笛を吹いたり笑い声を上げたりと、聖都の聖職者達が見れば無表情になって問答無用でぶちのめしにかかるであろう失礼を現在進行形でぶっこいている。

 

「若者の向こう見ず、と言うには聊か以上に品が無い――少々おイタが過ぎます」

 

 手に持ったままだった木皿をベンチに置き、立ち上がるミラ婆ちゃん。

 それを見て逃げるとでも思ったのか、リーダーの男が無遠慮に手を伸ばし、腕を掴んだ。

 

「おぉっと、何処に行くつもりだよ。せっかく誘ってやってるのにさ」

 

 ヘラヘラと笑いながら舐め腐った言葉を吐くチンピラに、無言の姉弟子の冷えた視線が突き刺さる。

 いや無知って凄いなぁ……頭の鈍さと知識量の乏しさが揃うと、ここまで致命的な愚行を素で行えるもんなのか(戦慄

 

 数秒後には空を舞うか、地面に頭から突き刺さるか、はたまた近くの店の壁にめり込むのか。

 

 彼らの末路を予想し、でも自業自得だよね。と一人納得して。

 成り行きを眺めるばかりだった俺だが――突如として周囲の空気が変わった。

 

 一緒に逃げ出すとでも思ったのか、ベンチに座る俺の肩を掴んで半ば抑え込んでいたアンポンタン共の手が、弾かれた様に離れる。

 薄ら笑いが一瞬で消し飛び、全員が目を剥いて俺を一斉に注視した。

 

 ……え? 何その反応? 何があったの?(困惑

 

 妙な事に、男連中だけじゃなくミラ婆ちゃんまで一緒になって目を見開いてこっちを見てくる。

 当然、俺は何もしていない。だというのに、婆ちゃん以外の視線には驚愕と混乱――そして恐怖が貼り付いて表情にまで滲みだしていた。

 

「ぅ……ぇあっ……な、なんなんだよお前ぇっ……!」

 

 いやなんなの? 訳分からんわ。(買い物の邪魔する、ご主人を馬鹿にする、ミラをきちゃない手で掴む……! スリーアウトだ、"ライン"越えたぞオラァ!)

 情けなく震えるリーダーの男の声に益々困惑し、疑問混じりの半眼を向けてやると視線が合った途端に裏返った悲鳴を上げられた。

 何だかよく分からないが、鬱陶しい囀りが止まったのは丁度良い。今なら効きそうだし、ついでにちょっと脅かしてみるか。

 急にビビりだした連中に向け、取り敢えず中指をビッと立ててみる。

 

 消えろ、ぶっ飛ばされんうちにな(キリッ

 

 半分悪ノリで言った台詞だったんだが、引く位に効果覿面だった。

 アンポンタン全員がカン高い悲鳴を上げて踵を返し、足をもつれさせてスッ転びながら振り返る事無く全速で駆けだす。

 中にはズボンの股間や尻に染みを拡げて走ってる奴までいるんですけど。どういう事なのマジで。

 

 お馬鹿ちゃん達が人込みに紛れて視界から消え失せると、ミラ婆ちゃんが俺の肩に掌を乗せ、声を潜めて言い含める様に告げて来た。

 

「折檻するつもりであった私が言うのもなんですが、少々やり過ぎです。その物騒な気配を抑えなさい」

 

 んん? 気配??

 なんのこっちゃと俺が首を捻ると、姉弟子様のお顔が当惑の色に染まる。

 

「……まさか、気付いていないのですか? 確かに貴方にしてはやや中途な威嚇ですが」

 

 益々意味が分からなくて俺はアホ面を晒すも、続く言葉で直ぐに答えは分かった。

 

「僅かですが魔鎧の気配が漏れています。範囲は狭いですが、先の者達のみにしっかり中てた分、彼らが感じた圧は相当なものでしょう」

 

 ゑ? マジで?

 ミラ婆ちゃんの言葉を受け、慌てて鎧ちゃんの状態をチェックしてみる。

 ……マジだわ! ほんのちょっと、薄っすらとではあるけど励起状態になってる!

 ぜ、全然分からんかった……! なんで急に?

 

 幾ら魔族領とはいえ、一般の人達が行き交う町中で鎧ちゃんの魔鎧としての威圧は出して良いもんじゃない。

 慌てて解除しようと試みるも……そもそも起動した感覚すら無い、自覚すら出来なかった微かな励起なのでどうにも上手くいかない。

 俺の感覚的には起動のスイッチはOFFのまんまなのよ。中途にONになってる感じでも無いし、どうすりゃえぇんやコレ。

 

 よ、鎧ちゃーん。ひょっとして俺達を助けてくれるつもりだったー?

 もう終わったし、励起を解除してくれると嬉しいんですけどー?

(むぅ。だってアイツら……わたしの御主人とミラに……!)

 身体の内にあるマイバディに呼びかけてみるも、びみょーに不機嫌な感じの、尖ってた頃の鎧ちゃんに近い感覚が返って来る。

 お願いしても珍しく尖がった空気をしまってくれない相棒を相手に四苦八苦していると。

 

「――コホン」

 

 再びベンチに座り直したミラ婆ちゃんが、急に咳払いを始めた。

 エヘン、オッホンと絶妙に態とらしい咳を繰り返し、暫しの間、虚空に視線を彷徨わせていた婆ちゃんは、やがて腹を決めた様子で隣の俺に顔を向ける。

 

「少々、頭を借りますよ」

 

 ……? 借りるって何を――。

 聞き返そうとした俺の顔に、若くなっても鍛錬と戦いの痕がしっかりと残る指先が延ばされる。

 両の掌が優しく頬を包み、次いで、抱える様にして引っ張られると俺の身体はそっと横倒しになった。

 ベンチの上で横になった頭は、青いサマーワンピースに包まれた太腿の上に乗せられる。

 

 ……なんで?(宇宙猫感

 

 所謂、膝枕の体勢ってやつだ。行動も唐突なら、それをやったのがミラ婆ちゃんだという事も混乱に拍車を掛ける。

 存外に柔らかい姉弟子の膝の上で首を傾げる俺は、さっきの五割り増し位のアホ面だったと思う。

 

「…………」

 

 なんというか、らしくもない真似をいきなり行ったミラ婆ちゃんは、何を言葉にするでもなく。

 ただ静かに、俺の髪を梳く様に撫で始める。

 声を上げたり、無理に身を起こす気にはならなかった。

 疑問は多いし、正直、意味の分からん状況ではある。

 

 でも、なんとなく……なんとなく。

 

 この膝枕(コレ)はミラ婆ちゃん的に、結構な勇気を振り絞った結果の行いなんじゃないかと、そう思ったからだ。

 ぎこちなくて、お世辞にも慣れてるとは言い難い指先は――けれど、ひどく優し気で暖かな想いが溢れて零れんばかりに満ちている。

 気恥ずかしさと同時に、小さなガキンチョだった頃の感覚を呼び起こされ、なんともムズ痒い気分になる俺だが、それ以上に劇的に変化があったのが、俺の内側――マイラヴリーバディ鎧ちゃんのご機嫌だった。

 大戦時にも近いトゲトゲした感じは陽に照らされた雪の様に融け消え、静かに励起状態が解除される。(…………おかー……)

 相変わらず、鎧ちゃんとは具体的に会話が出来るという訳でも無いんだが。

 漠然と伝わって来るイメージは、初めて名付けた銘を呼んだときと同じ、抑えきれない喜びを嚙みしめているような、そんな感覚を訴えて来た。

 

 ……まぁ、なんだ。此処までくれば流石に俺でも気付くわな。

 

 やっぱり、ミラ婆ちゃんと鎧ちゃん――の、内に在る"誰か"は、お互いにとって大切で、特別な存在だったんだろう。

 となると、どうにか実際に会わせてやりたくなるな。まぁ方法とかは現時点ではさっぱり分からんのだが。

 思考を巡らせるものの、思い付きの実現はまだ先の話。

 取り敢えず今は……不足ながら、己の身で二人の交流の懸け橋役になるとしますかね。

 

 そんな風に結論づけて。

 

 木漏れ日降り注ぐベンチの上で、俺はこの際役得とばかりに世にも珍しい鉄拳女傑の膝枕の感触を堪能して、目を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




弟弟子
師姐、お届け物です! の後、開祖を除くこの時代における《三曜》の使い手揃い踏みで仲良くお買い物と相成った。
いつものなら膝枕の光景を食い歩きしてる副官ちゃんやリリィ辺りに見られ、ひと悶着発生しそうなものだが今回はそういった事も無く、珍しく穏やかに買い物を終了させる。

姉弟子
人生初に近い洒落た服装で弟弟子と買い物を楽しんだ人。
青年を通して魔鎧の中の娘と交流したかったのは確かだが、青年自身にも色々な労いや感謝を込めて膝枕を決行。構いたい二人を同時に相手出来るので一石二鳥でご満悦。

???
すっかりしゃがみガードが板に付いた娘。
膝枕して撫でて貰うとか生前ですら無かった経験に、嬉しいやら恥ずかしいやらで悶絶する。
でも、とても嬉しかった。

「わたしのおかあさんの掌は硬くて、傷もあって――けど、優しくてあったかい」


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