俺氏、ループ系TS聖女様をいつの間にかメス堕ちさせていた模様 作:弐目
……わーぉ、なんてこったい。
予想だにしない場所で予想だにしない人物と顔を合わせる事になった俺の、率直な胸中である。
それは父親譲りの見事な赤毛を綺麗さっぱり剃った少年騎士――ノエル君にとっても同じだろう。
これまた親譲りの青い眼をこれでもかと見開いた驚愕の表情は、分かり易いくらいに強張っていた。
まー仕方ない。あの一件以降の経過は大雑把に把握しとるが、本人相当に悔やんでるらしいし。
……とりあえず、このままお見合い状態を続けてるのもなんだし、どう声をかけたものか。
俺の隣で不思議そうに小首を傾げているリアへの説明もあるし、ただの観光の筈がいきなり面倒くさい事になってしまった感があるなオイ。
そんなことを考えている間にも、ノエル君の表情は段階変化を起こしていた。
驚愕からハッとした表情へ、更にそこから凪いだ穏やかな――なんかガン決まりした感じの顔へ。
彼はその場に両膝を着くと正座に近い姿勢となり、腰の裏にある短剣を鞘ごと外して顔の前に持って来た。
「首から下は野の獣に食わせようが肥溜めに捨てようが御随意に。ですが、首だけは家の者が拾いに来ますのでこの場に転がしておいて頂きたい」
一体何の話をしてんの!?
オイ馬鹿やめろ、鎧を脱ぐんじゃない、なんで街のど真ん中でエクストリーム切腹しようとしてんねんこの子! ちょっ、待て、マジでやめて!? 人目が酷いことになってるから!
リア! アリアさーん! 呆気に取られる気持ちはスゴい分かるけど止めるの手伝って! 抑えとくから短剣を取り上げて!
「わ、分かった! 後で説明してね?」
そんなこんなで、俺達はまた変な暴走してる少年騎士を取り押さえる為に動き出した。
「……場所も弁えず、御迷惑を。腹を切るにしても、御両人に無用の注目を集めぬ様に人気の無い場所を選ぶべきでした」
うん、まずは選択肢から切腹を消そう。マジで。
なんとかノエル君を止めて、半ば引き摺る様にして人気の無い路地に移動させ、暫し後。
ほっといたらまた腹切ろうとするか首吊りそうな沈んだ顔色で項垂れて正座する彼を前に、俺はリアに簡単な事の経緯を説明していた。
「そっかぁ……髪を綺麗さっぱり剃り上げてるから気付かなかった。レーヴェ将軍の息子さんなんだ」
「……この様な形での顔合わせになったこと、姉君との件も併せて本当に申し訳なく」
侯爵家の御令息は、納得した様子で頷く我が
つーか、一部の貴族――多分に武闘派の間で、切腹の概念が浸透してるのはどういうことやねん。
転移・転生者ゆーても比較的近い時代の人間ばかりの筈なんだが……戦国時代のお武家様がこっちに来た事でもあんの? ンな話は聞いた事無いんですけど。
「とりあえずさ、切腹は止めようよ。レティシアからの又聞きだけど、双方の落としどころはとっくに見つけてあるんでしょ? 自刃なんてされても喜ぶ人は帝国側にも教国側にもいないって」
「……僕……あ、いえ、私の行為は本来、嫡男としての立場の剥奪と謹慎で済まされる様なものでは無い筈。猟犬殿と聖女殿、陛下の温情に縋って過ちを償う事を怠っている己が、どうにも許し難く……」
自責の念を溜め込んで、俺の顔をみた途端に暴発した感じね。
猪の上に真面目か。美点にもなり得るけど一連の件に関しては悉くマイナスに作用しとるやんけ。
まぁ、とにかく。リアの言う通り基本的には決着してる話だ。
言ってしまえば被害者側と言って良い俺達が終わった事と認識してる以上、問題起こした側のノエル君が減刑ならぬ加刑を欲していたとしても、声を上げる事自体が各方面にいらん手間を発生させるだけなのよ。
罰が軽くて逆にモヤモヤして苦しいってんならそれが償いの一環だ。悪いが飲み下して粛々と受け入れてくれ、腹とか切られても素で困る。
「はい、肝に銘じておきます……」
石畳の上に正座したまま、ヘコんではいるが今にも自分の腹を掻っ捌きそうな雰囲気は消えた少年を前にしてホッと一息つく。
お偉いさんの息子で、一般人より背負う義務や立場が少しばかり重いとはいえ、リアより年下の……それこそ日本人的な基準で言えばまだガキんちょやぞ。
終わってるレベルの悪童とかならともかく、普通に根は良い子――以前にも述べたが将来が楽しみな少年だ。一回のやらかしで残念無念のまた来世は俺のメンタルにもよろしくない。
場の空気を切り替える意味も込めて、パン! と掌を打ち合わせて話題の転換を図る。
んじゃ、まぁアレだ。落ち着いた処で、改めて自己紹介してください。
「……自己紹介、ですか?」
うん、そう。
面食らった様子のノエル君に向け、こっくりと頷く。
勿論、互いの事はとっくに知ってるけどね。こう、あるやん?
顔を合わせて、相手見て自分の口からちゃんと名乗って。友好関係ってそういう手順を踏んで構築していくものやろ。例外はあるけど。
別に敵対関係って訳でも無いんだからさ、これを機に変に拗れたものじゃなくて真っ当な関係を築こうではないか若人よ。
「若人扱い出来る程にぃちゃんも年上じゃないでしょ――でも、その意見には賛成かな。ありきたりだけどさ、悪い縁を結んじゃったっていうのなら、これを機会に結び直せばいいんだよ」
俺達二人の言葉に、戸惑った様子だった少年騎士の顔に徐々に理解の色が浮かび。
彼は、唐突に両の掌を持ち上げると自身の両頬に叩きつける。バチィン! と良い音が鳴った。
「……失礼しました、銀麗の聖女殿に聖女の猟犬殿。では改めて挨拶を。僕はノエル=ケントゥリオ、侯爵家の出ではありますが……今は一人の帝国騎士として陛下に仕えております」
お会い出来て光栄です、と鯱張った態度で胸を張り一礼するノエル君に、リアが苦笑して応える。
「ボクはアリア=ディズリング。聖教国で聖女なんてやってます……気合入れたのは分かるけど、ちょっと見てて痛そうだから治すね?」
まぁ、掌とはいえ、手甲に覆われた手で顔を全力で打ったらそうなるわな。
紅葉の痕を通り越して段々と頬が腫れあがって来た少年に向かって、軽い回復魔法が飛んだのであった。
「へぇ、叔父さんの家に引っ越すんだ?」
「引っ越しというより……その、御迷惑をお掛けした件でまだ謹慎中の身でありまして。宿舎の同僚や先輩方は気遣ってくれますが、部屋に帰っても廃嫡になる程の問題を起こした者が謹慎している状態では彼らも気が休まらない様子なので、どうしたものかと悩んでいたのです。叔父が声を掛けてくれて助かりました」
向かう先が同じ方向という事で、三人で連れ立って歩く。
どうやら、ノエル君は東区にある叔父さんの屋敷に向かう途中だったらしい。
謹慎中に寝泊まりの場所を変えるってのも中々聞かない話ではあるが、祭りに向けて連日激務の騎士団が、宿舎でじっくり休めないのも不味い、という事で許可が下りたのだそうだ。
そもそも侯爵家の坊ちゃんが同期・同僚の騎士達と同じ場所で寝泊まりしてたってのは、まぁレーヴェ将軍の方針なんだろう。自分は侯爵家当主なんつーエリート中のエリートなのに叩き上げの人材とか好きだしな、あの人。
で、そのやり方で上手い事行ってたが、今回の件で居辛くなった、と。
監督役である上司の眼もある宿舎での謹慎は条件としては合致してるが、それで同僚に負担を掛けている状況は如何ともし難いとノエル君も悩んでいた模様。
そこで声を掛けてくれたのが彼の叔父――レーヴェ将軍の弟さんだ。
自分が監督役を務めるので謹慎期間が明けるまで一時的に住まいを移してはどうか、という提案を受けて、引っ越すになった、という訳である。
肩に掛けているそれなりのサイズの荷物はその為だったのね。仮にも侯爵家長男の私物としてはめっちゃ少ない気がするが。
質実剛健な将軍の薫陶が生きてるって事なんやろな、馬車じゃなくてわざわざ徒歩で移動してるし。やっぱり性根が真面目な子なんだろう。
本来なら自宅が一番良いのかもしれんが、お家での監督役を務める将軍閣下が《大豊穣祭》に向けて連日王城に泊まり込みで仕事漬けらしいからね。叔父さんもその辺りを把握してるから代わりに名乗りを上げたということか。
廃嫡された侯爵家長男と侯爵家の当主の弟、なんて言うと如何にも何か企みがありそうな組み合わせだと思うかもしれんが、レーヴェ将軍と弟さんとの兄弟仲が滅茶苦茶良いってのは割と知られてる話だ。
病弱であんまり外に出られない人らしいが、相当な切れ者らしいぞ。体調の良いときは皇帝陛下の相談役みたいな事をしてるって聞いた。
ちなみにこれ、戦時中に将軍閣下御本人から聞いた話ね。息子と娘の話と一緒に自慢話として聞かされたわい。
ケントゥリオ侯爵家は家族仲が良好な様でなによりだ。身内で骨肉の争いなんてのは貴族ではよくある話なんだろうが、やっぱり仲良くやれるならその方が良いってばよ。
まぁ、他所様の家庭環境を延々評するのもなんだ。話題を変えよう。
ノエルくんや、謹慎はどれくらいで解けるのかね。
「は。期日的にはあと十日程度――《大豊穣祭》が開催する直前には解ける事になっています。警備や巡回の人手が足りない現状で迷惑をかけたので、せめて開催期間中は粉骨砕身で騎士としての任に当たるつもりです」
十日か。長いか短いかは帝国の法の基準を知らんからなんとも言えんな。
にしてもさぁ……硬い、硬いよ少年。もうちょっとくだけてくれて良いのよ?
リアと会話するときも大概緊張してる感が出てるが、俺が話しかけるとそれ以上ってどういうことやねん。いちいち背筋伸びてるし、今にも敬礼とかしそうだし、新兵が雲の上の立場な上官と会話するみたいなノリじゃないですかヤダー。
やっぱまだ後ろめたさみたいなものが強いのかねぇ、なんて思ったりしてると、当のノエルは「いえ!」と下っ腹に力の入った声でやわらかいトークを固辞する。
「たとえ公式には官位の類を持たずとも、猟犬殿は救世の聖女御姉妹の守護騎士たる御方です! 家柄以外に誇るもの無く、己で打ち立てた武勲の一つすら無い小僧など、本来こうして御声を掛けて頂くことすらおこがましい身の上であります! この上、礼を欠いた会話を行うなど出来よう筈もありません、何卒ご容赦を!」
お、おう。そうですか……。
すげー鼻息荒くまくし立てたと思ったら深々と一礼されてしまった。
遠慮してるのは確かなんだろうが、それにしたって言葉に込められた熱量高いな。ついつい押され気味になってしまう。
「騎士ケントゥリオは……」
「聖女殿、どうかぼ……私の事は名で呼び棄てて頂きたい。御身に敬称で以て呼ばれるなど、若輩者には過ぎた栄誉です」
「あ、うん……えーと、じゃぁノエル? は、にぃちゃんに憧れてるんだね。さっきから会話する度にテンションが違うし」
「はい! 戦人として、陛下に忠を捧げる騎士として、畏敬を払うにはこれ以上無い方だと。御身を守護する猟犬殿の在り方は騎士の一つの理想像であると常々思っています!」
ものっそい力強く断言する少年騎士の言葉は、リアに良い意味で刺さったみたいだ。目に見えて機嫌が上昇している。
誰だその凄い騎士様とやらは。それなりの年数シアリアの側にいるけどそんな奴見た事ねーぞ。
鏡見ろって? 見たくない現実は直視しない事もときに有効なんだよ、分かれよ(白目
「――そっか! うん。良いね! なんというか、ちょっと上から目線になっちゃうけど……見る目あると思うよ、ボク的には高得点だ」
うぉーい、
「光栄です!」なんつって、とうとうその場で最敬礼まで決めてしまうノエル少年と、ご満悦の表情で何度も頷く銀の聖女様。
勘弁してくれよ……どういう流れやねん、話題に上げられてる当人は現在進行形で居たたまれなさが半端無いんですけど。
……まぁ、最初の景気悪い顔よりは良いか。この分ならまた溜め込んで自刃だの切腹だの危ない方向に暴走はせんやろ。
あんまりにも引き摺ってる場合、ガラじゃないが軽く稽古にでも付き合って気分を変えさせよう、なんて手も考えてたからね。
ノエル君、モロに体育会系っぽいし、憧れてるっていう人間が稽古つけるのとか効果高そうではあるからな。
結果的には指導だの稽古だのキャラに合わない真似をせずに済んだ訳だし、このむず痒い会話だって東区にある彼の引っ越し先に近づいたら終わりだ。平和にお別れして後は普通の観光に戻るだけですしおすし。
「こうして御二方にお言葉を掛けて頂いた時間は、私には過ぎた価値あるものでした――個人的に出資している物があるのですが、そちらも非常に捗りそうです……謹慎中は自戒も込めて一切手をつけておりませんが」
「出資? ちょっと意外な単語が出て来たなぁ。何かのパトロンでもしてるの?」
「はい、嗜好の面で意気投合した作家がいるのですが、これが中々に才気ある者でして。最近になって新作の相談が……」
よーし、急ごうか二人ともぉ! お喋りで時間を浪費するのも勿体ないぞぉ! 一日は二十四時間しか無いからな!
リアとノエルの言葉を遮り、俺は二人を引っ張る様にしてずんずんと先に進みだした。
不穏過ぎる単語を耳に拾ってしまった。絶対にその先は言わせんぞ(決意
「にぃちゃん、手を繋いでくれるのは良いけど……何か誤魔化そうとしてない? なんとなーく今回は問い詰めた方が良い気がするんだよね」
聖女様の勘はおそろしい。いつもなら苦笑いしてスルーしてくれるリアが今回は妙に食い付いてくる。
ノエル君の方も急に引っ張られて目を白黒させながらも、眉根を寄せて頭を下げてきた。
「確か御二人は帝都の観光中でしたか。お時間を取らせてしまって申し訳ありません、そろそろ叔父の屋敷も近いのでここで御暇させて頂きます――今日の事を教えてやらないと……良い参考になるかもしれないし……」
おい待て、だから不穏な言葉を最後にボソッと付け足すんじゃない。
大した事は言ってないでしょ! もっとこう、悪縁を結びなおせたなーくらいのふわっとした感じで記憶にだけ留めておいてくれれば良いんだよ!
此処で件の絵本について触れるのはマジで勘弁してくれ。
そんな割と切実な願いは胸中へと丁寧に畳んで、ノエル君へと訴え掛けるのだが、糞真面目で猪突猛進な少年騎士は鼻息も荒く首を横に振ってくれた。
「とんでもない! 元を辿れば私の愚かな行為が原因であるにも関わらず、関係改善を申し出て下さった慈悲深さ――聖女の守護騎士たる御仁は戦武のみならず、人品も見事であると改めて確信できました! この喜びは同好の士と分かち合わねば!」
「同好の士ってさっき言ってた作家さんの事? ……何を書いてる人なのか聞いても良い?」
アリアさーん!? マジで今回は突っ込んで聞いて来ますねぇ!
これ、ひょっとして何か勘付いて無いか……まさかとは思うがシアの奴、自分が絵本に載ったからって
「はい! 最近では中々に名も売れて、新進気鋭の若手扱いされているようで。主に――」
嫌ァァァァァッ!? ヤメロォ!!
よし分かった! 折角だから俺達もノエル君の叔父さんの家にお邪魔しよう! なんなら稽古とか組手なんかしてあげるから!
だから急ごう! 素早く! 口を閉じて移動しよう!
同好の士とやらの成果が余程嬉しいのか。
ハキハキと何処か誇らし気ですらある表情で語り出そうとした彼の言葉を遮って、俺は悲鳴染みた声でやけくそ気味の提案をしたのだった。
――リアの呆れた視線が痛い。が、観光の予定が大幅に変わってしまったので残当である。
どうしてこうなった(白目
いや、その場しのぎで適当な事言って話題を逸らした自分のせいなんですけどね。
立派なお屋敷の裏手――派手さは無いが丁寧に手入れがされている庭で、赤い坊主頭の少年騎士と対峙する。
色々と経緯をすっ飛ばして現状を語ったが、当のノエルはさっきからどこか上の空というか、呆気にとられたままだった。
「……僕は夢でも見ているのか……自業自得で謹慎中の筈が、猟犬殿に稽古をつけてもらえるなんて……」
ブツブツと独白しながら、手にした木剣をどこか現実感に欠ける様子で呆然と眺めている。
彼の叔父上宅にお邪魔したは良いが、肝心の屋敷の主は午前中に体調をくずして寝てしまったとの事だ。
同じ様に体調不良を起こしても、大抵は昼過ぎには目を覚ますとの事なので、それまで時間を潰しがてら、早々にノエル君との稽古をする事になったんだが……。
「ノエルー、急展開についていけない気持ちは解かるけど、にぃちゃんといると大体こんな感じのパターン多いからね。これからも関わるつもりなら慣れておいた方が良いよ?」
「……ハッ!? し、失礼しました。助言、ありがたく」
肝心の本人が挙動不審というか、さっきから夢見心地で忘我と再起動を繰り返している。
今もやや離れた場所で見学しているリアの言葉に我に返って頭を下げたが、やはりどこか呆とした空気は抜けていなかった。
ちなみにリアの隣には同じく見学に来た屋敷のメイドさんやら執事さんやら、使用人の人達が何人か同席中。皆、ハラハラした様子で稽古を見守っている。
もうこれに関しては稽古相手が《聖女の猟犬》って聞いたが故の反応だと諦めてますよ。ハハッ(諦観
彼らにしても、廃嫡されたとはいえ当主の長男だ。
レーヴェ将軍の弟さんこそ病欠だったが、立派な門構えを抜けて屋敷に入るとおそらくはほぼ全ての使用人たちが玄関に集まり、一糸乱れぬ歓迎の挨拶と礼を見せてくれた。
謹慎期間中だけ寝泊まりしにきたノエル君が見覚えのないお客人を二人連れてきたことに面食らった屋敷の人達だったが、そこは侯爵家に連なる御家の使用人。即座に丁寧な対応をしてくれたよ。
リアを紹介されて歓声の混じった驚きの声をあげ、次に俺を紹介されて石を飲み込んだみたいに黙り込んだけどな!
猟犬の悪名もそうだが、何よりノエル君はその悪名の持ち主相手に特大の失礼をぶっこいて謹慎喰らった、というのは屋敷の住人も把握していたみたいだ。
なんか成り行きで訓練を見てやることになった、って話したら、責任者らしき執事さんに土下座せんばかりに頭を下げられました(白目
「この期に及んで言い訳にしか聞こえぬ事は重々承知しております……ですが坊ちゃまは、金の聖女様と貴方様の御二人を、かねてより尊敬していらっしゃるのです……! どうか、寛大な処分をお願い申し上げます……!!」
嘆願が通るなら自身の首くらいなら躊躇わず差し出す、といわんばかりの決死の表情だった。
その後ろで、祈る様に両腕を組んで事の成り行きを見守るメイドさん達とか固唾を飲む庭師さんとかね……うん、ノエル君は好かれてるし大事にもされとるんやなぁ……。
なんもせんから、別に稽古にかこつけて私刑だの処刑だのしに来た訳じゃ無いから。本当にただ訓練に付き合うだけだから。
そう説明する俺だったが、ちょっと遥か彼方のお空を見たくなって遠い目付きになったのは仕方ないと思うんです。
――まぁ、えぇわい。国問わず、貴族関係の人達から近づくと首を狩られる殺戮マシーンみたいな扱いなのは今更だし。
慣れたもんだし、全然気になら……なら……ごめん、ちょっと見栄張ったわ。普通に心にクるわ。後でシアかリアに愚痴を聞いてもらおう(逃避感
うーむ……これから訓練だというのに、片方は夢見心地で片方は凹んで項垂れてるという妙なお見合い状態になってしまった。
が、何時までもこのままというのも此処に来た意味が無い。ここの主人が目を覚ます時間とやらまでの稽古だが、やるなら身になる様にやりたいしね。
しゃーない、ガラじゃないがこの場にいる時点で今更だ。発破かけるか。
鎧ちゃんを励起状態で起動。装甲こそ展開しないが、マイバディの魔力を身体に奔らせて身体強化する。
震脚を庭の地面にたたきこんで《地巡》で魔力を循環させると、僅かに揺れた大地に漸くノエル君の呆とした青い双眸が像を結び、眼前の稽古相手である俺を直視した。
――んじゃ、まぁ……来い、《赤獅子》の倅。父ちゃん譲りだっていう剣腕を見せてみんしゃい。
腰を落として軽く手招きしてやると、年若くとも流石は帝国騎士。スイッチが切り替わった様に真剣な眼差しとなり、木剣を正眼に構える。
「――胸を借ります」
あいよ、精々失望させんように頑張りますよぃ。
なんか稽古とは思えない程緩々だった空気が一瞬で張り詰め、今度こそ俺と少年騎士はしっかりと対峙した。
こっちが待ち受ける形になったが、待つ時間はそう長くも無い。
足裏の感触を確かめるように、じりっとブーツの靴底で地を抉ると、ノエルは力強い雄叫びと共に踏み込んで来る。
「おおっ!!」
鋭い呼気と共に吐き出された気合と同時、正面から真っ直ぐに木剣が打ち下ろされる。
なるほど、こりゃ速い。愚直だが迷いの無い真っ直ぐな一撃――レーヴェ将軍の剣に似てるな、やっぱ。
年齢も考えるとマジで良い一撃だ。最近見た比較対象としては……そうだな、踏み込みの鋭さは縦ロールちゃんに匹敵するかもしれん。
ただ、これまた
並みの相手なら反応が間に合わず、仮にガードが間に合ってもそれごと叩き潰さんとする一撃ではあるが、それだけに読み易い。これが将軍本人になると、読めても反応が難しいふざけた速度の一撃を叩き込んでくるだろう。
ノエルの踏み込みに併せて、半歩前に出る。
超至近距離になった事で切っ先の加速、その大半を殺された形になった木剣を、柄を握る手を掌底で打って完全に止めるとそのまま懐に入って背を向けた。
咄嗟に弾き飛ばされまいと硬く握られた木剣を掴み、そのまま変則的な一本背負いを極める。
実戦なら投げの際には身体の軸を丸めて短い軌道で頭から叩き落とすのがセオリーだが、今は訓練だ。腰を跳ね上げて打った背負い投げでふわりと浮かび上がるように鎧姿の少年が一回転し、比較的緩やかな速度で背中から落ちる。
この為に鎧着たまま稽古してるし、ダメージはほぼゼロだろう。とはいえ、自身の渾身だったであろう一撃を綺麗に捌かれてブン投げられたのは衝撃だったのか、今度は驚きで呆然モードに入ってしまっているが。
実際、良い一撃ではあったが対応する側としては余裕があったのも事実だった。最初の強化以外に《三曜》も使ってないしな。
シンプルな一撃に専心するのは確かに強力な攻撃だが、対応された瞬間に咄嗟にでも動きを変えられる位に自力が付いてからの方が良いかもね。相手が格上だと普通にカモられるってばよ。
一応、訓練をみるという約束に従ってアドバイスらしきものをしてみる。
倒れたノエル君に手を差し伸べてやると、彼はその手を取って「感服しました……!」なんて大袈裟に何度も頷きながら身を起こした。
再会した直後の景気が悪いにも程がある空気はどこへやら、今では最高にハイってやつだぜ! といわんばかりにその表情は興奮と喜びに溢れている。
「先程の様に剣の間合いを殺された場合は、どう立ち回るのが正解なのでしょうか?」
うん? 俺と君とじゃ戦い方や得物も違い過ぎるからなぁ……親父さんの戦闘スタイルを踏襲してるんやろ?
あの人なら間合いを潰される前に振り切って相手をブッた斬るくらいはしそうではあるが……やるとしたら打ち下ろしを柄打ちに変えて、踏み込んで来た相手の脳天を狙うとかじゃね?
「成程……やはり僕では、父の様には行きませんね……父ならば小技小細工の類などなくとも、並み居る敵を斬り伏せる事も可能ですし」
それに関しては否定せんが……小技や詭道の類を使えないのと、使えるけどそれでも尚、正面から叩き潰す戦い方を選ぶのは全然違うぞ?
そもそも君の親父さん、搦手が使えない訳が無いでしょ。軍団を指揮する立場よ? まぁ性に合わないのは確かなんだろうが。
策を練り、小技を振るう方法を学び、詭道を修め――その上で王道で以てそれら全てを踏み砕いて小細工抜きで正面から敵を打ち倒す。
そういった脇道を知らない人間が、それらを軽視し、正面撃破に拘るのは只の張りぼて・増上慢でしか無いが。
それらを知った上で、それでも真正面から勝利することを選び、目指すのならば、それは克己の意思となる。
レーヴェ将軍は間違いなく後者で、それを極めた人だよ。人類種最大国家の将軍という役職としてもだが、そうで無ければ戦士として人外級に到達できる筈も無い。
個人の武力、という方向でなら
らしくもなく、助言というより説教染みた御高説を垂れてしまった訳だが、どっか刺さるものがあったのか、ノエル君は目をキラキラさせて聞き入っている。
いや凄い良い事聞いた、みたいな反応してるけど、マジで大したこと言ってないからね? 一定以上の実戦経験ある人間なら大抵は同じこと言うと思うし。
それこそ、そこで見てるリアも戦闘経験に関しては豊富ってレベルじゃない。下手をしなくとも俺よかよっぽど的確なアドバイスが――って……何で貴女までお目々キラッキラで聞いてるんですかアリアさん。
「うん、にぃちゃんが格好いいから!」
いや、格好よくは無いでしょ、別に。繰り返すけど大したこと言ってないし。
「えー、そんな事無いよ、ね、ノエル?」
「はい! まさか謹慎中にこのような幸運が訪れるとは想像の外でした! 頂いた言葉は忘れる事無く胸に刻みたいと思います! あぁ、悩んでいるという新作、最高の助言をしてやれそうだぞ……!!」
それは止めろ。やめてください(震え声
とりあえず、昼まで時間はまだある。
ノエルに稽古の続行するか否か問うと、めちゃくちゃ気合の入った声で続けると返って来た。
この際だ、良い感じに打ち解けてきてるし、リアのいう縁を結び直す意味も含めて、しっかり付き合ってやるか。
そんな風に考えつつ、俺は再び構えを取ったのだった。
屋敷の裏庭で、和やかに訓練を続ける青年と少年。それに声援を送る少女と屋敷の使用人達。
それを二階にある私室の窓から眺めていた男は、暫しの後にその騒がしい光景から視線を外した。
身を横たえていた寝台の脇に置かれた宝玉――遠話の魔道具に向け、穏やかな声色で語り掛ける。
「……どうやら、甥は教国の賓客の方々と良い関係を再構築できた様です。懸念が杞憂となって何よりでしたね、陛下」
『あぁ、全くだ。お前がこの時間に連絡を取って来るなぞ何事かと思ったが……まさかあの二人が街中でノエルと遭遇するとはな』
どんな偶然だ、と愚痴る様に届く声に、声の主がしかめっ面で執務室でこめかみを押さえている様子がありありと思い浮かび、男――赤みの強い金髪を伸ばした、庭で訓練に精を出す少年の叔父である彼は笑いを堪えて肩を震わせる。
『まぁ、何事も起こらないというのならそれで良い……また体調を崩したと聞いたが、起きていて平気なのかティグル?』
「えぇ、少しばかり眩暈がしただけですよ。我が家の家人達は心配性が多くて困ります」
『それなら後でレーヴェに連絡を入れてやれ。お前が寝込んだと聞いて気が気でないようだ、朝からそわそわと鬱陶しくて敵わん』
「それでしたら、陛下が伝えておいてくださいよ。僕はこれからお客人の相手をせねばならないんですから」
『おいコラ、自国の皇帝を顎で使おうとするな』
ケントゥリオ侯爵家の次男、ティグル=ケントゥリオ。
幼いころに大病を患い、以来殆ど外を出歩く事も出来なくなった彼は、しかして病身の身で大量の家の蔵書を読み漁り、蓄えた知識と培った見識を以て皇帝たるスヴェリア=ヴィアード=アーセナルに仕える事を選んだ。
どこぞの青年の如く公式の役職、というものを持たない身ではあるが、即位以前から兄であるレーヴェと共にスヴェリアを支え続けた、長い付き合いのある臣下である。
兄弟共々、皇帝の友人、と呼んで差し支えないであろうケントゥリオの片割れは、日に焼けていない色白の顔でおどけた表情を作る。
「僕だって、急にやってきたお客の相手なんかより兄上と話す方が良いですよ。ですが、相手は教国からの国賓でしょう。体調を理由に挨拶すらしないというのは悪手ですからね」
『……その物言いからすると、また例の悪癖が出たか。"どっち"だ?』
「"彼"の方ですよ――兄上と何度も戦場を共にして肩を並べて戦ったことすらあるんでしょう? 僕には出来ない事ですからね、普通に羨ましいので嫌いです」
『お前それ本人の前ではマジで言うなよ』
アイツ自身は気にせんかもしれんが、行動を共にしてる聖女が着火しかねないんだよ、と頭痛を堪える様な声色でボヤく自身の主――皇帝の声に、ティグルはおどけた表情を苦笑いで上書きした。
「今回問題を起こしてしまった甥を詰るようで気が引けますが――普通は面と向かって他国の客人を悪し様には言わないものでしょう、個人的な感情に依るものなら猶更ですよ」
『嫌いっていう発言自体を余に聞かせるなってんだよ、このブラコンが』
長く皇帝の相談役を務めるティグルではあるが、先程も述べた様に公式の役職という訳では無い。
そのせいだろうか。専用の遠話の魔道具を持たされ、皇帝とのホットラインを所有している身ではあるが、重要視されている扱いとは裏腹に仕える君主との会話は非常に気安いものであった。
そんなティグルだが、楽し気であった表情を引き締め、咳ばらいを一つ行う。
皇帝からの相談事を受ける際には声のみを届ける簡易の遠話で会話を行う事の多い彼の、話題の切り替えの所作であった。
「その甥……ノエルについてですが、兄上から頼まれていた調査は一通り。きな臭い鼠が一匹、かかりました」
『そうか、何処産だ?』
「数年前に北方の小国より入り婿として入って来た男爵ですね。他国から来たと言う事で、海外の情勢・情報の入手に関してツテがあると主張してノエルに近づいた様です」
『ふん、北方か……で、
「婿として入った男爵家の方が、あの三枚舌の世話になっているようで」
以前、レーヴェ将軍との会話で上がった旧貴族派の関与。
未だ物的証拠は無いが、旧貴族派のまとめ役と繋がりのある貴族がノエルの件に関わっているという情報に、皇帝の声も自然と厳しいものになる。
『嫌疑として挙げるには不十分だが……問い詰める程度の材料にはなるか。あの三枚舌も祭りの開催前には城に顔を出す事になっている――ティグル、悪いがそのときは多少体調が悪かろうが遠話で同席してもらうぞ』
「えぇ、心得ていますよ。それまで体調管理には殊更気を配っておくとしましょう……問題は、兄上があの男と相対して激怒しないかですが」
『今回の件関係なく、もう性質からして水と油だからなあいつら。余の方からも釘は刺しておくが、お前の方からも一応言っとけ』
来るべき《大豊穣祭》に向け、各人の予定、期待、或いは思惑や企みが転がり、交差する。
そんな中、騒動が起こったとしておそらくは高確率でその中心に居座ることになりそうなトラブル誘因体質の青年は。
密談交わされる屋敷の裏庭で、結局例の絵本の話を妹分にぶちまけられ、白目を剥いて悲鳴を上げている最中なのであった。
年度末の忙しさが落ち着いたので、更新速度を戻したいです(願望