俺氏、ループ系TS聖女様をいつの間にかメス堕ちさせていた模様   作:弐目

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真打ち? 登場。











ぽんこつ聖女

 

「――今度アイツのパンツを下ろしてみたい」

 

 執務中に呟いた一言に、向かいの机で同じく執務に精を出していたアリアがピタリと動きをとめた。

 ややあって再起動した(おとうと)は、怪訝さと心配が半々になった表情でオレの顔をマジマジと見つめてくる。

 

「大丈夫レティシア? 回復魔法掛ける? 頭に」

 

 手酷い反応ありがとう(おとうと)よ、お前たまに辛辣だよな。

 

「仕事中にいきなり姉貴(あにき)が妄言を唱え始めたら、誰でも同じ反応すると思うけど」

「……本当に辛辣だなぁ! 別に唐突に思い付いた訳じゃなくて、この間から考えてた事なんだぞ?」

「なお悪いでしょ、それ。頭が」

 

 半目になって馬鹿を見る様な目付きでこちらを眺めてくるアリアの視線がつらい。

 普段はにこにこしていることが多い奴なだけに、冷えた視線は倍増しで心に刺さるのだ。

 

「変なこと言ってる余裕があるなら、こっちの今年の豊穣祭についての陳情をまとめてよ。ボクはこの中庭の修繕予算についてチェックするから」

「あ、はい」

 

 厚い紙束を此方に差し出すと、アリアはそれ以上に高く積まれた自分の机の書類を引き寄せる。

 一方でオレはというと珍しい(おとうと)の塩対応に怯んでしまい、それを大人しく受けとると書類内容の確認を行う事にした。

 暫くの間、ペン先を走らせる音と判を押す音だけが執務室に小さく響く。

 

「……なぁ、アリア」

「んー?」

「さっきの話の続きなんだけど……おい、やめろって。無言で回復魔法かけてくるなよ」

 

 書類を片付けながら話題の続きを切りだそうとすると、自分が手をつけていた書面からオレへと視線を移し、アリアは真顔で回復魔法を発動させてきた。頭に。

 

「話を聞いてくれ、アリア。オレはただ――あいつのパンツの中身が見てみたいだけなんだよ」

「レティシアって普段にぃちゃんのことバカバカいってるけど、たまににぃちゃんみたいになるよね」

 

 褒められてるのか貶されてるのか分からない――いや、暗にバカ扱いされてるんだろうが、悪い気はしないので前者だと思っておこう。

 

「わぁ。手遅れ」

「お前、今日はほんっとに容赦無いな」

 

 両手を挙げてお手上げのポーズを取るアリアに、恨みがましい視線を送ってやると、「だってレティシアがにぃちゃんっぽくなってもにぃちゃんみたいに可愛くないし」とシレっとした表情で言ってのける。お前も大概手遅れだよ。

 

 中途で止めていた書類に再び手をつけて、サインを最後に書き添え判を押して処理済みの紙束の上に載せると、アリアは漸く話を聞いてくれる気になったのか、机に頬杖をついて小首を傾げた。

 

「なんで急に変なこと言い出したのか知らないけど――無理じゃない? 『治療』の初日のときだって、散々迷って結局触れもしなかったじゃん……ボクもだけどさ」

「むぅ」

 

 最後にちょっと恥ずかしそうにして呟く(おとうと)に、痛い処を突かれたオレは言葉を詰まらせた。

 初回に限らず、『治療』の際には昂る気持ちのままに、色々とスゴい事をしてしまっている自覚はあるが……それに関しては本当に治療としての側面もあるし、なによりアイツの魂に《枷》を填めておくのに必要な行為なので微塵も後悔は無い。寧ろ日々のお楽しみになっているまである。

 本気になれば力尽くで外せてしまう代物ではあるが、どちらかというと外れた瞬間にオレやアリアにそれが伝わる事が重要なので、《枷》が存在する事自体が大事だ。より頑丈なのに越したことは無いが。

 ……だが、アリアが言うように、最後の一線、最後の一枚だけは羞恥が勝ってしまってどうしても手を出せていない。

 

 それでも、ボロボロになっているアイツの一番深い部分(たましい)に触れ、其をこの手で癒している、という充足感もあって十分に満足していたのだが……状況が変わった。

 ミヤコの事もそうだが……昨日のアイツの()()云々についてである。

 

「いや、ミヤコさんについてはレティシアの自業自得でしょ。へんな見栄張るからバレて後で煽られるんだと思う」

「け、牽制も必要だと思ったんだよ……それにしたってミヤコの挑発だって相当に強烈だったんだぞ」

 

 短期出向期間を終えて、帝国に帰還したミヤコではあるが、別れの挨拶とは別にオレに一通の手紙を残していった。

 応接室での一件について――態と誤解させるような言い回しの宣言と挑発を兼ねた言が、半分ハリボテであったのがこの間の騒動でバレてしまったので、それについてチクチクと書かれているのだろう、と覚悟して丁寧に畳まれた紙片を開いてみると。

 

 

 

エ性女(笑)。

 

 

 

 とだけ、デカデカと無駄に達筆の日本語で書かれていた。

 見た瞬間に、手紙を掌で押し潰してそぉい! とゴミ箱に叩き込んだのも宜なるかな。

 お前だって大概だろうが! アイツの前ではやたらしおらしく振る舞ってあざといんだよエ清純系め!

 いつかミヤコとは決着を付けねばなるまい……だが、それは今はいいのだ。

 今重要なのは、アイツの……その、アレだ。男性機能が復活した、という事だ。

 

「考えても見ろ、今までは《治療》中は深い眠りについてたから、そういうモンだと思って気にもしなかったけど、不具合が治ったって事は……ひょっとしたらこれからは治療の最中に……あ、アレがアレする可能性も出てきたんだぞ」

「何言ってんのレティシア!?」

 

 思わず、といった様子で叫びながら、椅子の上で仰け反るアリア。慌てて口を押さえるが、会話が始まる前に防音を兼ねた結界は構築済みなので安心していいぞ。

 分かってる、自分で言っててオレも相当恥ずかしい。だがこれは重要な事なのだ。

 オレもノってる時は大分アレな事になっていると思うが、アリアもスイッチ入ってしまうと特に()()だろう?

 お互い、くっついてる程度じゃ飽き足らず、色々としてしまっている訳で。

 そんな状態で、アイツがこう……元気になってる状態を見てしまったら平静を保てるか? オレには多分無理だ。

 

 ――なので、変に暴走したり、失敗したりしない為に予めパンツの中身を見慣れておく必要があると思うんだよ。

 

「うん……うん?」

 

 一度は頷いたかに見えたアリアだが、間を置いて宇宙猫の如き顔になった。

 (おとうと)を説得すべく持論を展開したが、ここで冷静になられて却下されては元の木阿弥だ。一気にたたみかける。

 

「別に中身を見た後にどうこう、って訳じゃないぞ。()()見るだけ、見るだけだから。お前だって興味が無いって訳じゃないだろ?」

「そ、それは……そう、だけど」

 

 頬に林檎の様な鮮やかな朱が差し、アリアは目を逸らしながら小声で同意を返してくれる。

 オレは席を立って、アリアの目の前に向かうと、その華奢な両肩に手を乗せて目を合わせた。

 なるべく真剣に、且つ真摯に自分の欲求と要求と望みを、(おとうと)の想いと重なる部分を強調して伝える。

 

「なら、気持ちは同じだ。抜け駆けするのも何だし、今度二人で『治療』するときに……実行しよう、いいよな?」

「うー……わ、分かった。分かったってば」

 

 苦手、という訳では無いだろうが、免疫の低い猥談を続けることで羞恥心でいっぱいいっぱいになったアリアは、不承不承ながらに首を縦に振った。

 よしっ、説得完了だ。

 

 一人で実行しようとしても――今まで何度もそうだったように、途中で尻込みして失敗に終わる可能性が高い。我ながらちょっと情けないとは思わなくもないけど。

 なので、アリアの説得は計画の実行に必要不可欠だったのだ。

 

 一人では無理な事も、二人ならば手が届く。

 (アリア)と二人でならば、アイツのパンツに手をかけることも出来るだろう。

 

「……なんだか早まった選択をした気がするなぁ」

 

 未だに赤い頬のまま、アリアがボヤく様に呟いているのが聞こえるが、今は気にしない事にした。

 そうと決まれば、さっさと仕事を片付けて準備を始めないとな。先ずは良い酒と良い肴……後はリラックス効果のある香なんてどうだろうか?

 

 ウキウキと、まるで楽しみにしている遠足に思いを馳せる子供の様な心持ちで、オレは目先の課題――書類仕事を攻略する事にした……さぁ、お仕事頑張るか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、聖殿内の酒保担当に揃えて貰った品々がようやっと届き、オレ達は二人で相棒の部屋に訪れていた。

 防音代わりの結界は張っていたのだが、何故か中庭裁判の一件以来、アイツの下半身事情が聖殿内で知れ渡ってしまったようで――皆がなんか急に優しくなった、嬉しいのに死にたいふしぎ!! と白目を剥きながら叫んで数日、アイツは街はおろか聖殿内ですら殆ど出歩かず、半ば部屋で引き籠りと化している。

 これに関してはオレ達にも責任があるので、悪いと思う気持ちはあった。

 ミヤコなんかは、出向最終日ギリギリまで「せめて先輩が部屋から出てこれる様になるまで」と帰還日を延ばそうと躍起になってたしな。

 結果的には無理だった様で消沈しながら帰っていったが、まぁ、なんだ。慰める役はオレに任せておくといい。()()()相棒だからな。

 目的達成の為も兼ねているので、詫びと言う程ではないが、霊薬以外にも用意した酒と肴はかなり奮発した。貴重な珍味もあるので多少は喜んでくれる筈だ。

 

「おーい、来たぞー」

「にぃちゃん、来たよ。お邪魔しまーす」

 

 勝手知ったる、といった感じでアリアと共に部屋の中にあがり込むと、ベッドの中で布団に包まってカタツムリの様になった相棒が、首だけ出していらっさぁい、と力なく応じる。あまり良いとは言えない目付きが、本日は輪をかけて死んでいた。

 

「オレ達が来たのにまだヒキってるつもりかよ。ほら、布団から出てこいって」

 

 手をとって引っ張り出そうとすると、嫌や、優しい視線が怖いんや。ワイはこれからは猟犬(去勢済)みたいなおめめでみられちゃうんや、とゴネて出て来ない。

 

 何時もならここらでアリアが上手いこと慰め、布団カタツムリを攻略してくれそうなものだが、(おとうと)は片手で持ち込んだ肴を入れた袋を抱え、もう片方の手指で自身の銀糸の髪の一房をくるくると弄んだまま、緩んだ顔で相棒の様子を眺めている。

 大方、「いつものにぃちゃんと違ってこれはこれで良い」とか思ってるんだろうな……絶対お前の方が手遅れだと(あに)は思うぞ、うん。

 

「にぃちゃんが布団から出て来たくないなら、別にいいと思うよ」

「いや、そんな訳にはいかないだろ。後から『治療』だってするんだし……アリアさん? 何してるの?」

 

 上機嫌に布団カタツムリを支持するアリアに、流石に反対しようとして――するっと近づいたと思ったら布団の隙間に潜り込んで、奴と並んで首だけ出してニコニコしているアリアと眼が合った。

 

「にぃちゃんが出て来ないなら、ボクが布団に入ればいい。これで万事解決だね」

 

 いや、そうはならんやろ。と、オレと相棒の声が重なった。

 困惑しているカタツムリ1号とご満悦の2号をどうにかして人間に戻そうと、其々の手を掴んで引っ張る。

 

「馬鹿な事言ってないで出てこいって。こんな状態で飲み食いしたらベッドが酷いことになるだろ!」

 

 そう叱りつけて二人を引きずり出そうとして。

 いーやーでーすーぅ。と子供みたいに反抗する1号(バカ)に対して、2号(アリア)が至極不思議そうに述べた言葉に、オレはピタリと動きを止める事になった。

 

「汚れはいつも通り、後で浄化魔法で一発だし――レティシアも入ればよくない?」

 

 ………………。

 ――一分後。

 

 2号(アリア)3号(オレ)に挟まれ、1号(あいぼう)はなぁにこれぇ……と益々困惑した表情で首を傾げていた。

 

「いいからもっと詰めるぞ。普通に入ってると流石に狭いし」

「うん。にぃちゃん、くっつくから枕避けちゃっていい?」

 

 三人だと、密着しないと身体が布団からはみ出てしまう。

 それではカタツムリとは言えないので、オレ達はしっかりと左右から奴を挟み込むと一つの布団に包まった。

 ムフー、と鼻息を漏らして満足気なアリアに、オレも悪い気はせずに頷く。

 

「うん。これで万事解決だな」

 

 いっこも解決してないんですがそれは。と呆然と呟く相棒の頬に、なんだよーお前が出てこないのが悪いんだろーとグリグリと頭を押し付けてやると、奴は嘆息して分かった分かった、降参します。なんてボヤいて布団から出ようとする。

 

 おい、なんで勝手に出ようとしてるんだよ。折角作った三位一体の布団ツムリが崩れるだろ。

 すかさず、オレとアリアが這い出ようとした相棒の足を片方ずつ蟹挟みで拘束して引きずり戻した。

 さっきと言ってること逆ゥ! ワケが分からないよ! と喚きながら布団に再び収まった奴を間に挟んで、オレとアリアは顔を見合わせて笑いをこらえる。

 まるで修学旅行で就寝時間になっても、布団の中で悪ふざけをしている学生になった気分で、これはこれで悪くないな。

 

「まぁ、いいだろ。たまにはこんな感じでもさ」

 

 どういう状況なのこれ……なんてブツクサ言ってる奴に杯を手渡し、持ってきた酒の封を切ると、一つの布団に包まったまま、オレ達はちょっと狭いけど奇妙に心地良く、あったかい酒盛りを開始した。

 

 

 

 

 

 ――さて、楽しい時間を満喫して、いい具合に場があったまってきた処で、今宵のメインがやってきた。

 

 最初こそ狭い布団の中での酒盛りに、狭苦しそうにしていた相棒だったが、上物の蒸留酒や今回の為に揃えた肴に徐々に機嫌を良くし、俺、明日からは外にでる。普通の生活サイクルに戻るわ、と脱引き籠り宣言して霊薬を呷って眠りについた。

 

 ドラゴンの肝を筆頭に、大型魔亀の首の乾燥肉、蛇竜の血合い肉等、普通に食ったら相当な枚数の金貨が吹っ飛ぶ様なつまみを出してやったからな。すげーすげー言いながら喜んで食ってたので、普段ロクに使いもしない貯金を、ここぞとばかりに放出した甲斐もあったってものだ。

 後半になるとアリアを胡座の上に乗せてハイテンションでガバガバ飲んで居たので、『治療』が済んだあとはアルコールを解毒しておいてやらないとな。

 

「よし、こんなもんか」

 

 机の上で香を焚いて、寝床に大の字にひっくり返った相棒の顔を覗き込む。

 来たときは死んだ魚みたいな目付きだったのでちょっと心配したが、今は気持ち良さそうに高鼾をかいて寝ているのでひと安心だ。

 

「ほ、ほんとにやるの……?」

 

 アリアが落ち着かない様子で、俺と奴を交互に見比べてはせわしなく手を組み替える。

 

「落ち着けって、やることはいつもの『治療』とそう変わらないだろ。ただ――ちょっとだけ最後に剥ぎ取る服が一枚増えるだけだ」

 

 それも後で戻すしな、と続けるとアリアは「うん…うん…」と緊張を隠せないまま、何度も頷いては自身を落ち着かせようとしていた。

 さて、先ずはいつも通りに奴の寝巻きを取っ払う。

 麻で織られた黒い上下の簡素なシャツとズボンを引っぺがすと、鍛え上げられた傷痕だらけの肉体が露になる。

 

「……当たり前だけど、相変わらず傷だらけだな」

 

 思わず、呟く。

 聖女という癒しにかけては世界最高峰の存在の側にいる癖に、治りきらない傷痕がこんなに残るような無茶を延々繰り返しやがって。この馬鹿野郎め。

 何度見ても、いや、見る度に胸の奥がキュッっとなるような痛みと――その殆どがオレ達の為に戦って出来た物だという倒錯的とすら言える歓びが湧き上がり、その感情に押される様、そっと胸板の傷に手を這わせる。

 

 視界が狭まり、何時もの様に目の前の馬鹿しか見えなくなる。

 息が上がって、奇妙に呼吸がしづらい。

 腹の下に溜まった熱を吐き出すように、吐息を吐き出しながら、オレの、オレだけの、相棒(ヒーロー)の、傷痕に、唇を、近づけ――。

 

「あのー、レティシア?」

 

 ………………ハッ!?

 

 呆れたような――いや、実際に呆れているのであろうアリアの声に、我に返る。

 

「あ、あぶねぇ……つい今回の趣旨を忘れる処だった……」

 

 名残惜しさを押し殺して慌てて身を離し、額に浮いた汗を拭いながら呟くオレに、アリアの冷たい視線が容赦なく刺さる。

 

「そっちの発案の為に、ボクがめちゃくちゃ我慢してる目の前で、いつも通りにお楽しみを始めようとされるとは思わなかった」

「わ、悪い……つい、さ……」

「……今回は止めておいたら? 別に今日じゃなくても……」

「……いや! このままいくぞ。今日出来ないなら、どのみちずっとオレはこいつのパンツを下ろせない気がする」

 

 決然とした表情でいう事かなぁ……とアリアが遠い目をして言っているが、それは努めて無視して、オレはついに奴の纏った最後の一枚に手を伸ばす。

 指先が触れるか触れないか、という近さで手が止まり……緊張と……おそらくは期待で鼓動が早くなった。

 アリアの茶々も止まり、代わりに何処と無く荒い息づかいが聞こえてくる。果たして(あに)(おとうと)、どちらのものだろうか。

 ごくり、と。どちらかの、或いは姉妹(きょうだい)同時に喉が鳴り、震えた指先が相棒の腰回りの布地と素肌の間に、滑り込んで――。

 

 

 

 

 

 しゃきーん。

 

 

 

 

 

 そんな、どこか間の抜けた音と共に。

 寝こける奴の腰を覆う様に、黒塗りの鋼が展開され、隙間なく腰回りを覆った。

 

 ――ってこれあの鎧の腰部装甲じゃねぇか!

 

 思わず馬鹿の顔を凝視するが、相変わらず奴は気持ち良さそうに爆睡したままだ。太平楽な寝顔は、なんなら鼻提灯すら膨らませそうなくらいだった。

 

「……はぁぁぁぁぁぁぁっ!? なんで勝手に起動してんだよこの呪物(こいつ)!?」

 

 まさにこれから、という瞬間に目的の光景を遮られ、思わず立ち上がって怒声を上げる。

 どういう事だよ! このムカつく鎧は最悪に性質(タチ)の悪い呪いの武装ではあるけど、持ち主の意思を完全に離れた動作なんてした事なかった筈だぞ!?

 

 (おとうと)を振り返って見るものの、アリアも完全に予想外だったのか、目を見開いて口をパクパクと開いては閉じてを繰り返している。

 再び視線を相棒の下腹に戻すと、普段は闇を飲み込んだ様な光を映さない装甲が、キラリと反射して光ったように見えた。

 

「こ……こんっのクソ鎧! 上等だ、聖女舐めんなよ! どっちがコイツの相棒か思い知らせてやる!」

 

 原理や理由は解らないが、今のクソ鎧は明らかに持ち主の手を離れて自律起動している。

 だが、本来は存在する機能では無いんだろう。装甲こそ展開しているが、魔力導線が一切励起して無いのがその証拠だ。

 魔力の通ってない呪いの魔装なんぞ、ただの薄っぺらい皮鎧と変わらない。

 

 オレは装甲に手を翳すと魔力を走らせ、一瞬で展開部分を解呪してやった。

 ハッ、脆いもんだなぁ! お邪魔虫は引っ込んでろってんだ!

 そのまま強化した指先で、無造作に力を失った装甲を引き剥がしてやる。

 

 しゃきーん。

 

 剥がした瞬間に新しい装甲が生えた。

 

「……………………」

 

 解呪して、剥がす。

 

 しゃきーん。

 

 装甲が生える。

 

 解呪する。剥がす。

 

 しゃきーん。

 

 ……解呪。

 

 しゃきーん。

 

「アリアァ! ちょっと手伝え! こいつこの馬鹿から完全に引っぺがして鋳潰してやる!!」

 

 ブチ切れたオレは、この際本気で完全解呪してやろうとアリアへと協力を求めて振り返って――

 

「あの……アリアさん?」

「ん? なに、レティシア」

 

 いそいそと相棒に布団をかけて、その隣に潜り込んでる(おとうと)に、怒りも忘れて問いかけた。

 

「……なんで寝る態勢に入ってるのかな?」

「なんでって……今回は無理そうだし、もういいかなって」

 

 いや、早いよ! あきらめんなよ! まだ決着は付いてねーって!

 食い下がるオレに、アリアは欠伸をしながらゆるゆると首を横に振った。

 

「無理だってば。その……えーと、鎧ちゃん? でいいのかな。レティシアの持ってきた希少食材とか霊薬に含まれた魔力使って装甲展開してるよ?」

「ンなっ……!」

 

 慌てて魔力を走らせて相棒の身体を精査してみると、確かに。装甲の魔力供給源は奴の胃の辺り――つまり飲み食いした魔力を含有する飲食物から直接接種しているって事だ。

 今回、精力の付く一級の希少食材を厳選したのが仇になった。これではさっきの攻防を何回繰り返せばいいのか分からないし、下手に尽きるまで解呪すれば、霊薬の効果も薄まる上に、コイツが眼を覚ましてしまう。

 一言でいって、詰みだった。

 

「ば、馬鹿な……オレは負けるっていうのか……こんな無機物なんかに……」

 

 認めがたい敗北に、がっくりと膝をついて項垂れていると、アリアが熟睡を続ける相棒にぴったりとへばり付いて、ほんわかした笑みを浮かべて慰めてくる。

 

「仕方ないって、今回は諦めようよ。たまにはくっついて普通に寝るのも良いし――明日は一日、一緒にお出掛けするし、早寝早起きはボク的には大歓迎かな」

 

 ゑっ?

 

 聞き捨てなら無い言葉に、思わず項垂れていた顔を上げた。

 

「お出掛け……って、コイツとか?」

「うん。この間、にぃちゃんが外に出てもいい気分になったら、真っ先に一緒に遊びに行こうって約束したんだ」

 

 だから、外に出るって言ってた明日、一緒に街に行くと思う。と上機嫌に笑うアリアに呆然とするオレ。

 

「……え、いつの間に?」

「レティシア、酒保で精力剤みたいなおツマミを確保しようと躍起になってたじゃん。その間に」

 

 なん…だと……!?

 オレが今日に向けての準備に奔走している間に、アリアはちゃっかり相棒との一日デートの約束を取り付けていたらしい。

 ぬ、抜け目ねぇ……アリア、恐ろしい子っ……!

 

「そんな訳だからさ、もう今日は普通に寝ちゃおうよ。充分楽しかったし」

「…………そうですね……」

 

 二重に打ちのめされた気分になって、オレはのろのろと立ち上がると、静かにアリアの反対側の相棒の隣へと身を横たえる。

 せめてもの仕返しのつもりで、呑気に寝息を立てている奴の首に手を回して、かじりつく様にしてぴったりとくっついた。

 そんな(オレ)のささやかな反撃に、(アリア)は苦笑いして。

 

「それじゃ、おやすみ。にぃちゃん、レティシア」

「あぁ……おやすみ」

 

 なんだか何時もよりしょっぱい気分になりながらも、オレは抱きついた暖かさをより強く感じるべく、眼を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しゃきーん。

 

「……おい、なんで今わざわざ展開し直した? おちょくってんだろ、馬鹿にしてんだろこのクソ鎧!!」

 

「レティシア、うるさい」

 

 

 

 

 

 

 

 






ぽんこつ聖女さま

策を打ち、味方を作り、準備を整え、いざ向かわん。
全ては惚れた男のパンツの中身を覗くため。
そんな望みという名の企みは、儚く粉砕され、味方だと思っていた妹はちゃっかりデートの予定を組んでいた。
半べそかいて男の隣で不貞寝する。
でも多分懲りて無いし、諦めてない。そういうトコやぞお前。


ぽんこつじゃない方の聖女さま

かわいい。
けど意外と抜け目無いイイ性格をしてる部分もある。
デートがとっても楽しみです。


鎧ちゃん

しゃきーん。





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