俺氏、ループ系TS聖女様をいつの間にかメス堕ちさせていた模様   作:弐目

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老兵の残照 決意

 

 

「うわぁ、《報復(ヴェンジェンス)》……そうか、アレが……」

「うん? お前は見た事無いんだったか?」

 

 弩弓を担いだ青年――《不死身》の納得と自身の不運への嘆きがブレンドされた声に、隣の《魔王》が怪訝そうに反応した。

 

「無いですよ……確か前に出たときって僕が赤ん坊くらいの頃じゃないですか。ってか知ってたら見た瞬間に回れ右して全力で後退してます……その様子だと頭領(ボス)は知ってるみたいだけど」

「あぁ、前に一度だけ()った事がある……戦いっていうよりは殆ど介錯みたいなモンだったけどな」

 

 部下の言葉に面白くも無い記憶が掘り起こされたのか、顔を顰めてつまらなそうに言い捨てる。

 背に負った大剣の柄を握り、ゆっくりと抜き放つと《魔王》は剣先を眼前の魔鎧へと向けて顎をしゃくった。

 

「そんな訳でな。個人的に魔鎧(オマエ)と戦るのは辛気臭い事ばかり思い出すから気が乗らないんだが……俺の縄張り(シマ)の連中に手ぇ出すなら話は別だ」

 

 圧倒的な強者を前に霞掛かった思考が晴れたのか、それとも先程の《魔王》の一撃に何某かの効果でもあったのか。

 自身の纏う鎧に匹敵するであろう霊剣の切っ先を油断無く見据えながら、少女は思わず、といった様子で呟く。

 

「……《魔王》……魔族領のトップで、世界に二人しかいない超越者……」

「へぇ? それだけ『呑まれてる』のにまだ会話出来るのか」

 

 片眉を上げて意外そうな表情を見せる魔族の長であったが、一秒後には頭を振って大仰に嘆く仕草をしてみせた。

 

「声からして、人間で言えば十代半ばって処か? あと二、三も若けりゃ俺的にドストライクな感じがするんだがなぁ」

頭領(ボス)、魔族の恥部だから性癖を公言するのやめよう? なんなら一生黙ろう?」

 

 唐突に頭の悪い会話を始めた二人の魔族に、馬鹿にされているのかとスノウの目が眉庇(バイザー)越しに冷たさを伴って細められる。

 一度は収まった少女の胸に蟠る憎悪の波が、悪感情に反応して再び鎌首を擡げたのを《魔王》も気付いたのか。

 軽く咳払いすると、再び肩をすくめて見せた。

 

「冗談だよ。いや、幼女は世の宝ではあるが……魔族領(ウチ)領民(ガキ)共に手ェだすなら例外適用ってやつだ――誰であろうとぶち殺す」

 

 瞬間、スノウがイメージしたのは巨大な溶岩溜まりが破裂し、津波の如く押し寄せる光景だった。

 真紅の布地が赤い残像を残し、翻り。

 魔鎧によって人外級の域にまで強化された知覚領域や反応速度――その全てを凌駕して凄まじい踏み込みと共に超速の剣閃が肩口へと撃ち下ろされる。

 

(! 速っ……!?)

 

 それでも、剣撃自体は至極シンプルな太刀筋だ。咄嗟に掌を剣の腹へと触れる様に合わせ、《流天》を発動。

 斬撃に込められた威力と魔力を逸らすように操作しながら、半身を傾けてを身を捌こうとして。

 

 ――まるで天から堕ちる流星を受け止めた様な衝撃に《流天》ごと圧し潰され、左腕の装甲を容易く切り裂いて刃が深く喰い込む。

 

「……ぐ、っぁぁああああぁっ!」

 

 気迫と悲鳴の入り混じった叫びと鮮血が、南方の大地に飛び散った。

 腕を半ばまで縦割りにされながらも、発動を切らなかった《流天》の御蔭もあって一撃の威力の大半は受け流す事に成功する。

 

 響き渡る轟音。

 

 無理矢理に逸らした剣の切っ先が大地を抉り、高位の魔法による爆撃でも行ったかのように大地が馬鹿げた範囲で吹き飛んだ。

 抉れ、巨大な爪痕が穿たれた地面が焦げ臭い匂いを発する。

 魔鎧の機能によって鈍化した痛覚――その感覚越しでも燃えるような痛みを発する裂かれた左腕を押さえ、少女は驚愕と共に戦慄した。

 

 聖都で訓練に励んでいた際、基礎的な座学の一環として世の強者の事も学んではいた。

 だが実際に身を以て体験すると、その知識があくまで上辺のものでしかなかったと、痛感する。

 人類・人外問わず、現存する強大な力を持つ者達の中でも極点と言える存在、少女の学んだ《三曜の拳》の開祖にして世界に残る唯一の"龍"の末裔――《半龍姫》。

 遥かいにしえより並ぶもの無き生命の頂点、戦武の極みとされている龍の姫君だ。

 そんな自然の、世界の代弁者とも言われる超越者に、個としての性能と磨いた才覚のみで限りなく近い領域に迫った突然変異の規格外(デタラメ)

 

 それが魔族の王。

 嘗ては《猛禽》の字名で呼ばれ、後に《魔王》と称されるようになった闘争の概念を人の形に押し込めた怪物であった。

 

「ぁん? 今の妙な手応えは……龍の姐さんの技か? 新しく弟子とったなんて話は聞かねぇんだけどな」

 

 大地を爆砕した切っ先を持ち上げると大剣を一振りし、肩に担ぎ直して珍しい物を眺めるような視線を向けて来る《魔王》。

 緊張感とは無縁の軽快さを滲ませた言動とは裏腹に、探るような光を灯す眼光に気圧され、スノウは後方に跳躍して距離を取った。

 

 断たれた装甲は金属が軋む音と共に復元を始めているが……斬撃自体に復元を阻害する効果でもあったのか、常と比べれば時間が掛かっている。

 同時に、本来なら大きく負傷すればそれを補う様に装甲が血肉に喰い込んで、損壊した箇所を補う機能も働きが鈍い。

 左腕の出血こそ止まったが、戦闘に使用するにはまだ暫くかかりそうだ。

 今の状態で同じレベルの攻撃が来れば……おそらく防げない。

 少女に人外級との戦闘経験があれば、初撃は回避一択であると判断も可能だったのであろうが……戦場を彷徨い始めて一月足らずの彼女に、強者との実戦経験が不足しているのはどうしようも無い事であった。

 

 焦燥に歯噛みする魔鎧の主とは対照的に、肩に乗せていた大剣を小枝の様に手首だけで一振りすると、平坦な口調で《魔王》は言葉を続ける。

 

「こっちに死人は出てないし、今の一撃で手打ちにしても良かったんだが……姐さんとの誼だ、せめて完全に呑まれる前に介錯してやるよ」

 

 言い終えるや否や、その姿が残像を残して消えた。

 

(消えっ……いや、右っ!)

 

 限界まで強化率を上げた五感や《三曜》を用いた魔力の流れへの知覚、その全てを総動員して、今度こそ横手に音も無く現れたその姿を捉える。

 とはいえ片腕が利かないままでは、まともな反撃など望むべくも無い。

 横殴りの斬撃を身体を傾けて躱し、魔力噴射を利用して回避と同時に牽制がてら相手の脚を蹴りで刈る。

 大型の魔獣の四肢ですらへし折り、砕く威力の蹴撃――だが《魔王》は小動もせず、寧ろ感心した様子で「おぉ?」と目を見開くだけだった。

 

「本当に大したもんだな。その侵食度合いで会話だけでなく、技の方もちゃんとキレてる」

 

 再び距離を取るスノウを視線だけで追い、剣を無造作に片手にぶら下げたまま鳶色の瞳がひどく惜しいものを見る様に細められた。

 

「なんでそんな呪物(モン)に手を出した? 長ずれば《災禍(ウチ)》の連中と比べても見劣りしない腕になるだろうに」

「……()()()()、って何さ」

 

 それが彼女にとって、どんなに胸を抉る言葉であったのか。

 低い声で応じる魔鎧の少女は、装甲に包まれた姿であっても激発を堪えている様が感じとれる程の怒りを見せ。

 その感情に呼応したかの様に、魔鎧の装甲がぎちぎちと音を立てて破損した箇所の復元速度を上げ、魔力導線がより深く、強く明滅する。

 

()()なる為に、どれだけ待たなきゃいけないの? この瞬間、今だって私達(わたし)から奪って、壊した奴らが同じように誰かの大事な人を奪っているのに」

 

 裂けた左の掌を見つめ――少女は其処に、血濡れて薄汚れたリボンを幻視した。

 

「それを放って、この気持ちにも蓋をして、安全な場所でのんびり修行でもしてろっていうの?」

 

 此方の二の腕を掴み、重症の身の上でありながら死に物狂いで妹の身を案じていた友人の、震える手の感触を思い出す。

 

「そんなのは、嫌だ……! "いつか"なんかじゃない。今、このときに戦えなきゃ意味が無い……!」

 

 紅く染まった記憶にあるのは、嘗て故郷で失われた家族の亡骸だった。

 

 わたしが強ければ――今の力があれば、皆、大事な人は今も傍にいたのかもしれないのに。

 

 それは有り得ない前提であり、意味の無いIFだ。

 それでも、少女の胸中に深く刻まれた後悔であり、嘆きであった。

 悲嘆と苦しみを噛み潰した様に零れ落ちる少女の言葉に、魔族の王の顔が何処か懐かしそうに――本人のいう処の辛気臭い色の感情に染まる。

 

「……そうか。お前()そんな感じか……分かっちゃいたが」

「……そうだよ、だからアンタが幾ら脅かしたって、わたしは魔鎧(コレ)を手放さない――アンタが看取った人と、同じ様に」

「チッ、精神侵食の影響かよ、やり辛いなオイ」

 

 少女の脳裏に浮かんだのは、《報復(ヴェンジェンス)》を纏う様になってから夜毎夢に見る"誰か"の記憶。

 その中の一つにあった、"誰か"を自らの手で斬って、その終わりを見届けた《魔王》の姿であった。

 

 一連の攻防に殺す気が全く無かった、という訳では無いだろう。先の言動の通り、場合によっては介錯してしまおうという意思も《魔王》にはあった筈だ。

 だがそれ以上に、此方を脅えさせる示威行為の面が強かった事を、少女はなんとなく察していた。

 嘗て、"誰か"にそうした様に。

 そして、実現出来なかったそれを、今度こそ為す様に。

 可能なら自身の武力を以て魔鎧を手放させようと――そんな風に考えて、この男は自分に刃を向けたのだと。

 

 少女の意思と《魔王》の意思。

 両者のそれに聞き入っていた、この場にいる残った一人である《不死身》は、気遣う様に自らの上司に向かって声を掛ける。

 

頭領(ボス)、彼女は……」

「お前はもうちょい下がってろ」

 

 平然とした、だが有無を言わせぬ口調で部下に退避するよう口にすると、世界に現存する超越者二名、その片割れは先程まであった軽い調子を消し去り、静謐さすら宿した声で少女に問いかけた。

 

「最後にもう一度だけ聞いとく。その物騒な鎧を手放す気は無いんだな?」

「……無い。絶対に」

「そうかい。じゃ、仕方ねぇ」

 

《魔王》が下げていた大剣を握り直すと、それがゆるりと持ち上げられ――次の瞬間には先程を上回る速度で少女の間合いに踏み込んでいた。

 驚愕する暇すら無い。

 落雷を思わせる一閃が、空気を裂く音を遥か彼方に置き去りにして振り抜かれる。

 先程までの比類無き速度と威力の斬撃ですら『仕留める』為のものでは無かったのだと、スノウは走馬灯の様に高速で思考を巡らせ。

 それでも、その一撃の齎す結末より何とか逃れようと全力でその剣閃を迎え撃とうとして。

 

 

 

 飛び込んで来た人影に、不可避と思われた絶殺の剣が逸らされた。

 

 

 

 先刻と同じように霧散した力の余波が轟音と共に大地に巨大な爪痕を刻み、地を奔る。

 スノウの《三曜》では流し切れずに腕を抉り裂かれた超越者の一撃を、僅かに掌から出血する程度で捌いてみせたその人物は――。

 

「……ミラ……!」

 

 少女が別れを告げ、袂を分かつ事になった筈の彼女の師、ミラ=ヒッチンであった。

 

 

 

 

 

 

 

 なんとか間に合った。

 ミラの胸中にあったのは、緊張と安堵という、相反する二つの感覚だった。

 

 ヴェネディエによって弟子の出現場所を予測した地図を渡され、飛び出す様に聖都から南方へと移動すること数日。

 以前、単騎で偵察という名の少女の捜索に向かったときの様に、速度優先で自身の脚で走り抜けてきた御蔭でなんとかこの場に飛び込むことが出来た。

 

 先刻まで行われていた信奉者と魔鎧の戦闘による魔力の爆発。

 近場まで来ていたミラはそれを探知し、即座に其処に向かって駆けつけようと全速で移動を開始したのだが……後から割り込んで来た絶大な魔力に総毛立つ事になった。

 

 灼熱を吹き上げる巨大な火山を思わせる魔力。

 彼女が知る限り、それを個で放てる存在など世に二人しかいないからだ。

 そして、その片方である己の師が住処の霊峰より動く事が無い以上、該当するのは一人。

 

 魔族領の筆頭《魔王》。それが、スノウと相対している。

 

 其処まで思い至れば、なりふり構ってなどいられなかった。

 隠形や気殺をかなぐり捨て、全力で向かった先には予想通りの光景。

 魔鎧を纏った少女に向け、かの地の王がその比類なき剣撃を叩きつけようとしている瞬間であった。

 

 渾身の力を持って跳躍し、一足飛びで両者の合間に入る。

 迫る刃に向け、躊躇なく《日昇》を発動。一撃で超大型の魔獣や竜ですら容易く両断する斬撃を、纏う魔力ごと絡め取り、逸らすことに成功した。

 受け流した切っ先が地を抉ると、凄まじい力の奔流が荒れ狂い、大地を存分に削り取る。

 流した力の余波が齎した破壊の痕跡に、表情は変えぬままにじっとりと背に汗が浮かんだ。

 

 師より学んだ《三曜の拳》。その奥伝を以てしても僅かに腕に痺れるような衝撃が残り、少量ではあるが掌を削り取られて出血している。

 

 同等の破壊力に経験が無い、という訳では無い。

 彼女の同僚である巨漢の全力の打撃や、或いは邪神の上位眷属の攻撃など、ミラの技量を以てしても正面から捌き切るのは容易では無い一撃は確かにある。

 だが、眼前の魔族の長である男は、それだけの威が込められた斬撃を逸らされてもまるで体勢を崩した様子が無い。

 文字通り、人間離れした体幹の強さもあるのだろうが……おそらく彼にとって、ある程度本気ではあっても渾身とは程遠い一撃だったという事なのだろう。

 

 ――力の上限が見えない。

 

 師の下で修業していた頃に感じたものと同じ感覚を、ミラは《魔王》からひしひしと感じていた。

 その当人は、彼女の姿を視止めるとあっさりと間合いから一歩引いてニヤリと笑う。

 

「よう、久しぶりだなミラ」

「えぇ、お久しぶりです《魔王》陛下」

 

 大剣を持ち上げて肩に刀身を乗せた姿を見て、取り敢えずは即座に敵対、という形にならなかった事に微かに息をついた。

 

「そうか、龍の姐さんじゃなくてお前の弟子か。通りで技に少しばかり同じ癖があった筈だ」

「はい。私の……私にとっての宝です」

 

《魔王》に対し、明確に自分の立ち位置を示す為に断言したミラの言葉に、背後から息を呑む気配が伝わってくる。

 女傑の言葉を聞いた魔族の王は、片眉を上げて面白い事を聞いた、と言わんばかりの表情を見せるが……直ぐにそれを意地が悪そうな笑みに切り替えた。

 

「宝、か。で、その自慢の弟子は俺の部下に手を出そうとしたんだが……それを庇うって事は、俺と戦り合う事も覚悟の上って事でいいのか?」

「お望みとあらば」

 

 言葉少なに、だが揺ぎ無い意志を込めて真っ直ぐに見据えて来るミラに、《魔王》は直ぐに顔を顰めて「相変わらず冗談の通じねぇ奴だ」と呟く。

 

「例の一件以降、風当りの強い魔族に対してお前の処は対応を変えてこない数少ない国だからな。そこの主力をボコる気はねぇよ」

「というか、ミラさんをどうこうしたら最悪、《半龍姫》様が怒る可能性があるじゃないですか。冗談でもやめて下さいよ頭領(ボス)

 

 近寄って来た《不死身》が片手を上げてお久しぶりですー、と軽い調子で頭を下げるのに対し、ミラも軽く黙礼する。

 その気は無い筈、なのだが……《魔王》は不敵に笑って少々物騒な言葉を吐く。

 

「俺個人としては、本気になった姐さんと戦れるってのは一生であるかないかの幸運なんだがな」

「絶対やめた方がいいですよ、後悔するんで」

「……ンだよ、俺が負けるとでも思ってんのか?」

 

 部下のにべも無い即答に《魔王》が何処か拗ねたような面持ちで唇を尖らせるが、《不死身》は極めて真顔で頭を振った。

 

「いえ、以前《亡霊》さんが『かの龍姫なら、あの鳥頭(アホウドリ)の不死身っぷりを捻じ伏せて生殖機能を完全破壊出来ないだろうか』とか真剣に検討してたんで、下手すると頭領(ボス)の去勢計画が持ち上がるんじゃないかなー、と」

「よし、帰るぞ! やっぱり何事も無いのが一番だからな!」

 

 一瞬で意見を翻した《魔王》が大剣を一振りして背に負い直す。

 同時に、これまでの気の抜けたやり取りの間にも微かに漏れていた灼熱の戦意も、完全に霧散した。

 

 

 

 それを待っていたのだろうか。

 

 

 

 師の背後で黙したままであった魔鎧の少女が、魔力噴射を用いて一瞬で間合いを離す。

 即座に反応したミラが振り向き、背を向けて駆けだす漆黒の鎧姿に向けて叫んだ。

 

「――待ちなさい、スノウ! ……待って!!」

「…………!」

 

 手を伸ばして、何時かの様に必死さと懇願を滲ませて上げられるその声に、一瞬、装甲に包まれた背面が震え――それでも止まる事無く、鎧の超加速を用いて少女はこの場を離脱した。

 

「…………ッ」

 

 またしても拒絶された事に、伸ばした手が力無く下ろされ、ミラは俯く。

 

「見事な逃げっぷりだな」

「……ちょっと頭領(ボス)、やめましょうよ、身内の事で落ち込んでる人がいるのに」

 

 感心した様子で呟く《魔王》に《不死身》が真剣な口調で諫めにかかるが、当人はどこ吹く風と言わんばかりに言葉を続けた。

 

「なんでだ? むしろ朗報だろ。追いかけて来た師匠と話をしたくないから逃げたってんだからよ」

 

 不思議そうに首を傾げる魔族の頭領の台詞に、部下も同じ様に首を傾げ、女傑は伏せていた顔をのろのろと上げる。

 説明が面倒なのか、後頭部を乱雑に掻きながら《魔王》は気の無い素振りで口を開いた。

 

「あいつは俺が散々にビビらせてやっても、少しもブレずに『鎧は手放さない』と断言してきやがった」

 

 そこで言葉を切り、ミラを見て鼻を鳴らす。

 

「……だが、お前が来た途端に、親に悪さを咎められたガキみたいに背を丸めてケツをまくった――お前と話せば()()()からじゃ無いのか?」

「…………」

 

 ミラは、無言のままにわずかに眼を見開いた。

 そうして発言した本人と、納得が行ったように頷いている《不死身》を交互に見やると……数秒、目を瞑り。

 両の手を持ち上げると、気合を入れる為に勢いよく自分の両頬に掌を打ち付ける。

 バチンッ、と良い音が響き、同時に心持ち丸まっていた背筋が伸びて。

 目を開いたときには何時もの彼女であった。

 

「情けない処をお見せしました――感謝します、《魔王》陛下」

「礼を言われるような事はした覚えがねぇな」

 

 ひらひらと手を振って肩を竦める自身の上司を眺めて、《不死身》が切なそうに「これで性癖がまともならなぁ……」などと呟いているのが聞こえたが、この場にいる他二人からスルーされた事で諦めた様子で溜息を洩らす。

 

「久方ぶりに御姿を拝見しておきながら、直ぐにこの場を離れる事を御許し下さい。為さねばならない事がありますので」

 

 戦いの爪痕激しい戦場跡において、丁寧に一礼する女傑に、礼と謝罪を受けた当人はぞんざいな調子で手を振って背を向ける。

 いいからはよ行け。そんな言葉がありありと浮かびそうなその背に向け、再び深く一礼すると《魔王》の横に並んだ部下の青年にも会釈を返し、ミラは少女の後を追うように走り出した。

 

 

 

 互いに振り向く事無く、魔族領と聖教国の最高戦力達は自分達の行くべき場所へと歩みを進める。

 

「上手く行くかな……確か《報復(ヴェンジェンス)》の使い手に途中で鎧を手放せた人っていないですよね?」

「知らね。別に今までがそうだったからといって、これからもそうだとは限らないだろ」

 

 自身は危うく魔鎧の少女にえらい目に合わされかけたというのに、《不死身》は心配そうに眉をひそめて師弟の未来を憂いた。

 対して《魔王》はそんなもんはアイツら次第だろ、とあっさり言い切ってズカズカと大股で歩き出す。

 

「素直じゃないなぁ。何時もだったら剣を向けた相手にあんな温い対応しないじゃないですか」

「いや別に。考えてみたら、お前って段差に蹴躓いて残機とやらを減らしてるイメージあるし。落とし前としてはアレで十分だろ」

「そこまで貧弱じゃ無いんですけど!? いや、他の《災禍(面子)》に比べたらそりゃ脆いんでしょうけど!」

 

 ツッコミから始まり、ここぞとばかりに常日頃の自分の言動に対する文句を垂れて来る部下を適当にあしらいながら《魔王》は先程まで相対していた魔鎧の主について思いを馳せた。

 少女の腕には己の斬撃(魔力)が刻まれている――ならば、暫くは『呑まれる』のを防ぐ気付け代わりにはなる筈だ。

 これは師であるミラにとっては朗報なのだろう。少女にとってはどうなのかは分からないが。

 ……防ぐと言っても()()()()()()()()()()()効果が充分に発揮されるとは言い難い。

 先程相対した感じからして相当に精神侵食は進んでいるように見えた。

 おそらくは、歴代の使用者と比べても融合深度が深まるのが格段に早い。

 余程魔鎧との相性や波長が合ったのか――或いは、少女自身が侵食を拒んでいないのか。

 

 どうであれ、導かれる結論は一つだった。

 

「……なるべく早く決着付けるこったな。手遅れになる前に」

 

 嘗て己が斬った誰かの姿を、その結末を思い出したのか。

 一瞬、懐古と苦々しさの混じった表情を浮かべたが直ぐに舌打ち一つしてそれを打ち消し、この世界における頂点の片割れは、分厚い雲に覆われた空を見上げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ――半月後。

 

 夜も更けた時間、ミラは大聖殿中央区にある、症状の安定した傷病者の治療を行う施設……その最奥にある重傷者用の一室へと訪れていた。

 窓から差し込む月明かりに照らされ、その個室では一人の患者が眠りについている。

 白いシンプルな貫頭衣に着せ替えさせられ、清潔な寝台の上に寝かされた病室の主――意識の無い栗色の髪の少女。

 その静かな寝顔を、寝台の脇に備えられた椅子の上で身じろぎすらせずに見守り続ける。

 

 各国の上層部は数十年ぶりの《報復(ヴェンジェンス)》出現の報を受け、過去の資料に従って対処法を周知させた。

 即ち、かの魔鎧が今代の持ち主を喰い潰すまで、距離を置いての静観である。

 

 これは今回に限らず、これまでに魔鎧が出現した際の経験則より導かれた、単純にして尤も効果的な対処法とされていた。

 解呪などまず不可能であると言われる特級呪物。その危険性は言う迄も無いことではあるが――直接的な危険の大半は人類種共通の怨敵である邪神とその軍勢へと向けられている。

 嘗て人類側に出た被害というのも、乱戦状態となった戦場に飛び込んで来た《報復(ヴェンジェンス)》の戦いに巻き込まれる、或いは解呪を試みようとした者などが魔鎧の持ち主に拒絶された結果、といった偶発的・若しくは消極的な反撃の要素が強い。

 永らく続く大戦……その戦史において定期的に発生する一種の災害扱いされている呪いの魔鎧は、邪神への憎念で形作られるその特性故に他者との協調がほぼ不可能である。

 故に出現した際には装着者の自壊、及びそこからの魔鎧自体の破壊が確定するまで即座に距離をとって放置、というのが定石となっていた。

 巻き込まれぬ様に注意さえ払っておけば、相当数の敵戦力を削ってくれる益も厄も齎す災害。直接的な関りの無い者達からすれば、そういった認識である。

 

 大多数の者からすれば、そんなものなのだろう。

 だが、そうでは無い……歴代の使い手達と親交があった者達からすれば、家族や友人、戦友の命を喰い潰して憎悪と死を撒き散らす、忌まわしき呪いの象徴であったのは想像に難くない。

 

 そしてそれは、教国上層部だけでなく、人類種の旗印足る戦力の損失を危惧した各国――それらによってかの魔鎧の追跡を中止せよと通達がやってきた女傑にとっても。

 

 どれ程の間、病床にある少女を見つめていただろうか。

 その目元に掛かる髪を指先で梳いてやると、ミラは静かに意識の無い少女へと語り掛ける。

 

「ここ最近は、余り顔を出せていませんでしたね……今日はその謝罪と、少々厚かましいお願いがあって来ました」

 

 穏やかな口調のまま、ベッドの背の部分――彼女の枕元へと吊り下げられた二つの小さな木彫りの護り札へと視線を向けた。

 

「勝手な願いだとは重々承知していますが、あの()が貴女()に贈った品を借り受けたいのです」

 

 手首に白いリボンが優しく巻かれたその手をとり、そっと握る。

 

「必ず返却すると、誓いましょう。ですからどうか、貴女達の想い出()を貸してください」

 

 祈る様に、懺悔する様に。

 握った少女の手を自らの額に押し当てて、瞳を閉じた。

 力無く、だが確かに血の通った暖かなその手の温度を、暫くの間、確かめ続け。

 

 ――不意に、ミラの手によって握られたままであった掌が、握り返された気がした。

 

 ハッとした表情で伏せていた面を上げ、少女――ブランの顔を注視するが、その眼は閉じられたまま変わる事無く、緩やかな呼吸によって胸元が微かに上下している。

 先程の感触も幻であったかの様に、少女の指も力無いままであった。

 

 それでも。

 

「……ありがとう、ブラン」

 

 背を押してもらった様な感覚を覚え、ミラは再び目を閉じて女神と眼前の眠り続ける少女へと祈りを捧げ、護り札を括られた紐から外した。

 それらを丁寧にハンカチに包んで懐にしまうと、音も無く――だが力強く立ち上がる。

 迷いの無い足取りで病室の出入り口へと向かい、静かにドアノブを廻す。

 扉を開けて部屋を出ようとして……そこで一度だけ、立ち止まった。

 

「また顔を見に来ます――今度は、あの娘と二人で」

 

 振り向かずに、だが確かな意思を込めて独り、呟くと。

 今度こそ立ち止まる事無く、ミラは真っ直ぐに歩き出す。

 ドアが閉じられ、再び病室には完全な静寂の帳が降りた。

 

 月光だけが静かに降り注ぐその一室で、少女は眠り続ける。

 

 深い眠りの中、嘗ての思い出を夢見ているのか。

 或いは、目覚める事無くとも確かに通じた想いがあったのか。

 

 蒼く、柔らかな光に照らされたその頬に一筋の涙が流れ、枕に小さな染みを作った。

 

 

 

 

 

 

 全ての準備を整えたミラは、聖都正面の城門を越えようとしていた。

 既に時刻は深夜。門は閉じられ、門脇の守衛が泊まり込む施設から漏れる灯り以外は、殆どの光源が消えている。

 変わらず降り注ぐのは月の光のみであった。

 夜を照らす月光を避けて気配を殺し、暗がりの中、一瞬だけ脚に魔力を装填すると跳躍。

 二度、三度と壁を軽く蹴ると、高く聳えた壁を越え、あっさりと門の向こうへと着地する。

 

 再び月明かりに照らされたその姿は、先程病室へと向かった際の姿とは一変していた。

 

 戦闘用に調整したシスター服自体はそのままに、普段は紐で軽く纏めらている髪は丁寧に編み込まれ、左サイドへと垂らすように形を変えている。

 四肢には軽量化を図った魔装の手甲と脚甲――逸品であろう魔装の胴当てに、背には同じく、嘗てドワーフの名工の手で鍛えられた魔装の鋼棍。

 

 身軽さの優先と、何より手入れや調整に時間や資金を多く取られる為にあまり身に着ける事のない、彼女の完全武装であった。

 

 保存食と水の詰め込まれた革袋の紐を引き、肩に掛けなおすと。ミラは一度だけ城門の方を振り向き、丁寧に一礼した。

 そうして、確かな足取りで月夜の道を歩き出す。

 

 だが、幾らも進まぬ内に足を止める事となった。

 

「よう、良い夜だな」

「……ラック」

 

 街道脇に転がる岩に寄りかかる様にして彼女を待っていたのは、友人の一人である強面の傭兵だ。

 その姿は彼女と同じ完全武装。魔獣の革と鋼板を組み合わせた軽装の鎧姿に、腰と背には長剣や短槍といった無数の武装が固定されている。

 胴鎧には投擲用と思われるナイフケースも帯になって連なっていた。

 

「何故、此処に?」

 

 わずかに硬い声で問う女傑の言葉に、ラックは実にあっさりとした様子で肩を竦める。

 

「ちと遠くに散歩だ――お前と同じくな」

「それは……」

 

 彼は正確には教国の民という訳では無く、あくまで雇われた長期契約の傭兵だ。

 それだけに、今回の様に上から厳命された指令――《報復(ヴェンジェンス)》への不接触を破れば重い罰則(ペナルティ)が課せられる可能性がある。

 そういった危惧をラックが理解していない筈も無いが、それでも指摘せざるを得ないと、ミラは口を開こうとして。

 

()()()

 

 有無を言わせぬ強い口調で吐き出された言葉に、遮られる。

 

「俺は二度、チビスケの身内を取り零した。一度目はアイツの祖父母、二度目はアイツの友人……この上、チビスケ本人まで取り零すつもりは無い」

「……そう、ですか」

 

 お前が同道を許可しないと言っても、勝手に着いて行くぞ。

 暗にそう言っているのが分かる友人の態度に、ミラは僅かばかり苦笑して、軽く頭を下げた。

 

「ありがとう、貴方が協力してくれるというのなら心強い」

「ハッ、早合点するな。俺だけとは限らんぞ?」

 

 鼻を鳴らして、傭兵は暗い夜道の先、街道沿いに並ぶ木立へと顎をしゃくった。

 

「まさか、貴方達もですか……」

 

 はたして、樹の陰より現れたのは女傑の予想通りの二人であった。

 

「いやはや、ミラ殿もうら若き女性。一人の夜歩きは危険であると、未熟な身ながら供を申し出ようと思っていたのですが……ラック殿に全て持っていかれた形となりましたなぁ!」

「僕は立場上、一応止めに来たんだけどねぇ」

 

 なんともお恥ずかしい! と日中に比べれば多少抑えた声量で大笑するガンテスと、苦笑いを浮かべたヴェネディエである。

 女傑と傭兵、筋肉と腹黒は互いに歩み寄ると、月夜の下で静かな対話が始まる。

 

「まぁ、聞く迄も無いとは思うけど……ミラは勿論、君達二人も止まる気は無いんだよね?」

「えぇ。叱責にしろ、罰則にしろ、あとで如何様にも受けます」

 

 即答して頷くミラを筆頭に、ラックとガンテスも各々力強く断言する。

 

「違約金どうこうってんなら後で一括で全額叩きつけてやる。元特級冒険者の貯蓄を舐めるなよ?」

「敬意を払うべき先達にして戦友が、最愛の教え子を取り戻さんと奮起しているのです。組織の意見に迎合し、これに合力せねば何の為の修練、何の為の信仰であるのか」

 

 三者三様の答えであり、しかして意見を翻す気は揃ってゼロ。

 分かり切った答え合わせを終えたヴェネディエは、一つ頷いて踵を返した。

 

「うん、そうなるよね。じゃ、行こうか? あちらに馬を人数分用意してあるよ」

「結局お前も行くのかよ」

 

 呆れた調子を隠さない傭兵の声に、不良大司教(坊主)はシレっとした表情で返答する。

 

「僕はここ最近、徹夜続きの仕事漬けだったからね。今の問答で最後の残業も終了だよ――明日からは久しぶりに休暇というだけの話さ」

「チッ、お前一人だけ正当な手続きで街を出た形か。ちゃっかりしてやがる」

「心外だなぁ、最初から僕に相談してくれていれば、書類上はなんとでも出来たんだよ?」

 

 忌々しそうに舌打ちするラックと楽し気に笑うヴェネディエであるが、体重的な問題で馬を長時間走らせることが困難なガンテスが「むぅ……」と唸り声を上げた。

 

「皆様が乗馬を得手としている中、拙僧が原因で道行きが遅れる様では申し訳が立ちませんな……ここは拙僧は割りてられた馬を背負って並走すべきですな!」

「やめろ筋肉馬鹿。どんな珍百景だ」

「百歩譲って徒歩で並走するのは分かるけど、背負うって選択肢は何処から出て来たのかな」 

 

 三馬鹿と化した男三人に、何時もなら溜息の一つでも漏らす処ではあったが……。

 独り、己の全てを賭けてでも弟子である少女を取り戻そうと決意していたミラには、何時もの友人達やり取りが常に無く頼もしく、そして有難かった。

 

「ガンテス、ラック、ヴェネディエ……貴方達に感謝を」

 

 一歩退いて、喧しいやり取りを続ける三人に丁寧に頭を下げると、礼を言われた側の者達は揃って苦笑し、代表してヴェネディエがその言葉に応じる。

 

「礼はあの娘を取り戻してから受け取るさ。それで、次の具体的な出現地に心当たりはあるのかい? 以前渡した地図の印……次の予測地点は確か、北方方面だったと思うんだけど」

「えぇ。根拠、という程のものではありませんが」

 

 頭を上げ、言葉とは裏腹に確信を抱いている様子で、ミラは断言した。

 

 

 

「おそらく北方中部よりやや北――嘗て故郷の村があった地に、スノウは居る筈です」

 

 

 

 その双眸は、遥か先の北の大地に居るであろう白い少女を見据えているようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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