俺氏、ループ系TS聖女様をいつの間にかメス堕ちさせていた模様   作:弐目

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界樹編……終了……!
我ながら、書き終わったが課題の多く残った章だった……。





聖者(笑)宣言する

 

 

 

 よーし、終わり! 全部済んだし一回拠点に戻るぞー!

 

 取り敢えず、勢いで誤魔化せないか試してみよう。

 

 そんな風に思い至った俺は、両手を上にあげてパンパンと打ち鳴らしながら、解散かいさ~んと殊の外軽い口調で言ってみた。

 掌を打ち鳴らした際に零れた光の粒子を吸った足元の花が、更にニョキニョキと伸びて美しい大輪の花を咲かせてるのは努めて見ないフリをして、サルビア達を半ば強引に立たせ、膝に付いた泥を軽く払ってやる。

 

「ま、待ってください、聖者様がそのような事をなさらなくても――」

 

 いーからいーから……ほんっとにいいから(真顔

 話があるなら拠点に帰ってから聞くから。先ずは帰ろう、なっ?

 

 戸惑うサルビアの背を押し、他の面子にもおーし帰るぞー、おまえらー、と声を掛けながら凄まじい勢いでぶっ刺さる大量の視線を無視して、撤収の準備を進めた。

 

「強引だなぁ……にぃちゃんが何考えてるのか想像が付くけど、無駄だと思うよ?」

 

 え、何? 聞こえない。ワタシ、ニホンジン。イセカイゴ、フナレネ(唐突

 一緒に戦った開明派のエルフ達は俺の言う事をめちゃくちゃ素直に受け入れて帰り支度を始め、他の皆も苦笑したり顔を見合わせて肩を竦めたりはするが、拠点に帰還する事に否は無いみたいだった。

 

 つい先程やってきた大人数のエルフ達に比べれば十分の一以下の人数ではあるが、俺達はゾロゾロと連れ立って移動し、保守派の集団を迂回するようにやや遠回りに入口へと向かう。

 とはいえ、連中は入口近くで纏めて石化の呪いを受けたみたいに固まってるので、出入りする為にはどうしても擦れ違う距離になる。

 そのまま固まってて、出来ればあと一時間くらい! なんて考えながら、皆の陰にきもち隠れる様にコソコソと足音を殺して入口に近づくが……やはり無理があったのか、どうも硬直が融けた様で慌てて声が掛けられた。

 

「……ま、待て。いや、お待ち下され、聖者よ」

 

 呼んどるぞ、シア。

 

「いや、どう考えてもお前の事だろ。というか、そんなに派手に光っておいてなんで誤魔化せると思ったんだよ」

 

 ですよねー……分かってたよ糞ァ!

 俺の歩いた足跡だけすげー分かりやすくなってるしよぉ! なんだよこれシシ〇ミ様のお散歩跡かよ! しかも枯れないで育ちっぱなしの!

 くそっ、やはり鎧ちゃんを解除すべきだったのか……! だが、大事な相棒がちょっと息苦しそうそうにしているというのに、それを無視できるだろうか? いや出来ない(断言

 

「……相変わらず、自分の相棒にはすんごい甘いよね、にぃちゃん」

「待てアリア。相棒はオレな? あれは武装。ルール適用外」

「……肉体を傷つけずに魂に宿った呪物だけを斬れる技ってないのかしら」

 

 サラっと言う隊長ちゃんが怖い。どうしよう、可愛い癒し担当だった後輩の子を怖く感じる回数が最近とみに増えている件。

 出来る事なら保守派の連中には視線を向けないで、三人のやり取りをずっと見ていたかったが……一度歩みを止めてしまった以上、無視するのも不自然だ。仕方なしに俺は声の主――コニファの方へと、首だけを向ける。

 

 ……なんか用ですかね? 一仕事終えたし、さっさと帰って飯食って寝たいんですけど。

 

 殆ど敵対行為みたいな言動を繰り返してきた相手だ。煽り抜きで接するとなると、どうやったってつっけんどんな対応になるのは仕方ないと思うんだ。

 別に高圧的だったり、露骨に敵意をみせたりした訳では無いんだが……隔意だけは伝わったのか。

 先ずは隣の男が躊躇なく跪き、彼女もハッとした表情で思い出した様に膝を折って地につけ、両の手を組み合わせた。

 長老の二人が跪いた事で、他のエルフ達も弾かれた様に平伏し、「聖者様……!」とか言いながら祈り始める。平伏てオイ(白目

 コニファの側仕えなのか、初見や拉致られたときにも見た何人かの顔色は、蒼褪めるを通り越して死人みたいな事になってる。

 まぁ、武器突きつけたり、囲んでボロ屋に追い立てた奴がなんかエラい人だったー、とか、とんだ後出しではあるよね。自業自得なので同情とかは全くしないが。

 

「……聖地に降臨なされた事、真に喜ばしく思う――界樹の浄化も貴方によって為されたと思って良いのであろうか?」

 

 老年のエルフの言葉に、俺は見りゃ分かるだろ、と言わんばかりに投げやりに肩をすくめてみせた。

 文字通り、天まで届くような女神様パワーをばんばか使いまくってたからね。離れた処からなら最初の光の柱も見えただろうし、見える場所に居なくとも、エルフなら大森林の何処にいたって感じ取る事ができただろう。

 質問に関しては半分だけイエスね。俺だけじゃなくて此処に居る全員でやった事だから。()()ね、ここ大事よ。

 俺ごと排除しようとしていた《虎嵐》やトニーも浄化に貢献してるんやぞ、と暗に言ってやったつもりだったんだけど、コニファは微かに安堵した様に吐息を洩らし、深く頭を下げた。

 

「御身の手助けを、我らの同胞が為したというのならば幸いだ――我が孫、リリィが貴方に導かれ、界樹を癒す一助と成った事、氏族の誇りとしよう」

 

 違う、そうじゃない。

 何この……何? 話が通じてるようで通じないこのモヤっとした感じ。

 昨日までは保守派からは口も利きたくねぇ、視界にも入れたくねぇ! って感じでそもそもコミュが断絶してたんだが……会話が出来るようになったらなったで、意思疎通が成り立ってない感が酷い。

 

 ……シアとリアは連日()()に晒されてたのかぁ……そらフラストレーション溜まるわなぁ……。

 

 そもそも、ちょっと前まで穢れ者扱いしてた人間に対して態度変わり過ぎじゃない? 大丈夫? 手首についたモーター悲鳴あげてない? くるくる回し過ぎておててポロっと取れない?

 流石に数日前に排除しようとした人間のツラすら覚えてない、と言う事は無かったのか、初めて見る此方の顔色を伺う様な態度で、コニファは遠慮がちに切り出した。

 

「……貴方が女神に寵を受けた存在であると、改めて郷の者達に周知させよう。他の長老衆にも拝する機会を与えてもらえぬだろうか? 以降の暮らしも、聖者に相応しき住まいを手配せねばならぬ故、面通しをして頂きたいのだ」

 

 ……聞き違いかなぁ? 俺が大森林に永住するみたいに聞こえるんですけど。

 長老衆の二人から、お天道様は東から昇って西に沈むじゃろ? みたいな当たり前の事を言われたみたいに、凄い不思議そうな顔で見返された。マジで言ってんのかよ。

 もう色々と呆れが過ぎて絶句してると、シアがちょいちょいと俺の腕をつつき、小声で伝えて来る。

 

(……会話が出来るようになったからって、通じる相手じゃないって体感出来ただろ?)

 

 うん。傍から見てるより直接相手すると徒労感が凄いなコレ。普通にストレスだわ。

 

(なら、分かってんだろ? このまま話を続けたって無意味だぞ――折角相手がこっちを上位者として見てるんだから、ガツンといけよ)

 

 えぇ……連中の言う、聖者様ムーヴをしろって? それはそれで食い付きが良くなりそうで怖いんですけど。

 

(それこそ、後の事はサルビア達に任せりゃ良いだろ。要請のあった界樹の除染自体はもう終わってるんだし)

 

 ……そのサルビア達から向けられる目も怖い事になりそうなんだが……シアの言う事には一理も二理もある。

 この際、この場限りのつもりでかましてやった方がいいのかもしれん。ついでに、明確に開明派の肩を持つ発言をしてやりゃ、サルビア達も後々動きやすくなるやろ。

 その後はお任せで。丸投げというつもりはない、元よりエルフ達の問題だ。あとは当人達でなんとかして、どうぞ。

 

 ――おし、一丁やるか。

 

 相変わらず全身に纏っている黄金の聖気を更に分かりやすく解放すると、俺は仁王立ちでふんぞり返る。

 間近でそれを浴びたエルフ達が感嘆やら感激の声を上げて、更に祈りを深くするのを見てなんとも言えない気分になるが……それを押し殺して声を張り上げた。

 

 はい、ちゅーもく! 顔を上げましょう!

 

 跪いた全員が顔を上げたのを確認すると、咳払い一つ。

 

 先ず、大きな問題となっていた界樹の異変と除染・浄化についてだけど、これは見ての通り。後ろにいるサルビア率いる開明派のエルフ達と、俺の仲間達が協力して解決しました!

 

 騒めきは長老二人が率いて来たエルフの戦士達からだ。シアの本気モードは多くの者達が知る事となった筈なんだが、それでも外界の人類種が自分達がどうにも出来なかった難治を片付けた、というのは、にわかには信じ難いみたいだった。

 それでも、聖者様の言う事ならば……といった感じで信じる空気になってるのが怖い。どういう眼で俺を見てんのアンタら。

 

 えー、その際、俺は女神様と交信的なものを行うことになり……御当人から浄化の為の聖気と、頼まれ事を一つ、託されました!

 

 元より大戦時は戦場で暴れるか、徹底的に裏に潜る方向でばっかり動いてたので、大勢相手に演説じみた真似なんてしたことが無い。それこそ、日本に居た頃に学校のイベントでくじ引きで負け、登壇させられたとき以来だ。変な汗出てきそう。

 邪神の信奉者や眷属殴ってる方が楽やなぁ、とか思いつつも、頑張って頭カチコチ天狗鼻のエルフさん達に噛んで含める様に説明を続ける。

 

 俺が女神様と直接話した、という時点で「おぉ、やはり……」だの「我らの森に聖者様が……」だの、歓びの声がざわざわと漏れるが……長老たちを筆頭に、脳内で都合よく未来を夢想していたらしき保守派のエルフ達は、次の俺の言葉で絶句する事となった。

 

 

 

『なるべく離れた土地に埋めること』そう言われて託された物がこちら――新 た な 界 樹 の 種 になっておりまーす!

 

 

 

 演説というより通販の商品説明みたいな喋りになったが……俺の話し方なんぞより語られた内容の方が遥かに重要だったのか、全員の眼がこぼれ落ちそうな程に見開かれ、顎も外れそうなくらいに口をカパっと開く。

 

 ババーン! と効果音すら付きそうな感じで俺が掲げたのは――宣言した通り、界樹の種だ。

 受け取った直後は発光がキツくて光の塊にしか見えなかったが、後で確認したら光も収まり、分厚い殻に包まれた種がポーチにデデンと鎮座していなすった。

 

 サイズ的には握り拳よりやや大きい、といった中々にビックサイズ。もとから膨大な聖気を押し固めた様な魔力を放っていたソレは、ポーチにしまってる間に俺が放出した聖性も存分に浴び、吸収したのか、黄金の燐光を纏って実に神々しい。

 今の俺の姿も似たようなもんだという突っ込みはしてはいけない。やめて(懇願

 

 全員が絶句したせいで、場が静まり返る。

 五秒経ち、十秒経ち……十六を数えた辺りで一斉に驚愕にまみれた悲鳴が上がった。

 

 ちなみに叫び声は後ろの身内や開明派からも上がっている。『そういうことは先に言っておけ』だって。

 しゃーないやん、帰りに道すがら説明しようと思ってたんや。保守派とエンカウントするのが思ったより早かったのよ。

 

 サルビア達も大概驚愕しているみたいだが……保守派はその比では無いのか、顔を見合わせて呆然としたり、頭を抱えて女神様に祈りだしたり、なんかしらんが泣き声っぽいものまで聞こえる。

 端的にいって阿鼻叫喚というやつだった。なにこれ酷い。

 

「お、お待ちを、どうかお待ちを聖者よ! まこと……まことにその聖遺物は界樹の種であるのか……!?」

 

 跪いたままではあるが、必死な形相でじりじりとにじり寄ってくる老年のエルフ。目が血走ってるぞ、ロートこどもソ〇ト使う? いや持って無いけど。

 俺に聞くまでも無いやろ、他に何にみえるっちゅーねん。 こんなエグい聖気溜め込んでる植物の種が界樹と関わりないとか、逆にアンタらにとって不味くない?

 サルビアのものらしき「ソレ絞首台か断頭台の違いィ!!」という背後からの悲鳴は聞こえないフリをしつつ、でっかい種を両掌の間で手遊びさせながら保守派エルフ達の狂騒を眺めていると。

 

「……聖者よ、お聞きしたい。その種を我らの聖地で育むことは出来ぬであろうか!?」

 

 ご尊顔を悲壮さすら滲ませた様子で歪ませるコニファが問いかけて来るが……知らんがな。

 そもそも女神様が離れた場所にして欲しいって言っとるんやぞ。界樹自体が世界に力を巡らせるための中継点っぽいし、近場に二本あっても意味ねーっつうの。

 

「――ッ、女神と貴方との取り決めに口を挟む等、許されざる不敬……だが、伏してお願い申し上げる! どうか、どうか新たなる界樹を育む大任、永く聖地を守護してきた我らに命じて頂きたい……!」

「遠き外界にエルフの郷があるとは限りませぬ、どうかこの地に新しき恩寵を賜る事を御許し頂きたい!」

 

 コニファと老年のエルフ――長老二人が口々に言い募るが……話聞いてた? (コレ)に関してはエルフの都合とか関係無いの。ぶっちゃけこの場で教えた事だってサルビア――開明派のエルフ達に対する義理立て以外の意味は無いし。

 寧ろ保守派(アンタら)だけなら相手もしないでさっさと家に帰ってた迄あるわ。

 どうやら、界樹が唯一無二の存在で無くなる、というのは俺が思う以上に彼らの根幹を揺るがす大事件の様だ。だからと言って配慮だのなんだのしてやる必要性は微塵も感じないが。

 

 ……言っても無駄なんだろうけどさ、これを機に変な自尊心は捨てて、外界に眼を向けてみたら? どんなに糞だと思ってた世界にだって――実際に視てみりゃ生き方を変えるような光景(モン)があったりするのよ。これ経験談ね。

 

 ちらりと、後ろの金銀姉妹(ブラザーズ)を見ながら、らしくも無く説教を垂れてしまった。

 というか、サルビアなんてまさにそんな体験をした良い例っぽいし。又聞きではあるが、件の恩人とやらについて知る機会がやってくると良いね。

 

 さて、言いたい事というか、告げるべき事というか。

 大体は言い終えた気がするので、そろそろ話を切り上げるとする。

 当初の予定みたいに、聖者様とやらムーヴを決めてガツンとかます、なんてのはどうにも性に合わず、上手く行ったとは言い難いが。

 

 案の定、俺の拙い説教なんぞ馬耳東風とばかりに聞き流され、捩じれた種族愛の下、尚も界樹の種の所在について主張する保守派のエルフ達。

 いい加減相手にするのも面倒になった俺は、開明派のエルフ以外とはこれ以上話をしない、とばっさりぶった斬り、ある意味では哀れとすらいえる連中の哀願の言葉から背を向けて歩き出す。

 

 ……俺に対する態度が翻ったからといって、『視た』彼らの在り方が変わる訳じゃない。

 それが悲しい、なんていうセンチメンタルな神経は持ってない。

 ただ、もう見てて疲れる。その一言に尽きた。

 

 いっそ最初の塩対応の方が、『視て』感じる残念なイメージと乖離する事が少なくてまだマシだった。

 ……好感を抱けない相手から過剰な敬意を向けられるってこんなにしんどいんやなぁ。一つ勉強になったわ(白目

 

「……お疲れ、まぁ、なんだ。今日は帰って飯くって寝ちまおうぜ?」

 

 心から同意できるシアの言葉に頷きながら、俺達は連れ立って魔法によって拓かれたままの出入り口を潜り。

 ――界樹の聳える広場の直ぐ外で様子を伺っていたらしき、足止め役を務めていた開明派のエルフ達の跪いた姿に白目を剥く羽目になった。

 

 oh……。

 

 時間稼ぎに徹して、危なくなりそうなら通してしまって構わない。

 そう提案したのは俺達だし、見た感じ、大きな怪我をしてる者もいないのできちんと言葉通りに仕事をこなしてくれたみたいだ。

 ――が、考えてみれば、彼らだってこの地に住まうエルフだ。御神木のある場所で天まで伸びるような聖気がぶっぱされたら、そりゃぁ気になるよね。

 事の次第を確認する為――それと俺達が保守派連中に突っかかられたら割って入る為に、俺達を追う保守派の後を更に追う、という形でやって来たのだろう。

 ……で、さっきまでの俺と長老二人のやり取りを見ちゃったって感じかぁ……。

 

 大名行列かよ、勘弁してくれ。

 

 そんな胸中を言葉にする事も出来ずに、引き攣った顔のまま、道端の左右に伏せて祈りを捧げてくるエルフ達の間を進む。

 無言で背を伸ばし、頭を撫でて来るリアに少しだけ癒されて。

 拠点じゃなくて、はよ聖都に帰りたい。そんな切実な想いを抱いたまま、通って来た深い森を引き返す道を、歩きだしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 界樹の浄化が完了してから数日。

 オレ達は、漸く大森林を出立して其々の国に帰還すべく、準備を進めていた。

 

 いや本当の処、もっと早く帰る予定だったのだ。

 こうまで予定がずれ込んだのは、言うまでもなく相棒が主な原因である。

 

 とはいえ、本人に非がある訳じゃないし、元凶みたいにいうのはちょっと可哀想な気もするけど。

 少し前までは連日、オレやアリアに接触を持とうとしてきた保守派ではあったが、ここ数日の相棒へのアプローチはその比じゃなかった。

 まず、やってくるのが長老衆の親族だの一族じゃなくて長老達本人だからな。

 長老衆の中では一番年若く、保有魔力も高いコニファが連中の顔として動く事が主で、他の奴らは郷の中央区から動くことは殆ど無い、とサルビアから聞いていたのだが……。

 まぁ、来るわ来るわ。日も置かずに入れ代わり立ち代わり、"是非とも聖者様にお会いしたい"だの例の"種"についてなんだのと、実にマメに来訪してくる。

 コニファが特別に若いというだけであって、他のメンバーは齢を重ねた老年のエルフ達で構成されている。

 わざわざ訪ねて来た老人を速攻で叩きだすというのも躊躇われたのか、下手に断って集団で押しかけられるのを嫌がったのか、取り敢えず顔合わせだけはしたんだよ。言動はどいつもこいつも、コニファに輪をかけたような酷さだったので後悔先に立たずといった様子だったけどさ。

 この数日で顔すら知ることの無かった長老衆ほぼ全員と会った気がするな。別に嬉しい出会いでもなんでもなかったけど。

 

 それだけエルフにとって『始原の聖者』とやらが重要な存在だという事だろう。

 彼らの閉鎖的な性質も相まって、エルフ達の神話や逸話というのは殆ど知られていない。

 此処に来る前に、事前情報を仕入れておこうと大聖殿の書庫を漁ってもロクなモノが出てこなかった、という時点でその知名度の低さが分かると言うものである。

 

 書庫で知れたのは、後に界樹と呼ばれる事になる若木の枝へと降臨した神様が腰を下ろした際、その場に立ち会い、加護を授かったエルフがいた、といった程度だった。

 ここ数日でサルビアから聞いた話によって補完した内容によると、今ほど優れた魔力や聖性を有していなかったエルフが、創造神からの祝福によって優良種たる存在とやらに生まれ変わった。

 その際に、神の手から一身に祝福を受け、それを当時のエルフ達に分け与えた、神様とエルフという種の橋渡しを担った存在。

『始原の聖者』とやらはそのように伝承される者――云わば、大森林のエルフにとっての現人神みたいな扱いなのだそうだ。

 言い伝えによれば、創造神に直接祝福を施され、天まで昇る様な輝く黄金の聖気を身に纏っていたとかなんとか……うん、あのときの相棒そのまんまだな。そりゃ言い訳無用で認定される。

 

 連日押しかけて来るのが保守派だけならいい加減、相棒の負担にしかならないから叩きだして終わりだったんだろうけど、開明派のエルフ達までキラキラした眼でアイツを一目見たいとやってくる者が後を絶たなかった。

 開明派(かれら)の場合は、控え目に、だけど抑えきれない期待を堪えてるような表情で『会えないか、会って一言だけでも言葉を交わせないか?』と丁寧に頼み込んでくるので、なんだかんだいって相棒も断り辛かったみたいだ。

 子供連れて来るのは反則やろ……とかブツブツ言いながら、結局は親子連れでやってきた小さな子供達の頭を撫でていた馬鹿たれを、アリアやミヤコはニコニコして眺めていたっけ。

 表向きは文句を言いながらも、なんだかんだいってサルビア達には肩入れしてるんだよな。決定権はあくまでオレ達にってスタンスではあるけど。

 

 とはいえ、相棒だけが帰国が遅れた理由じゃない。

 

 まずは魔族領の夫妻。

 彼らは、リリィをなんとかして引き取るべくあれこれと交渉を試みてるようだが、やはり結果は芳しくないようで。

 相棒に会いにやってくる長老達と、直談判できる機会を狙って色々と動き回っているみたいだ。

 聖者様扱いされてる当人から、それとなく長老達に催促してやろうか? と何度も聞かれていたけど今の処は二人とも首を縦に振っていない。

 ただでさえ相棒の置かれた状況を半ば利用してるような形なのに、この上『娘』を迎え入れる為の労苦まで押し付ける訳には行かない、というのが夫婦の言だ。

 どう考えてもリリィは彼らに引き取られた方が良い、というのがオレ達全員の総意なので、本当に帰る直前になったらシグジリア達がなんと言おうが相棒が長老衆に意見を捻じ込む事だろう。

 サルビアも色々と手助けしているみたいだし、うまい形に軟着陸してくれる事を祈るばかりだ。

 

 そしてオレ――と、アリアとミヤコ。

 この面子に関しては、《虎嵐》とシグジリアみたいな真面目さというか、深刻な理由は無いというか……。

 ……えぇい、正直に言うぞ。

 相棒が、かわいい。

 ……仕方ないだろ、他に言い様が無いんだよ!

 

 慣れない偉人扱いで色々と気疲れしている上に、最低限に絞っているとはいえ、面倒な保守派(れんちゅう)の応対までしているせいか、奴は今、見た事がないレベルでげっそりした顔をしている。

 それだけなら、ただ心配なだけだ。ここに滞在してるのが理由なんだから、諸々全部放り投げて、引き摺ってでもさっさと帰るだけの話である。

 でも相棒は、自分で削れたメンタルを癒す方法を編み出した。

 いや、何も特別な事はしていないんだ。

 ただ、気が付くとオレ達をじーっと見てる。

 あぁ~、癒されるんじゃぁ~、なんて声が聞こえてきそうな、何時もの目付きの悪さを何処かに置いてきたかのようなホニャっとした表情で、ずーっと此方を見てるのだ。

 見つめていた相手が、席を立ったり移動して視界から消えてしまうと、途端に捨てられたワンコみたいに、しょぼくれた様子で項垂れる。

 

 なんだよコレは。新感覚……!

 これは……なんというか駄目だ。見てると押し倒して頬ずりしたくなる謎の吸引力がある。

 一日中膝枕して延々おしゃべりしていたい、とアリアも真顔で言っていた。オレもミヤコも同意しか無い。

 相棒の行動に気付いてからは、オレ達の行動は早かった。

 三人でローテーションを組み、大体半日くらいの回転でそれとなくあいつの側に張り付いていられるように立ち回る。

 注視する対象は、一緒に来た仲間達や、サルビア達開明派でも良いみたいだが……近くにいれば自然と相棒の視線を独り占めできる様になるので、オレ達は固い結束の下、半日ずつ非常に素晴らしい時間を味わい尽くす事に全力を尽くした。

 

 一番重症なのはアリアだ。

 

「あぁ……ボク、なんか変な趣味に目覚めそう……」

 

 交代の時間になると、名残惜しそうにしながらも、恍惚とした表情で如何に『にぃちゃんが可愛かった』のかを力説する(おとうと)の表情は、幼さの残る容姿には不釣り合いな程に艶っぽかった。

 わざと視界から外れてみたり、アリアにしては少し意地の悪い行動が多かった様に思えたが……そのときの相棒の様子をうっとりと眺めていたのは気のせいじゃなかったのか……。

 どうやら我が(おとうと)は危うく業の深い性癖に開眼しかけたらしい。アイツがショックで寝込みかねないからやめておけって。

 

 一方、ミヤコは今の状況を利用するみたいな行為に後ろめたさを感じているらしく。

 

「先輩に負担が掛かってるのは事実なんだから、やっぱり早く帰った方がいいんじゃ……」

 

 なーんて生真面目な事を言っていた。

 でも、それも自分のローテが回ってくるまでの話だ。

 日も落ちて来た時間、ログハウスの大広間で二人きりで話し込む事になったミヤコは、ずっと相棒に見つめられたまま、結局夜通しお喋りする事になったらしい。

 

「先輩とお話していれば、あと三徹くらいは出来ると思うの」

 

 最初の意見は何処へやら、眼の下にうっすらと隈が出来てる癖に、徹夜のテンションというだけでは説明の付かない満ち足りた表情でポンコツな事を言っていた。

 

「隊長を三徹させたとか副長に知られたら、旦那がシバかれるッスよ。つーか自分まで巻き添えで怒られるんで寝て下さい。今すぐ」

 

 皆揃っての朝食の後に、手隙の時間を使って広間の卓で報告書を書いていたトニーの言である。

 

 オレに関しては言うまでもない。

 浄化作業を行っていた時に相棒の『枷』を励起させる為にしたことを、忘れる筈も無いのだ。

 思い出すだけで手足をバタバタさせたくなる程に恥ずかしく。

 だけれど、当分の間は脳裏に焼き付いて離れそうにない、大切な瞬間。

 あのときの気恥ずかしさと、それを遥かに上回る喜びは、今でも仄かな熱をもって胸の奥に留まっている。

 

 アイツに関して、変な処でヘタレになっているのは、自分でも分かってた。

 だから……不意打ちみたいな形とはいえ、正面から一歩、距離を詰められた事はオレ自身が驚いてる。

 アイツの事を知らずに好き放題いう連中に腹が立ったせいか。

 何を言われても大して気にもしてないアイツに焦れったくなったのか。

 あるいは、神様にまで気に入られているらしき馬鹿野郎に、危機感を覚えたせいなのかもしれない。

 

 そんな諸々、全部含めて。

 当人であるこの馬鹿にも、その周囲を取り巻く全ての者達にも、分かりやすく行動で示してやりたくなったのだ。

 

 ミヤコと徹夜で話し込んでたせいで、眠そうにしている相棒の頬をつつき、笑いかける。

 

 お前が、オレをこの世界で生きる意味(戦う理由)にしてくれた様に。

 オレは、お前が――。

 

 今はまだ、この続きを言葉にすることも出来ないけれど。

 でも、いつか、きっと。

 

 願うのではなく、そうしてみせる、と。自分自身に強く誓って。

 取り敢えず、今は自分に廻って来たローテの半日を満喫するのだった。

 

 

 

 

 

 

「――皆さんの御蔭で、界樹も完全に復活しましたし、開明派(わたしたち)に追い風となる事柄も数多く在りました……心からの感謝を」

「気にしないでくれよ、お役に立てたのなら幸いだ。エルフ達の意識改革、上手くいけば良いな?」

 

 そして、帰還の当日。

 オレ達は、逗留中にすっかり世話になった開明派――サルビア達に見送られ、大森林の入口へとやってきていた。

 見送る側には、なんとシグジリアも混ざっている。

 結局、数日では保守派からリリィに関する譲歩を引き出す事も出来ず、嫁さんのほうだけ暫し留まり、交渉を続けるらしい。

《虎嵐》も出来る事なら残りたい様子だったが「筆頭補佐殿を早いとこ安心させてやってくれ」という嫁の言葉に従い、彼だけが帰国するみたいだ。

 

「……無理はするな、何かあれば、駆けつける」

「あぁ、逗留中は伯母上の世話になるし、そうそう妙なことにもならんさ――帰ってくるときはリリィも一緒だ、約束する」

「…………」

「そんな不安そうな顔をするなよ、私の旦那様は強い(おとこ)だろう?」

 

 今にも首に手を廻して睦言を囁きそうな距離で、夫妻が一時の別れの挨拶を交わしている。

 

 ――トニー君、お茶ある?

 

「用意してあるッスよ。冷やしてないからちと苦味が強いッスけど……まぁ丁度良いッスね……サルビアさんもどうぞ」

「ありがとうございます、レイザー殿……あー、姪の新婚空気に抉られる独身の胸の痛みに染み入るぅ……」

 

 なんで帰る側と見送る側が三人並んで茶を啜りだしてんだよ。何気に仲良しかお前ら。

 ここ数日の本人による粘り強い話し合いの御蔭で、サルビアや交流を深めたエルフ達は、表面上以前のような気安いやり取りが相棒と出来る様になったみたいだ。

 ま、それでときたま敬うというか、キラキラした瞳になったりするのは仕方ない事だろう。種族的な根っこの部分にある信仰の話だしな。

 

 リリィに関する話も、オレはそこまで心配はしていない。

 界樹の浄化を終えた次の日から、長老衆に呼び出されて連中の下へと戻ってしまったリリィではあるが、味気ない食事に戻る事と《虎嵐》達と離れること、両方に酷く落胆していたからな。

 あの手この手で撒いた感情の種は、順調に根付いている。少なくとも、都合よく保守派の思想に染め上げられる可能性はぐんと減った。

 前日に話し合った際に、心苦しいと遠慮する夫妻に対し、自分達の心情じゃなくてリリィの将来を考えろ、とピシャリと言い切った相棒が保守派に書いたらしき手紙をシグジリアに握らせていたので、いよいよともなればそれを有効活用する事だろう。

 何、本当にいざとなれば、強引に攫って来れば良いんだ。なんなら聖女と聖者が自重無しで手助けしちゃうのである。

 

 そんな風に、穏やかに別れの時間が近づいていたんだけど。

 

 

 

「……どうしても、我らの聖地へと留まっては頂けぬのか、聖者よ」

 

 最後の最後まで絡まれるのも勘弁して欲しかったのだが……やはりというかなんというか、保守派の連中もやってきた。

 一応、界樹のもとへと強行軍で移動したときの様に、こっそりと予定と段取りを立てたのにも関わらず、今度は殆ど遅れる事すらなく見送りの場所に現れる。

 

「貴方は地上唯一、女神の使徒というべき存在ですぞ……本来ならば……」

「よせ。御方には女神に託された使命があるのだ、是非もあるまいよ……出来る事ならこの地を選んで頂きたかったのは、確かではあるが」

 

 どれだけ会話しても根本的な意思疎通が出来たとはいえない連中だったが……オレ達――とりわけ、エルフにとっての偉人である相棒が、決して自分達を良い目で見てはいないという事だけは理解できたみたいだ。

 多くの護衛らしき戦士達に囲まれた老人達が、見送りにきたのかいちゃもんを付けにきたのか判断に困る会話を続けているが……これでもマシになったと思えるのが凄いよな。

 

 長老衆、と呼ばれる老人達ではあるが、周囲にイエスマンしかおらず、且つ自分達を最良・最上の種であると妄信し続けながら狭い世界で生き続けた結果なのだろうか。

 彼ら自身が、上位者あると認める相棒ですら半ば置き去りにしたまま、自分達だけで会話を廻し始める様は、永い時を生きている長命種が多く持ち合わせている、威風や切れ者の空気というやつを感じられない。

 

 ダルそうに耳の穴をほじりだした相棒を筆頭に、オレ達や開明派の者達まで「早く帰んねーかなコイツら……」みたいな目で残念な爺婆を見つめだしたときだった。

 

「……聖者よ、最早貴方の使命を止めることはすまい……だが、せめて聖地から供を付ける事を許して頂きたいのだ」

 

 老人達の井戸端会議に加わっていなかったコニファが進み出て、連れていた一人の少女の肩に手を置き、そっと前に押し出す。

 

「……お世話になります、聖者様」

 

 そういって、ペコリと頭を下げたのは――ピンクブロンドの髪を後ろに纏めた、オレ達も良く知る娘……リリィだった。

 難しい顔でリリィを見下ろしたまま、黙する相棒とは対照的に、これに強く反応したのはシグジリアである。

 

「おい、どういうことだ……! 私や伯母上が散々リリィの処遇について交渉したのに、リリィのこの扱いは……!」

「……お前達が何を言おうが、この事は長老衆の合議で決定された。覆る事など無く、氏族のはぐれ者であるお前に教える意味も無い」

「ふざけるな! 貴様自分の孫をなんだと思っている!」

 

 シグジリアの激昂も尤もだ。傍目には相棒の御機嫌取りの為の人身御供にしか見えない。

 言うまでも無く、オレ達にとっても不愉快な話だ。

 実際に引き取ってしまえば、あとはこっちで普通の従者として扱うなり、シグジリア達に預けるなりは出来るのだろうが……感情が薄いといっても、リリィは聡い子だ。どう言い繕ったところで、自分が家族である祖母から切り捨てられた・売り飛ばされたといった立ち位置に近いことを理解しているだろう。

 

 険悪な空気になってきたが、そこに相棒の静かな声が響いた。

 

 ――リリィ。

 

「はい、なんですか聖者様」

 

 ――その呼び方やめ……まぁ、それは後でいい。お前さんは俺に付いてきて何をしろと言われた?

 

「リリィは、聖者様の従者として御傍で役に立つようにと――」

 

 ――それも言われただろうが……最終的には『何』をする様に言われたのか教えてちょーだい。

 

「……困りました。御祖母様や長老様には秘密にしろと」

 

 ――それは俺が頼んでも? ……じゃぁ、聖者様お願いしちゃう。

 

 相棒とリリィの意外とテンポの噛み合う会話に、咄嗟にコニファが静止の声をあげようとしたが、それも遅かった。

 

 

 

「分かりました――リリィは、聖者様の御子を宿したあと、郷に戻ってくるように言いつけられています」

 

 

 

 空気が、凍った。

 

「どういう、ことだ」

 

 曲がりなりにも嘗ては身内であった人物へと、冷え切り、明確に敵意を滲ませた視線を向けるシグジリア。

 それに……意外と言ってよいのか、コニファは顔を歪めて目を逸らした。

 今までの言動からすると本当に意外な反応だな。少なくとも、顔を逸らした一瞬、そこにあったのは後ろめたさや――不本意そうな表情であったように見えたから。

 

「……コニファ様、今のリリィの言は聞き逃せません。あの子を道具と見做してる事も、聖者たる猟犬殿を謀ろうとした事も」

 

 姪と並んで詰め寄るサルビアの声と表情も、また硬い。

 血縁の二人に、殺意に近い意志を向けられた長老殿が、暫しの躊躇いのあとに口を開いた。

 

「……我らの、エルフの未来の為だ」

「……! この糞婆っ……!」

 

 その言葉を聞いたシグジリアが、コニファへと手を伸ばして胸倉を掴み上げた瞬間だった。

 

「黙らぬか! この愚か者が!!」

「シグジリア、元はと言えばお前がはぐれ者などにならねば、聖者に捧げる花嫁として不足無く御役目を果たせたのだぞ……!」

「然り、コニファ殿を責める前に、己の軽挙を振り返るが良い!」

 

 口々に気色ばんで叫んだのは、他の長老衆の爺婆共だった。

 リリィを捧げ物同然に扱ってる事にはなんら疑問を覚えていなくとも、聖者である相棒を騙くらかしてハニトラ染みた真似をしようとした事はマズいと思ったみたいだ。

 口早に叫ぶその姿は、なんとも見苦しく、不快ですらあった。

 

 ……使者のオレ達は置き去り気味な展開ではあるが、いい加減反吐が出る様な内容の会話を聞かされ続けるのも限界だ。いっそ手をだすか?

 ちらりと、そんな考えが頭に浮かぶ。

 他の皆を見てみれば、なんとなく近い考えであろうことが知れた。そりゃそうだ、初邂逅から終わりまで、隙無く不愉快な気分にしかさせられてないってある意味凄いぞ。

 その間にも、自分達の教えに反し、現存する大森林出身のエルフで最も強い加護を持ちながらも野良となったシグジリアへの糾弾は続く。

 

「お前ならば、より優れた聖者の御子を宿す事も可能だったであろうに、よりにもよって穢れ者の獣混じりとの間に子を成すなど、愚かにも程がある!!」

 

 それを聞いた瞬間。

 コニファの胸倉を掴んでいた手を離し、シグジリアは躊躇なく背中の大弓を構えると矢をつがえ、先の発言をした長老の一人へと向ける。

 

「殺されたいのか、もう一度言ってみろ老害ッ……!」

 

 凄まじい形相で、今にも同族に向けて魔力を凝縮させた一矢を放とうとする彼女を押し留めたのは、《虎嵐》だった。

 

「……待て……先程の言葉、事実なのか……」

 

 真っ直ぐに、或いは戦いのときに見せたものより更に真剣な表情で、嫁さんの細腕をそっと掴み上げて顔を覗き込む旦那に、当の激昂した嫁の方も頭が冷えた様だ。

 少しバツが悪そうに口の中でもごもごと、上目遣いでシグジリアは答えた。

 

「……出来てると知れたのは、一昨日の話だ……伯母上が気付いて、魔力で精査してくれた」

「……何故、言わなかった?」

「言えば、一人で此処に残ることを反対すると思って……」

「当然だろう……!」

 

 先程までの本気の怒りも何処へやら、珍しく彼女に対して怒った様子を見せる《虎嵐》に、ちいさくなって大人しく叱られているシグジリア。

 パッと見、腹部が大きくなっている兆候も全くない。

 妊娠したといっても、本当につい最近――それこそ今回の使者としての任に付く直前に授かった、といった処か。

 長老共がそれに気付いていたのは……単なる年の功か、それともシグジリアを氏族に戻して連中の企みに利用しようと、遠目からこっそり身体を精査したのか。

 どちらにせよ、あわや血生臭いことになる一歩手前という状況から、一転して夫婦の甘ったるいイチャつき時間にすり替わった訳だが……ここで空気を読まずに割り込む人物がいた。

 

 長老衆の老害共でも無く。

 サルビア達、開明派でも無く。

 いざとなればシグジリアに加勢しようと構えていたオレ達でも無く。

 

 リリィの頭を撫でながら、何時もの騒がしい言動と比べればひどく静かなままであった、相棒である。

 その顔は――ものすごーくイイ笑顔だった。

 

 あー……()()()()。まぁ、当然だよな。

 

 オレもアリアも、当然ミヤコも、その笑顔を見て察し。

 先程まで並んで茶を飲んでたせいで、近くでそのスマイルを直視したトニーとサルビアの口から「ゥヒィッ!?」と短い悲鳴が漏れる。

 

 相棒は先ず、サルビアにリリィを預けると、そのまま《虎嵐》夫妻の側に歩み寄った。

 二人は気配を感じて振り返り――悲鳴こそ上げなかったが、相棒の顔を見て顔を揃って引き攣らせる。

 

 しゃきーん。

 

 そんな音と共に、奴は魔鎧を起動させて身に纏う。

 装甲が展開されたのは手足のみではあるが、相変わらず使いきれていない神様印の加護のせいで、未だ黄金の聖気を纏った姿だ。

 それには頓着せず、相棒は無造作にその手を挙げ――シグジリアの腹部へと掌を翳した。

 戦闘用に練り上げられたものではない、純粋にただの力の波動である聖気が、大量に放射される。

 ゆっくりと、優しく注がれた聖気は、シグジリアの腹部に染み入るように消えてゆき……おそらくは彼女の内に宿った新たな生命を包み、守護する力となった。

 

「な……!」

「聖者よ、何故そのような穢れ混じりに祝福など……!?」

 

 聞くに堪えない言葉を次々に垂れる保守派の頭共に対し、ゆっくりと相棒は振り返り。

 ――一番手近にいた、唖然とした表情のコニファの顔面に向け、いきなりドロップキックを叩き込んだ。

 

「ホベァ!?」

 

 冷徹、硬質といったイメージしか他者に与えなかった彼女の口から素っ頓狂な呻き声が洩れ、仰け反ってダウンする。

 鼻血を垂らしながら、混乱した様子でなんとか身を起こしたコニファが見たのは、高々と手刀を振り上げた相棒の姿だ。

 

 ――()ァッ!

 

 口から蒸気吐き出しながら、手刀を振り下ろす顔には既に笑顔は無く――代わりに鬼の様な形相で鋭い呼気が吐き出される。

 コニファの脳天からピッ、と朱線が奔り、それが脳天から股間まで一直線に一気に斬り開かれた様に見え――。

 彼女はそのまま、最初のドロップキック以外の傷を()()()()()()()()その場で泡を吹いて失神した。

 

 ――宮〇武蔵式、エア斬撃……唐竹、首、胴……斬り放題だ。

 

 見ていたオレ達でも一瞬誤認する程の殺気や戦意を込めて振るった一撃は、当てずとも実際に両断された様な確信を相手に与えたのか。

 両の鼻の孔から鼻血を垂らしたまま、ビクビクと痙攣して意識を失ったコニファの顔は、血の気を失って白目を剥いていた。

 当然というか、彼女だけで終わる訳も無い。

 

 シィィィィッ、と、蛇の威嚇音みたいな呼気と共にその視線が睨めつけた先には――驚愕で固まっている長老衆の姿がある。

 

 

 

 ――ウン百、ウン千年生きてそのKYっぷりだってんなら、そのまま一億年ROMってろやボケ老人共がぁぁぁぁぁっ!!

 

 

 

 雄叫びと共に、蹂躙が始まった。

 

 

 

 

 

 

「ま、待て、聖者よ、このような狼藉はいくろぎょおおおおおおっ!?」

 

 ラリアットを喰らい、薙ぎ倒された長老の一人が抗議の声を上げようとした瞬間、ヘッドロックを掛けられて身も世もない悲鳴を上げる。

 激痛のあまり失神した爺をペイっとゴミをポイ捨てするように放り投げると。別の長老にフライングボディプレスで強襲。

 圧し潰されて呻き声をあげる年寄りを引きずり起こし、情け容赦の無いオクトパスホールドが掛けられる。

 

「まっ……エルフの身体はその様な方向には曲がらっ……お"ぐえ"ぇ"ぇ"ぇ"!?」

 

 慌てて背を向けて逃げようとした婆に躊躇なく追い縋り、アルゼンチン・バックブリーカーで泡を吹くまで背骨を締め上げた。

 流石に止めに入ろうとした護衛の戦士達は、コニファが喰らったエア斬撃で輪切りにされたり袈裟懸けに両断されたりで、早々に意識を失って地に転がっている。

 

 ――死ねぇぇぇぇぇぇっ!!

 

「うぎぇぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 見た目腰の曲がった老人達に、切れ散らかした様子でプロレス技を仕掛ける相棒の姿は、どう控えめに言っても聖者というより老人虐待の現行犯で逮捕されそうな凶悪犯だった。

 とはいえ、明らかに相棒の地雷を踏んだらしき相手に対して、初めて見るレベルの()()ではある。

 少なくとも、オレの知ってる限りではあそこまで踏み抜いた相手を、失神程度で済ませる、なんていうのは見た事が無かった。

 完全に壊すか、完全に仕留めるか。

 いつもだったら一切躊躇わずにそこまでやってしまうのだが……。

 

 ……多分、リリィの前で血を見せないようにとか、スプラッタ劇場はお腹の子に良くないとか、そんな事を考えてるんだろう。

 どんなに糞ったれのロクデナシでも、リリィや、まだ見ぬシグジリアの子にとって、大森林のエルフは同族や血縁だからな。

 今はまだ分からなくとも、将来、自分達が切欠で、多くのエルフ達が真っ二つになって土に還りました、なんて知ったら気に病むかもしれない。

 

 そう考えてのプロレス技だろうな……ひょっとしたら、()()()()()この程度で済ませるってだけで、そのうち何人か……或いは長老衆の全員が行方不明になるかもしれないけど。

 まぁ、可能性としては低い。

 地雷を踏み抜いた他にも、我慢の限界を超えた、という面もあるみたいだし……何より、オレとアリアに危害が及んでないからな。

 これは完全に自慢だが、相棒はオレ達を護る為の最大効率の為なら、諸々煩雑な事情とかも全て無視して行動する。

 逆を言えば、オレ達に危害が及びさえしなければ、意外と常識に沿った判断をする奴なのである。

 ……今も爺婆の一人をチョークで締め上げている姿を見ると、説得力が薄いかもしれないが、本当なんだぞ?

 

 そんな事を考えてる間に、締めからDDTに移行した相棒は地面へと長老の顔面を叩きつけ、素早くフォールの体勢を取った。

 

 ――カウントォ!

 

 叫ぶ馬鹿の声に、即座に反応したのは《虎嵐》だ。

 

「……ワン! トゥー! スリィ……!」

 

 すかさず駆け寄ると、地面を堂に入った体勢で叩きながら、妙にソレっぽいイントネーションでスリーカウントを数え、勝者とばかりに相棒の片腕を取って天に掲げる。

 カンカンカーン! とか口頭で叫んでる馬鹿を眺めながら、シグジリアがポツリと疑問の声を洩らした。

 

「……なんでレフェリーが出来るんだ?」

「あー。《虎嵐》サンと自分に旦那が『ぷろれす談義』ってやつをしてくれたからッスね。異世界の興行を兼ねた格闘技って事で、《虎嵐》サンは特に興味深そうに聞いてたッスよ」

「私の夫に何吹き込んでるんだ猟犬殿は!?」

 

 すいません、ウチの駄犬が本当に申し訳ない。

 胸中でオレが謝罪してると、長老衆とその護衛の保守派を全てマット……じゃなくて地面に沈め終えた相棒が、気付けだオラァ! なんて叫びながら、身体の内に残った黄金の聖気を派手に噴き上げる。

 それに影響され、動けないまでも意識は取り戻した保守派連中を確認すると、奴はぎゅるりと首をこちらに向け――サルビアを真っ直ぐに見つめた。

 

「あ。なにか嫌な予感……待っ――」

 

 顔を盛大に引き攣らせて制止の声を上げようとした彼女に向け、先程、シグジリアの腹部に向けられたものと同じ……いや、量だけでいえば遥かに上回る、残った神様パワーをありったけ込めた黄金の光が注がれる。

 相棒の身体に残るのは、微かに灯る燐光の名残だけとなり。

 代わりに、一時的にだろうがサルビアへと神様の聖気――祝福が施される。

 

 あんぐりと口を開けて自身に宿った黄金の輝きを見下ろす彼女を力強く指さし、相棒は宣言した。

 

 ――彼女、サルビア=エルダを大森林に住まうエルフ達の最長老に推薦する! 以後は彼女をここのトップとしてその方針に従う様に! 文句がある奴ぁ今の内に手を挙げろやオラァン!?

 

 反対の声も、手も挙がらなかった。

 というか、かろうじて意識を取り戻しただけで、身体はロクに動かない保守派の連中に、それが出来る筈もないんだが。

 

「い、イヤァァッ!? 下手したらあと百年は森から出られなくなるぅぅぅぅ!? 終わったらあの方を探しに行こうと思ってたのにぃぃぃ!」

 

 白目を剥いて天に向かって叫ぶサルビアと、紛れもなくめでたい事なのだが、当人の切実な叫びのせいで素直に喜べない開明派のエルフ達。

 姉妹(きょうだい)揃って、色々な意味を込めて両派閥のエルフ達に南無~と手を合わせるオレとアリア。

 皇帝への報告が最後に面白愉快な事になった、どう伝えようかと相談を始める《刃衆(エッジス)》の二人。

 レフェリー役を終えて何処か満足気な《虎嵐》と、夫がプオタに染まらないか心配なシグジリア。

 そんな従姉に掌で眼を塞がれ、泡吹いたり痙攣したり、酷いのになると失禁したりしてる長老衆の惨状から視界を庇われて、「またまた真っ暗です」なんて呟いてるリリィ。

 

 もう散々にしっちゃかめっちゃかな酷いことになってる大森林の入口にて、大体の元凶である相棒は、死屍累々と横たわる保守派エルフ達の真ん中で、すっきりした様子で両手を上げ、パン! と一際大きく掌を打ち鳴らした。

 

 

 

 ――よーし! 終わり! 全部済んだし、さっさと帰るぞ! 解散!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

「いやぁ、愉快な事になったねぇ。やはり報告書なんかより、実体験した人間の口から顛末を聞くとリアリティが違うよ」

 

 カラカラと、機嫌のよい快活な笑い声が奥ノ院に響く。

 

 聖都大聖殿、その深奥にて。

 

 将棋盤を挟み、揺り椅子に揺られた老人と椅子に腰かけた目付きの悪い黒髪の青年が、盤上遊戯に興じながら最近起きた一件について語り合っていた。

 老人の後ろには同じ年頃である老年のシスターが静かに佇み、鉄の棒を呑み込んだかの様に伸びた背筋のまま控えている。

 

 パチンと、盤上の駒を小気味良い音を立てて移動させながら、老人は首を傾げて青年に問いかけた。

 

「ふむ。そういえば、件の人身御供染みた立場となった少女はどうしたのかな? 君達が帰って来たときに、同行はしていなかったみたいだけど」

 

 ――魔族領の夫婦が引き取ったに決まっとるやろ……当人が従者のお役目を完全に投げ捨てちまうのを気にしてたから、偶に来て一日従者とかやればいい、って事になったけど。

 

「実質、遊びにくるようなものだね。まぁ、そうなったら一度、奥ノ院に連れてきなさい。挨拶くらいはしておきたいからね」

 

 ――良いけど……変な事は吹き込まないで下さいよ? 生い立ちのせいでまだまだ純粋培養な気がある子なんだから。

 

 パチィン! と快音を響かせて返しの一手を打つ青年に、「おや、これは厳しいね」と返す老人の言葉は、話に上がった少女との面通しについてか、単に盤上の戦局を見て零れたものなのか。

 

「帝国の方でも、僕より余程楽しく話を聞いているだろうねぇ……魔族領の方は、穏やかに話が付きそうで幹部の方達が不満を溜め込みそうだけどね」

 

 ――あの連中は溜まったら溜まったで、身内で大喧嘩はじめて勝手に発散するでしょ。物理的距離さえ空いてりゃ巻き込まれる事も無し、ほっときゃえぇねん。

 

「ははっ、違いないね」

 

 代わりに彼らの内で、数少ない常識枠であるNO.2の地位にいる御仁の胃壁が、鮫肌で摺り下ろしたような状態になりかねないのだが……老人と青年は、そこは気付かないフリをして会話を続ける。

 

「――そういえば、エルフ達の君に対する扱い……『始原の聖者』とやらについては、此方でも公表はせずに秘匿する方向になったよ。トイル達も納得してくれた」

 

 ――まじで? いやぁ助かります……これでこっちでまで持ち上げられ始めたら、アイツら攫って諸国漫遊の旅に出るのも選択肢に入る処だったわ。

 

「それは洒落にならないから辞めて欲しいなぁ」

 

 実際にやられたら、市井の間では大人気間違い無し――吟遊詩人の大定番として永く謳われる逸話となるだろうが……国の威信がガッタガタに揺らぐので、老人としては勘弁して欲しい処であった。

 再び、駒を交互に打つ音だけが奥ノ院に響き、合間にシスターの淹れてくれた紅茶の満たされたカップを、ソーサーから持ち上げる音が微かに混ざる。

 

「一応聞いておきたいのだけど……例の『種』についてはどうするつもりなのかな? かの女神が君に一任された以上、どこの国だろうが文句を言わせるつもりは無いけど」

 

 ――怖い事言わなくても、ちゃんと考えてますって……まぁ、最終的に大森林の一本目と同等のサイズになる、と考えると下手な都市内とかは難しそうだけど。

 

「……まぁ、樹の成長に合わせた区画整理が必須になってしまうからねぇ……日照時間の問題も発生するだろうし」

 

 ――というか、ぶっちゃけ教国内はあんまりよろしくないでしょ? 長い目で見ると。

 

「そうだね。戦争も終わった今、後々の事を考えるとウチの権威が強まり過ぎるのはよろしくない、とは思うよ」

 

 戦時中は人類種の中でもとりわけ数の多い人間を、無理矢理にでも一枚岩とする為、教国の威はあればあるだけ良い、といった状態であったが……これから訪れる穏やかな時代を長続きさせる為には、宗教国家に極端な一極集中の権威を持たせるのは良い事ではない。

 老人を始め、彼の部下にあたる者達も概ねそのような意見であった。

 故に、件の『種』の所在はどこに在っても各国のパワーバランスが傾きかねない、文字通り悩みの種であると言えるのだが……。

 青年はそんな危惧を察していたのか、ふふん、と笑いながら先程の盤上の攻防で手に入れた駒を、掌で弄ぶ。

 

 ――そんなに悩まんでも、あるでしょ? 何処の国からも文句や軋轢が生まれず、象徴としても充分で、かつ人類種の権力関係からは切り離された不可侵な場所が。

 

「……()()を選択肢に入れられるのは、君と、僕の後ろにいる君の姉弟子の二人だけだよ」

 

 ドヤ顔で胸を逸らす青年に、苦笑いで老人が答える。

 話題に上げられたシスターは鉄面皮の如き表情をピクリとも動かさぬまま、静かに空になったティーカップを回収すると、紅茶のお代わりを注ぎ、再びソーサーに戻して自身も定位置へと収まった。

 

 ――まぁ、結果的にどうなろうと、個人的に教国は無い、とは思ってるから安心して下さいな。

 

「ほぅ。して、その心は?」

 

 ――エルフが巡礼がてら、俺のとこにも押しかけてきそう。嫌どす。

 

「フフッ、そりゃ大変だ。確かに同じ立場なら僕もゴメンだねぇ」

 

 お互いに顔を見合わせて、気楽に笑いながら、青年と老人は香り豊かな紅茶に舌鼓を打ち。

 

 

 

 ――あ、ちなみにソコ、王手ね。

 

「――え? あっ!」

 

 

 

 パッシーン! と良い音を立てて盤に置かれた三手詰みの歩を見て、老人は慌てた様に待ったの声を上げた。

 

 

 

 

 

 

「――やれやれ、今日も負け越しか。なんともまぁ、年長の威厳もなにもあったものじゃないね」

 

 青年が奥ノ院から退出した後、溜息を付きながら棋譜を確認している老人に、背後に控えていたシスターが表情を崩さぬまま、口を開く。

 

「肝心の聞きたかった『話題』については、お話にならなかった様ですが……よろしかったのですか?」

「うん? まぁ、直接聞いても良かったのだけどねぇ……」

 

 棋譜を一通り見終えたのか、ジャラジャラと駒を片付け始めた老人は、シスターの方へと振り返るとニヤリと悪戯っぽく笑って見せる。

 

「『彼』が彼女とあった一件を語りたがらない、という時点で望み通りの結果は得られたような物だよ――話すのを躊躇う時点で、あの子をようやっと()()()()()で見る可能性が生まれたという事だろう?」

 

 いやいや、回りくどい真似をした甲斐があったというものだよ、などど言って好々爺然とした笑みに切り替える老人の背に、流石に鉄面皮を崩したシスターが呆れた様子で呟いた。

 

「エルフとの問題、新たな界樹――挙句に『彼』の聖人認定。ここまで大きな事柄を絡ませながら、その実、あの子達の関係進展が真の目的など――創造神が知れば、どんな未来視(加護)の無駄遣いだと絶句なさるのでは?」

「はっはっは。最後の聖人云々については、後の布石でもあるよ――『彼』が、各国の知り合いの子と良い仲になったとき、周囲のつまらないやっかみを黙らせる()が必要だろう? 基本、一夫一妻の教国(うち)で例外を作るとなれば、猶更にね」

 

 将棋盤の片付けを終え、再び揺り椅子に背を預けた老人は、友人が淹れ直してくれた紅茶を嗜みながら何でもない事のように嘯いた。

 

 

 

「それに……以前にも言ったじゃないか。折角平和な世の中になったんだ、未来視の加護なんて(こんなもの)、若者の恋路に茶々を入れる程度の使い方が、一番お似合いだってね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







駄犬、聖者認定されたってよ。

酔っ払い「!!」ガタッ
地オタ「!!」ガタッ
苦労人「秘匿事項だ。座ってろ」ショウライノネマワシカイシー。



近い未来、某霊峰の頂上にて。

「……あの子は……またなんとも……」

弟子に渡されたデカい種を前に、頭痛を堪える仕草をする某師匠。



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