俺氏、ループ系TS聖女様をいつの間にかメス堕ちさせていた模様   作:弐目

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恒例の分割の術を発動させる。






老兵の残照 師弟の口論

 

 

 

「おのれ、偽りの神を頂く能無し共が! 我らの真なるか……」

 

 趨勢の決した戦場において、その男が何を言おうとしたのか――興味を持つ者もいないだろう。

 邪神の軍勢、その中でも特に強い加護を与えられたのであろう男は、掌底を胸板に捻じ込まれ、血反吐を吐きながら大地に転がる。

 

(なんなのだ、この女は。化け物か……!)

 

 邪神に与えられし加護によって、並みの攻撃ではかすり傷ですら与えられぬ筈の己の身体を、素手でここまで破壊したシスターを理解不能の生き物を見る目付きで睨み付ける。

 従えていた部下も、顕現した眷属も、忌々しい教会の者共……この女を中心としたごく少数の手勢によって滅ぼされてしまった。

 

 よほど強力な聖気でも撃ち込まれない限り即座に復元する筈の肉体の損傷も、治るどころか白煙を吹き上げてじくじくと未だに身を侵食してくる。

 こちらの攻撃は全て冗談の様に逸らされ、流され、無力化され。

 返す刀で打たれる一撃によって、部下も、召喚した魔獣も、全てが滅ぼされる。

 これだけの戦力を滅しておきながら、当の女は多少手傷を負った程度の軽傷であり。

 対して、他の者とは比べ物にならぬ程の神の欠片を受容できる己ですら、先の打撃で既に身体が崩壊寸前になっている様は悪夢でも見ている心地であった。

 

 おそらく、姿を見ない他の配下や同胞もこの女の仲間に打倒されている。

 こと此処に至って、既に己の生存は絶望的。

 ならば、真なる神の信徒としてこの蒙昧共に神の恩寵を示すのみ。

 男は覚悟を決め、なんとか身を起こしながら吠える。

 

「……薄汚い教会の狗め……! 舐めるなよ、我らが神の恩寵、その腐れた目にしかと映すが良い!」

 

 目の前の怪物シスターによって此方の主戦力は根こそぎ打倒されてしまった。

 だが、だからこそ死した同胞や神の欠片たる眷属の破片がこの地に満ち、より強大な神の欠片を召喚する為の土壌は整っている。

 それらを触媒とし、更に己の身を捧げる事で上位の眷属すら呼び込めることであろう。

 魂の内にある神の加護を励起させ、男は避け得ぬ己の死とそれによって齎されるであろう敵の絶望に、引き攣る様な笑みを浮かべた。

 

 自らの死を引き金に、戦場に満ちる全ての欠片を励起させんと、男が最後の祈りを自らの信奉する邪神に捧げようと口を開いた瞬間――。

 

 対峙していたシスターが、僧衣の裾を蹴上げる様に脚を振り上げる。

 大地を震わせるような凄まじい踏み込みを以て地面が割れ、円状のクレーターが発生した。

 すらりと伸びた脚に踏み砕かれ、陥没した地点を中心に周囲の邪気が吹き払われる。

 

「――へぁ?」

 

 男の最後の祈りの言葉は、間の抜けた吐息となって口の端から零れ落ちた。

 あまりにも埒外、あまりにも想像の外にある光景に、呆然としたその口から言葉だけでなく涎まで垂れ下がる。

 

 そんな男の様子には一切頓着せず、シスターは尻もちをついた男の脳天に無造作に拳を押し付けた。

 

「あ……待っ」

「《命結》」

 

 忘我の状態から脱却出来ぬままに、のろのろと静止の声を上げようとした信奉者の言葉を待つ事も無く。

 極限まで練り上げた魔力が拳を伝ってさざ波の様にその身体に広がり――邪神の加護に満ちた五体は、血肉と()の混じり合った赤黒い血煙となって消し飛んだ。

 

 大陸中央部に近い今回の戦場での敵勢力の主力……その過半数を殲滅した女性――ミラは、暫しの間、構えを崩さず残心を保ち。

 

「――はぁ」

 

 ややあって、珍しく……本当に珍しく、どこか憂鬱そうに溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 派遣された戦域、近くにある街や貴族の領地などの領軍からの歓待や、領主などの面会。

 事務的に必須であるもの以外は全てそういった誘いも断り、ミラは今回同行した巨漢の僧――ガンテスと馬車に揺られ、聖都への帰路に着いていた。

 

 戦力、という点だけで見れば魔族領の最高幹部である《災禍の席》の面々もこの二人に劣らぬものなのであろうが、魔族領自体が帝国から遠く南下した場所にある事に加え、トップの《魔王》を中心としてどいつもこいつも好きに暴れるのが大好きな問題児だらけの為、領地に近い大陸南部以外では殆ど名を知られていない。

 対して、人類種において最多を誇る人間の最大宗教であり、人類種を一枚岩として纏める役割を果たす聖教会の看板戦士ともいえるミラ達《四英雄》は、様々な戦地に派遣され、行く先々で多くの戦功を打ち立てている為にその人気や知名度は非常に高い。

 とはいえ、自身をただのいちシスターなどと宣うミラを筆頭に、凡その人間が思い浮かべる栄誉栄達といったものに関心の薄い面々ばかりなので、大抵は各地有力者からのお誘いなどはスルーしているのが実際の処であった。

 

 ガタゴトと揺れる馬車の上で、ミラが再び溜息を漏らす。

 

「なんとも、ミラ殿らしからぬ覇気に欠けた御様子。何か胸に閊える心配事でもお有りですかな?」

 

 向かいに座ったガンテスの声に反応して顔を上げる女傑の動作には、確かに何時もと違って鉄芯が通ったようなキビキビとした様子が感じられなかった。

 彼らが移動に良く用いるドワーフ製の高級馬車は頑強さ第一ながらも、ある程度快適性も確保するように設計されているのだが……獣人などの大柄な種族と比べても尚巨体と言って良い筋肉修道僧が座るとやや狭そうにすら見える。

 対面の座席に身を丸めて巨躯を納め、少しばかり眉根をよせて心配そうな表情をみせる後輩に、ミラは頭を振って応えた。

 

「……情けない処を見せてしまいましたね。貴方こそ、今回の戦線では顕現した上位眷属を単騎で相手にしたと聞きましたが……問題は無かったのですか?」

「いえ、確かに援軍として取り急ぎ駆けつけたのは拙僧のみでありましたが、現地で戦っていた方々の援護も多大にありましてな! 実に心強いものでありました!」

 

 喧しいと言ってしまえばそうなのだろうが、相も変わらず豪快だが人の良さが滲み出るガンテスの物言いに、少しばかり活気を分けて貰ったかのようにミラも調子を取り戻して相槌を打つ。

 

「確か、大森林近くの領軍とエルフの戦士達の合同軍だったのでしょう? 後者の方達はひどく排他的だと聞き及んでいましたが……その分だと心配する様な事は無かったようですね」

「む? そういえばそのような話も聞いたことが……しかし拙僧が共に戦った方々は、友軍にも隔たり無く敬意を払う一角の戦士達ばかりでしたぞ? 代表者であったエルフの御婦人も、援軍として参った拙僧に丁寧に礼を述べて下さる気持ちの良い御方でした」

 

 また道が交わることあらば、共に戦いましょうと仰っておりました! と、上機嫌に笑って言う筋肉の言葉に世辞や相手への配慮といったものは感じられず、どうやら本当に良い戦友達との出会いがあったようだ。

 大森林近辺の人類種の軍からは、腕は立つが高慢に過ぎる、などと手厳しい意見も多いエルフの戦士達だが……少なくとも彼が共に戦った者達は例外であるようだった。

 

「良き出会いがあったというのならば、何よりですね」

「このような時代ですからな。共に戦地を駆ける戦友が壮健であり続ける事、創造神に祈る日々であります」

「鍛錬しながらですか」

「鍛錬しながらですな!」

 

 ニッカリ笑う巨漢の言葉に微かに苦笑らしきものを浮かべ、ミラは馬車の外の景色に眼を向ける。

 僅かな間、車輪が轍を刻みながら地を進む音だけが馬車の中に響き。

 

「――悩みの種はスノウ嬢ですかな?」

 

 ガンテスが唐突に向けた言葉に、無意識に吐き出そうとしていた吐息を詰まらせ……そこで己がまたもや溜息を洩らそうとしていた事に気付いた。

 

「……そこまで私は露骨でしたか?」

「というより、ミラ殿が戦地に向かう際に見送りを欠かさぬ彼女が、今回の出立時に限っては姿を見せませぬ故。何かしらあったとは思うておりました」

 

 あぁ、そうだった。この後輩は鍛錬鍛錬筋肉鍛錬と一見シンプルな思考をしている様に見えて、意外と細やかに周囲を見ているのだ。

 気にはしていたのだろうが、下手に指摘してこれから戦地へ向かうミラの意気や集中が殺がれる事を危惧したのだろう。帰りの馬車で話題として切り出そうと、機を窺っていたのかもしれない。

 戦友に本格的に心配をかけていた事を自覚し、己の不甲斐無さに天を仰ぎたくなった。見上げた処で見えるのは馬車の天井なのだが。

 

 この分だと聖都にいるヴェネディエは勿論の事、帝国方面に向かったラックにも気づかれているだろう。

 ガンテスはともかく、この二人の方はニヤニヤと笑いながら指摘してくるのが目に浮かぶ。有難いが同時に腹の立つお節介を受けたくなければ、早々に問題を解決しておく必要があった。

 

「……どうにも理由が不明なのですが……あの子は怒っているようなのです」

「ふむ。師弟喧嘩、という訳でも無さそうですな」

「私は別段、腹を立てているという訳では無いですからね。ただ、スノウがあそこまで臍を曲げる理由が分からず……正直お手上げです」

「うぅむ。よろしければスノウ嬢が憤りをみせた際の前後の状況をお聞きしても? 愚僧は年若い少女の思慮など察するに遠い無骨者ではありますが、当事者以外の者ならば気が付く事もあるやもしれませぬ」

 

 いつものミラならば、友人といえど弟子との間に起きた問題を語る、などと言う事は軽々とは行えなかっただろう。

 多少迷いはしたものの、結局は少女が怒りをみせた切欠となったであろう会話を語りだす辺り、相当に参っている事が窺えた。

 

「……あれは、今回の戦地派遣の数日前……稽古を終えた後の話なのですが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴女は一度、師に会うべきなのかもしれませんね」

「んぇ?」

 

 切欠はなんだったのか。

 その日の稽古を終え、中庭のベンチに座って師弟で語らってる最中、ふとミラは呟いた。

 

 いつぞやの模擬戦以降、なんとなく習慣となった稽古後のおしゃべりの時間は、様々な事を互いに語る場となった。

 今日のごはんが美味しかった、起き抜けに見た朝焼けが綺麗だった、といった他愛の無い事から。

 かつてミラが潜り抜けた戦場の話や、スノウの村での生活や思い出といった、一言二言では語り尽くせない事まで。

 いつもの様に色々な事を語り、聞き。

 風に吹かれた風車のように、くるくると表情を変える弟子の少女を前に、師がひどく穏やかな面持ちで相槌を打つ。

 

 以前のミラを知る者であれば、初見は間違いなく驚くであろう。

 滅多に見る事の無い柔らかな雰囲気もそうだが、なによりも。

 戦場に出撃して帰って来て寝て起きて出撃して帰って来て寝て起きて飯食って出撃して……常人なら過労死待った無しのワーカホリックにも程がある生活サイクルだった彼女が、まっとうな休息を摂るようになったのだから。

 ひょっとしたら、困惑や驚きよりも「あのミラ様がやっと休みをとって下さるように!」と喜ぶ者の方が多いかもしれない。

 尚、生活サイクルのおかしさと言えばどこぞの筋肉(以下略

 とにかく、全く休む気配が無かった教会の最高戦力を、きちんと休息を摂らせることの出来る存在。

 そんなポジションに収まったせいか、弟子であるという事を差し引いてもスノウは聖殿にいる者達から頗る評価が高かった。

 尤も、当人にその自覚は無く、今も唐突に切り出された話の内容にキョトンとした表情を師に向けている。

 

「……ミラのお師匠様? ってことは、え~と……龍の御姫様、って人だっけ?」

「えぇ、そうですね。師は此処より遠く離れた大陸北端、最高位の神秘の地である霊峰に居を構えています」

 

 ブランが作ったと言う焼き菓子――その御裾分けを頬張りながら首を傾げるスノウに、「行儀が悪いですよ」とやんわりと注意しながら、ミラは少女の口元をハンカチで拭ってやる。

 

 ミラの師、《三曜の拳》の開祖である《半龍姫》。彼女とスノウを引き合わせる。

 前々から考えていた事ではあった。

 始めにその才能の片鱗を目の当たりにした際に感じた通り、スノウは驚異的な速度でミラの教える技術を吸収している。

 あと一年も経てば、ミラやガンテス、ラックと言った教会最高戦力と呼ばれる者達の戦場に随伴しても足手纏いにはならないだけの領域に到達するだろう。

 それこそ五年……いや、三年もあれば、師であるミラに並ぶ……否、超えるのではないか。

 そんな予感を抱いてしまう程に、その成長速度と才は圧倒的だった。

 

 このまま修練を積めば、ほぼ確実に何れはミラを超えるであろう白い少女に、それが実現した際に新たな道を示せる人物――自分達の流派の開祖であり、戦武を修める者の頂点に立つ《半龍姫》を紹介しておくのは当然の選択であった。

 とはいえ、もう少し先の話だ。師の住まう地……霊峰の特異性と其処に住まう者達の脅威を考えれば、今のスノウではまだまだ不安がある。

 登頂の際にミラが同行する事を加味しても、霊峰の頂周辺に棲む主級の霊獣……その『値踏み』に適う領域(レベル)に到達する必要があった。

 

 そんな将来の予定図を、簡潔にまとめて弟子に語るミラであったが……当の弟子の反応は芳しくない。

 

「……別にいいよ、霊峰ってアレでしょ? わたしの村よりずーっと北の方にあるでっかい御山の事でしょ? そんな遠くに行きたくないし」

 

 先程まで和気藹々と会話していた様子から一転、不機嫌さすら滲ませて此方の提案に難色を示す少女に訝しさを覚えつつも、ミラは将来的には必要になる事だ、と重ねて言い募った。

 

「我が身の未熟さを晒す様ですが、師ならば私よりも余程貴女の才を仔細に把握できる筈です。何れ技量において貴女に伍する者が居なくなったとき、あの方の導きは絶対に必要になります」

「いつの話してるのそれ。わたしがミラより強くなるとか、全然イメージ湧かないよ」

 

 奇妙な事に、ミラが言葉を尽くす程にスノウの機嫌は悪くなっていった。

 最初は少し面白くない、といった風であった表情も、今でははっきりと眉を顰めて唇をとがらせている。

 

「他の人になんて教わらなくてもいい。今のままでも強くなってると思うし」

「いえ、ですから。貴女の成長速度を考慮すれば――」

 

 いよいよもって不機嫌を通り越し、いっそ険悪な雰囲気すら漂わせ始めたスノウに、ミラが困惑を覚えながらも説得を続けようとすると会話を打ち切る様に少女が大声を上げた。

 

「――とにかく行かないったら行かない! 意地悪ババアみたいな事いうミラの言う事なんて聞かないからね!」

「誰がババアだ」

 

 ここ最近はめっきり減った弟子の悪罵に、反射的にお仕置き代わりのチョップをその脳天に落とそうとして――手刀が空を切る。

 手刀を予測していたのか、発言と同時にベンチからパッと腰をあげて飛び出していたスノウは、そのまま中庭を駆けだし、あっという間にミラと距離を取ってしまう。

 色々な意味で呆気に取られ、珍しく硬直している女傑に対して最後に不機嫌そうな表情のまま振り返って。

 

「いーっだ!」

 

 顰めっ面で歯を剥き出し、ちいさな子供の様に反抗の態度を示して。

 少女は肩をいからせ、中庭から出て行ってしまったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と、言う様な事があったのです……それ以降、普段の訓練ですら逃げ回る有様でして……」

 

 車輪の廻る音と馬の蹄が地を蹴る音が微かに響く馬車の中、悩まし気に溜息を洩らすミラに沈黙を以て返し、ガンテスは腕組みして暫し思考に耽る。

 

 今はなんといっても戦時中だ。不和や仲違いを起こしたまま何方かが喪われてしまう、などという遣る瀬無い光景も何度か見た覚えがある。

 そんな彼としては、長い事交流のある尊敬する先輩と、過酷な体験をしたというのにへこたれずに日々を過ごしている少女、両者の関係が拗れたりはしていないかと、内心ではそれなりに気を揉んでいたのだ。

 だが、蓋を開ければ話はそう深刻なものでは無かった様で。

 当人達からすれば大事な話なのだろうが、傍から聞けばなんともまぁ、微笑ましい話であった。

 

 素直に自分の思いを言葉に出来ない少女もそうだが、ミラ迄こういった機微に疎いのは予想外で少しばかり笑みが零れそうになる。

 或いは、誰しも自分が当事者となればこんなものなのかもしれない。

 うっかり笑ってしまえば目の前の女傑が不機嫌になるのは明白なので、如何にも考えてます、といった風に渋面を作りながら頷く。

 

「スノウ嬢がそこまで立腹された理由、拙僧の考えをこの場で申すことも出来ますが……おそらく正解であると思うております。なればこそ、言う事は出来ませぬ」

「……私が気付かねばならない、ということですか」

「もしくはスノウ嬢と話合って彼女の口から聞く事、ですな。強いて言うなれば、件の話題を振った理由――修練の進捗ではなく、ミラ殿の心情を以て語ってみるのは如何でしょう?」

 

 大口を叩いた身でありながら、確たる助言も出来ずに申し訳なく、と続ける巨漢の言葉をミラは首を振って否定した。

 

「いえ、御蔭で大分気が楽になりました……そうですね、帰ったら多少強引にでも捕まえてもう一度スノウと話をしてみるとしましょう」

 

 悩みを他者に話す事で楽になる場合もある。今回の自分のケースは正にその典型であった様だ。

 言葉の通り、憂鬱であった胸の内が多少晴れた様子で、ミラは再び馬車の外へと目を向ける。

 何時もの己であれば、この様な煮え切らない半端な真似はしないのだが……どうにも弟子が絡む事では知らなかった自身の一面を知る場合が多い。

 良くも悪くも、あの子と関わる事で新たな発見や新感覚を覚えることばかりだ。

 

 思わず、そして今度ははっきりと頬に苦笑が浮かび、けれど決して嫌な感覚では無くて。

 帰ったらこちらの姿を見るたびに頬を膨らませて逃げ出す、強情っ張りな弟子をどう捕まえてやろうか、どう話を切り出そうか、思いを馳せながらミラは窓の外から覗く秋の空を見上げる。

 溜息はもう零れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は少し戻り、聖都は大聖殿。中央区にある食堂にて。

 紅茶を口にしていた、渦を巻いた特徴的な髪を白いリボンでまとめた少女――エーデルが、カップをソーサーに戻すと鼻を鳴らして口を開いた。

 

「それで、結局ミラ様が戦地に向かうときに見送りすらしなかったと。ガキですわねぇ」

「うぐっ」

 

 呆れを隠さずに、言葉通り小さな子供を見る様にぬるーい温度の瞳で見つめて来る友人に、白い髪と紅目の少女……スノウは反論出来ずに唸り声を上げた。

 彼女が師と喧嘩――というより、一方的に怒って避けて廻っている事はエーデルも直ぐに気付いた。

 というか、スノウとエーデル、ブランによる三人組でのミラとの模擬戦は今も続いているのだ。数日ごとであるとはいえ、ミラが戦地に赴いたとき以外はその間隔が乱れたことは無かった。

 本来は模擬戦が行われるであろう日がお流れになり、友人間の普通の訓練すら白い少女が顔を出さないとくれば、何かあったと思うのは当然だろう。

 

「貴女を思っての提案だということくらい、分からない程あんぽんたんでは無いでしょうに。いつまで子供のような意地を張っていますの」

「だって……」

 

 長卓を挟んで向かい合うように座り、腕を組んで言う友人の言に、スノウは唇をとがらせながら小声で抗弁する。

 エーデルに言われるまでもなく、スノウだって分かってはいるのだ。

 他に比較対象がいる訳でも無いので自分ではさっぱり分からないが、どうやら覚えが早いらしいスノウの為に、ミラがあれこれと将来的な事を考えている事くらいは、理解している。

 でも、それでも。

 師の口から、『弟子が自分の手から離れたとき』の話をされるのが、嫌だった。物凄く。

 子供だと笑われるのも仕方ないのかもしれない。

 けれど、ミラの口からまるで自分を別の人に預けるかの様な発言が出たときに、彼女が感じたのは強烈な拒否感で。

 スノウ自身も持て余す様な強い感情は抑えようもなく、半ば喧嘩腰に師の言葉を遮る結果になってしまった。

 

 なんでそんなこと言うの。

 組手だって全然勝てないし、ミラのつくる綺麗な流れに比べたら全然うまく出来てないのに。

 まだまだ一杯、教わることだってあるのに。

 ……うまく出来たら、頑張ったら褒めてくれるのが嬉しかったのに。

 わたしがミラより強くなるなんて全然思えない。

 もし、そうなったら……わたしを別の人に預けるの?

 

 ぐるぐると、どこか重苦しさを伴った色んな思考が渦を巻き、気が付いたらご覧の有様である。

 数日経って多少は頭が冷えたと思っても、本人を前にするとついつい逃げ出してしまう辺り、中々に重症であった。

 

 ミラだって自分を思って口にした発言なのだ。いい加減、何日も日を跨いで怒り続けるのもどうかと思う。

 本当はスノウだって謝りたい。何時もの時間に、何時もの関係に戻りたい。

 ――でも、ここまで引っ張ってしまうと言葉にしづらかった。自業自得なのだが。

 

「……全く、この半年でわたくしに勝ち越す程に腕を上げた癖に、肝心要のハートの方はおこちゃまのままとか、世話の焼ける子ですこと」

 

 スノウが暗い表情になったのを見て取ったエーデルが、苦笑いしながら友人の額へと手を伸ばし、人差し指で弾いた。

 

「痛っ、なにすんのさ、おでこちゃんめ」

「お黙り、おさる。素直になれないお子様に謝れる切欠になるものを教授して差し上げますわ」

 

 デコピンされた額を撫で、抗議の視線を向けて来る白い少女の言葉にぴしゃりと切り返すと、そのまま弾いた指を突き付ける。

 

「そのままではどうにも謝り辛いというのなら、謝罪を兼ねた贈り物でもしてメッセージでも忍ばせなさいな。尤も、きちんと言葉に出来るのならその方が良いのですけど」

「贈り物……ミラに貰ったお小遣いでミラに謝る為の物を買うの……? なんか違くないそれ?」

「チッチッチ。物品を購入するだけが手段ではないですわよ? 貴女、北方の出でしょう。季節柄、豊穣祭に因んだ贈り物などが良いのではなくて?」

 

 突き付けた指を左右に振りながらドヤ顔を見せる友人の言葉に、スノウも思い当たる物があったのか「あ、そっか」と感心の声を上げた。

 

 豊穣の日。或いは豊穣の祭りの日。

 そう呼ばれる一日は、創造神……女神が最も自然の実り多くなる日、と定めたとされるもので、秋のもっとも大地が肥ゆる時期に訪れるとされている。

 戦時中の今であっても――否、こんな時代だからこそ、大きな街などでは控え目ながらも祭日として催し物を開く場合も多く、ここ聖都でも区画ごとに小規模なお祝いをするのが例年のお約束となっていた。

 スノウの出身地である北方の小さな村では祭りらしい祭りなど望むべくもなかったが、それでも豊穣の日が訪れれば小さな装飾を拵えて家を飾り、その日の夕食も少し豪華になったりと、ささやかながら特別な時間を楽しんだものだ。

 

 そんな北方の村々に伝わる、豊穣の日に作る習わしの品があった。

 決まった手順や図で木板や紙などに浅く彫り込みを入れ、微小ながら魔力を籠める事が出来るようした小さな護り札。

 大抵は親が子の安全と成長を願って拵え、渡すのが主流だったが、スノウは祖父や祖母が彫ってくれた木札に仕上げの御祈りをする係だったので、朧気ながら作り方も知っている。

 家族や恋人、友人といった親しい人間に渡すものとされているので、確かに今の彼女の現状にはうってつけの品かもしれない。

 

 謝罪云々は勿論、いつも戦地に出掛けるミラを見送るしかない自分にも、お守りを作って渡す事くらいは出来る。

 そう思い至ったスノウは、目を輝かせながら席を蹴って立ち上がった。

 

「……いいね、時期的にもぴったりかも! ありがとエーデル!」

「どういたしまして。まぁ、先程までのショボくれた顔よりは随分とマシですわね」

 

 ヒラヒラと軽い調子で手を振る友人に礼を述べ、早速材料を集めようと食堂を出ようとして……そこでスノウはふと疑問を思いついた。

 

「……そういえば、よくエーデルは護り札の事知ってたね? 帝国にも似たような風習とかあったの?」

「わたくしも詳しい訳じゃありませんわよ。ただ、ブランが北方で育ったもので、その関係で知っていただけですわ」

 

 なるほど、普段から嘗ての主従という範疇に留まらず、親しい二人だ。互いの事を話す際にそんな話題も出てくるものだろう。

 流石に長年の付き合いの二人には及ばないが、自分も結構仲良くやれていると思うし、今度もっと色々と話をしてもいいかもしれない。

 

 だが、取り敢えず今は材料集めだ。

 

 改めてエーデルに礼を言うと、白い少女は慌ただしく食堂を後にする。

 

 その背を見送り、ドリルなツインテールとキラリと光るおでこが特徴的な少女は温くなってしまった紅茶を一口啜り、カップに揺れるそれを眺めながら一言呟いた。

 

「――ブラン」

「はい。ここに」

 

 名を呼ぶと同時に、何処からともなくスゥッと現れた栗色の髪の少女に憮然とした表情を向ける。

 

「……やっぱり居ましたの。というか、どっから出て来てるのか未だにさっぱり分かりませんわ……貴女、本当はNINJYAとかではなくて?」

「斥候や隠密の技能を習得した記憶はありませんね。強いて言うのなら、従者としての嗜みです」

「え、マジですの? わたくしが知らないだけで、世のメイドや執事ってこんなんばっかりですの? 怖っ」

 

 ニコニコと笑顔のままで、謎の隠形を嗜みと言い切るブランにやや引いた様な雰囲気で頬を引きつらせた。

 咳払い一つして、場を仕切り直す。

 

「オホン! ……話は聞いていたのでしょう? 時間があるのなら、あのおさるにそれとなく助力してあげなさいな――あの子、才を見せる面とアホの子の面のふり幅が極端ですし」

 

 件の護り札作りとやらが得意分野で無かった場合、苦戦するのが目に見えている。

 助言した身としては、みっともない失敗をされて仲直りが上手くいきませんでした、などというオチは勘弁して欲しかった。

 

「私は勿論かまいませんが……お嬢様も大概素直ではないですよね?」

「喧しいですわよ。それに、指示したわたくしが言うのもなんですが貴女の方はどうなんですの? ヴァリアン家の再興を諦めたつもりはありませんが、もうわたくしに従者の様に付き従う必要は……」

「必要、不必要は関係ありませんね。好きでやっている事ですので」

 

 従者を名乗るのであればあるまじき行為ではあるが、強引に遮る様に言葉を被せたブランに、主人である少女は思わず口を噤む。

 笑顔のままではあるが、『それ以上は断固として言わせない』と言わんばかりの雰囲気を放つ栗色の髪の少女から目を逸らし、敢えて気の無い風を装って返す。

 

「そ。なら好きになさいな……貴女も大概物好きですわね」

「えぇ、そうさせて頂きます。好きですからね……おや、お耳が赤いですよお嬢様?」

「喧しいですわよ!? 早いとこ護り札の資料でも材料でも集めにお行きなさい!」

 

 口に手を当ててオホホホ~なんて此方を揶揄って笑う従者に、卓に置いてある布巾を投げつけたくなる。流石に品が無いのでそれは堪えたが。

 熱の残る頬や耳元から熱さを逃がすように、エーデルは手の甲で軽く髪を払う。

 主の言葉に従いブランが食堂を退出すると、人気の少ない食堂に自然と静けさが戻った。

 

 今日は良い天気だ。壁際の大きな窓は開け放たれ、穏やかな秋口の陽気と空気が緩やかに少女の髪を揺らす。

 ……白い少女の師たる御仁は、今は戦場だろうか。

 或いは、あの女傑の事だ。もう片付けて帰路に着いているのかもしれない。

 だとしたら、彼女が帰ってくる迄に精々あと一日か二日。それまでにスノウが例の物を形に出来ると良いのだが。

 

 なんにせよ、万事上手く行ってとっとと仲直りして欲しいものである。

 

 最近では、師弟というより家族の様に見えて来た二人の姿に、嘗ての両親が存命していた頃の自分を思い出してちょっぴり感傷に浸るエーデルではあったが、それは決して悪い感情では無く。

 寧ろ、友と尊敬する人物の穏やかな時間を護れる戦士になる。そんな風に思える自分がちょっと誇らしかったり。

 なので、今の状況は歓迎出来なかったりするのだ。

 

「……見習いでいるのもあと僅か。出来れば、このまま戦士として立つ日を迎えたいですわね」

 

 以前は、一刻も早く戦士として戦場に立てる様、功を上げていつの日か亡き両親に代わり、御家を再興出来る様にと、少しばかり焦っていたと、今では思う。

 少なくとも、今は新たに出来た友人の御蔭で、焦燥感・停滞感とは無縁の忙くも充実した日々を送れている。

 あんまりにもシケた顔をしていた少女を見かねて声を掛けたのが始まりであったが、今ではこの出会いを女神に感謝してすらいた。

 

 だから、エーデルとしてはスノウとミラ(あの二人)には何時も通り、仲睦まじくいてもらいたいのだ。

 大切な者、護るべき者の幸せの為に、意思と誇りを以て戦武を振るう。それが彼女の貴族としての在り方であると、そう定義しているが故に。

 

 窓から覗ける、秋晴れの空を眺める。

 偶然にも、遠く離れた戦地からの帰り道、ミラが同じく眺めている空を、彼女も見上げ。

 

 やはり同じ様に、白い少女がこれからも笑顔である事を祈りつつ、帰りを待つ者と帰る者――両者の時間は過ぎてゆくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







????
「あ、あれ? あの御方がいない……一体どちらに?」

部下
「御同僚が帰還するというので、同じ馬車に乗るということで帰られました」

????
「」



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