俺氏、ループ系TS聖女様をいつの間にかメス堕ちさせていた模様   作:弐目

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老兵の残照 御守り

 

 

 

 薄い木板に、慎重に小刀を当てる。

 記憶にある図柄を思い出しながら、ゆっくりと木目を削り、ときに指で擦り、嘗て祖父が作った物と差異が無いか、指先の感触で確かめる様に。

 

 元より、そう凝ったり複雑なデザインでは無い。作業自体はあっという間に終わった。

 そうして、簡素な紋様を彫り終えた木札を両の手に持って宙に翳す。

 豊穣の日にはこうして女神様にお祈りするのだと、祖父母が教えてくれた通りの所作で、ゆっくりと札に魔力と通そうとして。

 

「――あっ」

 

 乾いた音を立て、木札の真ん中に大きな罅が走った。

 破損箇所や規模こそ違うが、同様の結果になってこれで三枚目である。

 

「うぐぐ……む、難しい。じいちゃんとばあちゃんはあんなに簡単に作ってたのに……!」

 

 壊れた木札を前に、ぐったりと作業を行っていた机の上に突っ伏す。

 

 自室で作業を開始して既に小一時間。

 友人が危惧した通り、スノウの護り札を作る作業は絶賛難航中であった。

 

 

 

 

 

 

 材料自体は薪や木工家具の端材なので、聖殿内だけでも食堂を筆頭に様々な場所で手に入る。

 太めの枝や古くなって壊れた家具の切れ端でも祖父は器用に紋様を彫っていたが、流石にそれは難易度が高いので一番簡単そうな小札での作成を選んだ訳だが……これが中々に難しい。

 いや、彫って紋様を入れる作業自体はそう大変でも無いのだ。

 彫り込む線は精々数本。それほど深さも必要ないし、難しい形でも無い。多少歪ではあるが、大体は記憶通りの物が出来たと思う。

 だが、最後の御祈りで壊れる。

 祖母が言うには、女神様に感謝を捧げながら渡したい人の為に御祈りすると、護り札が完成するらしい。

 実際、家にいた頃はその通りにやれば出来ていた。彫った紋様が淡く光を放って綺麗なのだ。

 幼かったスノウが初めてそれを見たときは、興奮してわざわざベッドに潜り込み、微かに発光する札がまっくらなシーツの中を照らすのを確認して喜んでいた記憶がある。

 

「うーん……なんで壊れちゃうんだろ……魔力を籠め過ぎなのかな」

 

 当時は分からなかったが、この彫った溝に薄っすらと魔力を通していたのだと思う。

 豊穣の日に村中の家の玄関や柵に掛けられた札の中では、スノウの家の物が一番綺麗に光っていたし、それが密かな自慢だったりした。

 魔力の操作や意識的な放出なんて無縁だったあの頃でも、村で一番の光り具合だったのだ。

 

 今ならきっと凄く輝いたりするんじゃないかと、気合を入れて魔力を通したのが一枚目。ちなみに木目に沿って真っ二つになった。

 ならば、と。先程よりも慎重に、半分以下の量と流動速度でリトライしたのが二枚目。やっぱり真っ二つになった。

 取り敢えず、出来はともかく最後まで魔力を通したいと思ったので、細心の注意を払って微量を流したのがつい先ほどの三枚目だ。結果はご覧の有様だが。

 

「……何か原因があるのかなぁ……材料も無限って訳じゃ無いし、どうしよ」

 

 家の扉に掛けていたようなサイズだと流石に嵩張りそうなので、スノウが拵えているのは掌に乗る様な小さなものだ。祖父が紐を通して首飾りにしてくれた物と同じくらいの大きさである。

 

「……毎年作ってもらった小札を紐に通して段々と増やしていったっけ……」

 

 何枚もの護り札が連なった、あの首飾りはどうなっただろうか。

 ……おそらく、燃えてしまったのだろう。最後に村で見た光景が、ごうごうと火を上げるスノウと家族の住む家だったのだから。

 

「やめやめ、暗い事ばっかり考えても仕方ないよね」

 

 渡す人の無事を祈る物を沈んだ表情で作ってどうするんだと、少女は勢い良く首を振って嫌な方向に傾いた思考を追い出す。

 取り敢えず、あとニ、三個ほど作って更に流す魔力を調整してみよう。

 それでも駄目なら、聖殿にある書庫――難解な言葉で埋め尽くされた本を見ると頭痛がするスノウは、滅多に近寄らないが――に向かい、北方の風習なんかについて書かれた本を探してみよう、参考になる事が書かれているかもしれない。

 

 そう思い立ち、再び小さな木札を手に取ると部屋の扉がノックされる。

 

「スノウさん、今よろしいですか?」

「あれ、その声はブラン? 珍しいね、どうしたの?」

 

 ノックの後に聞こえたのは友人の声だった。

 今開けるよー、と扉越しの声に応えながら席を立ち、自室のドアを開ける。

 

「ちょっとした作業をするなら、中庭もあるかと思ったのですが……自室の方だったんですね」

 

 開けた先に待っていたのは、何時もの修道服姿である栗色の髪の少女である。

 ただし、その両手は荷物で塞がっていた。

 見た処、スノウが部屋に持ち込んだ木の端材と同じような物と、何某かの本、だろうか。

 ブランが持ってきた品を見て、なんとなく察する。

 

「……あー、エーデルが手伝う様に言ってくれた、とか?」

「正解です。もの凄く分かりやすいでしょうけど、気付かないフリをしてあげて下さいね?」

 

 相変わらず、お嬢様のちょっと捻くれた好意を容赦なくバラしていく従者スタイルである。これに関しては素で同情しちゃうスノウであった。

 バレたらバレたで照れるお嬢様が可愛いので問題ないですが、とか言い切るブランに、とりあえず部屋に上がるように促す。

 

「正直、ちょっと煮詰まりかけてたから手伝って貰えるなら助かるかな。ミラも何時帰ってくるか分からないし」

「お任せを、と言い切りたい処ですが、私も護り札作りなんて久しぶりですからね。参考になりそうな本を書庫から借りて来たので、一応目を通しておきましょう」

 

 そんなこんなで、頼もしい助っ人と共に作業は再開された。

 

 

 

 

 

 

 元々、この護り札作りというのは、魔装に施された魔力導線を刻む作業を極めて簡略化させたものらしい。

 強力な武器にも防具にもなる魔力を通した装甲を模した飾りを御守りとするのは、霊峰に近い強力な魔獣が生息する地方からの発祥だとか。

 ブランが持ってきた本は何気に二人も知らなかった故郷の風習について、その起こりが詳細に記されていた。

 当然、彫り込む紋様についてもある程度書かれている訳で。

 なんでも、ある程度決まったパターンが存在しているようで、深さや幅、線ごとの間隔が理想とされるものに近ければ近い程、通せる魔力の量も増えるとの事。この辺りは本家の魔装と同じ理屈だった。

 スノウが先程作ったものは、やはり諸々が荒く、歪だったということだろう。ロクに力を蓄える事が出来ない導線に許容量を飽和する魔力を流し込んだ結果、札本体に負荷が掛かって破損した、という事だ。

 

「……うわぁ、こんなに繊細な作業だったんだ……じいちゃんはこう、ササーッと彫ってわたしに渡してきたんだけどなぁ」

「私も北方にいた頃に何度か作りましたけど、最初はまともな物を一つ彫るだけでも結構な時間が掛かった記憶がありますね。スノウさんのお祖父さんは余程作り慣れていたのか……或いは過去に魔装処理を行える職人だったのかもしれません」

「わたしが覚えてる限りでは、じいちゃんの仕事といえばもっぱら畑の世話だったけどね」

 

 お喋りを挟みつつ、二人とも視線は机の上に広げた木札に集中し、本に描かれた図面を参考にしながら慎重に紋様を彫り進めてゆく。

 

「と、出来た。お手本の御蔭でさっきよりはマシになったけど、やっぱりちょっと曲がってるかも……」

 

 スノウは彫り終えた小札をくるくると廻して角度を変えて眺めてみるも、図面と比べればやはり少し歪だ。

 理想とされる図面があるのは大きいのか、先程よりは出来自体は良くなっているのだが。

 隣に座って同じく作業していたブランが身を乗り出し、白い少女の手にある作品を眺めて記憶にある護り札と比べてみた。

 

「この位ならば最低限の魔力は通ると思いますよ? 北方で伝わる御守りとしては大体これくらいの出来が殆どだと思います」

 

 一応、成功作ではあるらしい。とはいえ、もっと上のクオリティを目指せそうではあるので仕上げは保留とする。

 

「わたしの中では、じいちゃんの作ってた物が基準なんだよね。出来れば人に渡すならあの位にはしたい」

「スノウさんのお祖父さんの作った品の精度がどれ程の物か、私には知る由もありませんが……ミラ様が聖都に帰還なさる迄に間に合いそうですか?」

「うん。がんばる」

 

 可能不可能ではなく、帰って来た答えが単なる根性論の主張であった事に、ブランが苦笑した。

 まぁ、最後の御祈り――魔力を通す作業はそう時間が掛かるものでもない。彼女の師が帰ってくるまでの間、ひたすら数を作って紋様の精度を上げるというのもアリだろう。

 

「そうなると、もう少し材料になる端材があった方が良いですね。追加で頂いて来ます」

「うん、ありがとう。助かる」

 

 自身の作業を一旦止めて席を立つブランに礼を言いつつも、スノウの視点は小札から逸らされなかった。どうやら集中状態に入ったらしい。

 一旦友人が席を外し、一人に戻った自室の中、木を削る音だけが静かに響く。

 幾つか、段々と出来の良くなってきた物を削り終えた辺りで、ブランは再び戻って来た。

 顔をあげたスノウの鼻腔を、茶葉の良い香りがくすぐる。

 

 その手には木片の端材……ではなく、紅茶の香りが立ち上るティーセットが乗ったカートを押している。

 端材の方はカートの下段に籠に入って載せられていた。どうやら材料集めのついでにお茶も淹れて来てくれた様だ。

 

「お茶を用意しましたが……キリの良い処で休憩にしませんか? 長丁場になるのなら根を詰めるのはよくありませんよ?」

「もらうもらう、喉はかわいてたんだ。いやー、ありがとう」

 

 木札を脇に寄せると軽く木屑を払い、机の上にティーセットが置かれる。

 カップと一緒に小皿に乗った焼き菓子も添えられ、スノウは先ず最初にそれに齧りついた。

 

「んまーい! これ、この間もらったやつと同じだね。また食べたいと思ってたからありがたいや」

「気に入って頂けたのなら嬉しいですね。お嬢様もお好きな様なので、定期的に作っているんです」

 

 上機嫌に笑ってパクパクと口に焼き菓子を放り込む白い少女の食べっぷりに、栗色の髪の少女もニコニコと微笑みながらほんの少しだけ自慢気に胸を張る。

 休憩がてらのちょっとしたお茶会。紅茶と菓子に舌鼓を打ちながら、スノウはふと思い出した事をブランへと尋ねた。

 

「……そういえば、エーデルがブランは北方出身だって言ってたと思うんだけど、どの辺りなの? 意外とわたしの村と近かったりするかな?」

「正確には私の出身は帝国らしいですね。物心つく前に北方に移り住む事になり、六年程前にお嬢様に出会って従者となった形です」

 

 場所的には北方入口にある小国の孤児院の出らしい。そこで余り豊かとは言えないながらも、院長や同じ孤児達と力を合わせて暮らして居たそうだ。

 そこにやって来たのが、当時はまだ爵位を保持していたヴァリアン家の御息女……エーデルという訳だ。

 

「へぇ……六年の付き合いかぁ。専属の従者になった位だし、その頃から仲が良かったんだねぇ」

「いえ、寧ろ出会った当初は嫌いでしたよ? 華やかな帝国の御貴族様が、一昨日来やがれ。なんて思ってました」

「――ブファ!?」

 

 笑顔のままで「開幕バケツの水をぶっかけて中指立てましたね」とか仰るブランさんの言に、スノウは口にしていた紅茶を気管に詰まらせ、悶絶する。 

 それがどうして今ではエーデルにべったりなのか、とかそこまで嫌っていた理由はなんなのか、とか色々と思う処はあったがそれよりなにより。

 孤児が貴族のお嬢様に水ぶっかけるというのは怖い物知らずにも程がある。下手をすればその場で従者に斬り殺されかねない。

 今の穏やかな振る舞いからは想像が付きにくいが、以前の彼女は相当ロックな娘だった様だ。

 

 咳き込むスノウの背を少し慌てて撫でてやりながらも、ブランはどこか懐かしそうに過去を振り返った。

 

「ただの貴族の娘というのならそこまで毛嫌いはしませんでしたが、ヴァリアン家というのが私的に引っ掛かりまして。私も子供でしたし、あのときはつい感情的な対応になってしまいましたね」

「けほっ……元は帝国産まれって言ってたっけ。何か因縁があったとか?」

「えぇ。私、当時の御当主であったヴァリアン子爵の娘らしいんですよね――お嬢様とは所謂腹違いの姉妹というやつです」

「おっふ……」

 

 極めて軽い調子でサラリと告げられた内容が、予想の五倍くらい激重だった。

 口をあんぐりと開けて絶句するスノウに、栗色の髪の少女は唇の前に人差し指を立てて「スノウさんにだから話したんです。他の人には内緒ですよ?」なんて言って笑う。

 

「い、いや誰にも言ったりしないけど……それわたしに話して良い事なの?」

「もうヴァリアン家自体が戦でお嬢様以外の血縁は亡くなっていますので。お嬢様もスノウさんなら問題とは思わないでしょう」

 

 なんでも、ブランの母は帝国でも弓の名手として知られたハーフエルフの戦士だったらしい。

 そんな彼女が、戦場で轡を並べたヴァリアン子爵とどの様な交流があったのか。既に当人達が亡くなっている為、真相は知る由も無いが。

 結果として彼女は子爵の子を身籠り、生まれたばかりの赤子を連れて帝国を去った。

 遠く離れた北方の地で、まだまだ幼いブランを残して病で逝去した彼女の胸中は如何ほどのものであったのか。

 

「『父を恨まないで欲しい』母にはそうお願いされたので、憎しみは持たないように心がけてはいましたが……それはそれとして『嫌う』のはいいよね、ということで本人が目の前に現れたら唾でも吐いてやろうと思っていました」

「それブランのお母さん的にはオッケーだったのかな!?」

「さぁ? 私も聖人君子では無いですから、母の思いと自分の気持ちの折衷案として出した結論ですので」

 

 母の友人でもあった孤児院の院長に引き取られ、カツカツの運営を少しでもマシに回す為に大人も子供も一丸となって過ごす日々。

 そんな中でやってきたのが、自分の腹違いの妹――人類最大国家で貴族として何不自由なく暮らすお嬢様だと知れば、塩対応も宜なるかな。

 

「初日に水ぶっかけて追い返して以降、御供の方々も待たせて一人で何度もやってくるもので、流石に根負けして話を聞く事にしたんです」

 

 六年前、といえばブランもエーデルも本当に子供だった筈だ。特にエーデルなんて下手をすれば年齢一桁だったのでは無いだろうか。

 貴族相手に水濡れにさせて中指立てるブランも大概だが、その妹も幼い頃から相当に肝が据わっていたらしい。

 

 聞いていると中々にハラハラするエピソードなのだが、語るブランの表情は酷く穏やかで、懐かしそうで。

 門前払いを繰り返していたエーデルをとうとう招き入れ、院長と一緒に三人で話をしたときの事を思い返す彼女の瞳に、見て分かる程に暖かな光が灯る。

 

 まず最初に、エーデルが行ったのは深々と頭を下げる事だったらしい。

 父の不貞。責を負う事もせずにブラン達母子を放置していた事。

 今日に至るまでそれを知らず、帝国で呑気に暮らしていた自分の不甲斐なさ。

 諸々を含めて、本当に心苦しそうに幼い少女は謝罪を繰り返したのだそうだ。

 

 どう聞いても十歳前後の子供の発言では無い気がする。

 少なくとも自分が同じ年頃だったときは、近所の悪ガキ相手に取っ組み合いのケンカしたり一緒になって悪戯したりと、もっとアホだったなぁ、とスノウが思うのも仕方がない。

 

「いくら隔意がある一族の娘といっても、自分より年下の女の子ですからね。そこまで真剣に謝られては、嫌いなままでいるのは難しかったんです」

 

 とはいえ、ブランとしてはその時点ではエーデル個人に向ける感情が負に傾いたものでは無くなった、程度のものだったらしい。

 

 明確な変化があったのは、その後。

 

 特徴的な巻き髪の少女が、かわいいおでこの下にある眉根を寄せ、深刻な表情で懺悔する様に御家のこれからの対応について語ったときだった。

 この期に及んで、ヴァリアン家はブランの血筋を表立って認める事はしないと。

 そして、そんな事こそ認められない。いつか自分が父の後を継いで当主となった暁には、絶対にブランを直系の血筋であると一族全員に認めさせ、帝国で周知させてみせると。

 

 必死な形相で、当時のエーデルの立場では口約束にしか出来ない言葉を紡ぎながら。

 それでも縋るように、願うように。彼女はブランを見つめたまま、懇願する様に呟いたのだそうだ。

 

 

 

 ――その血筋を公にも出来ず、確たる証も立てられない。

 そんな無力で愚かな小娘が、心の中だけでも貴女を姉と思う事を、どうか赦して欲しい。

 

 

 

「……泣きそうな顔で、私の返答を待つお嬢様を――あの()を見たときに、なんというかストンと胸に落ちたんです。"あぁ、この娘は私の妹なんだな"って」

 

 ブランにとって、その瞬間の光景と感じた想いは何にも代えがたい大切な記憶(モノ)なのだろう。

 お嬢様の――妹の当時の様子を語る彼女の声は、気恥ずかしさと少しの誇らしさ、何より溢れんばかりに家族(エーデル)への愛情に満ちていた。

 

 それからの事は殊更に特筆する様なものではない。

 エーデルの言葉を受け入れ、そして彼女と共に在る事を望んだブランは従者という形で家族の――(エーデル)の隣に寄り添い続けた。

 ブランにとって、既にヴァリアン家は大して重要でもなければ興味を惹くものでも無い。

 ただ妹が望むから、その再興を手伝っているに過ぎない。彼女にとって真に重要なのはその過程においても結果においても、エーデルの傍に自分が居続ける事だった。

 

「……そっかぁ。ブランはエーデルのお姉ちゃんなんだね」

 

 スノウの胸に、暖かな感情と共に微かに羨望の様な想いが湧く。

 肝心の御家が無くなったというのに、それでも二人が共にいるのは、主従ではなく家族――姉妹だから。

 シンプルだがこれ以上無く納得できる理由だった。

 物心ついたときには両親はおらず、家族は祖父と祖母だけだった白い少女にとって、兄弟姉妹という家族の在り方は馴染みが薄く……それ故に二人の関係がとても眩しく見える。

 

「……ん? もう貴族じゃないんだよね? それなら身分とか気にしないで普通に姉妹って大っぴらに言えるんじゃない?」

「えぇ、ですがお嬢様はヴァリアン家の再興を諦めてはいませんので。一応主従としての体裁は保つ様にしています」

 

 今なら普通に姉妹と名乗れるのではないか? そう首を傾げるスノウに対し、ブランは澄ました顔で応えて――最後に悪戯っぽく笑って付け足した。

 

「……なので、二人だけのときに不意打ちで家族として対応したりしてますね。これがまた……ふふっ、可愛いんですよ?」

「うわー、意外と意地が悪いなぁ……それはそれとして、わたしもそのときのエーデルの反応は見てみたい」

「残念ながら秘密です。あの娘が顔を真っ赤にして慌てる姿は、当分は私だけの宝物なので」

 

 そこで互いに目を見合わせ、二人は同時に吹き出す。

 

「あはははっ、残念! でも、それじゃ仕方ないね。あとでそれをネタにからかうだけで我慢しよっと」

「私がいるときにやって下さいね? 照れながら怒るお嬢様も見て愛でたいので」

 

 揃って割と酷い予定を立てながら、空になったカップを片付ける。後で存分に弄り倒されるであろうデコロールちゃんに幸あれ、といった処だ。

 お茶と焼き菓子の皿を片付け終えると、スノウは気合を入れて腕まくり。

 

「さて、良い話も聞けたし。続きをがんばるとしよう! なんかアガって来たし、この際だから豊穣の日に併せてお世話になった人に配れるくらいに作るぞぉっ」

「折角ですから、私も聖殿内の知人に渡せる様に幾つか拵えてみましょうか。頑張りましょうスノウさん」

「おうさ、ミラが帰ってきたら驚く位に出来が良いのを作る!」

 

 改めて気合を入れ直し、少女二人は小刀を手に取って無数にある木札へと立ち向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――で、結局あのおさるは目的の品を満足いく出来で作れましたの?」

 

 次の日、食堂で朝食を終えて中庭へと向かう傍ら、エーデルは傍を歩くブランへと問いかけた。

 

「はい。スノウさん曰く『じいちゃんが作ったのに近い感じがする』小札は、私がお暇する時点で数点は作れていた様なので。ミラ様の帰還に間に合わないという事は無いと思います」

「それは重畳。助言した上に従者まで貸し出したのですから、これで間に合いませんでしたなんて言ったらわたくしが一番の道化ですもの」

 

 気の無い素振りで従者()の言葉に応じる御嬢様()であるが、もっともらしく顰めていた眉が微かに開かれ、表情が柔らかくなったのを当然ブランは見逃さない。

 さて、指摘して慌てる主人を愛でるか、沈黙を選んでこのまま御機嫌な主人を愛でるか。

 一瞬悩んで――今回は後者にしたようだ。微笑んだまま、少しだけ前を歩くエーデルの背を見つめている。

 

「しかし、その割には食堂に姿を見せませんでしたわね……訓練に関しては、この際ミラ様との仲違いが解消されるまで目を瞑るにしても、日々の食事まで疎かにするのは感心出来ませんわ」

「心配なようでしたら、後でスノウさんのお部屋に様子を見に行ってみますか?」

「別に心配なんざしてませんわよ――ですがまぁ、あの子の事ですから徹夜して机で寝こけている、なんて事は有り得そうですわね。そうだとしたら叩き起こしてやるのも悪かないですわ」

 

 振り向いてブランを見つめ、今日の訓練を始める前に部屋に突撃しますわよ、と即座に予定を変更したエーデルの顔にはでかでかと『スノウが心配』と書いてあるようで。

 あぁ、今日もお嬢様(いもうと)が可愛い。と、実に良い空気を吸っているブランが、笑み崩れそうになる表情筋を引き締めて微笑みに留まるように努力していると。

 

「あーっ! いた! エーデル、ブラン、おはよう!」

 

 廊下の向こう側から、話題にしていた当人が姿を現した。

 朝っぱらから妙に元気良く、小走りに駆け寄ってくると二人の前で急停止する。

 

「良かった、行き違いとかになったらどうしようかと思ったよ!」

「ちょ、近い近い。近いですわスノウ。貴女ひょっとして寝てないんですの? ただでさえ目が紅いのに充血してるせいでエラいことになってますわよ」

 

 徹夜明けのテンションというやつか。いつもより数段騒がしい白い少女が、目の前でぴょんぴょん跳ねそうな勢いでエーデルに詰め寄る。

 

「大丈夫だよ、作業に集中してたらなんか気が付いたら朝だったし、多分少しは寝たと思うから」

「それは睡眠とは言いませんわ。今すぐ回れ右してベッドに向かいなさいお馬鹿」

「いーからいーから、それよりコレ!」

 

 お嬢様に額をペシンと叩かれるもなんのその。

 その手を取るとスノウは掌に自分の持っていた物を押し付ける。

 訝し気に渡されたものを確認したエーデルの目に飛び込んで来たのは、丁寧に彫り込まれた紋様が淡い光を放つ小さな護り札だった。

 

「まずはエーデルにあげる! アドバイスくれた御礼ね!」

「……貴女ねぇ、大方他の方の分も作ったのでしょうが、ミラ様以外は後回しにしても良いでしょうに。それで睡眠を削るというのは――」

「あとこれ、ブランにも。昨日は色々とありがとう!」

「あら? 私にもですか。ありがとうございます」

「聞けや」

 

 今更気が付いたが、スノウの手には小振りな籠がある。エーデルに渡した物と同じ様な小札が結構な数で入っているのが見て取れた。

 聖殿(ココ)の知人に片っ端から渡すつもりなのだろうか、このおさるは。

 和気藹々と自分の従者と話している友人を、エーデルは呆れを隠さない視線で眺める。

 

「よし、次は食堂の人達に渡してくる! じゃぁ後でね!」

「いや、渡し終えたら寝床にお行きなさ……聞いちゃいねぇですわ」

 

 既に踵を返して食堂に向けて走りだした白い少女の背を見て、溜息を一つ。

 

「やれやれ……朝っぱらから嵐の様でしたわ」

「お嬢様、頬が緩んでいますよ」

「おだまり」

 

 首ごと顔を逸らすおでこちゃんに、笑いを堪えながらブランは懐に手を入れて。

 

「スノウさんも目標通りの品を用意できたみたいですし、豊穣の日には少し早いですけど……私もお渡ししておきますね」

 

 そう言って差し出されたのは、スノウが作った物とよく似た、小札の御守りだった。

 目をぱちくりとさせて、エーデルは従者の――姉の顔を見上げる。

 

「……貴女も作りましたの?」

「はい。スノウさんのようにお世話になった方全員、とはいきませんでしたが」

 

 手の中にある二つの護り札を暫し眺め。

 唐突に、エーデルはその特徴的な巻き髪を纏めている白いリボンを解く。

 下ろした髪を再び手早く纏め、リボンを結び直す過程で小さな札を髪に挟み込む様にして。

 片方のソレを終えると、反対側のリボンも解いて同じように護り札を髪の間に忍ばせるように纏め直した。

 

 通路の真ん中に鏡がある訳でも無く、全体像をチェックすることは出来ないが、白い飾紐の傍に添えられた簡素な札に触れて満足そうに鼻を鳴らす。

 

「……ま、悪くないですわね」

「お望みなら、小札を色合いが映えるように染色しますが?」

「このままで。この札も、リボンも、友人と姉が贈ってくれた物ですもの。手なんて加えるのは勿体ないですわ」

 

 はにかむのを堪える様な、そんな表情で言葉を溢す妹を、姉はあやうくその場で抱き締めそうになるのを我慢して。

 そんな家族にそっと腕を伸ばして、掌で触れるように手を繋ぐとエーデルは今度こそ嬉しそうに微笑んだ。

 

「小札を挟んだ髪を纏めるのって、難しいみたいですの。だから――明日はお姉さまに朝の髪のお手入れ、手伝って頂きたいです」

「……えぇ、明日と言わず。これからも、何時でも。私は御嬢様の従者で、エーデルのお姉ちゃんですからね」

 

 お互いに笑い合って。

 少しだけ名残惜しさを感じながらも、繋いだ掌を放し、主従(姉妹)は歩き出したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖都に帰還後、手早く報告書を作成した女傑は壱ノ院にいる後輩へと書類を提出しに来ていた。

 

「ご苦労様……にしても、今回も上位眷属が出て来たか……やはり頻度が上がっているね」

「えぇ、以前貴方が言っていた大きな動き。本当に近々起こるかもしれませんね」

 

 執務室の机の上で難しい表情で腕を組むヴェネディエの言葉に、ミラも重々しく頷く。

 

「現状では連中の出方待ちしか選べないか……元々が世界規模の防衛戦と言っても良い戦争だからね。後手に回るのは仕方ない面もあるが……中々に歯がゆい」

「なんにせよ、覚悟だけは決めておきましょう――あたら無辜の民が犠牲になるような事は断じて防がねばなりません」

 

 ここ最近では、極々直近の未来以外は視る事が困難になってきた自身の加護の事もある。なんとか十分な兵力と物資をいつでも動かせる様に整えておきたい処だ。

 とはいえ、それは自分の仕事。現場で戦う友人に心労を掛ける事も無い。

 重くなった空気を入れ替える様に、若き大司教は掌をパン、と打ち合わせて話題を切り替えた。

 

「そうそう、聞いたかい? 君の弟子――スノウが北方での豊穣の日の特産物を拵えて色んな人に配り歩いた件は?」

 

 僕も貰ったんだよ。と、執務机の脇に置かれていた木札を取り上げて見せる後輩に、ミラは頷いた。

 

「えぇ、知っています。私もスノウから渡されましたからね」

 

 そう言って懐から取り出した護り札を軽く掲げる彼女はヴェネディエも初めてみる表情――ドヤ顔だった。

 なんとも、スノウが関わる事ではこの女傑の知られざる一面を見る事が多い。

 彼としては愉快なので大変に結構、いいぞもっとやれと白い少女に喝采を送りたい処だ。

 

「ふむ。確かに良い出来だね。僕達にプレゼントしてくれた物も手作りの御守りとしては中々良い品だが……ミラの物はちょっとした民芸品として売りにだせそうだ」

「あげませんよ?」

「いや、流石に強請ったりしないよ。あの娘が関わると本当に面白くなるね君」

 

 大事そうに小札を懐にしまいなおすミラに、揶揄う様に……いや、完全に揶揄う気満々でニヤリと笑って問いかける。

 

「まぁ、仲直りできた様で何よりだよ。背筋が微妙に丸まった君というのも新鮮で、見てて面白くはあったけどね」

「……やはり知っていましたか。相変わらず意地が悪いですね」

 

 嫌そうに顔を顰める彼女に向かい、椅子の背もたれに背を預けて大仰に肩を竦める。

 

「君の師が関わる話となると、立場上嫌でも耳が大きくならざるを得ないんだよ……で、結果的にはどうなったのか聞いても?」

「……スノウと話し合った結果、彼女が私に技量で迫る領域に至った後、改めてどうするか決めれば良い、と」

「先延ばしか。君らしくもないね」

 

 ばっさりと言ってのけるヴェネディエの言葉に、沈黙を以て返すしかない。

 ミラとて弟子の育成計画において妥協を許しているようで、よろしくないとは思っているのだ。

 だが、本人が乗り気で無い事を強制したところで今回の一件の様な事が起こるだけである。

 それに……弟子の成長を願わなくてはならない立場の者としてはあるまじき事ではあるが。

 

『――教わるならミラが良い。他の人は嫌だ』

 

 唇をとがらせて、そっぽを向きながら言われた言葉がひどく効いたのも事実である。

 それでも、先延ばしという形でもスノウを師の元へ送ることを諦めきれないのは、彼女ならば届き得る師の領域――そこに彼女が手を伸ばす瞬間を見てみたいと思う、己の未練か、それとも――。

 

「始まりは才覚に惚れ込んだ、という形だったとはいえ、君が今抱いている望みは別におかしなものでは無いよ。親しい者に向ける想いとしてはごく真っ当なものさ」

「……ヴェティ、貴方は本当に意地が悪いですね」

 

 飄々とした普段とは打って変わり、いっそ優し気ですらある後輩の声に、心からやり辛そうに女傑は唸り声を洩らした。

 

 あぁ、そうだ。

 まだまだ己に及ばないとは言っても、現時点で既にスノウの技量は戦士見習い、などという立場にあるべきではない領域にある。

 此処から先は、鍛錬も勿論だが実戦を経験した方が伸びも良い。丁度同じ時期に見習いを卒業出来そうな少女達もいる。

 

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 師の元で鍛錬するならば、実戦を未経験であってもお釣りが来る程に得る物が多いだろう。

 なにより、如何にスノウの才であっても師の高みに手を伸ばそうとすれば、ミラを超えるよりも更なる年月を必要とする筈だ。

 だから、そうすれば。

 師のもとに送れば、スノウが戦場に立つことになる時期を、大きく先延ばしにできるのではないか。

 仮に彼女が戦う事になっても、師によって十分にその才を開花・研磨された後ならば、怪我や、万が一の事だって無くなるだろうと。

 

 弟子の育成だなんだと謳っておきながら、脳裏にはそんな考えがいつも張り付いていた。

 彼女とそう変わらぬ年で戦場に立ち、帰らぬ身となる少年少女など、大勢いるというのに。

 その中に、喪われる若い命の中にスノウが加わる――そう考えたときに、ミラの胸中に過ったのは恐れや脅えにも似た感情だったのだ。

 

 何たる惰弱。何たる臆病。

 師を名乗っておきながら弟子の力を信じる事が出来ず、鳥籠の鳥の様に安全な檻へと囲おうとする――このような情けない一面が己にあったのかと、愕然としたものだ。

 そして、其処まで自覚しておきながらも、その考えを今も払拭出来ずにいる。

 この様な腑抜けた己を、友人であり厄介な後輩でもある人物に悟られたというのは、ミラ=ヒッチン、一生ものの不覚であった。

 

 自身への怒り八割、態々指摘してきた友人への八つ当たりが二割で、急速に不機嫌になってゆくミラに、ヴェネディエが苦笑いする。

 これ以上つつけば友人が本気で怒りかねない、そう判断して残りの事務的な連絡を済ませ、速やかに退出してゆく彼女を黙って見送る事にした。

 執務室のドアこそいつも通りに静かに閉めたものの、気持ちいつもより荒々しい歩調で遠ざかっていく靴音に、独白するように言葉をかける。

 

「戦人としては、君の思っている通り良くない事なんだろうさ――でも、母が子を贔屓する、なんていうのは極々真っ当で、当たり前の話だよ」

 

 当人達にどれだけ自覚があるかは知らないけど。と、そんな風に独り言ちて。

 若き大司教は手の中にある小さな護り札を眺めて、再び肩を竦めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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