俺氏、ループ系TS聖女様をいつの間にかメス堕ちさせていた模様   作:弐目

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次章の前の箸休め的な話です。






幕間・閑話
銀麗と白百合と時々駄犬(前編)


 

 

 

 唐突だが、リアの機嫌が悪い。

 

 いや、理由は分かってんのよ。

 大森林に向かう折、隊長ちゃんに渡した簪が発端だ。

 正確に言うと、渡す事こそしなかったがシアの分は買っておいた――けどリアの分は無い、という事を昨日、ふとした会話の流れでゲロして以降、我が(おとうと)分はご立腹なのである。

 

 基本、人当たりが良くてよく笑う奴なだけに、ツーンとした表情で顔を逸らされるのは心に刺さるそうだ屋上に行こうあいきゃんのっとふらい(錯乱

 これには困った。素で困った。あそこまで不機嫌になるとはちょっと予想外だった。

 

 ――そんな訳でどうしたら良いですかねぇレティシアさん!

 

「そこでオレに聞いてくるのかよ」

 

 本日のお仕事を終えて自室で寛いでいたシアの処へと突撃し、直球でアドバイスを求めたのだが……馬鹿を見る目付きで見られた、解せぬ。

 いや、まぁ、確かに簪を渡した二人の内の片方である人物へと助言を求めるっていうのは大分アレだとは思うけど……仕方ないやろ、リア絡みで一番的確な事言ってくれるのは姉貴(アニキ)であるシアなんだから。

 

「まぁ、言わんとしてる事は分からないでもないけどさ」

 

 そう言って、シアは掌の中にある銀細工に空色の玉飾りがあしらわれた簪――つい昨日まで俺の部屋の机の肥やしになってた例のやつね――を、目を細めて眺めている。

 部屋に入ったときにもじっくりと鑑賞していたらしきソレを指先で一撫ですると、専用のケースにしまい直して俺の方へと向き直った。

 

「オレの分まできちんと確保してあったのは正直意外だったけど……そこでアリアの分に気が廻らないってのはお前らしくも無いな?」

 

 いや、うん。考えなかった訳では無いんです、ハイ。

 ただ――普通に良いお値段なので二つ購入した時点でそのときの手持ちが無くなりました。

 言い訳にしかならんが、渡す機会が巡って来る様なら後でリアの分も買いに行こうとは考えていたんです、マジで。

 そのあと、結局ずるずると店に向かうのが先延ばしになったのは言い訳のしようもないけどな!(白目

 

「ま、そんな処だろうな」

 

 俺の行動の経緯なんぞ大体予想済みであったのか、軽い調子で肩を竦める聖女様。

 

「とは言っても、今回の件はそんなにきちんとした助言なんて無いぞ? 精々が御機嫌取りにあの店に二人で行ってこい、位だな」

 

 む、やっぱりそうなるか……だが、今のプチおこプンプン丸のアリア君がそれを素直に聞いてくれるかどうか、ちょい不安なんだけど。

 我ながらなんとも情けない声色で不安要素を口にすると、シアは通り名の由来であるサラッサラの淡い金髪をかき上げて断言してきた。

 

「いや、お前が二人で出掛けようって食い下がれば絶対断らないから。というか、仲直りしたいならアリアが首を縦に振るまで誘うくらいの気概は見せろよ。男だろ?」

 

 ご尤も過ぎてぐうの音もでない。正論でブン殴って来るのはやめようレティシア君! ぼくはとてもつらい! 自業自得なだけに猶更!

 

 ……だが、俺としてもさっさと仲直りしたい。マジで。

 可愛い(おとうと)分に、不平等な真似をしてしまったのは事実だしな。此処はシアの言う通り、食い下がってみるか。

 ちょうど明日は殆どフリーらしいし、頑張ってお誘いしてみよう。

 

 俺の表情から大体は察したのか。

 我が友人も満足気に頷いて――「まぁ、それはそれとして、だ」なんてちょっと声色を変えて切り出した。

 

 腰掛けていた寝台から立ち上がると俺の前まで歩み寄り……とっても良い笑顔を浮かべる金色の聖女様。

 

「オレと二人で出掛けて、オレが紹介した店で別の(ヤツ)に贈る品を黙って見繕う――これに関する不義理はどう清算する気なのかな君は?」

 

 oh……。

 

 言われて見ればその通りであった事実を遅まきながらも指摘され、思わず固まる。

 その白く細い指先が伸ばされ、嫋やかな動作とは裏腹にぐわしっ、っと音がなりそうな力強さで両の掌で俺の頭が固定された。

 綺麗な笑顔の儘で、その指先にじりじりと更なる力が込められる。

 

「その上なー、アリアとの仲直りのアドバイスまで頼まれちゃってなー。君はちょぉぉっとオレに対する配慮ってやつが足りてない気がするんだよなー」

 

 息が掛かる様な距離まで顔を近づけたシアは相変わらず良い笑顔の儘で、ちょっと額に変な汗が滲んできた俺は視線を逸らして必死こいて謝罪の言葉を捻りだした。

 

 そ、その件に関しましては、ご指摘を受けるまで終ぞ思い至らなかった事と共に大変申し訳なく……。

 

 シアはニコニコと満面の笑みを浮かべている。こわい(白目

 心なしか俺の頭を鷲掴みにしている指先に更なる圧力が追加された気がした。

 

 こ、今回のリアの件が無事に終わったら、改めて何かしらの謝罪――挽回の機会を頂けたら嬉しいなーとか愚考いたします! すいませんでしたぁ!

 

「……ま、良いだろ」

 

 笑ってるのに笑ってない笑顔と半端無い圧を引っ込めたシアは、再び肩を竦めて俺の顔を挟み込んでいた両手を離す。

 

「それじゃアリアの御機嫌伺いが終わったら、次はオレと出かけよう。あー、何処に行こうかなぁ……ちょっと良い値段のレストランでも予約しようかなぁ!」

 

 これはアレやな、そのときは奢れって事やな。そんくらいは聞かんでも流石に察せられた。

 聖女様がお高めとか言っちゃう店とか、どんだけの出費になるのかちょっと怖いが……まぁ、エルフの一件で教皇の爺さんから正式な依頼料として結構な額を頂いてるので貯蓄は大分増えた。問題なかろ。

 なので、奢り自体に否は無いのだが……あれだ。なんだか最近はシアリアのどっちかと出かける事が多い代わりに、前みたいに三人で、っていう機会があんまり無い気がする。

 別にそれが不満って訳じゃないが、たまには以前みたいな感じも良いと思うんだが……うーむ、こいつは贅沢な望みってやつなんだろうか? 二人とも俺と違って立場ってモンがあるから時間を好きに捻りだせるものでも無いからね。

 

 先ずはアリア君のお怒りを鎮めて、その次にシアと礼と謝罪を兼ねて出掛けて――少々先の話になってしまうが、更にその後の話として目の前の聖女様に話してみると。

 

「ん……そうだな。確かに三人で出掛ける回数はめっきり減ったし……今度はそうしてみるか」

 

 さっき浮かべていたものとは違う普通の笑顔を浮かべて、シアも楽しそうに頷いてくれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 と、いう訳で。次の日の朝である。

 

 俺は大聖堂での朝の御祈り当番だったリアを出待ちして、裏口から出て来た処を単刀直入に切り出した。

 アリア君アリア君、良ければ今日は俺とお出掛けしない? ぶっちゃけ昨日の一件のお詫びも兼ねてプレゼントとかしたいんですけど!

 

「え! うん! 行こ……」

 

 笑顔で即答しかけた(おとうと)分は、ハッとした表情になると慌てた様にそっぽを向いた。ぬぅ、やはりいつもより手強くなっておるわ。

 

「……ふーんだ。御機嫌とりしたってそんな簡単に許さないからね、今回、ボクはちょっと怒ってるんだ」

 

 重々承知しておりまする。なので御許しの機会を頂く為にお誘い申し上げているのであります。

 昨日と同じく、ツンとした態度で腕組みとかしちゃってる銀の聖女様に対し、なるべく神妙な表情で俺は食い下がる。

 勿論、表情だけでなく真摯に自分の心情も伝える。ぶっちゃけゴマ擦りの側面が無いとは言わんが、やっぱり大事な奴とギスギスしたまんまというのはしんどいのだ。

 

 シアにプレゼントして、お前だけをハブろうとかそういう意図は無かった。言い訳にしかならないが、財布の中身を貯蓄から補充して後で買いに行く予定だったんだ。

 エルフの一件を挟んで随分と後回しになったのは、もう完全に俺の見通しの甘さのせいだ。ごめんな。

 

 組んでいる手を取ってずずいっと顔を近付けると、リアは驚いたのか「うふぇっ!?」と妙な声を上げて仰け反る。

 何故か挙動不審になって俺が握った手とは逆の、空いた指先で自身の銀の髪を指先でくりくりと弄びだした(おとうと)分へとぐいぐいと距離を詰めて言い募った。

 

 なんで、今日はアリア君を誘って例の店に一緒に行こうと思いました。出来れば仲直りのチャンスをくれると嬉しいです、ハイ。

 昨日のシアではないが、息が掛かりそうな程の距離で正面から綺麗な空色の瞳をガン見して望みを伝える。

 ……意図した訳じゃないが、手を取って壁に追い詰めるような感じになってしまった。

 うん、やっちまったZe。イケメンでもなんでも無いのに壁ドン擬きな行動とっても黒歴史にしかならんわ、次があるとも思えんが気を付けとこ。

 

 とはいえ、常になく強引にお誘いした甲斐はあったのか。

 そっぽを向くのをやめてくれたリアは、相変わらず空いた手の方の指先で忙しなく髪を弄りながら「……はい」とちいさな声で応えてくれた。

 あれだけ怒った素振りを見せていたのに、直ぐに前言を翻したのが恥ずかしかったのか、ちょっと俯いて顔を赤らめていたが――元はと言えば俺の迂闊な言動が原因なのでそう気にすることは無いんやで?

 

 あー、えがった。取り敢えず最初の一歩は成功した。

 

 そんじゃ、朝飯食ったら一緒に街に出ようず。先ずは食堂行くとしよう。

 怒った気配は無くなったが、代わりになんだかちょっと静かになったリアと連れ立って、二人で食堂に向かう。

 飯も重要だが、一旦部屋に戻ったら軍資金のチェックをせんとな。また手持ち不足にならんように多めに持っていこう。

 

 

 

 

 

 

「よーし、早く行こうにぃちゃん!」

 

 朝食を摂って、互いに一旦部屋に戻って。

 ささっと準備を終えて聖殿の門前にで合流すると、リアはすっかりいつも通りの様子に戻っていた。

 

 肝心の詫びを兼ねた買い物はこれからだが、機嫌が直ったなら良い事だ――なんならいつもより若干テンション高くて御機嫌な感じすらする。

 それならそれで、(おとうと)分に喜んでもらえる様に拙いながらもエスコートに精を出すだけや。リアが喜ぶなら俺も普通に嬉しい。誰も損をしない素晴らしい正の循環である(断言

 以前にも見た事のある髪の色を変える幻惑系の魔法を使用したリアは、栗色へと変わった髪を手の甲でかき上げ、空いた手で俺の腕を掴んでぐいぐいと引っ張りながら意気揚々と歩き出す。

 まぁまぁ、落ち着き給えアリア君。朝飯食って直ぐに出て来たから、下手をすると店はまだ開いてないかもしれん。

 シアに開店時間を聞いておけば良かったのかもしれんが、今更だ。

 店の前で待ちぼうけもアレだし、ゆっくりと行こう。

 

 ここ数ヵ月で、一人だったり連れがいたりと状況は様々ではあるが、すっかり平和になった聖都各所での色々な店を開拓できた。

 目的の服飾店と同じで、この時間ではまだ開店前の店が殆どだろうが……行く道にある店舗をリアと吟味して、帰りに寄る予定を立てるのも悪くない。

 

「そっか……そうだね、じゃ、のんびりいこう!」

 

 歩みは緩やかになったが、それでも俺の手を引く銀の聖女様の御機嫌はとっても上向きな儘で。

 店の場所を知ってるのは俺だというのに、変わらず此方の手を引くその顔には輝く様な笑顔が宿っていて、なんとも心癒される。

 じゃれ合いながら歩く先、目についた店をチェックしながら急ぐ事も無くゆっくりと進む。

 

 お、あそこのパン屋が前にお土産買って来た店ね。割とお勧めよ。

 

「へー。総菜パンとか菓子パンみたいなのが置いてあるっていうお店かぁ。今は朝ごはん食べて来たばかりだからなぁ……」

 

 うむ、此処は前に来た時も早朝から開いてたし、朝飯はここで買っても良かったかもなぁ。

 

「そうだねぇ……あとでお昼の時間に寄ってみようよ。ボク、あんぱんかメロンパンを久しぶりに食べてみたい」

 

 流石にメロンパンは無いと思うぞ? あんぱんは……餡子さえ作ればイケるから、無かったらいっそ店のおばちゃんに言ってみるのはどうじゃろ。

 白餡やうぐいす餡なら類似品の豆があるからいけるしな。小豆らしきものは俺は見た事無いが。

 簡単な餡の作り方くらいは知ってるし、いっそ普通のパン買って餡子は自作もアリか?

 

「良いね、レティシアやアンナも誘って作ってみよう! ……あ、にぃちゃんはこしあんとつぶあん、どっち派? ボクはこしあんなんだけど」

 

 こしあん。ゆーても品によるけどな。大福とか餅系に合わせるならつぶあんの方が良いと思う。この世界じゃ米が普及してないから餅も無いけど。

 

「そっかぁ、レティシアはつぶあん派らしいんだよね――他の皆はどっち派になるかなぁ」

 

 元いた世界でも、『豆を甘く煮て食う』っていうのがイメージ出来ない外国の人とかは結構いたみたいだからなぁ、そういう人達には豆の食感が残るつぶあんは受けが良くないらしいぞ?

 それならこしあん派が多数だ、と笑うリアに、食い物の嗜好に関する争いは不毛な上にガチ論争になるからやめておきんさい、と軽く注意しておく。

 以前にも言った気がするが、唐揚げにレモン、きのこたけのこ戦争、焼き鳥シェアの串外し等、人によっては些細だったり重要だったり判定がそれぞれ違うからね。きのこ派は許すがアル●ォートに日和った奴は吊るせ(たけのこ穏健派感

 

 まーこんな感じで、開拓したといっても俺のジャンルなんて専ら飯関連と糞の役にも立たない変な魔法具とかそんなんばっかりなんだが……馬鹿話として話題に上げるには丁度良い。

 リアとふらふら歩きながらこの店はこんなのが売ってた、この辺りに出る露店で面白グッズをみつけた、とお喋りしながら、街の中央区画にある富裕層向けの店が並ぶエリアへと足を踏み入れた。

 

 んで、少し歩けば目的のお店に到着だ。

 白い石造りの上品な建物は、一見するだけでちょっとお高めな感じがする雰囲気を感じ取れる。

 

「ここがそうかぁ……前に見た振袖とかもこのお店の品なのかな?」

 

 シックなデザインの看板を見上げて小首を傾げる(おとうと)分にかもなー、と返して二人並んで店のドアを押し開けた。

 店の入り口には用心棒を兼任していると思われる、武装した店員さんが扉脇に控えていて、落ち着いた様子で「いらっしゃいませ」と声を掛けてくる。

 うーむ、やはり高級店だよな。これ、前はシアに連れられて入ったから問題無かったけど、一人で来たら入口で止められそうや。

 この手の店は商品を購入した客の事はしっかり把握してる場合が多いので、既に『お客様』になった今なら大丈夫だろうけど。

 

 リアが興味深そうに店内を見回しているが……一見さんと言ってもこの街での聖職者といえば聖殿勤務のエリートみたいな人達が多いので、冷やかしと判断される心配は無い。

 ましてや変装しているとはいえ聖女様やぞ。魔力や聖気を抑え込んでいても、ある程度魔法に達者な奴が見ればただの美少女でないのは何となく察せられる。

 

 アリアさんや、一階はこの世界由来のスタンダードなデザインのがメインだから二階に上がろう。俺が買った簪とかも売り場は二階だし。

 

「あ、うん。そうだね。凄い品質なのは分かるけど、日本由来の物とかは一階には無いみたいだし」

 

 そうは言っても展示されてる商品にはリアが着たら超似合いそうなドレスとかもあるんだが……まぁ、当人の興味が薄いからどうしようもない。個人的には着てる処を見てみたいとか思ったりするけど。

 これに関してはシアもそうだったが、やっぱりヒラヒラのドレスとかは着るのに抵抗があるのか、各国の催し物とかに招かれたときでも一貫して聖女の僧服で通してるからな。

 背とか胸元がエグいくらいに開いてるデザインのドレス用意してきて僧服はダメとかほざいてきたアホ貴族もいたが……目付きが露骨だったんでその場で鎧ちゃんフル起動からのOHANASHIしてからはそういった連中も殆ど出なくなった。

 まぁ、昔の話ってやつだ。

 

 二階に上がると、展示されている商品はガラっと変わる。

 日本の和装に関係するものもそうだが、もといた世界の大陸風のデザインのものもちらほら見える。この辺はお師匠の服装やお屋敷なんかもそうだったし、ひょっとしたらこの世界の別大陸に近い文化形態の国とかがあるのかもしれんね。浪漫溢れる話だ。

 

「おぉ~、凄い。あの奥のやつ、前にボクが見た事ある振袖だ。色がちょっと違うけど」

 

 感嘆の声を洩らしながら首を巡らせるリアを眺めていると、凄い近く……それこそ耳元と言っても良い距離で声を掛けられた。

 

「いらっしゃいませお客様――また御来店して頂けたようで何よりです」

 

 うぉっ、びっくりした! 全く気配を感じなかった!?

 衣料店の従業員とは思えない程の見事な気殺で俺の背後をとったのは、以前来た時に簪の一件でお世話になった店員さんだった。

 ピシッとしたパンツスーツっぽいデザインの制服を着こなした美人で、エルフか魔族の血でも入ってるのか、耳がちょっと尖っている。

 

「いやぁ、以前のお連れ様も凄まじい美少女でしたが今回のお嬢さんもまた素晴らしい。正直爆ぜろとか思わなくもないですが超一級の素材を当店に導いて下さる事を考えると、感謝の気持ちが上回りますね、ウフフフ」

 

 テンション高い上にこれ以上なくぶっちゃけてきた。あと客相手に凄い事言わなかったかこのお姉さん。

 締まりの無い顔でリアを凝視していた店員さんだが、俺の物言いたげな視線に気付いたのか、口元に垂れた涎を拭う動作をするとキリッとした表情を作った。

 

「今回も装飾品の類を御入用ですか? それなら私が「店長ぉー。発注してた糸の新素材届いたんですけどー」……今ちょっと同率一位で最推しになりそうなお客様が来たから後で! 数だけチェックして縫製室にまとめておいてね!」

 

 店員さんじゃなくて店長かい。しかもなんか言動が転生者っぽいぞこの人。

 前に来た時もシアを見て大分テンション高かったが……今回は輪を掛けて酷い。前はアレでも猫被ってたんやなぁ。

 少し先の小物が並んだショーケースを見ていたリアだったが、俺が着いてきてない事に気が付いたのか、振り返って小走りに戻って来る。

 見た目は普通に美人な店長が俺の横にぴったりと張り付いているのを見て、何故か少しムッとした顔を見せるが……その当人がリアのそんな表情を見て「うひょぉおぉっ、これは良い! 推せるっ」とかボリュームを絞って叫ぶという器用な真似をしてみせたのを見て、毒気を抜かれた様に目をぱちくりさせた。

 

「えぇと……店員さん、かな?」

「初めましてお客様。ようこそ当店へ。私は立場上、この店の経営者に当たる者でして、どうか気軽に店長さんとお呼び下さい。是非に、今みたいに小首を傾げる感じで!」

 

 アンタ絶対転生者やろ。

 律儀にリクエスト通りの動作で店長さん呼びするリアを見て、興奮してイナバウアーみたいな体勢で身を仰け反らせる残念美人に思わずツッコミを入れる。

 櫛やら簪やらの知識を持っていたのも、そもそもあっちの世界の服飾を再現出来てるのも納得だよ。元居た世界でも同系統の職業に就いてた人がこっちで店開いたパターンやコレ。

 

「……ん"ん"っ、失礼しました。以前、こちらのお客様が贈り物を購入する際に、少しばかりお手伝いをさせて頂いた事がございまして……よろしければ、今回もっ、こちらのお嬢様に相応しい品をご紹介させて頂ければとっ!」

 

 あ、今回は大丈夫です。もう買う品は決めてあるんで。

 

「(´・ω・`)」

 

 即答したら鼻息荒くアゲアゲだった店長が、茹でて水気を絞った菜っ葉みたいになった。

 その場で萎れたこの店の経営者を放置して、俺はリアを連れて目的の品が展示されている棚へと移動する。

 

「……店長さん凄いがっかりしてたけど、いいのかな?」

 

 えぇやろ。悪意とかは微塵も感じないし、個人的には嫌いじゃないけど、高級店の接客としては普通に頭おかしいぞアレ。

 

「うわ、辛辣だぁ……あれ? なんか女の人の声で『鏡ィ!』って聞こえた様な……?」

 

 何処かで聞いた声だなぁ、なんて言いながらキョロキョロと辺りを見回して不思議そうに謎の声の主を探すリアだが……俺には何も聞こえなかったぞ? 何か変な電波拾ったのかとにいちゃん心配になっちゃう。

 まぁ、それはさておき、目的の品が在庫切れになったりはしてないのを確認すると、萎れた店長とは別の店員さんを呼んでショーケースの鍵を開けて貰った。

 

 一緒に来た以上、リアの意見が最優先ではあるが……これが俺のチョイスした(おとうと)分への贈り物だ。

 どうでしょうアリアさん、折角店に来てるんだから、これ以外に良さげな物があるか探してみるのも手だとは思うが。

 店員さんにリアに渡してくれる様に頼んだら、笑いながら首を横に振って此方に差し出してきたので、俺から再度、リアに手渡す。

 

「……わぁ」

 

 受け取った品をしげしげと見回した聖女様は、色白の頬を薔薇色に染めて少しだけ興奮した様に色付いた吐息を洩らした。

 おぉ、リアクションからして気に入ってもらえたっぽいな。一発OKだったら正直嬉しいわ。

 保護布に包まれたそれは、シアに贈った物とデザイン自体はほぼ同じ――けれど、リアの銀髪に映える様、本体は細工をあしらった金で出来ている簪だ。

 先端に付いた飾り玉は二人の瞳の色と同じ空色――対になる様な品、という点も含めて、ぶっちゃけ俺的にはコレ以上にピタリとハマる感じの物は見当たらなかった。

 

 ――で、どうでしょう。取り敢えず本決まり迄キープしておく感じでしょうか?

 

「これで良いよ――うぅん、これが良い。にぃちゃんが選んでくれたコレじゃなきゃ、ヤだ」

 

 胸元に抱きしめるようにして簪を布ごと抱えるリアは、嬉しそうに微笑む。

 そっか。なら、お前さんに贈る品はそいつにしようか。

 

 なんか背後で「あぁぁぁぁぁもぉぉお推しがてぇてぇぇぇえ」とか言う唸り声と共に、萎びた店長が水を与えられたサボテンみたいに復活してダンシングフラワーみたいな動きをしているが、それは努めて無視した。

 

 二人で一階に降りて会計場所に向かうと、ケースの鍵を開けてくれた店員さんがそのまま付いてきて支払いを受け取る。

 金貨で一括払いした俺に、お釣りを渡しながら申し訳なさそうに頭を下げて来た。

 

「ウチの店長が申し訳ありません……普段は副店長が目を光らせているのでもう少し大人しいのですが、今日は所用で出ていまして」

 

 あー……成程、この間はその副店長さんとやらが居た御蔭で今みたいな変人ムーヴは自重してたのね。

 いやまぁ、見てて面白いのは確かだから、俺としてはそう悪い気はしない。リアの方はどうか分からんが。

 

「ボクも別に嫌じゃ無いよ? ほんのちょっとだけど、店長さんってにぃちゃんと似てる感じがするし」

 

 おい待て、それは流石に聞き咎めるぞアリア君! 俺はあそこまで愉快にぶっ飛んだ言動してないでしょ!

 じゃれ合いを始めた俺達を見て、店員さんが微笑ましい物を見る視線を向けているのに気付き、咳ばらいを一つ。

 

 ウォッホン! ――取り敢えず、今購入した簪は後で受け取るので取っておいて下さい。これから二人で店をじっくり見て回るので。

 

「え、そうなの? にぃちゃんも何か欲しいのあったりするんだ?」

 

 かしこまりました、と頭を下げる店員さんだが、対して隣の(おとうと)分はきょとんとした顔で俺を見上げて来た。

 いや、折角来たんだし、もうちょっと品揃えを確認してもえぇやろ。

 というか、お前さんに贈る品は買ったが今回の件のお詫びの品はまた別だから。なんか良いの見つけたら遠慮せずに言い給へよ。

 

「うーん……ボクはさっきのだけで十分なんだけどなぁ」

 

 もう満足、といった表情で、いまいち芳しくない反応を示すリアではあるが……基本、控え目な我が(おとうと)分の事だ、遠慮してる面も多分にあると容易に察せられるので、頭に手を置いてそのサラッサラの銀糸の髪を掻き混ぜてやる。

 

 いーからいーから。こんな時くらい、にいちゃんにドーンとおねだりしてみなさい。あんまり遠慮する様ならアリア君に似合いそうなドレスとか勝手に買っちゃうぞぉ。

 

「ど、ドレスとかボクには似合わないって――分かった、取り敢えずお店を見てみようよ」

 

 やはり抵抗があるのか、照れた様子でドレスを拒んだリアが頭に載せられた俺の手をとった処で、背後から声が掛けられる。

 

「……どれす、というのは絵本に出て来るお(ひい)様が着ている服の事ですか? 銀の愛し子様ならとても似合いそうです」

「いや、ボクはお姫様じゃないから……で、でもにぃちゃんが見たいっていうなら……ぅえっ?」

 

 反射的に返答したリアと、その声を聞いた俺が揃って驚愕して振り返る。

 それも当然だ。その声は、この土地、この場所で聞く筈も無いと思ってた声だった。

 

 視線の先に居たのは、見た目リアより三、四歳ほど年下の少女だ。

 長旅用の丈夫な旅人の服に、荷物で膨らんだ肩掛け鞄。

 以前に見たときはポニーテールだったピンクブロンドは、旅装に併せたのか、動きやすい様に結い上げられてシニヨンに変わっている。

 綺麗に纏められた髪から覗く耳はこの店の店長のソレよりはっきりと大きく尖っていて、身に宿す聖気も合わさって彼女が純粋なエルフである事を示していた。

 

「お久しぶりです、聖者様、愛し子様。リリィ=エルダ、御傍に控えるお役目を果たす為にやって参りました」

 

 以前と比べて格段に感情豊かになったそのちびっ子エルフは、表情こそ動かないものの、心なしか自慢気にフンス、と鼻息を洩らして胸を張ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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